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一斑を見て全豹を知る

いっばん      ぜんびよう

「管を以て天を窺い、贔を以て海を測る」「よしのずいから天丼をのぞく」いずれも視野が狭いことをいう。

「一斑を見て全豹を知る」も、くだの穴から豹をのぞいて見ても、まだらの一つが見えるだけで、豹の全体はわからない、ということである。

現代のように、政治、経済などすべてが国際化してくると、日本国内だけの見識では到底マクロ的な変化を先見することはできない。

荘子に「井蛙には以て海を語る可からざるは、虚に抱ればなり。夏姦には以て水を語る可からざるは時に篤ければなり。曲士には以て道を語る可からざるは教に東せらるればなり」

(井戸の中の蛙が海を語ることのできないのは、自分の住んでいる所にこだわるからだし、夏の虫が氷のことを語るに足らないのは夏のこときり知らないからだ。一方のこときり知らない人と道について語れないのは、自分の教わったことに東縛されるからだ)とある。

こうした、狭かったり片寄ったり、それにとらわれている者は、広い世界がこれからどう移り変わっていくかを見通すことはできない。因襲に凝り固まっている人に、時代の進歩を説いても理解することはない。

別項でものべたが、前職時代私が銀行のコンピュータ化は必至、早く手を打たなければ時代に取り残される、と主張した。しかし、ソロバンという名器がある以上、機械化時代などくるはずはないといって総反対された。昭和三十六年に常務取締役になったとき、ある部長から「近く辞めるんだそうですね。機械化、大衆化を主張している役員は常務一人。孤立してしまうから」といわれて驚いたことがある。後日、それに関連して、こう話した。

「徳川夢声の旅行記を読んだところ″南方の未開地に行って食事をしていた。蠅がむらがりたかるので追っていたら、原地人にそれほど追わなくてもよかろう。蠅はそんなに食べないから″といわれた」と。

これも未開発地へ行った人の話。飲教水の中にボーフラが浮き沈みしていたので、「飲める水と替えてくれ」と頼んだら「それが飲める水だ。その証拠にボーフラが生きているだろ  一う」と。                                      ″

その人たちに、蠅やボーフラは、人間を殺すような徹菌の媒体だと話しても、見えないは  .どの小さなものが大きな人間を殺せるわけがない、と信じないだろう。ソロバンをボーフラと言い換えれば理解されるだろうがソロバンにしがみついている間は難しい、と皮肉をいったことがある。

いまやっていることが最善と考えている者に先見を期待することは困難だし、現在を守ろうとする者にも困難である。

韓非子にある話だが、公子の韓非は国の衰退を防ぐには、王の係累であれば能力が劣っていても高い位につける氏族制度を廃上しなければならないと考え説いたが、既得権を守ろうとする者の抵抗がでた。それを理解させるため、こんな話をした。

「宋の農夫が畑を耕していたとき、兎がとんできて株につまずき、首の骨を折って死んでしまった。手を下さず兎をせしめた農夫は、それからというもの、農具を手にせず、その株を見守っていた。

しかし、三度と兎はとんでこなかった。そのため国中の笑いものになったという」「株を守る」のいわれである。

いずれも因襲にとらわれているもので、先見の明をくもらせるものである。さらに「抽象論を具体化して成果の得られる者も人材」とのべたが、抽象論のわからないような者は先見にうといものである。

先見にうとい、というより、抽象的なことの理解力がないといえるかもしれない。具体的以外はわからない、ということでは融通もきかないのである。

卑近な例だが、利殖必勝の鍵は先見にあるが、具体的に売買している人は利を急いで先を見ることを怠る。また「鹿を逐う者は山を見ず」の戒めのように、こつこつ儲けためたものを、大局的な大変動で失なってしまう。

ところが「人の行く裏に道あり花の山」「悲観論者から買って、楽観論者に売れ」というような禅間答のような抽象論に従っている人が大儲けしている。

金魚を可愛がっている親父、小僧に「出かけてくる間、猫に食われないように見張っていろ」と。帰ったら金魚がいない。わけをきいたら「見張っている間に猫がくわえて持って行ってしまった」という小咄がある。小僧としては″見張っていろ〃とはいわれたが、 ″猫を追え〃とはいわれていなかったわけである。

三国志にでてくる魏の曹操が、蜀の漢中を攻めたときである。戦いは数ヵ月にも及び、兵靖は諸葛孔明にかき乱され、加えて逃亡兵が相次ぐ困難に陥った。

そのとき曹操は「鶏肋」と命令を発した。命令を受けた部将たちは、なんのことかさっばりわからない。

ところが主簿の楊修という男は、命令を聞くと、さっさと魏の首都長安へ帰還する身仕度を始めた。一同から、そのわけをきかれた楊修はこう答えた。「鶏の肋は食おうとしても食えるところはない、そうかといって捨てるにはもったいない。漢中をこれになぞらえてのことで、撤退という意味だ」。果たして次いで撤退命令が出された。隠語がわからないようでは見当もつきかねることになる。

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