- 世の中に、良い会社とか悪い会社なんてない。あるのは、良い社長か悪い社長だけである。会社は社長次第でどうにでもなるんだ
- 会社の繁盛も長い事業の継続も「全てはお客様がお買い求めになられ、満足し、また購入していただけることでしか実現できない」。
- 実際、多くの社長は商売上手であり、今現在、お客様のニーズを満たす商品・サービスを開発できているし、リーダーシップもある。しかし、経営が順調になればなるほど自信に溢れ、やがて慢心し傲慢になり、自分都合が中心となりお客様を忘れた社長がそこにはいる。
- 社員、現場からの意見は耳に入らなくなり、さらに「お客様は日々変化し、目が肥え、新しいサービスを体験し、歳もとっていく」現実を、社長自身が自分の足と耳と目で実感しない限り、次代を担う商品もサービスも生み出せるものではない。
- 社長の居場所は常に市場、お客様のところになければならない
- 派手な遊興や政治活動、名誉職、情実人事などは論外だが、大型の設備投資や新規事業への資金投入、衰退事業への固執やテコ入れなど、社長が陥りやすい経営戦略の決断ミスは致命傷になりかねない。
- ましてや危機に陥ったときには、実際のところ金融機関の支援は期待できない。
- 親族といえども雲散霧消し、社長が全財産、全人生を賭して生き残る道を探ろうにも、誰一人相談に乗ってくれる人もいなくなってしまう。
- なぜ、今でも「一倉定」が注目されるのか?ネットやアマゾンのお陰で社長が勉強する環境はこの20年で激変した。国内はもとより、アメリカの最新情報だろうが、アジアの流行だろうが、瞬時にアクセスできるため、かえって社長自身が混乱し経営の軸を見失っているように見える。
- どんなに正論の経営書であっても売れなければ出版社にとって事業は成立しないので、マーケティングの原則通り、エッジの効いたタイトル、内容、さらには超レアな成功事例を「これこそが最新の経営手法」とばかりに囃し立てる。読めば確かに面白いし、知識が増え、自分自身が成長しているように思えてくる。
- 特にカタカナのビジネス用語、アルファベット3文字~4文字の略語がくせもので、いかにも最先端のように感じるが、そのほとんどは10年、20年前にも同じような内容で、しかし別の言葉・概念で語られていたことが手を変え品を変え登場している。
- 若い社長にしてみれば、アメリカの最新ビジネススキルや憧れの社長が語る成功ストーリーであるため、自社に取り入れIPOに突き進みたい衝動に駆られるのはわからないでもない。
- だから、日本の中堅企業、中小企業における同族企業のオーナー社長としての原理原則をしっかり身に付け、自分自身の考え方、経営の軸をしっかり持った後に応用として最新手法を取り入れることを私は勧めている。
- 基本動作の反復練習の大切さについては、一流のアスリートならば誰もが認めるところであり、事業経営もまたしかりである。
- 原則はいつの時代にも通用するから原則なのである。
- スタートアップ時点でイグジット(出口)を考え経営することも否定はしないが、経営の主流になることはない。新しい古いの問題ではない。資本主義、経営に対する多くの日本人の哲学の違いであるからだ。
- 原理原則の多くは一倉先生に教わったが、残念ながら先生の時代には、長いデフレ経済の環境はなく、右肩上がりの市場が基本条件だった。
- さらには後継社長の立場からの社長学の記述もほとんどないので、社長といえども全権を行使できない会長との対立の悩みを、一倉社長学に求めづらいのも事実である。
- その時代時代で社長の「捨てる」勇気と覚悟が極めて重要になることを実感している。
- 「いったい、社長はどっちを向いて経営をしているんだ!」「業績不振を社員のせいにするとは、社長の怠慢以外何物でもない」と睨むように怒鳴る声が響いてくるのである。
- 富山から来られているA社長は一倉先生に、「とにかく3年間は私の講義を聴き続けなさい」「それと、なるほどと思ったことはとにかく決めて実行しなさいと諭され、素直に従ったんだよ」と。
- 身一つで会社を起し、売上を10億、30億、100億と伸ばして今日を築いた人たちは、幹部の造反、取引先の倒産、値崩れ価格競争や親族争いなど皆、同様の経験を乗り越えてきているので、そこには社長にしかわからない苦労があり、本音で語り合える「同じ価値観を持った仲間こそが最高の財産」である、とも教わった。
- 原因自分論」という独特の表現で社長の覚悟を表明し、言い訳をせずお客様である女性の満足・不平不満の解消に経営資源を集中され、社業発展に尽力されておられた。
- 何年経っても「変わらない事業経営の根幹」を社長に叩き込むとともに、事業の繁栄は進化、複雑化するお客様の要求を満たすために「我社を作り変え続ける社長の姿勢」こそ大事であるという教えは、いかなる業種でもいつの時代にも通用する
- 言葉は魂であり、長く生き続ける言葉こそ本質であり、それを見抜く力を社長は持たなければならないのである。
- その一番の姿が「社長自身が満足し、わがまま、傲慢になってお客様を見ていない姿」なのである。
- 一倉先生が最も嫌ったのが、経営学と称し実質は内部管理学でしかない観念論と人間関係論である。
- 会社の内部にあるものは全て経費であり、経費をどう扱おうが業績は伸びない。競合の動きも営業最前戦の苦悩もない人間関係論に至っては「会社が潰れないことを前提にした平和な春の野のピクニック理論」と手厳しい。
- 売上利益の向上は、会社の外におられるお客様を訪ね、欲求、不平をつかみ、満足する商品・サービスを提供することでしか実現しない。
- この当たり前の現実が、先生自身の幹部社員時代の倒産体験と数多くの指導現場で血を吐くような努力で体得した根本思想である。
- だから社長への指導は、資金の確認を早急に終えると、お客様を訪問し自身の目で見て、お客様の声を直接聞き、ご要望を実現するために、社内がどんなに混乱しようともできる方法を考えさせ実行させたのである。
- そこで社長が、営業からの報告をそのまま話そうものなら、たちまちカミナリが落ちる。
- 自分の目と足でつかんだお客様のことと聞いた話の違いを、たちどころに先生に見抜かれてしまい、会社の存亡に関わることを社長自らやろうとせず、社員任せにする性根を徹底的に叩き直されることになるのである。
- キレイな理屈通りに社員は動かない
- 多くの経営学者が「モチベーションを上げ、業績を伸ばすために社員の自主性を重んじなければならない」「権限をもっと与えなければヤル気を出さない」など、もっともらしいご高説を最新のマネジメント論として指導している。
- 確かにごく一部の社員にとっては有効だろうが、中堅・中小企業の現場で起こる数々の信じられないトラブルを見ている一倉先生は「机上の空論」「社員とはお客様に対して責任を持たない人種と知れ」とまで言い切り、マネジメントこそ経営であるという議論を「百害あって一利なし」と断じている。
- 「社長が『社員は僕の思う通りに動いてくれない』と思うのは、明らかに社長の誤りである。自然の成り行きに任せたら、社長の目の届かないところで勝手な判断が横行し、お客様の信用をなくし業績を落としていく」と書き残しているほどである。
- では、「社員に何を期待するのか?」、また「社員の役割とはいったい何か?」について考える。
- この根本的な、かつ抽象的ではあるが重要な問いに一倉先生は一言、「社長が決めた方針を確実に実行する」ことと定義している。
- 業績の結果責任は全て社長が負い、社員は決めたことに対しての行動責任が全てである。
- そして、社長と社員の間にいる管理職の役割は、部下の行動を管理することではなく「社長の意図を実現する」ことである。
- そのために「社長方針の理解」が一番大事であり、意図・方針を実現するために、社員一人ひとりへの徹底を図ることこそが管理職の仕事である。こうした意識改革もまた社長の仕事なのである。一倉先生は、社長と社員の役割を明確に示されている。
- この原則を理解せずに、マネジメント論中心の管理職教育をやればやるほど、管理職の関心は部下のほうに向く。業績、それも全社視点での業績に目がいかなくなり、社長の方針とは相当にずれた行動が繰り返されてしまうのである。
- そして、社長は原因がわからずイライラして、一倉先生の前で決して口に出してはいけない一言、「ウチには有能な幹部、社員がいなくて~」とつい言い訳をし、人材待望論を語ってしまうのである。
- 一倉先生は、社員に期待していないわけでもなく信用していないわけでもなく、むしろ若手の積極的な抜擢人事を勧めている。
- しかし、社長が絶対にやらなければならないのは、経営計画書に「方針の決定」や「どんな会社を目指すのか?」、「○○年後のビジョン」等を文章に表し、全社員の前で発表することだ。これこそが、最重要業務なのだが、忘れがちになる。
- 「社員に期待をする」という耳にやさしい人材待望論にすり替える思考を許さず、社長の徹底した意識改革を迫っていたのである。
- 中小企業の社長の凄いところは、思ったらすぐやる実行力である。ただし、百発百中とはいかない。ここでの社長の決断が繁盛と衰退の分岐点になる。
- 組織も社員も変化することを極端に嫌うのはパーキンソンの法則を学ぶまでもなく、官僚や社歴の長い大企業を見ているだけでわかるはずだ。
- 上手くいかなかったときの責任を誰もが恐れ、不況や競合他社との価格競争、人口減少など言い訳を山のように用意する。
- だから、結果責任は全て社長、徹底的な実施責任は社員で走り、結果が出なければ朝令暮改、朝礼朝改も辞さない覚悟で、新戦術を強引に進めなければならないのである。何もしないよりは確実に業績に反映する。
- たとえそれが僅かな利益増であっても業績向上への第一歩を踏み出すのである。社員は誰でも売上を伸ばしたい、利益を上げたい、お客様からありがとうと言われたい、人の役に立ちたい、自分の仕事に誇りを持ちたいと思っている。
- そして、こうした社員たちの気持ちに応える環境を整えることが社長の役割であり、業績が上がって誰よりも社長自身が喜ぶのである。
- 万が一結果が出なくても、決して社員を犯人にしてはいけない。もうわかっているとは思うが、「業績責任は全て社長」なのである。ここで、ベテラン社長が犯しやすい失敗例がある。
- 全ての出発点はお客様・市場の要求であり、まだ顕在化していない不平不満であると聞いて、さっそくお客様訪問をするのであるが、久しぶりに来られた社長にズケズケ文句を言う人はめったにいない。
- 社長からすれば、今の商品政策、営業体制で問題なしとして、もう市場がわかったつもりになり、自信をさらに強めてしまう。
- もともと商売上手なわけだから、成功体験も豊富で、上層部の人脈も活きている。仕入れ担当の責任者も多くは年下だから、なかなか言いたい本音を漏らさない。
- サラリーマン社会では肩書の上下は相当に力を持っているから、当然、業績不振の真の原因は暗闇の中に埋もれてしまうのである。
- ただ社長が本気になれば何でもできる。
- 社長だと直接言いづらい話も、営業本部長には直球が飛んでくる。だからいいのである。
- 一倉先生の指摘通り、社長自らが本気で動き、正しい姿勢を貫けば会社は変わっていく。
- 「少なくとも3年間は聴き続けなさい」「そしてすぐ実行しなさい」と指導している真意がここにある。
- 一つひとつは小さなことであるが積み重なれば大きな差となって、お客様に支持され、利益に跳ね返ってくるのである。
- 魔法の書と呼ばれる「経営計画書」作成合宿、7泊8日
- 一倉先生の指導する「経営計画書」は当然のごとく「数字と文章」からできているが、社長にとっては二大鬼門である。数字嫌いと文章下手の社長が多いからである。
- 社長は本来人一倍、商売は上手いから会社を大きくしてきたが、経営戦略の全てが頭の中に入っていて高速カン(勘)ピューターで決断し指示を出すが、これまではあらゆる命令を口頭で出してきている。さらに悪いことに毎回微妙に話す内容、重点が違ってくるので社員は混乱し、一人ひとり受け取り方が違ってきてしまう。実際には間に管理職が入り自分の理解で現場指示を出していくので、大きな伝言ゲームをやって部門間の連携は悪くバラバラの経営になっている。
- だからこそ、正しい「経営計画書」を立て、全社に発表し、文章で徹底することの意義は大きい。「経営計画書」をつくることが、社長の仕事なのである。
- では、何を書くのか?①社長自身が持っている経営理念に基づいた「我社の未来像」と実現のための行動指針「方針書」である。~これが「経営計画の魂」②この「方針書」にそって経営目標となる「目標貸借対照表」「売上利益計画」「資金運用表」の3表を作ることである。~そして、これが「経営計画の仏」となる。
- 当時はパソコンもエクセルもない時代なので、皆シャープペン、万年筆をもって原稿用紙と格闘して、何度も書き直し、建前でなく本気で思っていることを、具体的に書くのである。
- そして、人の借り物でなく自分の考えにもとづいた方針書ができてくるのだ。
- しかし、一倉先生は「社長が会社にいるから幹部が育たない」「知りもしないで下手に仕事の指図をするから混乱する」「あんたなんか会社にいないほうがいいんだ!」と全く取り合わなかった。
- ただし、会社の代表印の管理だけは留守中に勝手なことができないよう注意していたのである。
- 会社にいては「会社のことが集中して考えられない」。
- 銀行の支店長も法人部長も驚く「経営計画発表会」
- 1つは、現場の実態をよくつかんでいないため、先輩方の計画書を参考に「どの会社でも通用するような一般論、べき論」が並んでいること。
- もう1つは、思い入れはよくわかるが、「あれも大事、これも大事で紙数が溢れ100ページ以上になる超大作」の経営計画書になってしまうケースである。
- そして、発表会を3~5年と続けるうちに、「自社独自の計画書にしていきなさい」「とにかく発表会を開催し続けることが一番大切ですから」と言っておられた。
- 発表会では、新たな「経営計画書」の一言一句を社長が独演会で読み上げ、質問は禁止というスタイル。
- 社員が1つの方向に向かって、具体行動でやることを明示され、1年後には損益計算書(PL)がこうなり、貸借対照表(BS)を目標数値で示されていることはまれである。
- 金融機関の信頼を得て、協力関係がより強固になっていく姿は今も昔も全く変わらない。
- こうした中で、若手社員は先輩を見習い「会社らしさ」を形成していく。社員にとって一番の幸せは一生続けられる仕事があり、自分の職場がなくならないことである。
- 大手と違い、中堅・中小企業は、社長の1つの決断ミスが破綻の引き金になりかねない。
- 一生涯勉強、継続こそ力なり
- 人間は人には厳しくても、自分にはけっこう甘いものである。
- 先生が亡くなってからも社長会を中心に勉強会はいろいろな形で続いているが、毎期の計画を立てるために、毎年沖縄のムーンビーチホテルに部屋を取り「一人合宿」を張っている社長もいらっしゃる。
- また、ある社長は約1週間であるが都内の大好きなホテルに缶詰めになって、電話禁止を社内に徹底し、我社の5年後、10年後を見据え事業構想を練っている。
- 会社がどんなに順調であっても先生の教えを思い出さざるを得ない環境を自ら作ることは極めて大事である。
- 一倉先生の教えの中に、見落とされがちだが「徹底力」という言葉が出てくる。
- 事業であるからどうしても景気を含め波はあるが、業績の振るわないときこそ啓示と思い、「全ては社長の責任」を思い出し絶対に逃げないこと、他責としないことである。
- 社員の教育も徹底しており、名社長は年齢とともに教育者になっていくことは、どの業界でも共通しているようだ。会社の質は結局、「社長の質×社員の質」かもしれない。
- 「カタチだけマネても、社長も社員も〝心〟が育っていなければできないんだよ」「本物になるのには最低でも10年以上かかると思うけど」、そして「なにより社長が率先してやらないと社員はやらない。やれやれ言えば、多くの社員は辞めるから」と。
- 社長の人生は思った以上に短いし早い。強くて良い会社を育て上げるのに、そんなに時間は残されていないのである。
- 経営の勉強をしている社長は実のところ、さまざまな先生の勉強をしていて、比較的権威者の話、大会社に育てられた社長の話が大好きでよく聞いていた。
- S社長が一倉先生に相談があるというので診てみると、明らかに身の丈を超えた過剰管理で経費倒れの状態だった。
- 中堅企業でも「最小管理」で充分とする先生の組織階層の削減アドバイス
- 言い訳、他責もダメだが、やりもしないで机上のリスクをあれこれ論ずる社長を一番叱っていた。
- 自分が勝手に考えていた「ピカピカ基準」と「先生のピカピカの徹底基準」がこんなにも違っていたと述懐されている。
- 他の意見、助言を「自らの決定」としてしまい、上手くいかなければ他責とし、ひどい場合は「現場に丸投げにして」担当者に責任を取らせる社長も現実に目の当たりにした。これこそ最悪の社長業の放棄であり、財務や経営戦略以前の「社長の姿勢」の問題である。残念ながら後継社長に見られがちな行動である。
- 神ならぬ人間のやることであるから間違いはつきものである。ダメだと思ったら「朝令朝改」も問題なし、一倉先生の指導でもあり、社長の見栄や虚しいプライドなどは糞喰らえである。
- お客様にとっては社長が作ろうが、有名デザイナーが手掛けようが関係ない。良いと思えば買うし、嫌なら買わないだけである。
- 確かにヒット商品の第2弾や、有名企業、老舗の新商品は期待を込めて1回は買ってみる。食べたり、試したりして良ければ再購入につながり、売上も伸び定番商品に育っていくのである。しかし、期待ほどでなければ初期出荷の後のリピートオーダーが入らなくなってくる。
- 昨今ではインスタ映え、ユーチューブなどで紹介され一気に火をつけても、お客様に本当に支持されなければブームは長続きせず類似品や代替商品も市場に一気に溢れるから、余計に寿命が短くなってくる。
- 最後には、「あれが悪い、これが悪い」の犯人探しが一巡し、「いい商品をわからないお客が悪い」の発言まで飛び出してくるのである。
- 1つには、累損額や単月黒字になるまでの期間の基準が全社の共通ルールとして決まっていないこと。
- 先ほどのセンミツではないが大化けする製品がないとは限らないが、大企業の基礎開発なら許されても中小企業には金食い虫の仕事は向かない。
- アメリカで経営学と称される「内部管理学」や「人間関係論」、「大手企業の組織論」を、経営現場を知らない学者が最新の経営学として紹介している現状に対して怒っているのである。一生懸命勉強し、正しいと信じている中小企業の社長に、「目を覚ませ!」とばかりにカミナリを落とすのである。
- 小さく実験して、一気に勝負に出る
- 社長とは「事業を経営する人」である
- 社長の決定こそが、企業の運命を決める
- では、何の決定かというと「ハッキリわからない未来への決定」であり、「事業経営にとって一番大切な付加価値をどうやって産み出すか?」への決定を今、下すことである。
- だから私はよく、「社長はタイムトラベラーだ」というのであるが、未来へのタイムトラベルだけでなく、過去へのタイムトラベルも重要になってくる。創業社長であれば、今日に至るまでに数えきれないくらいの失敗の体験と、それを上回る成功体験を身に付けており、決定の怖さを知っているからこそ「重要な決定」ができるのである。
- 社長が下した決定の意図と狙いを理解し、実行するのが専務以下、幹部、社員の務めである。言葉にすれば簡単だが、実はこれが極めて難しい。
- しかしながら、中小企業であれば自らも、プレイングマネージャーとして営業にも開発にも製造にも率先して動かなければならない。だから、ついつい目の前の数字目標を達成することや事案に気を取られてしまい、急がないが事業経営にとって重要な案件が後回しになってしまう。
- 現場に数字のプレッシャーをかければかけるほど、社員は将来を犠牲にしてでも数字をつくりに行ってしまう。
- 社長が売上を重視すれば売上を、経費削減を重視すれば経費を見て仕事をするのである。
- 社長がどんなに素晴らしい将来構想を語り、経営戦略を決定、発表しようが、社員は冷静に毎日の社長の言動を見て、社長のホンネがどこにあるのかを見抜いているのである。
- 「攻めの決定」はどの社長も得意であり好きであるが、事業経営にとっては「捨てる決定」こそが一番難しく、社長にしか決断できない大事である。
- 新規事業へ進出し、会社を高収益体制に作り替えるには、まず儲からない事業、赤字部門を縮小し人員を浮かせ、新たな成長事業に人も予算も時間も投入することである。
- 一番難しい「撤退の決断」こそが「攻めへの決断」だ、と多くの成功事例が教えてくれる。
- 創業社長が起こした1つの事業がず~っと長く繁盛し続ければ良いが、商品・事業の寿命は短くなり、お客様の要求も多様化し高度化していくので、我社を成長発展させるためには新事業を追加していかなければならない。
- 自分のことを客観的に見られないと、どうしても目に見える取り扱い製品や業種から離れられなくなり、思考が堂々巡りしてしまうのである。
- もうおわかりだと思うが、社長が悩んでいたことは定義に沿ってたった1つの考え方の上で、お客様を変えたり、商品を変えたりと、組み合わせを考えているだけで事業自体の仕組みは変わらないのである。
- 社長の仕事とは、「会社の存続と繁栄の根幹」に関わるところをどう決めるか?我社の将来像をどう描いていくか?に掛かってくるのである。
- 先生が自己中な経営をしている社長を称して「天動説の経営」と怒りを込めて呼んでいるのである。社長が本来考えなければいけないのは、お客様が中心で我社が周りをぐるっと回っている経営であり、当然「地動説の経営」になるわけである。
- 社員は毎日のようにお客様に接したり、電話を受けたりしているのでお客様目線になりやすいのであるが、現実は社内での力関係から「社員は直属の上司、さらに社長を見て」仕事をしている。人事権も評価も給料さえも中小企業は社長が握っているから当たり前である。
- だからこそ、社長の目は「お客様のご要望」ただ一点に向けられ、お客様の要求を満たすために会社は存在するのであるという一倉経営理念の中心「お客様第一主義」になっていく。ただし、社員全員は社長を見て、それも社長の行動、言動を見て、ホンネを極めて正確につかんでいる。
- 言葉で、朝礼で毎日唱和しようとも、いざというときの社長の行動が天動説であれば、社員は社長の望み通りに天動説の行動をしてしまう。
- だから先生の言う「良い会社、悪い会社があるわけではない」、「良い社長と悪い社長がいるだけであり、会社は社長次第でどうにでもなる」に通じるのである。
- 社長の真の定位置はお客様のところ
- 社長室が立派すぎる会社を見ると、先生はボロ会社と断じていた。
- 特に最近の高学歴な後継社長はパソコン、タブレットにデータがビッシリ入り、数字を読んで、エクセルの上で戦略を練る、考える、決定することが最先端の経営だと思っている節がある。昔なら机上の空論だが、今ではエクセル上の空論である。
- 確かにデータも大事だが、お客様一人ひとり、現場一つひとつの積み重ねが事業であり、その現場を直接見たり、お客様の変化を肌で感じたり、ライバルの動向に神経を尖らせたり、非同業の新規参入者のビジネスコンセプトに触れておかないと、数字が訴えることを自分の都合の良いように解釈し、見誤ってしまう危険がある。「具体的に数字で……」と口癖のように言うが、数字こそが抽象的、平均的であって現場こそが具体的なのである。
- 社員の報告やデータだけでは、真のお客様の要求は社長室ではわからないのである。
- 社長の出社は1週間のうち半日程度で充分だと指導していた。だからずっと会社で、どんと構えている社長を、先生は「穴熊社長」と呼び、嫌がる社長と同行し、お客様回り、店舗回りに追い立てていたのである。
- 社長からすれば、自分がお客様のところへ行くと、相手のお客様も上席、もしくは役員、社長が出てきてくれるようになる。
- 大手と違い、中小企業の若い営業担当は経験も乏しく、詳しい専門知識も持ち合わせていないことが多い。ベテラン幹部や社長だとピンとくる受注のシグナルもみすみす逃してしまうのである。
- クレームに関しては、一倉先生の指導は徹底していた。クレームの第一報は当事者の社員からの報告と現実がかなり違って社長に伝わることが非常に多いからだ。
- 人は誰でも本能的に自分を守ろうとするから、事実を事実のまま100%伝えることはできない。社長や上司を決して騙すつもりはなくても、自己擁護のニュアンスが入ってしまう。
- 上司はやはり部下の社員を守りたいのが心情だから、どうしてもひいき目に見てしまう。特にクレームや事故の場合、初動を誤ると問題の本質がずれて、2次クレーム、炎上になってしまう危険がある。
- ましてや報告を怠ったり、ウソの報告を上げる悪質なものもあれば、怒られるのが怖くて言い出せない場合も日常茶飯である。
- 一倉先生のルールは明瞭で、「クレームを起こしたことについては不問」。ただし、「報告を怠った場合は厳罰に処す」の明文が経営計画書に大きく書かれている。
- 「グッドマンの法則」ではないがクレームが発生しても、きちんと対応することで逆に、お客様からの信用を一層高めることもでき、自社の改善、改革もお客様目線で進んでいくのである。
- 権限委譲という甘い言葉に多くの人は誤解し、それが器の大きい社長のあり方とでも思っているのであろう。上手くいけば自分の手腕、そして失敗したときは責任を本人に取らせる。こんなことで会社が順調に伸びるはずはない。
- 世の中には「ワンマン経営」への誤解があるようで、人の意見をよく聞く社長ほど立派であり、ワンマンは聞く耳を持たない社長=独裁者と捉えているが、とんでもないことだ。
- 民主主義経営は、実際には起業家、創業社長の時代にはありえない経営体制であり、こんなことをやっていたら会社は当の昔に倒産廃業である。
- モノを決められない二代目、三代目社長が自らの責任逃れのために役員会、常務会などの決定機関を設け、合議制こそ正義であるという甘言を信じ、一番大事な決定を委ねるのである。これが民主主義経営の実態である。
- アテネの時代から、民主政治がいつの間にか衆愚政治になってしまいがちなことを我々は知っているはず。平和な時代には通用しても危機には弱いのである。
- 成功している若い社長が、急成長の事業戦略を最初から想い描いたように話している場面を見聞きするが、実際のところ本当かどうかはわからない。自分自身のコンサルティング体験でいえば、大きな方向性はずれてはいないが、細かい軌道修正の連続が続き、何とか今日会社が成長しているというのが真の姿に見える。
- ただ小さくても「決定」をして前に進まないと幸運さえも巡ってこない。
- あいまいな指示、現場に丸投げだと、専務、常務といえども多くの場合「守りの一手」を打ってしまう。
- 現場は目の前の苦しさから逃れるためにリスクを取るよりも「コストを削り」「内部管理を強化し」出血を止めて時勢が好転するのを待とうとする。時代が大きく変化していて、経営環境が元に戻ることはないにもかかわらずである。
- 社長の決定は極端に言えば、先送りより間違っていたほうがいい。間違いにすぐ気がつけば、皆に間違ったことを宣言し、次の手を繰り出せる。
- 挑戦する気概を失ったら、中小企業は生き残ることはできない。
- 致命傷にならない「小さな決定」を若い時分から繰り返し行って、成功の体験も失敗の体験も積んでおけば、イザというときに不安にならなくてすむ。
- 本やセミナーの勉強で得られる知識も大切だが、経験から得られる経営の知恵に勝るものはない。
- 創業社長の多くは20年、30年、長い人であれば50年も現役を張っているので、会社のピンチ、好景気と長引く不況を幾度となく体験し、その折々で決断を下し、生き抜いてきたのである。
- 日本の景気を見れば、およそ10年に1回くらい有事を迎えているが過去の経験を活かし、事前の準備を怠りなく施しているから難を逃れている。
- 決して偶然ではない。
- 創業社長はこういう修羅場をいや応なしにくぐり抜けてきている人が多いので、ピンチをチャンスに変えるほど冷静に対処する術を身に付けている。
- 社長の採った手は、まず銀行に駆け込み人件費の2年分の融資を引き出した。実際、手元にお金がないわけではないが、先行きが見通せない中で、安全には安全を期しての策だった。
- 結果的には2年を待たずに仕事も戻り始めたので、調達した融資金額には1円も手を付けずに、そっくりそのまま返済し、バランスシートを棄損させることもなかった。
- しかし、現実には有事にのみ込まれる場合もたくさんある。
- 生き残りを目指すところは一緒でも、キャッシュフローを理解している社長とそうでない社長の経営決断は真逆であった。
- 一倉先生の書籍の中にも、答えは「緊急時には、収益より資金が優先する」と端的な表現で示されている。
- 渦中に巻き込まれると冷静な判断、決断ができなくなってくる。そして、状況判断も自分に都合の良いように好転することを期待し、一発逆転のホームランを狙いに行くのである。
- 有事には売上規模でもなく利益でもない。事業の継続を支える「資金の確保」の1点に目標を絞り全社を挙げて取り組むことが全てなのである。
- 長く経営を続ける同族経営の最大リスクの1つが、親子ゲンカと兄弟の争いである。どちらかが主導権を握るか、どちらかを追い出す結果となるほうが、小さな組織内で××派に分かれてゴタゴタが続くよりよっぽどましである。
- 一倉先生のいう「正しいワンマン経営」こそが同族経営であっても、一族が協力して目指す方向である。
- 兄弟経営がダメだとか、難しいと言っているわけではない。兄弟仲良くやっている会社をいくつも知っているし、三兄弟、姉妹で経営している会社もある。親族が結束して経営すれば、当然業績もよくなる。
- 意見の違いは毎日のようにあるし、ときにはケンカもしているが、経営方針を社長が最終決定したら、それに向かって懸命に努力する兄弟ほど頼もしい幹部はそういない。
- ただし、そのためには時間をかけ、親子、兄弟が同じ経営の勉強をしているし、親が勉強させている事実を見逃してはいけない。
- 根幹になる経営の方向性やお客様に対する姿勢、社員、取引先などステークホルダーに対する考え方などが大きく違っていると、自分の考え方に固執し、面子を懸けた争いに陥ってしまうのである。
- 輸入物マネジメント学は百害あって一利なし
- 「ヒト」「モノ」「カネ」は昔から言われる経営の3要素で今も変わらない。新たに情報や時間などを加えていることもあるが、「モノ」に包含されるビジネスモデルの一要素である。情報がビジネスも戦争も制していたのは歴史の教えるところで、今に始まったことではない。
- 問題は、3要素の順番である。
- 実際に多くの会社にお邪魔し、社長の相談に乗っていると「モノ」があり「カネ」がまわり、最後に「ヒト」がついてくると考えざるを得ない。
- 私の手元にある一倉先生の古い著書『ゆがめられた目標管理~企業目標とその展開~』(技報堂・1969年)にも厳しく指摘がされているが、「企業は絶対に潰れない」という前提条件下での目標管理や人間関係論をマネジメントと称し、経営学としていることに警鐘を鳴らしているのである。
- 確かに会社の産み出す製品、商品がずっと売れ続ければ、内部管理による能率向上も業績に貢献し、科学的管理学、人間関係論も経営にとって優先度の高いテーマになる可能性もあるが現実にそんなことはない。
- 創業者は倒産の恐怖と闘いながら、販売と資金の大切さを理屈なしに身に付けていく。一方、後継者の子供たちは大学で管理学を経営学として学び、父の経営する会社に入って後継者として育っていく。
- 知識で倒産のことを知っていても実感することがないから、大学や海外、MBAで学んだ最新知識が優れており、父親の経営は古くて遅れた経営と頭から思い込み、社内の不備に目を向けてしまうのである。
- 一倉先生自身が若いとき、メーカー4社で働き、責任者として、どんなに立派に工場管理をしても会社が倒産してしまった苦い体験と重ね合わせ、この管理病の害毒を嫌ったのである。
- 会社は潰れるようにできている
- 会社はヒトの集合体である「組織」を形作り、組織はいったんカタチができると体制を守るために変化を嫌うという性質を持っている。
- 一方、会社を取り巻く社会とお客様は徐々にではあるが常に変化、進化し続け、ある時点で急激な変化を遂げ、世の中の価値観をも変えてしまうのである。
- 組織のトップは権力を握るために、この体制が続くことを願い、世襲を選択する。
- 宗教でも、国家でも、官僚でも、およそ「ヒト」が集まると同じで、歴史が長く規模が大きくなればなるほど硬直化するものである。
- 10年にわたって事業が好調で、高収益が続けば、多くの人は「これがずっと続く、続いてほしい」と思い込むようになる。
- 売上に陰りが出たときも、前の好調時に戻す努力を一生懸命、真面目にやってしまう。そして、儲かっていたからお金も使えるので、大勝負に出る社長も多いのが現実である。社会が、お客様が変わりつつあるのに、社内は過去の栄光を追い求めてしまう。だから、努力していないわけではなく、変化するお客様に対して、痛みをともなう変化をしたくない組織はお客様の支持を失い、モノが売れなくなり倒産してしまうのである。
- 簡単な理屈だが、組織の中に入るとこれが見えなくなる。「なぜか?」。一倉先生は、「ヒトは自己中心的にできている」からだと一言で答える。
- なぜ、ヒトは自己中になるのかは、心理学者にでも任せておけばよいが、これからの社員は核家族で育ち、小さいうちから自分の部屋を持ち、携帯電話とPCが当たり前の環境で大人になる。ますます自己中の度合いが強くなっているのではと心配している。
- 自己中の経営を「天動説」と呼んだが、社長は自らの意識改革をして組織全体の意識と行動改革をトップダウンで強引にやり続けないとお客様の変化に後れを取ってしまう。
- 社長が変わらずに、社員にどんなに「変われ、変われ」と叫んでみても、返事は「ハイ」と言うだけで何も変わらない。
- 組織を壊し、再構築するには、上からの強烈な力がいることを知っておくべきだ。そして、いったん成功したかに見えても手を緩めればすぐに元に戻ってしまう。実行した社長なら誰でも知っていることである。
- ボトムアップなどという生ぬるい手法で経営が良くなるなら、社長なんかいらないのである。
- 良い会社とか悪い会社とかはない。あるのは良い社長と悪い社長である
- 世界最強と言われた巨人企業でさえ、急激な変化に対応できなければ倒産の危機に瀕することは多くの歴史が教えてくれる。
- また、中国の故事には「一国は一人を以て興り、一人を以て亡ぶ」(蘇洵「管仲論」)とあるように、大国の盛衰も1人のリーダーの在り方次第であると教えている。
- 創業者であれば20~30年間トップの地位にあり、後継社長でも20年くらいの長きにわたって経営していくのであるから、会社は社長の性格の生き写しのようになっていくのである。
- 第6章で少し詳しく触れるが、バランスシート(貸借対照表)を診ると社長の性格や考え方、癖がハッキリと出てくるから不思議である。
- 幹部以下社員にいたるまでも、社長に似た人たちで固まってくるから、良い意味でも悪い意味でも金太郎飴集団となり、世間はそれを「社風」と呼ぶようになる。
- 一倉先生の言う「業績責任は全て社長1人の責任である」という名言と根を同じにするものである。だから、社長が「ウチの会社は……、社員は……」と悪口を言っているようでは、「自分がダメだ!」と自ら認めていることになってしまう。
- 立派な社長は皆「ウチの社員は本当によくやってくれる」とニコニコ顔で語ってくれるが、決して甘やかしているわけではない。何より社長が一番精進しているのを社員全員がよく知っているので皆がついてくるのである。
- 経済的価値の創造と事業継続が企業の任務
- では、経営の両輪が「ヒト」でなければ「カネ」か「モノ」か、どっちが先か?タネ銭にあたるお金は必要だが、今も昔も出資者や、最近ではクラウドファンディングのような仕組みで調達することができる。
- タネ銭があってもお金が増えることはない。何といっても「お客様に買っていただけるモノ、サービス」を産み出せるか、に会社の繁栄の全てがかかっている。
- だからこそ、社長自らが外に出てお客様に接し、「本当に何をしてほしいのか?」「何に困っているのか?」「何が不満なのか?」「もっと楽しいことは何か?」をあらゆる手を尽くして探し求めるのである。
- それも1つのモノでは早晩、会社の寿命が尽きてしまうので、業績が好調なうちに次々と実験を繰り返し、事業の柱になりうるモノ・サービスを創造していかなければならない。
- 試作段階では、コストは一切無視して考えられる完璧なモノを作って、「お客様に喜んでいただけるかどうか?」というもの。
- ここでダメだったら市場調査もコストも利益計画も全てが成り立たないのであるが、多くの会社では、開発担当者に任せ、予算ありきの状態で中途半端な試作品を造ってしまう。
- お金も時間もかかるから、現業が順調なうちに着手しておくしか手はない。社長が立派なデスクで椅子を温めている暇などないのである。
- 社内には経費しかなく、お客様のところ、会社の外にしか、利益は存在しないことを繰り返し、繰り返し、一倉先生は説いているのである。
- お客様がお金を払って「付加価値」が生まれることが全て
- 「モノ」がどんなに売れても、そこから「ある一定の付加価値」が生まれないことには、経営視点から見れば全く役に立たない。
- こんなことは社長でなくともビジネスマンであれば、誰だって知っている当たり前のことである。しかし、現実の世界ではそうなっていない。世の中に安売りを仕掛けてくる業者がいることが何よりの証拠である。
- 安売りを仕掛けても成り立つのは、業界内で圧倒的とも言えるシェアを取っている一位企業だけだが、中小企業が仕掛けて逆に自分の首を絞めているのは、どこの業界でも日常茶飯の光景である。
- どの業界でも、これくらいの粗利益は確保しないと経営が成り立たないという「粗利益率」と「粗利益額」がある。
- では、粗利益とは何か?ということになるが、小売業や商社、サービス業であれば、「売上‐仕入=粗利益」となり、「粗利益売上=粗利益率%」と簡単に出せる。
- 製造業や建設などは少し複雑になり「売上‐変動費=粗付加価値」となり、「粗付加価値売上=粗付加価値率%」と考え方は同じである。
- 我々は会社内の経費も、給料も、税金も、利益も、この粗利益で全て賄っており、安売りをするということは、仕入原価が変わらなければ原資が少なくなることを意味する。
- 2倍も3倍も売れればいいが、供給能力が追い付かないのが実際のところである。幹部社員と話をしていてこの道理がわかっていない人が多いのには驚く。
- しかし、給料は誰から?という質問には、みんな「お客様から」と答えてくれるのが救いだが、実際にはお客様が支払ってくれたお金の中の、社外流出した金額を除いた粗付加価値、粗利益の中から給料が出ているのである。
- 必要粗利を含めお客様に買っていただける仕組みを考え出すのが、社長に課せられた仕事の第一である。
- 責任者にしっかり教え、社員がその仕事を正しく実行しているかどうかを管理することが大事であると、繰り返し、繰り返し言い続けるのである。
- マネジメントは「利益を漏らさない」工夫でしかない
- やるべきことを正しく社員全員がキチンとやる。これを回すのがマネジメントであり、経営にとって極めて大切ではあるが、利益や利益率が飛躍的に上がるものではない。
- マネジメントが弱い会社は、利益がポロポロと漏れていて、社内もそれが当たり前だと思っているから、事故やトラブルが起きると対策会議はするものの、「以後気をつけよう」で終わってしまう。これでは低収益体質のままで何の問題解決にもならない。
- マネジメントを強化すると当然、漏れていた利益が止まるから表面上は利益が伸びるが、さらにさまざまな手法を駆使しても、予定利益以上伸びるものではない。
- 社長は、この限界を知って使い分けていただきたい。
- 変転する市場、お客様の要求に合わせ、会社を作り変え続ける
- 市場、お客様の要求、価値観が変わることは、自社にとって「売上が急落している商品」「赤字商品」「赤字の取引先」が発生するということである。
- お客様への定期訪問でつかむ定性変化と会社内の数字の定量変化で確証がとれたら、スクラップ&ビルドの「スクラップ決断」をすることである。
- 中小企業が赤字部門を抱えたまま、社内改革を進める余裕もないし、人手も余っていない。スクラップしないと、新規事業を担当させる社員も捻出できないのである。だが、これがなかなかうまく進まない。
- 理由はいくつもあるが、実際に会社に行ってみると「本当にどの商品がいくら赤字なのか?」のデータが揃っていないケースが圧倒的である。
- 技術者の中から、人当たりのよさそうな社員を選抜し新事業に取り組んでみたが、一向に売上が立たず、自信をなくした社員から辞表が出てしまった。現業では優秀な社員であっても顧客対象が変わってしまうと勝手が違い、多くの社員は戦力にならないことが多い。1回自信をなくしてしまうと現業にもマイナスになるし、本人も後々の成長が鈍化してしまい良いことはない。
- 少々の失敗は覚悟の上で、経験者をスカウトして別組織を作っていき、グループに加えていくのが、回り道だが近道となるのである。
- まさかと思い、実験的に深夜営業してみると、昼間の売上を超えたとも書いてあった。同様に1つのキッカケ、お客様の何気ないつぶやき、クレーム等から未来をつかんだ事業家はたくさんいる。しっかり準備をして24時間、365日、必死で探し求めているからこそ、幸運の前髪をつかめたのだと思う。
- 自社にとっての新事業でも、先発のフランチャイズに加盟しノウハウを導入したり、中小企業で後継者のいない会社をM&Aで手に入れたりする動きも活発に行われるようになってきた。
- 結果として、「新しい種類の設備投資」がこの3~5年でされているか?従来とは「違う分野の人材採用」が何人されているか?仕入先のABC分析を出してみて5年前と比べ順番がどう入れ替わっているか?に改革の足跡が見て取れる。
- 新しい付加価値を産み出す「次の事業」を創る力こそ、社長が備えなければならない経営力そのものである。
- 最高益を出しながら、なぜお金がない?
- だから、ことのほか「バランスシート」を大事にしていたし、支払手形ゼロを目標にしていたので、今でも一倉教の会社のバランスシートを診ると「流動比率が200~300%以上」は普通。現預金も充分すぎるほど持っているからすぐわかる。
- 儲けることが得意な創業社長の特徴は、カネの使い方も大胆であり、たいていの場合、資金運用を暗算ではじいて、「いける」「いけない」を判断している。また、この見立てが結構、的を射ているのである。ただし、人に上手く説明できない。
- それに毎回毎回予想通りに大型投資が成功するわけではないので、大儲けの後に資金不足の大ピンチがやってくる。繁盛が続くと欲が出て、投資金額が大きくなることも一因で、社長を止められる人がいなくなるからだ。
- もし、100の税前利益が出るとすると、税金に40、次の予定納税に20、さらに売上を伸ばす計画だから、原材料を先に手当てし、在庫や売掛金におカネが消えていく。
- なんと10年先までのバランスシートが作ってあるというので、一倉先生がその社長を訪ねて秘訣を尋ねている。
- ご存じの社長も多いと思うが、この経営者こそスター精密(株)の創業者、佐藤誠一氏である。
- 社長は、経営数字を常に「3つの視点」から見ろ
- 経営数字の見方の1つは「%」である
- 構成比も%であり、利回りも%であり、世界共通の経営指標も最終的にはROAなのだから、%でモノゴトを考え、判断する習慣を社長は身に付けなければならない。
- まったく矛盾することを言うようだが、もう1つは「絶対金額」である。たとえば、経営目標の設定で売上利益をいくらにするか、はどの会社でも重要なテーマで、一倉先生は8つの目標設定基準を提唱している。
- もちろん全部が絶対金額ではなく、市場の地位などの定性目標もあるが、社員1人当たり経常利益目標だとか、年間返済金額から割り出さなければならない利益金額など、「%」がどんなに高くても金額不足では経営が回らないからである。支払いは全て絶対金額であるからだ。
- そのとき、「1人当たり」に代表される単位基準と、総額を使い分けると効率の良し悪しも見えてくる。
- 中小企業がどんなに頑張っても5000億、1兆円を超えるような企業とは総額競争では勝てないが、社員1人当たりに割り掛けると大手を凌駕している高収益企業はたくさんある。これが中小企業経営の醍醐味でもある。そこを目指してほしい。
- そして、3つ目が傾向である。
- ただし、数値がコンピューターから細かい字で打ち出された表を見て、傾向を見抜けるほど普通の人間は精緻にできていない。
- だから一目で見て誰でもが同じ感想を持てるシンプルな図表、グラフにする必要がある。一倉式「年計表」である。
- 総売上年計、得意先別年計、商品群別年計、店舗別地域別と会社の実情に合わせて数字の集計を行い、1枚のグラフにすると数多くの発見がある(ネットで調べると作成方法が出ている)。
- 5年間くらいの中長期で作ると、まず季節変動によるデコボコがなくなるので成長、横ばい、衰退の傾向がはっきり出てくる。
- さまざまな施策や人事異動、商品リニューアルなど、行ったことを書き加えておくと急に伸びたり、逆にクギ折れになったりと市場、お客様の反応が一目でわかる優れものである。
- ある会社の社長室には年計表のボードが5種類貼ってあり、毎月毎月、最新数値が出るたびに、社長がいるときは社長が手で線を引き、社長不在のときは秘書の女性が書き加えている。もう12年くらいになるはずである。
- 経営数字は社長にとって通信簿である。数字を大切に扱わない社長は、最後に数字に大切に扱われなくなる。工夫次第で多くのことを教えてくれる貴重な存在である。
- 一倉式「4マス表示」だから、誰でも一目で現状がわかる
- 1年間の大きな数字とともにもう1つ大切な数字が、利益計画の月間計画と実績数値へ記入する数字である。これを毎月毎月、自分で記入していくのである。
- ただし、これは年間で「社長が決めた利益計画」がどのくらい実現できていて、目標に対してのズレを確認するためのチェック用である。
- 年間計画を12ヵ月に展開し、①月間目標②月間実績③累計目標④累計実績の4つの数字を、売上利益計画表の各科目に付けていくのである。
- 自社で使っている売上利益計画表の形式はヒナ型を診ていただくとわかる通り、基本は損益計算書のフォームであるが、製造業のように製造原価報告書のある会社は工夫がいる。
- 売上の下の売上原価は変動費となっている。つまり、原材料費、外注加工費など売上の増減に連動して発生する費用が該当するのであるが、管理会計なので自社の業務内容に合わせて作ればいいのである。
- 数字は基本的に百万円単位で充分である。売上規模が小さくても千円単位だと数字の桁数が多くなり、精度が高いようだがかえって全体が見えなくなってくる。
- 最近気づいたのだが、エクセルを重用する若い社員は検算をしない。1桁入力ミスをすると、ありえない数字が合計値などに出てくるが、それにも目がいかない。
- 自分で記入するのには、わずかな時間しかかからないが、隣に目標数値が印刷されており、単月の数字を入れ、さらに電卓を叩き、累計の数字を記入する瞬間に、先月を振り返り、「予定した行動が本当にできていたか?」、「今月と来月、どうしよう」と考えられるほど人間の脳は良くできている。
- 社長は絶対に未達の追及をしてはいけない。
- 幹部は書いたときも、実際には会議の前から自部門の数字はおよそわかっているため、「まことしやかな言い訳、理由探し」をすることに時間と知恵を使うからである。
- 一倉先生の教えにある「業績の結果は全て社長の責任。社員は決めた行動の実施責任」の原則がそこにはある。
- 問うべき、考えるべきは「では、これからどういう手を打っていくか?」である。
- また、手書きの凄いところは、書いた数字、表に愛着が湧くところである。
- 数字の奥に隠れているが自分には見える現場の姿が映っているのである。
- 確かにペーパーレスのオフィス環境も大事かもしれないが、会社の中で一番大事な資料を、通常業務の添付ファイルと一緒にしてはいけない。効率と効果の違いもわからない頭の固い管理職を登用している社長が悪いのである。
- 会社の真の支配者はお客様である
- 一倉先生の名言の中に、「我が社の赤字は、お客様を忘れたのが原因である」(『一倉定の社長学』第9巻「新・社長の姿勢」)という言葉がある。
- 社長として何を話しているか?どんな議題になっているか?「販売キャンペーン」「セール企画」「同行販売」「イベント」「DM」「ホームページの改訂」「Web通販」等々、過去にやって効果のあったコト、他社がやっていて好評と聞いたのでウチでもやれないか?などほとんどが「自社の都合」と「売上」のことばかりではないだろうか。
- 経営理念に「お客様第一」を謳い、朝礼で毎朝唱和しようとも全社員はよく見ていて、「結局は『売上第一主義』なんだ」と口には出さないが思っている。
- 社長自らが、「お客様の変化」「お客様の都合」「お客様の真の要求」「お客様の立場」に立って行動しなければならない。
- 言葉だけの「お客様第一主義」、真の「お客様第一主義」
- 「実際にはどうすればいいか?」は業種によって違うだろうが、「なんと言ってもお客様のナマの声に耳を傾けること」「社長自身がお客様になって利用してみて不平不満を感じること」を始め、身銭を切ってみることが一番である。考えたってわからないものだ。
- 社長によく言うのは、「社長自身が、自社への一番のクレーマーになること」だと。
- 最大の違いは経営サイドの効率優先か、利用者サイドの満足かになってくる。
- 見る目の厳しいお客様、超常連さん、目立たないが長くご愛顧いただいているお得意先様、こういう方々の購買頻度、来店間隔が空いたときは、現在の業績に関係なく社長自身が自社を見つめ直さないと手遅れになってしまう。
- 「お客様の定義」が明確に示されているか
- しかし、自社のお客様を明確に定義している会社は、そんなに多くない。だから、社員一人ひとりが考えているお客様像はバラバラなはずである。
- 「取引不可を決める」、もしくは「取引の中止を決定する」というのは、思った以上に勇気が要る。
- 戦略という言葉が独り歩きしている
- 「戦略」という言葉が氾濫しすぎて、結局、何のことか意味がわからなくなってしまった。
- ◯◯に戦略をつけてしまえば、なんだか難しいようなことを言って偉くなったように思っている社長が多いが、社員からすればよくわからないし、外国語をそのままカタカナにした経営用語も溢れて混乱するばかりである。
- 孫子の兵法の「敵を見ずして敵を制するを戦略という」の語句をひいて、「自然に高収益が上がるような事業構造」をつくることとして、7つの経営課題を挙げている。
- 1どんな市場、又はどんな市場の組み合わせにするか
- 2どんな商品構成、どんなグレードとするか
- 3どんな得意先構成とするか
- 4どんな店舗展開をするか
- 5どんな供給体勢(内外作区分、仕入体勢)とするか
- 6未来事業の推進体勢をどうするか
- 7人員構成をどうするか
- を主として、必ず客観情勢への変化へ対応し続けることが基本、となっている。
- 一番大切なことは、私自身「自然に高収益が上がる」の「自然に」の解釈だと思っている。
- 普通の社員が普通に仕事をすれば、「計画通りきちんと利益が出る経営の仕組み」こそが経営戦略であり、それを考え常に修正し続けることこそ社長の仕事であると思っている。
- 他の社長が、高収益を上げている社長に話を聞いて、「それだったら誰がやっても儲かるじゃない!」と感じるくらいにシンプルでなければならないとも思っている。
- 中小企業にスーパーマンのような社員は入ってこないし、複雑な仕事の仕組みだと誰でもが運営できるわけではない。
- 多くの人が気づいたときには圧倒的なシェアを取っていて、他社の新規参入も市場規模の拡大につながるから否定はしないが、商品の質をお客様目線で磨き続け、絶対に1位の地位は死守し続ける努力を怠らない姿勢である。
- 創業時の「リクルート」、日本中にあるコインパークの「タイム24」も、ホテルの空室を売った「一休」も、今となっては「あって当たり前」で、なくなるとお客様が不便で困るような商品、サービス、事業を考え出し、新しい市場を創造し進化させ続けることこそ、「経営戦略だ」と説明している。
- 普通にやって高収益がキチンと出せるには、独自の売り物と売り方で「粗利益率と粗利益額」が設計されていて、値引きに強い競争力がなければならないことは言うまでもない。よく「値決めは経営だ!」と言われるゆえんである。
- 中小企業であっても価格の決定権を持つことは極めて重要
- 価格の決定権は難しいと思っている社長は多いが、逆に「中小企業だからこそ、高価格の主導権は握りやすい」と私はいつも言っている。
- 何度も書いているが、会社の命運を握っているのは全てお客様なのだ。
- だから、繰り返しになるが、高価格の戦略は中小企業、小企業のほうが取りやすいのである。値決めの主導権を握れるし、競合も追随しづらい戦い方なのである。
- 大手はボリュームを売らないと多くの社員の雇用を維持できないから、わかっていても手が出せないし、全部の市場をとっても金額的に知れているから手も出さないのである。
- 社長が考え実行するのは、価格の主導権のために、原材料から始まり、素材、設計、部品加工、組み立て、卸、販売、アフターメンテナンス、廃棄、リサイクルと、1つの商品の一生のどこをガッチリ握るか、を自分の業種、商品ごとに見極め誰よりも早く動き、競合が手を出せないように参入障壁をどうやって築くかである。
- 社員9名で驚くほどの高収益を上げておられ、全国にファンを数多く持っている社長がいるのだが、南米のジャングルから商材を独占的に調達している。
- 1つの素材の共同開発、用途開発で1000種類に及ぶ製品材料をつくり、国内シェア70%を持っている地方企業もあるし、要素技術を突き詰めて世界市場を席捲している機械メーカーもある。
- 全国的に有名になる必要はない。
- その業界、その地域でなくてはならない存在になるために、どこを握り、どの技を磨き続けることが大事かは、お客様が教えてくれる。
- 先発業者が有利であることは事実だが、シェアの大勢が決まる前の群雄割拠の時代であれば逆転はできるし、規模の大小の戦いでなく、地元、特定地域で圧倒的に強ければナショナルブランドでさえ敗退している事例はいくらでもある。
- 高収益の事業構造をつくる「逆算の経営」
- 利益率で高収益を規定すれば、誰もが認めるレベルは売上高経常利益率10%からである。「超」がつく高収益とは、20%を超えていく数字を何年も続けている会社に与えられた称号である。
- 私がお会いした中では、エーワン精密がダントツの超高収益企業の1社だと思う。上場企業だから決算資料を見ていただければ詳しくわかるが、売上20億円前後ながら経常利益6億円、率にして30%。それも、この水準を何十年と続けておられ、自己資本比率に至っては90%を超えているのである。
- 中小企業と言っては大変失礼かもしれないが、まさに中小企業の鑑であり、社長であれば経営のやり方次第で、このレベルまで実現可能だと考えてほしい。
- そのとき、今の経常利益率から考えて3%を5%に、5%を8%にと徐々に上げていく道筋と、それとは逆に10年後に10%にしたいと社長が強く念じ、どうすれば実現できるのかをひたすら考えて、そのためにじっくり時間をかけて高収益を産み出せる条件を整えていく。
- 「違いは何か?」を考えてみると、前者は単年度の利益計画を立てる際に、前年の実績をベースに昨年対比という考え方をするのではなく、最初に社長として絶対に獲得しなければならない利益額を決め、その利益計画を達成させるために必要な粗利益、売上高を逆算する方法である。
- その利益計画とは借入金の返済額からの決定や、人件費の向こう3年間の上昇を織り込んだ利益計画で、自社の生き残りを賭けた必達の利益計画でなければならない。
- 達成できそうな売上から経営計画を立ててしまうことは、計画ではなく単なる計算でしかない。これを一倉先生は「成りゆき経営」と断じている。
- 事業部門長の立てた計画を合算したり、経営企画室の立てた利益計画、経営計画は言語道断であり、社長業の放棄であると強く指摘している。
- 利益率10%超えを実現させるために
- 10%を超える利益率を実現させるには、今ある商品を磨くだけでは追いつかない場合がほとんどである。商品コンセプトを抜本的に変え、品質と価値観を格段と高め、販売先も販売方法も変えていかないと実現できないからである。
- さらに、社長の崇高な思いを理解し実行できる社員がいればラッキーだが、低利益率の商品、低価格の商品に慣れた社員には、高価値品は販売しづらいのが普通である。
- 新たに社員を雇い、開発、試作、販売、失敗、再挑戦を繰り返すことで、社長も社員も鍛えられ、社格も高めていくには3年、5年では難しい。10年はかかる。
- 10年と聞いて長すぎると思った社長は、自分の年齢を考えていただきたい。今、50歳だったら、60歳のときである。40歳だったらまだ50歳であるし、60歳でも70歳にはなっているが、現在の70歳はまだ若いし、後継者が40歳前後になっているから、将来への種まきを終え収穫を次世代がやればいい。
- さらに言えば、この10年を振り返っていただきたい。気がつけば、あっという間の10年間だったはずである。社員の時計の針の進み方と、社長の針のスピードは明らかに違うのである。
- しかし、焦って現業からあがってくる資金を一気に使ってはいけないし、社運を賭けて大型投資をしてもいけない。情熱をもってコツコツと3年後、5年後のマイルストーンを設定し、我社のあるべき姿に向かって戦略条件を整えていくしかないのである。
- 短期であろうと長期であろうと、目標を明確に決めて、それに向かって全社改革の努力をする社長の姿勢こそ正しいし、社員にとっても将来への希望が見えてくるのである。
- そのために「経営計画書」の中に「長期事業構想書」を入れ、「外部の客観情勢の変化と社長のビジョンの発展によってたえず書き換えられていかなければならない」という文言を入れ、社長自身が書いては考え、外に出て自社を見つめ直し、考えては書き換えることを繰り返し、自社を高収益な体質へと作り変えていくのである。
- これこそが経営戦略の本質である。
- 販売なくして事業なし、限界生産者の末路
- いつ、いかなる場合も「自らの商品は、自らの手で売らねばならない」。これこそが、一倉先生が最も強調される販売戦略の要であり、中小企業の弱点でもある。
- 特に技術系の社長は、今も昔も、いい製品、商品を造ることに熱心で、心のどこかで、いいものさえ造っていればお客様は買ってくれると思っている。そして、販売は営業部長任せ、代理店任せの場合が多く、社長自ら販売に乗り出そうとはしない。
- こういう状況のために、中小企業はより弱い立場にまわり、自社の商品を自らの手で売っていかないといつまでたってもシェアは上がっていかないのである。
- 実際に現場で見ていると、業界によっては大手メーカーの方が積極的に代理店を支援し、熱心に売り込みを強めているように思える。
- 年に1回だが公共のスペースを2日間借りて、自社主催の展示会を開き、地元のメーカー、工場担当者、技術者を多く集めている。
- 「自ら売る」というのは、中抜きして全て直取引せよと言っている訳ではない。そうやって自社の商品を直接売り込んで、現場の責任者との人間関係を構築しておかないと、ある日突然に売上がストップするときが来るのである。
- 「自ら売る」というのは、中抜きして全て直取引せよと言っている訳ではない。そうやって自社の商品を直接売り込んで、現場の責任者との人間関係を構築しておかないと、ある日突然に売上がストップするときが来るのである。
- 大手メーカーがもし自社の商品をマネして、同等製品をぶつけてきたらどうなるか。一部のお客様は大手に流れ、代理店の営業担当も大手からのプッシュには従うので、下位メーカーの売上が一番下がるのである。
- この下位メーカーこそが「限界生産者」と一倉先生が呼ぶ、小さなシェアしか持っていない企業のことである。競合他社が参入してこなくても、これからの日本経済を考えれば、市場自体が縮小して同じ現象が起きるだろう。当然、下位企業、限界生産者から消えていく運命にある。
- 一倉先生曰く、「経営は戦争なんだ」。だから、仕方がないと言えばそれまでだが、限界生産者の運命は悲惨な末路が待っている。
- 自動車だって、バイクだって、紳士服チェーンだって、同じように市場が飽和しつつある業界では、必ずと言っていいほど上位3社で市場を独占するようになっていくのである。理由はわからないが、「市場には3の法則」が厳然とあることを我々は体験的に知っている。
- であれば、すでにこの渦中に巻き込まれている事業規模を持つ会社は、日本市場で生き残るには「その事業分野の上位3社に入る」が一番の条件であり、M&Aを含めてシェア獲得にまい進しないと経営は維持できなくなるのである。
- 逆に中小企業は生き残りを、シェア拡大に求めるのではなく、大手では面倒でマネできない戦術、戦い方で、限られたお客様に圧倒的に支持される会社をつくり、小規模ながら確実に利益を出す体制を築く以外に道はない。
- だが、「3の法則」には社長として注意しなければならない大切な視点がもう1つある。我社の主要得意先は「3位以内に入れるか」という見方で顧客構成を考えなければならないのである。
- 販売戦略を考えるとき、売上依存は1社30%以下にしなければ危険だという一倉先生の指摘はもっともなことである。しかし、そう簡単に2番目、3番目の柱になる得意先を獲得することはできないし、とにかく時間がかかる。だからこそ、社長自らが販売、新規開拓に乗り出さなければならないのである。
- 彼らの目は随分以前から、世界の中で生き残れるかどうかに向いているはずだから、これまでの国内の事情にかまっていられないのだろう。
- 社長として楽観的な見方くらい危険なことはない。最大のリスクを見通して、大きな方向性を示すことが社長の務めである。
- 社長の持っている「成功体験」はもはや通用しない
- 今、多くの会社に行って社長の相談に乗る際、一番困ることは「65歳以上の社長」と「55歳以下の社長」では基本的な考え方、経営の常識と思っている価値観が違っていることである。会長70歳、社長(息子)40~45歳くらいの組み合わせがとにかく大変である。
- インフレ期、市場拡大期を人生の前半で体験していれば、多くの人は「そのときに勝った経験」が強烈に自分の人生観、経営観を支配する。
- 厄介なことにさらにもう1本、社会インフラ技術の軸が加わってくるから話は複雑になる。「アナログ世代」と「デジタル世代」が共存しているのが現在の経営層である。
- 成功している社長の最大弱点は、「成功したがゆえに、お客様も設備資産も成功パターンも持っている」ということである。
- これを捨てる勇気は、口で言うほど簡単ではない。
- だが、お客様にはそんな事情は全く関係なしに、自分にとって便利なもの、楽なこと、嬉しく、人に自慢でき、今の問題を解決してくれることを最優先に購買するだけである。
- 社長は現役を張っている以上、経済情勢はデフレ、キャッシュ重視の環境下で経営していることを自覚し、最新のデジタル機器に触り、実際に使ってみて、疑似であってもお客様の立場に立って「天動説の自分を戒める」ことが大事になる。
- 持っているモノを過度に守ろうとすると、目線、思考が自社中心になってしまい、自然と天動説になってしまう。
- 何事も当事者になって、身銭を切ってみないと本当のところはわからないことを、社長といえども自覚することである。
- 1位(強者)が採るべき販売施策と2位以下(弱者)の戦い方
- 販売は確かに自社と数多くのライバル企業との競争であり、1年間の結果は占有率(シェア)と損益計算書(PL)でハッキリと成績が出てしまう。
- 誰が考えても結果は見えているのだが、負けず嫌いの社長の多くは上位企業に戦いを挑む場合が多いし、ちょっと成功し自信がつけば、すぐに「売上100億だ、上場だ、全国展開だ」と言って規模の追求に走ってしまう。
- 野心家の創業社長は、特にそうだ。しかし、冷静に考えてほしい。企業の戦いでは「負けること=赤字、倒産」となるので、本当に企業体力がつくまでは負けない戦い、強者との競争を避ける戦いをしていかなければ、資金もシェアも失ってしまうのである。
- 戦い方の原理原則は「孫子の兵法」以来、そんなに変わってはいないし、ランチェスター戦略やマイケル・ポーターの競争戦略も差別化と重点化が基本である。
- 弱者は「戦う市場を自社の得意分野に絞って、差別化した方法を考え、販売する」ことである。
- 大手(強者・1位)は、他が上手くやった方法をマネして差別化の効果をなくすミート戦略で、他社の市場・顧客を奪うことであると教えている。
- ただし、販売戦略にとって競争原理や手法、システムだけで結果が決まるものではない。
- もう1つの重要な要素が長い目で見れば決定打となる。
- 一倉先生が、中小企業の社長に戦い方を指南する際に特に意識していた「人間というものは、こうした物の考え方をするものである」という人間洞察力を身に付けることが、競争戦略以上に大切であるということを心に刻んでほしい。
- なぜなら、企業競争とはいうものの、企業同士が直接全面対決するのではなく、1人のお客様、取引先の担当者の心のシェアを、大手だろうが中小だろうが関係なく1対1で、どちらが得るかの競争であり、お客様の立場からすれば「どちらが好きか」の判断でしかないからだ。
- そして、販売こそが、繁盛の命運を握るお客様との接点であり、インターネットで物を売ろうが、対面で物を売ろうが、電話セールス、通信販売であっても、商品・サービスを媒介として「会社」と「お客様」との価値観の交換の場なのである。
- 中小企業の真の強みを活かす事業戦略
- 学者が書く経営の教科書には、「大手は組織が大きいから動きが緩慢」で「中小は小回りが利く」から変化に強いと書いてあるが、本当にそうだろうか。現場では逆だと感じる。
- もちろん、中小企業の中にも進取の気性に富み、次々に挑戦する社長もいるが決して多いとは言えない。何といってもスタッフと資金の制約があるからでもある。
- 特にスケールメリットが有利に働く事業は、採算分岐点に持っていくまでの時間と投資金額が大きくなるので、わかっていても手が出せないことがあるのも事実である。
- 大手に「中小企業の経営スピード」は負けている
- 中小企業が大手に勝って先手を打つには、社長がごく初期段階から情報収集に動くことである。
- 新規に始めることは全部が上手くいくはずもないし、大手だってたくさん失敗する。小さく実験するか、他社の動向をじっくり観察し、いつ参入するかのタイミングを計っておくことである。
- 比較的限られた商圏でビジネスをやっているので、商圏内での先発企業になればシェア獲得には充分だからである。
- それとともに、一倉先生はおもしろいことを言っている。「自分の性格に合わないと思ったらやめろ」と。
- 確かに、中小企業の社長は個性派ぞろい。新事業と言えども好きなときは一生懸命やるが、次におもしろいものを見つけると、興味をなくし見向きもしなくなる癖を持っている。ビジネスモデルが違っていて、既存事業に比べ収益性が低いと力が入らないし、幹部社員に任せても難しい面が出てくる。
- 研究着手は早く、実際の資金投入は少額で、事業化判断は期間を決めて、大手に負けないスピード感を出すのは、社長のリーダーとしての重要責務である。
- 中堅・中小企業は事業構造的に3種類ある
- 「受注事業」と「見込み事業」であり、自社の体質とそれぞれの長所と弱点をよく知ったうえで、社長として高収益体質をどう築くか、という他に類を見ない内容である。
- 大小の事業規模には関係なく、受注事業構造をさらに量産受注と単品受注に分けて高収益体質への手の打ち方を考えるとわかりやすい。
- 業績のベースとなるのはやっぱり「売上高」であり、その中身が「売上高=変動費+粗利益」となっているから付加価値の高い商品、サービスが有利となるのである。
- 当然、売上高の中身が「売上高=単価×数量」であることは、社長でなくても役員でも社員でも皆知っているはずだが、全社員が高収益化の実現に向かって努力しているかといえばはなはだ疑問である。
- どんな事業体質であろうと単価の決め手となる「自社の売りモノである商品」を持っているかどうかである。
- ただし「売りモノ」が、目に見えるカタチ(完成品)になっている会社と、目では見えづらいノウハウ(技術・サービス)である会社がある。
- もう1つの決め手である数量は、「売りモノ」が同一商品で大量に再生産できるか、毎回一品一品違った商品を生産しているか、ということである。
- この組み合わせで、見込み事業体質か、受注事業体質か、単品受注体質かが決まってしまう。
- それぞれに高収益化への手の打ち方の重点が違うし、獲得できる粗利益額に応じて、固定費を低く抑えれば営業利益が出る。
- 逆に、社長がほしい営業利益額を決めれば、使える固定費の上限も決まってしまうのである。この金額をコントロールし、実現する仕組みを考えることが社長の仕事となるのである。
- 価格決定権、価格主導権、下請け体質
- 全ての事業には「売り手」と「買い手」がいて、最後の最後には消費者が、それこそ「消費」して商品は寿命が尽きてしまう。
- 会社と会社の間でどんなに取引が活発でも、そこで生まれた商品は誰かが最終消費し、再発注、リピートするか、世界中に売りに行かない限り絶対に仕事は継続しないのである。
- まず、自社の「商品、製品」が必ず消費されて「ゼロ」になっているかどうかを考えてほしい。
- ここで自社の事業の継続性が決まってしまう。
- その次に、「需要と供給」のどちらが強いかで、需要が強ければ価格が上がるし、供給が多すぎれば価格は下がると決まっている。
- それにもかかわらず、需要があるとなると同業、異業種含め市場参入してくるから価格が一気に下がり、皆が「儲からない、儲からない」と言って撤退していくのである。
- 事業の寿命が短くなった今日、見込み事業体質の会社がこういう事業をする際、需要の立ち上がり期に早期に参入するか、ピーク前に売却撤退するか、最後の1社2社に勝ち残るかを決める必要があるが、その決定は社長の仕事である。
- それとともに、価格はどうしても世間相場に左右されるので、高単価で勝負するのはなかなか難しいし、常に次を探しておかなければ不安定になる。
- もう1つは誰も入ってこないそこそこの需要を1社ですっと耕していくことを決めて、簡単にライバルが入ってこれないように品質やコスト競争力や、技術者の育成、設備の充実を図り、長く事業を続けることも可能である。
- その需要がいったい何なのか、強いのか、もういらなくなったのか、次の技術革新は何か、を見極めるために、一倉先生は「穴熊社長になるな」「社長自らお客様訪問をしろ」と言っていたのである。
- さらに、社長1人では回り切れないので、営業担当者には需要の喚起とともに、「お客様に何を言われたか」を日報で提出させ、お客様の要望、困りごとの変化、情報収集を代行させているのである。
- そういう目線で細かく事業を見ていると、魅力的に見えても価格の主導権が取れない事業と中小企業が価格の交渉権を取れる事業もまだまだたくさんある。
- それが下請け企業と世間から言われていて社名が有名でなくても、充分に価格決定権を握っている会社もある。
- 逆に、名前は通っていて完成品を持っているが商品価値がなくなってきたために、買い叩かれて利益の出なくなった会社は数えきれないほどある。
- その予兆は、3年~5年スパンの粗利益率の低下傾向に出てくるから、その前に次の商品を準備するしかないのである。
- 手離れの悪い仕事と手離れの良い仕事
- 中小企業の長期繁栄という面から考えたら、「手離れ」という視点から仕事を選び、販売戦略を考えていただきたい。
- 手離れを悪くすることで確実にファンは増えるのである。一倉先生の最強の販売戦略は、実は定期訪問という愚直なまでの作戦である。
- これも極めて効率が悪く作戦にもならないような作戦だが、一番数多く会った人と親密になるのは人間の情なので、時間を経れば最強になり他の追随を許さないのである。
- 比較的人事異動、転勤が少ない中小企業には取り組みやすい作戦だし、大手にとっては手を出しづらい方法である。
- 高級品市場を狙って勝つ
- 商品には、一定の基本的な決まりがある。
- 単価の低いモノ、粗利の低いモノは高回転。
- 逆に高単価、高粗利のモノは、回転が低い。
- 粗利益額は率と回転の掛け算であり、事業として成り立つためには固定費を賄う粗利益額が必要だからである。
- 「低単価×低回転」の組み合わせは商品としても事業としても成り立たない。もし1部門でもあったら撤退も含めないと命取りになってしまう。
- 販売する商品の数が多いので良いことのように思えるが、工場でも物流現場でも、働いている社員からすれは、1個500円の商品も1個5万円の商品も「手間的には1個は1個」である。数が多いということは社員数、手間数、作業時間が長くなるから、コスト増の最大要因になるのである。
- 自動化、無人化が進めば、当初は設備投資がかかるが償却が終われば高収益に体質転換できる可能性が出てくる。
- 社長として、ここを目指すとともに、同じ手間を掛けるなら、1円でも1%でも粗利益の多く取れる商品に改良するか、新商品を投入すれば相乗効果が出やすくなって高収益型になってくる。
- コモディティーと呼ばれる商品も高級化することに集中すれば、中小企業でも知る人ぞ知る地域ブランドになり、商圏は拡大し充分事業になるのである。
- 中小企業だからできる高級品戦略
- ただし、高級品市場を狙うとき、もう1つやらなければいけないことがある。高級品、高額品を買い求められるお客様は、目が肥えているのが当たり前だから、商品、製法、素材のことなど深くて広い知識が求められる。
- 全国展開企業の本部が動けないうちにシェアを取る
- 20年後の人脈形成を目指して、今、定期訪問を繰り返す
- 「定期訪問が最強」と言ってもにわかに信じられないと思う社長も多いと思うが、一倉教の社長ならばその凄さを良く知っている。後継社長に引き継ぎ20年~30年経ちながら、定期訪問を今でも営業戦略の中心に据えている会社もあるほどだ。
- また、ライバルの訪問回数を調べて、「必ず3倍訪問」を経営計画書に盛り込んでいる会社もあるほどだ。
- だから、かつての担当者が声を掛けてくれるのは、何よりの助けとなり業績も時間が経つにつれて伸び始める。継続力は最大の武器となるのである。
- それがわかっていて、なぜ多くの会社が定期訪問をしないのか。1つには経営計画書で明確に営業方針を示しておらず、販売目標の数字だけの計画を立てているからである。
- 社長自らが主要得意先の定期訪問をしていなくて、営業にやれやれと言っているだけだからである。
- 人と最新設備の継続投資で圧倒的競争力をつける
- 損益計算書(PL)では確かに高収益だが、それだけでは実態がわからないことがある。
- 高収益企業には「良い高収益」と「2つのタイプの悪い高収益」があるので、社長として冷徹に自社診断をしておいていただきたい。
- 設備投資をしなければ、償却済みの機械や設備で稼ぐから、利益がキチンと積み上がっていく。減価償却費がないから価格の競争力が出るのだが、将来のない経営になっている。
- 国の人口ピラミッドと同じで、一番いい形は三角形だが、中小企業はいびつな形が多い。20代が少なくて、30代から40代がポコンと多いと、会社は儲かる時期に入ってくる。一番の働き盛りの30代、40代が頑張っているし、言い方は失礼だが、まだ稼げない若手が少ないと教える時間も取られないので効率はいいのである。
- だがこれは近い将来に不安が残る悪い高収益パターンだと思っている。
- 1つには、この年代の塊がそのまま年をとっていったとき、若手が少なく頭が重い組織になって若返りに苦しむことが容易に想像できる。もう1つは、自分が育てる若手がいないことによるリスクである。
- どういう意味かというと、部下を本気で育てることによって、結局は自分自身が成長する機会をなくしているのである。
- 社員は10年、20年のスパンで考えて手を打たねばならないし、機械設備、情報投資は5年、10年の償却を考えながら投資をし続けなければいけない。
- 休むことは一時的にキャッシュリッチになるが、次代を見据えていない戦略なき繁栄と言わざるを得ない。
- 一番大切な資金運用とは何か?
- 社長が「お金の問題」から解放されるために、「会社のお金」については社内の誰よりも執着し、詳しくなければならない。
- なぜなら、どんなに豪胆な社長であっても、会社の資金繰りが詰まってくると夜寝られなくなり、昼間も資金調達のことしか頭になく、本来の社長業に一切身が入らなくなる姿を幾人も見てきたからである。
- それほどに「資金」の問題は、会社と社長、さらには全社員、取引先を含めると甚大な影響を及ぼす重要事である。
- 原因の1つは、社長の勉強不足より、学者や税理士の説く会計制度、税務会計や原価計算制度が経営の実務とはかけ離れた机上の理屈であり害毒にしかならないと、間違った経営学に警鐘を鳴らし続けてもおられた。
- ただし、社長自身も細かい数字は苦手な人が多く、「経理にお任せ」で、豪快に売上を伸ばし、お金を儲け、豪快にお金を使う社長こそが立派な社長であるような風潮もあった。
- 一時代を築き名経営者と謳われた社長も、資金運用の失敗で全ての事業を手放すことになってしまったこともある。
- 売上を積極的に伸ばせば、売掛金、在庫と買掛金に代表される運転資金が徐々に膨らんでいき、店舗や工場などの設備投資を追加し続けなければならないため、銀行からの借入金が雪だるまのように大きくなっていくのである。
- 銀行も会社が成長しているときは短期も長期借入金も融資に応じてくれるが、成長が止まったり、景気循環の影響を受け赤字になったりすると、手のひらを返したように融資態度が変わっていくものだ。銀行が悪いわけではない。
- 社長が運転資金と固定資金という事業を安全確実に経営するうえで必ず押さえておかなければならない「資金運用の原理原則」を知っていないからである。
- だからこそ一倉先生は、勉強会でも経営計画の作成合宿でも多くの時間を使い、実際に決算書の数字を用いて社長に電卓、ソロバンを入れさせ1年間の資金の動きを計算させて、1年後の目標貸借対照表(目標バランスシート)ができるように繰り返し繰り返し教えていたのである。
- 現在は超低金利だから、借金が増えても大丈夫だという甘い認識があるだろうが、当時は5%、6%の金利は当たり前の時代であり、借金が年商の半分以上を超えて一生借入金の返済のためだけに働かなければならない社長もおられた。
- そのときの借金が今でもバランスシートを傷めていて、今日に至るまで営業利益の半分以上を金利支払いに充てている後継社長が実際におられることも知っている。
- 損益計算書(PL)はわかるが、貸借対照表(BS)を見ない社長
- 月次の試算表が社長の手元に届いたときに、最初にどこを見ているだろうか。多くの社長は、まず何といっても「売上高」を見て、次に「営業利益」か「経常利益」を見て、昨年対比で増えているか、減ってはいないかを確認して、一喜一憂する場合が多いのではないだろうか。
- 確かに売上高は大事であるし、赤字でないことが一番大切に思えるが、今月来月にまとまった資金が出ていくのに、現金が足りるかどうかがもっと重要なのである。ボーナス、納税資金、社債や借入金の返済などが重なると、手元の現預金は一気に減ってしまう。
- 試算表の順番は上から貸借対照表(バランスシート、BS)があって、その次に損益計算書(PL)があるにもかかわらず、1枚目を見ないで2枚目を見にいってしまう。
- 月次の試算表だけでなく、期末の決算書も同じである。最初に出てくるバランスシートは眺めるだけで複雑でよくわからないし、損益計算書を見て、最後に税金が多いと文句を言ったりする。
- 創業者はカン(勘)ピューターで資金を読むが、二代目は無
- 理創業者であれば、今日に至るまで2度や3度の経営危機を乗り越えているし、お金の苦労は人の何倍も体験済みであり、手元の現預金残高も常に頭に入っている。
- 新たな投資や利益計画、3年から5年くらい先の返済額を、ブツブツ言いながら暗算で計算して、大丈夫だとか、ちょっと足りないとか、全然余裕とか判断するのである。
- とにかく、利回り計算が早いし正確である。ただし、部下に説明したりするのは上手ではない。
- まさに、カン(勘)ピューターで、独特の考え方だから、表にしたりするのが苦手である。加えて、自分がわかっていることを人がわからないとイライラするのは、気が短い創業社長の特徴でもある。
- 長年の経験の凄さであり、エクセルで社員が作成した数表の間違いを最初に指摘するのも創業社長の特技である。後継社長は、この点はかなわない。
- 創業社長は大胆に見えるが、心の内は極めて慎重であるのに対し、後継社長は最初から大きなお金を使って、大きな成功を狙う傾向が強いように思える。
- 経験不足の後継者はキチンと勉強し、数字の読み方、お金の使い方を身に付ければいいだけである。
- 一倉教信者のバランスシートの特徴はここに出る
- 一倉先生の指導の重要事項に、「支払手形ゼロ」というのがある。絶対に会社を潰さないという考えが中軸であるから、「支払手形を切っていなければ、不渡り、銀行取引停止もないから倒産もない」という論法である。
- 自分の手で電卓を叩いてみないとBSは体に入らない
- 損益計算書は1年で大きく数字が動くが、バランスシートは短期で数字が大きく動くことはない。
- おもしろいことに、社長を中心にして経営幹部が考えているように、また極端に言えば社長の性格通りに徐々に数字が動いていき、10年、20年経ったら、社長を映し鏡にしたバランスシートが出来上がってくる。
- だからこそ、一倉教の会社のバランスシートは特徴が似ており、社長がキャッシュを大事に考える経営を追求すれば強固な財務体質になり、売上重視に走れば水膨れ型のバランスシートになってしまうのである。
- 経営数字の裏にある仕事現場を見ながら、電卓を叩き続けると、社長の体の中に強固な経営軸が出来上がってくるのである。
- 万が一のときには会社は誰も守ってくれない
- このように手堅い経営を続けていると、10年、20年と経つうちに規模の大小にかかわらず完全無借金経営や、実質無借金(現預金‐借入金=プラスの状態)経営となっている社長はたくさんいる。
- 経営分析的には過剰流動性、すなわち「会社がムダなお金を持ちすぎている」という状態になっているので、次の事業や投資に回すべきだという意見が出たり、無借金だと銀行がいざというときに助けてくれないから借入をしておくべきだとか、さまざまな助言が飛び交うのである。
- 確かに、次の収益の柱になる事業や新商品開発には、人もカネも投入し続けなければならないが、経営分析の指標に合わせるために事業経営をしているわけではない。
- 大手であれば本当に大変なときには、銀行も救済に乗り出してくれるだろうし、再生の道やM&Aの申し出があるかもしれない。
- しかし、中小企業ではよほど特徴のある商品や技術などがない限り、苦境に立ったときは誰も助けてくれないのが現実である。
- 社長が自社を守るために資金を厚く持つことと同時に、社長個人が可能であれば高い役員報酬を得て貯金をしておき、万が一のときには自らを助ける努力こそが正しいことだと思う。
- そうすれば地方経済の担い手として、地域の雇用の確保という大切な社会的使命も遂行できるのである。
- 貸借対照表(BS)とは、社長の意思でつくるもの
- 今期の売上利益計画を立てたら、期末の「目標貸借対照表」はできる
- 成り行きで経営をしていれば返済が迫り、お金が足りないから折り返しの借入を依頼するのが普通である。
- 急成長ほど恐ろしいものはない
- この資金の流れがわかっている社長は着実な成長を目指すのであるが、売上16億円を好調なうちに一気に伸ばそうと翌期20億円、2年後25億円、と強気に目標設定する社長がけっこう多いのである。
- 資金運用表を見ていただければわかる通り、利益が出たといっても税金と半期後の予定納税の資金にまわり、売掛金、在庫が増え、実際に使えるお金は経常利益の30~40%くらいである。
- そこに売上増大のために工場を拡張したり、店舗を作ったりするので、自ずと借入金が増えるし、銀行も融資先を求めているわけだから好都合なのである。また、急成長ではないが、社長によっては相当強気な売上利益計画を全社員に発表する場合も多い。
- 理由を聞いてみると「これぐらいのノルマをかけておかないと数字が伸びませんから」等の答えが返ってくる。急成長も同じことだが、こういう社長は貸借対照表を作り込むという発想自体が全くない社長であり、売上さえ伸ばしていればお金はついてくると思っているのだろう。
- 順調に伸び続ければいいかもしれないが、昨今好調な事業には新規参入が我も我もと参入し、利益率は低下しブームが一気に去ることだって日常茶飯である。となると、残ったのは借入金と固定資産ということになってしまう。
- 急成長は組織も社員の教育も追いつかないことは皆わかっているが、貸借対照表も危険な状況に近づいていることを知っておいてほしいのである。
- 3年先、5年先の目標バランスシートに向かって数字をつくる
- 社長として常に3年先、5年先を目標に据え、事業規模が小さいうちから筋肉質の貸借対照表を作っていただきたいのである。
- しかし、一旦悪くした数字は、劇的に良くなるものではない。
- 膨らんだ貸借対照表を後継者に残してしまうと、人生の半分近くを借金返済のために費やさなければならないことだってある。大きく儲かる商売であればもっと早くに実現するかもしれないが、皆が高収益事業をやっているわけではない。
- 経営、特に貸借対照表には「でも」も「しかし」も「ウルトラC」もない。
- 創業以来の社長の意思決定が数字となって表れているので、10年かけて悪くなっていれば、同じように10年かけて良くしていかなければならないのである。
- 社長業は一見派手に見えてしまうが、本質的には極めて地道な作業の積み重ねであることをわかっていただきたいのである。
- 悲願の無借金経営、実質無借金経営を実現する
- 借入金を返すのには超低金利の今が一番条件が揃っているのだが、せっかく営業利益を稼いでも支払金利に持っていかれたら返済原資も出てこないのである。
- 幸運が味方したのは事実だが、「ツキも実力のうち」である。
- ただし、世の中はおもしろいと言っては失礼だが、「俺は不真面目な社長だから借金がないと遊んでしまう」と言ってあえて借金をしている社長もいらっしゃる。こういう社長はくせものである。
- 貸借対照表を見ると「借入金」よりはるかに多い「現預金」を持っていて、いつでも即金で返せる状態であるから、驚くほどの超低金利で借入をしており、その分、金融機関の情報網を目いっぱい使って事業拡大に活かしているのである。
- 一倉教を徹底的に勉強し、20年、30年とコツコツ積み上げてきた実績と岩盤のような貸借対照表を前にしては、地銀の支店長ではとても手に負えないのが実際である。
- しかしそれでも、一倉先生の教え通り、毎月「月次の試算表」をもって支店長に報告に出向いているのである。そこに、驕りや慢心はない。無借金になったからといって油断してはいけない。
- 明日何が起こるかわからないのも経営であるからである。
- 主要な役員・経営幹部に経営数字の実務を叩きこむ
- 小企業であれば、社長が1から10まで全部決め、指示を出していけば会社は充分回っていくが、社員が30名を超えだすと目が届かなくなってくる。
- 1つの事業を皆でやっていれば、50人を超えても大丈夫かもしれないが、事業の性質が違う部門が2つ3つと増え始めると、社長といえども全体はつかめても、各事業部の細かいところは見えなくなってくる。
- 資金運用計画と資金繰り計画の相互チェック
- 1年間の計画ができたら、月間計画に展開していくことは、皆さんやっているので詳しい説明はいらないかと思う。
- 経理部に任せると今期の売上予算を割掛け、前期までの実績ベースを基に過去からの積み上げで数字を作り気味である。これでは結局「成りゆき経営」になってしまう。
- 社長が考えなければならない資金繰り計画は、スタートの4月1日時点の貸借対照表の勘定科目の数字を1年間、12回かけて、目標とする3月31日の数字に着地させる計画を織り込むことである。
- 一番問題になるのが、「逆ザヤ」と呼んでいる現象である。
- 「回収」の日数と「支払い」の日数を比べると、回収が遅く支払いが早い場合という業界体質がそのまま残っていて、社長が売上をドンドン伸ばそうとするとどうなるかは想像の通りである。
- よほど高い利益率の事業でない限り、順調に売上利益計画を達成すれば「お金が詰まってしまう状況」、つまり運転資金でお金を減らし、つなぐための借入金を増やさなければならない会社はけっこう多いのである。
- そうして毎月、メインバンクの支店長を訪ね、計画の進捗を自分の言葉で報告し、3カ月後、6カ月後に資金不足が発生しそうな予測が出れば短期の資金調達依頼や、他の事前対策に余裕をもって手を打つのである。
- こういう日々の積み重ねで、メガバンクの地方支店、地元地銀の支店内では中堅・中小企業といえども1、2を争うほどの信用を得ているはずである。
- 銀行の方々とは経営計画の発表会の席上で、隣同士になることが多いが、皆さん同様に「転勤前から噂は聞いていたんですが凄いですね」とか「社長の財務知識レベルが高いのに驚かされる」等々言われるので本当に信用されていることはすぐにわかる。
- 自社の現預金残高の安全メドを維持する
- 経営分析では現金比率という指標があって50%で良いとか、現預金は月商の1ヵ月、2ヵ月分あれば安心だとか計算上は出てくる。当然数字が高ければ資金ショートするリスクは下がってくるから安心だが、多すぎるとお金を無駄に持ちすぎているということになる。ただし、これは机上の計算である。
- 先ほど書いたように、現金商売の事業と回収サイトの長い事業でも違うし、社員数によっても違ってくるから経営分析は参考にしても社長自身の、また経理の責任者の皮膚感覚をもっと大事にしてほしいと思う。
- さすがに「1億円」の大台を割ると、その部長もちょっとソワソワするらしい。月商倍率でいえば1ヵ月を切っているけれど、長年仕事をやっていて安心できるラインがわかっているからである。
- 「その1年分あればOKじゃない」というのが第1目標。万全を期すなら2年分と話して、なぜならばと縷々説明をしたことがある。
- 売れない時期に、社長が焦って値段を下げたりして売上数字を作ろうとしても、実際にはそれ程売れないし、回復した後に「安値の事実」だけが残り、値戻しに何年も何倍も苦労する。結局、自分たちが苦しむ結果になってしまうのである。
- だが、手元資金があればガマンができるし、社員も動揺しなくて済む。過剰と言われようと、「社長が雇用を守れて、安心できる水準」を決めておくことが何より大切なことである。
- 赤字を恐れず大型節税を断行すれば、資金運用は楽になる
- 「資金を貯める、残す」ためにやらなければならないことは、何といっても営業利益を出すことであるが、それだけでは資金運用のところで書いたように内部留保にまわらない。
- 「特別損失」という科目を使って税金の資金流出を抑えることが大切なことは、社長なら全員本能的に知っているように思えるが、現実にやっているとは思えない。
- 目先の節税には熱心だが数年に1度の大型節税や、ここ数年適応されている設備投資の即時償却などで「繰越欠損金」を使い数年間にわたり税金を払わないような施策を実施しないと、現預金は積み上がっていかない。
- そんな大型の対策は社長主導でなければできないし、銀行にきちんと説明して行えばキャッシュフローのことはよくわかっているので協力的である。
- 先日そんな話になったとき、岡山県の会社社長がニヤニヤ笑っているので決算書を見せてもらったら、驚くことに「固定比率」がメーカーで工場を持っているにもかかわらず30%を切っていたのである。
- 「固定資産」「純資産」×100%=いくつになっているだろうか。100以下であれば理想的と言われるが、固定比率が他の会社で100%以下はなかなか実現できないのである。
- そのために、その方面に詳しい凄腕の税理士をセカンドオピニオン、サードオピニオンとして契約しておられるツワモノ社長もいる。だが、節税が目的ではない。好不況の波にビクともしない強い貸借対照表を作るためである。そうしないと病気になってしまう。
- 「節税貧乏」という病気
- 大型節税などは数年に1度くらいにしておかないと、本業が弱くなるという病気にかかってしまう。世間で「節税貧乏」で意味が通じるかどうかわからないが、私は病気の名前をそう呼んでいる。
- 中小企業が本業の利益で1億円、2億円と現預金を増やしていくのはそう簡単なことではないが、先ほどのような事例で現金が億単位で増えることはよくあることで、随分得した気分になるし、実際に数字も2、3年で見違えるほど良くなってくる。
- 社長がこの罠にはまってしまうと、四六時中、節税のネタを探すようになってくるし、金融商品で節税型の話も、どういうわけか引き寄せてしまうようになる。
- 冒頭に書いた「穴熊社長」への逆戻りである。
- お客様の要望を満たして、キチンと利益が出る会社にして順調に走り始めて、節税病にかかってしまうと、お客様への定期訪問が減り始め時間の経過とともに市場とのズレが生じているのだが、貸借対照表はキレイだし、現預金も持っていると「会社のために頑張っている」と自分自身を納得させてしまうのである。
- 特に二代目社長はよく勉強するから、難しい節税スキームや海外取引を絡めた節税策であっても、英語はできるし留学経験もあるので大金を投じてしまうことがある。
- 根本的には現金が出ていく対策と、現金が入ってくる対策があるので冷静に判断することと、自分がよくわからないモノには手を出さないほうが賢明である。
- 社長が「お金に弱い」ことが不正の温床
- なぜここまで「お金」のことをくどくど書くかというと、この章の冒頭で書いたように「お金」で悩まないためであり、会社は資金ショート一発で倒産になってしまうからである。
- 社長は情に厚く、熱血漢で信じた人にはとことんついていく性格だから人も同じだと思ったのかもしれない。銀行印を経理部長に預けてしまったのである。
- 一倉先生の教えの中の「禁手の重要事」である。それも「絶対にしてはいけない」と、しつこく講座で何度も念を押すほどであった。
- 一倉先生の教えの中に、「勝手にハンコを押せる状況を作っている社長が悪い」という言葉がある。犯罪者を生む土壌を作った社長の責任であると。
- 言い方は悪いが、こういうことをやる社員は、日頃は気が利いて仕事も良くやるのでついつい信用してしまう。
- 「信頼しても信用するな」という言葉があり、正しい意味はよくわからないが、会社の存続に関わることを任せっぱなしにする社長の責任感のなさこそが問題である。
- 社員は上をしっかり見ているので、お金にルーズかシビアかの判断は瞬時にできる。定期的に確認したり、現預金の残高を合わせたりしておかないと、全てが後の祭りになってしまう。
- ましてや、目標バランスシートで期末の現預金の額が想定されていれば、売上利益計画が大幅に狂わない限り、予算と実績の差は数%以内に納まってくる。会社も社員の人生を守ることも社長の責任なのである。
- 経営の神様と言われる社長であっても、当たり前だが全て成功しているわけではない。多くのチャレンジの中から繁盛のキッカケをつかみ事業を大きく伸ばしていくのである。
- 一倉先生は失敗して怒ることは決してなかったが、知っていても実行しなかったり、とことんやらない、社員にやらせて評論する、こういう社長には容赦はしなかったのである。
- 先生が仏になっているのは、業績がいいからではなくて、「お客様が満足しておられるから」であって、結果として数字が伸びているのである。
- 先生が話しているのをよく聞くと、「社員の教育は極めて大事」「環境整備などを通じて、しっかりした社員に育てなさい」「定期訪問でお客様に好かれる社員に育てなさい」「社長が社内にいて、いちいち指示を出すから幹部が育たない」「社長が外に出れば、幹部は育つ」等々、社員育成の話はあちこちにある。
- それを社長がやらないで「社員教育セミナー」に派遣をして、社員が育つ、育たないと言っている社長自身の考え方自体が間違っていると言っているだけである。
- 今となってはその社長が「会社でどんな経営をやっておられたか」を知る由もないが、多くの場合「社員の主体性」「ボトムアップの経営」「もっと経営者の立場になって」など良いイメージの経営論を話される方がいらっしゃるが、一倉社長学では、社長が考えなければならないことを「責任、権限のない社員に丸投げする無責任社長」ということになるのである。
- 業績が悪くなったときに、「社員の頑張りが足りない」「できるヤツがいない」と言ってみたり、目を掛けていた幹部が辞めれば「裏切られた」と社内外でいう社長は今でもいる。
- 「人材は教育でつくることはできず、もしいたら、やがては独立して会社を出てゆくのだ。だから会社の中には人材はいない」を表面的に取れば社員不信論となるが、いくつもの主張を組み合わせて紐解くと「社長が成長しなさい」ということになる。
- 若い時期に高収入を得てしまうと、車がよくなったり、高級時計に、洋服に遊興費にと、だんだん固定費の高い生活に慣れてしまうのが人間の常である。
- 本当に立派な社長は、本社や社長室にお金をかけず、最新設備や研究開発に資金を回し、将来の不況に備え内部留保を厚くしていく。そうして、かつての功労者を切ることなく、「長く社員の雇用を守る」こと。
- 原理原則を活かすも殺すも社長次第
- ワンマン経営は一般的に、独裁者的な社長が好き勝手にやっているというようなイメージで報道されていて、多くの社員もそう信じているかもしれないが、これも大いなる誤解である。
- 事実、ワンマンであるかもしれないが、国内企業で通信分野、電子部品、工作機械、アパレル、自動車など世界で戦える企業を率いている同族オーナーはたくさんいるのである。
- また、同族、ファミリー企業の会社のほうが高い利益率であるとの専門家の統計調査や研究論文も発表されている。
- しかしながら、「定型はなくとも原理はある」として、社長の強力なリーダーシップのもと「正しい組織原理」の実践を求めるのである。
- それゆえに、「社長業がこんなに苦しいものだとは思わなかった」と先生に打ち明けた社長もいたが、その社長にとっては業績好調であるから「一倉先生は仏」であり、その苦しさから逃れようと「耳にやさしいマネジメント論」に頼ろうとする社長には、まさに鬼に思えるのである。「良薬口に苦し」とはよく言ったものである。
- 創業社長の多くは20年、30年、長い人であれば50年も現役を張っているので、会社のピンチ、好景気と長引く不況を幾度となく体験し、その折々で決断を下し、生き抜いてきたのである。
- 日本の景気を見れば、およそ10年に1回くらい有事を迎えているが過去の経験を活かし、事前の準備を怠りなく施しているから難を逃れている。決して偶然ではない。
- 「後継者問題」に関しては、親子、親族の情においては息子さんに引き継がせたいのは理解するが、経営者としての能力、力量の問題だけは譲れない
- 父親から長男へと何の問題もなく事業承継がなされる会社は実は多いと思っている。子供のときから家族の毎日の会話は会社のことばかり。社員の問題、お金の問題などを、父親が家族相手に延々と話す姿が目に焼きついている後継社長も多いと思う。自然といつかは父親の後を継ぐ気で、「それ以外は考えたことがない」という長男もいる。仕事ができる、できないは別にして「覚悟」だけはしっかりしているのである。
- 乱暴な意見かもしれないが、覚悟さえブレなければ子息を後継者にするほうが良いと思っている。覚悟を持っていれば、奢ることなく真面目に一生懸命仕事をし、勉強すれば、そうは道を外れることはないはずだ。
- 問題は、子息が社長として後を継ぎたいと思っているのかどうか。また、父親の人格を嫌っていないかどうかである。もし、そこに感情的なもつれがあり、「親子問題」を抱えている場合はなかなか厄介なことになる。
- もう1つは覚悟なく、社長を継いでしまった場合である。失礼ながらこれは問題外である。ただし、何かの事件をきっかけに、本人が見栄を捨て、本気で取り組めば取り返しがつくものである。
- 見栄、虚栄心というものは、経営にとって何の意味もない。お客様にとっては見栄、虚栄心のような全く価値のないものを捨てきれれば、お客様の信頼を勝ち得て活路は開ける。
- なかなか厄介な親子関係は、経営問題というよりは家庭問題であることが多い。実際に話を聞く機会もあり、「先代をどう思っているか」と尋ねてみると、「経営者としては凄いと思っているし、尊敬もしている」という答えが返ってくる。
- ただし、父親としては「嫌い」「許せない」という感情が全面に出て根深いものがある。父親が創業者であればなおさらであるが、個性は強いし、家で一緒に晩ご飯を食べたことがほとんどないはずだ。接待で深酒はするし、休日はゴルフ、育児にかかわったことがない。学校も母親任せで、家庭によっては母親も共働きで、さみしい幼少期を過ごしていた子息も数多くいる。
- 少しステレオタイプかもしれないが、どこも同じような父親像、家庭環境だと思う。
- 暴力的な父親もいれば、子供として頑張っているのにダメ出しする父親、子供の唯一の理解者である母親を悲しませることを繰り返すヤツが、父親なのである。
- それでいて商売は上手いし、外に対しては立派な社長として振る舞っているのが子供心に許せない、そんな構図になっている。
- 事業承継の橋渡し役
- 正解となる解決策はないし、過去30年、40年の親子としての積み重ねでもあるし、今さらどっちが良い悪いと言っても始まらないのである。親子が会社で直接ぶつかれば、業績どころではなくなる。互いの感情が全面に出て、社内では誰も止められない状態になる。
- それでも第三者が間にいるだけで直接対決は避けられるし、揉め出すと息子に苦言を呈することもできる。親子の間に入る人物が年齢的に息子の上、オヤジの下であればちょうどいい。利害関係のない第三者、できれば人格者、さらに欲を言えばお金に困っていない人が最高である。
- 人が動けば費用が発生するが、その費用がその人にとって大事な金額に相当すれば、その人だって自分の信じる道を言わなくなる。お金がある人はお金になびかない。
- 親子で意見が対立、それは当たり前
- 会長は、基本的にはイケイケドンドン売上至上主義。現社長は慎重に手堅くキャッシュフロー経営に徹するから、自ずと意見は対立するのである。
- 根本的には「いい会社にしたい」という目的は一緒であっても、アプローチの仕方がインフレ体験とデフレ体験だから真逆であり、会長は成功体験が強烈だから「環境が変わったんだ」と言っても納得してくれないのである。
- 息子から「会長、その考え方は古いんだよ」と言われようものなら、会長は論理を超えて「経営はそんなもんじゃないんだ!」と理屈にならない理屈を言い返す。
- 「経営は変転する外部環境に合わせて会社を作り変え続ける」という一倉先生の教えに従えば、残念ながら息子さんに軍配が上がることも多い。そのときに、私が一番気にしていることは「お客様の視点」から考えて間違っていないかどうか、という点である。
- しかし、これさえも仮説でしかない。実際に新しいことをやってみてお客様に買っていただいて売上利益が伸びれば正解。伸びなければ失敗、再挑戦である。
- だから、会長にも現社長にも、「とにかく小さくやってみて結果を見て判断しましょう」と両者の勝負なしにもっていき、審判はお客様にお願いするのである。
- 若い時分から仕事で鍛えられて、現業の仕事はドンドンやっていくが、社長が考えていたことはもう一段厳しいものであった。
- 社長として経営上の問題を決断すれば、すぐに業績、社員の行動という形で結果が帰ってくる。
- 2年目の途中あたりから、言い訳をしなくなってきたのに正直驚いたのを覚えている。
- やはり、「椅子が人を育てる」のだと確信するとともに、父親の厳しさとともに凄さをしみじみ感じたのである。
- 経営は、全て結果である。どんなに理にかなった方法を採ろうとも、利益が出なければ事業継続できない。
- 自分の決断で利益が出ることが、後継者にとって最大の自信になる。
- その間に、嫌なことから逃げない。失敗があっても他人のせいにしない。奢らない。
- 金の使い方が後継者としてふさわしいか、しっかり見ておいていただきたいのである。
- 小さくても一国を任せるのは、勇気が要るが最高の教育だと思う。一国を経営することは大企業のナンバー2を務めるより個人的には遥かにタフな修養の場となる。
- 社長が1人で起業し商売を始めたとすると「最初のお客様」が全ての始まりである。たとえば、5人で起業しても「最初のお客様にお買い求めいただかなければ」経営は継続できないのである。どんなことがあっても、「お客様が第一」である。
- ずるいと言われるかもしれないが、「顧客基盤がある程度固まり始めたところで、社員の大切さが頭を持ち上げてくるので社員第一を考えるのは経営が安定してからです」と答えるようにしている。
- そして、社員数が10名を超え20名近くになり始めたら、もう社長1人でお客様への対応も仕事全部も見切れるわけはなく、社員への責任が急激に重くなってくると理解している。
- そうすると、最初のような質問になるのであるが、ここで1つ確認しておかなければならないことがある。「我社のお客様の定義」の再確認である。
- お客様という言葉は絶対的な重みを持っているが、経営計画書の中でお客様定義を明確に打ち出している会社はまれである。
- 超富裕層向けの金融サービスをしているような特殊な仕事では「資産○○億以上~」という表記が見られるものの、普通の中小企業では文章で表記することはない。
- その分、価格帯などで顧客セグメントをする場合は多い。また、社内の共通認識で何となくお客様のイメージを持っているのが実情である。
- 経営理念の2行目にある「社員の物心両面の幸福を実現させる」に照らし合わせて、テナント退店を決めたのである。
- 社員の自尊心、さらに健康まで犠牲にして、事業を伸ばして何の意味があるかということである。
- 加えて、社長が「社員第一」と思っていても、この言葉をいったん公で使うと、社員の中には勘違いする社員もいて、けっこうリスクが高くなる恐れがあると思っている。
- 相当に社員教育をしても「人間は自己中にできている」から、社長が「お客様第一」と叫び続けながら、心の中で「社員が一番大切なんだ」と手を合わせているくらいがちょうどバランスが取れているのではと考えている。
- どんな時代になっても「信用第一」
- 「経営は生きた総合芸術である」とは、松下幸之助氏の経営観として今日に語り継がれている。
- なぜここで急に松下幸之助氏のことが出てくるのか、不思議に思われる社長もいるかもしれないが、一倉先生の書籍を読んでいるとピーター・ドラッカーとともに松下幸之助の研究を相当にされていたと思える節がたくさんあるのである。
- 現実の経営現場でひたすら業績向上を念じ、試行錯誤を重ねれば、規模の大小、洋の東西を問わず同じような結論になるのかもしれない。
- お客様であっても、仕入先様であっても、社員であっても、「社長一個人」が信用を失ってしまえば、心ある人は誰もついていかない。
- 「言行一致」、それも会社の存続が懸かるような状況下での社長の決断、言行一致こそが信用の大本である。
- 活き金を使える社長になる
- 会社の存続を懸けた決断をしなくていいように、常日頃から経営するのが社長にとって大事なことになるが、その中で信用を築き上げることは簡単ではない。
- ましてや後継社長は先代の信用の上で仕事をしてきているから、自分の代で再構築をしていかなければならないし、嫌でも先代と比較されて苦悩しているはずである。
- 経営も一生懸命やらなければ業績を維持できない中で、社員も取引先様も何に注目しているかを観察していて気づいたことがある。それは、お金と時間の使い方である。
- お金も時間も経営にとって貴重な資源だが、毎日忙しく仕事していてそんなことを考えて生活している社長はそんなに多くいない。
- 普通にお金も時間も消費しているだけに、「そこに本来の自分」「もしくは意識して行動している自分」が出てくると分析している。
- 素の自分ではなく、意識して行動し、それが習慣化すれば、それは凄い力になる。習慣は第2の天性という先哲の言葉もあるくらいだ。
- ではどういうお金の使い方をしているか。基本は自分にお金を使う、人にお金を使う、の組み合わせである。
- 両方お金を使えば、すぐになくなってしまうし、そんなに大きなお金を使う必要もない。後継者で人のために、小さなお金を使っているのを見ていると将来が楽しみになる。
- 「活き金」の定義は極めて俗人的で決定打がないのだが、先輩経営者の中から尊敬できる人に素直に聞いて、その使い方をマネするのが一番近道だと思っている。
- 別に見返りは期待してもいないが、使ってはダメな人に使えば「死に金」になってしまい、自分の運気まで下がってしまう。
- お金にすり寄ってくる人はいつの世もいるし、最後は金の切れ目が縁の切れ目になるのは誰の目から見ても明らかなのに、後継社長に驕りが出てしまうと自分自身が見えなくなってくる。
- 時間だって全く同じことである。人は見ていないようで、人のことはよく見ているし、微妙な機微まで感じているし、思った以上に正しい判断を下している。
- 会社の信用は、社員一人ひとりの行動で形作られるが、社員の行動も社長の人生哲学が鏡となって表に出てくるのであり、「会社のらしさ」「社風」を形成していくのだと思う。
- やっぱり99%、社長の責任
- 一般の消費者をお客様にしている事業では、お客様の生涯価値の最大化を図るために、離脱率をはじめ、さまざまな指標で管理し、固定化にまい進するが、新規開拓を怠れば業績は必ず低迷してしまう。
- 法人をお客様にしているならば、自社の主力技術をヨコ展開し、他業種に新規を求め、海外の法人取引を狙いリスク分散を図りつつ、自社の競争力を世界レベルに上げていかなければならない。
- 最後、3番目が「自分の幹部が揃う」である。会社組織は社歴が長ければ当然、役員クラスは、後継社長より年上の人たちが多くいる。
- 父親から子息への社長交代であれば一気に25歳、30歳と社長は若返ることができるが、役員クラスも一気にというわけにはいかない。皆、生活が懸かっているし、会社も戦力が一気に下がる危険性があるからだ。
- 「忠臣は二君に仕えず」という中国故事があるが、特に創業社長とともに今日の繁栄を支えてきた幹部には今でも当てはまるのではないか、と考えている。
- 何といっても創業初期から苦楽をともにしている幹部は、将来どうなるか見えない中で、創業者の無茶苦茶な要求を何とかこなし、スタートは安い給料で頑張ってここまで来たのである。
- 今でこそ、皆、いい車に乗り、立派な家を建てて、それなりにしているが、先見の明があったわけでもなく、会社に入ったというより、とにかく社長が好きでついてきた人がほとんどだと思う。まさに忠臣である。苦労も他の社員の何倍もしている。
- 自分の時代の忠臣は、社長に就任する5年も10年も前から、現場で苦楽をともにした同僚、部下の中から見極め育て、引き上げていかなければならないのである。
- だから私は後継社長に「1・5次創業」という言葉をよく使っている。創業者は確かに「0」→「1」を成し遂げ、経営基盤をつくってくれたが、後継社長は現業を守りながら、さらにその上に自分の事業を積み上げて発展させなければならないという宿命を持っている。
- 命令では社員は本気で動かない。強く命令すればするほど、人心が離れていくだけである。
- 『貞観政要』にある「守成は創業より難し」はまさにその通りだと思うが、変化のゆっくりしていた唐の時代より、グローバル化し、情報革命が起きている現代のほうがはるかに「守成」が難しい時代だと認識している。
- 一倉イズムの継承といっても、経営手法は時代とともに変化し進化するから、大切ではあるが、決め手にはならない。
- 一番引き継がなければならないのは、「起きることは全て社長の責任」という覚悟であり、「自分以外は全てお客様である」という地動説の経営観である。
- 経営者から教育者へ
- 後継社長が全社の指揮を執り始めると、会長の立場からの発言が極めて難しくなるし、現場からすれば二頭政治になってしまうことが一番困るのである。
- 社長も困るが、社長の頭越しに指示命令が来ると、古参幹部や中堅幹部はもっと困って板挟みになり、身動きが取れなくなってしまう。
- 会社のことは少し社長に任せ、細かいことには目をつぶり、いろいろな会長の生き方を参考にこれからの人生をデザインしていただきたい。
- だからこそ会社の歴史の社史ではなく、一経営者として、数十年の間に起こった良いこと悪いこと、そのとき助けてくれた人、逆に裏切った人、また自分自身がどう考え、行動し上手くいったこと、失敗したことをノートに書き残して、生きた経営の教科書を残していただきたいのである。
- ただよく聞くのは、「もっとオヤジと経営について腹を割って話しておけばよかった」という後継社長の言葉である。その意味でも、会長の経営ノートは子孫への最大の財産になっていく。
- 一倉先生の教育論も経営計画書と社長自らが教育することを説いている。会長、社長以上に我社を愛している人はこの世にいないと確信している。
- 我が生涯の師を持つ
- なんでもそうかもしれないが、策を弄することなく、表裏なく、信念をもって大真面目にやる人は人から愛される。
- 先生にはサービスを良くしなければ「潰れるぞ!」という純粋な思いしかないから、本気なのである。そこには業に徹する凄味があった。
- 多くの社長から「噂には聞いていたが、もっと早く聞いていれば失敗しなかったのに」とか、「今まで俺は全部反対のことをやっていた」とか、いろいろな声を聞いてきた。
- 事業経営は日々刻々とカタチを変えて、社長に決断を迫ってくる。社長は「欲」と「恐怖」の狭間で決断し行動し、社員に実行させ続けることが宿命である。
- 「勉強」「実体験」「半確信」「再勉強」「実体験と再現」「確信」の繰り返しが、一見遠回りに見えるが、一番の近道だと確信している。禅語に「冷暖自知」とある。
- 知ってはいても体験してみないと本当のところはわからないし、納得できないことばかりだと思っている。身体で覚えたものは忘れないが、全てを体験できるわけでもないし、窮地の体験はできればしたくないのが本心である。
- だからこそ、先人の知恵が役に立つのである。中国古典を紐解いても人間の犯す過ちは今も変わらないし、大成功を遂げた経営者が晩年全てを失う今日の姿も変わらない。
- また、その教訓を我がものとし、経営者人生を全うする知恵者も多い。
- 20歳のときにこの世界を垣間見て、最初の師匠が日本経営合理化協会の創業者であり、現会長の牟田學であった。後に一倉定、高島陽、井上和弘、東川鷹年、小林剛、大竹愼一、佐藤肇各氏をはじめ各界一流の師匠にご縁をいただき多くを学ばせていただいた。
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