「果断は義より来る者あり。智より来る者あり。勇より来る者あり。義と智とを井せて来る者あり。上なり。徒勇のみなるは殆し」
(思いきった決行は、人間として当然行なうべき正義からと、知恵から生まれるもの、勇気から生まれるものとがある。正義と知恵と合わせたところからでる果断が最もよく、いたずらに勇気だけの果断には危険が伴う)と言志四録にある。
なるほど、義にかなったことをする場合、知恵を加えて、そのやり方を上手にすれば、誰はばかることはない。正々堂々と決行できる。また、そのため失なうことがあっても誰もとがめだてすることはない。従って思いきって行なうことができる。
昔、司馬温公が幼少のころ、水の一杯入った大瓶の上で子供が遊んでいて、瓶の中に落ちた。見ていた大人たちはどうしたらよいか判らず騒ぐばかり。そのとき温公は、ためらいなく石で瓶を割り、落ちた子供を助けたという。割れた瓶を惜しむ者はなかったろう。「義をみてせざるは勇なきなり」というが、当然行なうべきことを知っていて行なわないのは勇気がないからである。しかし勇気だけはあっても、中にとび込んでともに蒻れては徒勇に終り、瓶を割るという温公の知恵がなければ、正しい果断にいたらない。現代の経営者が果断の勇をふるうにも、この義と知恵が必要といえよう。
第二の会社に入って早々驚かされたことは、会社の業績不振もさることながら、労使の激しい対立である。私も経営陣の一人として入った以上、組合の幹部にひとこと挨拶をと、会見を申し入れたところ、凄い剣幕で拒絶してきた。近隣からも″赤旗会社″の異名をつけられているだけに、労組が経営陣に強い不信感をもっていて、ストがひっきりなしの状況であった。
私が入社すると、早速、内外にアジビラが貼られ、工場のカベに電柱に私の似顔絵が目立一つ。ビラにいわく、「ケチを追い出せ」「ハゲケチを追放せよ」などの迷文句。出勤する社員に入口で労組幹部がビラを渡している。見ると私の悪口が一面に出ている。効き目があるとでも思っていたろうが、私としては闘志をかりたてる妙薬としていた。業績不振の原因のひとつとして、この労使対立がある以上、こうした人間を恐れて再建などできないからだ。
だいたい労使の対立は相互不信にある。加えて経営者に毅然たる経営姿勢がない。いわばバカにされていたのである。労組の不当な要求をハネのける勇気がなかったのである。
「義に刃向かう敵はない」といわれているが、義に背けば味方も敵になる。義に従えば敵も味方になる。義の強さはここにあるのである。経営者として会社の危機から脱出をはかることは″義″である。
そこで私は、労使の相互不信をなくするために、経営側には、組合の諸要求に対しかけひきなしに最大限の回答をすること、その後は、いかなる追加要求にも断固、応じてはならないと指示した。ヘタな腹のさぐり合いをやめ、義にもとづいて、従来の不信感をなくすことと、経営者としての毅然たる態度を示すためである。
最初のうちは真意も理解されず、ストも一層激化し、会社が一歩でも譲歩しない限り無期限スト突入は必至ということもしばしばあった。
無期限ストになれば、会社は潰れると会社幹部からも迫られたが、その度に私は「会社が給料払っていたから貧乏会社になったのだ。ストになれば給料は組合が払うことになっている。できるだけ多く組合に払ってもらえ」といって組合から咬みつかれたこともある。組合指向で動いている幹部社員の顔を会社に向かせようとしてのことであった。また「当社はストをやらなくとも潰れる会社だ。潰れてもともとだ」と公言して物議をかもしたこともある。
さらに態度で示すことも必要と考え、スト中だったが、年末休暇のある日、専門職に頼んで工場の最も高い場所へ大きな日の丸の旗を掲げてしまった。誰がたてた、というから、
「赤旗だけでは殺風景と考えた天の神がたてたのだろう、そうでもなければ、あんな高いところには立てられまい」と言っておいた。
これらにしても、勇気のない者からみれば、向こう見ずな振舞、頑固すぎると思うに違いない。しかし、会社発展の道をふさぐ者を取り除く″義″であると考えれば、むしろ当然といえるだろう。労組の要求に対し、なんとか削ろうということではない。現状からみて最大限を回答しているわけで神明に誓ちてやましいことはないのである。やましくないからこそ勇気がでてくる。
不況を克服するために、ゼイ肉落しを徹底しようという場合、社長が率先して合理化、節約に徹して会社を守ろうとするなら、社員も、その義に感激して協力するだろう。もし社長が、自分の財産、所得を守るためのものであったとすれば協力する者はなかろう。三国志に出てくる劉備玄徳は、人民の安泰という大義名分を掲げ賢臣勇者もよく従い、人民も親しんで一方の雄の座を保った。義に従っていたからといえるだろう。
ところが、勇将、関羽が呉に討たれたときは、周囲の反対を押しきって仇討ち戦を挑んで大敗している。劉備と関羽は義兄弟の間柄というが、これは私事に過ぎない。私事に公の軍を動かしたことになる。これでは勝味がない。
「敬は勇気を生ず」(尊敬の一念から勇気が出る)と言志四録にある。敬は己を慎み、人を敬うことであるが、敬の深い人には味方が多い。敬はまた義に通じ、刃向かう敵はない。
天下無敵となれば恐れるものはない。これが自信となって勇を発することになる。維新の倒幕にしても、最も威力を発揮したのは薩長の勇士でもなければ新鋭兵器でもない、錦の御旗ではなかったろうか。幕府側は、義に背いた弱味によって倒れたといえよう。現代組織の運営にしても社長が、真剣に会社の発展にだけ全力投球しているものと、なおざりにして、他の仕事に傾いているものとでは大きな違いが出てくる。同じ規模で同じことをやっているものでも差がでてくる。義に共鳴する社員の度合が違ってくるからである。
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