ま え が き
新商品、新事業という言葉ほど魅力的なものはない。それは、我社の収益を飛躍的に増大させ、繁栄を約束してくれるという期待が込められているからである。そして、多くの会社がこれと取り組んでいる。
しかし、現実にどれだけの会社が成功しているだろうか。その数は思いの外少ないのである。
筆者が、たくさんの会社にお伺いして、そこで、いやというほど見せつけられるのは、どう考えても成功しそうにない新商品や新事業に、貴重な資源を投入している姿である。
それというのは、新商品や新事業というものに関する知識も経験もないからである。新商品、新事業というものは、想像以上に多くの盲点があり、意外なところに陥し穴が口をあけているからである。
しかし、そのような失敗の危険を教えてくれるセミナーも文献も皆無といっていい。他社の成功例や断片的なヒントだけでは、殆んど何の参考にもならない。
そこで、新事業を考えている社長諸彦のために、開発のための正しい態度や考え方、進め方を総合的に解説し、よき手引書となることを念願して筆をとったのが本書である。
特に筆者が強調したいのは「販売」である。新商品、新事業の販売というものは、それにかける甘い期待とはうらはらに、決してたやすいものではないのである。
それだけに、販売については本書にあげたものだけでなく、「販売戦略・市場戦略」篇との併読をおすすめしたい。
というのは、新商品の販売についての必須事項であっても「販売戦略・市場戦略」篇に書いたものは、本書には書いてないからである。
両書の併読によって十分に研究し、成功を勝ちとっていただくことを切望して止まないのである。
一九七八年二月
一 倉 定
※本書は、一九七八年に出版した一倉定の社長学シリーズ第四巻を復刻した新装版である。
我社の未来を築く
S社は家庭用品のメーカーである。十年以上にもわたり、S社の売上げのトップを占めてきたホームバーセットの売上げが、徐々に下降しだした。
S社にとってはドル箱商品であり、必死の売上げ挽回策をとったが効を奏さなかった。
その原因というのは、流通業者が食傷して取扱い意欲をなくし、あちらこちらで売場から外されてきたためである。
S社では流通業者に対して『こんなに売れるものを、何故売場から外すのか』と説得に勉めるが、流通業者の答えは『それは分っているが、もうそろそろ目先を変えてもらわなければ……』というのであった。
S社では、長年にわたる根強い売上げに安心して、本気でモデルチェンジに取組まなかったのである。といっても、何もしなかったわけではない。試みにいくつかのニューモデルを作ってはみたものの、売上げは芳しくなかったので、「強いてニューモデルを出さなくとも、今のままでこれだけ売れているのだから……」とそれ以後ニューモデルの開発努力を怠っていたというのが本当である。
理由はどうであれ、売上げ下降は一大事なのである。
経営者は、強い商品があると、それが永久に売れ続けると思っているわけではないが、まだまだ売れ続けるから大丈夫と思い込むものらしい。
かつて、ニッサンで出していたダットサンがそうである。他社でつぎつぎに新型車を出すのに、ニッサンの経営者はダットサンのモデルチェンジに意欲を示さず、古めかしいタイプの車を売り続けた。
このダットサンのモデルチェンジは、たまりかねた労働組合の要求によって行われたということである。
富士重工の「スバル三六〇」も、「日本のフォルクスワーゲンである」という富士重工の技術者的な物の考え方によって、長年モデルチェンジせずに売上げは完全に頭打ちしており、東洋工業や本田技研の軽自動車進出と売上げの急伸に教わって、やっとモデルチェンジに踏みきったのである。
アサヒペンタックスもそうである。その優れた性能に頼り、他社がつぎつぎに新型を出す中で、かたくなにモデルチェンジをこばみ続けたために、オリンパスやミノルタにまで追上げを喰って、あわてて重い腰をあげたのである。
優れた商品力を持つ商品ほど、経営者は斜陽化の危険を見過ごしてしまうようだ。
どんな優れた商品でも、斜陽化してゆくことは避けられない、という社長の認識こそ大切である。この認識の上に立って、我社の将来を考えなければならないのが社長である。
商品が斜陽化してゆく限り、我社の現在の商品が、我社の将来の収益を保証することはできないのである。
とするならば、我社の将来の収益を得るための商品を、まだ現在の商品の収益力があるうちに開発しておかなければならないのだ。
これを怠って、我社の商品が収益力を失ってしまってから、あわてて考えても間に合わない。
どんな商品でも、開発には少なくとも三年くらいはかかる。五年、十年かかる商品さえあるのだ。そして、その商品を発売してからでも二〜二年かからなければ我社の収益の柱になる売上げを確保できないと思うべきである。
だから、社長たるものは、現在の好調に酔うことなく、たえず我社の商品、事業をチェックし、長期的な視野から、どうすべきかを考えていなければならない。
M社は石油販売業である。M社長は私に会うたびに『一倉さん、十年後に世の中はどうなっているのでしょう』と問いかけてくる。
M社長の関心は、常に十年後にあるのだ。十年後においても、我社が高収益をあげるために、今、何をしなければならないかということが、M社長自らに課す命題なのである。
そのM社長の考え方というのは次のような言葉によく現われている。それは『一倉さん、僕の経営に対する考えをいうから批判して下さい。我社を一升マスにたとえると、僕はその中にある瓦をとり出して金を入れるのが社長の仕事だと思っています』と言うのである。まさにその通りである。
そして、SS (ガソリンスタンドのこと)ごとの売上高の推移と、地図を貼ってある社長室で、自らの構想を語るのである。『このSSは、もう売上げ増大の見込みはないから、一〜二年のうちに売ろうと思う――これを買う人はどんな人だろう来年はここと、ここにSSを開業する。再来年はここだ。そしてその次には、この辺とこの辺に的を絞って用地を探している』と言うのである。
M社長の、このような構想は、M社長の指示により企画課に収集させる情報を検討し、「これは」と思われるところには、必ず自ら出掛けていって、自らの目で確かめた上で、作りあげられるものである。
M社の企画課というのは、その実体は「外部情報収集課」なのである。むろん、社長の構想に基づく新規SSの開店企画が表面の仕事ではあるのだが……。
我社の将来の予測から、新事業の必要性とその時期をとらえる
S社で、長期事業構想書を作成した時である。その時は、私がお手伝いを始めてから二年ほどたっており、事業は短期的には順調であった。その順調さをふまえて、社長は長期構想に取組んだのである。それは、五年間の構想であった。
計画を進めてゆくうちに、S社の主要事業が三年後から頭打ちになるというのである。その市場が繊維業界ということであれば、ムリからぬことである。S社長がうすうす感じていたことが、数字を置いてみてハッキリしたのである。
頭打ちからの当然の結果として、収益が不足する。しかも、その不足分を補うメドがないのである。社長は貧乏ユスリを始めた。『どうしたのですか』と聞くと、『この数字を見ると一刻もジッとしていられない。今すぐにでもとび出して新事業を探したい気持だ』という。
これが社長というものである。こんなことは、社員には絶対に分らないことである。『社長、とにかく落着きなさい。今日中はジックリとこの数字を眺めて、明日からの作戦を考えて下さい』と申しあげたけれど、私には社長の気持はよく分る。S社長は『長期事業構想とは、こんなにも大切なものなのか』と感想をもらした。
T社で長期事業構想書を作った時には、やはり五年間であったが、その第一年目からすでに収益が不足し、この分を新事業でうめなければならないということになった。
しかも、その不足分は年々急ピッチで大きくなり、五年後には売上高の二十%もの大きなものになってしまった。
T社長はこの数字を見て唸ってしまった。私がお伺いするまでは過去の数字しか見ていなかったのが、短期経営計画を立てることによって将来の数字を見ることを知り、社長は変ったのである。
それが、さらに長期の数字を見ることによって、我社の将来にどんなことが待ち構えているのか、ということが分った。不足する売上げは、社長が頭の中で漠然と考えていたものよりも、遥かに大きかったのである。
社長は早速、私のすすめに従って開発部門を充実させた。この開発部門は、社長の大きな関心と指導により、地味ながら着実に会社の成果に貢献しだした。
長期事業構想というものは、このまま進んだならば、我社はどうなってゆくのか、その結果として、どれだけの収益不足がいつ起るかを知らせてくれる。
その不足は、鈍ってきたとはいえ、上がり続ける人件費と経費によることはいうまでもない。その不足が、いつ、どれだけになり、どう変ってゆくかを、しっかりとつかむことこそ、社長として絶対に必要なことである。
むろん、情勢の変化もあり、そこにあげた数字通りになるわけではないが、だからといって、メチャクチャに違うものでもない。
可成り違うことはあっても、その違いを読むことによって情勢の変化に対する読みを正確にするのに役立つ、ということは、「経営計画・資金運用」篇でのべた通りである。
だからこそ、たとえ数字は違っても、長期構想書は作らなければいけない。そして、それを新情勢に合わせて書き替えながら、常に現在から見た将来の我社を注視していなければならないのである。
新事業というものは、それが軌道に乗って、我社の収益の柱になるには少なくとも三年はかかると思わなければならない。ということは、三年後のことを今日から始めなければ間に合わないということを意味しているのだ。
私が会社のお手伝いをして、まず短期経営計画を社長と共に作りあげると、そこには大きな収益不足を生ずるのが常だ。
その収益を売上高に直すと、その大きさに、たいがいの社長がびっくりしてしまうのである。ということは、社長が如何に我社の将来― それもたった一年後のことである― を知らないか、ということを意味している。
もしも、三年前に曲りなりにも中期計画でも作っていたならば、そして、その時に将来に対する手を打っていたならば、恐らくは、こんな不足は出ない筈である。土壇場になってあわてても間に合わないのである。
前向きに物を考え、前向きの手を打つ、これが社長の仕事である。社長とは、企業の将来に関することをやる人である。そして、それは社長以外には誰もやってはくれないことなのである。
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