マーケティングの定義について ハーバード大学のハンセン教授が述べられている言葉を
紹介しよう。
「マーケティングは、消費者の①釧調「「釧刹日刑して商品およびサービスの②錮潮飼糊鯛司呵翻
案してから、次に、さらに多くの消費者がこれらの商品やサービスをますます多く③利用引
劉劇引副ι‐
日凋明する一連の行動をいう」(傍線筆者)
マーケティングとは、この言葉で明らかであろう。ところで、なぜ一九五〇年代ごろから
急にマーケティング、マーケティングと言われ出したかというと、それまでの新商品づくり
は、もっばら生産者の技術開発によるご都合主義のものばかりであったからである。
しかし、 一九五〇年代半ば以降になって、顧客の望むニーズ(市場志向)に立脚した商品づ
くりをすべきであるとの理論が地位を確立してきた。多量生産システムが完成した今日では、
「存在し得る市場に、必要とされる商品を、必要な時期に、適正価格で、必要な数だけを提供」
しないことには誰も見向きもしない時代、すなわちマーケティング思想が絶対に必要な社会
が出現しているのである。
しかるに、企業のなかには、いまだにマーケティング発想のできないトップがいる。また、
マーケティングとは言いながら、この意味を誤解している方もいる。
前述のマーケティングの定義に即してもう一度説明するが、
①の欲望を発見しては、企業の市場調査活動、情報収集活動を言い、
②の製造仕様書に翻案しては、マーチャンダイジング活動を指し、
③の利用するように援助するは、営業・販売促進活動を言うのである。
ところが、この①と③だけがマーケティングであると勘違いしている方が多いcセールス
や広告はマーケティングの一部であって、②の製造仕様化、つまリマーチャンダイジング(商
品化)ができて、商品としてつくられなくては、営業活動は展開しようがないのである。マー
ケティングは、「売る」ことではなく「つくる」こと、「顧客の要求するものをつくる」ことが基
本なのである。だが、実はこれが一番難しい。つくってしまったものを無理矢理販売する一
連の行動を言うのではない。
いわゆるマーケティングの定義の「マーケティングとは、世の中の欲しているものを商品
化し、企業としては利益を保ちつつ、その商品力を維持し、連綿と続けている企業活動を言う」
となれば、もうこれは企業経営そのものであり、マーケティングとは、まさに企業経営その
ものなのである。
企業の原点は利益を上げていくことだとよく言われるが、私はそれは正解ではないと思っ
ている。利益を上げることそのものは、さほど困難なことではない。それだけでなく、客の
欲するものをつくり、生み出し、利益を上げるにはどうしたらよいかと努力・追求して、企
業として永続できる碁盤を安定させることが原点でなければならない。そして努力をするの
は自分たちであるが、存在してよいかどうかを決めるのは顧客である。
「商品化」というと、すぐにそれはメーカーの仕事と早合点する人が多いが、決してメーカー
だけの仕事ではない。卸売業も小売業も新商品を考えるマーチャンダイジング活動はできる
し、しなければならないのである。
以上をもっとわかりやすく言うと、購買・仕入れ担当者としての仕事は、仕入先と話をし
て仕入れの数量や販売価格を決めるだけではなく、その商品のエキスパートとして、客を感
じながら上へ上へ上がっていく努力をすることである(下へ下へと下りもする)。
最近の量販店では、お客様がビックリするほど安い値段の一〇〇%ジュースを売っている。
これはただ単に、量販店のバイヤーがメーカーの言い値を叩きまくった商品ではないのであ
る。量販店自身が、例えばブラジルやアメリカに飛び、中間業者を抜かして自分たちの責任
で直接に仕入れ、返品をしないで売り切ってしまうからこそ安く売れるのである。従来の取
引の間に入っていた問屋なり商社にはいっさい頼らない方式で実現できたものである。
「日本の小売業のモデルにせよ」と私が申し上げているアメリカ西海岸で強いノードスト
ローム社(アメリカで五五店舗展開)は、全商品が自社企画で、買い取り制を実施している。
仕入れ係はトップセールス出身者で、繁忙日にはもちろん売場に立ち、自ら客に接する。同
社の店舗では、例えば一つのセーターの前に四カ国の国旗が掲げられている。フランス、イ
タリア、中国、グァテマラの旗である。なぜかと言えば、このセーターはフランスでデザイ
ンし、中国産のカシミヤの糸をイタリアで染め、グァテマラで縫製して出来上がったものだ
からである。売場に掲げられた各国の国旗には、ノードストローム社のマーチャンダイザー
の自信が堂々と表わされているのである。
「不景気だ。売れない、売れない」というときこそ、自らのマーチャンダイジングの柱を立
て直す勇気が必要である。売れなくなってきたときは、自分たちの企画と顧客のニーズとの
間にズレが生じているものだ。こういうときには、思い切って、いままでの「コンセプト」も「パ
ターン」も「デザイン」も、さらに「味」「性能」も変えてみることである。変えるには当然、カ
ネが要るが、こういうときのためにこそ、儲かったときのカネは残しておくものである。景
気のよいときにやたら販売促進費に使ちてしまうから、いざというときにカネがない。間違っ
た経営と言わざるを得ない。
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