フォロワーとの個人面談面談チェックポイント1ポジティブ(前向き)で未来志向であるか面談チェックポイント2弱点克服に偏りすぎていないか面談チェックポイント3周りの引力に負けていないか面談チェックポイント4スタイルがオンリーワンになっているか面談チェックポイント5スタイルを発揮する状況をイメージできているか選手の短所に光を当ててあげる懐に入り込むワンサイズ大きなスタイルへお互いにとってエネルギーになる面談チームトークの効果チームトークの条件チームコンセンサスの必要性コミュニケーションのスキルと心構えの指導学生幹部ミーティング(委員会)マルチリーダー制
フォロワー育成の中竹メソッド
リーダーが行うフォロワーシップの基本的な考え方は前章で確認したが、実際にそれを現場で行うことは難しい。
そこで、本章では具体的なフォロワーシップを実践する際に重要な思考スキルと手法を紹介したい。
フォロワーとの個人面談フォロワーをしっかり育てるために、フォロワー自身がスタイルを構築することがとても大切である。
そのための一つの有効な手段として個人面談がある。
多くの企業でも、上司と部下の個人面談、または、パーソナルミーティングというものがあるが、実は、個人面談の効果的な手法はあまり体系化されていない。
そもそも、なぜ、個人面談が有効なのか。
この問いを考えることが大切である。
そのためには、まず、個人面談の根本的な機能について考えなければならない。
他の複数で行うミーティングやコミュニケーションと異なる点は、物理的に当人同士だけで行うという点である。
当たり前のことであるが、原則的にはその間に行われたやりとりが外に漏れることはない。
秘密は守られるという前提がある。
その場合、人はどうなるか。
普段より本音を言う。
普段より素直に対応する。
普段より弱いところを見せる。
それが自然の姿である。
もちろん、それにはリーダー自身が普段よりも、素の姿でなければならないのは言わずもがなだ。
他人の目が気になるというのは社会において不思議なことではない。
だからときに自分が考えている以上に、リーダーや組織に対して迎合したり、逆に反発したりといった振る舞いをしてしまうこともある。
特に、若い世代や儀礼の多い組織で育ってきた人は、いわゆる空気を読みすぎてしまい無駄な振る舞いになってしまうことも少なくない。
そうしたフォロワーこそ個人面談が有効である。
なぜなら、素の姿、自然な気持ちが見えるからである。
誰しも、自分を取り巻く小社会がある。
その中での個の振る舞いは自分の存在を守るために、とても大切なものだ。
極端に言えば、小学生や保育園児などの子どもでも、小社会がある以上、周りの目というのは自然と気になるし、空気を読むことも求められる。
だからこそ、個人面談というのは、彼らが通常使わなければならない気や私の言ういわゆる「引力」から、一時的に切り離してあげられる貴重な空間と時間なのだ。
そして、個人面談を重ねることによって、少しずつ、外の顔と内の顔を近づけてあげることで、一貫性を引き出し、スタイルを築いてあげるのだ。
外の顔とは、小社会での姿や振る舞いで、普段仲間といるときの顔。
内の顔とは、引力から自由になり、一切の気を使わず、素直な自分でいるときの顔である。
この二つが近づくということは、誰が見ていようがいまいが、常に言動や態度が一致し、真の自分らしさが出てくることである。
それがスタイルの確立の証だ。
早稲田大学ラグビー蹴球部の選手たちは、毎年数回、個人面談を行っている。
その中で選手たちは少しずつ自分のスタイルを構築している。
もちろん、個人面談というものはその組織や実施するリーダーによってやり方はさまざまだ。
そのため、監督に就任した初年度の選手との個人面談では、私が理想とする面談ができず、苦労した。
「僕の強みってなんですかねえ?」「僕って、どうやったら、レギュラーになれますか?」「僕、何か足りないですかね?」これらは、私が監督初年度の春のオープン戦が終わったころ、実際の個人面談中に選手の口から出た質問だ。
もちろん一人ではなく複数である。
聞くところによると、私の前任者である清宮氏は、選手からのプレゼンテーション機会などは設けず、清宮氏がズバリと本質的なアドバイスを与えていたそうだ。
選手本人が気づかなかったような長所に光を当ててもらったり、隠していたつもりの短所を見抜かれていたりと、目から鱗といった感じの面談だったようだ。
さすが、名監督である。
要するに、当時の彼らにとって、個人面談とは、監督からアドバイスをもらうことが大きな目的となっていた。
そのため、監督が私に代わっても、個人面談は選手にとってアドバイスをもらえる場として期待されていた。
しかし、就任当初の私には本質を見抜く力もなければ、清宮氏のような神のお告げ的アドバイスもできない。
本来は、面談する側とされる側の共通理解がなければ、面談を実施する意味がない。
だからこそ、個人面談を行うには、まず、実施するリーダー側が面談を受けるフォロワー側に個人面談の目的と仕組みを明確にしておかなければならない。
単なる一対一のコミュニケーションの場、儀式的な指導の場という位置づけでなく、個人面談の目的はシンプルかつ本質的であることが必要だ。
私が行う学生に対する面談の目的は、非常に単純で分かりやすい。
個々のスタイルを確立し、チーム内でそのスタイルを発揮させることである。
よって、面談での私の役割はその面談相手が発見したスタイルに磨きをかけ、これからの努力のプロセスに自信をつけてあげることである。
そして、その面談者本人のビジョンとストーリーとシナリオに対する構築支援をする。
そのためには当然であるが、面談を行うリーダー側は膨大な準備が必要となる。
私自身が心がけていることは、面談の前に、必ずその対象者の過去の努力の結果を下調べする。
例えば、ウェイト・トレーニングの数値であったり、メンバーボードの実績(1軍、2軍、3軍、4軍……)。
試合毎に個々の選手のパフォーマンスの数と精度を評価したプレイ分析表というものに目を通す。
また、それぞれのポジションコーチに聞いて、具体的な細かいポジションスキルの成長具合やメンタル面の強さ弱さなどをチェックする。
そしてその選手に合ったスタイルをイメージする。
例えば、2008年度、春シーズンの個人面談の課題は次の四つであった。
毎年、4月から5月にかけてやるのだが、1週間ほど前に課題は提示した。
1.昨年1年間の成果2.春シーズンで克服したいこと3.春シーズンで極めたいこと4.自分のスタイルについて一人が監督との面談を行う時間は、10分から20分間。
基本的には、前半は学生に提示した課題をプレゼンテーションさせる。
基本的に私が学生のプレゼンでチェックする事項は次のようなものである。
1.ポジティブ(前向き)で、未来志向であるか2.弱点克服に偏りすぎていないか3.周りの引力に負けていないか
4.スタイルがオンリーワンになっているか5.スタイルを発揮する状況をイメージできているか次に、それぞれのチェック項目に関してのポイントを紹介する。
面談チェックポイント1│ポジティブ(前向き)で未来志向であるかポジティブなプレゼンテーションをできない選手は、個人面談の目的を勘違いしていることが多い。
私が行う個人面談はその本人の評価を下すための時間ではない。
これから、本人がどのように努力して成長していくかのビジョンとストーリーを確認するための未来に向かった話し合いの場である。
このことは常々説明をしている。
にもかかわらず、ネガティブなプレゼンテーションをする選手の多くは、それまでの過去の失敗や現時点での能力の低さに縛られ「今、自分は監督から、どんな評価を受けているのか」「自分は、信頼のある選手なのかどうか」を探りたがる。
面談の直前のシーズンが不調であったり、近況のパフォーマンスが悪ければ、リーダーとマンツーマンで面談というのはちょっと辛いかもしれない。
しかし、本来、面談というものはパフォーマンスが悪い選手にとって最高のプレゼンテーション機会なのだ。
なぜ昨シーズン調子が悪かったのか、もしくは、なぜ最近プレイにキレや余裕がないのか、ということをきちんと分析できて理解していることを監督の私に説明できれば、面談としての評価は合格点である。
逆に、自分がどのような評価を受けているかに執着したり、過去の不調を単に言い訳しているようなネガティブな面談はやっていても面白くない。
正直、私からすれば、それぞれの選手の現時点での能力や評価はどうでもよい。
これからどうなりたいかというビジョンとそれを実現するまでのストーリーに興味があるからだ。
事実、プレゼンテーションがポジティブ(前向き)で、未来志向である選手は、半年後必ず成長している。
面談チェックポイント2│弱点克服に偏りすぎていないか次にチェックするのは、弱点克服思考に偏りすぎていないかという点である。
ひと言で成長といった場合、二つの考え方がある。
長所を伸ばすか、短所を克服するか。
どちらも重要なことであるが、私が行っている指導においては、短所の克服よりも、長所を磨くことに重点を置いている。
なぜなら、学生がスタイルを構築するには、まずは点(=スキル)を作ることが大切だからである。
自分にしかできないこと、自分だからできることを発見し、これならこだわりを持って貫ける!というものを最低限一つは確立しなければならない。
その点を大きくし、スタイルとしての太いラインを作り上げることを支援するのが監督の役割だ。
大学生が選手で過ごせる時間は限られている。
留年は別として、長くても4年間しかない。
だからこそ、時間と費やす労力の計算が重要となる。
私の持論であるが、嫌いなことをがんばるには、好きなことの3倍のエネルギーが必要だ。
なおかつ、不得意なことを成長させるためには、得意なことの3倍の時間がかかる。
たいてい自信のない人ほど、自分の短所に目を向けすぎて、弱点克服思考に偏りがちだ。
そうした人ほど、モチベーションが続かなかったり、成長に時間がかかったりと悪循環を繰り返し、なかなかビジョンにたどり着けない。
よくある例が、自分の苦手な部分を意識するあまり、その部分が得意なライバルの活躍に揺さぶられてしまうパターンだ。
■本来、ディフェンス(守備)が得意なA君の場合A君:前回の試合でも、自分のパスのミス(失敗)でチームに迷惑をかけたので、この春シーズンはアタック(攻撃)でチームに貢献できるように、ボールのパススキルにこだわっていきたいと思います。
今、レギュラーを競っているライバルたちは皆、パスがうまいので、彼らに絶対に負けないようにパスを極めます。
こだわるスキルの種類は違うにしても、学生の中では、こうした苦手スキルの向上に全力を注ごうとする傾向は少なくない。
まじめで不器用な選手ほど、陥りやすいパターンである。
その場合は次のようなアドバイスを送る。
中竹:この春シーズンにいくらパスをうまくしようと全力でがんばっても、もともとパスが得意なライバルたちにパスのうまさで勝つことは至難の業だよ。
たとえ、前回の試合で、お前のパスのミスで失点してしまいチームに迷惑をかけたからといって、お前のパススキルの上達は誰も望んでいない。
今、お前に求められているのは、最も得意なディフェンスをさらに強化することではないのか。
パスのミスを上回るディフェンスの強化が必要だろう。
お前のパスが少しうまくなるより、ディフェンスのスキルをさらに迫力のあるものにしてくれた方が、チームに勢いが出るんだ。
このように、ビジョンまでのストーリーの中に「強み」の更なる強化を組み込むことを、学生には勧めるようにしている。
面談チェックポイント3│周りの引力に負けていないか次にチェックする項目は、組織の命題や周囲の期待といった引力に揺さぶられていないかである。
なんとなく「善」と思われている組織での文化に従うことで、無難な道を選ぶプレゼンテーションである。
例えば、チームの重点強化項目で挙げた課題を、安易に自分の重点強化項目やプレイのこだわりに当てはめる。
なんとなく、面談のプレゼンテーションとしては聞こえはいいが、その本人のスタイルと全く一致していないケースがある。
このように組織目標や過去の慣習に揺さぶられてしまう具体的な面談の様子を紹介しよう。
■本来、アタック(攻撃)が得意なB君の場合B君:まず、昨シーズンの成果としては、スピードを上げるトレーニングを集中的にやったため、足が速くなりました。
その結果、2軍の練習試合でも、スピードを活かしたステップで敵をかわしトライも多く決めることができて、なんとなく自分の得意なプレイが分かってきたような気がします。
そこで、今年こそは、フランカー(背番号6)として1軍になりたいので、春シーズンのこだわりは、今シーズンのチームの重点強化項目であるディフェンス(守備)にしたいと思っています。
また、ディフェンスの中でも、ワセダのフランカーが伝統的に大切にしている低く鋭いタックルを極めたいと思います。
具体的には、昨シーズンのCさん(B君と同じポジションでレギュラーだった先輩)のような激しいタックルができるプレイヤーを目指します。
このB君のプレゼンテーションは、とてもポジティブで目指すビジョンも具体的であるため、面接としても合格点にしてしまいがちだ。
しかし、本人も認めているように、せっかく昨シーズンの努力で自分の得意なプレイが見えてきたのに、なんとか今すぐにレギュラーになりたいがために、自分の得意なプレイとは全く逆のチーム方針に安易に従ってしまうケースだ。
また、同時に、もう少しで確固たるスタイルを築けるチャンスが来ているのにもかかわらず、ワセダラグビーの伝統にも大きな影響を受け、自己のスタイル構築のタイミングを逃してしまう。
こうしたB君のような学生には次のようなアドバイスをする。
中竹:昨シーズンの成果はとても評価している。
しかし、せっかく自分でも自覚しているようにスピードを活かした得意なステップがお前のスタイルの軸になりつつあるのに、自分のこだわりをチームのテーマであるディフェンスにするというのはもったいないよ。
そもそも、お前はディフェンスよりアタックの方が得意なはずだ。
今こそ、摑みつつある得意なステップを2軍だけでなく、1軍でも通用するさらに高いレベルに持っていくことにこだわった方がいいのではないか。
また、去年のレギュラーのC選手はワセダのフランカーとしての典型的なスタイルを持ったプレイヤーだったが、お前がそのスタイルを目指すというのはちょっと違う気がする。
チーム目標やワセダの伝統に惑わされず、まずは、自分のスタイルを確立することに専念したほうがいい選手になる。
このように、純粋で比較的素直な学生が陥ってしまいそうなパターンこそ、リーダーがしっかり修正してあげることが重要である。
どうしても選手は「レギュラーになること」が第一命題となりがちだ。
しかし、本来は「自分の力をつけること」の方が命題としては相応しい。
なぜなら、「レギュラーになる」というのは「レギュラーに選ばれる」ということであり、「選ばれる」枠には常に限りがあるからだ。
なおかつ、選ばれる方は、選ぶ側の支配下に置かれてしまうのである。
だからこそ、選手は首脳陣の評価に揺さぶられず、いかに自分の力をつけていくかを追求するべきである。
「監督・コーチの評価とか、チームの方針なんか、気にするな」リーダーである監督の発言としては奇妙なアドバイスに聞こえるが、極論すればこのような指導をしている。
そのため、選ぶ側の監督・コーチも、命題の優先順位を一致させる必要がある。
監督は「正しくレギュラーを選ぶこと」を第一命題に置いてはならない。
常に、「選手の力をつけること」を第一命題とする。
さもなければ、選手側の命題との間に矛盾が起きてしまうだろう。
要するに、フォロワーは組織が下す評価に揺さぶられず、自分自身の力を向上させるためのストーリーとシナリオを持てるかが重要といえる。
面談チェックポイント4│スタイルがオンリーワンになっているか最後にチェックするのは、学生が主張した自己のスタイルが、その本人に合っているかを見定めることである。
スタイルについてのプレゼンテーション内容だけで、その人のことだとすぐに認識できるかどうかである。
私は、基本的に面談中は、学生のプレゼンを聞きながら、パソコンのエクセルシートにプレゼン内容を打ち込んでいく。
私はパソコンに向かっているため、ときどき顔は向けるものの、話している学生と身体は正対していない。
そっけない態度に見えるかもしれないが、これには理由がある。
彼らがプレゼンテーションしている内容に集中するためだ。
内容だけで、その人のことだとすぐに認識できるかどうかをチェックしているのである。
同時に、話している内容がその本人が編み出した言葉であるかをチェックするためである。
そもそも、発言が漠然としていて具体的なスタイルが出てこないプレゼンテーションは論外である。
「気合が自分の売りです」「やる気なら誰にも負けません」といったフレーズは最初から却下する。
その気合とは具体的に何なのか、やる気とはどういうときにどういう形でゲームに現れるかを、選手たちはじっくり考えなければならない。
面談に向けて事前準備をしてきたかどうかは、内容を聞けばすぐに分かる。
ちゃんと自分自身について考え抜いてきたかどうかは、個人面談を数多くやったリーダーからすれば一目瞭然である。
■二流プレイヤーなのに、一流プレイヤーを目指してしまうD君の場合D君:僕の理想のスタイルは、スクラムハーフ(背番号9)というポジションなので、速くて長いパスを安定的にスタンドオフ(背番号10)に供給し、フォワードとバックスとの連携を図り、常にゲームを冷静に判断して、チームのリズムをコントロールする選手になることです。
いわゆるスクラムハーフというポジションであれば、このスタイルは最高のスタイルといえる。
要するに、これができれば完璧である。
この内容自体に全く問題はない。
しかし、大事なのは、これを目指しているのは誰か?である。
これは、万人が追い求めてはいけないスタイルだ。
しっかりとした自己分析ができていれば、こうしたスタイルを掲げることはない。
よく世間では「若いうちは夢を持て」と言われるが、あえて私は選手には言わないようにしている。
憧れの選手を目標にすることは大切であるが、根底である基礎体力や運動能力が違うと、その憧れの選手のスタイルを手に入れることはできない。
だからこそ、きちんと自分で自分の力を見つめろと言っている。
D君に対しては次のようなコメントをした。
中竹:レギュラーになれたからといって勘違いしてはダメだよ。
思い出してごらん、お前が一番成長したのはどんな時期だった?昨年、3軍にいたとき、練習中からがむしゃらに声を出し、チームメイトを鼓舞していたよな。
その時期は、ミスなんか恐れず、ヘタクソな自分を隠さず、自分ができることをただ思い切りやっていたように思えた。
泥臭い選手は、泥臭さを貫いた方が輝くんだよ。
ほんの一例であるが、毎年、個人面談で似たようなアドバイスをする学生が数人いる。
土は土に徹し、花は花に徹する。
どんなに肥えた土でも美しい花にはなれないが、花をより華やかに咲かせることはできる。
どんなに美しい花でも肥えた土にはなれないが、土がなければ根は腐り花は枯れてしまう。
三流の選手には三流の選手だけが輝く道がある。
だからこそ、三流の選手にはその三流の道を堂々と歩いてもらいたい。
一流、二流、三流にかかわらず、自分のスタイルを見極め、自信を持ってスタイルを貫いてもらうために、少しばかりの勇気を与えてあげることが、私が実施する個人面談の目的だと思っている。
面談チェックポイント5│スタイルを発揮する状況をイメージできているか自己のスタイルをきちんと確立している選手は、当然、プレゼンテーションにビジョンとストーリーがうまく組み込まれている。
夏シーズンでの面談では、春シーズンの面談に加えて、自分のスタイルの発揮についてのプレゼンテーション項目の追加がある。
春シーズンは己の「スタイルの発見」が課題項目だが、夏シーズンは己の「スタイルの発揮」という点に重きを置いている。
いくらスタイルを確立しても、そのスタイルをきちんと発揮する力がなければ意味がない。
特にスポーツであれば、限られた時間とチャンスの中できちんとスタイルを発揮しなければ認めてもらえない。
スタイルの発揮についての質問は、自分のスタイルが最も発揮される場面を具体的に提示させるためである。
特にラグビーやサッカー、バスケットボールなど集団球技であれば、一人の監督が、試合中に起こっている全選手の全パフォーマンスを完璧に把握し、評価することは不可能である。
一般的に、ボールの周辺で起こるパフォーマンスは自然と視野に入りやすい。
そのためボールに絡んだところでの選手のプレイの良し悪しは一目瞭然である。
しかし、ボールゲームというものは往々にしてレベルが上がれば上がるほど、ボールから遠く離れたところでのパフォーマンスが重要となる。
例えば、味方への忠実なサポートやピンチに対する素早いカバーリングというものは、ボールを中心に映すテレビの画面ではほとんど現れない。
このようなゲームの勝敗を左右するグッドパフォーマンスというものはボールから離れているところで起こっていることが多いため、ほとんどの場合見逃されがちだ。
派手なプレイからは縁遠く、決して目立ちはしないが、縁の下の力持ち的な存在としてスタイルを発揮している選手は、本当に優れた指導者に恵まれなければ、その価値を認めてもらえるチャンスがない。
そのため、監督は繰り返し試合のビデオを見たり、複数のコーチングスタッフでチェックする体制を築いたり、さまざまな分析ソフトを使ったりしながら、試合の隅々まで選手のパフォーマンスを洗い出さなければならない。
だからこそ、個人面談の場を活用して、普通では見落としがちな部分を、選手本人から伝えてもらうことは、選手だけでなく指揮官にとってもメリットがある。
その効果を狙って、夏シーズンの面談では、自分のスタイルが発揮できる自信のあるシチュエーションをあらかじめ監督にアピールし、宣伝してもらうようにしている。
学生たちは監督に自分のアピールポイントを意識的に伝えることで、その言動に対する責任を持たなければならない。
要するに、私は選手たちにスタイルを発揮するであろう場面をアピールさせることで、彼ら自身へのプレッシャーを与えることになる。
見落とされがちな、しかし、是非見てもらいたいシチュエーションを、自らの口で意識的に発表させることは、選手たちの試合中のパフォーマンスを上げることにとても役に立っている。
スタイルの発揮についての質問に適切に答えるためには、試合中の自分のプレイストーリーを正確に描いておかなければならない。
例えば、自分のプレイストーリーを時間軸に重きを置くのであれば、試合開始の10分間での集中力を見てもらいたいのか、試合終了前の10分間での持久力を見てもらいたいのか、その人のスタイルによってアピールする内容は大きく異なるだろう。
また、プレイストーリーが時間軸ではなく、ゲームエリア(地域)軸を重要視するのであれば、敵陣のゴール前での敵を抜くステップに注目してもらいたいのか、もしくは、自陣のゴール前での敵をなぎ倒す激しいタックルに注目してもらいたいのか、アピールするシチュエーションに大きな差が生まれる。
どのような軸でストーリーを描き、その配役をどのように演じるかを言葉にすることで、自分の脳裏に植え付けることができ、それが更なるこだわりとなり、実際の場面で効果的に発揮することができる。
選手の短所に光を当ててあげるいくら自分のスタイルが確立されていても、誰しもスランプというものはある。
特に、結果として成果が出なかったり、数値として上がらない場合は、スタイル自体に迷いが生じることもある。
私が指導している選手の中にも悩みを抱えている学生が少なくない。
監督としての私の仕事は、そうした選手が悩んでいるときこそ、改めて私の方から短所に光を当ててあげることで、自信を持ってスタイルを貫いてもらうことである。
ラグビーというスポーツは15人で行う競技であるため、ポジションによって役割が異なる。
ウイングというポジションは15人の中でも、最も足の速い選手が起用されることが多く、他の選手から供給されたボールをゴールまで運びトライを仕留めることが一般的にいわれる役割である。
特に、ワセダラグビーでは、歴史を振り返っても名ウイングを多く輩出しており、部内でも「トライをとってこそ、ワセダのウイング」という共通認識が漂っている。
そんな選手を「決定力のあるウイング」と呼ぶ。
昨シーズン、ウイングでレギュラーを張っていたE君は、公式戦が始まっても一度もトライをとることができず悩んでいた。
E君は幾度となくボールを持って独走はするものの、ゴール間際でつかまり、最終的に他のポジションの選手が次々とトライを量産していた。
また、ライバルチームの同ポジションの選手は、その大会中最もトライをとっている選手として「トライ王」に選ばれていた。
いわゆるワセダラグビーにおけるウイングの伝統的な基準からすれば、自分のプレイはまだまだ劣っている。
自分には決定力がない。
E君はトライのできない試合が重なるたびに、その悩みが増していった。
また、無駄にトライへの執着が高まり、他のプレイまで空回りしだしていた。
私は、ある公式戦の前日、戦術ミーティングを終えた後、E君と簡単な個人面談を行った。
中竹:「最近、何か悩んでいるようだけど、どうした?」E:「いやあ、やっぱり、自分には決定力がないのかなあと。
ワセダのウイングとしてトライがまだ一度もとれていないのが悩みです。
明日なんとしてでも、必ず、結果出します」中竹:「そうかあ。
ところで、そのお前が言う結果って何だい?」E:「トライをとることです」中竹:「じゃあ、これまで試合で一度もトライをとっていないということは、お前は結果を出していないということなの?」E:「そうだと思っています。
もちろん、タックルや他のプレイではそこそこチームに貢献していると思いますが、ワセダのウイングとしての責任は果たしていないと思います」中竹:「それは違うよ。
お前は、トライはとれていないものの、一選手としては十分に活躍している。
ボールを持つと必ずゴール直前までボールを運び、そのボールを責任持って味方に供給する。
そのボールは必ず得点に結びついているじゃないか。
要するに、アシストプレイでみれば完璧だ。
だからこそ、オレはお前をレギュラーで使い続けているんだよ」E:「ありがとうございます。
そう評価してもらっているのはすごくうれしいです。
けれど……、やっぱりワセダのウイングとしてはトライにこだわっていきたいです」中竹:「まず、お前が言うその『ワセダのウイングの云々』って何だい。
現にお前が今、ワセダのウイングだよ。
お前がワセダのウイングに新しい伝統を作るんだという気持ちで、お前らしくがんばることが大切だと思うよ。
今こそ、開き直ってお前のスタイルを確立してはどう?」E:「ああ、そうですね。
開き直ってみるのもいいですね。
『トライを絶対にとらないウイング』みたいな(笑)」中竹:「そうだよ、それだよ。
今シーズン、決してトライはしない、それくらいの開き直りがいいね。
その代わり、ボールを持ったら必ず、ゴール前まで運び、アシストする。
そして、他のチームメイトから『ああ、かわいそうに、またEはトライできなかったな』と笑われる。
いわゆる『幸なしキャラ』を貫いた方がお前らしいぞ。
監督もコーチ陣も、もちろん選手たちも、お前のトライ以外のプレイはちゃんと評価しているから、自信を持ってやれよ」短い面談の後、E君はニコニコと笑いながら、少し胸を張って、自分の部屋に戻っていった。
翌日の試合。
私はE君のプレイを楽しみにしていた。
すると、結局、E君は期待を裏切り、3トライを生み出した。
なぜか。
それは、トライへの無駄な執着がなくなり、いつも以上にリラックスしてプレイすることができたからである。
目に見えない引力に負けず、自信を持って自分らしさを貫けば、結果がついてくる。
選手や学生、部下というのはいつも周りの伝統や期待と戦い、ときに自ら悩み始める。
そんな無駄な悩みを取り除いてあげることも、リーダーの役目である。
その人間が持つ、スタイルを明確にさせる。
その多くは短所に光を当ててあげることである。
懐に入り込む個人面談には、他のコミュニケーションの場と違ったいくつかの効果がある。
まず、一つの空間に一対一であることから、面談する側も、される側も、逃げ場所がないため、室内にはある種の圧迫感が出る。
同時に、お互いが向かい合って話をするため、うそや建前は見抜かれるから、普段より正直にならざるを得ない。
さらに、二人だけの空間に閉じ込められるため一種の安心感もある。
普段は他のメンバーの前では言えないことが、より躊躇なく言えるようになる。
要するに、個人面談では本音で対話できる環境が作りやすいのである。
一世代昔であれば、人と人が本音でぶつかり合える環境はいたるところに転がっていたのだが、最近はインターネットや携帯電話の普及による意思疎通の様式の変化や若年層世代の気質の変化によって「生の対話」の機会が減ってきている。
そのため、学生にとって適切な環境で行う個人面談というのは、一種の特別空間になっているように思う。
私は本音の対話や本気のぶつかり合いといったやり取りを「懐に入り込む」という表現をしている。
その境地までたどりつけば、面談後のコミュニケーションもスムーズになる。
昨シーズン活躍した4年生に、F君という選手がいた。
抜群の身体能力を持つF君は、高校時代から逸材と騒がれ、全国大会である花園の出場経験も持っていた。
そのため、同期や後輩からは、常に一目を置かれていた。
しかし、大学に入ってからの3年間は、怪我にも悩まされレギュラーに定着することはなかった。
結局、3年生までの彼は鳴かず飛ばずの選手だった。
最もF君の成長にブレーキをかけていたのは、高校時代に築いた押しつけられた型であり、過去の小さな栄光にすがる意識だった。
「怪我さえなければ、いつでも俺はレギュラーでやれるんだ」なんとなくそうした雰囲気が漂っていた。
もちろん本人だけでなく周りの仲間も同じように感じていた。
これは、たまに若い学生が陥るケースである。
高校時代に成功したからといって、その人が一生成功者として扱われることはない。
しかし、大学生にとっては高校時代の実績を過剰に意識してしまうものである。
高校時代に輝いた人はそれにすがり、経験が少なかった人はそれをコンプレックスに感じる。
人生の勝負というのは延々と続くため、ある期間における実績はすぐに過去になってしまう。
大人になれば分かるのだが、高校時代の栄光というものはすぐに過去のものになる。
そのため、高校時代までのスタイルが本来のスタイルとは限らない。
成功した者は成功した理由を客観的に分析し、次のステージで新たなスタイルを築かなければならない。
過去の栄光に頼っている者は、本当の自信を持ち得ていない。
しかし、なまじ成功体験があるため、それを捨て去ることもできない。
F君が4年生に進級したときの個人面談で、私はその点について彼の懐に入り込んだ。
他の選手と同じように、本人にプレゼンテーションをしてもらった後、トーンを変えて言った。
「お前、本当は自信がないだろう。
まあ、これまでの人生で、たぶんお前は、そんな痛いところを突くような直球を投げられたことないかもしれないけど、オレにはそう見えて仕方ない」彼は一瞬驚いた顔で、ゆっくり頷いた。
顔に「見抜かれてしまった……」という言葉が書いてあるように思えた。
「もっと、監督やコーチの目を気にせず、ひたむきに、そして、堂々とプレイした方が、お前らしいよ。
人の目を気にしている人間は男として格好良くないしね」と笑いながら私は言った。
「その通りです。
いやあ、僕、本当は全然自信がないんですよ。
それをいつも隠そうとしている自分もいます」とF君は背筋を伸ばし私に正対して答えた。
「おお、そうかあ、それをちゃんと認めることができたなら問題ない。
どうだろう、その部分、この1年間で乗り越えてみないか。
自分の弱いところを認めることができたなら、お前ならきっと殻を破れるはず。
一緒にやってみようじゃあないか」それから二人だけの約束を交わし、彼はどんなときも絶対に人の目を気にしないことを誓った。
人の弱点は1日で変わるものではないが、その面談を終えてみるみると自信をつけていったようだった。
最終的に、彼は4年生になって初めてレギュラーに定着し、見事、優勝メンバーとなった。
F君のように、全員の懐に入れれば理想的だがそう簡単にはいかない。
まず、面談相手が壁を作っていたら、懐に入ることは無理だ。
だからこそ、二人の間にある壁を取り除かなければならない。
壁を取るには信頼関係しかない。
では、どのような信頼関係か。
それは、面談相手が「自分のことをちゃんと理解してもらえているんだ」と思える瞬間である。
だからこそ、面談相手に対する入念な準備が必要なのだ。
ワンサイズ大きなスタイルへ学年が上がるにつれて、自己のスタイルのイメージはより明確になり、面談でのプレゼンテーションも上手になる。
特に、私が上級生やリーダーたちとの面談を行う際に、気をつけていることは、懐に入り込み、彼自身が考えているスタイルのスケールを大きくすることである。
学生の中でもリーダーを務めていたG選手の面談を紹介したい。
彼は、最上級生でなおかつ学生リーダーの一人ということもあり、スタイルはほぼ確立されていた。
「すでに、十分なリーダーシップを発揮してくれて、オレは監督としてもすごく助かっている。
しかし、お前なら、もうワンランク上のリーダーシップを発揮できるような気がするんだけどなあ」「ええ?それはどんなリーダーシップですか。
どうすればいいですか、何でも言ってください」G選手は、自己成長に関してとても積極的だった。
「じゃあ、正直に言わせてもらおう。
ちょっと厳しい言い方になるけれど、ちゃんと聞いてほしい。
現時点で、お前は後輩や同期からも尊敬されており、一つひとつの言葉にもリーダーとしての重みがある。
だから、みんなお前の話はよく聞く。
これは素晴らしいことだ。
しかし、ときに責任感が高まるあまり、感情的になりすぎて、後輩や他のメンバーが萎縮しているときがあるんだよ。
本物のリーダーはどんなときも他のメンバーに気を使わせない。
メンバーがリーダーの機嫌を取ったり、顔色をうかがったりするような組織は、伸びしろが小さい。
また、それはリーダーとしての器が小さな証拠だと思わないか?同時に、お前のような軍曹役がぴったりな厳しい人間が、主将や副将などの学生リーダーたちに向かって、厳しいことも何でも言えるようになれば、真のリーダーになれるはずだ」G選手は痛いところを突かれたような苦笑いをしていたが、とても前向きに改善していく約束をした。
しかし、シーズンを通して、彼は何度か感情的になることもあった。
だが、そんなときは決まって、「さっきのあの僕の態度は、良くありませんでしたね。
あれが前に指摘されたことですよね。
あそこで我慢するべきでした」と私から指摘される前に自ら報告をしてくれた。
そうして、彼はシーズン終了間際、完璧なリーダーとなった。
このように向上心のある相手には、スタイルの拡大化をどんどん図った方がいいだろう。
お互いにとってエネルギーになる面談実際、毎シーズン、約130名との面談を数回実施しているが、たくさんのエネルギーをもらうことができる。
もちろん、体力的には疲労は残るものの、回数を重ねるごとに向上していく学生のプレゼン能力、スタイル確立の瞬間や面談を終えて胸を張って帰っていく姿を見ると、疲労の10倍ほどのエネルギーをもらえる。
ぜひ、試してもらいたい。
楽しいものである。
もちろん、監督就任1年目の面談はまだ慣れておらず、準備を要領よくできなかった。
準備ができないと面談は後手後手になり、言いたいこともうまく伝わらず、面談相手も満足度が低い。
面談で失敗してしまうパターンとしては、面談する側もされる側も評価ばかりに気を取られているときである。
面談時に「あなたの評価は……」「私の評価は……?」というフレーズが多くあるということは、面談自体のベクトルが過去に向かっている証拠だ。
あくまでも、個人面談は未来に向かっていなければならず、面談相手のビジョンとストーリーをチェックしてあげる空間と時間なのである。
お互いにとってエネルギーになる面談を成立させるためには、いくつかの条件が必要である。
まず、面談を行うリーダー側は、相手のビジョンとストーリーをチェックするための入念な準備、そして相手の懐に入り込むための準備に対する自信と覚悟が必要だ。
要するにリーダーが行うフォロワーシップで大切なことは、目の前のフォロワーのために、さまざまな角度から、誰よりもその人に合ったスタイルを考え抜くことである。
その本人よりも時間を使い、過去のゲームでのパフォーマンスや体力データを洗い出し、性格や友達関係、家族環境などあらゆる要素をシミュレーションすることで、面談の準備を行う。
その準備に基づいて、面談相手と本音でぶつかり合う覚悟が持てれば、後は勢いに任せる。
そうすれば必ずエネルギーが溢れ出す面談となるだろう。
チームトークの効果リーダーにとって、フォロワーが自分たちで課題を見つけ、自分たちで解決していく力を身につけることは、ある種フォロワーシップの完成形である。
そうした自己解決力を養うために、ワセダラグビー部では、チームトークといわれるものを導入している。
そもそも、ラグビーというスポーツでは、伝統的に監督(トップリーダー)は観客席から試合を見なければならない。
グラウンド脇のベンチから指示を出すことはできない。
要するに選手たちの自主性を最も重要視する競技といえる。
よって、普段の練習中から、監督やコーチの指示なしに自分たちだけで、課題を発見し、修正していく能力を養っておかなければ、試合では勝てない。
ワセダラグビー部におけるチームトークとは、練習中や試合中に、プレイとプレイの合間を縫って、円陣を組んで短時間で行うメンバーミーティングである。
私の指導では、全ての練習メニューにこのチームトークの時間を組み込んでいる。
例えば、パスの練習ドリルを行う。
最初は、皆なかなかうまくできない。
普通の指導者であれば、その場でコツであったり、ポイントを指摘する。
通常、スポーツにおける指導者の手腕はそこで試される。
いかに分かりやすく、具体的に、かつ段階的にコツやポイントを教えることができるか、それがコーチングの肝である。
指導者の一言のアドバイスで選手のスキルが格段に上達すれば、それは選手たちにとっては「魔法の言葉」となっていく。
そのように、指導者のコーチングのノウハウが高まれば、選手たちは目指すスキルを簡単に手に入れることができる。
しかし、私の場合、練習がうまくいかなくても、「魔法の言葉」を与えることができないので、まず「はい、じゃあ、チームトークして」と選手たちに原因追求を委ねる。
選手たちは、即座に円陣を組み、ああでもないこうでもないと議論を始める。
そして、また同じドリルをやってもらう。
レベルの高いスキルであったり、新しいスキルであれば、一度のチームトークでうまくいくことはまずない。
そのときは、チームトークと練習ドリルを繰り返してもらう。
そのうち、うまくできる選手がコツやポイントを摑み、それをチーム全体で共有し始める。
その中で、どのプレイが良い、どのプレイが悪いというプレイの基準が選手たちの中で生まれてくる。
スキルの達成は、それができれば、あとは時間の問題である。
スポーツチームにかかわらず、強い組織というのは、良き行動、悪しき行動の基準が、そのメンバーの中で共有されている。
それをリーダーが全て示すのではなく、フォロワーが自分たちで試行錯誤を繰り返しながら、一つずつの行動基準を判断していく作業がチームトークである。
この作業ができれば、現場で起こるさまざまな課題を自分たちで解決できるようになる。
これがチームトークの効果である。
しかし、そうした課題解決能力が養われるというメリットを理解していても、実際はリーダーとフォロワーの知見やノウハウに差があればあるほど、フォロワーの自主性を重んじたり、自己解決を委ねることは、リーダーにとって正直なところ面倒くさい。
スキルのコツやポイントを既に熟知しているリーダー主導のトップダウン的な指導の方が、フォロワーの成長速度は絶対に速いからだ。
そのため、全てのプロセスにチームトークのような話し合いの場を作ることは、スピードが求められる環境ではとても非効率である。
しかし、長期的な視野で考えるとフォロワーの基礎力に加え、対応力や応用力といった力が養われるため、伸びしろの大きな組織作りが可能となる。
チームトークの条件チームトークとは、ただ単にメンバーで話し合いをすれば良いのではなく、いくつかの条件を満たさなければならない。
まず、実践したプレイに関する課題をできる限り抽出する。
それと同時に、うまくいっている点も洗い出す。
課題抽出ばかりに目線がいくと、どうしてもチームトークがネガティブなものになってしまうからだ。
今、チームとして何が成功しているプレイなのかを把握することは、チームのエネルギーを生み出すため、ポジティブにトークすることも大切である。
その際、大切なことは、より多くの人間、さまざまなポジションから意見を吸い上げることである。
学生のキーパーソンが集中的に話をするのではなく、学年やポジションに関係なく、誰もが意見を言える雰囲気を作ることが大切だ。
そうでなければ、チームトークの意味があまりない。
課題抽出は、より多くのより多面的な意見が出れば出るほど良い議論といえる。
さらに重要なチームトークの条件として、次に何をどうするかというチームコンセンサスを得ることである。
ここでいうチームコンセンサスとは、未来に向かったチームとしてのソリューション(解決対策)のことである。
本来、コンセンサスとは共通認識という訳であるが、ワセダラグビー部における「チームコンセンサス」とは過去の行為に対する共通認識ではなく、全ては未来へのベクトルに対する共通認識を指すようにしている。
組織というのは、個々人の意識、能力にばらつきがあるので、次のステージへの方向性はできる限り一つに絞った方が良い。
さまざまな課題はあるが、一気に全ての課題を乗り越えることができないため「まずは、これだけに集中しよう」といった絞り込みの決断が必要となってくる。
その決断を下すのが、フォロワーの中におけるリーダーといえる。
学生スポーツで言えば、キャプテンである。
チームトークで最も失敗するパターンは、課題抽出に過度に重きを置いてしまい、議論の幅が拡大し、一つのコンセンサスを得ることができずに、時間が来てしまうことである。
自分たちのダメなところや課題だけがメンバーの頭に焼きついたままプレイを再開する。
これが最もチームが混乱してしまうパターンである。
仕事における会議でも、問題指摘や課題抽出ばかりに議論が集中して、課題への対策案が出されないまま、会議が終了することも少なくないだろう。
このような会議の場合、不思議と議論は活発に行われていることが多いため、会議に出席したメンバーの満足度も高くなっている。
しかし、肝心な組織の方向性が決まらず、次の会議で全く同じ議論をしているケースもあるのではないか。
あくまでも、課題と成果の抽出は、チームコンセンサスを得るための基本情報に過ぎない。
よって、課題と成果の抽出作業では可能な限り議論を広げ、チームコンセンサスの作業ではできる限り未来への方向性を絞り込むことが大切である。
このように、チームトークを適切に行っていくためには、司会進行役、いわゆるチームトークにおけるファシリテーター役が必要となる。
なぜなら、トークには必ず時間制限があるからだ。
スポーツにおける練習にしろ、試合にしろ、または仕事における会議にしろ、永遠に時間を与えられているわけではない。
ファシリテーター役がタイムコントロールを行い、時間内に課題と成果を整理し、次へのシンプルなチームコンセンサスを得ることがチームトークの条件である。
私にとって、チームトークのレベルはチーム力を計る上での大切な要素でもある。
シーズンを通して、学生のチームトークの様子を傍から見ていると、その質的レベルの成長には目を見張るものがある。
例えば、シーズンがスタートしたばかりのチームトークは、彼らなりに一生懸命にいろいろな議論をしているものの、単にミスの指摘や言い訳合戦になることが多い。
しかし、シーズンが深まるにつれ、ファシリテーターが自然と現れ、ほんの短い時間でチームコンセンサスを得るところにまでいたる。
ときに、課題の抽出を行わずとも、その基本情報はメンバー全員に暗黙知として共有されており、キャプテンの一言でチームコンセンサスが生まれることもある。
その場合、チームトークは数秒で終わる。
そのようなときは、たいていキャプテンが下す方向性をメンバーは予測しており、実際のトークで確認するといった感じである。
レベルの高いチームトークを実際の試合で発揮するには、やはり日々の練習の中でやっておかなければならない。
チームコンセンサスの必要性なぜ、チームトークにおいてチームコンセンサスが必要なのか。
スポーツではよく使われるチャンスとピンチという二つの言葉を使って説明したいと思う。
例えば、野球でいえばノーアウト満塁の状況、サッカーでいえばゴール前でのゴールキーパーとの一対一の状況。
皆さんはこうした状況をどう捉えるだろうか。
普通に考えれば、ノーアウト満塁で打者を迎える攻撃側やゴール前でキーパーと一対一になった攻撃側からすれば、大きなチャンスの場面である。
一方で、追い込まれたピッチャー側やゴールキーパー側に立てば大ピンチの状況といえよう。
そんな場面では、今がチャンス!今がピンチ!チャンスを逃すな!ピンチを防げ!といった具合に観客席からもいろいろな声が聞こえてくるはずだ。
では、実際のところ、戦っている選手たちの心境はどうなのだろうか。
必ずしも、そのような場面で彼らの心境は同じだとはいえない。
注意深く見ていると、そんな状況下に限って、不気味に笑っているピッチャーやゴールキーパーもいる。
いくら物理的にピンチな場面でも、グラウンドにいる本人がチャンスと思っていればそれはチャンスである。
要するに、物理的な事象は同じでも、当事者の解釈の違いでチャンスかピンチかが変わるのだ。
チームスポーツで言えば、本当のチャンスとは、チームの一人がチャンスと思ったときに、全員がチャンスと思うこと。
本当のピンチとは、チームの一人がピンチと思ったときに、全員がピンチと思うことである。
だからこそ、チームコンセンサスが必要である。
近年のワセダラグビー部でも物理的に追い込まれた状況の中、適切なチームコンセンサスを行い歴史的な勝利を生み出した試合がある。
2007年関東大学ラグビー対抗戦、早稲田大学対明治大学。
リーグ形式で行われる大会最終戦で、13年ぶりの無敗対決となった試合である。
明治は伝統的な重戦車フォワードを復活させ、チームの勢いを最高潮に持ってきていた。
その波に乗り、前半早々からワセダ陣内に一気に入り込み、8分にフォワードとバックスが一体となって素晴らしいトライをあげた。
そのトライは、明治にとってもそれまで見たこともないシーズンで最も美しいトライといえるものであった。
その後、ワセダメンバーは、ゴール裏でチームトークのための円陣を素早く組んだ。
監督の私は観客席にいるので指示は出せない。
ただ遠くから選手たちのチームトークの雰囲気を窺っていた。
もちろん、選手たちが話している言葉は聞こえないが、なんとなく「だいじょうぶ、だいじょうぶ、失点したことは仕方ないが、全く問題ない。
だから、オレたちのやることは変わらない。
これまで通り、しっかりディフェンスのセットを行い、思い切り前に出よう。
そうすれば、次は必ず仕留められる」と主将がメンバーに語りかけ、全員が「そうだ、そうだ」と確認しているように見えた。
予想外に失点したり、今までに見たことのない敵の攻撃を目の当たりにすると、たいていの場合、原因追求や課題の抽出が混乱し、チームがパニックに陥ってしまう。
そうなるとチームコンセンサスを得ないまま、ゲームが再開する。
しかし、このときはメンバー全員が冷静に現状認識を行い、素早くチームコンセンサスを得ることができたため、その2分後、同じような明治の攻撃の状況からインターセプトと呼ばれるディフェンスを成功させ、見事、逆転に成功した。
その後も、ワセダのディフェンスは勢いを増し、最終的には71対7と歴史的な勝利を収めることができた。
目の前の事象をどのように捉え、どのように対応していくのかに、唯一正しい答えなどない。
チームの戦略や戦術、また極端に言えば、その日のコンディションによっても大きく異なるはずだ。
だからこそ、日々の過程の中でチームコンセンサスを得るための訓練をしておくことが大切である。
コミュニケーションのスキルと心構えの指導選手たちが、自ら課題を発見し、解決する力をつけていくためには、単にチームトークの時間や機会を増やせば良いわけでない。
私の場合、あまり戦術的アドバイスは得意ではないが、一方でコミュニケーションのスキルについてのアドバイスは特に注意を払っている。
実は、チームトークやマンツーマントーク(グラウンドの上での一対一での対話)がレベルアップしていくためには、そうした一般的なコミュニケーションのスキルと心構えが必要である。
なぜなら、練習や試合を行ったり、会議を行うのは生の人間だからだ。
機械仕掛けのロボットであれば、議論もスムーズに進むだろうが、感情を持った人間はそううまくはいかない。
例えば、試合中にパスのミスが起こる。
パスのミスの原因は、いくつかある。
パスをした選手のパススキル自体が悪いケース。
もしくは、パスは良かったけれど、パスを受ける選手のキャッチスキルが悪いケース。
もしくは、突然、大きな風が吹いてパスの軌道が乱れたケース。
もしくは、敵のプレッシャーが強かったケース。
このように、失敗の原因はいくらでもある。
だからこそ、パスのミスが起こったら、まず「ごめん」と言えるかどうかが、次のコミュニケーションを生み出すためのカギになる。
「ごめん、今のパス、悪かった?もっと前の方に投げたほうが良かった?」と言えば、相手も「オレの取り方も悪かったね。
けど、そうだな、もう少し前の方がいいね」こういうコミュニケーションが成り立てば、次はミスがなくなる。
逆にお互いが、相手が先に謝るのを待っていると、無言のままだ。
心の中で、──いいパスしたのに、何でアイツは、とってくれないんだ……──あんなパスとれるかよ、もっといいパスしろよ……放置しておくと、このような冷戦が始まる。
これは決して、スポーツの話に留まらないだろう。
こうした状況ではスキル論より、感情論の影響が大きい。
例えば、部活動では同じメンバーでも、それ以外では仲が良くないとか、つい先日つまらないことで喧嘩をしたとか。
お互いあまり良くない関係であればあるほど、最初の「ごめん」を根気良く待ってしまう。
そうすると、チームトークやマンツーマントークはいつまで経っても始まらない。
こうなると、次にまた同じミスが起こるのは目に見えている。
実は、多くのミスの場合、どちらかがはっきりと悪いということはあまりない。
だからこそ、お互いが歩み寄らなければならないのだ。
そのためのきっかけは、先に声をかけること。
そうしたコミュニケーションの心構えをきちんと身につけていれば、即座にトークに入ることができるのだ。
そのため、私は選手たちに「挨拶は相手より先にしよう」と指導している。
普段から、相手より先に挨拶をできる人は、試合中、相手より先に声をかけること
ができるからだ。
私は昔から、挨拶の仕方で心がけていることがある。
それは声の大きさやお辞儀の仕方ではなく、いかに「相手より先」にするかだ。
相手から声をかけられるのを待っているのではなく、自分から声をかけることができるか、そう意識している。
挨拶されるのを待つのではなく、自分から挨拶すること。
「おはよう!今日は顔色がいいね」「久しぶり!なんだか調子が悪そうだけど、何かあったのか?」いいタイミングを見計らうといったような面倒なことは考えず、自分からコミュニケーションを取る。
この行動、実は、誰しも年をとるごとにできなくなるのが普通だ。
人間、偉くなるほど、挨拶をされるのを待ってしまいがちになる。
ビジネスの世界でも肩書きが立派であるほど挨拶や名刺交換されるのを待っている人が多い。
この心構えは日常生活に限ったことではなく、実はスポーツにおいてもすごく役に立つのだ。
一方で、先のような味方同士の冷戦ではなく、ミスをした張本人がへこんでしまって無言になってしまうケースも少なくない。
だからこそ、ゲーム中にミスが起きたら、ミスを起こした張本人がまず周りに何かメッセージを投げるように指導している。
なぜか。
それはチームコンセンサスを得なければならないからである。
一つの小さなミスであっても、本人の修正だけでそのミスを解決できるものなのか、他のメンバーの力が必要なのか、それをきちんと整理しなければ大きなミスを招く可能性も出てくる。
よって、ミスした選手は、失敗に対して落ち込んだりへこんだりする暇はない。
即座にチームメイトに失敗の原因と次なる修正案を出すことが求められる。
そうしたことを一つひとつ指摘していくのが私の役割だ。
通常、監督やコーチは試合のビデオミーティングを行いながら「ここは、もっと長いパスがよかった」とか「もっと外側にキックするべきだった」といった戦術やスキル面の課題整理やアドバイスを行う。
一方で、私の場合、特に注意しているのは、試合のビデオを流しながら、全くプレイが止まっているシーンで「このミスの後、A君、自分からトークした?」とか「このタイミングで、どんなチームコンセンサスを得た?」といった質問を投げかける。
選手たちのフォロワーシップを尊重するため、実際の戦術的な内容よりも、コミュニケーションのスキルや心構えの指導に力を入れている。
学生幹部ミーティング(委員会)ワセダでは、学生幹部を委員と呼ぶ。
そこには、主将、副将、主務、副務、寮長、分析委員長、ポジションリーダーとさまざまな役割を担った幹部たちがいる。
彼らは、週に1度、委員会を開催し、チームの問題点や改善点を話し合っている。
監督である私は、彼らの委員会には出席しないが、その後、すぐに議事録がメールで送られる仕組みになっている。
委員会の議題は戦術論だけにとどまらず、私生活面での課題や雰囲気など、多岐にわたる。
単に学生間だけの議論ではなく、監督やコーチに対する要望や意見も議題に上がる。
私はそれを読みながら、その週の練習メニューを見直したり、次の試合のテーマを考えている。
また、主務、副務、トレーナーや女子マネージャーなどの選手以外のスタッフと呼ばれる学生たちは、週1回、スタッフミーティングを行っている。
同じく、その議事録も送られてくる。
夏合宿や遠征試合の手配、公式戦の準備、OB会との連携やチームドクターや病院とのやり取りなど、仕事は幅広い。
本人の担当業務だけでなく、スタッフ全員が情報共有できるよう心がけている。
委員会もスタッフミーティングも議事録を読めば、なんとなくうまくいっているかどうか見通せるようになった。
私が監督として注意していることは、学生からの提案に対してきちんと反応することである。
学生が自主的に議論して決定したことが、それが正しいか否かにかかわらず、組織運営に影響を及ぼしていることを実感してもらうためだ。
また大切なのは議事録だけでなく、直接対面で意見の確認をすることである。
こうした文字と対面のやり取りを通じて、フォロワーの自律的な組織を作っている。
マルチリーダー制組織の中でリーダーと呼ばれる人間は一人とは限らない。
企業であれば、社長がトップのリーダーであるが、多くの場合、各部署に部長と呼ばれるリーダーが置かれ、その下に課長、係長がいる。
その他、担当役員なども含めればレベルは違うけれど、リーダーは複数になる。
スポーツであれば、監督、ヘッドコーチ、キャプテン、バイスキャプテン、ポジションリーダーなどリーダーという肩書きがつく人間は一人とは限らない。
要するに組織の区切り方によってリーダーというものは変わっていく。
さらに、組織によってはトップリーダーが担うべき役割をできる限り分解することで、機能ごとに複数のリーダーを作ることができる。
例えば、ラグビーで言えば、アタック(攻撃)リーダー、ディフェンス(守備)リーダー、スクラムリーダー、ラインアウトリーダーといった具合に、機能別のリーダーを配置することが可能だ。
企業で言えば、戦略リーダー、企画リーダー、モチベーションリーダー、コミュニケーションリーダーなど。
その原理を積極的に応用したのがマルチリーダー制である。
常に複数のリーダーを置くことで、誰がリーダーになってもフォロワーがそれに順応できる組織風土を作るための体制である。
ある特定のリーダーに全ての権限を委ねている場合、試合中にそのリーダーを交代させることは、通常、とても抵抗がある。
しかし、ラグビーというスポーツの場合、怪我で選手交代を余儀なくされる状況は決して少なくない。
だからこそ、万全な準備をする上でも、誰がリーダーになっても、そのリーダーをサポートできるような環境を日頃から作っておくことは大切である。
また、怪我での退場ではなく、そのリーダーが突然不調になったり、パニックに陥り判断が鈍ったり弱気になった場合なども、マルチリーダー制を最初から敷いておけば、積極的なリーダーの交代が可能となる。
マルチリーダー制を導入すると、どんなリーダーであっても、場合によっては他のリーダーをフォローすることが必然となる。
そのため、リーダーシップとフォロワーシップをバランスよく保ちながら発揮する力が養われるのだ。
コメント