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なにごとも先延ばしにしてはならない。日々の帳尻はその日のうちに合わせよう——日々、1日の仕事をきちんと終える者には、時間が足りないことなどないのだから。——セネカ『ルキリウスへの手紙』より
はじめに——自分らしく生きるための最強のノート術
●ある日届いた謎のノート
なんの予告もなく、得体のしれない箱が届いた。さらに妙なことに、送り状の依頼主の欄には、間違えようのない母さんの筆跡でブロック体の文字が並んでいた。
プレゼントを贈るような時季じゃないし、とくに思い当たる理由もないけれど、母さんがサプライズでなにか贈ってくれたのだろうか。
箱をあけると、サイズの違う古いボロボロのノートが何冊もでてきた。そのノートの山のてっぺんから、鮮やかなオレンジ色のノートを1冊、手にとった。
そりかえった表紙には落書きがしてある。なかをあけると、どのページにも、子どもが描いたようなお粗末なイラストがあふれんばかりに描かれていた。
ロボット、怪物、戦闘シーン、それにめちゃくちゃな綴りの単語の数々……背筋が寒くなった。これ、みんな、僕のだ!大きく息を吐き、むさぼるようにしてノートを読み始めた。
それは記憶の小径をたどるというような、なまやさしいものじゃなかった。忘れかけていた自分の核のなかへと、殻を破って再び入っていくような気がした。
別のノートを手にとり、ページをめくっていると、折り畳んで挟んであった紙がはらりと落ちた。なんだろう?紙を開くと、怒りまくっている男をグロテスクに描いたイラストがでてきた。
男はものすごい形相でわめきたてていて、目玉が飛びだし、口からは舌まで突きでている。イラストの脇には、ふたつの名前が記されていた。
隅っこのほうに控えめに記されていたのは、顔を真っ赤にして激昂している男の名前——昔の担任の先生の名前だ。そしてもうひとつ、大きくぎざぎざと記されていたのは、先生が激しい怒りをぶつけている相手の名前——僕の名前だ。
●頭のなかを整理するために編みだした究極のノート術
僕の問題は、小学校に入学してほどなく始まった。成績はいつも恐ろしく悪く、先生たちは顔を真っ赤にして怒り、頼みの綱だった家庭教師たちも次々と辞めていった。
あまりにも成績が悪かったので、夏休みは何日も特別支援学級やカウンセラーのところに通った。そしてついに、注意欠陥障害(ADD)という診断がくだされた。
これは1980年代の話であり、僕の発達障害の症状より魚のボラの特徴のほうがよく理解されていたような時代だった。
入手できる情報はほとんどなかったし、たとえ情報があったとしても複雑すぎて役に立たないか、僕が必要としているものには対応していなかった。
いちばんの悩みのタネは、集中しなければならないときに、自分では手綱を締められないことだった。とはいえ、まったく集中できなかったわけじゃない。
やるべきことにやるべきタイミングで集中し、「いま」に意識を向けるのがむずかしかったのだ。僕の注意はいつだって、次のきらきらと輝くものへと飛んでいってしまう。
そうやって、あちこちに気を散らし続けているうちに、「しなければならないこと」がどんどん積みあがり、しまいには手がつけられない量にまで膨れあがった。
だから、言われたことができないとか、みんなより遅れているとかということがしょっちゅうあった。明けても暮れてもそんなふうに落ち込んでいるうちに、僕はしだいに重度の自己不信にさいなまれるようになった。
おまけに「おまえはダメなやつだ」「どうせ、おまえにはできない」と頭のなかで自分に言い続けているうちに、いっそう集中できなくなった。
こうした悩みとは無縁で、日常生活をごく自然に送っている同級生たちのことを、僕は心から尊敬した。彼らはいざ集中するとなったら気を散らさないし、ノートには授業の内容が細かく記入されていた。
そうした秩序や規律といったものは、自分には手が届かない、とても美しいものに思えて、僕は整然としたものにいっそう憧れるようになった。その秘訣をさぐりだしたい。
そう考えた僕は、頭のなかを少しでも整理しようと、ひとつずつ、ささやかな工夫を積み重ねていった。
山ほどの失敗を重ねては、ほんのときたまうまくいくという試行錯誤を繰り返し、成果があがった方法を少しずつ組み合わせていった。
そのすべてを、僕は昔ながらの紙のノートのなかでおこなった。スケジュール帳、日記、備忘録、ToDoリスト、スケッチブックの機能を、1冊のノートにまとめたのだ。
こうして、混乱しがちな頭のなかを整理するための、実用的ではあるけれど融通のきくツールが誕生した。
このノートを活用するようになってからだんだん気が散らなくなったうえ、しなければならないことが多すぎてお手上げ状態になることがなくなり、生産性もぐんとアップした。
やがて「自分が直面している問題を解決できるのは自分しかいない」こともわかってきた。さらに重要なことに、僕にはそれだけの力があることもわかったのだ!
●日々のあらゆる悩みを1冊のノートで解決する
2007年、僕はネオン輝くニューヨーク市の中心地、タイムズスクエアにある大手ファッションブランドの本社でウェブデザイナーとして働き始めた。その会社に勤務していた女性に仕事を紹介してもらったのだ。
その頃、彼女は自分の結婚式のプランを練るのに大忙しで、そのうえ苦戦していた。
デスクにはノート、付箋、パンフレットなどが数センチもの高さに積みあがっていて、その散らかりようといったら、犯罪ドラマで共犯者たちが地図を広げ、浮足立って共謀しているようだった。職を紹介してくれた彼女に恩返しをしたいと、僕はずっと考えていた。
そこで、ある日、また見当たらないメモを探してあちこち引っくり返している彼女に向かって、よければ僕のノートの使い方を教えようかと、おずおずと切りだした。
彼女は驚いたように眉を上げると、ぜひ教えてちょうだい、と言った。しまった。なんてことを言いだしちまったんだろう?自分のノートの中身を見せるということは、頭のなかをのぞき込まれるようなものなのに……。
数日後、彼女とコーヒーを飲みにいった。そして少し時間をかけて、僕が編みだしたノートのつけ方を、たどたどしく個人指導した。
思考を整理する方法——バレット、システム、テンプレート、反復サイクル、リストなど——について説明していると、素の自分をさらけだしているようで、ひどく無防備な感じがした。
僕にとって、こうした手法は、うまく機能しない脳をスムーズに動かすために自力で編みだした、数々の松葉杖のようなものだったからだ。
話しているあいだは、彼女と目を合わせないようにした。そして説明を終えると、恥ずかしくていたたまれない気持ちになり、視線を上げた。彼女があんぐりと口をあけていたので、いっそう恥ずかしくなった。やっぱり呆れられたんだ。耐えがたい沈黙がしばらく続いたあと、ついに彼女が口を開いた。
「これ、みんなとシェアしなくちゃダメよ」この不器用な個人指導のあと、あのノート術をシェアしなさいと、彼女から何度もせっつかれた。
でもじつは数年前から、デザイナー、ソフトウェアの開発者、プロジェクト・マネジャー、経理担当者といった人たちから、「きみが肌身離さずもっているそのノートにはなにが書いてあるの?」と尋ねられることがあって、どうにか説明できるようになっていた。
ときには、日々のスケジュールを立てる方法について尋ねてくる人もいた。そうした人たちには、タスク、イベント、メモなどをすばやく記録する方法を説明また、目標の設定の仕方について尋ねられることもあった。
そんなときには、将来の目標に向けて行動計画を立てるやり方を実際に見せた。
また、メモや付箋といったものが散らかっている状態を少しでも解消したいと思っている人には、メモやプロジェクトの計画などをすべて1冊のノートに手際よくまとめる方法を紹介した。
何年もかけて独自に編みだしたノート術が、これほど幅広く応用できるとは、僕自身、夢にも思っていなかった。
それでも実際のところ、これこれこういう問題に悩んでいるんだよと誰かに言われたら、僕のノート術に修正を加えて応用するのは簡単なことだった。
やがて、僕はこう思うようになった。物事を整理して考えるのがむずかしいと、大勢の人たちが悩んでいる。でも、このノート術をシェアすれば、僕が子どもの頃に味わったような挫折感にみんなが苦しまずにすむかもしれない。
いや、少なくとも、あれほどには苦しまずにすむはずだ、と。
たしかに名案に思えたけれど、このノート術を公開するのであれば、もう行き当たりばったりのやり方で、たどたどしい説明をしたくはなかった。
そこで僕はこのノート術をきちんと体系立て、無駄をはぶいて、長い歳月をかけて編みだしたもっとも有効なテクニックだけを残すことにした。
このノート術には前例がなかったので、独自の用語も考えださなければならなかった。用語が決まると、このノート術の説明が簡単にできるようになったし、みんなも覚えるのが楽になったはずだ。
さて、ここまできたら、このノート術に名前をつけなくては——そのスピード、能率のよさ、特徴、目的を体現するような名前を。
そこで僕は「バレットジャーナル」と呼ぶことにした〔Bullet(バレット)は本来「弾丸」を意味するが、ここでは箇条書きの一項目を示すドット(・)を指す〕。
●世界中で効果を実感する人が続出
次に、バレットジャーナル、すなわち「BuJo」〔BulletJournalの略称〕のウェブサイトを立ちあげ、このノート術をひととおり説明するインタラクティブ動画を掲載した。
このサイトのユニークビジター〔ウェブサイトを閲覧した人のなかで重複しない人の数〕が100人を超えたとき、僕はにっこりと微笑んだ。僕にとって、それはミッションが達成されたことを意味したからだ!ところが、予想外の事態が展開した。
Lifehack.orgやLifehacker.comといった、仕事を効率よく進めるためのライフハック系のサイトで、bulletjournal.comが紹介されるようになったのだ。
その後、FastCompanyなどのビジネス誌のサイトでも取り上げられると、あとはもう怒涛の展開だった。bulletjournal.comのユニークビジター数は、ほんの数日で、100人から10万人へと膨れあがったのだ。
ネットには、バレットジャーナルのコミュニティーが次から次へと立ちあがった。それも驚いたことに、参加メンバーはきわめて個人的な課題への対処法をオープンにシェアしていた。
帰還兵たちはPTSD(心的外傷後ストレス障害)に対処するため、バレットジャーナルに日々の出来事を記録する方法を公開していた。
OCD(強迫性障害)に苦しむ人たちは、気になって仕方がないことと距離を置くための方法を公開していた。
また僕と同様、ADD(注意欠陥障害)に苦しむ人たちは「バレットジャーナルのおかげで成績がよくなった」「不安が軽減された」という感想を寄せていて、胸を打たれた。
オンラインのコミュニティーでは悪意のある書き込みも多いけれど、こうしたバレットジャーナルのグループはポジティブで協力的な空間をつくりあげ、それぞれが異なる課題に重点を置いていたし、どのグループも僕が編みだしたツールを活用していたのだ。
●たった1冊のノートと1本のペンがあれば始められる
現在、バレットジャーナルを愛用しているサンディは、2017年5月、フェイスブックの動画で偶然、バレットジャーナルのことを知った。
彼女はまだ乳児の子育てに追われていたうえ、睡眠不足が続いていたので、物事を整理できなくなり、忘れっぽくなっていた。もともとは、そんなふうに人から言われるタイプじゃなかった。
けれど、当時の彼女の頭のなかでは、さまざまな思考が常にめまぐるしく駆けめぐっていた。
息子の睡眠時間は足りているかしら?予防接種はスケジュールどおりに進んでる?保育園の次回の申し込みの期日はいつだっけ?ひとつのタスクを終わらせても、すぐにほかのタスクが迫ってきた。
そのためストレスは溜まる一方で、彼女はすっかり元気をなくしていた。
ほかのママたちは、私が知らない秘訣をなにか知っているのだろうか?そんなふうに悩んでいたとき、たった1冊のノートと1本のペンがあればいいというノート術があることを知った。
それだけなら、たとえうまくいかなかったとしても、なにかを失うわけじゃない。最初のステップは、その月の「しなければならないこと」をすべて書きだすことだった。
そこで彼女はノートに線を引き、家族のスケジュールをひとりひとり、別の列に書き込んでいった。家族はみんな、不規則な時間帯に活動していた。
そのスケジュール表を眺めていると、今後の4週間、どの時間帯に誰がどこにいるかが一目でわかり、ジェットコースターを一時停止させるボタンをついに押したような気がした。
いつなんどき、ここに記入してある用事をひとつ忘れてしまうか、わかったものじゃない。そう考え、彼女はぞっとした。
たとえば数年後には、息子を保育園に迎えにいくのを忘れてしまうかもしれない。そんなふうに大切な用事をすっかり忘れてしまうのも、時間の問題のように思えた。
そこでサンディは、そのスケジュール表にもう1本、縦の列をつくった。そこにはイベントや家族の誕生日などを記入し、一目でわかるようにした。
また月々の家計ログには、支払いの期日や、支払う金額などのリストを作成した。
また毎日記入する枠をつくり、身につけたい習慣や、達成したい目標などを書き込み、その進行状況を追えるようにした——ただ「ちょっと休憩して、深呼吸をしよう!」というリマインダーを書くこともあった。
実際に自分の手を使って文字を書いていると、不思議なことに気持ちが落ち着いてきた。とはいえ、あまり高望みをしないようにと、サンディは自分をいましめた。これまでにも、さまざまなノート術を試してきたけれど、長期的に見ればまだなんの成果もあげていなかったからだ。
●習慣にすれば頭が勝手に片づきだす
サンディは、バレットジャーナルの次のステップに進んだ。今度は、もっと広い視野で物事を見る手助けになるというテクニックを実施することになった。つまり、来年の抱負を決めるのだ。
「今年の目標」(YearlyGoals)のページには、長年、達成したいと思い続けてきた目標を敢えて書き込んだ——これまでは、なんの進捗も見られなかった目標を。
本当はもっと文字を書いたり、イラストを描いたりしたいのに、強迫性障害のせいでうまくいかないのかしら?それとも、忙しくて時間がないだけ?理由はよくわからなかったけれど、自分のなかにはまだ発揮していない能力が眠っていることだけは、よくわかっていた。
数週間もたつと、バレットジャーナルを手にして腰を下ろすのが習慣になり、歯磨きのように、なんの苦もなくノートをつけられるようになった。
おかしなことに、ToDoリストのチェックボックスに印をつけていくと、毎日しなければならないタスクの数は無限にあるわけじゃなく、限りがあることが実感できて、やる気がでた。
それに、請求書の支払いを忘れることもなくなった。誰かの誕生日を忘れてしまい、長いお詫びのメッセージを送ることもなくなった。
もうひとつ驚いたのは、バレットジャーナルのレイアウトを見ていると、日常生活のこまごまとしたタスクがもっと大きな全体像の一部にすぎないと実感できるようになったことだ。
その月の目標(MonthlyGoals)と、その年の目標(YearlyGoals)のページを見ていると、自分には時間をかけて達成したい目標があり、いまはその目標達成に続く道の途中にいて、日々努力しなければならないことがよくわかった。
そこで彼女は、ささやかではあるけれど、情熱を傾けられる習慣を日々の生活に加えることにした——毎日、「デイリーログ」に15分間文字を書き込むという作業を、朝いちばんにおこなうようにしたのだ。
朝起きたらすぐにスマートフォンを手にとるのではなく、必ず15分間、自分のための自由時間をつくることにしたのだ。すると以前より1日が長く感じられるようになった。
バレットジャーナルを習慣にすると、物事を整理して考えられるようになり、落ち着いた気持ちですごせるようになるだけじゃなく、もっと大きな利益が得られることにも気づいた。
サンディはそれまでずっと〝皮膚むしり症〟という症状に苦しんでいた。これは肌をいじったり引っかいたりせずにはいられない症状で、彼女はこの癖をずっと恥ずかしく思ってきた。引っかくのはもっぱら指だった。
だから指の皮がむけているのを見られるのがイヤで、ミーティングや面談をキャンセルすることもあった。痛みのあまり眠れないこともあったし、物を落とすことも多かったし、ごく単純な作業ができないこともあった。
たとえばレモンティーを飲むときには、いつも夫か母親に頼んでレモンを絞ってもらっていた。レモンの酸が指に沁みて、ヒリヒリと痛むからだ。
ところがバレットジャーナルを数か月続けた頃、彼女はキッチンで涙を浮かべていた。両手をしげしげと眺めたあと、思い切ってレモンを絞ってみたところ、指に痛みを感じなかったので感激したのだ。
バレットジャーナルのページに線を引いたり、文字を書いたりしているあいだは両手を忙しく動かしていたため、肌をむしらずにすみ、指の傷がゆっくりとではあるけれど、確実に癒えていたのだ。
彼女はその日を祝して、バレットジャーナルに特別なページを設け、次のようにイラストを添えて嬉しい思いを書き込んだ。
●自分にとって本当に大切なことに気づく
バレットジャーナルは計画を立て、その経過をたどり、記憶を維持するうえで役に立っただけではなく、彼女の創造性を高め、傷を癒やし、彼女を引っ込み思案からも解放した。そしてメンバーが励ましあって協力するバレットジャーナルのコミュニティーの一員にした。このような体験をしたのは、彼女だけではない。
僕自身もまた創意工夫に富み、つらいことがあってもへこたれず、勇気あるバレットジャーナル・ユーザーのみなさんから刺激を受けてきた。
僕のノート術を活用し、それを自分の状況に合わせてカスタマイズしているみなさんからインスパイアされたこともあり、僕は本書を執筆しようと思い立ったのだ。あなたがバレットジャーナル・ユーザーであろうと、まったくの初心者であろうと、大丈夫。
本書は、このデジタル時代に自分の居場所を見つけようと苦戦しているすべての人に向けた本だ。
本書で説明しているシンプルなツールやテクニックを活用すれば、頭のなかを整理できるだけではなく、日々の暮らしに淀みがなくなり、方向性がはっきり見えてきて、集中力も高まる。
頭のなかが整理されればたしかに気分は上向くけれど、それだけに価値があるわけじゃない。自分の深いところに眠っている、もっと価値のあるものが浮上してきて、目に見えるようになることが肝心なのだ。
ADDだから、自分はほかの人たちとは違う。僕はずっとそう考えてきた。
ところがバレットジャーナルのコミュニティーのおかげで、なにかをするときには忙しく取り組まずにはいられないというこの症状は、いまのデジタル時代ではありふれた病であることがわかってきた。その病とは「自己認識の欠如」だ。
歴史上、もっとも他人とつながることができる現代において、僕たちは「自分自身」とふれあう時間を急速に失いつつある。
終わることのない情報の洪水に圧倒され、過剰な刺激を受けているのに落ち着かず、頭を使いすぎているのに満足できず、最先端の情報にアンテナを立ててはいるのに燃え尽きている。テクノロジーが生活の隅々にまで浸透し、常に気を散らすものが生まれている。
だからこそ僕が編みだしたノート術は、本当に重要なことに集中し、自分にとって大切なこととはなにかを考えるうえできわめて貴重な「アナログの避難所」を提供している。
いまでは数えきれないほど大勢の人たちが、自分の人生を自分でコントロールする力を取り戻すうえで、バレットジャーナルが大きなカギを握っていることを実感している。
●自分を深く知り、心から大切なことと再びつながる
2015年、内気なデザイナーのアンソニー・ゴリティは、不満を覚えていた代理店を辞め、フリーランスになった。長年、独立することを夢見ていたのだ。
ところが予想していなかったことに、仕事では以前より強いプレッシャーを感じるようになったうえ、スケジュール管理も自分でこなさなければならなくなった。
そこで複数のアプリを利用し、なんとかスケジュールを組もうとしたものの、理想とするような柔軟性のあるアプリはなかった。そこで今度はToDoリストをノートに書きだしていったものの、頭のなかは混乱するばかりだった。
クライアントはなんの前触れもなく電話をよこすし、必要なメモを探すのに6冊のノートをめくらなければならないこともあった。
ノートに書き込んだことは覚えている……どこかに書いたはずなのに……おかしいな……こうして慌てて探し物をする時間が増えるにつれ、彼は自信を喪失していった。
自分を売り込むのがもともと不得手だったため、セールストークも苦手だった——そのうえ、仕事の依頼があったとしても、その後はまた新たなストレスだらけの問題に直面した。
独立してフリーになったのは間違いだったのかもしれないと、彼は後悔し始めた。ちょうどその頃、「そういえばどこかの動画で、ものすごく複雑な日記をつけるやり方を見たなあ」と、遠い記憶がよみがえった。
動画でその方法を説明していた男は、必ず役に立つと確信しているようだった。そこでアンソニーはいろいろと珍妙なキーワードを入力し、ネットで検索した結果、ようやくバレットジャーナルのウェブサイトを見つけた。
そのシステムは、彼の記憶にあったほどには複雑じゃなかった。そこで彼は新しいノートを手にとり、しなければならないことをすべて書きだし、整理し始めた。すると、いくつかの変化が生じた。まず、ひとりでじっくりと考えるための時間をもつようになった。
そして、じつはToDoリストをつくるのが大好きなこと、タスクを順番に片づけていくのはもっと好きなことに気づいた。
なにより、ノートのクリーンでクリアな空間を見ていると、自信が湧いてきた。気づいたことをすべてノートに書き留めることで、クライアントと電話で話しているときにも、気持ちを強くもてるようになった。
準備ができているうえ、使える素材のこともよく把握できるようになったので、セールスマンではなく職人としての自覚が強くなった。
バレットジャーナルのおかげで、秘めていた潜在能力を存分に発揮できるようになったのだ。これが、このノート術の重要なポイントだ。
つまりバレットジャーナルを活用すれば、仕事でもプライベートでも「自分への理解を深める」ことができる。日々の生活でしばし足を止め、大切なことを細かく書きだすというシンプルな行為は、ただの整理術ではおさまらない。
「自分自身」や「心から大切に思っているもの」と再びつながれるようになるからだ。
●自分らしい人生を生きるための最強のノート術
僕はここのところ、サンディやアンソニーのようなバレットジャーナルの仲間たちとつながったり、さまざまなコミュニティーからの質問に応じたりすることに時間を割いてきた。
大勢の人たちが、それぞれのバレットジャーナルの機能を拡張する方法を工夫していた。
また、慌ただしいこの現代社会に蔓延するさまざまな問題をもっと深く掘りさげて考え、そうした課題を解決したいと考えている人もいた。
本書では、そうした課題についても考察し、たった1冊のシンプルなノートが解決策を考えるうえで貴重な役割を果たすことを実証したいと思っている。
本書は大きく2部構成となっている。
「つくり方(システム)」と「使い方(実践)」だ。
まず、バレットジャーナルのシステムについて説明するので、1冊のノートを「思考を整理するツール」に変える手法を学んでもらいたい。そのあとは、実践していこう。
バレットジャーナルというシステムは、自分の価値観や信念をまっとうする人生——つまり明確な目標があり、その目標を効率よく達成できる人生——を送る方法を模索してきたさまざまな哲学や人生観を融合したものだ。
このような時間を超越した知識を、集中して取り組む行動へと変えようとした僕の努力の結実が、デジタル時代におけるアナログ・システム、すなわち「バレットジャーナル・メソッド」だ。
このノート術を活用すれば、過去を振り返り、いまを整理し、未来を計画することができる。もともと僕は、物事を整理して考えるのが苦手だという自分の課題を克服するために、この手法を編みだした。
とはいえ長い歳月を経て、このノート術は成熟し、僕の人生をよりよい方向へと大きく変える個人的なOS(オペレーティング・システム)へと変貌した。どうか、あなたの人生にも同じ変化がもたらされますように。
本当に意味のあることに集中する
毎日、あまりにも忙しくて、まるで自分の存在そのものが長いToDoリストになったみたいでした。
人生の夢や目標をすっかり忘れてしまい、「思い切って行動を起こしていたら、どうなっていただろう?」と、思わなくなっていたんです。——エイミー・ヘインズ(バレットジャーナル・ユーザー)
本書の目的は、人生においてなにより価値のあるふたつの資源─時間とエネルギー——の使い方に、みなさんが留意するようになることだ。
これからみなさんは、その貴重な時間とエネルギーを投資して本書を読んでいくのだから、バレットジャーナルでできることを、まず説明しておこう。
バレットジャーナルを活用すれば、取り組む作業の数を減らし、大きな成果をあげられる。無意味なことに取り組むのをやめ、本当に意味のあるものを見きわめ、それに集中できるようになる。
どうすればそんなことができるのだろう?「生産性」「マインドフルネス」「意志力」という3本の柱を、杓子定規ではなく、融通がきいて、なにより実用的な枠組みに組み込めばいい。
では、ひとつずつ見ていこう。
生産性をあげる——ぼやけていた問題を明確にとらえる
「しなければならないこと」があまりにも多すぎて、心が折れそうになったことはないだろうか。ときに、人生はモグラ叩きのゲームのように思える。
次から次へと押し寄せてくる仕事や用事、ミーティング、メール、メッセージの嵐を片っ端からやっつけなくてはならない。
四六時中、マルチタスクをこなすしかなくなり、姉さんとビデオ通話をしている最中でさえ、室内をうろうろと歩きまわってウォーキングに励むことになる。
万事がこんな調子で、いつも複数の用事が頭のなかにあって、ひとつのことにきちんと集中できない。気持ちがあせるばかりで、満たされることがない。
すると睡眠を犠牲にするしかなくなり、できるかぎり睡眠時間を削ることになる——だから朝起きたときにもまだ疲れが残っていて、まるでゾンビのようにげっそりとしている。
こうした状況を、少し客観的に眺めてみよう。1950年から2000年にかけて、アメリカ人の生産性は毎年1〜4%、上昇を続けた。
ところが2005年以降、先進国における労働生産性の伸び率は鈍化し、2016年、アメリカ人の生産性は低下した。
もしかすると、急速に発展するテクノロジーによって無限とも思えるほど選択肢が増えたせいで、僕たちは忙しくすごしてはいるけれど、その実、生産性自体はちっともあがっていないのかもしれない。生産性の低下は、あふれかえる情報に麻痺しているせいだという説もある。
神経科学者のダニエル・レヴィティンは著書『TheOrganizedMind(整理された思考)』のなかで、情報過多はマリファナの喫煙や極度の疲労よりも、集中力低下の原因となっていると指摘した。
つまり、生産性をあげるためには、日々、押し寄せてくるデジタルの情報の波をなんとかして押しとどめる必要がある。
そこで登場するのが、アナログのソリューション、「バレットジャーナル」だ。
ネットワークと接続していない空間で、じっくりと問題を検討し、考え、集中するのだ。ノートをひらいているあいだは、ネットを遮断できる。
すると一時的に情報の流入を押しとどめ、人生について考えられるようになる。ぼやけていた問題がはっきりと見えてきて、日々の生活を明確に検討できるようになるのだ。
バレットジャーナルを活用すれば、頭のなかのごちゃごちゃを整理し、問題を客観視したうえで検討できるようになる。
●まわりにいちいち反応せず自分で人生の舵をとる
大慌てで用件をメモして、やっつけるようにして用事を片づけていったという経験が、みなさんにもあるはずだ。こっちのアプリをちょっと使い、あっちのカレンダーをちょっと使う。
その結果、あちこちに情報をばらまくことになり、付箋に書いたメモ、各種アプリに書き込んだ予定、メールの内容などをかき集めなければならなくなる。フランケンシュタインの顔のように、情報が継ぎはぎになるのだ。
ある程度までなら、あちこちから情報をかき集めてもおさまりがつくけれど、いつか、その縫い目はほころびる。どの情報をどこに保管したかがあやふやなままだと、あとでその情報を見つけるとき、無駄に時間がかかる。
ええと、たしかメモを書いたはずだけど、メモ帳のアプリだったかな、それとも付箋だったかな?そもそも、付箋はどこに行っちゃったんだろう?そうして、結局は途方に暮れるのがオチだ。
頭にひらめいたすばらしいアイディア、「これは覚えておこう」と思った内容、備忘録などを、すぐ迷子になるメモ用紙や時代遅れのアプリに書き留めたところで、結局はどこに行ったかわからなくなってしまう。これでは非効率に非効率が重なるばかりで、処理能力は低下する一方だ。
でも、こうした事態は避けられる。
バレットジャーナルは、あなたの「信頼の置ける情報源」となるようにデザインされている。いや、なにもこのノート術をあがめたてまつろうというわけじゃない。
ただバレットジャーナルを活用すれば、考えていたことや覚えておこうとした内容をいったいどこに書き留めたんだろうと、途方に暮れることがなくなるのだ。
頭のなかにあることを一か所にまとめて保管すれば、たとえ用事が山積みになっていても、優先順位を効率よく決められるようになる。
たしかに、あなたに電話をかけてきた人、メールやメッセージを送ってきた人は、すぐに対応してほしいと思っているだろう。だから優先順位をつけずに対処していると、他人からの要求の波に呑まれてしまう。
すると大切なことに集中できなくなり、無理をしすぎて、結局は自分の夢をかなえるチャンスがなくなってしまう。
「成績をあげたい」「昇進したい」「フルマラソンを完走したい」「2週間に1冊のペースで本を読みたい」といった夢がかなわないまま終わるのだ。
バレットジャーナルを活用すれば、人生の舵をとれるようになる。外部からの刺激や要求にいちいち反応するのではなく、慎重に選んだ重要な問題に積極的に取り組めるようになるからだ。
さまざまな困難な課題に取り組み、漠然としていた好奇心を有意義な目標に変える方法、そしてその目標を管理しやすい小さな段階に分ける方法を身につければ、効率よく行動を起こせるようになる。
たとえば、こんなふうに考えよう。今学期、成績をあげるには、どんな行動を起こせばいいのか?すべての教科でAをとりたいのか?ノー。では、問題をもっと細かく考えてみよう。
いまの時点で、どの教科の成績が悪い?次の授業で提出しなければならないものは?論文。
オーケー、じゃあ論文を書くために、なんの本を読む必要がある?その本を図書館で借りてくる——それが、いま、しなければならない最優先の事項だ。すでにAの成績をおさめている教科の特別課題は?単位には関係ないから、対応の必要なし。
本書では、あなたの手元にあるのがどんなノートであろうと、それを強力なツールに変えるテクニックを紹介していく。
有効であることが科学的に立証されているこのテクニックを活用すれば、貴重な時間とエネルギーを本当に大切なものに集中させ、気を散らせるものを除外していくことができるはずだ。
●マインドフルネスで「いま」に集中する
うわ、「マインドフルネス」って、なんか苦手なんだよね。そう思った人も、ご心配なく。本書における「マインドフルネス」とは「いま」に向ける意識を高めることを指す。
もちろん、生産性を高めるのは大切だけれど、BuJoはハムスターの回し車のなかで速く走れることを目的にしているわけじゃない。
現代のテクノロジーは無限の情報を提供している。だから、つい時間を割いてしまうものがいくらだってある。すると気が散りやすくなるし、大切な人と本当の意味でつながる機会ももてなくなる。
たとえば飛行機に乗っているとき、世界は時速600マイルで後方に消えていくけれど、実際のところ、いま自分がどこにいるのかはよくわからない。
運がよければ、眼下できらめく大海原や、遠くの雲を引き裂く稲妻がちらりと見えるかもしれない。
それでも、自分がいまどこにいるかがよくわからないまま、うつらうつらしたり、無事に着陸できますようにと気を揉んだりするのがせいぜいだ。人生という旅で目的地に向かうのなら、もっと賢い旅行者になるほうがいい。そのために、まず、方向性を見さだめよう。
いま、自分はどこにいるのだろう?本当に、この方向に進みたいのだろうか?違うのなら、なぜそもそも、違う方向に進み続けているのだろう?きちんと方向を定め、目的地にたどり着きたいのなら、まず、自分の心のなかを見つめなければならない。
マインドフルネスとは、覚醒し、目の前にあるものをしっかりと見るプロセスだ。すると、自分がいまどこにいるのか、自分は何者なのか、自分はなにを望んでいるのかを意識できるようになる。
このプロセスで、バレットジャーナルが役に立つ。
手で文字を書くという行為は、ほかのどんなメカニズムよりも神経学的なレベルで意識を「いま」に向ける助けになるからだ。自分自身を知るには、「いま」に存在しなければならない。
物事を書き留めることの重要性を提唱しているアメリカの作家、ジョーン・ディディオンは、5歳の頃からメモをとり始めたという。
気が散りやすい世界に対する最高の対抗策はノートだと、彼女は考えている。
「私たちは、決して忘れないだろうと思っていたものをも、じつにあっさり忘れるのだ。愛だろうが、裏切りだろうが、忘れるのだ。かつてのささやきも、かつての叫びも、自分が誰であったかも、忘れるのだ……となると、連絡を絶やさないのが、いちばんいい。
そして、たぶん、連絡を絶やさないということがノートをとるということなのだ。そして、みんな、あくまでも自分の流儀で、自分のために言葉を保存している。あなたのノートは私の役にはたたないし、私のはあなたの役にはたたない」(『ベツレヘムに向け、身を屈めて』青山南訳、筑摩書房)
たとえデジタルが大好きで、デジタル漬けの生活を送っている方でも、なんの問題もなくバレットジャーナルを活用することができる。
なにもディケンズの小説の登場人物のように、薄暗い屋根裏部屋で背中を丸め、ろうそくの灯りをたよりに文字をなぐり書きするわけじゃない。
本書で覚えてもらいたいのは、頭のなかに浮かんだ考えをすばやく、そして効率よく書き留める方法だ。本書を読めば、あなたの生活のスピードに合わせてノートをつける方法がおわかりになるだろう。
バレットジャーナルを活用し、自問を重ねる習慣を身につければ、日々の雑事に埋没し、人生の目標を見失うことがなくなる。
バレットジャーナル・メソッドを実践すれば「いま自分がしていることを、なぜしているのか」を常に意識できるようになるのだ。
●意志力で「こう生きたい」と願う人生を生きる
あなたには心から感動した本、スピーチ、名言などがあるだろうか?人生の見方を大きく変えたなにかがあるだろうか?あなたの心を動かしたのは、おそらくはなんらかの叡智であり、その叡智を活用すれば、あなたはもっと楽に、よりよく、すっきりと生きられるようになり、人生をコントロールできるようになるはずだ。
では、そうした叡智を、いま、どの程度活用できているだろう?頭のなかで考えているだけではなく、実際にその叡智を活用してなにか行動を起こせているだろうか?あなたは以前よりいい人間に、友人に、仲間になっているだろうか?あるいはダイエットに成功したあと、その体重をキープできているだろうか?以前より幸福になっているだろうか?あなたがどんな叡智に心を動かされたにせよ、いまではその感動はすっかり色褪せてしまったかもしれない。
そうした叡智がなんの役にも立たなかったわけじゃない。ただ、あなたの生活に根づかなかったのだ。なぜだろう?慌ただしい毎日をすごしていると、自分の信念と行動のあいだに大きな溝ができてしまう。
できるだけ楽な道を進もうとした結果、心から大切に思っているものからどんどん離れてしまうこともある。そのうえ、心の底から実現を願っている変化を起こすためには、常に努力を続けなければならない。
アスリートならわかっているように、筋肉をつけるには、繰り返し酷使しなければならない。意志力を高めるのも同じことだ。筋肉をつけるように意志力を鍛え、すぐにへたばることがないよう強靭にしなければならないのだ。
瞑想するのを「忘れちゃった」と平気で言ったり、ヨガをさぼる言い訳を並べたりするのは簡単だけれど、日々の責務をほっぽっていたら、すぐに深刻な悪影響が及ぶ。
だから新たなルーティンを身につけるには、多忙な日々のスケジュールにうまく組み込むべきだ。意志力を高めると同時に、目的を果たしつつ1日をきちんとすごせるようになれば、言うことはない。
バレットジャーナル・メソッドは、信念と行動のあいだに広がる溝に橋を渡す役割を果たす。バレットジャーナルを活用すれば、人生の核をなす目標を意識して日々をすごせるようになる。
●みずからの力で道を切り開く
この章の冒頭で感想を引用させてもらったバレットジャーナル・ユーザーのエイミー・ヘインズは、いまでは「しなければならないこと」を整理できただけではなく、仕事のアイディア、見習いたい人、チェックすべきアプリ、試してみたい紅茶など、さまざまな内容をノートに記録している。
それに、「コレクション」をカスタマイズするようになったおかげで、終わりのないToDoリストのせいで気が滅入ることもなくなったし、本当にしたいことを常に意識できるようになった。重要だけれど忘れてしまいがちなことを、ノートを見ればいつでも思いだせるようにもなった。
バレットジャーナルを活用していれば、なにが重要で(What)、なぜ重要なのか(Why)、そうした目標を達成するにはどうするのが最善か(How)をしっかりと考える習慣が自然と身につく。
毎日、自分の心を見つめるようにうながされるので、たとえ重役室にいようが、教室にいようが、病院にいようが、内省を実践できるようになるからだ。
これまでに多くのバレットジャーナル・ユーザーが、憧れていた仕事に就いたり、起業したり、ストレスだらけの人間関係に終止符を打ったり、引越しをしたりしてきた。
なかにはBuJoの指針に従い、日々、内省の時間をもつうちに、ありのままの自分に満足できるようになった人もいる。
バレットジャーナルのノート術は、世界各地のさまざまな慣習からヒントを得ている。プリズムに光が反射するように、多様な慣習を吸収し、それをひとつの強烈な光線に集束させたといえるだろう。
その光は、きっと読者のみなさんの足元を照らしだし、将来に続く道がよく見えるようにするはずだ。
目的意識をもって人生を歩むうちに、あなたは一介の乗客ではなくなり、みずからの力で道を切り開いていけるようになるだろう。
ノートは、ありのままの自分を受け入れてくれる最良の友人
バレットジャーナルは、いわゆる「都合のいいときだけの友人」じゃない。
人生でなにがあろうと四季を通じて寄り添い、嬉しいことがあれば祝い、苦しいときには一緒に苦しんでくれる友人だ。
昔の自分——学生、研修生、失恋した男、デザイナーなど——の立場から、あれこれ教えを授けてくれる。そのうえ批判したり、過度な期待を寄せたりせずに、いつだってありのままの僕を受け入れてくれる。
本書の執筆を思い立ったのは、読者のみなさんにも僕と同じ体験をしてもらいたいと思ったからだ。本書をぜひ、バレットジャーナルという登山のベースキャンプとして活用してもらいたい。
山を登る準備をととのえてから、初の登山に挑戦してもらいたいし、必要とあればこのベースキャンプに戻ってきて休憩したり、必要なものを補充したり、調整したりしてもらいたいと願っている。
さあ、始めよう——必要なのは1冊のノートと1本のペン、1枚の紙のみ
本書を最大限、有効活用するには、最初から最後まで順番に読むことをお薦めする。
順番に読んでいけば、「実践」を通じて自然にこのノート術が身につくはずだ。
手っ取り早く覚えたければ、本書で紹介しているノート術を自分でも試しながら読み進めていくのがいい。
手書きの効用を実感できるはずだ。
用意するのは1枚の紙、新しいノート1冊、そして1本のペンだけだ。
本書は、大きく分けて2部構成となっている。
パート2では全体の「つくり方(システム)」を、パート3以降では「使い方(実践)」を説明している。
まずシステムの説明をするので、バレットジャーナルの用語やその使い方を覚えてもらいたい。パート3と4では、実際にバレットジャーナルに挑戦していこう。
慣れてきたら必要に応じて、バレットジャーナルを自分の好きなようにカスタマイズできるはずだ。
「意志力」をもって人生を生きられるツール
本書の章はそれぞれ、バレットジャーナルの構成を真似て、独立したコレクションの役割を果たしている。
すでにBuJoの用語などをよくご存じのみなさんは、パート1で関心をもった章から読み始めてもらってかまわない。
パート1の内容はとっくにわかっているというみなさんには、パート2から読み始めてもらいたい。パート2では、みなさんがよくご存じのシステムについて詳しく説明している。
重要なコレクションやテクニックについて、じっくりと説明しているし、バレットジャーナルがいまのデザインに決まった経緯にもふれている。
またパート4では、仮想のプロジェクトを設定し、バレットジャーナルの記入法の例も示している。とはいえ、こうした「システム」は、バレットジャーナル・メソッドのごく一部にすぎない。
本書の前半では、バレットジャーナルの手法について説明している。後半では、バレットジャーナルのWhyについて説明している。
しばらくバレットジャーナルを続けたことがある方なら、ToDoリストなどのリストを整理する以上の効果が得られたと実感しているはずだ。
以前より地に足がついた生活を送れるようになった、自信をもてるようになった、集中できるようになった、穏やかで冷静になった、やる気がでるようになったと感じている人もいるだろう。
というのも、バレットジャーナルはさまざまな科学や哲学の力を借り、「意志力」をもって人生を生きる手助けをするからだ。
本書では、バレットジャーナルになぜそうした効果があるのか、その理由も説明する。
バレットジャーナルに秘められている深い意味がわかれば、BuJoを新たなレベルで活用できるようになるはずだ。
あなたがBuJoの初心者であろうとベテランであろうと、マインドフルネスを通じて生産性をあげるバレットジャーナルの真髄がわかれば、「こう生きたい」と願う人生の計画を立てるうえで活用できるはずだ。
自分に正直に生きる方法——Whyを知れば人生は変わる
人生の目的を意識して暮らしていれば、他人からの押しつけではなく、みずからの意志で選択し、決断をくだせるようになる。——リッチー・ノートン(アメリカの作家)
●なぜ夢をかなえても、むなしいのか
僕が最初に起業した会社、Paintapic〈ペインタピック〉は、絵の具を大量に集めた物置で誕生した。
〈ペインタピック〉とは、キャンバス、絵の具、絵筆のキットをユーザーの自宅に送付するサービスで、ユーザーは好きな写真を自分の手で塗り絵のようにして絵画に仕上げることができる。
起業を思い立った頃、僕はまだ多忙なフルタイムの仕事に就いていたので、〈ペインタピック〉の開発にあてられたのは週末と夜の時間だけだった。
一方、勤務先では経営陣が変わったため、僕がやりがいを感じていたクリエイティブなプロジェクトが打ち切りになってしまった。
やがて僕は、勤務先の新たな経営方針に限界を感じるようになり、このままでは能力を発揮できずに終わってしまうと危機感を覚えるようになった。
だからいっそう〈ペインタピック〉の開発に力を入れ、友達付き合いもなにもかもあきらめて、週末は〈ペインタピック〉の開発に取り組み、週が明けるとまた職場に戻った。
ある日、〈ペインタピック〉の共同創業者のコネで、使われていない倉庫の一部を貸してもらえるようになった……ついに、僕たちのオフィスができたのだ。
小さなすりガラスの窓が1枚しかないその暗い部屋で、僕たちは2年近く、平日の夜と週末をすごした。ありとあらゆる細部——絵筆の毛の数まで——をひとつひとつ検討し、ふたりで山ほどの決定をくだしていった。
ついに、待ちわびていた瞬間が訪れた。事業を立ちあげる日を迎えたのだ。注文が入り始めた。入金があった。黒字になった。
外部からの資金援助に頼らずに会社を立ちあげ、良好なスタートを切ったのだ。それはスタートアップ企業にはめずらしいことだった。僕たちは、誰から見ても(つつましい)成功をおさめていた。
〈ペインタピック〉のサイトを立ちあげるとすぐに、自分でも注文してみた。その後、実際に絵の具キットがちゃんと郵送されてきたときの高揚感を、いまでもよく覚えている。
よかった、注文から配送まで、うまくいってるんだ!でも、自室へと階段を上っていくあいだに、頭のなかはもう別の問題でいっぱいになっていた。そこで、手にしていた段ボールの箱をその辺に放っておいた。
きっといまもどこかで、あの箱は未開封のまま、例のパグ(わが社の非公式マスコット)の間の抜けた写真を絵画にしてもらうのを永遠に待っているのだろう。
起業するまでは夢中になって取り組んでいたのに、いざ会社を立ちあげてしまうと、僕は事業に関心をもてなくなった。
するとすぐに、経営のあちこちにひずみが生じた。混乱が続き、僕は挫折感を覚えるようになった。理論上、僕は幸福になるはずのことを成し遂げていた。ここにたどりつくまでに多くのことも犠牲にしてきた。
それなのに、起業が成功したとたんに、もう会社のことなどどうでもよくなってしまうとは。僕だけじゃなく、共同創業者も同様のことを感じているようだった。
会社を興すというプロセスに夢中になり、ついに起業したという感慨にふけったあと、僕たちには単純な真実が見えていなかった。僕たちは会社の経営がしたいわけじゃなかったのだ。
絵の具キットという製品はユーザーの生活には楽しみをもたらしたかもしれないけれど、僕たちの生活に喜びをもたらしてはいなかった。
僕たちはわが社の製品に愛着をもっていなかった——ただ「起業」という挑戦に夢中になっていただけだった。こんな状態におちいることは、よくあるのではないだろうか。
なにかの目標のために必死になって努力を続けたというのに、その目標を達成したあとはむなしくなる。だからいっそう努力を重ね、そのむなしさを埋めようとする。
もっと時間をかけて続けていけば、達成感を覚えて満足できるはずだ、成果をきちんと評価できるはずだと期待するのだ。
いったいなぜ、こんな事態が生じるのだろう?ジムで重いバーベルをもちあげる、ダイエットに励む、遅くまで残業をする……。あなたがそうした努力を続けている、真の理由はどこにあるのだろうか。
健康上の理由で5キロほど体重を落とそうとしている?恋人に冷たい態度をとられて自信を失い、ダイエットで自信を取り戻そうとしている?もしかすると、あなたが会社で遅くまで残業しているのは、自宅で伴侶と顔を合わせ、話をしたくないからかもしれない。
悪化している夫婦関係に理由があるのなら、あなたがいくら残業を続けたところで、根本的な問題は解決しない。そもそも、あなたは違う山を登っているのだから。
僕たちは行動を起こして登山を始める前に、なぜ、この山を登る気になったのか、その根本にある動機を見つめる必要がある。
●死ぬときにいちばん後悔することは?
僕たちがなんらかの行動を起こすモチベーションは、メディアの影響を大きく受けている。
SNSをちょっとのぞけば、そこにはセレブの華やかな暮らし、旅行、権力、娯楽、美しい人や物、快楽、そしてハリウッドスターたちの恋愛事情があふれている。
オンラインの世界をのぞくたびに、この仮想空間の情報は僕たちの意識に沁み込み、自尊心を傷つけ、現実生活を「つまらないもの」に感じさせる。
そして僕たちは、そうした虚構の世界と自分の実生活を比較し、いつかはあんな夢の世界の住民になってみせると努力する。
華麗なハリウッドの世界にも厳しい現実があることが見えていないのだ。
映画製作に向けた長期にわたる準備期間、オーディションの列に並ぶ「才能ある人」たち、裏方のスタッフ、カメラなどの機材を満載して二列に駐車してあるトラック、仕事にあぶれる俳優、撮影を阻む連日の雨、ロケ現場での食中毒、撮影後にもぬけの殻となったセット……。
上昇志向の情報を垂れ流すメディアにあおられ、僕たちは「自分にとって本当に有意義なもの」を見さだめるチャンスを奪われているのだ。
オーストラリア在住の作家ブロニー・ウェアは、緩和ケアの介護に従事し、多くの患者を看取った。
そして人生最後の数週間をすごす患者さんから話を聞き、「人生の最後の5つの後悔」に関する話を本にまとめた。なかでも、患者さんたちがなにより後悔していたのは「自分に正直な人生を生きればよかった」ということだった。
自分の人生がそろそろ終わりを迎えようとしていることに気づき、これまでの人生を振り返ったとき、実現できなかった夢の数々がはっきりとわかる。
大半の人が夢の半分もかなえていなかったし、夢を実現できなかったのはひとえに自分の決断の結果、あるいは決断しなかった結果であることを自覚しつつ、亡くなっていくという。
決断には、ありとあらゆるタイプのものがある。よい決断、悪い決断、大きい決断、ささやかな決断、幸福な決断、困難な決断……。こうした決断をぞんざいにくだす場合もあれば、強い目的意識、つまり「意志力」をもって熟慮したうえ、くだす場合もある。
でも、そもそも「意志力」、つまり「志向性」〔ブレンターノやフッサールの現象学用語で、意識は常に何物かについての意識であることを意味する〕とはなにを意味するのだろう?哲学者デヴィッド・ベントリー・ハートの定義によれば「特定の物、目標、目的などに気持ちを向ける基盤となる力」である。
もともと「志向性」という言葉は中世のスコラ哲学から生まれている。
だから本書では、この言葉を少しばかりアップデートしたい。
「志向性」とは、それが有意義であると認識し、その目的を達成するために行動を起こそうとする「意志力」である、と。
「志向性」、つまり「意志力」が信念に従って行動することを意味するのなら、その対義語は、自動操縦で操作することだ。つまり、自分がいましていることをなぜしているのか、そのWhy(根本的な理由)を知ることが肝心なのだ。
自分がなにを望んでいるのか?さらに重要なことは、なぜそれを望んでいるのか?それがわからなければ、自分に正直になることなどできない。
だからまず、このふたつの疑問を自分に問いかけよう。それは自己認識を常に高めるプロセスでもある。
そう聞くと、なんだかスピリチュアルっぽくてうさんくさく思われるかもしれないけれど、ただ自分が感銘を受けたものや共感したもの、関心をもったものに注意を払えば、それでいい——そして、自分が共感を覚えないものや関心をもたないものがなにかを自覚することも大切だ。
どんなものに惹かれるかがわかれば、自分の信念に基づいた人生の夢を明確に描けるようになる。自分がいましていることに信念をもてるようになれば、仕事にやりがいを覚えられないまま職場ですごすこともなくなる。
もっと創造力を発揮できるようになるし、「いま、ここ」に意識を向けられるようになる。
仕事に打ち込めるようになるだけじゃなく、頭でも心でも集中して取り組むようになるため、てきぱきと仕事をこなせるようになるはずだ。
●バレットジャーナルは「現在進行形の自伝」
自己認識を高めるのは、一生続くプロセスではあるけれど、そのためにはまず、自分の状態を確認しなければならない。ここで、バレットジャーナル・メソッドが威力を発揮する。バレットジャーナルを「現在進行形の自伝」と見なせるからだ。
なにがうまくいき、なにがうまくいかなかったのか?どんな気分になり、次にどんな行動を起こしたのか?自分の人生という物語を日々見直すことで、自己認識を高められるようになる。
それぞれのページで、有意義なものと無意味なものを判別する能力を高めることもできる。
日々の展開が気にいらなければ、自分の人生という物語の結末を変えるべく、あなたはなんらかの行動を起こしたり、そのための技術を身につけたりするだろう。
バレットジャーナル・ユーザーのレイチェル・Mも、そうした変化を起こしたひとりだ。私はフルタイムのグラフィックデザイナーとして働きながら、フリーランスのビジネスも展開しています。それに週に数日、ボランティア活動に参加し、若者たちのリーダーも務めています。
さらには、牧師である夫の手伝いもしています。夫とは2年前に出会いました。結婚生活は良好ですけれど、結婚初日から多くの用事に追われました。
覚えておかなくてはいけないことや、予定に組み込まなくてはならないイベントが山のようにあったのです——私たちはふたりとも、頭がおかしくなりそうでした。
夫とはコミュニケーションがうまくとれなくなり、互いのスケジュールでさえきちんと把握できなくなりました。
私は職場にでかけ、帰宅途中に食料品を買い、帰宅すると食事をつくり、掃除をし、しなければならない用事をすべて覚えておこうとしました。
でも、すぐに就寝時刻がきてしまい、翌朝起きたら、また同じ1日が始まります。ただでさえてんてこ舞いなのに、私に甲状腺の症状がでるようになり、グルテンと乳糖に過敏であることがわかりました。
すると、食事の支度にいっそう手間がかかるようになって、もうお手上げの状態でした。それに、夫婦でゆったりと時間をすごすこともありませんでした。健全で幸福な結婚生活には、そうした時間が必要不可欠です。
ところが牧師の夫はもっぱら夜や週末に忙しく、時間にゆとりがあるのは平日の昼間でした。一方私は、平日は9時5時の仕事に就いています。
ですから、ふたりで一緒にすごす時間を捻出するのは無理でした。そのうえ私は本来、社交的な性格なので、友人と会えなくて寂しい思いをつのらせるようにもなりました。
なにしろ週末は、牧師の仕事を手伝わなくてはなりませんから。このままではいけない。なにか、手を打たなければ。そう思いつめた私たちは、バレットジャーナルにすべての予定を書きだすことにしました。
ふたりでウィークリーログとマンスリーログを記入するようになると、お互いの予定を事前に確認できるようになりました。
おかげで、相手が多忙な時間帯を把握できるようになり、ふたりきりですごす時間をもつには、どこかに用事を入れない時間帯をつくる必要があることがわかりました。
やがて、土曜日ならなんとか時間をとれることがわかり、一緒にスケジュールの調整をして、土曜日はできるだけ一緒にすごせるようにしました。
バレットジャーナルのおかげで、私たちはそれぞれの個人的な目標も意識できるようになりました。夫と私は独身時代から、仕事にやりがいを感じていましたし、実績もあげていました。ですから、仕事のことで頭がいっぱいのこともありました。
でも結婚後は、仕事と結婚生活の優先順位を見直さなければならないことに気がついたのです。
そこでデジタルのカレンダーを共有するのではなく、敢えてアナログのノートを使い、バレットジャーナルを手に一緒に腰を下ろす時間を設けるようにしました。
おかげで会話ができるようになりましたし、事前にスケジュールを把握できるようになったので、常に次の用事に急き立てられているようなあせりを覚えなくなりました。
それに、家の外での用事が多すぎるように思ったら、ふたりでスケジュールを調整するようになりました。いまは、結婚生活もうまくいっていますし、仕事も順調です。
私たちはそれぞれが職業人として互いに助けあいたいと思っているのです。バレットジャーナルを始めてから、8か月ほどになります。
おかげで、以前より多くの用事をこなせるようになりましたし、午後8時には1日の仕事を終えられるようになりました!バレットジャーナルのおかげで、人生の手綱を握れるようになったのです。
これからの予定はしっかりと頭に入っていますし、「いま」という瞬間を意識し、内省し、自分が正しいことに集中できているかどうかを、たえず確認しています。
そして結婚生活にも、牧師の妻という立場にも、以前より自信がもてるようになりました。
それというのも、夫と私が同じページにいて、ふたりで共有する目的に向かって前進していることがわかっているからです——だって、ふたりの人生の目的を、バレットジャーナルの表紙にそれぞれ書き込んでありますから。——レイチェル・M(バレットジャーナル・ユーザー)
これが、「人生の目的」を意識した人生、つまり「意志力のある人生」だ。それは完璧な人生を送ること、楽な生活を送ること、さくさくと用事を片づけることとは違う。「幸福になる」こととも違う。
ただし、その道中で幸福を実感することも多いだろうけれど。「意志力のある人生」とは、あなたの信念と行動を一致させ、その状態を続けることだ。あなたが信じているストーリー、あなたが誇りに思えるストーリーを綴っていくことなのだ。
頭のなかのごちゃごちゃを整理する
役に立つと思えないもの、あるいは美しいと思えないものは、いっさい自宅に置かないことだ。——ウィリアム・モリス(イギリスの詩人・工芸美術家)
さまざまな研究によれば、人は1日に5〜7万回、思考をしているという。
その思考が1回につき1個の単語で成り立っていると見なせば、僕たちは頭のなかで1日に1冊の書籍の内容と同じくらいの思考をしている計算になる。
たった1日で、だ。ところが書籍とは違い、僕たちの思考はきちんと構成されていない。ましな日でも、ぼんやりと筋がある程度。つまり頭のなかでは、常に脳細胞が思考を整理しようと躍起になっているのだ。
ええと、なにをすればいいんだろう?最初にどこに手をつければいいんだっけ?途中で筋道がわからなくなったり、同時に多くの物事に手をだしてしまい、どうでもいいことに注意を向け、一点に集中できなくなったりすることも多い。
この状態を、僕たちはたいてい「忙しい」と表現する。でも忙しいからといって、生産的であるとはかぎらない。「忙しい」という表現は、たいてい「することが多すぎてうまく機能できない状態」にあることを指す暗号だ。
つまり、なにを言いたいかって?僕たちに時間がないのは、多くの物事に同時に取り組んでいるからであって、それではうまくいかないのがオチだってことだ。
この現象は21世紀に特有の問題じゃないけれど、テクノロジーのおかげで指先ひとつで無数の選択ができるようになってから急速に悪化している。
いま、なにをすべきなんだろう?パソコンで書類を作成する?メッセージを送る?電話をかける?メールをする?ブログを更新する?ツイッターをする?テレビ電話で話す?それともデジタル機器に大声で呼びかけて用事をこなしてもらう?これを全部する必要があるのなら、どの順番ですればいい?(ああ、それに用事に着手する前に、まずアップグレードして、アップデートして、再起動して、ログインして、本人である認証を得て、パスワードをリセットして、閲覧履歴を消去しなくちゃ。
だから、いざ仕事を始めようとすると、なにをするつもりだったのか忘れてしまう……ええと、なにをするんだっけ?)無限に選択肢が与えられている状態は、いわば諸刃の剣だ。
「これを選択しよう」と決断をくだすたびに、あなたは集中しなければならない。そして集中するには、時間とエネルギーを投資しなければならない。時間とエネルギーは有限の資源だから、どちらもきわめて貴重である。
●バフェットの「人生リスト」のつくり
方歴史上、もっとも成功した投資家のひとりであるウォーレン・バフェットは、信頼の置ける専属パイロットのマイク・フリントから、人生の長期計画について相談されたとき、「きみのキャリアにおける目標のトップ25を、リストにして書きだしなさい」と言った。
フリントがリストをつくると、「そのうちのトップ5を丸で囲みなさい」と助言した。フリントは指示に従い、トップ5の項目を丸で囲んだあと、バフェットにこう言った。
「たしかにこのトップ5は、最優先で取り組みたい課題ではありますが、残りの20の項目はどれも僅差で2位につけています。
自分にとっては、やはり大切なことなのです。ですから時間を見つけて、適宜、取り組んでいくつもりです。いますぐ、どうしても達成したいことではありませんが、やはり努力は続けていくつもりです」
すると、バフェットがこう断言した。
「いや、それは誤解だ。丸で囲まなかった項目には、決して着手してはならない。きみがトップ5に選んだ項目をすべて成功させるまでは、絶対に注意を向けてはならんのだよ」
「ヴァニティ・フェア」に掲載されたインタビュー記事で、バラク・オバマ元大統領はこう述べている。
「私がグレーかブルーのスーツしか着ないのは、決断をくだす項目を減らしたいからだ。食べ物や着る物のことで、頭を使いたくない。ほかにも決断しなければならないことが山ほどあるからね」
同様のことは、ほかのリーダーにもあてはまる。
フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグは、たいていグレーのパーカーかTシャツを着ているし、アップルの創業者スティーブ・ジョブズは、かの有名な黒いタートルネックとジーンズをユニフォームのように愛用していた。
複数の選択肢を秤にかける行為がどれほど脳に負担をかけるかを強く意識していたからこそ、日々の生活における選択肢の数をできるだけ減らしていたのだ。
●決断回数を減らせば重要なことに集中できる
心理学者のジョン・ティアニーは次のように記している。
「合理的な考え方をする高潔な人間になろうとしても、次から次へと決断をくだしていると、必ず生物学的な代償を支払わされることになる。それは、いわゆる肉体的な疲労とは違う——疲れていることを自覚していなくても——実際には頭の働きが鈍っているのだ」この状態は「決定疲れ」と呼ばれている。
「決定しなければならないこと」の数が多ければ多いほど、よい決定をくだすのがむずかしくなるのだ。だから1日の最初の食事である朝食よりも、1日の最後の食事である夕食では、不健康なものを食べがちになる。朝は、まだ意志力がいっぱいにみなぎっているからだ。
決定疲れの状態をそのまま放っておくと、やがて決断をくだすのを回避するようになる。とりわけ人生を左右するような大きな決断をくだす場合、僕たちは最後の最後まで決断を先延ばしにしようとする。
でも、いくら先延ばしにしたところで、ひるんでしまうような大きな決断を要する問題が消えてなくなるわけじゃない。その問題はじっと待機していて、ますます僕たちを威嚇する。
本当に進学したい大学はどこだろう?この人と本当に結婚したいのだろうか?この転職の機会を活かすべきか?もうこれ以上、決断を先延ばしにはできない状況に追い込まれて、ようやく決断をする頃には、もう集中力がなくなっている。
ストレスを感じ、不安でたまらなくなり、心が折れそうになるのも不思議はない。こうした状況におちいると、僕たちはつい、ほかのことで気をまぎらわせようとする。酒を飲む、食べる、旅にでかける、延々とテレビを観る……。でも、なにをしたところで問題の根本的な解決にはならない。あいかわらず決断をくだせず、ストレスは溜まるばかり。
こうした現状を打破するには、その場しのぎの対応でごまかすのではなく、問題の根本的な原因をはっきりさせ、解決しなければならない。
重荷に感じている「決めなければならないこと」の数を減らそう。そうすれば「本当に重要なこと」に集中できるようになる。
「思考の目録」で頭のなかを棚卸しする
決定疲れから回復するための第一のステップは、あなたの肩にのしかかる選択の重荷を、ひとまず下ろすことだ。つまり、少し距離を置いてみよう。
まず、決断をくださなければならない項目にはどんなものがあるのか、明確にする。そのためには、書きだすのがいちばんいい。
なぜ、わざわざ書きだすのかって?実際に決定をくだすまでは、そうした項目はただあなたの頭のなかにある思考にすぎないからだ。
そうした多様な思考をすべて保管しようとするのは、素手で魚を捕まえようとするようなもの。あっという間に手から滑り落ちて、頭のなかの濁ったぬかるみへと姿を消してしまう。
でも、そうした思考を書きだしておけば、明るい陽光の下でしげしげと眺めることができる。思考を頭の外にだすことで、頭のなかのごちゃごちゃを整理できるのだ。注意を向けなければならない項目をすべて書きだせば、「思考の目録」をつくることができる。
そうすれば、一歩引いて問題を俯瞰し、自分で人生をコントロールする第一歩を踏みだせる。
クローゼットのなかを整理するときと同様、残すものと処分するものを決めるには、まず衣類をすべてとりださなければならない。
頭のなかにごちゃごちゃとあるものの目録をつくれば、クローゼットにぞんざいに押し込んであるものの棚卸しをすることができる。
そこではおそらく、無益な「しなければならないこと」がはびこり、理性や感情を向ける価値のあるものを覆いつくしているはずだ。
目録をつくる手順は簡単だ。
紙を1枚用意し、そこに3つの縦方向の列をつくろう(縦に線を2本引いてもいいし、縦に紙を折りたたんでもいい)。
- 1最初の列には、いま、実際に取り組んでいることをすべて書きだす。
- 2真ん中の列には、取り組むべきことをすべて書きだす。
- 3最後の列には、取り組みたいことをすべて書きだす。
すべて箇条書きで、短く書こう。あるタスクからほかのタスクを連想したら、それも書きだそう。この作業には少し時間をかけて、よく考えよう。自分に正直になろう。とにかく、あなたの頭のなか(そして心のなか)にあるものをすべて外にだし、紙に並べよう。
では、深呼吸をしてから、始めてもらいたい。
時間配分を最適化する——あなたはなにに投資しているのか
「思考の目録」を眺めていると、あなたの貴重な時間とエネルギーをどう投資しているかがよくわかる。それはいわば、あなたの選択の数々が描かれた地図だ。
次のステップでは、その項目に実施する価値があるか否かを見きわめる。
僕たちはいつもなにかしらの用事(あるいは「すべきこと」)で忙しくしていて、そもそも「なぜ、これをしているのか」と自問しなくなっている。すると、しなくてもいい用事をすべて背負い込み、その重荷に苦しむことになる。
そんなとき、「思考の目録」をつくれば、客観的に用事を眺め、「なぜ、これをするのか」と自問することができる。では実際に、目録にある項目のそれぞれについて、Whyと自問してみよう。
ただ、次のふたつの質問を自問すればいい。
- 1これは重要なことだろうか?(あなたにとって、あるいは、あなたが愛する人にとって)
- 2これは必要不可欠だろうか?(家賃や税金の支払い、奨学金の返済、仕事など)
ヒントこのふたつの質問にうまく答えられない場合は、「この用事を完了できなかったらどうなるだろう?」と自問してみよう。
その用事を無視した場合、どうなる?その結果、深刻な悪影響が及ぶだろうか?この自問自答を終えたら、目録にはふたつのタイプのタスクが残るはずだ。
「実施する必要があること」(責務)、そして「自分がしたいこと」(すなわち、あなたの目標)だ。
本書では、どちらのタイプのタスクも効率よく実行する方法を説明していく。さあこれで、バレットジャーナルに書き込む必要がある項目が手元に残った。いま、あなたの頭のなかには、こんな疑問が浮かんでいるかもしれない。
「どうして紙に書きだしたんだろう?ノートに直接、書けばいいじゃないか?」と。もっともな疑問だ。では、お答えしよう。
これからあなたが本書を読み進めるうちに、さまざまなアイディアが新たに頭に浮かんでくるかもしれないし、バレットジャーナルのテクニックを試すうちに「思考の目録」の項目をいっそう減らすかもしれないからだ。
バレットジャーナルを初めて使うときには、「これは重要だ」「これは自分の人生に価値を加える」と信じている内容だけをノートに書き込むべきだ。
自分の人生に取り入れるものを取捨選択する際には、ノートのページ数を気にせずに、じっくりと考えてもらいたい。
自由に思考できる「自分の聖域」をつくりだす
日記を綴ることは、自分の内面へと向かう航海だ。——クリスティーナ・ボールドウィン(アメリカの作家)
BuJoを初めて試す人から、よくノートについて質問を受ける。
「リストを保管するのに、アプリを使っちゃいけないんですか?」と。手短かに言えば、それでもまったくかまわない。というより、世間には生産性を高めるアプリが山ほどある。
僕自身、開発に関わったアプリがいくつかある!僕はデジタルプロダクト・デザイナーだから、そうしたツールがすごく便利だってことは、よくわかっている。
それどころか、バレットジャーナルは、ソフトウェア開発の手法をいくつか採用している。とはいえ、バレットジャーナルには、リストを保管する以外の機能がたくさんある。
自分がどんな経験をしたかを把握し、整理し、見直すという作業をすべて1冊のノートでおこなえるのだ。ではまず、このノート術がさまざまな点で役に立つ、その基本的な理由を説明しよう。
●デジタルより、アナログが効果的な理由
テクノロジーは、人間と情報のあいだにある障壁を取り除き、双方の距離を縮めた。スマートフォンを指でいじるだけで、たいていの知識は入手できるし、誰とだって、いつでも、どこでも、つながれる。
そのせいで、僕たちはなんと約12分おきにネットとつながっている!けれど、こうした利便性には代償がともなう——その代償とは、ケーブルの束や月々の通信費ではないし、プロバイダーのカスタマーサービス担当者を説得しようと心を砕く時間とエネルギーを指すわけでもない。教会の尖塔にWi-Fi用の機器が設置されるようになった現代社会には、もはや聖域などないに等しい。
重役室から浴室にまでテクノロジーはゆきわたり、いまでは僕たちが処理できる量を超えたコンテンツがあふれている。
すると、注意力を維持できるスパンがどんどん短くなる。研究によれば、室内にスマートフォンを置いているだけで、集中力は低下する。
たとえミュートになっていても、電源が入っていなくても、集中力が落ちるのだ!2016年、アメリカ人は、毎日、デジタル画面の前で平均11時間近くすごしている。
6〜8時間の睡眠時間(これもまた携帯電話のせいで減っている)を計算に入れると、画面を見ていない時間は1日に6時間程度しかない。
そのなかから通勤、料理、ランニングなどに割く時間をのぞけば、もうおわかりだろう。日々の生活のなかで立ちどまり、じっと考え事をする時間は着実に減っているのだ。
ところが、バレットジャーナルを手に腰を下ろせば、このうえなく貴重で贅沢な時間を入手できる。自分だけの空間が生まれ、気を散らす心配をせずに、自分自身をより深く知ることができる。
これが、本物のノートを利用する理由のひとつだ。強制的に外部との接続を遮断できるのだ。1冊のノートが、自由に思考し、過去を振り返り、物事を検討し、集中できる聖域をつくりだす。
ノートのなかの白いページは、あなたの頭に安全な遊び場をつくる。そこでは批判されたり期待されたりせずに、のびのびと自分を表現できる。ペン先を紙に置いたとたんに、頭と心が直接つながる回路が生じる。
これはまだデジタル空間では再現できていない。
だからこそ、今日まで、さまざまなアイディアが紙に書いたメモから生まれてきたのだ。ノートを使うもうひとつの理由?それは、柔軟性だ。
たとえばエクセルなどのソフトウェアはじつに便利だけれど、決まり切った特徴のなかでしか機能しない。また特定の機能に秀でているモバイルアプリは、利便性に限りがある。
どちらの場合においても、あなたはデジタル側が選んだ枠組みのなかで操作しなければならない。これが生産性を向上させるシステムの難点だ。
僕たちには、ひとりひとり独自の要求があるのに、その無限の流動性と発展性に対応できていないのだ。一方アナログのノートは、ノートをつける当人の裁量で自由に変えることができる。
ノートの機能は、ノートの所有者が想像の翼をはばたかせれば、無限に広がっていく。バレットジャーナルの底力は、人生のどんな段階にいようとも、あなたの要求に応じられることにある。
バレットジャーナルは、学校では授業ノートになる。職場ではプロジェクトを整理するツールになる。家庭では、目標を設定し、その経緯をたどるツールになる。
たとえばバレットジャーナル・ユーザーのロビン・Cは、バレットジャーナルに瞑想の記録をつける「トラッカー」を設けたおかげで、432日間、1日も休まずに連続して瞑想を続けることができた。
さらに睡眠障害の原因となるものの正体を突き止めようと、睡眠に関するトラッカーも設けた。そうしたツールを発案したのは僕じゃない。彼女が自分で考えだしたのだ。
バレットジャーナルでは同時に複数の物事をこなすことができる。だからバレットジャーナルのことは「ツール」ではなく、「ツールキット」として考えるといい。
生産性を向上させるために必要なものをすべて一か所にまとめられるからだ。また型にはまらないつながりを見つけられるので、人生を俯瞰できるようになる。
バレットジャーナル・ユーザーのバート・ウェブはこう述べている。
「毎日、毎週、毎月、振り返りをすることで、ページの前後にざっと目を通すのが習慣になる。すると自然に、さまざまなアイディアのつながりに気づくようになる。別々のデジタルツールを駆使していたときには、そうしたことには気づかなかったからね」
●人生という図書館に自分だけの蔵書を加えていく
ほかにも、すごくいいことがある。毎日を新鮮な気持ちで始めることができるのだ。デジタル・トラッカーでは、トラッカーを立ちあげたときから終わりのないトラッカーが延々と続く。
一方バレットジャーナルでは、毎朝、まだなにも記入されていない真っ白なページで1日を始めることができる。それはまた「あなたの1日はまだなにも記入されていない、無垢な状態にある」という、ささやかなリマインダーの役割も果たす。
するとしだいに、そうした考え方が身についてくる。バレットジャーナル・ユーザーのケヴィン・Dはこう述べている。
「以前は1日の終わりにすませていない用事が残っていると、気分が悪かった。でも、バレットジャーナルを始めてからは、前日終えられなかったタスクを新たなページに動かせるから、元気がでるようになった。日々、新たなスタートを切ることが、目で見て実感できるようになったんだ」
それに、あなたのノートは、あなたとともに進化する。「ともに反復している」と表現してもいいかもしれない。変化を続けるあなたの必要性に順応するのだ。
その結果、自分がどんな選択をし、決断をくだし、その後どんな体験をしたかという記録を、数年後に見直せる。
バレットジャーナル・ユーザーのキム・アルバレスは「バレットジャーナルの1冊1冊が、人生という図書館に蔵書を加えていくの」と述べている。
生きる意味を追求するうえで、この図書館は好きなときに自由に使える豊かな資料を提供してくれる。人生の記録をつけることで、僕たちは将来、参照できる資料をつくっているのだ。自分の選択と行動が記された資料の宝庫を。
そこには自分が犯したミスも記されているから、過ちから学ぶこともできる。それに成功したことも、突破口を見つけたことも書いてあるから、指標にもなる。
仕事で、あるいは私生活でうまくいったことを記録しておけば、当時の状況や、どんな選択が功を奏したのかをあとで参考にできる。
失敗を検証し、成功を振り返れば、どの道を進んでいこうかと思案する過程で、貴重な内省、導き、刺激を得られるのだ。
バレットジャーナル・メソッドとアプリは共存できないのだろうか?無論、そんなことはない。ノートではできない方法で、日々の生活をスムーズに送れるようにするアプリはたくさんある。
ツールというものは、たとえそれがデジタルであれアナログであれ、目の前のタスクを完了する役に立つ機能があるときにだけ、価値がある。
本書の目的は、あなたの作業場に新たな道具を導入することだ——人生という扱いにくいプロジェクトに取り組むうえで、これまで大勢の人たちの役に立ち、有効であることが証明されているツールを。
手書きが結局、いちばん効果的
どんなに薄い墨でも、最高の記憶力に勝る。——中国のことわざ
紙に書きだすと、思考に命を吹き込める。
たとえ文章であろうと、イラストであろうと、メモであろうと、ペン先を動かすことで外の世界と内の世界を継ぎ目なくつなぎ、移行することができるのだ。
目に見えないインターフェースで動いている世界において、昔ながらの手書きを要するノート術を活用するのは、まるで時代遅れの面倒な作業に思えるかもしれない。
ところが現代のデジタル時代において、手で文字を書く作業を続けることの効用は、さまざまな研究によって立証されている。
●手書きは記憶に定着しやすい
ワシントン大学の研究によれば、手書きでエッセイを書いた小学生のほうが完成された文章を書き、読み方を習得するスピードも速いことがわかった。
手で文字を書くという行為が、文字を書く——つまり文字を認識する——能力を高め、そのスピードを加速化するからだという。手で文字を書くという、触覚を使う複雑な動きは、キーボードで文字を打つ行為よりも脳を刺激する。
脳の複数の領域を同時に活性化するため、学んだことを深いレベルで脳に刻み込めるのだ。その結果、アプリに指先でタップするよりも、情報を長く保存できる。
ある研究では、授業内容をノートに書き留めるように指示された大学生のほうが、キーボードで内容を打ち込んだ大学生よりもテストの平均点がよかったという。
彼らはまた試験のあとも長いあいだ、その情報を覚えていた。紙にペン先を置くと、脳を活性化できるだけではなく、その勢いを高められる。手で書けば、「考える」ことと「感じる」ことを同時にできるようになるのだ。
こうした研究結果を見ていると、「手で文字を書く」という行為の利点が、手書きへの不満があるからこそ強調されていることがわかる。
つまり、手書きは効率が悪いのだ。おっしゃるとおり。でも、「手で文字を書くと余計に時間がかかる」という事実は、認知機能の観点からは優位にはたらく。
授業やミーティングの内容を、一言一句漏らすことなく、完璧に手で書くのはまず無理だ。
だから手書きをするときには、無駄がないように工夫し、言語の使い方に留意し、自分の言葉でメモをとらなければならない。
そのためにはもっと注意深く耳を傾け、情報について考え、みずからの神経学的な濾過システムを通じて、他人の言葉や思考の重要な部分だけを抜きだし、ページに書きださなければならない。
一方、授業の内容をキーボードで打ち込む行為は、機械的な作業だ。いわば摩擦のないハイウェイをすいすいと走るようなもので、情報は右耳から入り、そのまま左耳から抜けていく。
なぜ、自分の言葉で書き留めるのがそれほど重要なのだろう?手で文字を書くと、その情報との関わり方が強化され、連想する思考力が高まることが、科学的にも証明されている。
新たなつながりを見つけられるようになるからこそ、型にはまらない解決策が浮かんだり、深い内省を得られたりするのだ。また意識を拡張すると同時に、理解を深めることもできる。
●手書きには精神の治癒効果がある
自分の経験を総合的にまとめて考えられるからこそ、世界を認識し、世界と交流することができる。
だから「日記をつける」という行為は、トラウマや精神疾患に苦しむ人に対して治療効果のある強力なツールとなることが証明されている。たとえば日記で表現豊かに長い文章を書けば、自分のつらい体験を外にだすことができる。
認知行動療法(CBT)では、侵入してくる思考のせいで強迫観念に駆られている患者の治療にあたり、脚本を利用する場合がある。
つらい思いを、短いパラグラフで詳しく綴ってもらうのだ。その思考が当人の頭をぎゅっと締めつける力が弱まるまで、脚本を何度も書き直してもらう。
患者はやがて、その強迫観念と距離を置けるようになる——困難な状況に直面している最中には、なかなかできないことだ。とりわけ大切にしている思い出を保管するうえでも、手書きは役に立つ。
僕はこれまで、バレットジャーナルへの感謝のメールをたくさん頂戴してきた。
差出人の年齢に関係なく、「私は記憶力が悪いのですが、バレットジャーナルのおかげで情報を整理できるようになりました」という内容のものが多かった。
バレットジャーナル・ユーザーのブリジット・ブラッドリー(51歳)は、いまでは「3か月前の天候、先月ジムに通った回数、レストランの予約を(メールで)したこと、7月の休暇の予定などをすべて覚えておけるようになりましたし、旅先にもっていくもののリストを(半年も前に!)つくって、時間に余裕をもって必要なものを買いにいけるようになりました」と、報告してくれた。
同様に大勢の人が、トラウマによって、あるいは治療によって低下した記憶力が「バレットジャーナルのおかげで改善されました」という報告を寄せてくれた。
ある友人から、こう言われたことがある。
「長い道のりが、結局は近道だ」と。
「コピー・アンド・ペースト」の世界ではスピードばかりが礼賛され、僕たちはともすれば「便利なものこそ効率がいい」と誤解してしまう。
ところが近道ばかりしていると、ゆっくりと歩み、考え事をする機会が犠牲になる。
手書きという行為は、一見、ノスタルジックで時代遅れに思えるけれど、ゆっくりと考え事をする機会を取り戻してくれるのだ。
手紙をしたためている最中は、ごく自然に騒音からシグナルだけを選びとって聴いている。真の効率のよさとは、スピードが速いことじゃない。本当に大切なこと、大切な人と、もっと時間をすごすことだ。
突き詰めて考えれば、バレットジャーナル・メソッドはそのためにあるといっても過言ではない。
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