長たる者の魅力の付け方
人間が人間についていくのは、何と言っても魅力のせいである。魅力があるから、その人についていく。
社長の場合は、個人的な魅力以外に、会社とか、商品とか、事業の将来性とか、色々な魅力の要素がある。給料が高いとか、知名度があるとかいうこともある。
しかし、本当の意味での魅力の根本は、社長の性格だ。性格が、魅力を形成する。
男と女が恋をする。はじめは顔だとか、体とかに魅かれるものだ。しばらくすると、性格に魅かれるようになる。特に、歳をとると、性格こそ一番の魅力である。
愛とは、この魅力に魅き込まれることをいう。魅力とは、その人の性格だから、結局、性格に魅かれていくことが愛である。
性格は、深く、広く、そして強くなければならない。強さとは、優しさのことだ。優しくなければ、強くなれない。
その性格を像どるものは、具体的にいうと世界観である。何回も言うが、たくさんの場数を踏んで、世界観を豊かにすることが、性格を像どる上で非常に大切だ。
社員は自分の子だと、私は思っている。当然、社員が私についてくる。合理化協会では、創業以来二十五年間、男性で辞めた者は一人もいない。うぬぼれて言うようだが、システムとか待遇とか、色々なものを魅力あるようにしている。しかし、最終的には私自身が、社員は自分の子だと思って、常に気をつけている。
だから、私は、これまでたった二回だが、子供、つまり社員を取って、お客様を切ったことがある。実に、悲しいことだった。お客様にたくさん文句を言われる。社長にとって、文句を言われるくらい苦しいことはない。私どもが悪いに決まっている。お客様を取りたいのだが、のどから手が出るほど大切なお客様だと分かっているのに、お客様を取らずに社員を取って、その社員を叱るにとどめたことがある。苦しい選択だが、そういうことがある。
そうすると、私自身、また一からやり直すぐらいの苦しさは味わっても、社員も、「これは、本当の親だ」と思うようになる。そうすることによって、社員が社長についてくるのだが、魅力のあるなしは、社長の性格、要するに、どちらを取るかという選択で決定される。この点を間違わないで欲しい。
トラブルの処理が終わった後、酒を飲んで、こぶし振り上げ、ワアワア大声で泣いた。そういうことも必要だ。私も部下と一緒に泣きわめく場が、時々あってもいいと思っている。その子のために痛手をこうむっても、要するに、親だからいいではないか。子を殺せと言われても、親は子を殺さない。殺せるものではない。
昔の武将は、要求されて妻を殺し、子を殺したが、いまの幸福な世の中、何とも後味が悪く、そんなことをする人はいそうにない。ところが、集団となると、田中角栄さんを槍玉に挙げたように、平気で殺してしまう。涼しい顔をして、心の痛みなど少しも感じない人も結構いる。寄ってたかって、殺人を犯しているようなものだ。あるとき、キリストは、群衆が一人の女に石を投げているところを見る。その場に居合わせたキリストは、「この女は、何をした」と聞くと、「うそをついて、人のものをとった」と、みんなが答えた。
そこで、「みんなの中で、 一回もうそをついたことがない、 一回も人のものをとったことがない人だけ石を投げなさい」と言ったところ、石を投げる者は一人もいなかった。
だから、そういう他責の付和雷同に付き合ってはいけない。自分の性格を磨く以外に、魅力はつかない。そういうことを、覚えておくべきだ。
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