そもそもマニュアルとはなにか
「マニュアル」という言葉の意味
マニュアルという言葉を辞書でひいてみると、「手引き書。取扱(操作)説明書。手順書。
自動車で、手動の変速装置。」(大辞林)と説明されています。
別の辞書でも、「機械などの使用説明書。作業の手順などを体系的にまとめた冊子の類。操作などが、手動式であること。」(大辞泉)とされています。
一般的には、手引き書というイメージが強いのではないかと思いますが、マニュアルという言葉は、もともとはラテン語の「manus」(手)に語源があるとされています。
そこから派生してきて「手動である」とか「手引き書」といった意味が生じてきたものではないでしょうか。

機器操作マニュアルと業務マニュアルの違い
このように、マニュアルは“手”に関係する言葉といえますが、前述したように通常は手引き書を連想することが多いでしょう。
そういう意味でのマニュアルは、私たちのまわりにたくさんあります。
たとえば、家電製品やパソコンを使用するためのマニュアル、接客のためのマニュアル……などです。
家電製品やパソコンを使用するためのマニュアルは、機器操作のための取扱説明書ということになります。
一方、接客のためのマニュアルというのは、お客様への対応方法について述べたものです。これは、いわゆる業務マニュアルになるでしよう。
同じマニュアルでも、この2つでは少しニュアンスが異なるのではないでしょうか。
モノとしての機器を対象とする場合と、感情を持つ人間を対象にするものとでは違いがあるのではないかということです。
機器についての取扱いは、まさしくマニュアルどおりに操作することが要求されますが、それ以上のものではありません。
一方の接客マニュアルは、最低限マニュアルどおりに対応することを求められますが、それを守ってさえおけばいいというものではありません。
お客様への対応は、TPO(TimePlaceOccasion:時と場所と状況)によって変化します。
つまり、機器取扱いのマニュアルは静態的なものであるのに対して、接客マニュアルは動態的なものといえるでしよう。

マニュアルがないと、どうなる?
とても細かく記載されているアメリカの業務マニュアル
業務マニュアルというと、チェーン展開している小売業や飲食業を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
こうした会社のマニュアルには、お客様への対応がきちんとできるように、そのやり方が懇切丁寧に記載されています。
このようなマニュアルの発祥地はアメリカであるともいわれています。周知のように、アメリカという国は“人種のるつぼ”と表現されるほど、多様な人間で構成されています。
つまり、考え方や価値観も違えば、知識や技能のレベルもバラバラな人間が集まってできている社会といえるでしよつ。
そういうなかで、企業が人を採用し、それぞれの違いに応じて仕事を教え込むのは大変です。
そこで「なにを、どのようにすればよいのか」を事細かに説明したマニュアルがつくられるようになったということではないでしょうか。
たとえば、テキサス州にある某社のマニュアルによれば、パーキングの散水について次ページ図のような記載がされているということです(『コンビニエンスマニュアルの作り方と活かし方』阿部幸男著、ビジネス社)。
非常に丁寧というか、まさしく機械的に動くことを期待されているようなマニュアルといえます。
②の「左利きは右肩に」であるとか、⑦の「走ってゆく」、③の「S字型に散水して」、⑩の「2フィート大に東ね」などは、これに従わなければならないのではないかといった記述になっています。
我々日本人からすれば、ここまで書かなければならないのかと不思議に思いますが、それがアメリカという国の実情だということになるのでしょつo
『パーキングの散水」についてのマニュアル例
6時出勤のパートは、雨天を除いて、パーキングの散水から作業に入る。
要領は以下のとおり。
- ①まずバックヤードの外側ドアをあける
- ②ホース掛けに戻つて、ホース束を左肩にかつぐ。左利きは右肩に
- ③店頭サイドの水道栓まで歩いてゆく
- ④ホースを肩からおろし、ホースの端を水道栓の蛇口へさしこむ
- ⑤ホースストッパーを強く締める
- ⑥先にコックを目一杯ひねる
- ⑦筒先を持つて、パーキングの右前方コーナーまで走つてゆく
- ③右前方から左前方へとS字型に撤水して、最後に水道栓へ戻る
- ⑨コックを締め、ホースを蛇口からはずす
- ⑩ホースを2フィート大に東ね、よく水切りする
- ①ホースの汚れを洗い流す
- ⑫ホースを左肩へかけて、バックヤードヘ戻る
- ⑩筒先を下へ向けてホース掛けにかける
- ⑭外側ドアをロックして売場へ戻る
また、アメリカでは雇用の流動性が高いといわれますが、これもマニュアルに対するニーズが強い理由の1つでしょう。人の出入りが激しいということは、そのつど仕事を最初から教えなければならないからです。
日本の場合には、アメリカとは事情が異なります。人種的な多様さはありませんし、均質な教育も行なわれています。ですから、知識や技能についてのバラツキは小さいといえるでしょう。
したがって、アメリカのような事細かなマニュアルというものは必要とされてこなかったのかもしれません。しかし、だからといってマニュアルが不要だということにはなりません。
さまざまな不都合を解消してくれるのがマニュアル
確かに、マニュアルそのものについても肯定的な見方と否定的な見方があります。
否定的な見方は、マニュアルどおりにしかできないことを椰楡するときの「マニュアル人間」という言葉に代表されるのではないでしょうか。
この言葉は、杓子定規にしか物事を考えることができない人を批判するような場合に使われます。
しかし、場合によっては逆にマニュアル人間でなければならないこともあるのではないかと思います。
先にも説明したように、マニュアルには静態的な性格を持つものと動態的な性格を持つものがあります。
家電やパソコンの操作手引き書のようなものの場合、まさしくマニユアルどおりに操作することが求められます。
そこに記載されたとおりに操作すべきであり、それ以外の操作をすることは思わぬトラブルを引き起こすことにつながるおそれがあります。
そもそも家電やパソコンの場合、マニュアルがなければ、操作の仕方自体がわからないでしようし、間違った操作によって機器トラブルや事故を引き起こさないとも限りません。
一方で、動態的なマニュアルの場合にも、それがなければさまざまな不都合が生じることになるのではないでしょうか。
接客マニュアルであれば、接客にあたっての基準がそこに示されています。基準がなければ、個々の社員それぞれが自分流のやり方で接客することになるでしょう。
つまり、対応する社員によって接客の仕方がバラバラになるということです。これで、お客様の満足を得ることができるでしょうか。
また、基準がなければ、新しく入ってきた社員はなにをどのようにすればいいのかわからないということになります。
通常であれば先輩社員から教わることになるのでしょうが、その先輩社員も基準を持っていなければ教え方にもバラツキが生じます。
教え方が上手な先輩社員とそうでない先輩社員の間の差も大きくなるのではないでしようか。このような状態では、仕事の効率が落ちることになります。
マニュアルの否定的な側面だけをみてマニュアルをつくらないでいると、業務にさまざまな支障が生じることになるでしょう。

マニュアルをつくると、どんなメリットがある?
業務マニュアルの必要性は低い?
前項で説明したように、マニュアルがないとさまざまな問題が生じることになります。
このような問題を意識するようになれば、マニュアルをつくる必要性を感じるようになるのではないかと思います。
機器操作マニュアルの場合には、それがなければ機器の操作ができないわけですし、誤った操作をされると機器を提供している会社も困ります。
そのため、マニュアルの必要性を意識しやすいといえるでしょう。一方、業務マニュアルも、それがないと前項で説明したような問題が生じることになります。
ただ、業務マニュアルの場合には、必然性という点で機器操作マニュアルほど深刻ではないかもしれません。
業務マニュアルがないからといって、仕事ができないわけではないからです。品質はともかくとして、業務マニュアルがなくても仕事をすることは可能です。
それだけに、業務マニュアルがないことの問題を意識することは、機器操作マニュアルと比較すると相対的に低いといえます。
そのようなこともあり、あえて業務マニュアルについては作成の必要性を感じていない会社も多いのではないでしようか。
業務マニュアルは積極的なマニュアル
しかし、マニュアルを作成することによって、先に挙げたような問題を解決することが可能になります。機器操作マニュアルであれば、機器操作の仕方を理解することができます。
また、操作方法を理解させることで、誤った使い方を防ぐことにつながります。つまり、誤操作による故障や事故を未然に防ぐことができるということです。
このように、機器操作マニュアルの場合は、どちらかといえばトラブルを防止するといった受け身のものといえるかもしれません。
これは、前述したようなマニュアルの必要性を認識しやすいということとも関係しているでしょう。
業務マニュアルの場合にも、そうした側面は確かにあります。トラブルが発生したために、その防止という受け身の姿勢からつくられることもあるでしょう。
しかし、業務マニュアルには、もっと積極的な意味合いがあるのではないでしょうか。トラブル防止という受け身の姿勢ではなく、仕事そのものの効率を向上させるということです。
トラブル対応というよりも、仕事のやり方を標準化することで生産性を上げ、ひいては会社の業績を高めるという点にこそ業務マニュアルの本来の狙いがあるといってもいいのではないかと思います。
機器操作マニュアルは問題発生を防ぐ消極的なマニュアル、業務マニュアルは会社全体の生産性向上を図る積極的なマニュアルという違いもあるのではないでしょうか。

マニュアルと規定の違い
マニュアルは案内を文書化したもの
前述したように、マニュアルは一般的には手引き書と理解されていることが多いものと思います。ここでいう「手引き」とは「案内」ということです。
たとえば、機器操作マニュアルとは、機器操作について案内した文書ということになります。
同様に、仕事についての手引きを文書にしたものが業務マニュアルということになるでしょう。
つまリマニュアルというのは、ある事柄についての案内(情報)を文書化したものということができます。
文書化というと紙媒体を連想しますが、最近はCD―ROMのような電子媒体を使いマルチメディア形式で作成されるマニュアルもあります。
そういう意味からすると、ここでいう文書化というのは、必ずしも紙媒体だけにとどまるものではないということになるでしょう。
規定は拘束力を持つ
マニュアルに類似した性格を持つものに規定があります。規定もたいていの会社で作成されているはずです。
この規定については、次のように定義することができるでしょう。規定とは、会社という枠のなかで(社内で)、経営理念。
社是社訓といつた経営に対する考え方から会社の組織構造や仕事の手続きなど会社に関連するあらゆる定めのうち、とくに成文化されたもので継続的な効力を有するものをいう規定をこのように定義すれば、マニュアルも文書化された定めに違いはありませんので、このなかに含まれることになるでしょう。
つまり「規定≧マニュアル」という関係になるということです。もっとも、このあたりは会社によって取扱いが異なるかもしれません。
逆に規定がマニュアルのなかに含まれるとする考え方があってもおかしくはないと思います。このように、形の上からみると規定とマニュアルは同じ次元にあるといえるでしょう。
しかし、規定とマニュアルとでは、そのニュアンスは微妙に異なるのではないでしょうか。
規定というと、いかめしい感じを持つ人が多いでしようが、マニュアルの場合には規定ほどのいかめしさを感じないというのが一般的な感覚ではないかと思います。
これは、規定がよく法律にたとえられることからも理解できます。
たとえば「定款」は会社における憲法のようなものだといわれます。規定で定められるということは、必ず守らなければならないということを意味します。
規定は、それだけ強い拘束力を持っているのです。一方、マニュアルの場合は手引きです。案内にすぎませんから、規定のような強い拘束力は持たないということができるでしよう。
つまり、拘束力の点において、規定とマニュアルには違いがあるということになります。
規定=木の幹、マニュアル=枝葉
また、規定とマニュアルの関係は、木の幹と枝葉にたとえることができるのではないでしょうか。
木の幹はしっかりと大地に根をはっていて幹自体が変わることはありません。これに対して、枝葉は幹から派生するものであり、さまざまに形を変えます。
この変わらない幹が規定であり、幹から派生する枝葉がマニュアルということになるのではないかと思います。
したがって、規定には変化の少ない基本的な内容が定められ、その幹で補えない部分についてマニュアルで定めることになるといえます。

内部統制とマニュアル
注目を集める内部統制
最近、内部統制という言葉を聞くことが多いと思います。
内部統制が注目されるようになったのは、2001年12月に経営破綻したアメリカのエンロン社、同じく2002年7月に経営破綻したワールドコム社の事件以降です。
これらの事件では、巨額な粉飾決算、不正監査が行なわれていたのです。内部統制がきちんと機能していれば、事件を防止することができたはずです。
そのようなことから、改めて内部統制の重要性が認識されるようになったといえるでしょう。
そこでアメリカでは、こうした企業会計の不正に対処するために2002年にSOX法(サーベンス・オクスリー法:企業改革法)が制定されています。
この法律では、内部統制の構築・維持を義務化するとともに内部統制報告書の提出を義務づけています。
日本でもこれにならい、金融商品取引法および会社法において内部統制に関する規定が定められました。
金融商品取引法では、内部統制報告書を作成し、これについて公認会計士または監査法人の監査証明を受けなければならないとされています。
これは2008年4月1日以降に開始する事業年度から適用され、上場企業が対象となっています。
また会社法でも、第362条第4項第6号において「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」をしなければならないと定めています。
これが、いわゆる内部統制に関する規定ということになります。

こちらは、大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上の会社)と委員会設置会社が対象となっています。
内部統制とは
内部統制とは「InternalControl」のことです。
金融庁の「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」によれば、「内部統制とは、基本的に、業務の有効性及び効率性、財務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によって遂行されるプロセスをいい、統制環境、リスクの評価と対応、統制と活動、情報と伝達、モニタリング(監視活動)及びIT(情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成される」と定義されています。
これでは少し抽象的でわかりにくいですが、たとえば経理担当の社員が横領をしないように、1名が金銭の出納を行ない、ほかの1名が伝票処理をするといった形で不正を防止する体制がとられていることなどが該当します。

つまり、不祥事を防止し、企業価値の向上をめざすために構築された組織内部のコントロールのしくみといっていいでしよう。
内部統制の必要性
組織内部のコントロールという意味では、内部統制は経営を管理することともいえます。それが適切に行なわれているかどうか、が重要だといえます。
内部統制がきちんと機能していれば、不祥事を防止することができるはずですし、また企業価値を向上させることも可能です。
逆に、内部統制が機能してない、または欠陥があるとすれば、企業の存続が危ぶまれるといっても過言ではないでしょう。
そう考えると、内部統制の必要性、重要性が理解できるのではないでしようか。また、前述したように一定の企業に対しては法律での体制構築が求められてもいます。
内部統制とマニュアルの関係
次に、内部統制がきちんと機能しているかどうかをどのように判断するかということが問題になってきます。
経営者が、わが社において内部統制はきちんと機能していると主張しても、外部の人からは判断のしようがありません。
また、経営者自身も内部統制の状況を的確に把握しておかなければ不祥事発生などへの対応はできないでしょう。
そこで、組織内部のコントロールの状況を目に見える形にすることが求められるのです。
つまり「可視化」ということです。
これは、全社的な内部統制をルール化するとともに業務プロセスのルール化を図り、成文化して目にみえる形にするということです。
全社的な内部統制のルールについては、経営方針を明らかにし、稟議規定や職務権限規定などを作成することで可視化が可能になります。
業務プロセスについても、同様に成文化することで目にみえるようにしなければなりません。
内部統制では、よく3点セットと呼ばれていますが、「フローチヤート」「業務記述書」「リスクコントロールマトリックス」の3つを作成することが必要になってきます。
実は、これらはマニュアルと密接な関連があるといっていいでしょう。
マニュアルには、業務手順がフローチャートで示されていることが多く、また業務記述書と同じように文章でも記述がなされています。
つまり、内部統制の体制を構築するということは、必然的にマニュアルを作成しなければならないということでもあるのです。


内部統制と中小企業
前述したように、法的に内部統制が求められているのは、現在のところ金融商品取引法での上場企業、会社法での大会社および委員会設置会社となっています。
中小企業については、内部統制に関する法的な規制は受けないということになります。そのため、内部統制についてあまり考慮していないという中小企業経営者も多いかもしれません。
しかし、上場企業や大会社などと取引している場合には、取引先企業から内部統制の構築を求められるケースが出てくる可能性があります。また将来、法律が改正されれば、中小企業にも適用されるようになるかもしれません。
そのように考えると、中小企業だからといって、内部統制に無関心であってもかまわないというわけにはいかないでしょう。
先にも説明しましたが、そもそも内部統制とは不正防止とともに、企業運営を効率化し企業価値の向上を図るものといえます。
そういう観点から考えれば、企業規模の違いや株式を上場しているかどうかの違いは関係ないといってもいいでしょう。
中小企業にも、内部統制は求められるということです。また、内部統制のために業務マニュアルをつくるということでもありません。
企業運営の効率化のためにマニュアルは必要なものであり、企業規模の大小にかかわらず作成すべきものといえます。
マニュアルを過信してはならない
これまで説明してきたように、マニュアルを作成することで、品質の確保や業務の効率化を図ることができます。
しかし、マニュアルに記載できる事項にも限界があります。
マニュアルに記載されるのは、現在遂行している業務ですから、新たに発生する業務についてはマニュアルはありません。
また、現在遂行している業務であっても、現在のやり方に則った記載がなされているにとどまります。
したがって、現時点において想定されない事項は記載されていません。その点がマニュアルの欠点でもあります。
想定の範囲を超えることが発生したときにはマニュアルでは対応できないのです。
マニュアルが役に立たない根拠として、この点が指摘されることもありますが、これはやむを得ないといえるのではないでしょうか。
人間は神様ではありませんから、まだ起きていないことまで予測することはできません。過去の知識や予測の範囲内でしかマニュアル化はできないのです。
その点は、きちんと理解しておかなければなりません。マニュアルは必要ですが、過信してはならないということです。
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