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なぜ、仕事に「思想」が求められるのか/現実の荒波

なぜ、仕事に「思想」が求められるのかこれから講義を始めます。

この講義のテーマは「なぜ、働くのか」。

この「なぜ、働くのか」というテーマは、一九九九年に上梓した私の著書『仕事の思想』の副題、「なぜ、我々は働くのか」から採ったものです。

この『仕事の思想』という著書は、一人の職業人としての立場から、仕事において、我々が抱くべき「思想」について語ったものです。

しかし、この書を上梓してから何年かの歳月を重ね、私自身、日々の仕事と生活を通じて、一人の職業人として、一人の人間として、ささやかながら、成長させていただきました。

従って、この講義においては、私自身の成長に伴って深まりを得た新たな視点での「仕事の思想」について、話したいと思います。

では、先の『仕事の思想』という著書の視点は、何であったか。

この書においては、次の一〇のキーワードを取り上げ、語りました。

  • 「思想」……現実に流されないための錨
  • 「成長」……決して失われることのない報酬
  • 「目標」……成長していくための最高の方法
  • 「顧客」……こころの姿勢を映し出す鏡
  • 「共感」……相手の真実を感じとる力量
  • 「格闘」……人間力を磨くための唯一の道
  • 「地位」……部下の人生に責任を持つ覚悟
  • 「友人」……頂上での再会を約束した人々
  • 「仲間」……仕事が残すもうひとつの作品
  • 「未来」……後生を待ちて

今日の務めを果たすときここで、しばしそれぞれのキーワードの下にある一行の言葉を、味わっていただきたい。

それぞれに大切な意味を込め、書いた言葉です。これらの言葉は、決して思いつきではありません。一つひとつのキーワードについて、深く考えるならば、究極、この一行に示される覚悟に行き着く。

そう思い、腹を定めて書いた言葉です。そして、これら一〇のキーワードの中で、最初に掲げたのが、「思想」という言葉。

その理由は、我々が働くとき、最も大切なものは、「思想」だと思うからです。

しかし、こう述べると、皆さんの心の中に素朴な疑問が浮かぶのではないでしょうか。なぜ、仕事に「思想」が求められるのか。もちろん、「思想」などというものを持たなくとも、仕事は進みます。

思想など、ビジネスの世界では、役に立たない。いまさら、そんなアカデミックな話でもないだろう。毎日、毎日の仕事をこなすので大変だ。そう考える方は、決して少なくないと思います。

では、なぜ、仕事に「思想」が求められるのか。それが、そこに書いてある一行です。現実に流されないための錨。それが、「思想」というものの意味です。

こう述べれば、肯かれる方がいると思います。やはり、現実のビジネスに取り組んでいるかぎり、我々には、日々、激しい荒波が押し寄せてきます。

そして、油断すれば、その荒波のごとき現実に、かならず流される。しかも、そこには逆説がある。現実に流されるのは、面白くない仕事が押しつけられるからではない。むしろ、面白い仕事に夢中になっているときほど、現実に流されてしまう。

日々の仕事が面白い。面白いからやりがいもある。だから、朝から晩まで走り続ける。

しかし、いつのまにか、日々の仕事に目を奪われ、視野狭窄に陥ってしまう。狭い世界しか見えなくなってしまう。

そうして走り続けていると、ときおり、迷いが襲ってきます。自分は、流されているのではないか。自分は、こうした仕事をするために、会社に入ったのだろうか。自分が、本当にやりたかった仕事は、この仕事だったのだろうか。そういう迷いが襲ってくるときがあります。

日々の仕事で走り続けているときには、忘れていることが、ふとした瞬間に、こころの中に浮かんでくる。

そのとき、我々は、迷う。そして、惑う。何かを見失ってしまっているような気持ちになる。まるで深い霧の中を彷徨っているような気分になる。そんなときがあります。

特に若い時代、二〇代はそうです。いや、三〇代に入ってもそうでしょう。だからこそ、我々は身につけなければならないのです。現実に流されないための錨。

それを身につけなければならないのです。それを、人生のできるだけ早い時期に、身につけなければならない。

できることならば、こうした「錨」は、実社会に出る前に、しっかりと身につけておくことが望ましい。

私は、大学で、学生に対する講義も行っています。若い学生の方々に、最初の講義で話すのは、このことです。実社会に出た後、現実の荒波に流されぬための「思想」。

それを、この大学の四年間にどこまで身につけられるか。それが勝負だ、と話します。それを身につけないまま、実社会に出る。

そして、表面的には、早く出世したり、給料が上がったり、成功しているように見える。

しかし、いつのまにか、人間の中身が空虚になり、現実に流されていく。そうしたことが起こります。

もちろん、大学時代に「思想」というものを多少身につけたからといって、それで流されないですむほど、実社会の現実は甘くない。

大学時代に「思想」を振りかざして華々しい活動を行ったにもかかわらず、実社会に出ると、いともたやすく流されてしまう人々も、少なくなかった。

だから、「思想」を身につけただけでは足りない。では、何が必要か。さらに、「覚悟」を身につけなければならない。

大学時代に、どれほど深い「覚悟」を身につけたか。その覚悟に裏づけされた「思想」を身につけたか。それが、実社会に出てからの歩みを、定めます。

では、実社会に出てからは、何が始まるか。格闘が始まります。現実の荒波との格闘です。

その荒波に流されまいとする悪戦苦闘を通じて、己の「思想」を試し、己の「覚悟」を深める。その格闘が始まります。

そして、そのような現実との格闘を通じて、試され、深められた「思想」こそが、真に「思想」と呼ぶに値するものなのです。

今日、この講義に集まられた方々。皆さんの中には、小さな会社とはいえ、すでに「経営者」の立場に立たれている方がいます。

また、一つの職場の経営を任される「マネジャー」の立場に立たれている方もいます。さらに、将来の「マネジャー」や「経営者」をめざし、修行を続けている方もいます。

皆さんは、現実に流されないための「錨」を身につけたいと考えている。荒波に流されないための「覚悟」と「思想」を身につけたいと考えている。だから、この場に集まられた。

互いの切磋琢磨を通じて、その「覚悟」と「思想」をもう。そう考えて、この場に集まられたのでしょう。

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