いまや「ストレス」という言葉は、すっかり定着してしまった。ストレスの時代などと言われたりもする。いまの世の中で生きるかぎり、悩みや不安、不眠症、胃潰瘍になるのもやむをえないと思われるようになってしまった。
しかし神は、私たちに内蔵型の「創造のメカニズム」を与え、私たちがいつでも成功した人生を送れるようにしてくれている。
この単純な真実に気づきさえすれば、社会やテクノロジーが変化しても、私たちの大きな重荷となっている不安や悩みから解放されるはずだ。
私たちの問題点は、自動的な「創造のメカニズム」を無視して、意識的な思考や意思の力で何でも処理し、どんな問題も解決しようとする点にある。
問題を提起し、それを見極めるのは、意識の仕事だ。しかし、意識は本質的に自ら問題を解決するようにはできていない。
意識ですべてを解決しようとするから、ストレスがたまっていく。自動成功メカニズムに「問題」を委ねてしまえば、ストレスは解消されるのである。
結果に対する責任や心配は「完全に捨て去る」
すでに述べたように、ウィナー博士は、鉛筆を拾い上げるといった単純な動作さえ、意識的な思考や意思ではないと指摘している。アメリカで最古参の部類に入る心理学者ウィリアム・ジェイムズが大昔に語っていたことがある。
彼は『↓F①oo∽o①一o〔”の一”x”Lo”(リラクゼーションの福音)』と題した小論のなかで、近代人は気を張りすぎ、結果を気にしすぎ、不安がりすぎている。
もっと素晴らしい、もっと楽な生き方があると、述べている。
「決断を下し、あとは実行するだけという段階になったら、結果に対する責任や心配は完全に捨て去ろう。ひとことで言えば、思考と実践の装置の制約を解いて自由にさせてやれば、その働きは倍増するのだ」
これは、単に直感を使えと言っているのではない。
直感などという正体のはっきりしないものに大事な判断や責任を委ねるのは嫌だ、危険だ、と思う人が多いことはよくわかっている。
だがここでは、実践のための手順であるととらえてほしい。問題解決の糸口をつかむのは意識的。
理性的な思考だが、その後は自己イメージに合ったイマジネーションを介して、サーヴォ機構に任せてしまえばいい。そうすれば、あとはサーブォ機構が、ストレスを感じさせずにどんな問題も解決へと導いてくれるのだ。
これまでの記述は、作家や発明家など、創造的な仕事をする人の経験が証明している。彼らは必ずと言っていいほど、こう口にする。
「創造的なアイディアは、意識的な思考によって考え出されるのでなく、意識が問題とは別のことに向いているときに、自動的に、自然発生的に、青天の露震のように降って湧くものだ」ただし、こうした創造的なアイディアは、問題に対して事前に何もしなければ、勝手に降って湧いてきたりはしない。
「インスピレーション」や「ヒラメキ」を手に入れるためには、何よりもまず問題を解決し、答えを導きだすことに強い関心をもたなければならない。
問題に関係するあらゆる情報を集めて、考えられるかぎりの行動計画を検討する必要があるのだ。そしてとりわけ、解決への激しい情熱がなければならない。
しかし、あらゆる情報や事実が得られ、問題がはっきりし、望ましい結果がイメージできれば、あとは悩み苦しんでも無駄である。それは、かえって解決を妨げてしまうことになる。
潜在意識にすべてを委ね、ほったらかしにする
ナポレオン・ヒル博士は、ベストセラーとなった『思考は現実化する(↓日zパ>Z∪〇”〇ョ四〇目)』(田中孝顕訳、きこ書房)のなかで、出版社からその本のタイトルを二四時間以内に考えてくれとせかされた話を書いている。
それまで原稿を書き上げる数力月の間も、いいタイトルが浮かんでこなかった。
だが、ついに締め切りの日がやってきて、編集者が、二四時間以内に良いタイトル案を出さなければ、編集サイドの最良案である『C∽のく8『Z8色①一oOのコr①ω82の(脳みそ使って大金を)』というタイトルで印刷に回すと伝えてきた。
ヒル博士は、そんな詐欺まがいの扇情的なタイトルをつけられたら身の破滅だ、誰からも相手にされなくなる、と猛烈に反対したが、編集者は「二四時間以内だ」と繰り返すだけだった。
最初、ヒル博士は意識を集中してタイトルを考え出そうとしたが、すぐにあきらめた。それまで何力月も考えてもだめだったからだ。そこで、潜在意識にすべてを委ね、ほったらかすことにした。
すると、うたた寝から目覚めたときに、『↓目HZパ>Z∪〇”〇〓四〇目』というタイトルが浮かんだのだ。
改めて考えてみれば、彼の自動成功メカニズムがした作業は「ひどい」タイトルを書き直しただけのようなものだ。「脳みそ」を「思考」に、「大金」を「豊か」に変えた程度である。
NBC放送の元会長レノックス・ライリー・ローアは、インタビユーで、ビジネスで役立ったアイディアがどのように頭に浮かんだかを次のように語っている。
「アイディアが一番すんなりと浮かんでくるのは、あまり集中しすぎないで心を配っているときだ。たとえば、髭を剃らているときや車を運転しているとき、日曜大工をしているとき、釣りや狩りをしているときなどである。
あるいは、友人との会話が盛り上がったときだったりもする。
最良のアイディアの一部は、何げなく手に入れた、仕事とまったく関係のない情報がもとになっている」つまり、意識的な思考によって力ずくで解答を出そうとするストレスが消えたときに、サーヴォ機構が自動成功メカニズムとして機能し始めるのである。
無理に頑張ることはない
「創造的なアイディア」へのプロセスが、作家や芸術家や発明家といったいわゆる「創作家」の専売特許と考えるのは間違いである。
料理人も、教師も、学生も、セールスパーソンも、起業家も、誰もが創作家だ。私たちはみな、同じ成功メカニズムをもっている。
そのメカニズムは、小説を書いたり製品を開発したりするときとまったく同じように、個人的な問題を解決したり、事業を営んだり、商品を売ったりするときにも働く。
人間に備わっている成功メカニズムは、創造的なアイディアを生み出すのに有効であるように、創造的な活動に対しても効果を発揮する。
スポーツやピアノ、会話、セールスなど、どんな技能であろうと、懸命に、意識的に、活動を工夫する必要はない。
むしろ自然に、リラックスした状態であなた自身を活動させることなのだ。意図的。意識的になされるのではなく、その反対で自然に自動的になされる必要がある。
世界一の技巧をもつピアニストでも、演奏中にどの指が、どの鍵盤を叩いたらいいかを意識して考えようとすると、簡単な曲さえも弾けなくなってしまう。
ピアノを習いはじめの頃は意識して考えて弾いているのだが、練習するうちに、自動的に習慣のように指が動くようになる。
意識的な努力をやめ、ピアノを弾くという行為を、成功メカニズムの一部である習慣的な無意識のメカニズムに委ねられる域に達したからこそ、偉大な演奏者になれたのである。
このような話を、次に挙げる学習の四段階とともに、どこかで聞いた覚えがあるかもしれない。
一・無意識による不能、二・意識による不能、三・意識による可能、四・無意識による可能「一」の段階では、自分が何を知らないのかもわかっていない。「二」の段階に移ると、何が自分にとって難しいのかを痛感する。「三」の段階でなんとかできるようになるが、まだ実行するのが大変で、意識的な思考や、ときには意思の力にも頼らなければならない。やがて「四」の段階に達すると、難しかったことが自動的にできるようになる。
これは、子どもが靴ひもの結び方を習得するにせよ、大人がコンピュータの操作を覚えるにせよ、あらゆる学習経験をかなり正確に表している。
私たちは誰もが才能をもっていて、多くの場合、その才能は目覚め、解き放たれ、勢いづき、利用されるのを待っているのだ。
現時点ではオ能があなたの自己イメージの一部になっていないかもしれないが、才能の真意とその働きをこのように広くとらえれば、ほどなくそうなると思う。
意識的な努力は、自動的な「創造のメカニズム」を邪魔してしまう。
自意識過剰になり、マゴマゴしてしようのは、なんとか正しいことをしようと気にしすぎ、間違った言動をしないかと不安になるからだ。そういう人は、自らの一挙一動を痛ましいほど意識しているものだ。
「すべての行動は考え抜かれた結果で、何を話すにしても、及ぼす影響を計算し尽くしている」と考える人のことを、抑圧的な性格の人という。
だが、その人が抑圧されているという意味ではない。その人が、創造のメカニズムを「抑圧している」というのが正しい。
無理に頑張るのをやめて自然に任せ、自分の行動について気にしないようにすれば、創造的かつ自然に行動でき、本来の自分になれる。
よくスポーツの世界では、「負けないようにと思ってプレーしては勝てない」と言われるが、これは人生にも日常生活にも当てはまる。
負けないようにとプレーすれば、ストレスを生み出し増幅させるだけだ。そうなるとミスを犯す可能性が増すばかりで、減ることはないのだ。
一つのことだけに意識を集中する
意識的に目標を設定し、計画を立て、進捗状況を把握するのは大事なことである。ただ、そうした思考はその目的にふさわしい時と場所で行うほうがよい。
それ以外の時は、いまこの瞬間に全神経を集中することによって「明日を気にかけない」という習慣を、意識的に身につけてほしい。
あなたの「創造のメカニズム」は、明日働くわけではない。いまから一分後ですらない。たったいましか働かないのだ。明日の計画を立てるのはいい。ただし、明日や過去に生きようとしてはいけない。
全神経を現在の状況に集中し、現在起きている現象の情報を「創造のメカニズム」に伝えることによって初めて、あなたの「創造のメカニズム」は現在の状況にうまく対応できるのだ。
将来に望むことは何でも計画し、その準備をしよう。だが、明日の反応を、いや五分後の反応でさえ気にしてはならない。
たったいま起きていることに注意を払っていれば、「創造のメカニズム」はその瞬間に応じて適切に反応する。明日もまた然りだ。
「創造のメカニズム」というのは、これから起こるかもしれないではなく、そのときどきで起きていることにしかうまく対応できないのである。
私たちがときに混乱し、それによっていらだちや焦りや不安を感じる原因は、一度にたくさんのことをしようとする習慣にもある。
勉強しながらテレビを見る学生がいる。実業家でも、秘書に手紙を回述しながら、今日中あるいは今週中に仕上げるべきいろいろな仕事のことを考え、無意識のうちにすべてを一度に片付けてしまおうとしたりする。
こうした習慣がとくに油断できないのは、正体がほとんど知られていないからだ。目の前に山積する仕事について考えれば、誰でもいらだったり不安になったりするだろう。
そうした感情は、仕事そのものに対してではなく、「この仕事を一度に片付けないといけない」と無意識に思う私たちの姿勢がもたらしている。
できないことをしようとするから不安になり、無駄骨に終わったり、挫折したりするのだ。人間というのは、一度にひとつのことしかできないものなのだ。
この点を理解し、この単純で明白な真理を十分に納得すれば、ほかのこともしようとするのをやめて、いましていることだけに意識や反応を集中させることができる。
この姿勢で仕事に取り組めば、リラックスして焦燥感や不安感から解放され、集中して最高の思考ができるようになるのである。
細かすぎるこだわりは、失敗につながる
第二次世界大戦で活躍したジョージ。
S・パットン将軍は、「やり方を教えるな。やるべきことだけ伝えれば、創意工夫に驚かされる」と言っている。
このリーダーシップの原則は、あなたと「創造のメカニズム」の関係にも当てはよる。メカニズムにやるべきことを伝え、その創意工夫にびっくりさせてもらおう。
これを、マクロ・マネジメントと、ミクロ・マネジメントというふたつの管理方式に照らして考えてみよう。
私の知っている何人かの役員は、ミクロ・マネジメントを行っている。
彼らは、自分の意のままになる有能な部下を大勢抱えているのに、事務用品の購入といったささいな仕事さえ部下に一任できず、その仕事の細かい点まで管理し、仕事を担当した人間にあとから批判を加える。
これに対し、(肉体的にも精神的にも情緒面でも)若くして重責を担える役員は、マクロ。マネジメントを行い、部下に仕事を委ねて自由にさせる術を身につけている。
意図や目的をできるかぎり正確に伝えると、あとは部下を信頼してビジョンや命令を実行させるのである。ミクロ・マネジメントを行うと、往々にして組織の成長や繁栄を阻害するものだ。
マクロ・マネジメントを行うと、往々にして組織をのびやかにする。これと同様に、あなたは自らのサーブォ機構のマクロ・マネジメントをするべきではないだろうか。
細かい点にこだわるのは不要なばかりか、むしろ逆効果になってしまう。あなたの仕事は、サーヴォ機構にできるだけ正確に目標を伝えることだ。
このとき何を伝えるかによって、あなたのサーヴォ機構が自動成功メカニズムとして働くか、自動失敗メカニズムとして働くかが決まるのである。とにかくサーヴォ機構に仕事を任せよう。
●注記*1ウィリアム・ジェイムズ…一人四二〜一九一〇年。アメリカの心理学者・哲学者。機能主義的傾向の心理学、プラグマティズムの創始者。ハーバード大学で化学と比較解剖学とを学び、また各地で医学の研究を続けた。
その著『心理学原理』は、情感豊かな文体と表現の新鮮さで多くの読者を魅了し、アメリカの心理学の礎石となった。意識の推移的性質を重視し、これを意識の流れと解し、心理学に革新をもたらした。
さらに意識の自発的選択作用を認め、決定論に反対したが、機能主義的立場から意識の背後に神経系統と習慣とがあることを認めた。
*2ジョージoS・パツトン…一人八五〜一九四五年。アメリカの将軍。第一次大戦に参加し、第二次大戦には合衆国第七軍、および第三軍を指揮した。
*3マクロ・マネジメント…全体から部下の動きをみて裁量権を与え、自由に仕事をさせ、管理する方式。
*4ミクロ・マネジメント…細かい点まで規定して部下に裁量権を与えない管理方式。
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