いかに「思想」を身につけるべきかでは、いかにすれば、その深い「覚悟」と「思想」を身につけることができるのか。
荒波に流されない「仕事の思想」を身につけることができるのか。そのためには、「三つの原点」から、いま自分の行っている仕事を見つめることです。
それを深く見つめることです。
では、「三つの原点」とは、何か。「死生観」、「世界観」、「歴史観」。その三つです。
これを別な言葉で述べましょう。
- 「死生観」とは、「生死」という深みにおいて観ることです。
- 「世界観」とは、「世界」という広さにおいて観ることです。
- 「歴史観」とは、「歴史」という流れにおいて観ることです。
すなわち、「仕事の思想」を身につけるためには、これら「三つの原点」から、日々の仕事というものを、深く見つめる必要があるのです。
では、まず第一の「死生観」。なぜ、仕事というものを、「生死」という深みにおいて観ることが必要なのか。
そのことを知るためには、過去に優れた仕事を成し遂げてきた、経営者の姿を見てみるとよいでしょう。
過去に優れた仕事を成し遂げてきた経営者は、やはり、深い「覚悟」と「思想」を持っています。
そして、その多くは、若き日に、「生死」の深みを見つめる体験を得ています。そのことを象徴する、一つの警句がある。経営の世界で、しばしば語られる警句です。
経営者として大成するためには、「三つの体験」を持っていなければならぬ。「投獄」「戦争」「大病」という体験のいずれかを持っていなければならぬ。
この警句は、何を述べているのか。経営者が優れた仕事を成し遂げるためには、「生死」の体験を持たなければならない。
その極限の体験を通じて、決して揺らぐことのない「覚悟」と「思想」を身につけなければならない。
この警句が述べているのは、そのことです。では、なぜ、「投獄」「戦争」「大病」の体験が、「生死」の体験なのか。それを、考えてみましょう。
まず第一の「投獄」の体験。
しかし、ここで言う「投獄」とは、汚職や脱税などの犯罪で警察に捕まるという意味ではない。
これは、戦前の「特高警察」などの時代の投獄です。
いわゆる「左翼思想」を持っているだけで、警察に捕まり、拷問によって殺されるような時代の話です。例えば、『蟹工船』などのプロレタリア文学の作品で有名な小林多喜二がそうでした。
彼は、当時、左翼的な思想活動を行い、反体制的な文学を書いたというだけの理由で、特高警察の拷問を受け、殺されました。
ここで言う「投獄」の体験とは、そういう時代のことを言っているのです。すなわち、ここで言う「投獄体験」とは、非合法なことをしたということではない。
自分の思想や信条がゆえに、命を奪われるような状況に置かれたということです。これが第一の体験です。
第二は、「戦争」の体験。これは、戦争で戦地に赴き、「生死」の体験をしたということです。そして、たしかに、戦後の時代の優れた経営者には、この「戦争体験」を持っている方が多い。
例えば、ダイエー・元会長の中内さんがそうです。中内さんが、日本経済新聞の「私の履歴書」において書かれています。
太平洋戦争での体験を、切々たる言葉で書かれています。あの言葉は、胸を打ちます。私の原点は、戦争の体験にある。私は中内軍曹として、敗戦を迎えた。自分の目の前で、多くの戦友が死ぬのを見た。突撃の一言で、勇敢な人ほど死んでいった。私は卑怯未練で、生き残った。その無念の思いが、いまも私を、流通革命に駆り立てている。
この言葉は、重い。あの極限の戦争の中で、仲間たちは次々と死んでいった。助けることができなかった。そして、自分は生き残った。なぜか。自分は卑怯だったからだ。未練だったからだ。だから生き延びてしまった。
では、この生き延びた「命」、これを何に「使」うか。そこから、中内さんは「使命」を感得した。そこから、「流通革命」を使命とする思想が生まれてきたのです。
しかし、経営というのは厳しい世界です。それほど深い使命感を持って育ててきた企業グループでも、挫折する。この企業グループの経営に対しては、厳しい社会的評価が下されました。
だから、経営という世界は、厳しい。
一時、どれほど素晴らしい業績を残しても、「晩節を汚さない」ように処していくことが、難しい。
これがプロ野球ならば、別です。もし二〇〇〇本安打の記録を打ち立てたならば、それは永く人々の記憶に残ります。そして、その輝ける栄光が汚されることはない。
その後、どれほど成績が落ちたとしても、その栄光が汚されることはない。
しかし、経営の世界は、そうではありません。
ある時代に、どれほど企業としての隆盛を極めても、その後の時代に、経営が不振になれば、厳しい社会的な評価が待っている。
そういう意味で、経営というのは、実に厳しい世界です。
優れた経営者で、こういう「戦争体験」を持った方は、少なくない。戦争の生死の体験から、大切な何かをみとり、そして死ぬことなく戻ってきた。そういう経営者の方は、決して少なくない。
あの方もそうです。瀬島龍三さん。伊藤忠商事・元会長の瀬島さんは、山崎豊子の小説『不毛地帯』の主人公にもなっていますから、ご存知の方は多いと思います。
この方は、シベリア抑留の体験です。シベリアで、まさに「生死」の体験をして、日本に戻ってこられた。それは、「戦争」と「投獄」の同時体験でもあったわけです。
そして、戻ってからも、大変な苦労をされました。それは、シベリア抑留によって失われた年月との戦いです。一人の人生において失われた、十一年もの歳月。その歳月は、重い。
それを取り返すために、瀬島さんは、図書館に通った。そして、十一年間の新聞記事を、全部読み返した。そんな伝説が残っている方です。
このように、優れた経営者の多くが、「戦争」の体験を持たれています。
そして第三は、「大病」の体験。「大病」とは、「生死」の病のことです。この「大病」の体験を持たれた名経営者も、少なくない。例えば、結核。かつて結核が「死に至る病」だった時代があります。
この結核という「大病」の体験を持った経営者も、少なくない。京セラ・名誉会長の稲盛和夫さんも、若き日に、その体験を得ている。セゾングループ・元代表の堤清二さんも、そうです。
結核で体を壊し、医者から「このままでは命がない」と宣告された。そうした極限のところから戻ってこられた経営者の方も、少なくない。
このように、過去を振り返るならば、優れた経営者には、「投獄」「戦争」「大病」という体験を持っている方が、決して少なくありません。
そして、それらの体験は、文字通り「生死」の体験を意味しているのです。だから、この警句の意味は、重い。
経営者として大成するためには、「三つの体験」を持っていなければならぬ。「投獄」「戦争」「大病」という体験のいずれかを持っていなければならぬ。
この警句の意味は、重い。
なぜなら、この警句は、我々に、問うてくるからです。あなたは、「生死」の体験を持っているか。その体験を通じて、揺らぐことのない「覚悟」と「思想」をみとったか。その重い問いを、突きつけてくるからです。
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