帝工学は「数字」から始まった。
私が親父から直に経営を学んだ期間は、たった2年しかない。私を43歳で取締役社長室長にしてから2年後に、親父は心筋梗塞で急逝したからだ。
しかし親父のそばで仕事をした2年間で私は、その後幾度も訪れる難局を乗り切るだけの佐藤式経営を学びとったと自負している。
親父が私に施してくれた帝工学教育は数字、すなわち財務である。
従業員の生活を守ることが経営者としての使命である以上、絶対に会社を潰さないために、財務の要諦を学ぶことが絶対不可欠との信念からである。
親父流の教育法はこうだ。
まず、社長室長となってから最初の半年間は、怒涛の「有報ノック」である。「どの会社でもいいから上場企業の有報(有価証券報告書)を買って自分なりに分析し、リポートを書け」と指示されたのだ。
いまでは笑い話だが、最初は「UFOを買えとはどういうことか」とポカンとしてしまった。それまで、財務の勉強などまったくしてこなかったのである。
どこをどう分析すればいいか見当がつかず、四苦八苦の末に何とかリポートを提出すると、それを読んだ親父が「この数字とこの数字を掛け算すると、こういう意味があるんだ。次の会社のリポートでは、そういう視点も盛り込んでみろ」と教えてくれる。そうして他の仕事はほとんどせず、有報ノックを次から次ヘと続けたら、半年で財務がわかるようになった。
さらに、社長業の合間をぬって親父が塾頭となり、全国の経営者に財務を中心に経営の定石を教える「佐藤塾」の助手を任されたのもこの頃だ。
業種業態の違う様々な会社の過去5期分の決算書を分析し、売上利益計画のみならず人件費、設備投資と減価償却費、借入返済と金利、支払う税金の計算までして、綿密な資金の裏付けをもった5年先までの長期経営計画のつくり方を指導する勉強会である。
この佐藤塾の資料づくりを手伝い、塾生の社長と深夜まで語り合う親父の後ろで話を聴くうちに、数字をいかに経営の武器とするかを学び取ることができた。
あとは実践である。取締役となった年は、斜陽事業からの撤退のため2期連続の赤字を出した。当時、すでに東証一部上場していたから、この赤字は将来の高収益体質を築くための前向きな赤字であるという経営計画書をもって、親父について国内外の投資家と銀行に説明に回り、理解を得るという経験をした。
とにかく、私はわずか2年であるが親父から企業存続に対する執念というものを、経営数字というカタチで徹底的に叩き込まれた。そのおかげで、親父亡きあとも、従業員の雇用を守り抜く経営ができたのである。
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