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「私は何も期待せず、すべてを受け入れる」

やっちゃダメだとわかっていることをやめ、やらなきゃダメなことを始めよう。

まず、章の冒頭の言葉「私は何も期待せず、すべてを受け入れる」だけを見て早とちりしないでほしい。

このあとを読めば、本当に大切なことが書いてある。

目次

こんなときどうする?

想像してみてほしい。あなたはずっと前から、自分の会社を立ち上げることを考えていた。

自分が社長になり、自分で自分のスケジュールを管理し、これが人生の大きな成果だと誇りに思える商品をつくりたいと夢見てきた。

そして、懸命な努力と強い意志、確かな計画性に支えられて予定どおりの人生を送り、ついに夢を現実にした。

事業のアイデアはちゃんと温めてあるし、クールなロゴづくりやブランディングを依頼する会社も決まった。

あとは始めるだけだ。いよいよ楽しい日々がやって来るぞ……。商売を始めるには店舗が必要だ。

だから最初の仕事として、あなたは次の週、町中を車で回って絶好の場所を探し、不動産業者と交渉する。

簡単ではなかったが、いい場所がかなりの値段で決まる。候補はもう一カ所あったが、予算が追いつかなかった。やるべきことはほかにもある。損害保険に営業許可証、税務。

まだ1ドルも稼いでいないが、複雑な法人税の処理を任せる会計士を雇わなくちゃならない。

続いて次の仕事だ。お店には家具と備品がいる。だからお得な商品を探してまわる。また一つチェックリストの項目が埋まった。当たり前だが、店で働く店員も必要だ。だから何人か雇う。チェック。

すべては順調……だったのだがドカン!オリジナル商品の販売に必要だった各種契約が決裂して、別の契約先を見つけなくてはいけなくなってしまう。

クソっ!がっくりと気分が落ち込み、呼吸も浅くなっているが、あなたは慌てて別の卸売業者や輸入業者、製造業者を探し、見積もりを依頼する。

唯一の問題は、見積もりが予算をはるかに上回っていることだ。どうしようもない。あなたは休みなく働いて業者を探すが、一向に成果はなし。

このままではすべておじゃんだ!起業に時間とリソースをずいぶん注いできたのに、今、道は巨大な岩でふさがれている。

あなたは、そうした障害を想定しておくべきだったと気づき始める。思いどおりにいかないのがビジネスだ。疑念とためらいの奔流が頭の中を流れ、現実に激しく打ちつける。

「ここまでが順調すぎたんだ。

こういうこともあると予測しておくべきだった」そうした気持ちがどんどん大きくのしかかってくる。

ビジネスを始めるために、あなたは前の仕事を犠牲にした。

だけど、本当にそれだけの価値があることだったのだろうか?請求書の山に埋もれるだけの毎日じゃないか!それからあなたは、ビジネスのことを今までよりも本気で考える。

ずっと本気で。そして昼も夜も息つくヒマもないほど働く。自分の時間は減っていき、思考も、時間も、お金も、すべては事業に振り向けられる。

どうして自分の店を持ちたいなんて思ったんだろう?夢見ていたのはこんな日々じゃない。これは何かの間違いじゃないだろうか。気持ちがどんどん暗くなり、恐ろしい可能性がちらつく。

努力がすべて水の泡と化し、昔の上司の元へほうほうのていで戻って、また働かせてくださいと言わなくてはならない可能性が。うわあああああああああ!!まあまあ落ち着いて。

感情が先走ってしまったときは、一歩下がってみるといい。

期待がパワーを失わせる

叫びたくなったのはいったいなぜか。簡単だ。

あなたを含めた人間はみな、何かを期待するから暗い気分になる。日々の意識的な予測の話じゃない。

「思ったとおり」とか「予想してたさ」とかいった自覚的な言葉のことでもない。

もっと意識の海の底のほう、しっかり目を向けないと見通せない場所で起こっている現象の話だ。

あなたというブロードウェイ・ミュージカルの舞台袖で、あるいは舞台下で繰り広げられている醜くて、残念で、いやらしい、ひそかな期待。それがあるときどこからともなく現れてあなたの目をふさぎ、息を詰まらせる。

人生の一大プロジェクトに取り組むときは、誰だって知識に基づいて準備を進める。実体験や本の情報、聞いた話、想像を使って必要なものを集める。予想図を思い描く。

リサーチを行い、アドバイスを求め、たくさん情報を収集する。そうしたものを組み合わせて見通しを立てる。

そうした頭の中のイメージが、作業や計画立案のひな型になる。ところが、実はそれと同時に隠れた期待も組み上がっている。

それは最高のアイデアの泉にできたひび割れや裂け目で、アイデアを軌道に乗る前からダメにしかねないものだ。

先ほどのビジネスの例なら、契約を失うことは「想定外」だった。そして契約を失ったこと以上に、期待どおりにいかなかったことに心が折れた。

自分が隠れた期待を抱いているかどうかは、失望や恨み、後悔、圧迫感、怒り、無力感を味わうかどうかでわかる。

気持ちがなえたり、大胆さや冷静さをなくしたりすることがあるなら、それは隠れた期待を持っているという意味だ。

自分が自分ではいられない場面をよく振り返ると、現実とあなたのシナリオとのあいだにずれがあるのがわかる。

結婚にうんざりしているなら、「こうなるはず」という当初の期待と現実とのあいだにギャップがあるからだ。

貯蓄でも、ダイエットでも、新しい仕事でも、なんにでも言える。

無力感の大きさは、隠れた期待と現実とのギャップをそのまま表している。ギャップが大きいほど落胆の度合いも大きくなる。

前にどこかで読んだのだが、結婚にうんざりする根本的な原因は、期待外れだったという思いにあるそうだ。

だがこれはもっと大きな話だと思う。

つまり、問題は期待そのものにある。

あなたがいつもうんざりしながら日々を過ごしているのは、心の奥底にある無意識の期待が人生に暗い影を落としているからだ。

期待を現実にしようという努力が実を結ばず、がっかりすることがすさまじいストレスになっている。それだけじゃない。隠れた期待は現実の生活にも影響を及ぼす。

隠れた期待は、蜃気楼や雲のように自分が持つ真のパワーを見えなくし、はっきりした行動を取る力を失わせる。

その結果、状況を積極的に動かそうとするより、想定に合わせた行動を取るようになる。

この「誘導」のせいで、前向きな人生を送り、目標を達成するためのパワーがなくなり、無気力で、無意味で、無駄な毎日を歩むようになる。

期待を手放せ!

このように、生きるのがつらい何よりの原因は期待にある。

思いどおりにいかないビジネスプランだけじゃなく、恋人との別れや仕事への不満、ダイエットの失敗も、その根本には期待がある。

あなたはこれまで何回こう言ってきただろうか。

「こんなはずじゃなかったのに」最近、誰かに怒りを覚えたことはないだろうか。その場面をよく振り返ると、怒りが期待の産物だとわかる。

現実と、こうあるべきという思い込みの差。あなたはその人に対し、自分に賛成してくれる、本当のことを言ってくれる、約束を守ってくれるという暗黙の期待を持っている。

期待、期待、期待。それが満たされないと、「なんだよ!」という気持ちになる。

「それはいいけど、いったいどうやって自分の隠れた期待を見つけ出せばいいのさ?」簡単だ。

人生のうまくいっていない部分をピックアップすればいい。紙とペンを使って「どうなるはず」だと思っていたかを書き出そう。どんなプランを持っていたかを明らかにしよう。予定ではどうだったか。

たぶんあなたは未来を思い描き、こうなってほしいという希望を抱いたはずだ。それをできるだけ詳しく書き出そう。それができたら、今度は別の紙に、実際にどうなったかを書く。

こちらも「最悪」の一言で済ませるのではなくて、イヤになるくらい詳しく記そう。なぜそうなったか、今どんな状況か、期待どおりにいかなかったことをどう思うか。そして、両方を見比べてみよう。

痛みや苦しみ、落胆は、理想と現実のギャップが大きいほど強くなる。そこにあなたの隠れた期待がある。いつの間にか抱いていた期待を、ここで残らず洗い出してしまおう。

次は、ギャップに対するネガティブな感情が現実にどんな影響を与えたかを考える。それによって事態は好転しただろうか。問題は解決しただろうか。まさか。

いいことなんて一つもなかった!状況は悪くなる一方だった!問題が人生をおかしくするのではない。

隠れた期待がおかしくするのだ!「期待」は百害あって一利なしだ。あなたを苦しめているのは、実は状況そのものではなく、期待のほうだ。

何がいけないって、期待が問題を実際よりも大きく見せ、問題に対して効果的に、力強く取り組むパワーを奪い取ることだ。

私は何も斬新なことは言ってない。期待を「手放す」という考え方はずっと昔からある。しかし私たちの(西欧の)文化では、実践している人はほとんどいない。そこで提案だ。

期待を切り捨てよう!期待を手放すのだ。

今すぐに!不必要で非生産的な期待にしがみついて泥沼にはまるより、人生は予測がつかないという事実を受け入れ、実際の状況と向き合うほうがずっとパワフルだ。

世界は絶えず変化している。誕生と死、成長と破壊、栄光と転落、夏と冬。何も変わっていないように見えても、同じ日は1日としてない。

同じ川に二度、足を踏み入れられる人間はいない。─ヘラクレイトス(ギリシャの哲学者)

人間の心は先を予測し、プランを立てるのが大好きだ。けれども本当に予測するなんて不可能だ。

期待は精神状態に悪影響を与えるだけでなく、その人が本領を発揮する邪魔になる。

予測を繰り返すよりも、目の前の物事をそのまま受け入れ、一瞬一瞬を生き、問題が出てきたら解決するほうがずっと成果がある。

プランを立てるのがよくないとは言わない(そんなことはまったくない)が、プラン(とそれにともなう予測)に100パーセント沿おうとするのは、もう舟から転落してオールも舟もどこにもないのに、まだ漕ごうとしているのと似ている。

こうあるべきというプラン(イメージ)はもう崩れているのに、必死で現実とのギャップを埋めようとしている。

こういうことは、生きていれば何回かある。

そんなときは、ゲームのルールが(ときに劇的に)変わったことに気づき、道を転換して、現実と向き合うことが必要だ。

目を覚まそう。あなたはもう水に落ちている。だからオールを漕ごうとするのはもうやめよう。

人は無意識に支配されている

人間の心は、本人が気づいていなくても、自動的に思考を次々に生み出している。

期待も、大きなものではあるが、その一つにすぎない。脳の働きについて、残酷な真実を教えよう。人間は「自由意志」と呼ばれるものが大好きだ。

それこそが人としての在り方を決めると思っている。自由意志がなかったら人間である意味がないとさえ思っている。

私たちは、何をするか、いつやるかを自由に決められることをすごく重視している。自分の運命を自分で決め、未来を自分で切り開いている感覚を欲している。

しかし、心が自動思考のプロセスに支配されているとしたら、人間は本当に自由意志を持っていると言えるのだろうか。

そうじゃないと思う人も多いのではないだろうか。

結局のところ、人間にある自由意志は、やっちゃダメだと思うことは全部やめて、やらなきゃいけないと思うことを全部やるようにするくらいしかない。

自由意志っていうのは、それだけの簡単なことなのだ。

自分自身の主になれないうちは、自由は得られない。─エピクテトス

何度も言ったように、自分では意識的な決断を下しているように思えても、その選択の裏には無意識の思考プロセスがある。

それに気づくのは難しい。

人間は自分で思うよりずっと非合理的で非論理的な生き物だ。多くの場合、裏では無意識という名の人形遣いが糸を引いている。それでも、選択の自由は取り戻せる。

それには心の仕組みを理解し、その作用をありのままに見つめ、その情報を意識的な選択に活用することだ。

今、無意識の世界で何が行われているかを意識することだ。そして期待もまた、そうした無意識の活動の一つなのだ。

すべてを受け入れるとはどういうことか?

「何も期待せず、すべてを受け入れる」。

これがこの本の最後のアサーティブな言葉だ。

はっきりさせておきたいのだが、これは人生に対する弱腰なあきらめの姿勢を意味する言葉じゃない。誰にも、何にも支配されない成功の達人の言葉だ。

何も期待しないとき、あなたは今という瞬間を生きられる。未来への不安も、過去の拒絶もなく、シンプルに訪れた状況を歓迎できる。

そしてすべてを受け入れるとは、仕方なく妥協するという意味じゃない。引き受けて責任を取るという意味だ。覚えておいてほしい。

自分が権利と責任を持っているものは、いつでも変えられる。問題を解決する唯一最大の効果的な方法になることもある。だから引き受けよう。

望みどおりの事象を起こそうとするのではなく、あるがままに起こることを願えば、すべてはうまくいく。─エピクテトス

期待したせいでがっかりしている自分に気づいたら、考え方を変えよう。思いどおりにならないことにイライラするのではなく、そのまま受け入れるのだ。

その瞬間、あなたはその何かに自由に取り組めるようになる。「それでいい」の精神だ。

新しい仕事になじめなくても、一歩下がればそれでいいことに気づく。

仕事そのものも、同僚との付き合いも、時間が解決するものだから、ちょっとしたミスや、新しい同僚との距離感がつかめないのも、全然それでいい。

そう思えば、期待はすぐに消えてなくなる。恋愛でうまくいっていないなら見方を変えよう。自分が関係に期待しているものを特定しよう。

多くの人は、恋人に一貫した行動や完璧な気遣い、共感を期待する。

けれどパートナーだってあなたと同じ人間だから、完璧には程遠く、自分なりの複雑な感情や思考を持っている。

だから、ひどい1日を送った恋人がぶっきらぼうだったり、かんしゃくを炸裂させたりしてもそれでいい。

人は他人に、自分がしたのと同じ扱いを期待する。丁重に扱ったら、そのお返しを期待する。暗黙の「借金」のようなものだ。

パートナーの足をもんであげたら、直接的か間接的かは別にして、見返りを期待する。そうした期待は、愛情の絡んだ親密な関係では、重くてややこしいものになりがちだ。

しかし信じられないかもしれないが、他人に対する期待を手放し、起こったことをそのまま受け入れる姿勢を学んだ瞬間、人間関係は劇的に改善する。

もう一度言うが、暴力を振るう相手とのひどい関係をがまんしろと言ってるんじゃない。だが、自分1人の人生だって予測できないのに、2人の関係を予測するなんてできっこない。

もしそうした関係に悩んでいるなら、舟の話を思い出してほしい。ゲームのルールはもう変わったんだから、漕ごうとするのはやめてプランを変えよう。

パートナーや友人、家族にはそれぞれの望みやものの見方、感情がある。あなたがこうだと思っても、向こうはおそらく別のとらえ方をしている。

あなたにとってがまんならないことが、相手にはまったくどうでもいいことの場合もある。あなたがなぜ怒っているのか、向こうにはさっぱり理解できないはずだ。

ひそかに期待を抱き、そのとおりにならなくてショックを受けるのはやめて、期待するのをやめよう。

ほしいものがあるなら、期待するのではなくて手に入れにいこう。

相手のためになることをするときは、見返りを期待しすぎるのではなくて、助けたいと本気で思ったからだと考えるようにしよう。

ギブ・アンド・テイクのゲームは、長い目で見れば2人を傷つける結果にしかならない。

関係を脅かすような深刻な問題が一向に解決しないなら、そのことについて相手としっかり向き合おう。

相手に気持ちをわかってもらおうとか、こちらの気持ちを変えてもらおうとか思っちゃいけない。そんなことはできない。自分の気持ちを変えられるのは自分だけだ。

人はいつだってウソをつき、盗み、誰かをだます。

しかしあなたは、あの人が悪いことなんてするはずないという、現実離れした隠れた期待を抱いている。だからイヤなことをされるとものすごく腹が立つ。

こうした生き方をしていると、ただだまされたとか、ウソをつかれたという以上の悪いことがあなたの身に起こる。

それは、恨みや後悔、怒り、不満が消えなくなることだ。それは誰かのせいというよりは、あなたの中の勝手な期待に原因がある。物事をありのままに受け入れるのは、妥協してあきらめるためじゃない。

自分の心をコントロールするためだ。心を落ち着け、状況に力強く対処できるようにするためだ。

何も期待せず、すべてを受け入れる

プランは立てるなとか、目標もなく無為に過ごせと言いたいんじゃない。

けれどもプランを立てれば期待が必ず生まれるし、期待を抱いて得られるものは何もない。

逆に期待から解き放たれれば、人生とダンスを踊り、その中でシンプルにプランを実行しながら起こったことに対処していける。

それがうまくいったなら喜べばいいし、失敗したらやり直せばいい。勝利や敗北を期待しちゃいけない。勝利のための計画を立て、敗北から学ぼう。

愛されたり、尊敬されたりすることを期待するのは無駄だからやめよう。自然に愛し、自然に愛されよう。

期待の重荷やメロドラマから自由になり、あるがままを受け入れよう。自分が期待する人生じゃなく、今の人生を愛そう。

感情に左右されるだけの泥沼の人生から抜け出し、最高の自分の最高の力を引き出そう。そうした人生を毎日送れるような環境をつくろう。

「何も期待せず、すべてを受け入れる」。

このシンプルな言葉一つで、頭の中を抜け出して人生へパワフルに跳び込んでいける。思考を抜け出して現実を生きられる。問題も、困難も、けんかも、落胆も、どれも人生の一部だ。

そうしたものに足を取られちゃいけない。感情に左右されるだけの泥沼の人生から抜け出し、最高の自分の最高の力を引き出そう。そうした人生を毎日送れるような環境をつくろう。

あなたの人生、成功、幸せはすべてあなたの手の中にある。変えていく力、手放す力、冒険心と内に秘めた力はどれも手の届くところにある。ほかの誰かにあなたを助けることはできないし、あなたを動かすこともできない。

すべてはあなた次第だ。そしてそれがわかったら、変わるのに最適なタイミングは今しかない。

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