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「歴史」という流れにおいて観る/歴史観

「歴史」という流れにおいて観るさて、それでは、「仕事の思想」の第三の原点は、何か。「歴史」という流れにおいて観る。それが第三の原点です。

これは、どういうことか。

それは、「人類の歴史」がどこに向かうのかを考える、ということです。そして、そのうえで、「仕事の意味」を考える、ということです。

では、「人類の歴史」は、どこに向かうのか。

この問いに対して、これまで多くの人々は、過去数千年間の「人類の歴史」に、答えを求めてきました。

その過去の歴史を学ぶことによって、この「人類の歴史」がどこに向かうのかを、考えようとしてきました。

例えば、原始共産制から奴隷制、奴隷制から封建制、そして、封建制から民主制への歴史の流れ。

例えば、原始社会から農業社会、農業社会から工業社会、そして、工業社会から情報社会への歴史の流れ。

そうした過去数千年間の「人類の歴史」を学ぶことによって、この歴史がどこに向かうのかを、考えようとしてきたのです。

そして、こうした「歴史観」の中で生まれてきたのが、例えば、「民主主義」や「自由主義」を価値とする思想であり、「資本主義」や「市場主義」を価値とする思想です。

従って、これまでの過去の「人類の歴史」を学び、こうした「歴史観」や「思想」を身につけることは、我々が、「仕事の意味」を考えるとき、一つの明確な視点を与えます。

しかし、実は、それだけでは、限界がある。

なぜなら、「過去」としての「人類の歴史」を学ぶだけでは、「未来」において、この歴史がどこに向かうのか、そのことが見えてこないからです。

例えば、いま人類が直面している「情報革命」。いま、この地球上の先進国では、「情報革命」が爆発的な勢いで進んでいる。では、この「情報革命」は、人類を、どこに導こうとしているのか。

それは、単にコンピュータが増え、ネットワークが広がり、企業や市場や社会の「効率化」や「合理化」が進み、我々の仕事や生活が便利になるということではありません。

そうしたことが「情報革命」の本質ではありません。では、「情報革命」の本質は、何か。それは、「情報民主主義」の革命です。

すなわち、この「情報革命」によって、これまで情報の「主権」を持っていなかった人々が、その主権を手にする「情報民主主義」の革命が起こります。

例えば、これまで、大切な情報は、中央官庁が握っていて、生活者は知ることができなかった。大企業が握っていて、消費者は知ることができなかった。経営陣が握っていて、社員は知ることができなかった。それが、これまでの「民主主義社会」の現実でした。

しかし、この「情報革命」によって、そうした状況が大きく変わっていく。この社会や市場や企業において、「情報公開」と「情報共有」が進み、高度な「情報民主主義」が、実現されていく。

では、その結果、何が起こるのか。高度な「情報民主主義」が実現した社会において、誰でも必要な情報を自由に入手できるようになると、いったい、何が起こるのか。

そのことは、見えてきません。これまでの「人類の歴史」を学ぶだけでは、見えてこないのです。

また、例えば、「知識資本主義」。これからの時代は、これまでの「資本主義」の時代を超え、「知識資本主義」の時代になっていきます。

それは、高度な「知識」こそが、最大の「資源」であり、「資本」であり、「価値」となる時代です。

そのため、この「知識資本主義」の時代には、市場における「商品」の本質が、変わります。ビジネスにおいて顧客に提供するものは、単なるハードウェアの商品ではなくなる。単なるマニュアル的なサービスでもない。

高度な「知識」こそが、顧客に提供すべき価値になっていきます。そして、それ以上に、言葉にならない深い「智恵」、さらには、細やかな「心配り」といったものが、大切な価値になっていく。

顧客に提供すべき大切な価値になっていきます。

すなわち、「知識資本主義」の時代とは、高度な「知識」や深い「智恵」、さらには細やかな「こころ」に、大きな価値が置かれる時代に他なりません。では、その結果、何が起こるのか。

この「知識資本主義」の時代になると、社会や市場や企業において、いったい、何が起こるのか。そのこともまた、見えてきません。これまでの「人類の歴史」を学ぶだけでは、見えてこないのです。

では、何が必要か。「人間の意味」を問うことです。

これまでの「人類の歴史」を学ぶだけでなく、その深奥に「人間の意味」を問うことです。「人間」とは何か。「人類」とは何か。「人間」や「人類」は、なぜ存在するのか。その「意味」を深く問うことです。

そのとき、「未来」において、「人類の歴史」がどこに向かうのか、その道筋が見えてくるのです。

では、「人間の意味」を深く問うためには、何が必要か。「人間」を超えたスケールで、「歴史」を見つめることです。

それが必要です。

すなわち、「人類の歴史」ではなく、「宇宙の歴史」に目を向けることです。

例えば、「一三七億年」の過去に、目を向けてみる。そこには、何があったか。何も無かった。現代の最先端の宇宙物理学によれば、一三七億年前には、何も無かった。

「時間」も「空間」も存在せず、ただ「真空」だけが存在したと言います。

しかし、なぜか一三七億年前、その「真空」が、突如「ゆらぎ」を生じ、大爆発を起こし、この宇宙が誕生した。それが、現代科学において、いわゆる「インフレーション宇宙論」と呼ばれるものです。

そして、その宇宙が、数十億年の歳月をかけて、いま、夜空に輝く、無数の「恒星」を生み出し、その周りに、さらに無数の「惑星」を生み出した。

その無数の惑星の一つが、この「地球」。

四六億年前に誕生した灼熱の「物質」の塊、この惑星においては、それから六億年の年月をかけて、物質の複雑化と進化が進み、あるとき、遂に、極めて原始的な「生命」が生まれた。

それが、「物質」から「生命」が誕生した瞬間です。

そして、この「生命」もまた、長い歳月をかけて複雑化の道を歩み、原始的な生命から高度な生命へと、進化と多様化を遂げ、およそ二〇〇万年前に、高度な「精神」を持つ「人類」を生み出した。

これが、「生命」から「精神」が誕生した瞬間です。そして、この「人類」の「精神」は、最近の数千年の歴史を通じて、この地球上に、高度な「文明」や「文化」というものを生み出してきた。

我々が、日々の仕事において見つめる、企業や市場や社会というものは、まさに、その「文明」や「文化」の最先端に、花開いているのです。

これを、どう観るか。

「真空」から生まれたこの宇宙が、「永劫」とも呼ぶべき歳月をかけ、「複雑化」と「多様化」、そして「進化」の道を歩み続け、「物質」から「生命」を生み出し、「生命」から「精神」を生み出し、「精神」から「文明」を生み出してきた。

これを、どう観るか。

我々が、本当に深く、「人間の意味」を考えようと思うならば、このスケールでの「歴史観」が問われているのです。

「人類の歴史」を見つめる「歴史観」ではなく、「宇宙の歴史」を見つめる「歴史観」が問われているのです。

  • なぜ、この宇宙は、「誕生」したのか。
  • なぜ、この宇宙は、「複雑化」と「多様化」の道を歩み続けるのか。
  • なぜ、この宇宙は、「生命」や「いのち」を生み出したのか。
  • なぜ、この宇宙は、「精神」や「こころ」を生み出したのか。
  • なぜ、この宇宙は、「人類」や「人間」を生み出したのか。
  • なぜ、この宇宙は、「文明」や「文化」を生み出したのか。

こうした深遠な「問い」を、その深みにおいて、問う。そして、「人間の意味」というものを、深く考える。そのことが大切なのです。

「宇宙の歴史」を見つめることなく、「人類の歴史」がどこに向かうのかを考えることはできない。そして、「人間の意味」を考えることなく、「仕事の意味」を知ることはできない。

だから、「歴史」という流れにおいて観る。それが、「仕事の思想」の第三の原点なのです。

さて、ここまで、「仕事の思想」の「三つの原点」について述べてきました。

「死生観」、「世界観」、「歴史観」。その三つの原点です。もう一度、繰り返しておきましょう。

  • 「死生観」とは、「生死」という深みにおいて観ることです。
  • 「世界観」とは、「世界」という広さにおいて観ることです。
  • 「歴史観」とは、「歴史」という流れにおいて観ることです。

そして、現実の荒波に流されないための「仕事の思想」。

そうした思想を身につけるためには、これら「三つの原点」から、日々の仕事というものを、深く見つめなければなりません。

しかし、皆さんは、日々、現実と格闘し続けている立場。こうしたことを、毎日、仕事の中で考えるわけにはいきません。

しかし、たとえ半年に一度でもいい。ときおり、こうしたことを真剣に考えてみる。その姿勢が大切です。

もし、そうした姿勢を持たなければ、我々は、かならず流される。目の前の現実に引きずられ、かならず流されてしまいます。そして、気がつけば、「働くことの意味」を見出せなくなってしまう。

「なぜ、働くのか」という問いの前に、立ち尽くすことになる。もちろん、現実のビジネスの世界は、一筋縄ではいかない。ときに、腹を据えて妥協をするときもある。正面から突破せず、迂回をするときもある。現実のビジネスの世界は、素朴な理想主義が通用する世界ではない。

しかし、登山においても、一直線に頂上に登る人間はいない。右に行くときもあれば、左に行くときもある。下るときもあれば、休むときもある。

しかし、それでもめざす頂上は、はっきりと見えている。それが大切なのです。いったい自分は、どの山に登ろうとしているのか。

その目標が明確に見えているビジネスマンと、ただ目の前の道が、登り坂になったから登ってみよう、下り坂になったから下ってみようというビジネスマンとでは、明らかに違う。

いまは坂を下っているように見えても、登るべき頂上が見えているビジネスマンというのは、明らかに違うのです。

だから、どれほど日々の現実に追われようとも、ときおり、原点から見つめてみる。日々の仕事というものを、「三つの原点」から見つめてみる。そのことが大切なのです。

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