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読書は単に知識の材料を提供するだけである。それを自分のものにするのは思索の力である。
ジョン・ロック
はじめに
▼ぼく自身が驚いた「朝読書」の効果
30分の朝読書で人生は変わる。……そんなこと言われても、いまいちピンとこないですか?
「朝、30分本を読むくらいじゃ、人生なんて変わらないよ。大げさだなぁ」「そもそも朝はバタバタしているから、本を読む時間なんてないよ」「だいたい、なんで『朝読書』なの?『夜読書』じゃいけないの?」「朝本を読むと、どんなメリットがあるの?」「読書のために早起きなんて嫌だよ。
その30分、もっとゆっくり寝ていたいよ」本書のタイトルを見て、こんなふうに感じた人もいるかもしれませんね。
たぶん、20代のころのぼくが書店でこの本を見かけたとしても、同じようなことを感じたかもしれません。そう。ぼく自身、「朝読書」がここまで自分の人生を変えることになるとは、思っていなかったんです。
▼とくに「朝型人間」でも「本好き」でもなかったぼくが……
以前のぼくは、ごくごく平凡なサラリーマンでした。満員電車に揉まれ、やっと会社に着くころにはすでに一仕事終えたくらいの疲れ具合。一息つく間もなく、上司から進捗の確認。
パソコンを立ち上げるとトラブルのメールが舞い込んでいて対応に追われ、午前中にやろうと思っていた仕事の半分も進まないまま昼休みになって……。
「自分の人生を生きている」というより、「誰かにつくられた人生を、必死にもがきながらおぼれないように生きている」といった感じでした。
ある日、いよいよ満員電車に耐えられなくなり、試しに始発電車で出勤してみることにしました。
しかし、通勤に片道2時間かけていたぼくは、いざ電車で座れるとなると、新聞を読むだけでは時間をもて余してしまいます。
そこで、とくに本好きというわけでもなかったのですが、社内にあった図書館で「通勤の暇つぶし」のために本を借りて、読んでみることにしました。
ついでに「せっかくだから」と、会社に着いてすぐ、今朝読んだ本の内容を、同僚にメールで発信してみることにしました。
単なる気まぐれの重なりと、同僚への大いなるおせっかい。でもこれが、不思議と楽しかった。楽しいから、自然に毎日続けようという気持ちになりました。
▼「朝読書の魔力」で人生が変わった
「早起き」して「読書」をして、その内容を同僚に「伝える」。これを毎日続けているうちに、ぼくの生活に変化が訪れました。
まず、早めに会社に着いて席に座っているだけで、「毎朝、誰よりも早く出社しているすごいやつ」と思ってもらえて、周りの人が自然と味方になってくれることが増えました。
また、朝読書を始めてすぐは、「ロジカルシンキング」系の本に興味を持ち、フレームワークや仮説思考といったMBAスタイルを身につけ、仕事でも試してみるようになりました。
さらに、朝早く起きて本を1冊読んだだけで、「人よりちょこっとリードしているかも」という自信と余裕が出て、トラブルや非常事態にも冷静に対応することができるようになりました。
朝読書を始める前には、自分がこんなふうになれるとは思ってもみませんでした。「朝読書の魔力」とでも言うべき不思議な変化を、ぼくは身をもって体感したのです。
▼「早起き」×「読書」×「伝える」を掛け合わせる
ぼくはこの本で、あなたに3つの提案をしようと思っています。
- その1朝、「まだ世の中が動き出す前」に起きる習慣をつくること
- その2出社する前に30分、「読書」の時間をつくること
- その3読んだ本の内容を、周りに「伝える」こと「早起き」×「読書」×「伝える」。
この3つを掛け合わせたところに、ぼくは「人生を変えるスイートスポット」が存在するのだと考えるようになりました。
「早起き」だけではつらいし、「読書」だけでも続かないし、「伝える」ことにしても、苦手にしている人がとても多い。
しかし、3つのすべてを同時にやってみることで、「早起き」「読書」「伝える」のすべてが楽しくなる。
その部分が「スイートスポット」です。
ぼくだってできたのだから、あなただって、人生を変えられるはずです。
この本には、ぼくがいままで得てきた「早起き」「読書」「伝える」のノウハウを全部詰め込んであります。
まだ「人生を変えるなんて大げさな」と思う人は、とにかくだまされたと思って、まずは1週間だけでも試してみてください。
いままで気づかなかった、あなたの新しい可能性の扉が開くはずです。
2011年7月
松山真之助
「朝」の章──時間に流されるのではなく、自分の力で泳ごう
早起きで、24時間が「自分のもの」になる
「パーティー会場に早めにつく」イメージで早起きしようたとえば、ちょっとしたパーティーや、集まりに参加するときのことを考えてください。
ぎりぎりで会場に入っても、すでに先に来た人たちが盛り上がっていて、なんとなく輪に入りづらい……なんてことがありますよね。追いつくのが大変で、終始追っかける態勢になる。あとで誰と話しても、なんとなく「出遅れた感」を引きずってしまったりして……。
でも、少し時間に余裕を持って会場に入って、まだ3人ぐらいしかいないときに輪に加わることができると、しゃべっている間に人が増えて、あとから来た人にも「おお、来たな」みたいに余裕を持って接することができる。
早めに参加することで、場を「自分のもの」にすることができるのです。
早起きは、これに似た効能があると、ぼくは考えています。
早起きをすることで、一日に早めに参加して、その場を「自分のもの」にしてしまう。言ってしまえば、一日の流れを、あなた自身が支配することができるのです。
「無風」のうちに自分のペースをつかむ始業時間の2~3時間前に出社したことのある人なら、この感覚がわかるかもしれませんね。
朝の職場は、無風地帯です。電話も鳴りませんし、上司に呼び出されることもありません。もちろん、会議も打ち合わせも、同僚の雑談もありません。
誰にも邪魔をされることなく、あなたは自分の仕事を、悠々と進めることができます。
しかも、朝一番ですから、頭がまだ疲れていない、とてもクリアな状態で物事を考えることができます。だから、仕事の上でさまざまな先回りができる。すべてのメールに目を通し、いち早く返信をする。
資料を読んで、誰よりも早く最新情報を得る。今日中に必要な上司への報告を、朝のうちにまとめてしまう。常に圧倒的に有利な状態で、仕事を進めることができます。
その反対に、始業ギリギリに出社すると、職場の雰囲気はすでに、あなたより先に出社した人たちで形作られてしまっています。
「無風地帯」どころか、出社早々、嵐に巻き込まれるようなものです。
上司「君、あのメールの件はどうなっているのかね?」同僚「今日の午後3時から打ち合わせなのでよろしくね」部下「さっき○×商事から電話がありましたよ」やることなすこと、すべて後手に回ってしまいます。
朝早く起きる。場には早めに参加する。たったこれだけで、一日はあなたのものになります。
24時間を「自分時間」と「他人時間」に分ける
自由に使える時間を増やそう「時間」について、もう少し深く考えてみましょう。
ぼくは、時間には2種類あると考えています。「自分時間」と「他人時間」です。
「自分時間」というのは、自分が、自分自身の意志で、自由に過ごすことのできる時間。
一方、「他人時間」は、文字通り他人に支配されている時間。
自由に過ごせず、自分らしく生きることのできない時間です。
学生のころはみんな、「自分時間」をたくさん持っています。
好きなだけ遊んで、部活や習い事をひたすら頑張って、夢に向かって情熱を燃やして、たまには勉強もして……自分の思うままに時間を使えることが多かったと思います。
でも、大人になってからはどうでしょう。
自分の自由にできる時間が、大きく減ってしまったと思いませんか?社会人になると、「給与」という生活の糧を得るために、毎日会社で働かなければなりません。
朝起きるのがつらいからといって、学生時代に授業をサボったように会社をサボるわけには、なかなかいきません。
風邪をひいて熱があっても、重要な仕事があるときには、無理をして出社しなくてはいけない。学生のときのように自由気ままに時間を使っていたら、上司に大目玉を食らうだけではなく、最悪、会社をクビになることだってあるかもしれません。
つまり、社会人になると「自分時間」が極端に減ってしまうのです。その代わりに、会社という他人に支配される「他人時間」がどんどん増えていきます。
これをグラフにしてみると、次のような感じになります。
学生のころは「自分時間」が多く、社会人になると「他人時間」が増え、定年を迎えるとまた「自分時間」が増えていきます。
となると、あなたたちは、定年を迎えるまで我慢に我慢を重ねて、「他人時間」を過ごさなければいけないのでしょうか。たった一度の人生。
人生のいちばんいい時期を、他人に支配されて過ごすなんて悲しすぎますよね。だから、ぼくがいま、あなたに伝えたいのは、「自分時間」を増やすための方法です。
あなたが「時間を自分自身で使う」という意識さえ持てば、ほとんどの「他人時間」は「自分時間」に変換することが可能なのです。
社会人には多くの「他人時間」がありますが、その中でも最も効率よく「自分時間」に変換できる時間帯があります。ぼくは、それが「朝」だと考えています。
早起きのメリット会社中があなたの味方になる
早く会社に来るだけでほめられるそれでは「早起き」をすることでぼくたちは、具体的にどんなメリットを得られるのでしょうか。
ここからは、そのお話に移りましょう。
ぼくが「始発電車での出勤」を始めて、2週間もたつかたたないかのころでしょうか。いつのまにか、ぼくの早起き出勤は部内で評判となっていました。
「あいつ、めちゃくちゃ早く会社に来ているらしいぜ。すごいねえ」「始発電車に乗って、会社に来るまでに本を1冊読んでくるらしいよ。すごいよな」「朝の6時にはもう会社にいるんだって。すごいねえ」ぼくは「はじめに」で話した通り、通勤ラッシュが嫌で、朝の電車での読書が楽しいから早起きを続けているだけ。
自分が気持ちいいから、続けたいから、やっているだけです。でも、不思議なことに、みんな口々に「すごいよな」とほめてくれるのです。朝早く会社に来るだけなのに、みんなほめてくれる。こんなに気分のいいことはありませんよね。
堂々と「定時」で帰れるしばらくすると、さらに不思議なことに、「朝早く来ているのだから、残業をしなくてもいいよね」という雰囲気が、周りに立ちこめるようになりました。
当時はフレックスなどがまだない時代だったのですが、なんと定時よりもさらに早い、午後4時には帰社していました。
当時、まだ娘が幼かったので、帰宅後に育児の手伝いもできるようになりました。
さすがにぼくの例は特殊だと思いますが、早起き出勤をすれば、少なくとも、残業をせずに帰ることができるようになると思います。
そもそも始業前にかなり効率よく仕事をしているので、いままでの勤務時間そのものを短縮することができるはずです。
確かに、遅くまで残業をしていた人は、翌日にある程度の遅刻を許される場合があるかもしれません。
でも、朝頑張ってるから定時に帰れることと、前日遅くまで頑張ったので翌日遅刻しても許されることは、一見似ているように思いますが、その中身はずいぶん違います。
思い出してみてください。
夜遅くまで残業をして、翌日遅れて出勤したとき、周囲はあなたのことをこのようには言っていませんでしたか。
「あいつは残業して大変だったから、朝遅刻するのはしょうがない」許容されてはいますが、あくまで「しょうがない」です。
でも、早起き出勤は違います。
「あいつは朝早く来ていてすごいから、残業しなくてもいい」朝の場合は、「すごい」から「いい」のです。
夜(残業)の場合は、「大変」だったから「しょうがない」のです。「いい」と「しょうがない」は、大きな違いですよね。早起き出勤をすれば、このように、会社のみんながあなたの味方になってくれるのです。
早起きのメリット大切な人と過ごす「大切な時間」が増える
夜は大切な人に会おう自分にとっての「大切な人」は誰かと考えるとき、いちばんはじめに思い浮かぶのは「愛する人」かもしれませんね。
ぼくにとっての「大切な人」も家族、とくに子どもでした。早起き出勤を始めたころ、ちょうど娘が生まれました。
毎日夜早く帰ることができたおかけで、ぼくは毎日、妻や子どもたちと食事をする時間を持つことができました。
食事をした後、まだ生まれてまもない娘をお風呂に入れる、その後に寝かしつける。それらは全部、お父さんであるぼくの役割でした。少し子どもが大きくなってくると、お父さんがベッドで昔話を聞かせます。
子どもと手をつないで、「むかしむかし……」とお話をする。話をしていくうちに、だんだん子どもは眠くなって、お父さんとつないでいる手の力が抜けて、ポロンと落ちる。
もうなんとも表現できない至福の瞬間です。たまに、お父さんのほうが早く寝てしまうこともありましたが……。早起きをすれば、こんなふうに、子どもと至福の時間を過ごすことだってできるのです。逆に言えば、こんな素敵な時間をもつために、早起きをしたくなります。
早起きのメリット突然のトラブルにも動じなくなる
心の余裕がプラスに働く自慢話になってしまい恥ずかしいのですが、ぼくは会社員時代、「突然のトラブルに対応する力がとても高いね」と言われていました。
実際、どんなトラブルにも余裕を持って対応することができていたと思うのですが、ぼくはそれは、朝読書の習慣を続けていたおかげだと思っています。
朝読書を始めて間もないころ、ぼくはエアラインで技術部門の仕事をしていました。
朝早く会社に着くと、まずファックスやテレックス(いまのメールのようなものですね)をチェックするのですが、たまに、トラブル処理の依頼が入っていることがあるのです。
もちろん、ドキッとするのですが、でも取り乱したりはしません。なぜかというと、ぼくには、みんなが出社するまでに余裕をもってトラブルの処理ができる、たっぷりとした時間があるからです。
また、ちょうど朝読書を始めたころは「ロジカルシンキング」に関する本を重点的に読んでいたので、論理的に解決の方法を導く術がいつの間にか身についていました。
毎日、ぼくは朝6時に出社していたので、始業時間の9時までには3時間の時間の余裕がありました。
始業時間までに、じっくりとマニュアルなどを調べ上げるのです。そして、上司への報告メモをつくり上げてしまいます。そして、始業時間。上司が出社してきます。
ぼく「課長、福岡からトラブルの報告が入ってきました」上司「なに、大丈夫なのか」ぼく「大事に至ることではないと考えられます。メーカーの資料をもとに、いまの時点でできる対策を資料にまとめておきました。ご覧ください」と上司に、素早く資料を差し出します。
ちょっとカッコイイでしょ?これが、始業ギリギリに出社していると、どうなっていたでしょう。上司に怒鳴られ、右往左往しながらトラブル処理にあたっていたと思います。
慌てながら対処することで、ひょっとすると、さらに問題を広げてしまったかもしれません。もちろん、上司が来るまでにトラブルを処理しきれないこともあると思います。でも、問題処理への起ち上がり時間を短縮できることは確かです。
朝読書がチャンスを引き寄せるまた、朝読書は、トラブルを回避するだけでなく、チャンスまでも引き寄せてくれます。
ぼくは前述のトラブル処理などの一連の行動で、上司に評価されるようになりました。
すると上司は、当時のぼくの立場には不釣合いなほどの、大きなプロジェクトの一員に任命してくれました。
そして数年後、そのプロジェクトのリーダーを務めたことで、ぼくは「会社に必要不可欠な人材」として認めてもらえるようになったのです。
「朝読書が人生を変える」。このことをいちばん実感しているのは、誰よりもこのぼくなのかもしれませんね。
早起きのメリットちょっとうれしい出会いが増える
朝だから生まれる連帯感早起き通勤を始めると、ぼくの生活の中に「ちょっとうれしい」出会いが増えるようになりました。
最初に出会ったのは、新聞配達のおばちゃん。ぼくがいつも通勤する時間帯。おばちゃんも、たくさんの新聞紙を抱えながら配達に精を出していました。
100メートルぐらい先で配達をしていたおばちゃんが、どんどんぼくのほうに近づいてきます。おばちゃんとすれ違うとき、ぼくは笑顔で元気よく、「おはようございます」と声をかけていました。
これが混雑が始まる時間帯なら、知らない人にあいさつをすることは、まずないと思います。でも早朝なら、お互いに、とても自然な形で言葉を交わすことができるのです。
「おはよう」と言葉を交わす。たったそれだけのことです。でも、なんとも言えない「ちょっとうれしい」気持ちになる。
知らないうちに、顔がほころんでいる自分に気がつきます(知らない人が見たら、少し気持ち悪く思うかもしれませんね)。
「ちょっとうれしい」から、ぼくの「おはよう」はどんどん広がっていきます。駅員さんにも、売店のおばちゃんにも、ぼくは、会う人会う人に、「おはよう」と声をかけるようになりました。
会社に着いてからも、「ちょっとうれしい」出会いは続きます。まずは、守衛さん。始業時間ギリギリに行くと、守衛さんと言葉を交わすなんてまずあり得ません。
でも、そこはまだ人の少ない時間帯。自然に、あいさつを交わすようになります。すると、ぼくの気持ちに変化が起こり始めました。
いままで「守衛さん」と呼んでいたその人を、ぼくは守衛さんではなく、「ぼくの知り合いの山田さん」と思うようになったのです。
会社の「守衛」「社員」という立場を超えて、ぼくは一個人として、山田さんを見るようになりました。
山田さんも、ぼくのことを、「一社員」から「松山さん」と思ってくれるようになりました。
だからって、大きく何かが変わるわけではないのですが、でも着実に「ちょっとうれしい」ことなのです。
社内でのコミュニケーションも強くなるまた、会社の人との「ちょっとうれしい」出会いもありました。ぼくと同じように、早朝に出勤している人はほかにも何人かいます。
違う部署で、名前は知らないけれど、でも、早く出勤しているヤツがいる。ぼくも、向こうも、当然存在が気になります。
ですから、どちらからともなく、自然に言葉を交わすようになりました。
「いつもお早いですね。どこに住んでいらっしゃるんですか?」同じ〝早起き組〟同士。仲良くなるのにそんなに時間はかかりません。
ぼくは早起きを通じて、普段であれば決して知り合うことのない、他部署の人たちとも多く知り合うことができました。
しがらみのない、違う部署の人たちと知り合えるのは、仕事の上でも大きな強みです。自分の知恵だけではどうにもならないとき、違う部署の人なら、気を使わずに気軽に相談ができます。
それは、とても心強い存在となりました。早朝に交わす「おはよう」は、魔法の言葉。そのたった一言が、日中のそれぞれの立場を乗り越えてくれる。
あっという間に、互いを立場やしがらみのない、個人的な関係にしてくれるのです。ところで、さっき話をした新聞配達のおばちゃん。あるとき、新聞配達のおばちゃんがぼくを追いかけてきたことがありました。何かと思って振り向くと、おばちゃんはぼくに、新聞を一部手渡します。
「今日、日経新聞が余っていたからあげるわ。でも内緒よ」とウインクをするおばちゃん。
おばちゃんは、ぼくの家が読売新聞を取っていることを知っていたので、ささやかなサービスをしてくれたのです。手渡された新聞からは、おばちゃんの温かい気持ちが伝わってきました。
3つの「なんとなく」を捨てると、自然に早起きできる
朝、無理なく早起きするために必要なこと「他人時間」を「自分時間」に変える。
18ページで述べたこの意識を持って生活していると、いつの間にか、「時間に流される」のではなく、「時間の流れの中を泳ぐ」ことができるようになります。
ところが現実には、「早起きできない」→「出遅れ感を抱いたまま一日中過ごす」→「仕事もプライベートも、いまいち充実感が得られない」という人がとても多い。
朝の「出遅れ感」は、一日のすべてのことを物足りなく感じさせてしまう、大きな力があります。なぜ早起きできないのかといえば、その原因のほとんどは「夜遅くまで起きているから」です。
夜はおもしろいテレビ番組が多いし、若い人なら友だちとの電話やメールのやり取りも夜にすることが多いでしょう。
その結果、ダラダラと夜更かしをしてしまい、結果朝起きるのがつらくなる、という悪循環に陥ってしまうのです。
ぼくの場合は、「朝寝坊をすると、殺人的なラッシュに巻き込まれる。それは絶対に嫌だ!」というモチベーションがまずあったので、毎日、早寝早起きをすることができました。
とくに夜、早く寝るために意識していたのが、次の3つの「なんとなく」を捨てることです。
- 習慣1:テレビやパソコンを「なんとなく」つけない
- 習慣2:飲み会に「なんとなく」参加しない
- 習慣3:いつものメンツと「なんとなく」付き合わない
それでは、順番に見ていくことにしましょう。
習慣1:テレビやパソコンを「なんとなく」つけない
仕事から疲れて帰ってくると、なんとなく、まずテレビをつけるという人は多いと思います。でも、それが大いなる罠です。「他人時間」の代表的なものです。
たとえば1日2時間、帰宅後にダラダラとテレビを見ていたとします。
2時間×365日=730時間=30・14日なんとその時間は、1年間でほぼ1カ月分にもなってしまうのです。
この他人時間を自分時間に変える方法は、仕事や外出先から帰ってきて、「なんとなく」テレビをつけないこと。
本当に見たい番組があるときにだけ、テレビをつける。あらかじめ録画をしておいて、それだけを見るというのも有効です。
習慣2:飲み会に「なんとなく」参加しない
飲み会も要注意。確かに、取引先との飲み会や歓迎会など、今後の付き合いを円滑にするために必要なものも多くあります。
でも、とくに目的もなく、なんとなく惰性で参加をしているような飲み会は、やはり「他人時間」を生きてしまっていることになります。
これもテレビと同じですが、ダラダラと飲み続けて、気がつくともう終電。記憶に残っているのは、会社の愚痴や悪口ばかり。これではなんの生産性もありません。意味のない飲み会は、キッパリと断るべきです。
習慣3:いつものメンツと「なんとなく」付き合わない
習慣2の延長になりますが、仕事中のなんとなくの雑談も、結果としてあなたの仕事のスピードを遅らせ、残業や夜更かしの原因になっていることも考えられます。こう言うと「冷たい」という印象を持たれるかもしれません。
しかし、とくに興味のない話に仕方なく乗っかり、その結果仕事が遅れてしまうくらいなら、はじめから話に乗らないほうがどう考えても得です。
もしも可能ならば、近くの喫茶店や会社の空きスペースに避難して仕事をするのも、有効な手段だと思います。
「誰かのため」に早起きをする
「自分のため」では挫折しやすい人間は、自分のために頑張るのが苦手な生き物です。
なんだかんだ言っても、目覚ましが鳴って、ふとんから抜け出す瞬間は、やはりなんともつらいものです。とくに冬なんて、朝5時に起きても窓の外はまだ真っ暗。
加えて感じる寒さに、「いつまでも暖かいふとんで眠っていたい」という誘惑に駆られます。「自分のため」の早起きでは、そこであっさりと誘惑に負けてしまうことがとても多い。
よほど意志の強い人でない限り、「そんなに急ぎでもないし、明日やることにしよう」「今日は寒いし、特別ってことで」などと、甘えが出てしまいます。
でも、「誰かのため」に早起きをしている人は、とても強い。
たとえば、あなたの小さいころ、お母さんは、毎日欠かさず早起きをして、お弁当をつくったり、朝ごはんを用意してくれていたのではないでしょうか。これが、いちばんわかりやすい「誰かのために」です。
お母さんは、「子どものために」と思っているから、どんなに眠くても、どんなに寒くても、毎日早起きをしてお弁当をつくってくれたのです。
まあ、子どもにお弁当を作る必要がなくなった途端、「朝寝坊ママ」「二度寝ママ」に変身してしまうお母さんも多いのですが……。
「いたずら心」でモチベーションを保つしかし何も、誰もが「子を思う母」のような、強いモチベーションを持つ必要はありません。
「誰かのため」は、もっと軽い、ちょっとした「いたずら心」のようなものでも十分です。
「新聞配達の人を待ち伏せして、『おはよう』と声をかけてびっくりさせてやろう」「朝一番に出社して、たまには上司を喜ばせてあげよう」「同僚の机の上にチョコレートを置いてみて、出社してきたらどんな反応するか、こっそり観察してやろう」どんなささいなことでもいいのです。
自分の行動が、誰かに影響する、誰かの役に立つ、誰かに喜んでもらえる……。その気持ちが、朝起きる元気を与えてくれるのです。「誰かのために」を考えることで、結果的に自分も早起きができる。
これって、とても素敵なことだと思いませんか?「いたずら心」だって「誰かのために」「誰かのために何かをする」なんて考えると、敷居が高いと思う人がいるかもしれません。
でも、ぼくがここで言っているのは、自己犠牲的な「利他主義」とは全然違います。確かに、誰かに無償の奉仕をするという心がけは素晴らしいことだと思います。
でも、やはり、人間は神様ではないので、自己犠牲がモチベーションになるという人は少ないのではないでしょうか。
ぼくの考えている「誰かのために」は、「誰かのために」していることが結果的に「自分のために」にもなる。
いわば「利他的な利己主義」。結果的に自分のためになることがわかっていながら、ついでにほかの人に何かをしてあげるようなイメージです。
つまり、自分も、他人も、互いにハッピーになるようなことを考える。それが、「誰かのために」ということです。だからぼくは、ちょっとした〝いたずら心〟のお遊びも、「誰かのために」だと思っています。
たとえば以前、こんないたずらをしたことがありました。朝早く、会社に柴犬の置物を持って行ったのです。遠くから見ると本物に見えるような大きなヤツ。そして、その柴犬に鎖をつけて、自分の机の横につないでおきました。
だんだん始業時間が近づいてきます。ぼくは何食わぬ顔で、柴犬を鎖につないだまま仕事をしています。みんなが出社してきたときの驚く顔、顔、顔!みんなぼくのところにやってきます。
そして、「なんだ、置物かあ」とひと安心。そして「松山のいたずらにやられたよ~」と、笑顔になります。ぼくのいたずらが、みんなの気持ちを和ませる。こんなことも「誰かのために」だと思うのです。この柴犬を使ったいたずら。
さらにエスカレートをさせて、役員の席の横に座らせておいたこともあります。ただ座らせておくだけでなく、柴犬の口に手紙も加えさせておきました。当然、会社に来ると役員は驚きます。
置物だとわかって手紙を開いてみると、「今日、お昼をご一緒できませんか」というぼくのメッセージが現れる。
「なんだ、松山か。あいつ!」と、驚きの表情が笑顔に変わります。いたずら心がみんなを笑顔にさせる。
こんな「誰かのために」を考えてみるのも楽しいですよ。ふとんの中でそんなことを考えていると、飛び起きたくなります。
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