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第 1章 ダークな性格とはどういうものか

目 次

序章名前をつけられることで注目される/面接でその人の将来を想像する/面接での直観は信用できるのか/ダークな性格は外在化問題に結びつきやすい/そもそも「性格」とは何なのか/良い性格と悪い性格は合わせ鏡/心理学の中の良し悪しの研究/ダークな性格の測定/ダーク・トライアド研究の広がり

第 1章 ダークな性格とはどういうものか

1 四つの典型的なダークな性格ダークな性格を表現する言葉 2 マキャベリアニズムとサイコパシーマキャベリアニズムの発見/サイコパシーという心理特性/典型的なサイコパスとは/サイコパシーの測定ツール 3 ナルシシズムとサディズムナルシシズムという言葉の由来/病理としてのナルシシズム/過敏なナルシシズムの側面/ナルシシズムの測定方法/サディズムという言葉の由来/測定されたサディズムの特徴 4 五つ目の性格スパイトと、ダークさの中心五つ目のダークな性格、スパイトとは何か/ダークな性格の中心

序章†名前をつけられることで注目される「ガクチカ」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。大学の授業を受講した学生が書いた感想で、私は初めてこの言葉を知りました。 最初は「何の省略形だろう」と、まったくもととなる言葉を思いつかなかったのですが、ネットで検索してみて初めて「学生時代に力を入れたこと」の省略形だということを知ったのでした。「学」「力」から「ガクチカ」です。「学生時代に力を入れたことは何ですか?」という質問は、就職活動の面接で学生たちがよく投げかけられる問いなのだそうです。おそらく昔から同じような質問が就活の場面で出されていたのではないでしょうか。しかし、あまりに多くの就活の面接場面でこの問いが出されてきたことと、学生たちも「どう答えたらよいのだろう」と戸惑うことが多いこともあるのだろうと想像されます。それでとうとう、一言でこの質問を表現する「ガクチカ」という名前がつけられてしまったというわけです。 いったん名前がつけられると、この質問そのものに焦点が当てられるようになります。面接する側は、「次の学生にはガクチカを聞いておくか」とか「さっきの学生のガクチカはいい内容だったね」などといった会話を交わしているかもしれません。面接を受ける側も同じです。「また ガクチカ 聞かれちゃったよ」「あそこの面接のガクチカ、なんて答えた?」といった会話が交わされている様子が想像されます。 また、名前がつけられると、対策に対する焦点も絞られていきます。インターネットで検索をすれば、きっと数多くの「ガクチカ対策」の記事がヒットしてくることでしょう。志望動機を述べるときとガクチカを述べるときではそれぞれどのような相違点や注意点があるのか、自分の特徴をガクチカの中で主張していくためにはどうしたらいいのかなど、さまざまなポイントが整理されているはずです。 何気ない行動についても、そこに名前がつけられることで、具体的な現象が浮かび上がってくるような効果が生じます。これこそが名づけの効果と言えるようなことなのですが、これはとても面白い現象です。 本書で紹介する悪い性格、ダークサイドの心理特性についても、同じような特徴があります。ふだんは何気なく人々が行っている行動やふるまい、なんとなくその人から感じられる特徴や雰囲気があります。それらをまとめて、ある一つの名前がつけられるのです。そして名前がつけられることで、ある一定の範囲の特徴に焦点が絞られて、研究の対象となっていきます。すると、その特徴の詳しい内容や発達的な形成要因、どれくらい生涯にわたって変化していくか、伸ばしたり抑制したりすることはできるのかなど、関連するさまざまな特徴が明らかにされていきます。†面接でその人の将来を想像する さて、面接の話をもう少し、続けてみましょう。 これまでに何度も、面接を受ける立場になったことがありますし、面接をする立場になったこともあります。 私自身の大学入試を思い起こすと、その時に面接試験はありませんでした。しかし、大学院の入試では面接を受けましたし、修士や博士の学位を取得する際には口頭試問がありました。そして最初の大学へ就職する際にも、現在の大学に移る際にも採用面接を受けています。面接を受けた経験はそれほど多くはありませんが、どの面接を思い出しても、緊張していた記憶が呼び起こされます。 大学教員になってからは、面接をする側に回る機会も増えました。大学入試での受験生を対象とした面接の経験もありますし、大学院の入学試験でも面接試験が重視されます。所属する大学教員の新規採用にかかわる面接も、私たち大学教員の大切な仕事です。 面接をしながら思うことは、「数年後にどのような学生になっているだろうか」ということです。活躍する人物になっているだろうか、学内で混乱を引き起こすような人物になっていないだろうか、無事に卒業(修了)してくれるだろうか、そんなことを何となく頭に思い浮かべながら、面接をしていきます。つまり、面接では将来を想像することが重要なのです。 ときに、将来その受験生が入学後、何らかのトラブルを引き起こしそうな予感が得られる場合があります。しかし、目の前の学生に決定的な振る舞いがあるわけではないのです。説明しづらいのですが、その学生のどこかを見て何かを感じるのでしょう。映画『スター・ウォーズ』シリーズには毎回必ず、” I have a bad feeling about this.(嫌な予感がする)”というセリフが登場する場面がありますが、まさにそのような感覚です。†面接での直観は信用できるのか 面接の際に直観的な判断に頼るのはいかがなものか、という意見もあります。私たちの直観的な判断は、当たることもあれば大きく外れることもあるからです。私たちが直観をうまく活用するためには、直観的な判断を行った結果について、適切なフィードバックを受けることが必要です( 1)。仕事で試行錯誤を行って、成功や失敗の経験を積み重ねていくと、次第に直観的に正しい判断を行う確率が上昇していきます。 これは誰にでも生じる可能性があることで、その経験を積んでいない人から見ると、「どうして、そこでその判断ができるのだろう」と不思議に思う場面すら生じてきます。つまり、面接で直観的により正しい判断を行うためには、面接で応募者の判断を行って、採用した人が本当に入学後、入社後に活躍するという結果のフィードバックを受けて、その直観を鍛えていくことが重要なのです。 ただし、ここには一つ、大きな問題があります。面接の結果の判断は、「合格者だけ」からしか得ることができないからです。正しく結果を判断するためには、合格者と不合格者を比較しなければいけません。ところが、面接で不合格だった人は入学や入社をしてこないのですから、その不合格だった人物がその後に活躍するのかどうか、本当に不合格に相応しい程度にしか活躍できないのかについては、判断ができません。面接における直観的な判断というのは、その結果が正しいかどうかを適切に学習することができる構造にはなっていないのです( 2)。 直観的な判断は、よい結果をもたらす場合もよくない結果をもたらす場合もあります。誤った判断に気づくことなく、その判断を修正しないまま時間が過ぎてしまうこともよくあることです。しかも、いったん信じてしまうことで現実の一部だけを選択して認識したり、現実を歪めて認識したりすることで「やはり当たっている」と確証バイアスに基づいて判断してしまうこともよく生じます。ですから、直観を信じすぎることもよくありません。しかしその一方で、多くの意思決定を行う必要がある中で、直観的な判断を全く信じないで毎日の生活を送ることも難しいものです。 自分の直観的な判断が正しいかどうかを考える際には、その学習が適切な環境下で行われているかどうかを考える必要があるのです。しかし、その判断を行うことは、実際にはなかなか難しい問題です。†ダークな性格は外在化問題に結びつきやすい 心理学で行動面・心理面の問題を論じるとき、大きく二種類に分けることがあります。一つは内在化問題、もう一は外在化問題と呼ばれます( 3)。これは、幼児期から青年期くらいの若い世代に見られるさまざまな問題を整理して論じる際に用いられる枠組みです。 内在化問題というのは、落ちこんだり不安に思ったり、恐れを抱いたりするなど、自分自身の内部の問題を抱える状態のことを指します。一方で外在化問題というのは、自分自身の欲求や衝動をあまり抑制することができず、注意散漫になったり、攻撃的で反抗的な行動をとったりするなど、反社会的な行動につながりやすい状態のことを指します。 採用時や入試の面接で「嫌な予感がする」というときの内容は、内在化問題というよりも外在化問題に関係する不安だと言えます。外在化問題は、学校や職場の場面でのトラブルにもつながりやすいと考えられるからです。そうなのであれば、事前にトラブルになりそうなのかどうかを見極めたいと思うのも無理はありません。 そして、本書で焦点を当てるダークな性格特性は、外在化問題に結びつきやすい個人の特徴を指します。ただし、二次的に内在化問題が顕在化することもあります。たとえば、外在化問題が原因で周囲の人々との関係がうまくいかず、結果的に悩んだり落ちこんだり、イライラが募ったりすることへとつながる可能性もあります。内在化問題と外在化問題は大きな問題行動の分類ですが、互いに無関係なのではなく、相互に密接に関係しているのです。†そもそも「性格」とは何なのか 本書では、ダークな性格特性と呼ばれる、一連の性格群を取り上げていきます。 そもそも、「性格」とは何なのでしょうか。 一般的に「性格」というと、人によってさまざまなイメージや疑問が浮かぶかもしれません。たとえば、性格は生まれながらのものなのだろうか、いったん形成されたらもう変わらないのだろうか、性格と気質は違うものなのだろうか、性格と能力やスキルとは何が違うのだろうか、などです。本書では、トピックごとに説明を加えながら、性格とは何かということについても説明を加えていきたいと思います。 ここでは前提として、性格は「体重とよく似た扱い方をする」と考えてはどうかと提案してみます。図 ①は、二〇二一年度の高校三年生男子の体重の人数分布を表したものです。体重は「重い」「軽い」と単純に分類できるようなものではなく、個々人で少しずつ違う値を示します。もちろん全く同じ体重の持ち主もいますし、図で示されているように高校三年生男子の中には三〇㎏台のとても軽い人から一二〇㎏以上のとても重い人たちもいます。しかし、おおよそ多くの人はある程度の範囲におさまっていて、とても軽い人やとても重い人は多くありません。

また、体重は安定しつつ変化もします。ダイエットや食習慣、運動習慣によって重くもなりますし、軽くもなります。ただし、すべての人が同じことをしたときに、同じように重くなったり軽くなったりするわけではありません。人によって変動の幅は異なりますし、そもそも体格が違うのですから、各個人にとって最適な体重も異なります。 性格も同じように考えてみましょう。たとえば、外向性(逆は内向性)です。性格検査によっては、「外向型」「内向型」と分類するものもあるのですが、実際にはそのように単純に分類できるわけではなく、個々人で少しずつ違う値を示します。多くの人は平均近くに位置していて、極端に外向的な人も、極端に内向的な人も、それほど多くいるわけではありません。 そして、性格も安定しつつ変化します。進学したり、仕事を始めたりして新しい人間関係が広がっていくと、外向性も影響を受けることが知られています( 4)。ただし、非常に内向的なところから非常に外向的なところへとコロコロとジャンプするように変化するわけではありません。まさに体重の変化のように、生活が変われば少しずつ変化していくのです。「性格特性」という言葉を使うときには、低い得点から高い得点まで連続的に人々が並ぶように、性格を数直線で表現することを指します。本書で扱う性格は、ここで説明したような性格特性として表現される連続性を伴ったものだと考えていただければと思います。†よい性格と悪い性格は合わせ鏡 一九九〇年代なかば以降、ポジティブ心理学が注目されるようになりました。心理学の関心の中心が、精神的な病理や人間の弱さなどネガティブな側面から、人間の強さや美徳などポジティブな側面へと移っていく大きな流れが生じたのです( 5)。もちろん、抑うつや不安、薬物乱用、統合失調症など多くの問題から目をそらしたわけではありません。予防という観点から、問題を事前に防ぐさまざまなポジティブな意味をもつ心理的側面を高めていくことに注目が集まり、その効果が確認されてきたのです。 一九九〇年にポジティブ心理学が提唱されてから二〇二一年までに発表された、ポジティブ心理学の文献の特徴を整理した研究があります( 6)。この研究によると、この間に世界九六カ国・地域の研究者が五〇〇〇本以上のポジティブ心理学に関連する研究論文を発表しており、二〇二〇年前後にはそれ以前よりもさらに多くの論文が発表されるようになっていました。三〇年あまりの間に、ポジティブ心理学は現在の心理学の中でひとつの大きな研究領域へと急速に発展してきたのです。 二一世紀に入った二〇〇二年、マキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズム(自己愛)という三つの性格特性に注目し、これら共通する要素をもつ三つをダーク・トライアドとまとめて呼ぶことを提唱する論文が公刊されます( 7)。この論文の執筆者の一人が、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のデル・ポールハス教授です。それ以前まで、これら三つの性格特性は個別に研究されていました。 私自身、一九九〇年代の学生時代からナルシシズムについて研究をした経験をもちますが、マキャベリアニズムやサイコパシーについては、それぞれの研究について目にしたことはあるものの、一緒に研究しようという考えは浮かびませんでした。それぞれの性格特性は、それぞれが独自の研究の歴史をもちます。ナルシシズムを研究していた当時は、その概念の中で研究をしており、他の概念と一緒に組み合わせて研究をしようとは思わなかったのではないかと、当時を思い出します。ポールハスが提唱したダーク・トライアドは、それぞれの中で行われていた研究について扉を開け、相互に結びつけるような役割を担うこととなりました。 ポジティブな心理学的側面やよい性格への注目とダークで悪い性格への注目は、まるで合わせ鏡のような存在です。 そもそも、心理学で性格(パーソナリティ)という概念は、どちらかというと価値中立的なものとして扱われてきた歴史があります。しかし授業のなかでもよく「よい性格とは何ですか」「悪い性格とは何ですか」という質問を受けることもあります。性格の良し悪しは、その性格の内容で決まるわけではありません。性格の良し悪しは「どのような結果に結びつくか」で判断されます。よい結果に結びつくことが示された性格は「よい性格」であり、悪い結果に結びつく性格は「悪い性格」なのです。簡単に思えますが、しかしそんなに簡単な話でもありません。性格がよい結果に結びつくか悪い結果に結びつくかは、状況との兼ね合いにもよるのです。 たとえば、一人でいることよりも多くの人と一緒にいる場面を心地よく感じる外向的な人物は、社会的な関係が求められる場面では「よい」性格だとみなされます。しかし、新型コロナウイルス感染症( COVID‐ 19)が広がり、国や自治体から自粛要請が出ているような状況下では、外向的な人物はストレスフルになったり( 8)、自宅待機をすることにがまんができず無理に外出することで感染を招いてしまったりする可能性もあります( 9)。このような状況下では、外向性という性格特性は「望ましくない」ものになるというわけです。 一方で、ポジティブ心理学のムーブメントは、明らかにポジティブで望ましい心理特性やよい性格というものを正面から研究として取り上げるハードルを下げる効果をもたらしたと言えます。将来のポジティブな結果を期待する「楽観性」、ネガティブな出来事を経験して落ち込んだ状態からうまく回復する「レジリエンス」、人間関係や自然やさまざまなことに対して抱く「感謝」、物事をやりぬく力となる「グリット」、自分自身にポジティブな感覚を抱く「自尊感情」、自分を受け入れる「自己受容」、瞑想状態になりストレスを緩和する「マインドフルネス」、人生や生活について満足する程度である「人生満足度」や「生活満足度」、心身共に満たされたれた状態である「ウェルビーイング」など、ポジティブ心理学のムーブメントの中で発展してきた研究テーマは非常に数多くのものがあります。 ダーク・トライアドは、このポジティブ心理学のムーブメントの裏面にあたるような存在です。ポジティブ心理学の広まりとともに、より「望ましい」とされる心理特性やよい性格を大きく取り上げる機会が広がっていきました。その流れに呼応するように、より「望ましくない」、より「悪い」と考えられる性格特性そのものを研究することについても、抵抗感が薄れていった印象があります。†心理学の中の良し悪しの研究 見方を変えると、ポジティブ心理学とダークな性格という研究の両面は、それまで「この手の研究をあまり積極的に行わない方がいいのではないか」とイメージされてきた領域に、光を当てるものでもありました。 心理学で「よい」「悪い」を研究対象としてこなかったわけではありません。たとえば発達心理学では、より望ましい方向への年齢に伴う心理面での変化を研究対象とします。しかし、私が心理学のトレーニングを受ける中でも、研究の中で価値観を伴う判断は慎重に行うようにと習ってきました。病理的な状態を正常へと引き戻す研究は、比較的価値観は明確です。実際に困っている人がいるのですから、それを正常な方向へと向かわせるのです。 しかし、正常範囲内で「より望ましいもの」「より望ましくないもの」を考える場合には、判断基準が曖昧になります。よくても悪くても、あくまでも「正常の範囲内」であり「健康な一般の人々の範囲内」の問題なのです。もちろん、日々の生活の中で私たちは喜んだり悲しんだり、落ちこんだりもします。ただしそれは、何も手につかず仕事も勉強も長期にわたってすることができない、日常生活が成り立たないような落ち込みや悲しみではありません。 一般の人々の中での「よさ」「悪さ」とは何なのか、何をもって「よい」とするのか、「悪い」とするのか。ポジティブ心理学やダークな性格の研究は、私たちが価値についてどのように考えるべきであるのか、判断を迫ってくるのです。

†ダークな性格の測定 ダーク・トライアドという枠組みは提唱されたものの、二〇〇〇年代はあまり注目されないまま時間が過ぎていきます。この流れが変わった一つのきっかけは、二〇一〇年にピーター・ジョナソンが発表した Dark Triad Dirty Dozen( DTDD)と呼ばれる心理尺度です( 10)。これは、たった一二個の質問項目で、三つのダーク・トライアドの側面を測定するという画期的な心理尺度でした。 それまで、ダーク・トライアドの研究ではマキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズムはそれぞれの研究の中で開発された尺度が使われていました。マキャベリアニズムを測定する Mach‐ IVと呼ばれる尺度は二〇項目( 11)、サイコパシーの心理尺度は複数のものが開発されていますが LSRPと呼ばれる尺度は二六項目( 12)、 SPR‐ Ⅱと呼ばれる心理尺度は六〇項目もあります( 13)。そしてナルシシズムの尺度としてよく使われる NPIという心理尺度も海外では四〇項目版がよく使われます( 14)。これらの心理尺度を使ってダーク・トライアドを測定すれば、それだけで八〇項目以上、心理尺度の組み合わせによっては一〇〇項目以上の質問項目に回答を求めなければいけなかったのです。 このような研究手続きの様子を見ると、たった一二項目でダーク・トライアドの三つの心理特性を測定できるというのが、いかに画期的な研究だったのかが想像できるのではないでしょうか。そして実際に、 DTDDが発表されて以降の二〇一〇年代は、ダーク・トライアドに関連する研究が世界中で爆発的に増加した時期でもあったのです。 この頃、特にヨーロッパで開催された性格心理学会に参加すると、ダーク・トライアドに関連する研究発表がとても多くなったという印象がありました。そこで発表されていた研究にも触発されて、ヨーロッパで開かれていた学会に参加していた日本人研究者たちと一緒に DTDDの日本語版を開発し、論文が公表されたのは二〇一五年のことでした( 15)。 DTDDはダーク・トライアドの測定をきわめて簡便なものとした意義は大きいのですが、その一方であまりに簡便化しすぎているのではないかという批判も行われます。そこで、マキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズムが意味する多様な内容をもう少し加味した形で、かつ比較的簡便にダーク・トライアドを測定することができないかという目的で開発されたのが、 Short Dark Triad( SD 3)という心理尺度でした( 16)。 開発したのは、ダーク・トライアドの提唱者であるデル・ポールハスと、その指導生で現在はネバダ大学リノ校の心理学者ダニエル・ジョーンズです。 SD 3はマキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズムそれぞれを九項目、合計二七項目でダーク・トライアド全体を測定します。一二項目の DTDDほど少ない質問項目数ではないのですが、 DTDDよりもダーク・トライアドが意味する多様な内容を含んだ測定ができるのではないかと期待されていました。なお、この SD 3の日本語版尺度は二〇一七年に発表されています( 17)。ダーク・トライアドを測定する代表的な心理尺度である DTDDと SD 3が日本語化されたことで、日本でもダーク・トライアドの研究が行われるようになってきました。†ダーク・トライアド研究の広がり 心理学の他の研究テーマについても同じなのですが、測定ツールが開発されると、その領域の研究が一気に増加していきます。 DTDDと SD 3の開発は、世界中でダーク・トライアドの研究を刺激していきました。 実際に、どのように研究の数が増えていったのかを数字で見てみましょう。アメリカ心理学会( AP A)が提供する心理学関連の論文データベース、 PsycINFOを使います。論文のアブストラクト(要約)に「 Dark Triad」というキーワードが書かれている文献の数を、二〇〇一年から五年ごとに確認していきます。論文のアブストラクトには、その論文の中で扱っている重要なテーマが記載されています。アブストラクトに「 Dark Triad」と記載されているということは、ほぼ間違いなくその論文の中で「 Dark Triad」が、重要な概念として扱われているだろうと考えることができます。 二〇〇一年から二〇〇五年 五件 二〇〇六年から二〇一〇年 二四件 二〇一一年から二〇一五年 二〇三件 二〇一六年から二〇二〇年 五〇六件 二〇二一年以降(二〇二三年一二月末まで) 四〇八件 二〇一一年以降、発表された論文の数が一気に増えていったこと、そして現在もその勢いは衰えていないこともわかるのではないでしょうか。それだけ、現在でも世界中の多くの研究者たちがダークな性格に興味を抱いて研究を積み重ねているのです。 では、悪い性格、すなわちダークな性格とは何なのでしょうか、私たちにとってどのような意味があるのでしょうか。次の話題に進めていきましょう。

第 1章ダークな性格とはどういうものか

1 四つの典型的なダークな性格 性格が何であるかはいったん置いておき、確かなことは、性格が言葉で表現されるものだという点です。 二〇世紀のはじめ頃、アメリカの心理学者オールポートとオドバートは、辞書から人間を形容する単語を抜き出して整理する研究を行っています( 18)。人間を何らかの形で形容する可能性のある単語が約一万八〇〇〇語、時間と場所を超えて安定した個々人の特徴をあらわす性格用語として用いる可能性がある単語は約四五〇〇語が見出されました。いわば、人間の性格を表現する最大の単語数は、それくらいだと言うことができそうです。ちなみに日本でも同じような試みは行われています。研究によっても異なりますが、数百から数千語が、性格を表現する言葉になりえると考えられます( 19)( 20)。†ダークな性格を表現する言葉 では、ダークな性格は、どのような言葉で表現されるのでしょうか。ダークな性格の場合には複雑な心理的な動きが表現されますので、単に「暗い」とか「危ない」といったように、短い単語で表現するのはちょっと難しいと考えられます。 研究で用いられている心理尺度ではないのですが、これまでの研究から描くことができる、ダークな性格それぞれの特徴を書いた短文を示します。それぞれの短文を読んで、自分にどれくらいあてはまるか、自分がどれくらいこれらのことを思いがちかについて、考えてみてください。平均点や「何点以上だとあなたはこれくらい」という、わかりやすい基準があるわけではありません。ただし、一〇の短文のうち半分以上について「そのようなことを考えることがよくある」ということであれば、あなたにはその特徴がある程度のレベルで備わっていると言えるかもしれません。 ここで示したのは、よく研究されている四つの代表的なダークな性格です。では、一つずつ説明していきましょう。

表 ① ダークな性格の特徴〈マキャベリアニズム〉 1 力のある人は味方につけておきたい 2 復讐するなら最適なタイミングを待つべきだ 3 自分が不利になるようなことを伝える必要はない 4 人をうまく動かすのは難しいことではない 5 何かに利用できる情報がないか気にかけることも大切だ 6 他人を信頼しきってしまうのは誤りだ 7 噓をつくこともときには必要だ 8 うまくいかないことはできるだけ自分の責任にしたくない 9 秘密を守り通すことも重要だ 10 世の中は弱肉強食の世界だと思う〈サイコパシー〉 1 報復するときは手加減せず冷酷にすべきだ 2 自分の敵に対しては容赦しないつもりだ 3 欲しいものは必ず手に入れる 4 退屈さを感じることが多い 5 しっかり計画を立てるよりすぐ行動する 6 お金や地位を目標にして行動する 7 損か得かを考えることが大切だ 8 他の人が苦しんでいても気にならない 9 他の人のために何かをすることはばからしい 10 見つからなければ少しくらい無茶をしても構わない

〈ナルシシズム〉 1 自分は他の人よりも能力が高い 2 周囲の人に大きな影響を与えている 3 注目の的になりたい 4 自分は賞賛されるべき人間だ 5 自分がいなければ何もかもうまくいかない 6 自分は有名な人物になるはずだ 7 周囲の人を言いくるめるのは得意だ 8 批判されると怒りが収まらない 9 自分の弱さを見せたくない 10 注目されないと気分が落ちこむ〈サディズム〉 1 血が吹き出る場面を見るとわくわくする 2 激しい格闘技を見るのが好き 3 グロテスクな場面をつい何度も再生する 4 人が苦しむ様子をつい見てしまう 5 他の人が苦痛を抱くことを期待することがある 6 リアルに死ぬ場面があるゲームが好みだ 7 正直言うと、人を傷つけてみたい 8 戦闘場面を見るのが好き 9 自動車事故やカークラッシュの動画をつい見てしまう 10 負けた人を馬鹿にしたい時がある

2 マキャベリアニズムとサイコパシー†マキャベリアニズムの発見 一九五〇年代半ば、アメリカのコロンビア大学の社会心理学者であり性格心理学者でもあったクリスティは、政治的行動の研究プロジェクトに参加する中で、特定の特徴をもつ人々に関心を抱いていきました。それは、民族的な偏見を公言するような人々であり、政治的には右派で過激派に属するような人々でした。文献を整理する中で、他の人々を操作するというのが、その特徴の中心にあるのではないかと考えられていきました( 21)。 このような人物の特徴は、次の四点にまとめられます。 第一に、対人関係における感情の欠如です。他の人々を思い通りに動かすためには、相手に共感するのではなく、調べるべき対象として見ることが必要となります。他の人に感情移入すれば、相手の視点に立ち相手の気持ちになって物事をとらえる場面が増えていきます。しかし相手にその人が望まないことをさせようとするためには、感情移入をしないことが有利になるのです。 第二に、従来からある道徳の内容に関心を抱かないことです。他の人々を自分の思い通りに動かそうとすることは、一般的にあまり好ましいことだとは思われていないと考えられます。そして、操作される側と操作をする側の立場について考えてみれば、相手を操作する側は、何が道徳的であり何が許されないのかという問題をあまり気にしていないのではないかと想像されます。 第三に、重大な精神病理を持たないことです。他の人を操作するという特徴をもつ人は、他の人がどのような状況にあるのか、また現在自分を取り巻く状況がどのようなものであるのかについて、現実を歪めた見方をしている可能性があります。しかし一方で、他の人をうまく操作するためには、病理的な範囲ではなく、正常な範囲内で物事を見る必要があります。事実を正しくとらえて、計画的にうまく相手を操る必要があるからです。 第四に、イデオロギーへのコミットメントの低さです。他の人を自分の思い通りに動かすときには、物事をうまくなし遂げることに焦点を当てる必要があります。一方で、思想信条や自分が所属する集団が将来的に向かう先のことには、あまり意識が向かわないと考えられます。他の人を思い通りに操作しようと試みる人は、大きな理想よりも、自分自身の目の前にある成功のための戦術に焦点が当てられているのです。社会全体の大きな達成や、組織の成功よりも、個人の利益に焦点が当てられる傾向があるのです。 クリスティらは、人々の上に立つ権力をもつ人々へのインタビューや文献調査を繰り返す中で、一五世紀から一六世紀にかけて現イタリアのフィレンツェ共和国の秘書官や外交官を務めた、ニッコロ・マキャベリの著作に注目します。マキャベリの著作では、歴代の君主や権力者の事例を挙げながら、権力を得て保持し続けるために必要とされる技量がまとめられています。しかしその一方で、このマキャベリの著作の読者たちの中には、政治や政治家に対してネガティブなイメージを抱く人々も多くいたようです。その結果として一七世紀にはすでに、狡猾で権謀術数を使う政治の議論の中で、どのような手を使っても国家の利益を最優先で考える姿勢のことを、マキャベリアニズム( Machiavellianism)と呼ぶようになっていったようです。 クリスティらは、マキャベリの君主論の内容に合致すると考えられる七一項目をまとめて、 Mach-IIと呼ばれるマキャベリアニズムを測定する心理尺度を作成しました。ちなみに「 Mach」は、「マッハ」と呼ばれています。この尺度からさらに Mach‐ IVや Mach‐ Vと呼ばれる改訂版の心理尺度が構成されていき、マキャベリアニズムに関する研究は多方面に発展していきました。 マキャベリアニズムの特徴は、「目的は手段を正当化する」という言葉に集約されます。社会的なルールを軽視することに加えて、戦略的に他者を利用すること、操作しようとすること、斜に構えた形で世界を見ることなども、マキャベリアニズムの特徴です。そして、測定されたマキャベリアニズムの特点は、次に述べるサイコパシーの特点と重なる部分が大きいという特徴ももちます。この点は、異なる研究の文脈から研究が進められてきたにもかかわらず、ダークな性格として重複する部分があることの一つの証拠となります。†サイコパシーという心理特性 まず、「サイコパス」という言葉は人物のことを指し、「サイコパシー」という言葉はサイコパスがもつ心理的な特性のことを指すものだと区別しておくことは重要です。一般的な「サイコパス」という言葉の使われ方としても、猟奇的な特徴をもつ「人物」を指すときに用いるのではないでしょうか。一方で、心理学の研究の中では、人物よりも性格特性そのものに焦点が当てられることが多くなります。サイコパスがもつ心理的な特徴を指すときには、「サイコパシー」という言葉を使うことになります。 サイコパシーという概念も古くから取り上げられており、この概念の存在自体を否定する研究者も肯定する研究者もこれまでに数多く存在しています( 22)。一九世紀にはフランスの精神科医フィリップ・ピネルが、衝動性や暴力傾向を伴う精神疾患の存在について記述しています。そしてその後、背徳症や道徳的狂気とも訳される「 moral insanity」という言葉が用いられるようになっていきます。これは道徳的な感覚における問題を記述する用語で、現在のサイコパシー概念に通じる部分があるのですが、現在のように精神病理の病態が整理されるよりもずっと前の時代の概念です。この言葉で表される範囲の中には、現在の躁うつ病や発達障害など、広く多くの特徴が含まれています。 二〇世紀に入ると、自己中心的で社会とあまりかかわりをもたず、攻撃性や衝動性をもち、罪悪感が欠如しており、愛情を伴った人間関係を形成することが難しいという特徴をもつ人物として、サイコパスへの関心が高まります。そしてサイコパスは、心理学や精神医学の研究対象としても、興味深い人物像の一種として書籍の中でも取り上げられるようになっていきます。ちなみに日本では当時、サイコパシーというカタカナの訳語よりも、「精神病質」という言葉のほうがよく使用されていました。 精神病質という言葉は、ドイツ語の Psychopathischという単語の訳語として作られました( 23)。このドイツ語の単語自体、精神障害的あるいは精神病的という広い意味で用いられており、多くの精神的な障害を包括する意味をもっていました。その後、精神医学の研究が発展する中で、精神疾患をあらわす別の専門用語が用いられるようになって以降、精神病質という言葉から精神疾患の意味が失われていきます。結果的に、精神病質は現在のサイコパシーに近い意味をもつようになっていったのです。 ところで「社会に反する」という言葉を使うときに、「反社会的( antisocial)」と「非社会的( asocial)」という二つの表現があります。反社会的という言葉は「反社会的勢力」や「反社会的集団」という表現で用いられるように、社会の常識や習慣から逸脱することを指します。一方で非社会的という言葉は、他者と一緒にいることを避け、社会から距離を置いた状態のことを指します。サイコパシーの持ち主は「反社会的」と表現されることがあるのですが、意識して他者を傷つけようと意図するわけではなく、自らがもつ自己中心的な欲求に対して社会がそれを妨げてしまうことが多いことから、結果的に反社会的な状態になってしまうことが多いと考えられています。この点で、サイコパスは反社会的というよりも非社会的なのだという指摘もなされているようです( 24)。†典型的なサイコパスとは さて、二〇世紀の半ばにサイコパシーという概念を世の中に広めたのは、アメリカの精神医学者クレックリーです。彼の著書『 The Mask of Sanity』(一九四一年刊行)では、当時の精神疾患の定義ではうまくとらえることが困難である一方で、人々に何らかの害をもたらす一五名のサイコパス事例が詳細に

記述されています。そこから浮かび上がった特徴は、次の一六項目にまとめられました。 ❶表面的には魅力があり、優れた知性をもつ。 ❷妄想やその他の不合理な思考の兆候がない。 ❸不安や緊張など精神神経的な症状が見られない。 ❹信頼できない。 ❺不誠実で偽善的である。 ❻良心の呵責や羞恥心が見られない。 ❼明確な動機づけなく反社会的な行動をする。 ❽判断力に乏しく、経験から学ばない。 ❾病的な自己中心性をもち、愛する能力が欠如している。 ❿主要な感情反応が全体的に見られない。 ⓫特定の領域で洞察力が欠けている。 ⓬対人関係全般に無反応である。 ⓭飲酒を伴う(時には伴わない)風変わりで魅力的ではない行動をとる。 ⓮自殺はほとんどしない。 ⓯性生活は非人間的で些細なもので、うまく統合されていない。 ⓰人生設計に従わない。 これらについて、少し詳しく見ていきましょう。典型的なサイコパスは、はじめて出会ったときには魅力的に映り、特異な思考をしたり、何かが欠けたりしているようには見えません。精神的な疾患を抱えているようにも見えず、むしろ穏やかな人物にさえ見えるようです。初対面では一見、信頼できそうに見えるものの、つきあいが続いていくと多くの場面で責任感を示さないことに気づきます。 また、人々が重要だと考える価値観やルールを明らかに軽視しており、そのことを気にしないような態度をとります。そして自分の責任になりそうな出来事を何とか回避して、うまくやり過ごそうと画策します。このような人々は、平気で人を騙したり、見捨てたり、困らせたり、噓をついたりします。時にその行動が、社会では認められていない法に反する行為になる場合もあります。法や社会的な慣習に反しても、自分自身が手に入れたいもののために行動することをいとわないのです。 さらにサイコパスは、他者への配慮や愛情を注ぐことに欠けており、自分自身のことばかりに関心が向かいます。それだけでなく、興奮すること、怒りにまかせて行動すること、熱狂することや喜ぶことなど、全般的に感情的な反応が欠けているのです。サイコパスは十分な知的能力をもっているにもかかわらず、時に稚拙な言い訳をして責任を逃れようとする、洞察力の欠如を示すこともあります。特に、何かの目標を達成しようと画策するときには、対人関係の中で感謝の気持ちや礼儀を示さなくなります。まったくお酒を飲むことができないサイコパスもいますが、アルコールを伴って無礼な態度を示したり、大騒ぎをしたりするケースは見られるようです。 ときにサイコパスは破滅的な行動をとるように見えるのですが、自殺を試みることとは無縁に見えるとのことです。その背景には、自分自身の責任を回避しようとすること、自責感や良心の呵責を抱かないこと、感情の揺れ動きが少ないことがありそうです。ただし、自殺をほのめかして他の人の同情を買おうとするなど、演技をすることはあるようです。このような感情面に欠けた特徴は、恋愛や性交渉にも現れてくることでしょう。場当たり的な対応を続けるサイコパスたちは、人生全体の目標を立てて着実に進んでいく姿勢に欠けていると考えられます。†サイコパシーの測定ツール 二〇世後半になると、カナダの犯罪心理学者ロバート・ヘアがサイコパスの研究で知られるようになっていきます。彼はブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーにある刑務所で心理学者として働く中で、刑に服しながらもなかなか行動を変容させない服役囚たちの特徴としてサイコパシーという概念に注目します( 25)。日本では、『診断名サイコパス──身近にひそむ異常人格者たち』(早川書房・一九九五年)の著者としても知られているのではないでしょうか。この本の中には、多くのサイコパスの事例が登場します。またヘアの名前は、サイコパシーの精神医学的評価ツールとして世界的に使用されるチェックリストである、 PCL‐ R( Hare Psychopathy Checklist-Revised)を開発したことでも知られています。 サイコパシーの測定がうまくいくようになると、より簡易に測定できる心理尺度も開発されていきます。 たとえばレヴェンソンの一次性・二次性サイコパシー尺度( PSPS)は、共感性や罪悪感の欠如など内面的な問題を表す側面と、衝動性や逸脱行動など行動上の問題を表す側面からサイコパシーを測定します( 26)( 27)。マキャベリアニズムと同じように、心理尺度が開発されることで、サイコパシーの研究も一気に多くの方面へと広がっていくこととなりました。やはり心理学では、心理尺度という道具をつくることで、研究が大きく進展するのです。 なお、インターネットなどで広まっている、いわゆる「サイコパス診断」については、実際にサイコパシーやサイコパスかどうかを測定できるわけではありませんので注意してください。イギリスの心理学者ケヴィン・ダットンは、著書『サイコパス──秘められた能力』( NHK出版・二〇一三年)の中で、インターネット上に広まっている「サイコパス診断」を、収監されており精神科医によって正真正銘のサイコパスだと診断された人々に出題するという試みを行っています。 結果は、インターネット上で示されている、サイコパスの回答だとされる答えを、本物のサイコパスは誰一人として口にしなかったというものでした。この本の中では、収監されているサイコパスの一人がテストを受けた際に、「おれは正気じゃないかもしれない。だけど、バカじゃないぜ」とコメントしたことが報告されています。 人々の中にイメージされているサイコパスと実際のサイコパスには、どうやらズレがあるようです。 3 ナルシシズムとサディズム†ナルシシズムという言葉の由来 ナルシシズム(自己愛)という言葉は、古代ギリシャのナルキッソス神話に由来しています。それは、次のようなストーリーです( 28)。 幼い頃から多くの妖精に愛されたナルキッソスは、美しい容姿の中に冷ややかな高慢が宿っており、他の人々に関心をもつことがありませんでした。多くの若者がナルキッソスに恋心を抱きましたが、ナルキッソスの心は動かされません。ナルキッソスに恋心を抱いてふられ、恥をかかされた一人の若者は、「彼も恋をしますように。しかし、決してその恋する相手をとらえることができませんように」と願います。すると女神がその願いを聞き入れました。 ある日、暑さに疲れたナルキッソスが泉の水を飲もうとしたとき、泉の水面に映る自分の姿に魅了されてしまいます。水面に映る自分自身の姿に、恋をしてしまうのです。しかしその相手に触れることはできません。ナルキッソスは、身動きもしないまま、食事も睡眠も忘れて自分自身の姿に見惚れてしまいます。ついには肉体も滅び、一輪のスイセンの花となってしまいました。 スイセンやスイセンの花のことを英語で narcissus(ナーシサス)と呼ぶのですが、それはこのようなギリシャ神話のストーリーからきています。 さて、自分の姿に恋をするナルキッソスのストーリーからナルシシズムという言葉が作られていきます。この言葉を最初に学問の場に持ち込んだのは、イギリスの医師で性科学者でもあるハヴロック・エリスでした( 29)。エリスは、鏡に象徴されるように自己賛美に没頭する女性を例に挙げて説明を試み、この考えからナルシシズムという概念へと発展させていきます。エリスが想定するナルシシズムは、若い女性における病理的な行動を説明するために用いられた概念でしたが、ここからさらに愛国心や外国人嫌悪についてもナルシシズム概念を用いて説明を試みています。その後、ナルシシズムという概念は少しずつ広がりを見せていきました。†病理としてのナルシシズム 本格的にナルシシズムの概念そのものについて洞察を深めていったのは、オーストリアの精神科医で精神分析学の創始者であるジグムント・フロイトです( 30)。フロイトはナルシシズムを、精神的なエネルギーであるリビドーが自我に向けられることと解釈します。 ナルシシズム概念はフロイトに取り上げられたことで、さらに多くの精神分析家や精神科医、研究者たちの注目を集めていくようになります。 アメリカ精神医学会が作成する精神疾患の国際的な診断マニュアルは、精神疾患の診断・統計マニュアル( DSM)と呼ばれています。一九八〇年に刊行された DSMの第三版( DSM‐ Ⅲ)では、自己愛性パーソナリティ障害という疾患が取り上げられます。その後、一九九四年に刊行された DSMの第四版( DSM‐ Ⅳ)そして二〇一三年に刊行された第五版( DSM‐ V)でも自己愛性パーソナリティ障害の記載は続けられており、 DSMに掲載されている一〇種類のパーソナリティ症(障害)の一つとして定着しています(なお、以前はパーソナリティ障害と呼ばれていましたが、パーソナリティ症という表現が定着しつつありますので、本書では両方の表現を使っています)。 表 ②に、それぞれのパーソナリティ症の名前と簡単な特徴を示します。これを見ると、ここまでに紹介してきた、マキャベリアニズムやサイコパシーの特徴も、反社会性パーソナリティ症やスキゾイドパーソナリティ症(シゾイドパーソナリティ症)と部分的に重なっていることが分かると思います。

記述されています。そこから浮かび上がった特徴は、次の一六項目にまとめられました。 ❶表面的には魅力があり、優れた知性をもつ。 ❷妄想やその他の不合理な思考の兆候がない。 ❸不安や緊張など精神神経的な症状が見られない。 ❹信頼できない。 ❺不誠実で偽善的である。 ❻良心の呵責や羞恥心が見られない。 ❼明確な動機づけなく反社会的な行動をする。 ❽判断力に乏しく、経験から学ばない。 ❾病的な自己中心性をもち、愛する能力が欠如している。 ❿主要な感情反応が全体的に見られない。 ⓫特定の領域で洞察力が欠けている。 ⓬対人関係全般に無反応である。 ⓭飲酒を伴う(時には伴わない)風変わりで魅力的ではない行動をとる。 ⓮自殺はほとんどしない。 ⓯性生活は非人間的で些細なもので、うまく統合されていない。 ⓰人生設計に従わない。 これらについて、少し詳しく見ていきましょう。典型的なサイコパスは、はじめて出会ったときには魅力的に映り、特異な思考をしたり、何かが欠けたりしているようには見えません。精神的な疾患を抱えているようにも見えず、むしろ穏やかな人物にさえ見えるようです。初対面では一見、信頼できそうに見えるものの、つきあいが続いていくと多くの場面で責任感を示さないことに気づきます。 また、人々が重要だと考える価値観やルールを明らかに軽視しており、そのことを気にしないような態度をとります。そして自分の責任になりそうな出来事を何とか回避して、うまくやり過ごそうと画策します。このような人々は、平気で人を騙したり、見捨てたり、困らせたり、噓をついたりします。時にその行動が、社会では認められていない法に反する行為になる場合もあります。法や社会的な慣習に反しても、自分自身が手に入れたいもののために行動することをいとわないのです。 さらにサイコパスは、他者への配慮や愛情を注ぐことに欠けており、自分自身のことばかりに関心が向かいます。それだけでなく、興奮すること、怒りにまかせて行動すること、熱狂することや喜ぶことなど、全般的に感情的な反応が欠けているのです。サイコパスは十分な知的能力をもっているにもかかわらず、時に稚拙な言い訳をして責任を逃れようとする、洞察力の欠如を示すこともあります。特に、何かの目標を達成しようと画策するときには、対人関係の中で感謝の気持ちや礼儀を示さなくなります。まったくお酒を飲むことができないサイコパスもいますが、アルコールを伴って無礼な態度を示したり、大騒ぎをしたりするケースは見られるようです。 ときにサイコパスは破滅的な行動をとるように見えるのですが、自殺を試みることとは無縁に見えるとのことです。その背景には、自分自身の責任を回避しようとすること、自責感や良心の呵責を抱かないこと、感情の揺れ動きが少ないことがありそうです。ただし、自殺をほのめかして他の人の同情を買おうとするなど、演技をすることはあるようです。このような感情面に欠けた特徴は、恋愛や性交渉にも現れてくることでしょう。場当たり的な対応を続けるサイコパスたちは、人生全体の目標を立てて着実に進んでいく姿勢に欠けていると考えられます。†サイコパシーの測定ツール 二〇世後半になると、カナダの犯罪心理学者ロバート・ヘアがサイコパスの研究で知られるようになっていきます。彼はブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーにある刑務所で心理学者として働く中で、刑に服しながらもなかなか行動を変容させない服役囚たちの特徴としてサイコパシーという概念に注目します( 25)。日本では、『診断名サイコパス──身近にひそむ異常人格者たち』(早川書房・一九九五年)の著者としても知られているのではないでしょうか。この本の中には、多くのサイコパスの事例が登場します。またヘアの名前は、サイコパシーの精神医学的評価ツールとして世界的に使用されるチェックリストである、 PCL‐ R( Hare Psychopathy Checklist-Revised)を開発したことでも知られています。 サイコパシーの測定がうまくいくようになると、より簡易に測定できる心理尺度も開発されていきます。 たとえばレヴェンソンの一次性・二次性サイコパシー尺度( PSPS)は、共感性や罪悪感の欠如など内面的な問題を表す側面と、衝動性や逸脱行動など行動上の問題を表す側面からサイコパシーを測定します( 26)( 27)。マキャベリアニズムと同じように、心理尺度が開発されることで、サイコパシーの研究も一気に多くの方面へと広がっていくこととなりました。やはり心理学では、心理尺度という道具をつくることで、研究が大きく進展するのです。 なお、インターネットなどで広まっている、いわゆる「サイコパス診断」については、実際にサイコパシーやサイコパスかどうかを測定できるわけではありませんので注意してください。イギリスの心理学者ケヴィン・ダットンは、著書『サイコパス──秘められた能力』( NHK出版・二〇一三年)の中で、インターネット上に広まっている「サイコパス診断」を、収監されており精神科医によって正真正銘のサイコパスだと診断された人々に出題するという試みを行っています。 結果は、インターネット上で示されている、サイコパスの回答だとされる答えを、本物のサイコパスは誰一人として口にしなかったというものでした。この本の中では、収監されているサイコパスの一人がテストを受けた際に、「おれは正気じゃないかもしれない。だけど、バカじゃないぜ」とコメントしたことが報告されています。 人々の中にイメージされているサイコパスと実際のサイコパスには、どうやらズレがあるようです。 3 ナルシシズムとサディズム†ナルシシズムという言葉の由来 ナルシシズム(自己愛)という言葉は、古代ギリシャのナルキッソス神話に由来しています。それは、次のようなストーリーです( 28)。 幼い頃から多くの妖精に愛されたナルキッソスは、美しい容姿の中に冷ややかな高慢が宿っており、他の人々に関心をもつことがありませんでした。多くの若者がナルキッソスに恋心を抱きましたが、ナルキッソスの心は動かされません。ナルキッソスに恋心を抱いてふられ、恥をかかされた一人の若者は、「彼も恋をしますように。しかし、決してその恋する相手をとらえることができませんように」と願います。すると女神がその願いを聞き入れました。 ある日、暑さに疲れたナルキッソスが泉の水を飲もうとしたとき、泉の水面に映る自分の姿に魅了されてしまいます。水面に映る自分自身の姿に、恋をしてしまうのです。しかしその相手に触れることはできません。ナルキッソスは、身動きもしないまま、食事も睡眠も忘れて自分自身の姿に見惚れてしまいます。ついには肉体も滅び、一輪のスイセンの花となってしまいました。 スイセンやスイセンの花のことを英語で narcissus(ナーシサス)と呼ぶのですが、それはこのようなギリシャ神話のストーリーからきています。 さて、自分の姿に恋をするナルキッソスのストーリーからナルシシズムという言葉が作られていきます。この言葉を最初に学問の場に持ち込んだのは、イギリスの医師で性科学者でもあるハヴロック・エリスでした( 29)。エリスは、鏡に象徴されるように自己賛美に没頭する女性を例に挙げて説明を試み、この考えからナルシシズムという概念へと発展させていきます。エリスが想定するナルシシズムは、若い女性における病理的な行動を説明するために用いられた概念でしたが、ここからさらに愛国心や外国人嫌悪についてもナルシシズム概念を用いて説明を試みています。その後、ナルシシズムという概念は少しずつ広がりを見せていきました。†病理としてのナルシシズム 本格的にナルシシズムの概念そのものについて洞察を深めていったのは、オーストリアの精神科医で精神分析学の創始者であるジグムント・フロイトです( 30)。フロイトはナルシシズムを、精神的なエネルギーであるリビドーが自我に向けられることと解釈します。 ナルシシズム概念はフロイトに取り上げられたことで、さらに多くの精神分析家や精神科医、研究者たちの注目を集めていくようになります。 アメリカ精神医学会が作成する精神疾患の国際的な診断マニュアルは、精神疾患の診断・統計マニュアル( DSM)と呼ばれています。一九八〇年に刊行された DSMの第三版( DSM‐ Ⅲ)では、自己愛性パーソナリティ障害という疾患が取り上げられます。その後、一九九四年に刊行された DSMの第四版( DSM‐ Ⅳ)そして二〇一三年に刊行された第五版( DSM‐ V)でも自己愛性パーソナリティ障害の記載は続けられており、 DSMに掲載されている一〇種類のパーソナリティ症(障害)の一つとして定着しています(なお、以前はパーソナリティ障害と呼ばれていましたが、パーソナリティ症という表現が定着しつつありますので、本書では両方の表現を使っています)。 表 ②に、それぞれのパーソナリティ症の名前と簡単な特徴を示します。これを見ると、ここまでに紹介してきた、マキャベリアニズムやサイコパシーの特徴も、反社会性パーソナリティ症やスキゾイドパーソナリティ症(シゾイドパーソナリティ症)と部分的に重なっていることが分かると思います。

スパイト的な行為は、世の中で意外と多く見られます。たとえば、子どもが家出をする理由にもさまざまなものがあると思うのですが、親の言動にがまんができず、「自分がいなくなったら親も困るだろう」と思って実行することは、自分にも害がおよぶ行為をあえて選択していますのでスパイト的な行為と言えます。また、実際に実行しなくても、自らの自殺をほのめかして相手を困惑させようと試みることも、スパイト的行為の一例です。 他にも、離婚交渉や子どもの親権交渉で、腹立ち紛れに相手との関係を損なうような行動に出てしまうことも、スパイトの例として挙げられます。また、これもよく論文に挙げられている例なのですが、犯人自身も死亡することを前提とした自爆テロもスパイト的行為だとされます。感情的、法的、身体的に他者を傷つけるためなら、自分自身の犠牲もいとわない行為だと考えられるからです。 スパイトが成立する条件については、進化論や経済学の理論からも説明が試みられています。 例えば、進化生物学者の説明では、行為者が相手と共有する遺伝子が、集団の平均的なメンバーよりも少ない場合に、スパイト的な行動が起こり得るとされます( 38)。つまり、家族や親族のように、自分と遺伝的な重なりが大きい相手に対してはスパイト的行為はあまり示されず、自分と遺伝的に無関係な他者に対するときのほうがスパイト的な行動が示されやすいということです。ただし、正しく血縁を認識することは、人間以外の動物では困難だと想像されます。人間だけにその認識が可能だと考えると、純粋なスパイト的な行動ができるのは人間だけであって、人間以外の動物には難しいのではないかとも考えられています。 また、最後通牒ゲームという経済的実験があります( 39)。このゲームでは、二人の参加者が提案者と応答者に分かれます。それぞれの前に、一〇〇〇円が置かれます。二人のうち提案者となった側は、この一〇〇〇円の取り分をもう一人の応答者に提案することができます。たとえば、提案者は自分と応答者の取り分を五〇〇円ずつにすると提案します。応答者は、提案された分け前を受け入れるか拒否するかを選択できます。応答者が提案を受け入れる場合は、提案通りの報酬をそれぞれが受け取ることができるのですが、応答者が提案を拒否すると、両者とも報酬を受け取ることはできないというルールです。 このゲームで最大の報酬を得るためには、どうしたらよいのでしょうか。応答者は提案者がどのような提案をしたとしても、たとえ「一円だけを応答者に分ける」という提案がなされたとしても、その提案を受け入れることが正解になります。応答者の選択は、提案を受け入れるか拒否するかしかありません。そして、提案を拒否して受け取る金額がゼロになるよりは、一円でも受け取る方が、利益が大きくなるからです。 さすがに「一円だけを渡す」と提案する提案者はほとんど存在しないようなのですが、一〇〇〇円のうち二〇〇円とか三〇〇円など少ない金額を分けるという提案が提示されることがあります。すると、応答者の中には、その提案を拒否するケースが見られるのです。「この金額では納得がいかない」と感じるのでしょう。しかしその結果は、相手も自分もお金を手にすることができないというものです。 提案者が「自分の利益を多く、相手の利益を少なく提案すること」は、応答者からすれば自分の利益だけを大きくしようとする強欲な行為に見えます。そのような行為を目にすると、たとえ自分が損をしてでも相手の利益をなくしてしまおうとする判断が生じることがあるのです。このように、損をしてでも悪いことをするような相手を罰する行動は、「利他罰」と呼ばれます。 この応答者の判断は、とてもスパイト的です。ただし、このようなゲームを行っても、大多数はスパイト的ではない判断をします。しかし、少数派ですが一貫してスパイト的な行動をとる人々がいるようなのです( 40)。 ワシントン州立大学のマーカスらは、スパイトの個人差を測定する心理尺度を作成しています( 41)。「嫌いな人の悪評を広めるためなら、自分の評判を危険にさらす価値はあるかもしれない」「チャンスがあれば、お金を払ってでも嫌いな級友が期末試験でひどい点をとるのを見たいものだ」といった質問項目で、スパイトの個人差測定をしています。このような心理尺度が開発されることで、いちいち最後通牒ゲームを行わなくても、簡易的にスパイト的判断を行う傾向がある人を把握できるようになります。 ダークなパーソナリティとしてのスパイトの研究は、世界中で少しずつ広がりを見せています。その背景にはスパイト傾向を測定する心理尺度の開発があるのです。この研究分野の発展が、心理尺度の開発という側面に支えられていることがわかるのではないでしょうか。†ダークな性格の中心 ダークな性格の中心になる要素は、どのようなものなのでしょうか。 ここまで、ダーク・トライアドおよびダーク・テトラッドのそれぞれに含まれるダークな性格特性の説明をしてきましたが、心理学の歴史の中ではこれまでに、反社会的な行動を示しやすい特徴をもつ性格特性や、必ずしも性格ではなくても類似の特徴をもつ心理特性が研究の対象となってきました。 たとえば、ドイツの哲学者で社会学者、心理学者でもあるアドルノらは、一九五〇年に出版された本の中で、権威主義的性格という概念を提唱しています( 42)。二〇世紀前半には全体主義的で排外主義的な政治理念をもつファシズムの台頭があり、ナチス政権や反ユダヤ主義、ホロコーストの問題なども起きました。権威主義的性格は、厳格さを持ち合わせており、以前からの慣習や規範に固執し、自分が信じているルールを押し付ける特徴をもちます。また、自分が所属する権威を疑うことなく、盲目的に服従する態度も示します。自分が信じる慣習や規範、ルールを守らない人を見ると、権威主義的な性格の持ち主はその人たちを軽蔑し、攻撃することもあります。 この権威主義的性格は現在、右翼的権威主義( RWA)と呼ばれて研究が行われています( 43)。右翼的権威主義は、権威に服従すること、自分が所属する集団の規範を逸脱する人に対して攻撃的になること、そして伝統的な価値観を重視する傾向を特徴とします。右翼的権威主義は、アドルノらの権威主義的性格の一部に注目することで、権威主義的な特徴を明確にすることを試みています。 また、イギリスの心理学者アイゼンクは、活発で社会的な刺激を求める外向性( E)、不安や抑うつを感じやすく感情が不安定になりやすい神経症傾向( N)、そして衝動的で無責任な行動を取りやすい精神病傾向( P)という三つを人間の根本的な性格構造だと考える、 PENモデルを提唱しました( 44)。この三つの性格特性は「ジャイアント・スリー」とも呼ばれますが、この中で精神病傾向は、反社会的な行動や、過度にリスクを取るような行動に関連するという点で、ダークなパーソナリティとの共通点が見られます。 ドイツの心理学者モシャゲンやオランダのゼトラーたちは、ダーク・テトラッドだけにとどまらず、広い範囲のダークな性格の特徴を集約することで、性格のダークな側面を統合するような因子を見出しました( 45)。これは、ダークの頭文字を取って単に「 D」とも呼ばれています。 Dの高さには、いくつかの特徴があります。まず、 Dが高い人々は、他の人を犠牲にしても自分の利益を最大化することを目指します。ここでの利益というのは、単に具体的なものや金銭だけを指すのではなく、地位や権力など社会的な立場、それから優越感や楽しさのような快楽も含まれます。ただし、たとえば運動をすると楽しい気分になりますが、この場合には他者を犠牲にして搾取的に行動し、自分の利益を優先するという要素は含まれませんので、 Dとは異なる内容になります。 またここには、他者から直接的に何かを得る行為だけが含まれるわけではありません。他の人に危険が迫っていることを警告せず、その人が危険な目にあうことを見逃すことで、自分が優位に立つことがあります。このように、自分が他の人に対して払う犠牲を避けることで、他者に負担をかけて自分の利益を最大化することも、 Dの特徴の一つに含まれます。 Dが高い人々の行動上の特徴は、常に自分自身の利益を追求するために、他の人の不利益となるような行動を追求し、自分自身の負担を伴って他の人の利益になるような行動はできるだけ避けようとすることにあるのです。 また Dの高い人々は、他の人の結果にはゼロやマイナスの重みをかけ、自分自身の結果にはゼロではないプラスの重みをかけて物事を見る傾向があります。この特徴によって、 Dが高い人々は、自分が他の人よりもすぐれていると考えたり、他の人は自分よりも劣っている、また劣っているにちがいないと考えたり、人々を支配することを当然のことだと考えたり、人間というものは誰でも自分自身を第一に考えるものだという信念を抱いたりする傾向を示します。 モシャゲンらは、 Dで表現されるような性格傾向を集めて分析し、その核となる成分を抽出しようと試みます。彼らはこれを、ダーク・コアと呼んでいます。「暗黒の核心」といったイメージでしょうか。 Dの内容について統計的に分析していくことで、次の互いに関連しあう九つの要素が、核に含まれていることが明らかにされました。 ❶エゴイズム( Egoism)……他者の幸福を犠牲にしても、自分自身の利益を追求する自己中心的な傾向 ❷マキャベリアニズム……戦略的な傾向があり、自分の利益のために無慈悲に他者を利用する傾向 ❸道徳不活性化( Moral disengagement)……道徳に反する行動に対して罪の意識を感じず、平然とした態度をとる傾向 ❹ナルシシズム……自分自身を誇大な方向へと導くすべてを採り入れようとする傾向 ❺心理的特権意識( Psychological entitlement)……他の人よりも多くの利益を受ける権利があり、特別な扱いを受けるべきだと考える傾向 ❻サイコパシー……感情反応に欠け冷淡で、自己コントロールが欠如しており、衝動的な傾向 ❼サディズム……意図的に他者に肉体的苦痛や精神的苦痛を与えたり、苦しむ様子を見て快感情を抱いたりする傾向 ❽利己心( Self-interest)……物質、金銭、地位、承認、成績、幸福など社会的に望ましい状態である利益を追求する傾向 ❾スパイト……自分に害をもたらす可能性があることを知りながらも、悪意をもって他者を困らせたり傷つけたりする傾向 この中で、道徳不活性化、心理的特権意識、利己心、スパイトは、ダーク・テトラッドの構成要素としては明確に述べられていないのですが、心理的特権意識のようにナルシシズムの一部として論じられているものもあります。いずれにしても、これらは相互に重なりが報告されてきた性格傾向です。 Dの研究が進められる中で、ダークな性格の構造の中で重要な要素としてこれらが表面化してきたと言えそうです。

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