社員のミスが忘れられない 感情コンサルにお越しいただいた、社員約 30名の中小企業の社長、田代さんのエピソードです。社長の身でありながら、ずっと自ら銀行に出向いて送金業務をされているとのことでした。「えっ? 経理担当の方に任せないのですか?」「いや、お金に関わることだし、自分でやったほうが早いから」 頑なに、そうおっしゃる田代社長。 しかし、よくよく聞いてみると、どうやら社員を信じておられないようです。そうなった原因は、数年前にありました。入社したばかりの経理部員に送金を任せていたところ、その部員のポカによって、危うく、たいへんなことになるところだった、という出来事がきっかけになったのだとわかりました。「一歩間違えていたら、命取りになっていた。不渡りを出して、倒産していたかもしれなかったんです」 まさに危機一髪だった田代社長は、その社員を思わず怒鳴りつけたそうです。 しかし、ミスをした社員からは、ひと言の謝罪もなかったというのです。 怒りがおさまらなかった田代社長は、その経理部員の上司に指示をして、その後、彼にアルバイト程度の仕事しか与えないようにしたということでした。「あのときの記憶は、今も鮮明に残っていますよ」「その社員さんは、今も働いているのですか?」「はい。たいした仕事を与えられないので、すっかりモチベーションが下がって、今では周りから『会社のお荷物』というレッテルを貼られています。本来なら、あのときにクビにすべきだったと思っています」 社長さんにとって、「怒り」の感情は、ある意味、とても大事なものです。 なぜなら、「怒り」という激しい感情は、意欲的な行動につながるから。 しかし、怒りの矛先がミスをした社員に向いて、その感情を引きずっているために相手を信頼できなくなってしまったままというのは、お互いのためになりません。 なぜなら、経営者にとって最も大切なことが、社員を信頼することだからです。 多くの社長さんを見てきて、思うことがあります。 社長が社員を信頼していない会社に、未来はありません。「今晩、その経理担当の社員を殺してください」 私は、田代社長の「ミスをした社員に対する怒り」を外すために提案しました。「わかりました。では今晩、その経理担当の社員を殺してください」「ええっ! 殺す?」「もちろん、本当に殺すわけではありません。心のなかでです」 第 2章で、「言いたいことを心に溜めるのはよくない」とお伝えしました。 同じように、不要な怒りの感情も吐き出すのが一番です。 怒りの感情は長年溜め込むと、腐敗して「憎しみ」に変わってしまいます。 ぜひ、溜め込まずに、思いっきり外に出してスッキリしてください。 社員に対して、始終、怒り続けている社長さんもいますが、怒りにまかせてその場で怒ると、意図が正しく伝わらないなど、別の問題が発生することがあります。今どきは、パワハラで訴えられるかもしれません。 ですから、私は怒りの放出方法として、次のようなことをお勧めしています。 「1人のときに思いっきり怒る」お風呂場で怒鳴ってもいい。家で難しければカラオケボックスに行って大声で叫んでもいいと思います。 私から「今晩、心のなかでその社員を殺してください」と提案された田代社長は、さっそくその晩、自宅に帰る前に、会社からだいぶ離れた川べりに立ち寄って、周りに誰もいないことを確認すると、大声で怒りをぶちまけたそうです。「バカヤロー、もし、あの振り込みがうまくいかなかったら、会社がどうなっていたと思ってんだ!!」「あのあと、どうして、ひと言も謝らなかったんだ!!」「誰のおかげで今、給料をもらっていると思っているんだ! おまえなんか、辞めちまえ!! 死んでしまえ 」「怒り」の奥底にあるものに気がつくと 次の感情コンサルでお会いしたとき、田代社長は開口一番、こうおっしゃいました。「いやー、なんだかスッキリしましたよ」 数年間、溜まり続けていた怒りを放出して、心が穏やかになった様子の田代社長に、私は聞きました。「田代さん、その経理担当の方がポカをしたとき、『一歩間違えていたら、命取りになっていた』っておっしゃいましたよね」「そうそう、ヘタしたら倒産して会社がなくなっていたんです」「どうして、会社がなくなるとダメなんですか?」「ええっ? どうしてって、社員やその家族が路頭に迷ってしまうじゃありませんか」「なるほど、田代さんは、社員やそのご家族のことをそこまで大切に思って、責任を持って経営をされているんですね。だから、その会社を不注意で危機
にさらしてしまった経理担当の方のことが許せなかったんですね!」 私の言葉を聞いた途端、田代社長は意表をつかれたような表情をして黙り込んでしまいました。そして、しばらくすると、こうおっしゃったのです。「そうか……。今、初めて、『自分はこんなに力を入れて、社員のために頑張ってきたんだ』って気がつきました」 急にいろいろなことを思い出されたのでしょうか。「ここまで、よくやってきたな……」 そうつぶやくと、目頭を熱くされていました。 このとき、田代社長は、経理担当社員への怒りの原因が、「社員たちへの愛」だったことに気づかれたのです。 社長さんに対して感情コンサルをしていると、社長さんの「悩み」や「怒り」の奥底に、大切にされているもの、譲れない想いなど、その方の温かい愛が存在しています。 私が感情コンサルをした社長さんのなかに、愛のなかった方は 1人もいませんでした。ドロドロした見たくない感情の奥にも、必ず愛は存在しています。感情コンサルによって、そのことに気がつくと、多くの社長さんが、田代社長のように感動されるのです。 その後の田代社長は、経理担当者への怒りがすっかり消えたそうです。 冷静になって考えてみれば、まだ入社したばかりだった彼は、銀行への送金がどれほど重要な意味がある仕事なのか、理解していなかっただけです。それを頭ごなしに怒鳴られて、謝るタイミングを逸してしまった、ということだったのです。 田代社長は、怒りが社員への愛に変わったことで、そのまま意欲につながり、改めて、社員に「仕事の意味」を教えていこう、1つひとつの仕事に、社員の生活と命がかかっていることを共有していこう、と決めたとのことでした。「あの社員とのコミュニケーションは劇的によくなりました。業績も上がりましたよ」 そんなうれしい報告を、折に触れていただいています。
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