D精機は、年商二〇億円、社員約一〇〇人の平均的な中小メーカーである。
当初は機械工具を造っていたが、四、五年前からOA機器の製造を始め、ここ数年、売上
を順調に伸ばしてきた。D社長とは、業界も近いせいか、いろいろな会合で顔を合わせるこ
とも多く、彼が関西、わたしが東海と地域は違うが、気安く声を掛け合う仲であった。
ある会合で、D社長がいつになく真剣な顔で、次のようなことを言ってきた。
「佐藤さん、あなたの塾の生徒にしてくれないだろうか。このところ売上が順調に伸びて
いるのにもかかわらず、利益が前年を割るようになってきた。その原因がよく分からなくて
困っている。いっぺん俺の会社もみてほしい」と。
後日、D社長に経営資料をもってきてもらい検討してみたところ、なるほど売上は毎年
一一%から一三%伸ばしているにもかかわらず、利益は逆に毎年一〇%から一五%落ち込ん
でいる。当然その分、経費が年々増えているが、特に、いわゆる金融費用の膨らみが目立つ。
ピンときてD社長にたずねてみた。
「Dさん、銀行におだてられて―要りもしない土地かなんか買ったんじゃないの」と聞く
と、「実はそうなんだ。工場も手狭になってそろそろ建て直そうかと考えていたときに、ぴっ
たりの用地を斡旋してくれて、金融の条件もよかったので、思い切って新工場を建てたん
だ」と言う。長年の友人としてわたしは率直に、利益低下の直接の原因が分不相応の借金
にあること、今後も利益回復の大きな足かせになることを説明して、「これから一〇年間は、
借金を返すだけ、銀行のためにだけ、汗水垂らして仕事をすることになるなあ」と申しあ
げた。
世の中の社長のなかには、長期の計画なしで大胆な決定をする方が少なくないが、うまく
いけば先見の明だが、下手すると命取りになる大博打を打っているという自覚がないように
みえる。その意味で、D精機の例は、中小企業によくみられる典型的なパターンかもしれない。
そこで本書では、このD精機を長期計画作成のモデル会社としてとりあげて、実務の説明
をしていこうと思う。(もちろん友人の会社でもあり、数値的には若干変えさせていただく)
その前に、本項をまとめておくことにしたい。
これまで、社長の役割と社長の夢や野望の接点について、六人の社長のケースを簡単にご紹介させていただいた。
言いたかったことは、会社が発展するかどうか、社長人生で成功するかどうかは、まず社
長が自らの役割を自覚したうえで、長期の見通しで良いものを伸ばし悪いものから手を引く、
つまり会社の将来がよくなるように方向を決定することが、社長の一番大切な役割、という
ことなのである。このことは業種・業態の違いや規模の大小には一切関係がない、というこ
とを読者に知ちておいていただきたかったからである。
考えてみれば、社長の役割について、また社長の夢の実現の方法について、わたしは、多
くの先達から教えていただいたが、わたしの事業実践の中でもいやというほど知らされたこ
とでもあった。
実はこの体験があるからこそ、現役の社長業をこなしながら、経営コンサルタントめいた
ことをやらせていただいているわけである。
そこで、次項以下で、これまでのわたしの町工場から株式上場までの実経験をかいつまん
で述べてみよう。
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