はじめに夜、仕事の途中にいつもの居酒屋のカウンターで一人晩ご飯を食べていた時のことである。30歳前後の三人組が近くの席で飲んでいた。前の会社の同僚のようだ。そこへ、さらに一人の男性が遅れてきた。「ごめん、ごめん!」と遅れた男性。「随分かかったなあ~」とりあえずビールを注文した後、話は続く。「帰る間際にクレーマーに捕まっちゃって、やっぱりもう会社辞めようかな」「なんで?この前、楽しいって言ってたじゃん!」「最近、理不尽なクレームが多くて病気になりそうだよ。俺、向いてないんじゃないかなあ~」久しぶりに友達と会ったのにうかない顔だ。すぐに仕事に戻るつもりでいたが、しばらくそのやりとりを聞いていると、話はこうだ。彼は転職して建築現場の監督をやっているようだが、近所から怒鳴り込まれてうまく対応できず、2時間近く説教されたらしい。約束があるから早く終わらせようとの焦りから、対応を間違えたのかもしれない。いまだに多くの会社でクレーム対応の専任部署はない。小さな飲食店では、店長の采配にもよるが、アルバイトが対応せざるを得ないところさえある。個人起業家が増えているけれど、個人事業主はすべて自ら解決するしかない。そして、冒頭のようにクレームが原因でトラウマになり、会社や業界を辞めていく人も大勢いる。現場で突発的に起こるハードなクレームにはマニュアルがない。あるとしても報告の順番とか、警察に通報する内容とか、弁護士に相談するとか、その場でクレーマーを撃退するものではない。なぜなら、人の気持ちは千差万別だからである。相手が同じ言葉を発しても、違う返し方をしなければならない場合が多いから、マニュアルが逆効果になることもあるのだ。本書は次のような人に読んでほしい。・クレームが原因で会社に行きたくない。・会社は好きだけれど、クレームが原因で仕事が好きになれない。・マネージャーになったばかりで、クレームにどう対応してよいかわからない。・上司や部下からのクレームに嫌気が差している。・理不尽なクレームや要求にストレスを感じている。・人生はつらいだけだと思っている。
・もっと仕事を楽しみたい。・交渉力を上げて、突破力を身に付けたい。・収入を増やしたい。本書を読んで実践すれば、あなたはどんな理不尽なクレームにも対応できるようになり、職場でのストレスを軽減し、もっと仕事を楽しみ、突破力のある頼られる人間として、人生を充実させることができるだろう。私は18歳で就職してから7回転職して、さまざまな業種を経験し、27歳からテレビコマーシャルのロケーションマネージャーという仕事を生業にしてきた。20代は裾野を広げたほうが、ピラミッドのように高いところに行ける気がしたのだ。30歳で独立し、これまで2000本くらいのCMにかかわっただろうか。延べ3000カ所以上の現場に立ち会ってきた。この25年での休日を合計しても500日をやっと越えるくらいの仕事人間だが、この仕事が大好きだ。CMの撮影スタッフは50名から70名になる。平穏な日常生活の中に、昼夜を問わずイレギュラーを持ち込む我々の前には、近所のおばちゃんから酔っぱらった輩まで、クレームの総合商社と言っていいほど、さまざまなクレーム案件が発生する。そして、ごく稀に事故も起きる。しかし、映像は撮らなければ観ることができないのだ。もちろん私も最初からうまく対応できたわけではない。現場で培ってきた突発的クレーム対応術、カウンターコミュニケーション術を、心の持ち方、考え方を中心にわかりやすく紹介する。クレーム対応の専門書は他のビジネス書に比べてあまりにも少ない。しかも多くは軽度なクレームに対応する話し方に注力されている。突発的なクレームが発生した時、覚えたセリフがすぐに言えるか。同じ言葉でもタイミングを間違えると火に油を注ぐことになる。本書に書かれている内容は、商品やサービスの向上に有益になる通常のクレームの話ではない。ハラスメントに近いハードなクレームや、金品を要求してくる理不尽なモンスタークレーマーに対応する方法を、私が経験から習得した軸の持ち方や知恵を紹介して、本来なら長期戦になるクレーム対応を水際で撃退するための本である。言葉は軸が変われば、自然に出てくるようになるはずだ。本書を読み、実践することであなたが得られるものは──、・現場で起きる突発的なクレームに冷静に対応できるようになる。・クレームの種類によって適切に対応できる。・現場対応の瞬発力が身に付き、人間力が上がる。・クリエイティブなことに集中できる。・イレギュラーな案件に事前準備ができる。
・社内の人間関係がよくなる。・突破力が上がる。・頼られて収入が上がる。・仕事が楽しくなる。・人生が充実する。まずは本文を読む前に、この7つの思考法を覚えてから読み進めてほしい。多くのことは、これらがベースになっている。1【性善説思考】世の中、根っから悪い奴なんてそうはいない大声を出されたり、理不尽なことを言われたりしても基本的にはその人の良心に訴えかける。2【スパイ思考】行間を読む情報をそのまま受け取らない。新聞なら行間、テレビならニュースの裏側、会話なら言葉に隠された本当の意味やその理由を、置かれた環境や社会背景と結び付けて考える癖を付ける。洞察力が付き、無駄なトラブルを避けることができる。3【100%思考】100%の仕事をすれば評価は120%90%の仕事の評価は70%でも、100%の仕事をすると評価が120%になることがある。あと10%努力すれば、50%も評価が上がるのだ。手抜きをすると、見事にそこから綻んでいき、やがて大きな穴に成長する。事前にやるべきことは妥協することなくやっておいたほうが、結局は時短につながり、生産性も上がるものだ。4【妄想思考】自分劇場。主役も自分、観るのも自分街で出くわすちょっとした事件、ドラマや映画の劇中で起きるトラブル、それを元に自分ならどう対応するか俯瞰で想像して、相手の出方をいくつかシミュレーションしてみる。この時、自分は必ず成功してほしい。そのうち面白いくらいに同じような場面に遭遇する。5【アナログ思考】アナログの逆襲人は機械ではない。感情もあるし欲望もある。だから、間違いを犯す。成功している人が薬物依存症になったり、ごく普通の人が突然、犯罪者になったりする。だから、クレームがあっても別に驚かない。そこを理解すれば自然体で冷静に対応できるようになるのだ。AIにはクレーム対応ができない。
6【ハムラビ思考】目には目を、歯には歯を実際のハムラビ法典の解釈はそう簡単ではないが、自分に悪意をもって接してくる人には、この考え方が折れそうな心を支えてくれる時がある。相手よりも悪い人間になってしまえば負けることはない。もちろん、本当にそうなれということではない。さらなる悪意をもって相手に対応するとしたら、どうするかを考えるだけでよい。7【UAA思考】自分のからだを自分のものにUnderstand.Agree.Action.思考。私が考えたものだ。ちょっと英語で並べてみたが、わりと気に入っている。上司が言ったからとか、顧客に言われたからとか、ただそれだけの理由であなたのからだを動かしてはいないか。自分のからだは自分の意思で動かすものだ。私は誰に何を言われても、まず理解して、自分の中で納得しないと動かない。思えば学生時代からそうだった。だから、何を頼まれてもその理由を訊く。そうすればその人の立場で考えることができる。評価も上がるし、将来役に立つから、ぜひ身に付けてほしい。私が今の仕事をやろうと思ったきっかけは、影響力である。少なからず人は、みな影響しあって生きているが、テレビコマーシャルは、それを見て商品を買ったり、大好きなタレントが出演すればテンンションが上がったり、風景を見て思いを巡らしたり、テレビを見ている多くの人に影響を与える。しかし、実際にやってみると大変だった。多くの日本人が保守的で、マニュアル以外のことは即座に判断ができない。撮影用のマニュアルなんて、撮影を受け入れる側に存在していなかったし、新人の頃はそれこそクレームの嵐だった。その中で試行錯誤を繰り返し、自分軸を見つけて、人や環境に対してやっていいことと悪いこと、やるべきこととやらないほうがよいことを瞬時に把握できるようになり、突破力が相当上がった。今、国内のロケーションマネージャーとして業界一ギャラが高いと言われているが、それでも仕事をいただけるのは、この突破力とそれを理解してくれるクライアントのおかげだと思っている。そもそもロケーション撮影自体が、営業中のカフェを貸し切りにするとか、10キロの道路を封鎖するとか、深夜の住宅街で高所作業車を使った撮影をするとか、商店街に雪を降らせるとか、最初から問題解決が仕事なのだ。だから、映像制作の一線で活躍する人たちは問題解決能力が高い。これまで本当に多くの人と関わり、本当に多くの人に助けられた。よく、「三橋さんて、運がいいよねえ!」なんて言われるので、「運だけで生きてますから!」と冗談で返すが、そんなわけはない。しかし、世の中ちゃんとやっていれば、ちゃんと評価してくれるものだ。時には本当に運も味方してくれる。評価されない人はちゃんとやっていないか、評価をされるように仕事をしていないのである。評価は他人がするもので、人の欲望
を忘れてはならない。社会に出て34年、この仕事に携わって25年、今では大好きな仕事をして、自分の生き様に自信を持ち、堂々と楽しく生きていられる。私も最初からできたわけではない。考え方を変えていくだけで、みんなにもできるはずだ。そこで、あなたの突破力向上を応援したいと思い、本書を執筆した。突破力を身に付けると、場所や時代が変わっても周りから信頼され、影響を与えられるようになる。そして、混沌としているこの複雑な世の中をシンプルに理解し、仕事を楽しみ、充実した人生を送ってほしい。三橋幸和
はじめに第1章突発的!理不尽!の8割が簡単に準備するだけで未然に防げるモンスタークレーマーに脅されないための【入門編】理不尽!と思っているのはあなただけかも!まずはシミュレーション情報収集シミュレーションに足りないもの、それは人間の欲望最悪を考えて最善を尽くす社内の情報収集上司との信頼関係を築くためにやっておくこと部下との信頼関係構築のためにやってはいけないこと社内のバックアップ体制の構築軸を作る正義とは何か?自分と相手を平等に扱おう筋を通すってどういうこと?[実録!クレーマーVS近所のおじさん]第2章今弱いあなたこそ必ずできる!心のクレーム対応筋の鍛え方誰でもできる!クレーム対応の瞬発力を鍛える【基礎編】あなたのこれまでの人生で最大の修羅場を教えてください映画をいっぱい観るカウンターコミュニケーションの瞬発力は妄想力に比例
見るもの、起きることを深く掘り下げる予防線、張り過ぎ注意!優しい人ほど相手に寄り添うことができる感情を感じる感性を磨く一人旅、思い出は10人分スマホに向かっている時間は人と話していない時間初対面でのタメグチの練習世間話でうちとけるイレギュラーを楽しもう勇気を出してクレームしてみようマネージャーになる前にやっておくべき大切なこと腹をくくれば道は開けるお客様は神様なのか?[実録!撮影中にクライアントにクレームが入った!]第3章もうビビらない!これで安心現場クレームの全種類と対応法カウンターコミュニケーション【初級編】理不尽な現場クレームの種類別の理由でとにかく不機嫌認められたい金品がほしいただの暇つぶし力を抜いて思い切りやる!クレームするけど、また来る人今後もお客様として扱うか?それとも切るか?正確な情報把握のために嘘はつかない全部拾って一旦自分のせいにする二人で対応する場合は話す人と観察する人クレーマーの弱みを想像する法律は誰のためにあるのか?
落としどころを定めて誘導する困った時に誰を知っているか?[実録!竿竹売りに半分に切った一万円札を渡した話]第4章空間を完全支配する!情報・理論・思考法カウンターコミュニケーション【中級編】そもそもクレーマーは善か悪か?社会を味方につける情報武装社会を味方につける理論武装社会を味方につける論理的思考物事には二面性がある自分にとって最悪とは?相手にとって最悪とは?法律?そんなの関係ねえ!みな、それぞれ面子がある俯瞰で見られるようになったらもう一人前妄想の進化堂々と話す上級者はクレーマーを利用する[実録!銀行から住宅ローンを一括返済しろと言われた話]第5章ハードなクレーマーも秒速で黙る!禁断の裏技カウンターコミュニケーション【上級篇】「ですよね~」で一回同意して相手の言いたいことを全部言ってしまう「そりゃひどい!」自分のことなのに激しく同意する「普通、名刺渡されたら自己紹介くらいしますよね?」で立場逆転
「先日、ひどいクレームをもらって……」同業者に責任転嫁「私もそう思うのですが、多くのお客様からご意見を頂戴して……」賛同した上で一般論とすり替える「ありがとうございます」これで一旦戦意喪失「後日改めてご挨拶~にうかがいますので……」という恐怖の言葉「訴えてください!」と言って訴えられたことはない「それだけは勘弁してください」負けを認めて笑顔でお願いする沈黙「申し訳ありません」このひと言で引き取ってもらう時の目線の位置まずは気持ちで負けないこと[実録!お客に店のガラスを割られた話]おわりにイラスト/川島星河装丁/大谷昌稔
理不尽!と思っているのはあなただけかも!クレームは突然やってくる!受ける側にとっては当たり前のことに思える。しかし、クレームを出す側は必ずしもそうではない。何か気に入らないことや納得できないことがあって、言うべきかやめるべきか迷う瞬間もあるし、長いこと思っていて何かのきっかけで爆発する場合もある。そう、起爆装置のスイッチを押すのは、こちらであることも多いのだ。大抵の場合は自爆なのだ。それをまず頭に入れてこの本を読んでほしい。私の場合、クレームは必ず来るものだと思っているから、心の準備ができていて、あまり突発的というイメージはない。なぜかと言うと、人に迷惑を掛ける仕事だからである。業務内容はコマーシャル映像の企画に相応しい撮影場所を探して許可を取り、周辺の環境を見ながら調整し、無事に撮影を終わらせること。平穏な街にスタッフとともに早朝から入り、場合によっては夕方までそこで作業している。その数車輛十数台、スタッフ50名、エキストラだけで100名規模の時もある。一日だけならまだいいが、数日にわたる場合もある。もう迷惑でしかない。いつも通りの日常をいつものように過ごしたい人にとっては、怒りを覚えるのも当たり前だ。それをどうにか収めなければ撮影は終わらない。いつの間にか予防線を張る癖が身に付いた。飲食店やショップと違って決まった店舗がないという意味では、道路工事の現場監督に似ているかもしれない。現場はどんどん変わっていく。それぞれの場所にあわせてクレームに対する予防線を張っていかなければならない。生活に必要という意味では、ガスや水道を含めた道路工事はインフラ整備なのでまだ分がある。撮影は衣食住に関わるものではないから、さらに文句を言いやすいのだ。もし、事前に何もしなかったら、クレームの嵐でその度に撮影が止まり、予定されたカット数をすべてこなすのは不可能だろう。でも、撮らなきゃ観られないのもまた事実。予防線を張るためにはシミュレーションが不可欠だ。所轄の警察署への道路使用許可の申請や挨拶回り等で、撮影前に何度も足を運んでいるから、その都度シミュレーションをする。どのくらいその街の住民にストレスをかけるのか?その範囲は?それを少しでも軽減させる具体的な方法はないか?現場でクレームに対応するのは自分だから、不安要素はなるべく減らしておきたい。だから、ただ現場を見るだけではなく、いろんなことを想像しながら見ていく。不安要素が残っていたら、残業が増えようが、約束があろうが、解決する目処が立つまでそこにいる。
しかし、完璧に準備するのは難しい。準備の時間は限られているし、平行して別の案件も抱えている。ここ10年くらい、1日で数カ所移動して撮影する作品が増えたし、予算にも限界がある。だから、基本的にはクレームは来るものだと思っている。ただし、押さえている部分と穴が空いている部分は、きちんと把握している。優先順位をつけるしかない。時にはあえて穴を用意して、そちらへ誘導することさえあるのだ。撮影で一番多いクレームは「聞いてない!」である。挨拶回りをしても奥様がご主人に話していなかったり、何度かうかがっても不在で、投函した書類もゴミ箱直行だったりと理由はいろいろだ。だから挨拶回りすらしないなんていうのは、もってのほかである。きちんと筋を通していますか?筋道については後で触れるけれど、私の仕事においては挨拶回りがすべてである。要するにクレームを回避するためにやるべきことを、きちんとやっているのか?一般的なサービス業であれば、お客様の導線、待つ場合は待ち時間の目安をご案内する時の仕草や言葉選び、店内の清掃はもちろん、天候や時間帯にあわせた温度管理や備品の調整……。人間がサービスしているのだから、ミスや間違えのクレームには真摯に対応するしかない。しかし、それ以前に準備段階で手抜きや見落としがあってはならない。それを仕切るのはマネージャーの仕事だ。テクニックはもちろんだけど、お客様の目線で店内を見渡し、サービスを検証する。わかっていても毎日のことだし、気が緩む時もある。一人で全部把握するのは難しい。だから共有するのだ。きちんと理由から教えて腑に落ちるところまで教育してあげれば、アルバイトの学生にも可能だし、報告も上がりやすい。そして、何より本人にとってよい勉強になると思う。まずはシミュレーション新しいことを始める時は、大抵の人が必ずシミュレーションをする。でも、慣れてくると慢心が現れ始め、細部に気持ちがいかなくなってしまう。誰にでも経験があるだろう。そこから生じる綻びめがけてクレームはやってくる。私も何度も経験がある。多忙を理由に挨拶を怠ると大抵何かが起きる。無事に終わった撮影が続いた後、「予算もないし当日対応すればいいか……」なんて考えていると怒鳴り込まれたりする。もう平謝りしかできないし、わかっているだけに悔しいものだ。スタッフも見ているから恥ずかしい。評価も下がって信用もなくすから、予算がなければ受けないか、サービスになってもいいから、やるべきことはきちんとやるべきだ。今でこそなくなったが、駆け出しの頃はよく夢で仕事をしていた。それで寝坊したこともある。当時は忙しい上に要領も悪いから、3時間も寝られたらラッキーと思っていた。いつもは寝ると濃い睡眠を取れてパッと起きられたのだが、その日は夢の中で翌朝の現場
のロケバスを誘導していた。リアルに仕事をしていると思っているから、起きる理由がない。シミュレーションをしすぎたみたいだ。もっと強者がいる。仕事の打ち合わせ中にある広告カメラマンが北欧で撮影してきたって話した瞬間、アシスタントに「それ来週ですよ!」って言われた。ロケ地も決まってモデルも決まって衣装も決まっているから、後は当日の天候にあわせて照明や機材を選ぶくらいなのだ。雨設定でない限り雨では撮らないはずだから、快晴、晴れ、薄曇り、曇天、それぞれにあわせてシミュレーションしたはずである。それができなければ、どんな機材を用意していいかわからない。広告写真はグラビアではないから、「その日の天気に合わせていい感じで……」なんて撮影はありえない。事前に仕上がりのトーンは約束されているから、そこに近づける必要がある。そのための機材選びである。その話はそこで笑って終わりにして本題に入ってしまったが、撮ってきたって言うくらいだから、その日の天気も訊いたら面白かったかもしれない。年商で億を超えるベテランカメラマンでも、そのくらいシミュレーションするのだ。後輩の我々がやらなければ結果は見えているじゃないか!同じ職場でも毎日何かが違う。天気一つとっても風の強さや温度や湿度でお客様の感じ方が違うし、傘立てやマットだってただ置けばいいってものでもない。仕入れたものによって導線も変わるし、アルバイトのシフトによって従業員の導線が変わる職場もあるだろう。本来、毎日シミュレーションが必要なはずなのだ。工事現場なら工事過程によって職人さんが変わるのだから、もちろんシミュレーションは当たり前にやっていると思う。でももう一度、もっと踏み込んでやってみてほしい。できるだけ細部に渡るまで見直してみてほしい。ビールサーバーをきちんと洗浄しているか?トイレはいつもよりきれいか?ベッドの下やソファーの隙間に忘れ物やゴミはないか?工事車輛が一度に来てしまった時のスペースは確保しているか?もしくはそうならないように連絡しているか?些細なことがクレームにつながるし、その対応をちょっと間違えるだけでハードなクレームになってしまう。経験を増やしたいなら多少のクレームは教育の役には立つけれど、もらわないに越したことはない。それで仲間が辞めてしまうこともある。クレームがトラウマになったという人が、クレームを受けたことがある人の10パーセント近くを占めるというデータもあるくらいだ。何よりお客様にリピーターになってもらうためにも、お金をかけずにやれることは全部やったほうがいい。人件費がかかるって?そこは工夫しようよ!情報収集初めての街に出店する時、初めての街で大きな工事する時、もっとその街の情報収集を
してほしい。最近、私のオフィスが入っているビルの1階に新しく飲食店が入った。ところが、誰も挨拶に来ない。4階建てで私が3階と4階を使っているから、テナントは全部で3つしかないのに。少し驚いた。もちろんチェーン店は十分にリサーチしているはずだけれど、データにないものがある。曜日や時間帯ごとの人の流れや財布の紐の固さ、地域の家族構成や平均収入、競合他社の売り上げ……そういうデータではなく、その街の押さえておくべきキーマンとか、近所のヤバい人の情報、同じビルの住人の印象等の情報だ。挨拶に来れば自分も顔を出すし、よければお客さんを紹介するかもしれない。もう3カ月経つけれど、その店にはまだ一度も行っていない。この30年、私の外食率は95パーセントなのに、もったいない話だ。挨拶回りをする時、重要なのは自分を開示すること。すると初対面にも関わらず相手もいろいろ話してくれるものだ。私の場合はチャイムをピンポンして、その日のうちに家の中の写真を撮りまくって、さらにお茶を出されたりする。そのかわり私の息子が発達障碍だってことや、7回転職して30歳で独立したこと、2億の借金があることを知っている人は多い。この話はもう定番になっている。何かのタイミングで自己紹介がてら自分の情報をある程度開示する。そこから話題を広げてうちとける間に信用度が増して、相手も情報を出してくれる。先に話してくれたら逆に相応の情報を相手に渡す。そうしておかないと初対面の私が帰った後で相手が不安になるからだ。世間話の中にたまに重要な情報がある。それを聞き逃してはいけない。井戸端会議ではないのだから、必要な情報の一端が出てきたらさり気なく掘り下げる。本当に打ち解けたら、帰り際に「近所にヤバい人います?」とか、「挨拶に行っておいたほうがいい人います?」なんてストレートに訊いても教えてくれる。先日、撮影中に軽トラに乗ったオジさんが怒鳴り込んできた。どうやら近所の地域の区長らしい。その日は午後から市道の道路封鎖をして撮影していた。地元の警察署に道路使用許可を提出するために、市役所のアドバイスで二つの街の区長に許諾をもらってから市の土木事務所に専用許可を提出している。だから、挨拶していないはずはない。1週間前から告知看板も出している。しかし、激怒しているオジさんが目の前にいる。「住民から問い合わせが多くて来てみたら……、お前らふざけんな!責任者呼んでこい!」ということで私が出ていった。ところが、今回の挨拶回りは勉強のために新人のアシスタントに任せていたので、あまり把握していない。本人も呼んで事情を訊く。結果はその区長の地域も少し封鎖地域にかかっていたのだが、市役所のほうで把握していなかったのだ。土地勘がない場所だから市役所に言われた通りに許諾をとった我々に罪はない。結局、クレームの矛先は市役所に向かい、私は解放された。しかし、それで済ませては貴重なロケ地が利用できなくなってしまう可能性もある。だ
から翌日、そのオジさんのところへ出向いて改めてお詫びをして円満に解決した。事前に挨拶に行かなかったことに対してではなく、道路封鎖をして不便をかけたことに対してのお詫びである。間違えていないことを詫びる必要はないから。教訓として、アシスタントにアドバイスしたのは、別の区長に挨拶に行った時にもっと深い話をすれば、彼にも許可を取ったほうがいいという情報をもらえたかもしれないということだ。世間話がやっぱり大事。地域の情報が手に入る。その情報を市に上げてきちんと段取りしておけば、市役所にもクレームは行かなかっただろう。しかし、話はもう少し深い。もしそのオジさんが許可をくれないような頑固な人だったら、その場所での撮影は諦めるしかなかった。得た情報をどう利用するのかは自分次第である。市と警察は許諾をもらうのは二人でいいと言っているのだから、墓穴を掘る必要もない。今回は撮影も無事に終わったのだから、結果オーライである。あらゆる可能性を考えて自分の行動を選択することだ。とにかく当たり障りのない挨拶だけではなく、街の情報を引き出すためには世間話が重要なのだ。その情報はその街にいる間はしばらく役に立つし、関係が作れれば街中で会った時にまた話して情報が更新される。もちろん、こちらが出す情報は業務や生活に支障のない範囲で。ある程度の個人情報を話してもどうせあまり覚えていないけどね!シミュレーションに足りないもの、それは人間の欲望いろんなところでいろんな人がさまざまなシミュレーションをしているはずだ。でも、うまくいかないことも多い。なぜか考えたことある?東日本大震災の原発事故以来、想定外という便利な言葉がよく聞かれるようになった。確かにここ数年の自然災害は過去のそれとは比べ物にならないほどの規模になっている。自然界からのクレームだろうか?どうしてシミュレーション通りにうまくいかないのか?経験不足?知識不足?何かを見落としている?自然なんて予測できないものだから、想定外は仕方ない?確かに可能性が低いことに対応していたらキリがない。どこで区切るかは、その時のマネージャーや担当者の判断だったり、専門家の意見だったりする。そして、事故が起きる時は何年も経っていて、考えた担当者はいなくなっていることも多い。マニュアルでしっかり引き継ぎをされていても、そのマニュアルの意味までは考えない。だから応用もきかないし、想定外が起きるとテンパってしまう。自然災害はここでは置いておいて、人間の突発的なクレームに対応するのに的確なマニュアルは作れない。私の言うマニュアルは、上司に報告するとか、本社に連絡をとると
か、警察を呼ぶとかいう業務的なマニュアルではなく、クレームしてきた人の言葉にどう反応して、どのような口調でどの言葉を選んで発し、どうお引き取りいただくかというマニュアルだ。なぜなら、相手が同じ言葉を言ってきても身なりや顔つき、年齢や性別で対応が異なるからだ。では、どうすればよいか?相手の欲望を推し量ることである。これについては後で詳しく触れるが、シミュレーションの段階にも言える。よかれと思ってやったことが裏目に出る時、人の欲望を見落としていることが多い。例えば九州で飲酒運転による大きな事故が起きたのを機に取り締まりが強化され、罰金が大幅に増額された。この時いやな予感がしたが、残念ながら的中してしまった。轢き逃げ事件が増えたのだ。すぐに助ければ生きていたかもしれない命なのに、飲酒していることを隠そうとそのまま立ち去る。発見が遅れて命を落とす人もいた。飲酒運転するところまでは本人も自覚しているはずだが、人をはねるなんて予想はしていない。だから、びっくりして酔っぱらった頭で一瞬考える。一旦帰って風呂入って戻ればアルコールは出ないんじゃないか?暗くて人通りがなかったからバレないんじゃないか?きっとたいした怪我じゃないはず……。そして、ニュースで状況を知り事の重大さを認め、後から出頭。もう被害者は亡くなっている。飲酒運転は間違いなく減っている。それはもちろん喜ばしいことだ。でも、一方で犠牲になった人がいる。この解決策は私にもわからないが、世の中にこういうことは山ほどある。政治がらみに多いかもしれない。みなさんも考えてみてほしい。私が現場の挨拶回りをしている時に一番多い欲望は、現状維持である。それも欲望の一つだ。お金も菓子折もいらないから、いつも通りに過ごしたい。休日の朝はゆっくり寝ていたいし、スッピンで犬の散歩もしたい。いつも歩道のビル側を歩いているから、車道側は歩きたくない。街に撮影隊が来る!なんて言ってテンション上がるのはひと昔前の話なのだ。さらに当日、スタッフ側の欲望にもさらされる。よりよい映像を作るために、その場でアイデアが浮かんでしまうのだ。経験を積めばある程度は想定できるようになって、事前に準備ができるのだが、新人の頃は「聞いてないよ!」的な当日のオーダーが多かった。お店の前を撮影で占拠することになって交渉する時もある。撮影前に交渉に行くのだが、「いくら?」と訊かれれば、ビジネスのステージに上げられる。そして、何時間占拠するから営業補償はこのくらい。予想外に高い金額を提示されたら、お客様を減らさない対応策を考える等、交渉もスムーズに進む。しかし、とにかくダメの一点張りだと本当に時間がかかる。もう客になるしかない。毎日通ってご飯食べたり、商品を買ったり、店主に好かれないとうまくいかない。服装を見て好きなものの話題に触れて、翌日プレゼントしたことも一度や二度ではない。欲望は人それぞれ。でも、慣れてくると街や人相である程度そのツボはわかるようになってくる。自然災害に関して少しだけ戻ると、同業者との間で、多くの災害が私たちにとっては想
定内であることを昨年の夏に話した。だから、私は携帯用のソーラー充電器や発電機も持っているし、水も備蓄しているし、スポットクーラーも石油ストーブも倉庫に入っている。車は車高の高い四駆だから多少の冠水なら走れるし、住む場所は川から離れているか、川より高く、埋め立て地でもなく、山の裾野でもない。自分と仲間の身を守るのは国ではなく、自分たちなのだ。なぜなら、この国は国民でできているから。災害が起きる度に国や自治体の対応が問題だというインタビューが報道されるが、その国や自治体を構成しているのは私たち国民なのである。だからインタビューを見る度に違和感を覚えるのだ。最悪を考えて最善を尽くすビジネスにおいては基本中の基本だ。でも、最悪ってそもそも何?どうなったら最悪なの?食中毒が出るとか、お客様が大怪我するとか、自分のせいで会社が損失を出すとか、考えられることは業種によってさまざまだ。しかし、それを予防するには、まずそこに考えが至らないといけない。最悪がわかれば、そうなる過程を想像し、環境を改善するなどして未然に防ぐことはできる。しかし、クレーマーに対してはなかなか予想がつかない?そんな人にアドバイス。悪意をもって自分に接してくるとしたら、自分ならどうするかを全力で考える。これは性悪な人ほど思いつきやすい。だから、時々いい人ほどミスを犯す。最悪を思いつかないから、予防線が張れない。だから、突っ込まれるのだ。クレームをするきっかけを与えてしまうのである。商店街ののぼりに足を引っ掛けて転んだとか、店前の自転車が邪魔だとか、歩道にものを置いていいのかとか、法律を盾に因縁をつけてくる。そんなきっかけを与えないように、私も撮影中は歩道に機材が散らかっていたら片付けるようにしているし、万が一そう突っ込まれた場合も切り返す準備はしている。ファーストフード店のテイクアウトで熱い飲み物を出す時に、「お熱いので注意してください」ってよく言われるが、これも予防線なのだ。担当者から聞いたわけではないから確証はないが、間違いないだろう。このひと言でお客様に扮したクレーマーから火傷したって言われても最終的に責任は回避できる。突っ込みどころを一つ減らしているのだ。今日たまたま会社の女性から、通勤中に駅の通路で天井の防炎ガラスがすぐ前に落ちてきて粉々に割れたという話を聞いた。怪我人が出なくてよかった。そこで私は、「『もう怖くて外を歩けなくなったんです』と言って心療内科の病院に通ったら、ちょっとお金もらえるね!」とジョークをとばし、二人で笑った。だが、悪意を持って接するならそうするだろう。しかし、そんなに暇ではないし、彼女も性悪ではない。そもそもそんなことでお金をもらっても楽しくない。ただ世の中には暇な人も意外と多い。そういうことにならないため
の予防線なのだ。ただし何でもかんでも予防線を張ればいいというものでもない。あまりきっちりしすぎていると息が詰まる。堅実さを出すための会計事務所や弁護士事務所みたいなところでもない限り、遊びは必要である。どこに遊びをつくるかは考えてほしいけれど、ある程度きっちり準備していれば、飛んでくる球はいつも同じコースだから、しっかり受け止められる。準備を怠ると、いろんなところからいろんな種類の球が飛んでくるから、受け止めきれない。思いつくところからでいいから始めてほしい。社内の情報収集ずいぶん前から上司と飲みにいく若者が減った。もったいないと思う。私は30歳で上司がいなくなったが、サラリーマン時代は誘われれば必ず参加した。理由の一つは、酒の席で会社のおおまかな方向性が決まると信じているからだ。あってはならないが、事実だと思う。もし、いやな方向に進みそうならその場で阻止したい。そしてもう一つ、経験豊富な先輩から成功例や失敗談を聞くのが楽しかった。上司の自慢話と捉えてしまったらつまらない。同じ仕事をしているのだから、情報の宝庫である。しかも食事代まで支払ってくれるのだ。無礼講などと言って酒に飲まれてしまうのはダメ。印象も悪くなるし、上司の話も覚えていないのだから、それこそ時間の無駄である。私はそんな部下を嫌いではないが……(笑)。転職の多かった私にとって、新しい会社に入った時の最初の目標は会社の役に立つこと。すなわち、お客様の役に立って会社に貢献すること。そうしないと自分の意見なんて聞いてもらえない。だから、何でもいいからその業界の知識を身に付けたかった。そう考えるようになったのは19歳の時に当時の上司から、「お前はまだ何の役にも立ってない」って言われてからだ。当時は毎日15時間働いていたので、衝撃の言葉だった。ただ時間ばかり働いても認められないということを、この時痛感した。それから転職する度にその業界の本を2~3冊読み、業界特有の単語を覚えた。さらに会社特有の単語を覚えるには上司と長くいるのが一番早いのだが、業務中は忙しいからじっくり教わることもできないので、放課後(終業後を放課後と呼んでいる)しか時間がない。で、結果飲みに行くのである。おかげでどの会社にいっても入社3カ月でお客様からは「何年目?」と訊かれるようになった。付き合いもよく、顧客からの評判もいいと先輩たちは可愛がってくれるものだ。するとますますいろいろ教えてくれる。そんな先輩たちの経験を疑似体験として自分のモノにするといい。先輩に限らず、同僚や後輩の失敗談、それをどう切り返して処理したか?うまくいったのか?もっといい方法はなかったか?検証しておけば次に似たような事故が起きた時にロケットスタート
できるし、不安も排除できる。これが顧客からの信頼につながるのだ。自分一人で経験できるイレギュラーなことなんてたかが知れている。周りの人が経験したことを、痛みを伴わずに経験できるなんて幸せじゃないか!上司との信頼関係を築くためにやっておくことこの本はクレームをその場で収めるための本だが、もしクレームが長期戦になった時、一人で対応していると大抵病んでしまう。そうならないためには社内で連携するほうがいい。そのために上司がいるのだ。そんな上司を味方につけて部内で協力してもらい、チームの知恵を振り絞って対応すれば、一人で抱え込むより早く解決するし、精神衛生上もいい。「最後は俺が出るから!」というひと言にどれだけ救われることか。そのためには失敗しそうな時だけ相談するようでは、なかなか上司も動いてくれない。日頃からコミュニケーションをとっておくことが必要だ。報連相なんて最近聞かなくなったけれど、死語なの?少なくとも我が社ではあまり使っていない。放置プレイだからかもしれない。「最悪、会社が潰れるだけだから好きにやれっ!」と教えてきた。もちろん本気ではないが、言い換えれば「最悪ケツは拭いてやるから、自分で考えてやってみろ!」というところだ。我が社の教育方針は、教えないこと。あまり教えると自分で考えることを放棄してしまうのだ。だから、相談されても撮影本番に支障をきたすこと以外は「いい感じでやっといて!」と返す(笑)。そのうち相談しても意味がないと思うのだろうか?あまり相談はない。しかし、コミュニケーションはとっているから、その中で報告は受けるし、会話の中から考えるヒントを得ていくのだろう。私の会社は極端だが、上司との信頼関係を築くためにやるべきことは、報連相の繰り返しである。報告と連絡の違いは私にはよくわからないが、とくに職場が離れている場合ほど報告と連絡が重要だし、何か大きなアクションを起こす時やネガティブな案件に対処する時には相談が不可欠である。ここで注意が必要なのは、上司に言われたままやってもうまくいくとは限らないということだ。上司の言葉を額面通りに受け取ってはダメなのだ。もちろん、上司が適当に教えたわけではない。相談された上司は過去の経験や知識からベストと思われる回答をする。しかし、相手は人である。上司が経験した時と同じ反応になるはずもない。自分がいる環境を上司が100パーセント把握できるはずはないからである。前にも書いたが、相手の身なり、顔、話し方、立場によって同じ話でも意味が変わる。私は部下から挨拶回り中に何かクレームを言われたという相談があっても、その人に会ってみないと言葉だけでは判断を誤るかもしれないから、少しだけヒントを与えて、自分の感性を信じて対処してみろと言うだけ。そこで手に負えなければ一緒に行く。たまに「上司の言う通りにやって失敗したのに自分のせいにされた」って言う人がいる
が、何も考えずにそのままやっていては失敗するのも当たり前。ビジネスは相手が必ずいるものだ。その相手のことを上司は知らない。そんなこと言っていたら、いつまでたっても信用されない。さらにビビって相談してきた割には、その後の結果報告がなかったりすることがある。自分でどうにかしたのだろうから別にいいけれど、無事なら無事って言ってくれたほうが上司は有り難い。一応気にかけているからね。そういうちょっとしたことから信頼関係は作られていくものだ。そして、上司からの信頼を勝ち取るための秘策。上司と日頃からよく話すことである。前にも情報収集のところで触れたが、心を開いて自分を開示すること。そうすると多くの上司は同じように自分の情報や仕事の経験を話してくれるようになるだろう。部内のプライベートな近況情報をお互いに知っているチームのほうが、仲間の近況を知らないチームよりも成果が上がるという。彼女ができたとか、母親の体調がよくないとか、先週末はキャンプに行ってきたとか、お互いにそういう情報を話しているのだ。それだけ日頃からコミュニケーションがとれているということだろう。コミュニケーションなくして信頼は得られない。信頼されればクレームに限らず、悩んで相談した時に応援してくれる。上司が頼りない場合はその上の上司、さらに上の上司でもいい。もちろん立場を飛び越えて面子を潰すと逆に信用を損なうから、そこはよく考えなければならない。しかし、損失を出さないことは会社のためでもあるのだから、一旦上司に相談して手に負えなそうなら、「会社の損失」というキーワードを持ち出して会社ぐるみで対応してもらうべきだ。部下との信頼関係構築のためにやってはいけないこと怒鳴り散らすな!以上である。部下が失敗した時、自分でやればよかったとか、何度言ってもわからないこいつは馬鹿なのか?とか、やる気が見えないとか、そう思う時もあるだろう。そのタイミングで何かイライラすることが重なっていたりすると、部下にブチきれてしまうのもわかる。私も自分でやったほうが早いと思う時もある。しかし、それではいつまでも仕事を覚えてもらえない。それは会社の成長を妨げるし、自分も次のポジションに行けない。部下が理解していないのは、自分の伝え方が間違っていると思うことにしている。これは社外の交渉やプレゼンでも同じことが言える。相手が理解できないのはこちらに理由があるのだ。そう思えばより丁寧なプレゼン資料になるし、指示の出し方にも工夫をするようになる。やる気を出させるのも上司の仕事である。だから、私は部下が失敗しても怒る気にはならない。むしろ自分の言葉の足りなさに落ち込んで肩を落とす。そして、一緒に失敗の原
因を考えてアドバイスするようにしている。でも稀に違う星の人なのかと思うくらいにどうやっても理解してくれない人がいる。最近もそういう部下がいて、しばらく試行錯誤しながら指導していたが、もうストレスMAXである。ある日、改善すべき点を電話で指導していたら、「だったら、社長が自分でやればいいじゃないですか!」だと(汗)!なるべくわかりやすいように順を追って普通のトーンで話したのに、そう言われたら、もう俺には教える方法がわからない。私にはもう成長させてあげられないことを謝って退職していただいた。こういう場合は仕方がないと思う。人は変われる。でも、他人を変えることはできない。変われるように手助けをするだけだ。私にはそこに費やす十分な時間がなかった。ストレスを抱えて病気になる前に辞めてもらうか、自分が辞めたほうがいい。さすがに一人のために自分の会社を解散するわけにいかないから辞めていただいた。さて、怒鳴り散らすと何が悪いか。まず、部下は説教を聞いていない。まともに聞いている部下はきっと辞めるか、転属を希望するだろう。たまに死んでしまう人もいる。聞いていない部下だけが残って、結局自分のチームは弱くなる。前に勤めた会社の、やたら怒鳴り散らす社長に、「アドバイスは聞きますけど説教は聞きませんから」と宣言したこともある。その会社、社員は常に15人くらいなのに毎年30人も入社するのだ。求人コストを給料に反映してほしいものだ。こんな私でも通勤中に地下鉄に飛び込みそうになったことがあるくらい厳しかった。そしてもう一つ、報告が遅れること。ネガティブな報告ほど早くしろというのが鉄則だが、すぐに怒鳴り散らす上司にはビビって報告しづらい。だからネガティブな報告ほど遅くなってしまう。最後に恥ずかしい思いをするのは、報告を受けていない自分である。過去にこんなことがあった。映像業界では事後値引きが悪しき慣習として根強く残っているが、12月に撮影した案件で、担当からの値引き交渉に応じた上で2月の支払いを約束してもらった。しかし、金額については上司に確認するからもう少し待ってくれと言うので待った。受注当初より追加でかなり動かされたので予算を大幅に上回っていたのだが、こちらも素人ではないから、その過程で金額がプラスになる旨は伝えていた。1カ月待ったが連絡がない。こちらから連絡してみるともう少し待ってくれという。さらに2週間待ったが、連絡がない。しびれを切らしてまた連絡したが、今度は上司から連絡しますときた。2月の20日を過ぎても上司から連絡がない。さすがにもう経理の処理が間に合わないのではないかと思い連絡したら、また同じことを言う。そして、3日前に再度連絡したらもう月末の支払いは間に合わないと言う。そんなのは織り込み済みである。こちらも支払ってもらわないと給料が払えないから、上司に直接電話すると伝えたら、やっと上司から折り返しの連絡がきた。そして第一声が、「あなたは今回の仕事をプロとして全うしたと思われているのですか?」。クレームである。
このひと言で部下との関係がわかる。何も報告を受けていないのだ。こういう時の切り返しはシミュレーション済みである。以下そのまま電話の会話を掲載する。私「そうきましたか(笑)!今回のお仕事はカメラマンの紹介ですからもちろん手抜きなんてしておりません。しかし、いつも以上にやったかと言われると、いつも通りかもしれません」上司「俺は認めないし、認めない以上この金額は支払えない」私「そうですか。では、すでに15パーセント近く値引きしておりますが、満額のお支払いお願いできますか?」上司「だから認めないって言っているだろ?なんで増えるんだよ(激怒)!」私「では、おうかがいしますが、あなたは高級レストランに行って味が気に入らなかったら値切るのですか?きっちりと支払って二度と行かないだけですよね?」上司「レストランとこの仕事は違うだろ!」私「いやいや、商売ですから一緒ですよ。うちの店には二度と来なくて結構ですから、満額お支払いいただけますか?値引きって次の仕事につなげるためですから、次がないなら値引きする必要もないので」私もちょっと興奮してきた。上司「あんた自分で何を言っているかわかっているのか!そもそもあなたはあの時……!」具体的に気に入らない理由を言い出したのでしばらく聞いた後に遮って……、私「ところで、事あるごとにあなたの部下には金額の確認をしてきましたし、メールの記録もあります。すでに値引きもして2月末にお支払いいただく約束になっていましたが、先程できないと言われました。資金繰りの都合もあるので私は今から金策に走りますが、あなたの部下のついた嘘については会社としてどのように責任を取るおつもりですか?」上司「え?そうなの?そんなの聞いていないから、確認してまた連絡します」最後の声のトーンは暗かった。翌日(2月27日)上司から電話。上司「いやすまなかった。部下から全部報告を受けました。しかし、どうしても予算がないから端数だけ切ってもらえませんか?」私「……(間)いいですよ。そのかわり約束通り明日お振り込みお願いできますか?もし間に合わなかったら、その時は満額は言い過ぎましたが、金額はまた相談しましょう」上司「ありがとう」そして、翌日きちんと振り込まれていた。きっと担当はまたこっぴどく叱られたことだろう。翌年、その人は辞めたという噂をきいた。もちろん、その後仕事は来ない。こういう人は好きになれないし、イヤな人と仕事をす
るとろくな結果にならないから、予算があっても受けないことにしている。だから、このような電話応対でいい。つないでおきたいなら、また別の対応をしただろう。部下から報告を受けやすくするためには、とにかく感情に任せて怒鳴り散らすのはやめたほうがいい。そして、やはり前項で述べたように信頼関係を構築していけば、社内全体の情報も把握できるようになるだろう。社内のバックアップ体制の構築会社が大きければ爆弾処理班、いやクレーム処理班があるだろう(笑)。しかし、中小企業や個人事業ではそこに予算を割くのは難しい。バックアップ体制がなく、クレームに打ちひしがれて仕事の意欲をなくし辞められたら、その穴を埋めるために高い求人広告を出し、一から教育しなければならない。結果、違うところでコストがかかる。実際、バックアップ体制がないおかげで辞めていく飲食店の幹部は多い。そして、彼らの転職先はまた飲食店なのだ。店長が辞めて、次にまた店長を育てるには時間がかかる。そろそろ本気で考えてみてはどうだろうか。この本の読者には社長もいるし、幹部やマネージャーもいらっしゃることだろう。でも、多くは現場でクレームに対応している人ではないだろうか。会社に言ってもなかなか対応してくれないと嘆く人も多いと思う。さらにバックアップ体制のシステムがあっても、それを使うと社内における評価が下がってしまうことを心配している人も多いのではないか?自分のために会社に進言してもなかなか会社が動いてくれないなら、後輩や同僚を味方につけて、彼らのためにバックアップのシステムを構築するべきだ。それが会社のためである。きっかけは自分のためかもしれないけれど、あくまで利他の精神を貫いているように見せる。そこは社内でのクレーム対応も同じ。「あなたのためだから」の精神で言葉を変えていくとうまく事が運ぶものだ。事実だし、相手にも伝わりやすい。もちろん、言ったからには先頭切って走らなければならない。勉強会に参加したり、専門家の意見を聞いたり、本を読んだり、機能させるまでは大変かもしれないが、一旦ベースができてしまえば、後は少しずつ修正していくのみである。個人事業主や小さい会社の社長であれば、チームがそもそも作れないので、外部に委託することになる。今やクレーム対応を専門にしている会社もあるし、最悪の場合にそなえて弁護士とは仲よくしておいたほうがいい。弁護士も得意分野があるから、誰でもいいというわけではないが、横のつながりもあるから紹介してもらえる。同級生やその友達、お客さんの中にそういう人がいるかもしれない。日常生活ではなかなか弁護士さんと会う機会はないから、なにかのきっかけで弁護士
と名刺交換した時、その人と気が合いそうなら名刺を取っておく。それだけでいい。私もそうだが、小さい会社は顧問弁護士を雇って毎月お金を支払う余裕はないのだから、何かあったときに連絡して相談できればよいのだ。しかし繰り返すが、この本はそういう人に世話にならないための本である。軸を作る都会は軸がないと生きづらい。軸がないからブレてしまうのだ。自分軸があれば、さまざまな事象に対応する時に迷うことなく判断できる。インターネットも発達して本当に情報が多い中、拾うものと捨てるものを迷うことなく瞬時に判断できるようになれば、都会に振り回されるだけ振り回されて、最終的に田舎に帰るなんてこともなくなるのだ。すでにみなさんは軸を持っている。いちど書き出してみてほしい。私も先日やってみた。ジャンルごとに分けてみるとわかりやすい。私の場合は[人生][仕事][人][お金]。これに[家族]や[健康][恋愛]等、自分でジャンルを考えればいい。あくまで自分の軸だから批判は受け付けない。その一部を紹介してみよう。[人生]・イヤイヤやるならやめちまえ!これは座右の銘にしている。短い人生、イヤイヤやっている時間なんてない。だから7回も転職してしまった。もちろん、好きな仕事をしていても、イヤなこともある。しかし、それはサッカー選手がランニングしているようなものだ。彼らはなんで走るのか?サッカーが楽しいからサッカー選手なのだ。でも、疲れると苦しくなる。90分間スタミナがもてばずっと楽しいはずだ。だから、彼らがトレーニングするのは、少しでも長い時間試合を楽しむためだと思っている。試合に勝ったらもっと楽しい。私は高校時代バドミントン部だったが、少なくとも私はそうだった。・人生の意味は考えない最近、生きる意味を考える人が増えたみたいだ。そんなのやめたほうがいい。ヒトはちょっと頭のいい哺乳類としか思っていないから、生まれてしまったら人生をまっとうするだけだ。しかし、それぞれに役割はあるものだ。飼っている犬を見ていてもそう思う。[仕事]・努力だけなら猿でもできる昔、「反省だけなら猿でもできる」というテレビCMがあった。その頃、当時の上司に言われた言葉だ。頭使って努力しないと無駄な努力で終わることも多い。・人の評価は他人がするもの
「自分なりに頑張っています」という台詞は我が社では禁句である。頑張っているかどうかは周囲の人が判断するものだ。逆手に取ると、どんなに頑張らなくても頑張っているように見えればよいのだが、なかなかうまくいかない。[人]・筋を通すこの本でもテーマの一つになっているが、後述する。・誰に対しても同じ態度で接するリムジンに乗っている社長、トイレを掃除しているおばちゃん、先輩と後輩、上司と部下。分け隔てなく同じように対応するように心掛ける。もちろん言葉遣いや所作は相手によって変えないと逆におかしい。でも、それは相手の立場ではなく相手の個性ごとに変えるものだ。・キャバクラの女の子は口説くけど落とさないキャバクラで店の女の子を口説くのは礼儀だが、落とさない前提で話していると、休日に遊んでくれたりして友達になれる。落とす気満々だと、店の外で会うのは大抵同伴で、そのまま店に行って余計にお金がかかるものだ。今では全国に年を重ねた元キャバ嬢のお友達がいる。おかげで楽しい。[お金]・お金は通貨であるYENとは何か?単なる通貨としか思わない。2億円の借金があるけど、自分にそれ以上の価値があればいいと思っている。ちまちまお金を返すより自分を磨いたほうが返済は早くなる。面白いのは、それだけ借金をつくると100億以上の資産がある人ともなぜか対等に話ができること。・払わない奴はもらえないやたら値引きしてくる奴は値引きされる。だから、私は自分のプロジェクトが赤字でもスタッフにはきちんと支払う。逆に仕事を受注する側の時はお付き合いである程度は値引きをするが、限度を越えて値切ってくる人に対応してあげても、そんな人にはいい仕事が来なくなってしまうから、あえてもらってあげることにしている(笑)。その他、各項目10~20個出てきた。それぞれにエピソードがあるが、もしまた出版できる機会があったらそこで書こうと思う。軸ができると、自分のなかの正義みたいなものができあがってくる。その内なる声にしたがって事にあたるとストレスも少ないし迷うこともない。でも、うまくいかないことが続いた時は、修正が必要な時かもしれない。時代の変化とともに自分も変化していかなければならない。そして、相手にも軸がある。クレームに対応する時、相手の軸を見つけ出し、それに共感することができれば解決も早い。逆に仲よくなってしまうかもしれない。
正義とは何か?人それぞれ信じている正義がある。他人に迷惑を掛けないとか、人に優しくするとか、嘘をつかないとか、今年はコロナでステイホームの時期が2カ月以上あったが、その時に流行った自粛警察も自分の中の正義に基づいた行動だろう。自分が我慢しているのに、なんであいつらは……という感情があったにせよである。正義とは何か?辞書で調べてみた。すると「1/正しい道義。人が従うべき正しい道理。2/他社や人々の権利を尊重することで、各人に権利義務・報奨・制裁などを正当に割り当てること」(三省堂『大辞林』)とある。価値観なんてみんな違うのに、正しいかどうかは誰が決めるのか?最終的には法律で決まるのだが、その法律はすべてのことを即座に白黒つけられるほど万能ではない。それをカバーするために裁判があるのだ。子供の頃からアニメやドラマで正義とは何か、正義の味方ってどんな人物なのかを刷り込まれる。そこから自分なりに解釈していくのだと思う。私の場合はやはりウルトラマンや仮面ライダー、マジンガーZ、ガッチャマン。小学生の頃はテレビでやっている西部劇にはまっていて、悪い奴は殺していいのだと本気で思っていた(笑)。自分の軸をベースに自分の中で正しい道を探っていくと自分の中の正義とは何かがはっきりしてくる。ベースとなる軸を客観的にチェックすることも必要だ。私の場合は、内容によるが、まず経験に基づいているか?論理的か?面白いか?そんな基準である。自分と相手を平等に扱おう自分がやられて嫌なことは相手にもやらない。簡単に言うと、そういうことである。しかし、そこにも盲点がある。クレーマーに対峙する時に、例え話で一度使ったことがあるが、消しゴムの法則。小学生の頃、隣の席の男子がよく消しゴムを忘れて、貸してくれと頼まれて貸した経験は誰にでもあると思う。でも、そいつはいつも返してくれって言わないと返してくれない。ある日、その彼の消しゴムを逆に借りたことがある。しかし、彼は返してほしいと言ってこないのだ。危うく持って帰るところだった。わかる?これが彼の価値観なのだ。自分もなかなか返さないけど、逆に返されなくても何も言わない。人のお菓子を勝手に食べるけど、逆に食べられても文句を言わない。小学2年生の頃だからもう付き合いはないが、大らかな彼が今どんな生き方をしているかとても気になる。相手が嫌なことをしてきたら、同じことをしてあげればいい。それで文句を言われたら、今あなたがやっていることはこういうことですよ。嫌ですよね?以上である。しかし、全然嫌ではない人がいるかもしれない。その時は寛大さを尊敬して褒めてあげ
て、自分には不快であることをやんわりと伝えればいい。よく人が遅れてくるとめちゃめちゃ怒るくせに、自分が遅刻した時は適当にごまかす人がいる。これではダメだ。遅刻した時に怒られたくなかったら、他人が遅刻しても怒らなければいい。部下がそれで遅刻ばかりするようになったら、まず自分を律するか、重要な局面で思いっ切り遅刻してやれば、どれだけ困るかわかるだろう。私は後輩が遅刻しても基本的に怒らない。なぜなら私も遅刻するからである。寝坊することは誰にでもある。しかも連日深夜まで仕事が続いていると睡眠時間が極端に短いのだから、そろそろ寝坊するかなあ……なんて予想もする。部下が遅刻して現場に入ってきても、指差して笑いながら体調が大丈夫か確認し、すぐにその場の仕事を振る。逆に私はわざと寝坊する時がある。何度かやらかすと、最初はテンパっていたアシスタントも私がいなくても現場をまわせるようにシミュレーションするようになる。先輩や師匠がいると頼ってしまって深く考えない。だから、私が寝坊すると急に成長するのだ。私が一人で現場に立つ時は誰にも頼れないから、深夜に一旦家に帰り風呂に入ってから現場に行って朝まで車で寝る。そのために私の車はここ15年くらい大きいアメ車にしている。運転ではなく寝心地重視の車選びなのだ。そんなに過酷なのかって?私の過去最高月間労働時間は580時間である。週に150時間働いた時、友人の女性に話したら彼女の月間の労働時間だって言われた(笑)。会社と社員の関係も平等だと考えている。例えば試用期間はお互いがお互いを見極めるものだと考えてきた。面接時にそれはきちんと伝える。合わない仕事を我慢しながらされてもお互いに不幸だからである。面接の時、会社はいいことばかり言う。でも、応募者も猫かぶって不都合なことは言わないのだからそこは平等である。この発想は、20代の転職しまくっていた頃に生まれた。逆の立場でさんざん面接を受けたが、同じように考えていたので思いっ切り自分をよく見せていた。おかげで面接試験に落ちたことがない。平等という観念は昔から大切にしている。クレームに対しての私の考え方も同じで、常に平等に考える。私がその人の立場だったら不愉快か否か。そこが理不尽かどうかの判断基準である。これも事前に筋を通しているからこそできる方法なのだ。相手の立場になった時に不愉快だと感じることがあればもちろん誤るし、そうでない場合は、もっと理由を深く探る。よく聞いていくと理由がわかることもある。しかし、話にだんだん矛盾点が出てきたら、クレーマーとして対処する。だからクレームに対応する時は、まず十分に相手の話を聞いたほうがいい。筋を通すってどういうこと?私に言わせれば、「人の面子を尊重しながら一貫性を持って事にあたる」
というのが妥当だろうか?ここまで読んでくれた読者には、これだけで少しは理解してもらえるかもしれない。急にやれと言われてもできないものだから、常に心掛けてほしい。筋を通してさえいれば軸がブレないから、振り回されなくて済む。具体的には──、・有言実行。自ら言ったことは必ずやる。しかし、言わされたことは守らなくてもいいと決めている。言わされない技術は別の機会に。・約束は守る。守れそうもない時は早めに連絡し、代案を提案。・人を介して紹介してもらった相手と何かプロジェクトを始める時は、必ず紹介者にひと言伝えておく。・課長を飛び越えて部長に相談するとか、隣の課の課長に相談するという時は体裁を整える。バレることを前提に考えたほうがいい。・贈り物をいただいた時や、食事を御馳走になった時は必ずお礼する。礼状を書くとか、今時ならラインでもいい。そして、機会があったら相応のお返しをするべきだ。・朝令暮改のようにすぐに方針を変更する時は素直に謝って、みんなが納得のできる理由を説明する。・サービス業や接客業であれば、支払っていただくもの以上の価値を提供し、喜んでもらえるように努力する。・挨拶回りは重鎮から順番に。・食事や飲み会で座る席は何か策略がある時以外は、まずは末席を選ぶ。乾杯の時は相手より下で。こういうことをきちんとしている人は信頼されやすい。ようするに相手の面子を潰さないということである。そして、自分の面子も大切にすることだ。一度信頼されるとその信頼は多少のミスでは崩れないし、何かあった時に周りが助けてくれる。おすすめの映画がある。深作欣二監督『仁義なき戦い』シリーズである。会社で新人教育の教材にも使っているが、入社してしばらくしたら、それぞれ借りてきて観てもらう。テーマは「筋道と面子の考察」である。暴力シーンや殺人シーンも多く、反社会勢力の話なので否定する人もいるかもしれないが、これが一番わかりやすい。わからない人でも3回くらい観てもらえれば理解できるのではないだろうか。この映画の中では、相手の面子を潰したら命を狙われるが、堅気の世界ではもちろんそんなことはない。通常は相手にされなくなる程度。しかし、クレームになった時には逃れられないのだ。クレームが入った時、最初の段階で面子を潰してはならない。みなが思っている以上に面子というのは大事なものだ。それを理解している者同士だと話が早いこともある。昨年、九州のとある市の警察署でカメラカー(撮影用の車輛)を使用する撮影の道路使用許可を申請した時、最初はダメだと言われた。だが、他県での実績があるのだからとい
う理由で粘った。県警によって道路規制の決まりは若干違うのはもちろん承知している。その後、県警本部に2回通って必要書類を提出したが渋い顔をされ、他に撮影方法はないか尋ねられたので、こう答えた。「実際やれないわけではありません。警察は市民の命を守るのが仕事ですから、おっしゃることはよくわかります。でも他県でできたのだから、この撮影方法でできるとスタッフにはすでに伝えてあるので、私の面子が立たないのです。絶対に事故は起こしませんから……」これを聞いた警察官二人は奥に行って少し上司と話し、戻ってきて許可をくれた。机の下でガッツポーズしたのを今でも覚えている。官僚や公務員には、とくに面子を重んじる人が多いように思う。面子を大切にしている人同士、気持ちが通じたのかもしれない。
[実録!クレーマーVS近所のおじさん]千葉県の空き地で撮影した時の話である。その空き地はサッカーコートくらいの広さがあり、住宅に囲まれている。空き地の許可を取った上で周辺の50軒くらいの民家に2~3日かけて挨拶回りをした。みんないれば1日ですむのだが、不在の家も多く、全員に会おうと思ったら、その程度かかるのは普通だ。なぜ、地主の許可を取っているのに周りに挨拶するのか?当日の混乱を避けるためである。早朝から突然大勢のスタッフが来ると、驚いて質問攻めにあうことが多い。しかもその土地は住宅から駅に向かうのにショートカットすると便利なため、日常的に空き地を通る人が多かった。他人の土地とはいえ、毎日通っているのだから、通れなくなれば怒る人もいる。いつもぎりぎりに家を出る人は、電車に乗り遅れたら会社に遅刻するかもしれないのだ。もちろん許可を取っているからといってこちらの権利を主張すると、貸してくれた地主にクレームが行く場合もある。この時の地主は大企業で、快く場所を提供してくれた企業に余計なクレームが入ったら、許可をくれた担当者に迷惑がかかる。クレームが入る部署と許可を出す部署は違うのだから、そんなことで担当者の社内評価を落としてはならない。だから、50軒の挨拶の他にビラも50軒くらい配布した。撮影の本番中、カメラアングルに入ってしまう歩行者を止めて待ってもらうことがある。なぜかと言うと、人には肖像権があり、放映してから肖像権を主張されて裁判でも起こされたら大変だからだ。実際にお金で解決した例もあるくらいだ。朝から順調に撮影していたのだが、昼すぎに空き地の隅で何やらおじさん二人がもめている。そばにいた警備員にその経緯を確認したら、初老の紳士が空き地を横切ろうとした時に、声かけをして少し待ってもらったら怒りだした。すると目の前の家のバルコニーでそれを見ていた近所のおじさんが出て来て、その紳士に対して文句を言って口喧嘩になったらしい。家の人は私が挨拶回りに行く度に「ごくろうさん」と声をかけてくれた人だった。そのおじさん曰く、俺を指差して、「こいつは毎日挨拶回りして、ちゃんとやっているのにお前は何だ!そもそもここはお前の土地じゃないだろ?ごちゃごちゃ言うなら俺ん家の前も歩かせねえぞ!」。ちょっと言い過ぎだが、最初から私の考えていた切り札を出してきた。もう初老の紳士は何も言い返せない。私は逆に喧嘩を止める役割だった。きちんと筋を通しておくと、味方も増えてくる。それでも私が悪い旨を伝えて謝ったら初老の紳士はすぐに退散した。
挨拶回りは一人でやるほうがいい。横浜の元町で散水して撮影した時などは、当時のアシスタントに200軒の店舗に一人で挨拶回りをさせた。手伝ってくれないのか?と主張してきたが、私は手柄を横取りしたくないから頑張れと言うだけである。もし自分でも一人でやる。すると何が起きるか?応援である。一人でやっていると、「全部一人で挨拶回りしているの?大変だねえ……」とか、「若いのにえらいねえ……」とか、「お前の会社はしっかりしてるな……」などと応援してくれる人が増えるのである。筋を通している様を見せていると、迷惑をかけているのはこちらなのに応援してくれるのだ。本当に有り難い。当時のアシスタントはその後独立して会社をつくり、私より忙しいくらいだ。
あなたのこれまでの人生で最大の修羅場を教えてくださいこれは我が社が人材募集する際に面接時のアンケートの最後に必ず書いてもらうことだ。そんなことを入社試験で訊かれることはまずないから、どこまで書いてよいのか思い悩んで、それでも何か書いてくる。よくあるのは、彼女が実は社長の娘だったとか、二股かけていたのがばれたとか、恋愛系の修羅場の話である。どのように解決したのかも話してもらうので(大抵はその後別れてしまう)話としては面白いが、採用となるとあまり興味はない。なぜそんなことを質問するのか?誰でも一度経験したところまでは、ある程度冷静に対処ができる。交通事故を二回以上起こしたことがある人はわかるかもしれないが、初めて事故を起こした時は、相当テンパる。教習所で教わっているはずなのに、優先順位も忘れているし、頭が真っ白になって何をどうしていいか思いつかず、しまいには泣き崩れる人もいる。ところが一度経験すると、次はそこまでは冷静に対応できるようになる。だから、相手への気遣いもできるし連絡も早い。二回目も同じような事故とは限らない。自損事故もあれば、追突事故や接触事故、そして絶対に起こしたくない人身事故もある。それぞれの中でさらに軽度から重大事故まである。もちろん、最初の事故が重いほど次の事故はきちんと対応できるが、まったく違うタイプの事故でも、割と冷静に対応できたりするものだ。なぜか?自分の気持ちをコントロールする術を身に付けたからだ。テンパった時に自分がどうなるかがわかると、次はもっとこうしようとか、技術的な側面だけではなくて、内面的なところまでシミュレーションをする。だから、ある程度まで対応できるようになっている。わざと事故を起こす人はいないから、事故は突発的に起きる。クレームに似ていないか?クレームも突然やってくる。そして、パターンもいろいろである。私の仕事は、ロケ地において撮影を滞りなく進める手助けをすること。撮影現場では突然、予想外のことばかり起きる。交番のおまわりさん、パトカーに乗った警察官、輩っぽいお兄さん、近所のおばさん、会社役員等、いろんな境遇の人からクレームを頂戴したり、公園に住んでいる人に家を撤収してもらったり、急に隣の家の庭に照明を置く交渉をすることになったり……、いちいちテンパって冷静な判断ができないようでは仕事にならない。我が社では基本的に経験者を採用しないから業務内容は未経験だが、この質問である程度の突破力はわかるのだ。
そう、何事も経験なのである。40歳過ぎてうっかりスピードを出しすぎて覆面パトカーに追われ、テンパっていたら助手席の彼女はどう思うだろうか?何年か前に助手席に女性を乗せていて首都高速で捕まった。車を路肩に停め、パトカーを降りて近づいてきた交通機動隊の隊員に、免許証を用意して、「いやあ、久しぶりに美女を乗せたら舞い上がっちゃいました!」ってジョークを言いながら渡したら隣の女性は感心していた。もちろん、そのままパトカーに乗せられて切符は切られたが(笑)。家族を作る前に、非日常的な経験をたくさんしておくべきだ。一生ひどい目にあわないならそれが一番だが、そんな保証はどこにもない。家族ができると冒険しづらくなる。だから早いほうがいい。カウンターコミュニケーションの瞬発力はそんなところで磨かれていく。ルーティンな毎日からはイレギュラーな対応は学べないのだ。ちなみに私の人生最大の修羅場は、任意ではあったが、殺人容疑者として特捜本部のある桜田門の警視庁本庁に連行され、嘘発見機から始まり13時間取り調べをされたことだ。気付かなかったが、2週間尾行されていたらしい。よく働くと褒められたくらいだ。帰り際、刑事部長から「お前が犯人だと思っていた」と言われた。詳しい話はまたの機会に。映画をいっぱい観る毎日同じような生活をしている人にも方法がある。映画をたくさん観ること。もちろん小説をたくさん読むでもよいが、映画のほうがビジュアル的に洗脳されやすいからオススメだ。10代の終わりに、家の近くにドライブインシアターというのがあって、ある日『キャノンボール』というアメリカ大陸を横断するレースの映画を観た。映画が終わって、それぞれ自分の車で帰るのだが、面白いことに半数くらいの車が空吹かしして、タイヤを鳴らして去って行く。映画に影響されて自分がその中のキャストになった気分になるのだ。知らずに影響されている。子供の頃のテレビ番組は、夜9時から大抵毎日どこかのチャンネルで映画をやっていた。ドラマの制作費よりも映画の著作料のほうが安かったのだろう。ジャッキー・チェンの映画がみんな大好きで、『酔拳』が放映された翌朝なんか、学校に行くとみんな酔ったふりして拳を突いてくる。同じ映画を何度も観ていると、だんだん自分にもできる気がしてくるから不思議だ。そうやって疑似体験をするだけでもかなり違う。さらに映画のいいところは、客観的に観られるところだ。本と違って具体的だからビジュアルとして脳裏に残りやすい。そこからさらに俺ならこうするとか、主役がなんでそうしたのか考えたりすると、その後答えが観られて面白い。環境も相手も違うから、現実に同じようにうまくいくとは限らないけれど、確率は間違いなく上がる。具体的かつ客観的にものごとを考えるからだ。『ミッション:インポッシブル』のトム・クルーズになろうと思ってもそれは無理な話だ
が、映画の中にはヒントがたくさん詰まっている。わかりやすく言うと、世の中の大抵の人は、人の殺し方を知っている。殺人について勉強したわけでもなく、学校でも会社でも教えてくれないし、ましてや経験なんてするはずもないのに……。例えはよくないが、他のことにも言えるはずだ。ただ観ているだけなのにいつの間にか知っているのである。カウンターコミュニケーションの瞬発力は妄想力に比例妄想していますか?いっぱい妄想してほしい。シミュレーションは実際にあることに対して多角的な視点から検証することだが、妄想は、架空の出来事や場所、人とのやり取りを想像することだ。本来、主人公は誰でもいい。でも、そこだけは自分にしておいてほしい。なるべく言葉も一言一句考えてほしい。そして、何度もやり直してほしいのだ。そのうち言葉を変えただけで結果が変わってくるようになる。それを日常的にやっておくと、たまに似たような出来事に遭遇する。そんな時はもう経験済みなのだからベストな言葉が出てくるし、すぐに対応できるはずだ。それが間違っていたとしても、それはそれ。その場で時間をかけたからといって正しく反応できるとは限らないし、反応が遅いと相手にマウントをとられてしまうことが多いから、話しながら修正していけばよい。妄想のベースになるものは、過去の実体験もあるが、映画やドラマもある。より明確に脳内で画像を再現できる。前の項でも触れたが、小学生時代、夜の9時から、毎日どこかのチャンネルで映画をやっていた。おそらく1000本以上の映画を観ただろう。西部劇も好きだったが、パニック映画も大好きだった。今思えばそのあたりから自分の中の理想の大人像ができあがっていった。これはよくて、これは悪い。これはカッコよくて、こういう行動はカッコ悪い。あくまで自分基準でいい。当時のアメリカのプロパガンダが存分に盛り込まれたハリウッド映画だから洗脳はあるかもしれないけれど、監督や脚本家が考え抜いたシチュエーションに考え抜かれた台詞なのだから、間違ってはいないと思う。そして、妄想の中の主役は自分。自分劇場の始まりである。いろんなひどい目に遭ってどうにか解決する。うまくいく時ばかりではないけれど、別に現実の世界に影響するわけではない。うまくいかなければ、さらに妄想すればいい。相手を変えたり、場所を変えたりも自由だ。必ずハッピーエンドにする。そんなふうに受け身で映画を観るのではなく、観た後に自分に変換して妄想を続けるのだ。妄想はどこでもできる。私は一日中妄想している。区役所でやたら大声を出して職員に文句を言っている人を見つけたら、自分ならどう対処するのか?もしくは助けに行ったらなんて言おうか?そもそも職員も悪いのではないか?などと想像する。その想像から発展して、数時間後にふとまた思い出して妄想する。やっぱりあの時助けに行ったとして……。
一度、満員電車でチカンに困っている女性を見つけた。チカン行為を見たわけではないから確証はないが、表情でそんな印象を受けた。混んでいてそばまで行けないから、一か八か、その初対面の女性にあたかも知り合いのように、「お、みゆきじゃん!久しぶり!」と声をかけたら、女性にくっついていた男は少しずつ離れていった。とても感謝された。その後連絡先を教えてもらったかというと、そのままスルー。そういうところでカッコつける癖がある。もったいない……。なんでこれができたかというと、すでに妄想の中で経験済みだからである。もしチカンじゃなかったら、人違いということにすればいい。そこまで妄想の中でいくつかのパターンをシミュレーションしているのだ。妄想って楽しいよ!そして、いろんな経験をするほど、妄想の精度は上がる。スマホでゲームをやるのもいいけど、たまには妄想してみよう。そして、外に出て実体験を増やそう。見るもの、起きることを深く掘り下げる外に出るといろんなことが目に入ってくる。私は滅多に電車に乗らないが、人間観察が大好きだ。おじさんと若い女の子が腕を組んで歩いていたら、店の女の子の同伴か?いや、この時間なら同伴はないな。そしたら愛人?最近、10歳以上離れたカップルも多いから、まさかの夫婦?しかし、17歳で娘ができた友達もいるし……などと考える。新聞もあまり読まないが、一応ニュースはチェックする。いつもアメリカの言いなりになってしまう日本政府のニュース、頭のよさそうなコメンテーターがさまざまな見解を話しているが、私はそういうニュースを見ても、敗戦した植民地の割には自由にさせてもらっていると思っているので、首相が弱腰だろうが何も思わない。もし自分があの立場にいてもきっと大して変わらない。25歳の頃、ハイヤーの運転手をしていた。東京を含めいくつかの都市部はハイヤーとタクシーが分かれている。ハイヤーは朝出勤して、帰るのは2日後の朝。すると駅から家に歩く途中、出勤する多くのサラリーマンとすれ違う。まだ20代の私は、すれ違うオジさんたちの疲れた顔とやる気のなさそうな目つきを目の当たりにして、いろいろ想像し、スーツを着る職業はやめることにした。それが正しいかどうかはわからない。でも、目や耳から入ってくる情報を自分なりに深く考えて何事も自分で選択する意識を持つこと。それが大事なのだ。今の仕事をしていると、すばらしい場所ほど撮影許可が下りないことを知る。しかし、たまに新人君が許可を取ってくることがある。そこで私は考える。もし、撮影許可が下りるなら、とっくにみんな撮影しているはずだ。だから、新人君が撮影オッケーですと自信を持って言ってきても、スタッフには検討中と伝えることにしている。再度自分で行って確認するまでは信用しない。部下を信用しないのではない。相手を信用しないわけでもない。二人の会話を信用しないのだ。
スタッフに写真を見せて気に入れば、再度私が行って説明をするのだが、大抵ここでダメになる。新人君の説明が足りないから相手が誤解してしまうこともあるし、逆に相手が新人の場合は、詳細を詰めていくと上司に確認となり、結果NGになることが多い。一度撮影できると言って出した資料を、やっぱりダメでしたなんて引き上げるのは信用を失う。だから、最初から怪しいロケ候補地は検討中と言って出す。ちょっと掘り下げて考える癖がつけば簡単なことである。ただし、どうしてもその場所で撮影したい時は、あえてぎりぎりまで検討中のまま進めて、もめるのを前提で撮影することもある。そんな時はバックアップのロケ地も用意するし、もめた時に、お互いに納得せざるを得ないような落としどころを考えておく。リスクは全部私が背負うのだが、これで後々問題になったことは今のところない。先日、一旦公園に申請した書類をキャンセルする可能性が出てきて、いつまでならキャンセル料がかからないか新人君に確認してもらった。すると来週の月曜日までと言う。さらに掘り下げて質問すると、月曜日に書類を回すからそれまでなら大丈夫。そのかわり受理されたらキャンセル料は満額かかるらしい。キャンセルするかどうかを決定するクライアント側の会議は月曜日の午後である。そこで私は、待てるのは金曜日までとクライアントに伝えた。いやな予感がしたからである。そのやりとりを見ていたもう一人の新人君が、「今の嘘ですよねえ」と言う。確かにこちらは嘘をついているように見えるが、相手から見たらまだ嘘かどうかはわからない。言葉だけだと嘘に聞こえるが、その裏に隠された真実を想像したら嘘とも言い切れない。そして月曜日、書類が受理された旨の連絡が入ったのは午前10時である。月曜日まで大丈夫だと言ってしまったら……危うく嘘つきになるところだ。クレームになって10万円近いキャンセル料は最悪自腹になる。新人君も少しは理解してくれたようだが、やはりシミュレーションして予防線を張ることが大事である。では、なぜここで月曜日の夕方まで待ってもらう交渉をしなかったのか?通常は書類を出したらキャンセルできないのだから、そもそも担当者に無理を言っている上に、止めている間に他の撮影隊の申請が入ってしまう可能性もゼロではない。書類を回すのを遅らせるのは得策ではないという判断からである。さまざまなネガティブな可能性に気が付かないと対策ができずに足下をすくわれる。クライアントの言いなりになって振り回されて、結局こちらのせいにされたらバカバカしいし、そもそも振り回されているうちはあまり役に立っていないのである。予防線、張り過ぎ注意!ここまで話したように、クレームを減らすためには、まず予防線を張ること。もう十分に説明してきたが、なにごともやり過ぎ注意である。不寛容の時代と言われて久しいが、コンプライアンスというカタカナの言葉によってク
リエイティブな発想がどんどん削がれていく。何がよくて何が悪いか、線引きがはっきりしているものはその通りにすればよいが、グレーな部分は一応やめておくってことになることが多い。だから、ますます前例がないことにはチャレンジしづらくなっているし、少しでも許可の範囲を越えたものはやらない。撮影の現場ではカメラマンが突然何か思いつくと、カメラをあそこに置きたいとか、照明を上に上げるための高所作業車の場所を変えたいとか言ってくることがある。事前に道路使用許可を出しているのだが、当日思いつくことには対応していない。もちろん可能性があるものはそれも含めて出しているが、すべて網羅はできない。そんな時は私に相談がくる。10年以上前だったら、その街の住民の印象や道路使用許可を出した警察署の担当者の性格、それをした時の迷惑度、客観的にみた必然性、突っ込まれた時の正当な言い訳。後々クレームにつながりそうなさまざまな要因を考えた上で私が判断していたものだ。きちんと整合性をとって判断するから、これまで問題になったことはない。新人にはできないことである。ところが、今ではプロデューサー判断で、許可を取っていないことはやらない場合が多い。ひと言「許可取っていますか?」。以上である。スタッフも一気にテンション下がってしまう。そういう人の元にはいい人材は集まりにくいし、集まったとしてもやっつけ仕事になりがちだ。微妙な許可の判断が必要なくなってしまったのだから、私が現場にいる必要もない。クライアントに入るクレームを全部こちらに回してくれればよいのだが、それでは身がもたない。撮影がらみで悪いニュースになることがたまにあるのだが、その現場に私がいたらそうはならないと思う。なぜそう言い切れるかというと、逆に許可が取れていても、私のほうでダメ出しをすることもあるのだ。特に私有地や公共施設の担当者は撮影をよく知らないから、その場で直接訊かれるとつい許可してしまいがちだ。その後、いろいろ面倒なことになるとも知らずに。だから、リスクを説明して理解してもらい、それでもいいなら事後処理の内容が計算できる範囲で行う。ロケ地のためだし、もちろんクライアントのためでもある。大抵その判断をする時は、原状回復が困難だとか、近隣との関係が悪化するというのが理由である。我々撮影隊は、ロケが終わるとそこから去る。しかしロケ地の人はずっとそこに居続けるのだから、撮影がきっかけで近所の人との関係を悪化させてはならない。もっとも許されない行為である。房総のとある街では、ある監督の名前を出すと撮影ができない。そして、その監督はその事実を知らない。自分が監督だったらとても恥ずかしい話だ。きっと無茶な撮影をしたのだろうが、その時、私の同業者が監督の言いなりになって住民の気持ちを考えなかった
ことが原因に違いない。無茶ぶりされてそれを制止する時、「監督に恥をかかせたくないから、それはできない」と言うことがある。これも相手の面子を保つということだ。この国は法治国家だ。だから、もちろん法律は守るべきだ。しかし、警察だって前後の文脈を見て見逃してくれることもある。自分で判断する軸がどれだけ俯瞰で見えているかが大事だ。屁理屈でもなんでもいいから、そこに正義があればいいのだ。撮影にかかわらず、コンプライアンスや常識にとらわれすぎると、新しいことや面白いことができなくなったりする。しかし、次の対処法を予め考えて準備しておけばよいのである。まともにやりあって納得してもらうのもよし、受け流してもいいし、うまくかわしてもよい。根拠もなく怖がって何もしなければ何も変わらないし、そもそも仕事が面白くない。するともちろん来るお客さんも楽しくないのだ。優しい人ほど相手に寄り添うことができるクレームが来たら、まずは相手に寄り添うこと。いきなり戦闘モードになってはいけない。売り言葉に買い言葉では、収まるものも収まらなくなってしまう。喧嘩に発展してしまったら、なかなか相手も折れてくれない。だから、一旦寄り添うことが大事なのだ。そして、優しい人ほど相手に寄り添うことができる。クレームしてきた人は何か別件でイライラしている可能性もある。そこまで掘り下げて寄り添う必要はないが、それを聞き出せたらほぼ終了である。実は私もこう見えて根は優しい(と、思っている)。だから、一旦相手の立場になって同調する。その見解や論理が正しいか間違っているか、相手に寄り添えば寄り添うほど見えてくる。正しければこちら側に問題がある。間違っていてもそこを攻めてはいけない。前の章にも書いたけれど、理解してもらえないのはこちら側に非があるのだ。ここで話題をすりかえる。クレームした内容に対して謝るのではない。クレームにつながった理由を一緒に追求するのだ。ヒントを出して一緒に考えていると相手も自分の矛盾に気付いてくれる。最初からわかっている確信犯でも、これ以上は無理だなと悟って気付いたふりをして、納得して帰ってくれる。例えば、段差注意と明記してあるところで、段差につまずいて転んで膝を擦りむいたとクレームが来たとする。まずは怪我の状態を見ながら、「痛いですよね。頭は打ってないですか?」なんて言いながら、すぐに医務室につれていくか救急箱の手配をする。そのまま、「今日はどちらから?」とか、「何をお買い求めに?」などと話をなるべくそらす。そこから世間話に発展したら、クレームの奥に潜む解決のヒントが得られるかもしれない。傷の手当をしながらひとしきり話を聞いた後、転んだ場所を一緒にもう一度確認する。そこで段差注意の割と目立つ看板を指し、「ずいぶん大きくしたつもりなのですが、意外と気付かないものですね?どうしたらいいものかスタッフと検討しますが、何か名案な
いですか?」と問いかける。一番いいのは段差をなくすことであるのは当たり前だが、賃貸物件ではそう簡単ではない。最初にそれを言うのも手だ。「こんなご時世なのでなるべくバリアフリーにしたいと思い、以前から段差をなくすように上に言っているのですけれど、ビルオーナーがなかなか動いてくれなくて、これ以上サインを大きくしたら逆に邪魔ですし、どうしたらいいでしょうか?」「それを考えるのがあなたの仕事じゃないの!」と言われた頃には、もう自分の不注意だということは理解しているだろう。考えごとをしていたのかもしれない。携帯を見ながら歩いていたのかもしれない。本当は敷地外の違うところで転んだのかもしれない。そんなことはどうでもいい。最初に寄り添って十分に話を聞いていたら笑顔でお別れできる。もし、本当に役立つ名案を提供してくれたら、きちんとお礼をする。救急車を呼ぶほどのひどい怪我の場合はもちろん違う。お客様のケアをしながらその段差の周辺の環境を写真に撮っておくべきだ。もちろん段差注意の看板を入れて撮る。後で役に立つだろう。自分が怪我した側だとしても写真を撮っておくべきだ。いずれにしても怪我人が出たなら何か改善すべきである。相手に寄り添っていると調子に乗る人がいる。そんな時はこちら側に戻ってきてね。本当に寄り添ってもずっと騒いでいる人は、きっとそれ自体が目的だから、無駄に引っ張ることはない。そこから先は、「人が下手に出てりゃあイイ気になりやがって!」モードで対応する。そこから逆襲すればいいのだ。もちろん本当にそんな暴言吐いたらダメだよ(笑)。感情を感じる感性を磨く書を捨てよ!街に出よう!飲み屋でもサークルでも、もちろん仕事仲間でもいいから、もっといろんな人種と話してみることだ。話すのが苦手なら、相手の得意なことを質問してみたらいい。どんどん話してくれる。わからない単語があったら、また質問。たまに自分の見解を軽く述べる。するといろんな人のいろんな考え方を自然に身に付けられるものだ。大事にしている価値観や、思考のパターン、わざわざ分析しなくてもからだが覚えていく。印象に残った会話は勝手に覚えていて、それについてまったく関係ない他の人と話していると、またその人はその人なりの意見を持っていて面白い。一人でバーや居酒屋のカウンターで飲んでみるといい。高校卒業以来、外食率90パーセント超えの私は厨房が見えるお店で食べるようにしている。20代はコンビニやファミレスに通って、メニューを見なくても注文できたくらいだったが、セントラルキッチンで作られる安定した味は美味しいけど、逆に飽きるし添加物が怖い。
その点、厨房が見える店は個人店も多いし安心できる。大抵一人だからカウンターに座ることが多い。そして勇気を出して、大将と常連客の会話に入っていくのだ。最初はうまくいかない。それは入るタイミングが悪かったか相手が性に合わないだけで、飲み屋だし気にすることはない。通い続けているとやがて常連の仲間入り。一見の客は年齢に関係なく後輩である。だから話しかけやすいし、相手も喜んでくれる。大事なのは嫌われない練習。例えば、初対面の人との会話の引き際。もしかしたら他の人と話したいかもしれないし、スマホをいじりたいかもしれない。プライベートなことを話したくない人かもしれない。住まいはどこなのか訊いて答えに間があく人はガードが固いとか、そんなことを探りながら会話していく。繰り返すけど酒の席だから失敗してもいい。毎回失敗することはないし、店を変えてもいい。確実に上達していく。「この前こんな話があって……」って得意げに話したら、「それ、この前俺が話したんだけど!」なんて突っ込まれたことも一度や二度ではないけれど、そんな時は年のせいか酒のせいにして笑ってごまかす。酔っぱらって何度も同じ話をしてしまうのはもうあきらめているが、みんな黙って聞いてくれる。話す度に内容がちょっと違うから面白いらしい。大抵相手も飲んでいるしね。一人旅、思い出は10人分一人で知らない土地を旅してみる。これは面白い。行く地方ごとに習慣や常識も違うのに、順応するのがだんだん早くなっていく。私は仕事柄、日本全国で撮影の調整をしてきたが、スタッフが後から現地入りすると、地元の人っぽいってよく言われる。あまりたくさんお酒を飲むことはないが、多いときには、旭川、札幌2軒、仙台、東京3軒、松本、名古屋2軒、伊勢志摩、京都、大阪、神戸、広島、博多、宮崎、那覇にボトルが入っていた。スタッフが来たら連れて行く店は作っておく。もちろん自腹である。基本宵越しの銭は持たない主義で、若い頃からお金を貯めるなんてもったいない。自分に投資するべきなのだ。ただの消費じゃないかとよく言われるが、それは酒の飲み方にもよるし、何事も経験である。以前、ベントレーからプリウスまで常に4~5台の車を持っている先輩から、車も女も経験だと教わった。今メインの車はアメ車でセカンドカーは英国車だけど、一通り乗って自分で経験して選んだのだから、しばらく変わることはないだろう。しかし恋愛となると、女性の気持ちだけは経験を積んでもいまだにわからない。経験するにはお金もかかる。前の章でも触れたけど、お金は単なる通貨である。通帳見てにやけたければ、今すぐこの本を捨てて、ロバート・キヨサキ氏の金持ち父さんシリーズを読んだほうがいい。とにかく、地元の人と話すこと。ホテルに帰ってテレビを見ている場合ではない。最初は面倒だなんて思っていても、だんだん楽しくなってくる。東京の人は常に刺激にさらされているから話題も見つけやすいが、地方のことは逆に何も知らないから、ひたすらガイ
ドブックに載っていない情報の収集。そこで得た情報や体験したことが経験になって、別の都市や田舎でその話をするとまた楽しく聞いてくれる。面白いのはたまに共通の友達がいたりすることだ。そんな時はふざけてその友達にいたずら電話である。そんなことを繰り返していくと、いつのまにか言葉と感情がセットになって入ってくるようになる。学ぶのではなくて身に付くということ。同じ単語でも間とか抑揚、強弱で意味が変わるし、表情で感じ取れる内容がまったく変わってくる。ちょっとイラっとしているみたいだから話題を変えてみようとか、こちらが調子に乗って失敗して恥ずかしい思いをするとか、初対面の人と話していると身に付くことは多い。そうやって一人旅していると思い出は10人分になる。実際ハワイに一人で旅したとき、たまたまエレベーターで一緒になった日本人家族と晩ご飯に行き、うちで生まれた犬を分けてあげるくらい仲よくなった。残念ながら飼い主が癌で亡くなって、後を追うようにその犬も亡くなってしまったが……。スマホに向かっている時間は人と話していない時間スマホを捨てろ!なんて言わない。とても便利だし、これから二乗の速さでさらに便利になっていくだろう。それを好むか否かは個人の自由だが、もし対面のリアルなコミュニケーションを重視するなら、SNSより電話、電話より対面である。スカイプやZoomで1時間も話すととっても疲れる。言葉や表情以外の空気を読もうとする癖があるからだろう。もちろん、そんなものはデジタルでは伝わってこない。でも、無意識に自分の中のアンテナは、常に相手の出す波動のようなものをキャッチしようとしているのではないだろうか?その正体が何なのかは私にもわからない。動画でクレームが来る時代が到来したら、普段からその環境に身を置くようにしたほうがいいかもしれない。その時は、この本にはないテーマが必要になると思う。電話でお客様サービスの担当をしている人は、声のトーンや強弱、抑揚など、声や周辺の音の情報だけで相手を分析、対応しているのだから、電話でのクレーム対応には私よりも長けているはずだ。何事も場数なのだ。だから、現場のクレームに適切に対応するためには人と会って話す時間をなるべく増やしたほうがいい。私の場合は電話より直接会って話したほうが解決の近道だから、電話が入ったら事情の説明だけしてすぐにアポを取り、相手の職場や自宅に行くようにしている。これにはもう一つ理由がある。相手の情報を少しでも多く手に入れるためである。どんな街のどんな家にお住まいなのか?職業は何なのか?そして、私を家に招き入れた相手は「しまった!」と思うだろう。家を知られたら、もう強気に出られないのだ。自分の得意なフィールドで勝負したほうが有利である。結局、話しがこじれたら最後は直接会うのだから、やはり対面で話す練習は必要なのだ。練習といってもちょっと頭を使って遊ぶだけでいいのだ。とにかく初対面の人と話す機会を増やすことだ。
初対面でのタメグチの練習初対面の人には敬語で話す。これは常識である。私もそうしている。しかし、時には敬語を使わないほうがよい場合もある。相手によってはそのほうが懐に入りやすい。これまで礼儀正しく生きてきた人ほど難しい。以前、営業やハイヤーの運転手をやっていた私も流暢な敬語は話すことができても、いきなりタメグチとなると逆にぎこちなくて、なかなかできなかった。どうしたらできるか考えたら、関西のおばちゃんになればいいのだ!ということに気付いた。関西弁で話すのではなく、意識的に自分のメンタルをおばちゃん化させるのである。以前、福岡に向かう飛行機の中で、隣に座った50代半ばの姉さんに声をかけた。隣に座ったら挨拶代わりに二言三言話しかけることにしている。これも練習のうちだ。そうしたらそのお姉さん、大阪の人で、羽田を離陸してからマシンガントークが終わらない。訓練だと思って会話していたら、結局、福岡空港に着陸するまで話していた。最後に話しすぎたと謝っていたが、楽しかったと伝えて別れた。実際は前日あまり寝ていなかったのでフライト中に寝る予定だったのだが……(汗)。仕事柄、家のリビングや子供部屋を撮影に借りるために飛び込み営業のように一般宅のインターホンをピンポンすることがある。出てくれたら、撮影に家を貸してもらえるように企画の説明をし、資料を作るために家の中に入り写真を撮る。撮り終えたら半分くらいのお宅でお茶を出してくれる。初めて訪問した家で10分後には家の中に入って写真を撮り、終わった後には出されたお茶を飲んでいるのである。独立したての20年くらい前は丸一日必死で回っても1軒がいいところだったが、今では多い日は5軒くらい許可がとれることもある。経験が増えて自信がつき、相手に何を質問されても答えられるから信用されるようにもなったけれど、言葉使いを大きく変えて世間話をメインにしたこともかなり影響している。最初からタメグチで接したら出て来てはくれない。出て来て少し慣れてきたら、自分の感想を独りごとのように言ってみる。例えば、相手が過去の自慢話をしてきたら、「すごいですね!」「素晴らしい業績ですね!」とかではなく、「スゲーな!」とか「マジですか!」とか言って話を続けながら表情を見る。ここで嫌悪感丸出しにされたらアウト!まだ早い。その時は「すみません!」って笑ってごまかす。しかし、満足されたらどんどん話してくれる。言葉に感情がこもっているからだ。ある程度話を聞くと、「ちょっと見ていく?」となったりする。こんなご時世でもタメグチをちりばめると効果がある。しかし、ここまで書いて言うのもどうかと思うが、最後にお茶を飲みながら、世の中には詐欺師もたくさんいるから注意してほしいと話す。私は本物だが、そのせいで次に詐欺師が来ても家に入れてしまうのではないかと心配してしまうのだ。たまに、過去にお世話になった家から確認の電話が来ることもある。もらった名刺の会社の連絡先を訊くと大抵知っている会社だから、そこに電話して確認してあげている。
クレームもハードになるほどタメグチが効果的。しかし、ちょっとしたクレームには逆効果で、火に油をそそぐ場合があるから要注意。タメグチにはもう一つの効果があって、「あれ?ビビってないの?」という感情を相手に持たせるのだ。店内でわめきちらすおじさんに、正面から、「お客様、他のお客様の迷惑になるので静かにしていただけますか?」というよりも、「おじさん!一回落ち着こうよ」と横に回って耳の近くで言ったほうが相手を押さえ込みやすいのだ。急にやろうとしてもできないから、意識してタメグチの練習。慣れてくるとうっかり出てきてしまう。そこまで行けばだいぶ仕上がっている。世間話でうちとける何度かこの世間話というキーワードが出ているが、ちょっと掘り下げてみよう。ここで言う世間話とは、本題と関係のない話のことである。雑談とは少しニュアンスが違う。とにかく相手の興味ありそうなことを片端から言って、フックをつくるのだ。食いついてきたら、そこから広げる。では、興味ありそうなことは、どうやって探すのか?私はブランドに疎いからできないが、相手の持っているバッグを見て、「ヴィトンがお好きなのですか?」とか、帽子を見て、「それボルサリーノですか?」とか、シルバーのバングルをしていたら、ちょっとひねって「ターコイズもお好きですか?」とか、そんな感じである。私は車好きだから、背後に高級車が停まっていたら、「センスいい車に乗っていますね!」と羨ましそうに相手を見る。そこから話を広げていくのだ。古くてボロボロの車だとしても、「何年式ですか?昔の車はデザインがよかった」などと、何でも対応できる。例えばヴィトンのバッグを知らなくても、何か限定品なら大抵自慢してくる。すると私は、「ヴィトンは売れるとなったら減産して価値を上げてきますからね。私も会社の方針を決めるときに、ルイヴィトン路線でいくか、ユニクロ路線でいくか考えました。結果、ルイヴィトンの方向にしようと決めてやってきました……。だから、私のやっていることは業界最高だと自負しているので、精一杯挨拶回りしたつもりですが、そんなに迷惑を掛けていることを知らないとしたら自分が許せないのです」的な方向に持っていくこともある。または、「一度グッチにはまったことがあるのですけど、給料が追いつきませんでした。バッグはいくつお持ちですか?いいなあ!」と言って、やたら持ち上げることもある。相手次第だ。相手の職業から広げてもいい。私は読まないが、新聞ネタでもいいし、友人から聞いた話でもいい。去年、70歳過ぎの紳士からクレームが来たときは、「先輩、老後って暇ですか?私の最近のテーマなので、みなさんからアドバイスもらっています」と尋ねたら、
長々と15分話すだけ話して帰っていった。世間話には自分が持っている情報が大事だ。そのためにも外に出て生きた情報を取っておいたほうがいい。新聞や雑誌、ワイドショーの情報は、みんな知っているから面白くないのだ。その記事からの自分の意見は悪くないが、あまり偏った意見は危険だ。友人や飲み仲間から得た情報は事の真相はともかく、生の情報だから面白い。自分が経験したことを脚色して話すのも受ける。本題に関係ない世間話なのだから、間違いを指摘されたらすぐに訂正すればいい。笑ってごまかせるレベルである。世間話をする時、ただ話しているのでは時間の無駄である。必ず目的地、落としどころを決めて誘導すること。目的地が変更されることはよくあるが、そこは臨機応変でいいのだ。イレギュラーを楽しもう小学生の頃、雷が鳴ったらテンション上がらなかった?人によるのかもしれないが、多くの人は稲妻を見るとキャーキャー言って怖がりながらも、はしゃいでいたのではないだろうか?そんなことを思い出してほしい。遊園地のジェットコースター、私は苦手だが、富士急ハイランドのフジヤマに最前列に座って3連ちゃんで乗ったことがある。仕事だったので仕方なく乗ったが、お金を払って乗る人の気が知れない。しかし、好んで乗る人がいるから遊園地は営業を続けられるのだ。私にとってクレームは、雷やジェットコースターなのだ。私の仕事は毎日やることが違う。撮影交渉に行くとわかるが、人には2種類の人種がいる。毎日同じ仕事をして、規則的な生活をしたい人と、毎日違うこと、何か一つでも新しいことをしたい人。前者がルーティンワークだとすると、後者はイレギュラーワーク。大抵の企業は、生産性を上げるために業務が細分化されてルーティンワークになることが多い。そこへ撮影というイレギュラーな案件を持ち込むと嫌悪感を出してくる人が多い。しかし、後者の担当者に当たると、自分も楽しみたいからこちらが引くくらいプッシュしてくる。スタッフサイドにとっては感謝しかないが、社内においては、その担当者が責任を負う。だから、こちらが失敗して迷惑を掛けるようなことはあってはならない。他人の人生を背負えるほど器が大きくないから、撮影を受けた結果、その担当者が降格やクビになっては困るのだ。だから、万が一何かあっても、担当者が会社に対してこれだけの売り上げを確保したとか、広報的にこれだけのメリットがあるということを、胸を張って言えるように交渉している。具体的には、1日でその担当者の給料分くらいの場所代を支払うとか、クライアントのホームページにクレジットを入れてもらうとか、「その条件なら自分でも受けたかもしれない」と上司が判断するような内容である。頼まれれば上司や社長に一緒に謝りに行く。しかし、そこまでの失敗はまだない。
話がそれたが、クレームを楽しもうとすると、けっこう冷静に対応できるものだ。撮影現場でクレームが来ると、ついニヤついてしまう。すると思い通りに会話できるものだ。ただし条件がある。繰り返しになるが完璧に準備をした時だけである。あれもやってないしこれもやっていない。そんな状況では不安しかないから、クレーム対応も後手に回ってしまうのだ。日頃からイレギュラーを楽しむこと。イレギュラーな出来事は、自分を成長させてくれるだけでなく、話題まで提供してくれる。クレーマーはお金をもらわずに楽しみを提供してくれるのである。クレームさえも楽しもう。勇気を出してクレームしてみようクレームしたことありますか?大抵の人は大なり小なりクレームをしたことがあるだろう。レストランでオーダーしたものが来たのに箸やフォークがないとか、クリーニングに出したらボタンがないとかは、まだ小さいことだし、それがないと困ることだ。しかし、多くの日本人は困らないことにはあまりクレームしない。支払った金額とサービスが見合っていなくても、忙しいとか、嫌われることを恐れる理由からクレームをしないのだ。私なんかはレストランでオーダーしたものと違うものが来てもそのまま食べることが多い。「和をもって尊しとなす」ということわざの通り、争いを極端に嫌う人種なのだろう。逆に強めにクレームしてみると、相手の反応が勉強になることがある。ある日、赤坂で車に乗っていて、赤信号で止まっていたら、左側をすり抜けていった自転車のお兄さんが背負っていたリュックが、ドアミラーに当たって向きが変わってしまった。自転車を止めて謝ってくるかと思っていたらそのままスルーされたので、追いかけて行ってそのお兄さんに文句を言った。すると彼は、気付かずに行ってしまうところを謝る機会を与えてもらったことに感謝すると言った。そう言われると、もうそれ以上の言葉が浮かばない。この事件はその後、私のクレーム対応にも使わせてもらっている。クレームしなかったらわからなかったことだ。この時はお店で商品を買ったわけでもなく、サービスを受けたわけでもないが、理不尽なことがあったら勇気を出してクレームしてみよう。何か得るものがあるはずだ。でも、相手の立場に自分を重ねたらなかなかできないよね。だから、私もお店というより迷惑を被った相手にしか強くクレームできない。昨年、給油のためにガソリンスタンドに並んでいたら、ちょっとした隙間に割り込みされ、クラクションを鳴らしても無視された。いつもならここで1台くらいいいかと思って諦めるところだが、後ろに3台並んでいる。その人達の気持ちも考えると行かざるをえない。相手は30歳前後で車はミニバン、窓ガラスはフルスモーク。光るナンバープレート
で、しかも給油している右腕にはタトゥーが見える。ちょっとシミュレーションしてすぐ行動。私(開けた窓から乗り出して大声で)「並んでいたんですけど!」相手「だったらちゃんと詰めておけよ!」私「詰めたら反対側の車が出られないだろ?後ろに並べよ!」(そういう小さいスタンドなのだ)相手「……」(そのまま給油口に給油機を挿入)私(仕方なく、ドアを空け、ゆっくり車を降り、右手にジッポライターを持ち、カチカチいわせながら無言で近寄る。一か八かである)相手「スミマセン!1000円分だけなんで!」私「しょうがねえなあ。早くしろよ!」内心ビビりまくっているから、ホッとした。幸いシミュレーションの中の一番軽いほうである。この時、三つのシミュレーションを考えた。次にハードなのは殴られること。実際車を下りるとき、「殴られたら痛いよなあ……」って呟いた。殴られたら警察呼んで、訴えてお金で解決である。顔だったら50万くらいもらえるのかな?証拠はスタンドの防犯カメラに映っているはずだ。そして、もっともハードなのは、ご想像にお任せする。そのためにライターを持っていた。本来、こんなことはしたくないが、後ろに車が3台待っていたこと、こういうことを許してはいけないという自分の中の正義、相手が強そうだといかないのか?という自分に対する不信感、そして経験しておきたいという願望からである。お互いに地元ナンバーだったから、あまり争いたくない。その時には何もなくても、車庫に停めている間に10円パンチされる可能性もある。後でよく考えたら、この時散々クラクションを鳴らしていたのにスタンドの人が誰も出てこなかった。きっとスタンドの人は様子を見ていただけなのだろう。そちらのほうが問題だ。次はまずスタンドの人に言うことにした。どう対応するのか見るのも楽しみだ。こうやってシミュレーションの精度が上がる。何事も経験というのはそういうことである。マネージャーになる前にやっておくべき大切なこと平和とマニュアルが考えない日本人を作った。あなたは、今すぐマネージャーになれと言われたら、その仕事を受けられますか?すでにマネージャークラスの読者も多いと思うが、立場が人を育てるという言葉がある。課長のスキルがあるから課長になるのではなく、課長になってから課長らしくなるという意味だ。会社が大きくなればなるほど、業務が細分化されマニュアルが充実している。考えなくてもマニュアル通りにやればうまくいくようにできているし、結果が伴わなくてもあまり
評価は落ちない。逆にマニュアルを無視するとうまくいっても評価されない。なぜなら、あなたの個性によって成功した結果は再現性がないからである。こういう人はいずれ幹部になって活躍するだろうが、最初は苦労する。日本の学校教育システムでは、学部にもよるが、記憶力がよければよい大学に行ける。考えることと言えば、過去のテスト問題の分析と出題の予想である。予備校に行けばそれさえも教えてくれる。そして、就職するとそこにはマニュアルがある。30歳前後でマネージャークラスになって初めて指示する側になり、自分で考えることが求められる。それまで指示待ちの仕事に慣れてしまっていると、そこで慌てることになるのだ。今まで卒なく仕事をこなしてきた人も、上司と部下に挟まれて、30歳にして初めてつまずくのである。だから、中間管理職の鬱病や自殺が多い。逆にパートやアルバイトの従業員を常に必要とする現場の仕事は、もしかしたら入社してすぐに考えることを求められるかもしれない。喜ばしいことだ。私はたまたま19歳でビリヤード場の新店舗の立ち上げから任され、店長を経験した。結果は人に自慢できるものではなかったが、その2年間がなければ今の自分はないと思っている。19の小僧に店を任せてくれた当時の課長にはとても感謝している。ここ数年災害が多いけれど、基本的には平和である。だから、海外で起きていることもどうでもいいし、日本の外交にすら興味がない人が多い。海外だったら暴動が起きるようなことですら、そこそこ幸せな現状を壊したくないから動かない。そういうことまで考えての今の政策であり、教育だと思う。ちょっとやりすぎたので、文部科学省も自ら考えて発言できる子供たちを増やそうとしているが、教える教師がそういう教育を受けていないのだから、なかなか前に進まないようだ。ではどうしたらよいか?新入社員の時から自分で考える努力をすることである。上司に指示されても、その理由や意味を考え、自分が納得するまで動かない。上司に質問してもいい。「そういう決まりだから……」という返事が来たら喜べ!あなたがその上司を越える日はそう遠くはない。「やればわかるから……」この言葉はちょっと深い。適当に言っている場合もあるし、自らの経験をベースに言っている場合もある。私はしつこく訊くことにしていた。自分が納得して動いたら、成功も自分のものにしていいし、失敗した時は自分の責任だ。とは言え、最初は上司がフォローしてくれるだろう。フォローしてもらっている間は、社内評価は成功しても上司のものである。それが筋道である。しかし、失敗が許される期間に自分で考える癖をつけるのである。すると一見ルーティンワークに見える仕事も経験として身に付いていく。「あの時どうだったっけ?」から、「あの時こうだったからこうしよう!」に変わっていくのである。応用が効くようになるのだ。我が社に中途入社で入ってきた新人に、自分で考えていいという概念を植え付けるのに大抵は3年近くかかる。責任を取りたくないのかもしれないが、給料と責任の重さは比例するのだから、その道でやっていこうと思うなら腹をくくったほうがいい。逆に、いずれ
辞めようと考えているなら、もっとチャレンジしやすい。失敗したらとっとと辞めればよいのだから、その失敗経験は別の仕事でも必ず役に立つ。常に自分で考えること。これに慣れればマニュアルなんていらないし、クレームが来ても適切に対処できるようになるだろう。前にも書いたが、ハードなクレームをその場で解決できる行動マニュアルなんて作れないのだ。頭を使うのもカロリーを消費する。私は34年間まともに運動していないし、ほとんど外食で、さらに毎日1000cc以上のビールを飲んでいるにも関わらず、34年前と体重が変わらないのは、常に考えているおかげだと信じている。ただしウエストは68センチから86センチになっているが……(笑)。腹をくくれば道は開ける15年くらい前だろうか?横浜の埠頭で撮影が決まり、撮影の3日くらい前にアシスタントが挨拶に行ったら、その現場の海側にオブジェが建ち始めた。奥のイベントへの入場者の通路にするためだった。岸壁側2メートル空けてセッティングをするように埠頭側から言われていたが、その理由は搬入車輛を通すためと説明されていた。しかし、3日前にそのありさまである。2メートル岸壁から離れていてもカメラは海を向くのだからオブジェが邪魔で撮影にならない。急いでイベントの主催者に連絡して事情を説明したが、らちがあかない。何度か連絡していたら居留守を使う始末。かたや撮影のプロデューサーからはクレームの電話がガンガン来る。主催者は横浜市だった。港も市の管轄である。勝ち目がない。撮影前日に監督に再度見てもらおうと思ったが、あいにく海外ロケで戻るのは前日の夜。私の選択肢は二つ。横浜市長に顔がきく代議士を探して上から落としてもらい、こちらの希望通りにすること。しかし、これをやったら職員の誰かが飛ばされ、埠頭もリスクを恐れてしばらく撮影許可が下りない事態が予想される。他の撮影隊にとっては迷惑な話である。もう一つは撮影初日に再度下見をして、撮影が1日延びて余分にかかった費用を制作会社に賠償すること。しかも時間がない。2日後には撮影である。悩んだ結果、腹をくくって後者を選んだ。プロデューサーに相談して半分で勘弁してもらった。撮影後、かかった1日分の経費の一覧を見せられて、400万の半分、200万円を翌月に支払った。しかし1日延びたとは言え、その日はもともと天候予備日でスタッフや機材のキャンセル料は発生するはずだ。結果、満額に近い金額を支払ったのかもしれない。しかし、そんなことはこの際どうでもよい。どんな仕事でも信用を勝ち取るまでには時間がかかるが、失うのは一瞬である。200万円はその布石だ。もし悪い噂でも立とうものなら、堂々と200万支払ったことを言えばいい。埠頭側の確認ミスなのだからむしろ宣伝になる。ロケ地の都合でドタキャンになって200万払ったなんて、いまだに聞いたことがない。
それが功を奏したのか、その制作会社からの仕事はしばらくなかったが、スタッフからは同情されることはあっても信用の失墜には至らなかった。フリーランスが多い業界で、スタッフからの信用はとても大事である。彼らは我が社の取引先を含め、いろんな会社と仕事をしている。その評判が大事なのだ。ほとんどすべての新規顧客が口コミだから、これまで営業をしたことがない。逆に営業しても評判が悪ければ仕事は受注できない。そんな業界である。クレーム対応も時間が限られている。何度か、「最悪、会社潰れるかも……」なんて思いながらクレームに対応したこともある。若い頃は、もし大騒ぎになったら同業者のためにも記者会見を開いて、この矛盾だらけの世の中にケツまくって解散しようと決めていた。幸いそこまで至っていないから、今もこの仕事をさせてもらっている。腹をくくると物事が好転し始めるのだ。さすがに今はもうそこまでのパワーはない。頑張っている弟子たちに迷惑を掛けられないので、最悪な事態になった場合はそっと消えるだろう。お客様は神様なのか?ほとんど家に居ない私は、おのずとさまざまなサービスを受けることになる。メインは飲食店だが、私はグルメではないので、あまりいろんなお店に行かない。行きつけの店数軒を週一で回し、たまに遠征する程度で十分だ。常連になると居心地がよくて、年齢も手伝ってか、なかなか新しい店を開拓する気にならない。では、常連客とはどういうものか?混んでいる時に無理に予約を突っ込むのが常連の醍醐味だと勘違いしている人がいるが、そうではない。本当の常連客は、先に飲んでいても満席になって次のお客さんが来たら会計して去る。そのかわり店主は次に来たときにサービスをする。今、コロナウィルスの影響で客足が遠のいているが、こんな時こそ助け、落ち着いたら店主からサービスを受け取る。それがお店と常連客の正しい関係である。だから、新人の子がミスをしても教えてあげるし、店主がオーダーを間違えても笑って終わる。もちろんその料理は店のおごりだ。お客がスタッフを育てる感覚なのだ。よく、客が客を選ぶ店がある。常連客の結束が固すぎて新規のお客を値踏みする。気に入られないと仲間に入れないから、その新規のお客様が常連客になることはない。お店のためにならないから気をつけているが、知らずにやっているかもしれない。お店がお客を選ぶのはいい。他のお客様に迷惑がかかるとか、従業員のストレスが蓄積されていくとか、ひと言でいうとイヤな客はお断り。しかし、その人が毎日たくさん買ってくれる人で売り上げにかなり貢献している人だったらどうだろう?少し考えればわかることだが、その人がいなくなったらお客さんも増えてもっと売り上げが伸びるだろう。だから、常連風ふかせて偉そうにするお客は切ってもいい。それを前提に接客すれば少し楽になる。何か無理なことを言われても他のお客様と同じように対応すれば来なくなる
か、気付いてくれるかもしれない。お客様が店を選ぶのは当たり前だが、店がお客を選ぶ時代がもう来ている。お客様は神様なんて時代は終わった。そのかわりさらに顧客に寄り添った商品やサービスを、自信をもって提供しなければならない。そして店を中心にいくつもコミュニティが形成され、商品やサービスを売るだけでなく、顧客の生活全般に影響を与えるような存在に進化していく。これからの商売はそうしていかないと難しいだろう。これはあくまで客としての私の目線であり、経営コンサルタントではないからこの辺で……。
[実録!撮影中にクライアントにクレームが入った!]都内のとある公園の駐車場で撮影していた時である。見物人がカメラのアングルに入ってしまうので、アシスタントが少しだけ移動をお願いした。もちろんいつも通り丁寧に話したはずだ。すると1時間くらい経って、私の顧客である制作会社のプロデューサーが近づいて来て、「少し前に、クライアントのお客様相談室にクレームの電話が入って、どうもお願いして移動してもらった女性から、みんなの公園なのに私が移動しないとならない理由がわからないと言って怒っているようだから、そのアシスタントを帰らせてもらえないか?」と言ってきた。私はすぐにその時の状況をアシスタントに確認すると、笑顔で動いてくれたらしい。だからそれ以上話さなかったという。そういう人は意外と多い。直接言ってくれれば対応のしようがあるが、クレームのクの字も出さないから拾いようがない。そして、私はプロデューサーに言った。「きっとそのご夫人も関係ないところで何か幸せじゃないことが起きていたのではないですか?こちらは丁重にギャラリーを扱っているし、非のない人間をここから排除することはできません。もしどうしてもと言うのなら、私も帰るし、ロケバスも撤収します。公園の許可を取っているのはうちですけど、後は好きにやってください。公共の公園の一角を占拠して撮影をしている上に商品が目の前にあるのだから、クレームの1本や2本は入りますよ。それをきちんと説明するのも代理店さんの仕事ではないのですか?それを放棄して全部こちらに押し付けられるのは納得がいきませんから」今考えれば、プロデューサーの立場も考えずに、よくも好き勝手言ったものだ。相手は大手広告代理店である。しかし代理店が本気でそう言うのなら、こんな仕事辞めてもいいと思ったのも事実である。するとわざわざ代理店さんが近づいてきて、「ちょっと誤解があったようで……」と謝ってきた。逆に恐縮したが、自分の仕事を一点の曇りもないくらいに磨いておけば、信念を持って思いを伝えることができる。だからストレスも溜まらない。この時、次の仕事はあえて競合他社に振られたが、結局、また戻ってきた。残念ながら数年前に亡くなってしまったが、そのプロデューサーのほうが一枚上手であった。
理不尽な現場クレームの種類理不尽なクレームとは逆の、まともなクレームは、単純にサービスや商品の不備やミスや誤解から来るもので、それについての対応は他によい本がいくつか出ているのでそちらを参考にしてほしい。この本は、理不尽なクレームを長期化させずに、その場で終わらせるためのテクニックを伝授するものである。だから、ちょっと荒っぽいところもある。こんなの社員教育で使えないという方も多いだろう。確かに会社で奨励したら頭がおかしいのではないかと世間から笑われるし、バレたら不買運動につながりかねない。マニュアルにしようなんてもってのほかである。マニュアルにできないと最初から言っているのだから、そこは理解してほしい。だから、この内容はあくまで個人が会社に内緒でこっそり読んで、自分のスキルアップにつなげて突破力を磨くものだ。これまで書いてきたように、人の気持ちや反応は人それぞれで、同じ言葉でも違う意味を持ったり、表情も人によっては読み取りづらかったり、時には同じ人でも天気一つで応対が変わったりしてしまう。百人百様どころか三百様である。こちらが放つ言葉も、受け取る人の経験や生き様によって意味が変わってしまう。そんなものすべてに的確に対処できるのだろうか?大丈夫!経験上、現場に来るハードなクレーマーの欲望は大きく分けると三つしかないのだ。・別の理由でとにかく不機嫌・認められたい・金品がほしい自分を振り返って考えてみてほしい。クレームを抜きにして、この言葉だけを見ると当てはまる人も多いのではないだろうか?そう。みんなが持っている欲求なのだ。そして、そこにたまたまクレームの対象があって、欲望をぶつけてしまう。普通はそんなことはない。ストレスMAXの時や、本当にお金に困ったら、誰でもしてしまう可能性はあるのだ。だから、その欲求を満たしてあげればいい。ただし、最後の金品の要求は話が別である。相手も慣れているし半ば仕事のようなもので、セミプロみたいな人もいる。逮捕されることもあるが、法律を理解しているので引き際もわきまえている。実に巧妙である。では一つずつ検証してみよう。
別の理由でとにかく不機嫌これは完全にとばっちりである。私も経験がある。子供がまだ1歳の頃、とても多忙で常に睡眠不足。久しぶりの休日に、妻からベビー用品の大型店に連れていけとせがまれ、休みたいのに我慢して運転していった。本来、父親なのだから当たり前のことなのに、そんなことはかまっていられないくらい疲れていた。疲れて眠いのに、どうにか家まで帰って家の前に車を停め、着いた安心感からそこで目を瞑り、そのまま運転席で5時間寝ていたこともあるし、玄関入って廊下で倒れて寝ていたこともある。風呂の湯船での最高睡眠時間は7時間である。それは2日徹夜して3日目の夜中に帰宅した時だ。朝まで風呂で爆睡してふやけた指のしわが痛いほど深くなっていた。撮影業界で働く人は似たような経験をみんな持っている。昔はそのくらいハードだった。でも楽しいからやめられない。心を亡くすと書いて忙しいと読む。本当にその通りである。イライラしながら運転して、そのベビー用品の大型店に行ったら、たまたま駐車場から出ていく車がいたので、そのスペースに入れようとした。すると警備員が飛んできて、「ダメダメ!ちゃんと並ばないとダメだろ!」と上から目線で高圧的に注意された。よく見たら反対側に駐車場を待つ長い列。いつもなら多少ムっとしながらも謝って後ろに並ぶところだが、不機嫌だから、もうその言い方が気に入らない。こちらはお客なのだ。そして、私は来たくて来たわけではない。警備員にはまったく関係のない話だが、私はもう限界だった。「その言い方はなんだ!そもそも誘導ちゃんとやれ!店長出せ、コラ!」と言い放ったものの、眠すぎて店長を待っている時間ももったいない。「お前のその言い方のせいで、俺はもう二度と来ねえからな!店長にちゃんと報告しとけ!」頭に血が上って、くわえていたタバコを投げつけて撤収。そのまま帰宅したが、実際そのチェーン店には二度と行かなかった。当たり前のことだが、ベビー用品の大型店舗には妊娠中か生まれたばかりの赤ちゃんがいる人ばかりが来る。たまに孫や友人にプレゼントを買う人もいるが、大抵はおなかの中かベビーカーに赤ちゃんがいる。それは動物の本能によって産まれたもので、もっと前のある日、そのチェーン店に行ったときに頭上から視線を感じたことがある。それは昔、ハツカネヅミを飼っていた時の私の視線に似たものだった。それ以来、なにか気持ち悪くて、大型店に行くのがイヤだった。そこに疲労も重なり、こんな馬鹿げた行動に出てしまったのだ。このタイプには、まず冷静になってもらうこと。他のお客様の導線を確保して視界に入らないように誘導しなければならないが、すぐに「こちらへどうぞ」なんて言っても動かない。あきらめてある程度はその場で話を聞いてあげて、店側に非があれば謝り、それで
も収まらなければ少し移動してもらうようにして、さらに話を聞く。するとネタがなくなって本当の理由を話し始めるものだ。そこに共感してあげて、少し同情するような言葉をかけてあげるといい。きっと10分後には買い物カートを押しているだろう。話を聞く時のこちらの表情だが、基本的には少し笑顔がいい。いつもの接客の顔である。ビビッて引きつった顔で対応するとつけあがる人もいるし、可哀想目線で話すと馬鹿にしているようにもとられかねない。最初は呼吸を相手のペースに合わせ、1分くらいしたらゆっくりと話すように心掛ける。すると相手もつられて落ち着いてくるものだ。認められたい正義感を振りかざし、間違った常識を盾に攻め込んでくる、勘違い野郎である。コロナ禍での自粛警察や、マスク警察、そんな人たちにはこのタイプが多い。公園で子供が密になって遊んでいるのを黙って見過ごせない。直接注意する人もいれば、警察や役所に連絡する人もいる。実際、役所に入るコロナ関連の問い合わせの半分近くが、クレームの電話だったという話もある。仕事を引退した初老の先輩方に多いのだが、仕事と子育てという自分の役割が終わり、自分の存在価値がわからなくなってしまって、注意する相手を探し、世の中の役に立っていると思いたいのだろう。もしかしたら潜在的にそう思っているだけで、自分でも気付いていないのかもしれない。例えば、商店街の店の前に自転車が無造作に置かれているのを店主にしつこく注意してくるとか、のぼり旗の違法性を主張してくるとか、商品棚が歩道にはみ出ているとか、世間一般的に通例となっているようなことも世間知らずな故に法律を味方につけて指摘してくる。もちろん違法であるが、昔からそうしてきた店や住民からすると習慣として当たり前のことなのだから、警察もそこまでは踏み込んでこない領域である。点字ブロックに被るほど商品は出さないし、自転車もたまに整理して問題なく住民とうまくやってきたところに、これまで日中は会社に行っていたから気付かなかったおじさんが、鬼の首取ったように攻めて来る。接客中だろうがなんだろうが関係ない。それで客足が減り、潰れてしまったお店もあるくらいだ。では、そういう人はすべての法律を守っているのだろうか?そんな人に限って自転車で右側通行していたり、横断歩道のないところを渡ったりする。自分が気にならないことはどうでもよかったりする。法令遵守は国民の義務である。しかし、法律は完璧ではない。みんなが共産党員かKGBの協力員みたいなマネをしたら必ずつまらない国になってしまう。度を越えて他人に迷惑を掛ける人をしっかり取り締まれるように法律はあるのだ。すべての法令をそのまま遂行していたら逆に生活に支障が出てしまう。
このタイプの人への対処法は、とにかく褒めること。早めにクレームの内容から話を変えたほうがいい。きっかけは過去の職業を訊くこと。その業界について知らなくても、とにかく褒める。大企業の重役だったら、そのまま褒める。窓際族でも長く勤めていたら、いろんな大変だった経験を聞いてあげてそれを褒める。長く働けばそれなりに大変な思いをしたことはあるはずだ。大して大変ではない内容でも本人にとっては大変だったのだろうから褒める。以前、褒めすぎて調子に乗ったところで、「うちの顧問やります?給料出せないけど」なんて冗談を言ったこともある。帰りはニコニコだった。最後に指摘してくれたことに感謝するのも忘れずに。金品がほしい誠意を見せろ!何度も聞いた便利な言葉である。店の前を断りなく占拠して何のお礼もしない撮影隊がたまにいる。そこへ営業妨害だから金よこせと言われても、これは当たり前のことであって理不尽なクレームとは言わない。筋道を間違えているのは撮影隊のほうだからである。ここでいう輩は、撮影していると知るとわざわざ他からやって来て、通れないとか、騒がしいとか、迷惑がって金品を請求する人たちのことである。もう古いかもしれないが、レストランでわざとこぼしてクリーニング代を請求するとか、食べ物が熱すぎて火傷したから治療費よこせとか、半ばプロの人たちである。一度お金を渡すとまたやってくるので、絶対に渡してはいけない。大手レストランの防犯カメラはこういったクレームの防止にも役立っている。彼らは法律もよく知っていて、最悪なのは詐欺や恐喝で捕まることだ。だから、自分の素性を知られたくない。一点集中。それを知る努力をしていると去っていく。方法は、まず名刺を渡して自己紹介。そのタイミングで相手の名前と連絡先、できれば住所までを尋ねる。大抵の場合、相手は拒否する。これでほぼ終了である。具体的なテクニックは第5章に記すが、理不尽なクレームをつけているのは自分が一番よくわかっている。強気な態度で接してくるが、実は緊張している。だから、なるべく短く終わりたい作業なのだ。そこへ連絡先よこせと言われたら、その時点で立場が逆転する場合が多い。15年くらい前、ロケバスを見たら金になるという噂が横浜で流れ、被害にあった人もいる。私のところにも二人組の若いお兄さんが来たことがあるが、車を見ると相模ナンバーである。横浜市内に住んでいたら横浜ナンバーなのだから、地元の奴ではない。そこを指摘しただけで去っていった。とにかく素性を追求することが大事なのだ。初めて授業で社会主義思想を学んだ時、すばらしいと感動したのを覚えている。しか
し、うまくいかなかった。なぜか?ひと言で言うと、人間の欲望を無視した思想だからである。やってもやらなくても同じだけもらえるなら、やらないほうがいい。意識の高い指導者たちはそこに気付けなかったのかもしれない。結局、力をもって強制することになる。昔ゴルバチョフというソビエト連邦の書記長が、日本は世界でもっとも成功した社会主義国であると言っていたが、確かにそういう側面もあるかもしれない。なぜなら……いや、やめておく(これが予防線というやつだ。政治のことなどまともに学んだことがない私はコメントを控えるべきである)。欲望を知ることは、クレーム対応にとどまらず、ビジネスをやっていく上でもとても役に立つ。私の場合はすべて現場から学んだが、少し勉強するだけで見える世界が随分変わると思う。ただの暇つぶしクレームの中には、欲望と関係ないものもある。それが暇つぶし。暇だからちょっといじってみようか……くらいの気持ちである。ある意味これも欲望かもしれない。相手は暇でもこちらは忙しい。たいしたクレームでもないからといって、適当にあしらっているとモンスターに化ける時がある。しかも急に。スイッチを入れるのはもちろんこちらの態度である。こういう人には、2~3分付き合ってあげて、忙しい旨を丁寧に話し、謝って仕事に戻るのがいい。もちろん、暇なら何か買ってもらうよう促すとか、地元の情報を知るのも大切な仕事である。チクチクと嫌みを言ってくる人もいるが、そこでムキになってはいけない。心の中で中指を立てることはあっても外に出しては相手の思うつぼである。モンスター化してしまった時は前の項目に沿って対応すればいいが、そうさせないほうがお互いのためである。だから、現場で通行人が話しかけてきたら、なるべく丁寧に対応するようにしている。力を抜いて思い切りやる!まずは深呼吸。クレームが来たら意識して2~3回深呼吸をする。そしてヘソの下に力を入れ、後は全身リラックス。丹田というツボらしい。私はいつの間にか習得していたが、重いものを持つ時や身の危険を感じた時、川にかかる一本の丸太を渡るとかバランスを取る必要がある時、瞬間的に下腹に力をいれると、うまくいくことが多い。丹田呼吸法というのもあるらしい。確かに重心が下がって地に足がつく感じがする。そして、ヘソの下以外の力を抜く。スポーツをやっている人はわかるだろうか?ビリヤード場の店長時代、力を抜いて思いっ切り突けと教えていたが、自分でもなかなか難し
い。思い切り突こうとしてグリップを強く握ると大抵うまくいかないのだ。一流選手がよくコメントで緊張しない話をするが、同じ技術を持っていても、緊張する人はパフォーマンスを出し切れないからなかなか勝てない。柔道でも投げられそうになったら、踏ん張るより脱力したほうが投げられないらしい。クレーム対応も相手に一本とられないために脱力したほうがいい(笑)。クレーム対応中ずっとそれを意識しているのは難しい。そこに集中しすぎて相手の話す内容が入ってこなければ意味がない。緊張すると自然に呼吸も浅くなるものだ。だから、思い出したらまた深呼吸してヘソの下に力を入れる。しかし、最初は相手の呼吸に合わせたほうがいい。これはクレームに限らず、初対面の人に何か交渉をする時に効果がある。一旦深呼吸した後、相手に呼吸を合わせ、話すスピードも同じくらいにしていると、なんだか波長が合ってくる。合ってきたところで呼吸のペースを落としてみると、相手も深く呼吸するようになり落ち着きを取り戻す。少し訓練が必要だが、誰でもいいから毎日会う人で練習していれば、そのうち自然にできるようになる。大事な時は力を抜いて思いっ切りやること。これはすべてに通ずるものだから、覚えておいてほしい。どんな業界でも本当の実力をタイミングよく出し切れる人が残る人である。クレームするけど、また来る人毎回来る度に、いやそこまで頻繁ではなくても、3回に1回くらい何か言って帰る人は、ウザいかもしれないが、たまに的を射た気付きを与えてくれる。こういう人には有り難いと思って感謝したほうがいい。無料でコンサルしてくれているようなものである。私の現場は毎回スタッフも違うしロケ地も変わるから、なかなかこうはいかないが、稀に同じロケ地で撮影する時がある。すると前回の撮影のダメ出しをされたり、他の撮影隊の不手際を延々と聞かされたりすることがある。それを私は時間の許す限り、有り難く聞くようにしている。自分の成長のためである。街や人によって感じ方は本当に違うということがよくわかる。多少理不尽な内容でも論理的に筋が通っていると、「そういう見方があるのか!今度使わせてもらおう……」などと、今でもそう考えることがある。逆にクレームしないで二度と来ない人、多くの日本人はこのタイプだ。レストランで、「美味しかった」と言って帰ったのに二度と来ない。もちろん遠いとか地理的な要因もあるかもしれないが、大抵は社交辞令である。二度と行かないのだから、わざわざ嫌われる必要もないし時間がもったいない。撮影前の挨拶回りで菓子折りをもらっておいて警察に通報するのもこのタイプ。直接言ってくれれば対応のしようもあるが、警察に電話されてはこちらの思いを伝えて理解をしてもらうチャンスがない。だから、直接言ってくれる人は基本的に有り難い。たまにアンケートを置いてあるホテ
ルがある。あれはいい方法だ。しかし、これがレストランだとちょっと残念な気がする。少なくともテーブルには置いてほしくない。味が落ちるというか、雰囲気を損ねるというか、気分が台無しになる。アンケートに、「アンケートを置かないでほしい」と書いたこともある。今ならLINEに登録したら一杯サービスとかにして、アンケートに答えたら次回使えるクーポンを発行するとか、やり方はいろいろあると思う。オンラインでも実店舗でもリピーターは大事である。会社を立ち上げた20年前は、一度仕事をしたら80パーセントくらいの人がリピーターになってくれた。評判を聞いて発注してくれる口コミも多かった。おかげさまで当時は年間100本の仕事を受注し、裏で50本の仕事を断っていたほどだ。1年間の休日はたったの10日。繁忙期の2月から4月は一見さんお断りにしていたくらいである。口コミで仕事が来ると営業の必要がないから、その分人件費がかからない。さらに価格もある程度維持できる。価格は需要と供給のバランスで必然的に決まっていくものだから、競合他社が増えて競争になり、低価格で高品質のサービスを売りにする会社が出てくると顧客側もコスパを気にするようになる。しかし、私のような業界では人が商品なので、価格を下げればそのまま給料に響く。するとよい人材ほど辞めてしまうから、高品質なサービスを提供し続けるのが難しくなっていく。だから、なるべく高品質、高単価を目指すべきなのだ。幸せじゃない社員がよいサービスを提供できるはずもない。あなたの商品は価格に見合っていますか?今後もお客様として扱うか?それとも切るか?第2章の終わりでも少し触れたが、クレームして来たお客様を今後もお客様として残すべきか否か、これで対応がまるで変わるのは言うまでもない。お客様は神様ですからなんて言っているうちは、まだ自分のサービスに改良の余地がある。もちろん、商品を通して顧客を幸せにするのが商売の根本である。だから今、コンサルティング業が流行っているのだと思う。目に見える物質的な商品は何もないのにコーチングやコンサルで直接的に顧客を幸せに導いてくれる。彼らの成功者の多くは、お金をもらうことに躊躇がない代わりに、本当に顧客に寄り添っている。そこに費やす時間は果てしないのだ。クレームがあった時、ぜひ、お客様としてまた来てほしい人に対しては、もう先生扱いである。あなたのおかげでこれまでお店も私も成長してきました。もっと勉強させてほしい。そんな思いを言葉にすればきっと伝わるだろう。難しいのはもうお客様として来てほしくない人。さんざんイヤミを言って少しだけ買って帰る。顔を見るだけで心臓の鼓動が早くなるようなお客さんである。そんな人でも、最初は懐に入って、真意を確認しなければならない。切るのはいろいろ試してからでも遅くはないのだ。意外と誤解が解けて他のお客様よりも仲よくなれるかもしれない。ただ単に
接点を求めていただけで、コミュニケーションの方法が他の人と違うだけかもしれない。逆に、じっくり話した上で、お客様の価値観、大切にしているもの、欲求、それらに対して寄り添うことができるものがないのか考え、それが会社の方針、自分の軸とあまりにも違ったら、歩み寄るのはやめていい。ストレスが溜まるだけである。だから、第1章に書いた、とある上司のように切ってしまう時もある。それでいいのだ。もっと自分のサービスを磨いてさらにお客様を増やしていけばいいだけのこと。また頑張ればいいのだ。わくわくするじゃないか!ストレスを抱えながら我慢して働くよりも、まだ見ぬ顧客の笑顔を想像して努力したほうが精神衛生上良いに決まっている。どうしたら来なくなるか?そんなの自分で考えてほしいけど、笑いながら、「いつも文句ばかり言って本当に面倒くさいから、お願いだからもう来ないでくださいよ……」なんて素直に言ってみたら?半分の人とは仲よくなって、半分は大喧嘩になるだろう(笑)。正確な情報把握のためにどんな理由でも丁寧に3分間は話を聞く。クレームが来た時に、まず大切なことは、最初に相手の話を聞くことである。3分かもしれない。もしかしたら5分かもしれない。なるべく質問はさせない。ある程度話させて、こちらからどんどん質問をする。もし質問されたら、また質問で返す。そして、また話させる。最初の段階はとにかく話させること。質問されてまともに反応してはダメだ。その言葉ジリをつかまえて、また突っ込まれる。ただし、最低限の質問には答えなければならない。私の現場で多いのは何の撮影なのか。道路工事だったら何の工事なのか。そのくらいは答えたほうがいい。相手を馬鹿にしていると思われてはいけない。ひとしきり話を聞いていると、その人の欲望が見えてくる。ここで分類するのだ。クレームを受けたとき、ファーストコンタクトは自分でないことも多い。アルバイトの女の子の場合もあるし、警備員の場合もある。そんな時は必ずその当事者もその場にいてもらったほうがいい。両方の言い分をフラットな立場で聞く。双方とも、相手がその場にいたら嘘をつきづらい。見解の相違はあっても、それぞれの立場からの視点で話してもらえば、どこに誤解があったのか、誤解でなければそれぞれの主張のどちらが正しいのかを冷静に考察するのだ。相手が嘘を言っていると身内の当事者が主張しても、そこは一旦制止してある程度話を聞き、段落ごとにまとめてから当事者に確認する。ここで身内だからといって当事者の肩をもつのは早急すぎる。身内を信用しないということではない。最初から身内の肩をもつと間違いなく相手からは信用されない。するとますます相手はヒートアップしてしまう。また、自分の中で急いで結論を出す必要もない。納得いくまで双方の話を聞くべきだ。
ある程度状況が把握できたら身内の当事者は仕事に戻して相手と二人で話すのもいい。その中でまたわからないことがあれば呼べばいいのだ。とにかく状況をはっきりさせることである。誤解があった場合は誤解を解けばいいし、次から誤解されないようにサービスを検証しなおす。100パーセントこちらが悪い場合はそれなりに補償する。その場合は弁護士や保険会社に相談する。前項の三つの欲望にあてはまる理不尽なクレームであれば、それに沿って対応すればよい。嘘はつかない嘘もダメだ。最初に嘘をつくと、どんどん嘘の上塗りになり、バレたときに下手をすればSNSに上げられたりして、会社の教育方針にまで話が及ぶことになる。撮影現場の場合、若い頃は、コマーシャルを撮っているのに、映画の撮影とか、ドラマの撮影とか、適当に言うこともあった。しかし、一旦嘘をつくとその整合性に気をとられて相手に集中できなくなるものだ。言っていることに自信も持てないから目が泳ぐ。だから、私は正直に話すことにしている。正直に話すけど相手に情報は与えない。どういうことか?会話にするとこうだ。通行人「何の撮影やってんの?」私「CMの撮影です。お騒がせしております」通行人「何のCM?」私「それはお伝えできないんです」通行人「なんで?」私「守秘義務っていうのがあって、他の企業に企画をパクられて先に放映されたら困るから、企業名は言えないんです」通行人「これだけ迷惑かけてるんだから、そのくらい教えるのが義務なんじゃないの?」私「すみません。おっしゃることはよくわかりますが、あなたの会社のCM撮っている時に、私が他の人にベラベラ話していたらどう思います?あなたの会社の時にもちゃんとやりますから、ここらへんで勘弁してください」通行人「そうか。誰が来ているの?」私「有名な人は来ていないと思います」通行人「あの人○○じゃん!嘘つくなよ!」私「あ、そんなに有名な人なんですね。あまりテレビ見ないからタレントさんに疎くって、すみません」通行人「作っていて見てないわけないだろ?」私「毎日15時間以上働いていると、見る時間がなかなか取れなくて……。本当は見ない
といけないんですけどね~」通行人「そうか。お前も大変だな。まあ頑張れよ!」私「はい。ありがとうございます。ご迷惑かけます!」これは街中で撮影すると大抵交わされる会話である。正直に答えているが、重要な情報は与えていない。質問に対して質問で返すのもいい。最初の段階で、「CMの撮影です。お騒がせしております。近くにお住まいですか?」とか、「お買い物ですか?」とか、とにかく話の糸口をつかんで世間話にもっていく。本題からそらす努力をするのだ。そうすれば質問も減る。質問がなければ嘘をつく必要もない。全部拾って一旦自分のせいにする私のようにクレーム対応に慣れてくると、因縁をつけたい人は私と話すのを嫌がる。当事者に対して上からガンガン文句を言ってストレスの解消をしたい人もいるのだ。だから、現場で呼ばれて私が行くと、こいつが悪いのだから、こいつと話させろと言ってくる。そんな時はどのように対応すればいいか?一旦自分のせいにするのだ。例えば撮影中、カメラに映り込まないところで歩行者に止まってもらうようにお願いすることがある。そこは警備員の役割なのだが、その止め方が気に入らないと文句を言ってくる。だから、警備員に教えてやっているという言い分だ。急いでいる時に止められたら、誰でもイラつくものだ。普段からストレスを抱えていたら爆発する人もいるだろう。だから、止まってもらう時は丁寧にお願いするのだが、それでも我慢できない人もいる。また、新人警備員の中には制服を着ると勘違いしてしまう人もいる。説明が足りなかったり、当たり前のように誘導したり。そんな時、私は「彼は彼の仕事をまっとうしただけで、指示を出している私が悪い」ということを話し、攻撃する相手は私であることを伝えて対応する。また、撮影用の照明が、車道を走る車のドライバーに当たると相当眩しい。幻惑して事故を起こしかねない。だから、かなり気をつけるのだが、撮影に集中すると照明部もうっかり車道に向けてしまうことがある。するとわざわざ車を停めてクレームしてくれる人がいる。私も全体を見ているから気付けば注意するのだが、一度だけドライバーに先を越されたことがあった。事故が起きてからでは遅いので有り難い存在だ。「責任者出せ」なら話が早いのだが、「あいつを呼んでこい」となるとちょっと面倒である。そんな時も管理している私が悪い旨を説明して対応する。全責任を一旦預かるのだ。そこから相手の欲望を分類して対応する。不思議となんでもかんでも自分のせいにして許しを乞うと、相手も諦めてくれる。謝ったら負けだなんて考えないほうがいい。相手の不注意だとしても自分のせいにして一旦謝る。万が一相手が調子に乗ってきたら、そこから対応を変えればいい。さっき謝ったって
ことを突っ込まれても、落としどころは必ず見つかる。二人で対応する場合は話す人と観察する人刑事のやり方である。実体験であって教わったわけでも本で読んだわけでもないから、そういう決まりかどうかは知らない。23歳の頃、ダイヤモンドの輸入商社に勤めていた。商社といえば聞こえはいいが、宝石店への卸営業で新規開拓の切り込み隊長だった。ある日、赤坂の宝石店に飛び込み営業に行ったのだが、その日は買ってもらえなかった。しかしその晩、強盗が入って店主が殺されてしまったのだ。数日後、会社に刑事さんが二人来て、2時間近く聴取を受けたが、まさに聞く人と観察する人に分担されていた印象だ。私の借金の額まで知っていたから、容疑者の一人だったのだろう。一人がひたすら質問する。それに対する私の反応を相方が観察しているのだ。やっていないから、こちらも刑事さんたちを冷静に観察できたが、真犯人だったら緊張してそれどころではないだろう。その件はそこで終わったが、どういうわけか警察に縁があり、その後も聴取は何度か受けているが、大抵同様である。そして、同じことを3回訊く。しかもさり気ない。書記のせいにしたり、忘れたふりをしたりして、ある程度話して、また最初に戻ったりする。これは使える。前の項みたいに部下や上司と一緒に対応する時は、話す人と観察する人の役割分担を決めたほうがいい。大抵の場合は、当事者が観察する役割になる。当事者に見られると嘘をつきづらいからである。同じ事を3回訊く必要はないが、話に矛盾を感じる時はもう一度おさらいしてもいい。最初と違うことを言うかもしれない。観察する人は話す時の表情や言葉の抑揚、目や唇の動き、汗、緊張の度合いなどを観察し、さらに矛盾点があったら突っ込むのだ。手を顔に持って行くのも緊張のサインである。矛盾点が見えたら必ず掘り下げて明確にするべきだ。こちらサイドが間違っている場合もある。真実を見極められなければ、対応の仕方を間違え、悪い方向に進んでしまうことがあるから注意が必要だ。では、一人で対応するより二人で対応するほうがいいのか?否である。確かに分担したほうが情報は多く取れる。しかし、自分の発言も身内に聞かれる。するとまったく別の緊張感に見舞われるのだ。うまくいかなかった時に同僚に話されたり、会社に報告されたり、先のことを考えて言葉を選んでしまう。さらに相手にもなめられる。一人で頑張ったほうが相手からの評価は高い。腹が据わっているから勝ち目がないと思ってもらうことも大事なのだ。知らない街に挨拶回りに行く時と同じである。隅から隅まで挨拶に回っていると、たまに政治結社や広域暴力団の事務所に遭遇することもある。そこだけ挨拶しないのも相手から見たら筋が通らない。当日怒鳴り込まれても困るから他と同じように挨拶に行くのだ
が、何を言われるかわからない。怖いからといって二人で行くというのは間違いだ。私はビビってます!と言っているようなものである。怖くても他と同じように一人で、なるべく普通に挨拶をするほうがいい。不安なら近くで一人待たせておいて、1時間経っても連絡がなかったらどうするかを決めておけばいいのだ。私は威圧的な相手ほど覚悟を決めて一人で対応することにしてきた。それでこれまで事件に巻き込まれたことはない。クレーマーの弱みを想像する前にも少し触れたが、因縁をつけてくるようなクレーマーにも弱みはある。相手はこちらの弱みにつけこんで攻めてくるのだから、こちらも同じように相手の弱みを想像してそこを突いていかないと負けてしまう。恐喝や威力業務妨害などで訴えられては、金品を請求したい彼らにとって本末転倒である。警察を呼ばれたくないし、訴えられたくもない。最悪刺し殺されるなんてこともある。都内の飲食店の店長のようにクレーマーを殺した後、いつも通りに仕事をしていた人間もいるのだ。どんな人でも追いつめられたら何をするかわからない。そういう情報も持っているだろうから、彼らは自分の素性を明かそうとはしない。他に想像できるものはないか?世の中はみんなどこかでつながっているものだ。以前こんなことがあった。許可が下りない場所での撮影だったので、許可が必要ない方法で撮影していた。しかもその映像は世に出ない、某電気メーカーの映像機器のテストだった。交番からよく見える場所なので、警察は我々が撮影しているのを知っていた。するとしばらくして警察官が一人の紳士を伴ってやってきた。警察「この方が今映されたとおっしゃっているので、そろそろ撮影を終わりにしてもらえませんか?」ここで引き下がっては私の存在意義がない。現場での交渉も仕事のうちだからである。私「あと30分くらいで終わりますので、もう少しお願いできませんか?」紳士「俺が通った時、撮影していただろ?それ消せよ!」ここでいつも通り名刺を出したら、めずらしく名刺をくれた。もらった瞬間安心した。有名な会社ではないが、社名から想像するに電気系の下請けか、あるいは大手電気メーカーと取引がありそうな会社である。私「気分を害して申し訳ありません。公共の場に出ないテスト映像なので、そのまま使わせていただきたいのですが」紳士「そんなの関係ないだろ?そもそも許可取ってあるのかよ!」私「ここは許可が下りないので、許可が必要ない方法で撮影しているのです」紳士「無許可なんておかしいだろ?迷惑なんだよ!」
私「オジさんみたいな人がいるから、許可が下りないんですよ。ハリウッド映画だって相当迷惑を掛けて撮影されています。それをあなたは観て楽しんでいる。でも自分の目の前で撮影されるのはイヤだって、筋が通っていないですよね?」紳士「じゃあ、もう映画なんか観ねえよ!」私「本当ですか(笑)?」ここからが真髄である。私「ところで今撮影している会社は大手の電気メーカーさんのテスト映像です。どこのメーカーかはお伝えできませんが、あなたの会社も取引をしているかもしれません。ここで中止になったらあなたの会社名とお名前を報告することになりますがよろしいですね?」案の定、その紳士の顔色が変わった。紳士「いや、それは困る。名刺を返せ!」私「いいえ、お返しできません。私の名刺を渡しているのに、あなたのお名刺だけお返しするのはおかしいですよね?」紳士「じゃあ、こんな名刺いらねえよ!」名刺を返されたので、私も名刺をお返しして、その紳士は去っていった。会話の途中、一緒にいた若い警察官が、興奮した紳士をなだめようとしていた。だが、私がアイコンタクトで制止していたので、最後に警察官に挨拶をし、すでに撮れ高もあったので10分で撮影を切り上げた。彼も交番に戻って上司に成果を報告しなければならないからだ。明確にあと10分という情報を与えたことで上司も納得し、それ以上は突っ込まれない。許可が要らない方法とはいえ、現場の警察官がNOといえば即撤収である。ここで言いたいことは、人はみんなどこかでつながっているということである。相手の弱みを探すときは、その人が頭の上がらない人は誰なのか、バックグラウンドを考える。この時は名刺をもらえたからすぐに対応できたが、通常は、なんとか話を世間話にもっていって、相手の情報をさりげなく引き出すことが大事である。何の情報もなければ弱みを想像することもできない。法律は誰のためにあるのか?よくお酒の席でネタに使うテーマだが、的確に答えられる人はほとんどいない。「法律は、法律を知っている人のためにある」これを心得ておかないと、正直者は損をするとか、世間がおかしいとか、社会に対して批判的になってしまう。文句があるなら法律を勉強すればいい。しかし、法律も万能ではない。それをカバーするために裁判があるのだ。因縁をつけてくるようなクレーマーは、私たちよりも法律に詳しい。それが仕事みたいなものだから当たり前である。それに対して私たちは、漠然とした倫理観だけで対応しよ
うとする。相手はそれを織り込み済みで、法律を盾に攻め込んでくる。私たちももう少し法律を勉強したほうがいいかもしれない。しかし、現場にいるとなかなかそんな時間は作れない。過去の事例や判例を通勤中にスマートフォンで見るだけでもいい。最近、クレームして金品やサービスの上乗せを請求する人が、威力業務妨害で捕まるニュースが増えたように思う。電話に録音機能をつけるとか、メールを保存しておくとか、店内に防犯カメラを設置するとか、立証するためにやることは多いが、やれることはやっておくべきだ。後で必ず役に立つし、従業員のストレス軽減にもなる。ただし、法律をこちらから持ち出すのはタブーである。それはそれで相手の神経を逆撫でするだけだ。「法律で許されれば何やってもいいんだな!」となる。もちろんこれも相手は織り込み済み、もはや定型文なのだから、相手の思うツボである。あくまで知っておくにとどめ、基本的には心の中の安心材料にしたほうがいい。もちろん必要な時には小出しにする。その内容は相手の知らないこちらの専門分野に限ったほうがいい。間違っても、迷惑行為とか名誉毀損とか、一般的な法律は口にしないこと。火に油を注ぐだけである。私が仕事でよく口に出すのは肖像権である。人には誰にでも肖像権が存在する。だから、撮影中歩行者に止まっていただくよう協力をお願いする。映ってもいいと言われたら、書面にサインをしてもらわないといけないし、偽名の可能性もあるから身分証明書の確認も必要だ。そんな面倒なこと、急いでいる人にとっては逆に時間がかかって煩わしい。しかし、そこまで話すと待ってもらえたりする。これを知らなかった駆け出しの頃は苦労したものだ。実は止まってもらうのにはもう一つ理由がある。着ている服の季節感がエキストラと一般歩行者では違うからである。春設定の撮影を真冬にしたりする。天気のいい春のシーンでダウンジャケットを着ている姿が映っていたらおかしい。しかし、これだけの理由で急ぐ人に待ってもらうのは難しい。こちらの都合だからである。だから法律を持ち出して味方につけるのだ。「法律は、法律を知っている人のためにある」人によっては人生を大きく変えるキーワードになるかもしれない。落としどころを定めて誘導する何事も目標設定が大事である。目標が具体的であればあるほど実現しやすいと、どこかのセミナーで習った気がする。クレームも同じである。こじれたときの落としどころを明確にしておくのだ。そして、そちらに誘導する。意識して誘導するというより、決めるだけで勝手にそっちの方向になっていく感じだろうか。逆に決めないと、いつまでたっても話が終わらない。私はクレーム対応の時、相手の反応によって目標を三段階に分けている。
[第一段階]仲よくなって笑って帰す。[第二段階]納得してもらってお引き取りいただく。[第三段階]マウントを取って追い返す。最初は相手がどんな人かわからない。理想の目標はあるが、うまくいくとは限らない。だから、第一段階を理想としているが、相手の出方で多少の方向転換をする。共通しているのは、現場からいなくなってもらうこと。大抵の人はそう思うだろう。しかし、最悪のシナリオも想像しなければならない。現場からいなくなっても、後で弁護士事務所から内容証明郵便なんか来たらやっかいである。訴えられたら受けなければならない。示談するにしても、精神的、金銭的ダメージは大きい。イヤな予感がしたら話を戻したり、話題をすり替えたりしてなんとか「納得」してもらうまでは帰さない。この場合の「納得」の意味は、現場の状況に不満は残るが、お前に免じて今回は勘弁してやるか!というレベルでいい。そこが私にとっての落としどころである。大抵の場合、こちらにも少しは非があるからクレームになるのだ。だから、その場で勝とうなんて思わないほうがいい。そういう意味で、第三段階は最終手段である。だから、マウントを取るのも中途半端ではダメなのだ。こいつを訴えたら面倒なことになりそうだと思わせないといけない。逆に関わりたくないと相手に感じてもらうのだ。そう感じさせるテクニックは別の章で。困った時に誰を知っているか?人生においてこれは大事なことである。自分の失敗で窮地に立たされることもあるが、他人の失敗で足元をすくわれることもある。そんな時に頼める人がいるか?私も何度か助けてもらった。最近も、決まったロケ地が撮影の5日前にドタキャンしてきたのだ。CMの仕事をしていると競合他社には敏感である。オフィスビルでの撮影でロケ地の選定をしていたのだが、そこに大手飲料メーカーの子会社が入っていた。CMのクライアントは製薬会社である。一見競合には見えないし、そもそもそこにどんな会社が入っているかが確認できない。以前は受付の横に入居している会社の一覧がプレートで貼ってあり部外者にも一目瞭然だったが、最近のオフィスビルではそうとは限らない。だから競合他社の入居の確認はビルの担当者に任せるしかない。実際に担当者も確認していたのだが、ロケ地が決まった後で、テナントの食品会社が別の製薬会社が出す清涼飲料水を販売していることが発覚した。その清涼飲料水は今回CMを作る商品と競合していたのだ。誰のせいでもないが、立場上私が責任を負うしかない。苦労して探したのにこのままではギャラがもらえないどころか、下手をすれば再度スタッフを集めてロケハンしなければ
ならないから、ロケバス代やらスタッフの人件費やら余分にかかったお金を請求されても文句は言えない。そこで私は、ビル担当者に事情を伝え、そのテナントの食品メーカーの親会社の会長を知っている人を全力で探した。経済界でも知らない人はいない有名人である。顔の広そうな知人に片端から連絡した。時間がないから2時間くらい集中して電話を掛けまくった。しかし、残念ながらそこには至らなかった。この業界にいると、異業種の人と交流する機会がどんどん減っていく。予定が組めないからスケジュールを合わせづらいし、仕事が楽しすぎて他への興味も少なくなっていくのだ。だから、なるべくそうならないように飲み屋であった人と連絡先を交換するとか、友人と情報交換をする時間を取るように心掛けている。この時は、ロケ地のテナントの回答を覆すことはできなかったが、結局、クライアントの取締役を知っている人には行き着いた。これで最悪の事態は回避できる。撮影後、案の定ロケ地変更でお金が余分にかかったこととクライアントに迷惑を掛けたことを理由にかなり事後値引きの交渉をされたが、クライアントの専務に会って事情を説明すると言ったら勘弁してくれた。もちろん非公式に会ってご飯を食べるくらいのことだ。逆に紹介しようかと提案もしたが、不思議とそれ以上は突っ込んでこない。困った時に頼れる人は多いほうがいい。その度にこちらもお礼しなければならないから頻繁にお願いするのは避けるべきだが、顔の広い人を数人知っているだけでも随分助かる。私のために動いてくれるかどうかは別にして、こんな私でも二人介せば内閣総理大臣にすらたどり着くのだ。普段からお金と時間を使うことも必要だが、そういう人は忙しい。だから、たまに連絡を取り、後できちんとお礼をすれば問題ない。不確定要素の多いロケーション撮影において、ドタキャンや無茶ぶりは多い。その中で生きていくためにこの25年の間、要所要所でいろんな人に助けられたから今があるのだ。本当に有り難い。
[実録!竿竹売りに半分に切った一万円札を渡した話]東京都大田区の閑静な住宅街で撮影していたら、竿竹売りの車がやってきて、車載のスピーカーで「た~けや~さおだけ~」を連呼している。このままでは撮影ができない。出演者の声も同時に収録しているからだ。しかも出演者は忙しいタレントさんだった。撮影時間も押すわけにいかない。こんな時に対応するのもロケーションマネージャーの私の仕事である。その竿竹屋さんのところに走っていき、まずは音を止めてもらい事情を説明する。しかし、相手も違法行為をしているわけではない。こちらも仕事だが、相手も商売である。以前、公園で撮影していたら草刈り作業とスケジュールが被っていて、親方に説明して別の日にずらしてもらったこともあるし、近所で家を建てていて、大工さんに作業を半日止めてもらったこともある。もちろん、相応のお金を支払ってきた。文句を言いながらお金を受け取るが、口元は緩んでいる。親方がそのお金をどう使おうが自由なのだ。この時も商売の邪魔をして申し訳ないと言い、今日は1日この周りに来ないでほしいと1万円渡そうとしたが、ふとイヤな予感がした。悪意を持って接したら自分ならどうするか?仲間に連絡して、あそこに行ったら1万円もらえるから行ってみなよって話すだろう。そうなったら大変だ。財布から取り出した1万円を咄嗟に半分に切った。そして、半分渡した。「とりあえず5000円で(笑)!今日1日他の人が来なかったら、夕方来てくれた時に残り半分お渡しします」と名刺とともに渡した。ちゃんとその場で電話して着信を確認してもらい、名刺が嘘ではないことまで証明した。お金を破ったりしたら親父に殴られそうだが、この時は我ながら、いい思いつきだと思ったが、実はこれも映画から学んだことだ。クレームになる前に相手のバックグラウンドを想像し、欲望を満たすこと。そうすればクレームはなくなる。金で解決すればいいということではない。前にも書いたが、YENは単なる通貨である。しかし、国内の共通の価値を定める唯一のツールとして役に立つこともあるのだ。当時の私の時給は5000円。撮影が止まったら、制作会社が支払う50人のスタッフ全員の平均時給が3000円としても10分当たりの人件費は2万5000円。1万円で収まるなら安いものである。相手も商売、こちらも商売。だったらビジネスのステージに乗せたほうが話は早いのだ。
そもそもクレーマーは善か悪か?クレーム対応は面倒?それとも自分の成長の糧?私は両方だと思う。確かにクレーム対応は面倒だし、ないに越したことはない。しかし、自分の視点だけでビジネスをやろうと思っても限界がある。現状のサービスに満足いただけるお客様や、撮影現場を見てモチベーションが上がって声を掛けてくれる歩行者、彼ら賛成派はいちいち賛成と声を上げてくれるようなことはしない。反対派の人だけが声を上げて公共の場に提言する。すると面倒な厄介ごとを葬りたいためか、彼らの意見がまるで総意であるかのように規制は厳しくなっていく。反対派の人は自分寄りの目線だけで大局を見ずに声を上げる場合が多い。彼らにとってはそれが正論なのだ。それをただ掃き捨てるのではなく、反対派の視点を何かしら自分のサービスのヒントに役立てたい。この国の国民はディベートが苦手な人が多い。学生時代に訓練されていないから、自分の考えを主張することに抵抗があるのだ。クレームを深堀りすると、新たな発見や違ったモノの捉え方を学ぶこともできる。だから、私はクレームが来ると質問攻めにしてしまうのかもしれない。お互いの意見は平行線でも構わない。私はこう思うからこうしているのだけれど、あなたのような考え方もあるのですね。それについて今度ゆっくり聞かせてほしいのですが、お時間もらえますか?ここで連絡先ゲット!である。この仕事を25年やってきたおかげで、人が喜ぶことがわかるようになったし、人が嫌がることにはもっと敏感になった。私なら何とも思わないようなことでも、人によっては嫌悪感丸出しで来る。そのおかげで的確に予防線を張れるようになった。だから、クレームにはとても感謝している。現場にクレームが入ると小躍りしてしまうくらいである。毎回緊張はするが、チャレンジである。だからと言って、わざわざ事前に手抜きをするわけではない。そもそもやるべきことをやらずに来たクレームは、回りからの評価を落とすだけである。思いつくすべてのことを実践しないと、失敗しても次につながらないのだ。社会を味方につける情報武装前の章で書いたクレーマーが殺された事件もそうだが、クレーム関係の事件を知っているかいないかで、心の安定感はまったく違う。見通しが立てば不安も軽減されるものだ。さらになんでもいいから相手の知らない情報を連発するのもいい。
新聞も雑誌もあまり読まないし、深夜のニュースくらいしか情報は入ってこない私にとって、情報源はほぼ個人的な会話である。現場の声はニュースなどのマスに流れてくる情報よりも深いし、個人の経験によるパーソナルな内容に関しては一般的に知られていない。その情報の信憑性はある程度判断が必要だが、「聞いた話なので正確ではないかもしれない」と冒頭につければ、それでオッケーである。私の場合は自分の話をすることが多い。いろんな目にあってきたから、私の物語を面白そうに聞いてくれる。最初はクレームしてきた人でも興味を持ってくれる人もいるのだ。話に興味を惹いたところで本題に戻り、一般論を持ち出して相手が間違っていることを理解してもらう。コンプライアンスとか肖像権とか、今であればコロナ禍とか、そういう今どきの単語を散りばめて、私は好きで迷惑を掛けているのではありません!というスタンスを強調するのである。実際にその通りだから嘘ではない。少なくとも私は好んで他人に迷惑を掛ける人間ではないからだ。肖像権に関して少し書く。これも随分前の話だが、地方で若手の制作部が誘った可愛い女の子にエキストラとして出てもらった。もちろん、出演を承諾するサインはしてもらっただろう。ところが、オンエアされたら恐い人から連絡が入り、お金を請求されたらしい。クライアントに連絡すると脅されて支払った金額は数百万円。そう、その女性の彼氏はその筋の方。美人局みたいなものである。そういうことがあるから、恐くて一般の人は映せないという事情を話すと割と納得してくれる。サインをもらっているから、裁判まで持ち込めば減額されたか勝てたかもしれないが、クライアントを巻き込むことのほうが、制作会社にとっては致命的なのである。この内容をかいつまんで話すと、大抵の人は、「私はそんなことはしないから通してくれ」という。しかし、それを証明することはできないから、サインをもらわなければならない。そんなやりとりをしている間に本番は終わるのだ。私の仕事においてはこういうことだが、業種ごとにネガティブな理由をもっともらしく話すために情報を収集し、分析してストーリーを作り上げることができるだろう。第1章で書いたように妄想が大事。それも仕事のうちである。社会を味方につける理論武装先ほどの、交差点で映像機器のテスト撮影をしていた時の会話を思い出してほしい。アメリカでは手続きを踏めば、ニューヨークのような大都市でも撮影のために道路封鎖ができる。封鎖の前線に立つのは現職の警察官である。非番の警察官がお金をもらって一般車輛を通行止めにするのだ。市民のストレスは相当なものだし、実際クレームもかなり多いようだが、撮影というものが産業として確立されているから理解せざるを得ないようだ。また、最近は変わりつつあるが、この国の「平等」の定義は間違って運用されてきたと私は考えている。どんな人でも体裁上平等に扱おうという理論だ。随分前だが、フィルム
コミッション(撮影を誘致して地元経済を発展させる組織。県や市の観光課や観光協会、商工会議所から組織されることが多い)の協議会で、ブラックリストを作ろうという動きがあった。その際、製作サイドから、こちらの事情も調べずに一方的にリストを作られるのは不公平だという主張があった。もちろん、私はブラックリストを作ることに賛成した。無茶な撮影をしても、きちんと筋を通し終了後の事後処理もしっかりやれば地元の人に理解は得られるし、逆に大変な撮影ほど仲よくなれるものだ。それを怠るからひんしゅくを買うのである。ちゃんとやる人がちゃんと評価される。それが真の平等というものだ。評価は周りがするものなのだから、よい評価を得られるように俯瞰で見て、よく考えて動けばいい。もちろん費やす時間も相当なものになる。この時は結局、リストに乗せる基準があいまいなのでブラックリスト計画はなくなった。しかし、悪い噂ほどすぐに広まるものである。こちらの思いと相手の評価は必ずしも一致しない。いや、うまく伝わっていない場合が多い。これは相手が悪いのではなく、自分の責任である。CMの撮影で国の施設を借りようとすると、一部の施設を除いて、一企業のために公共の施設は貸せないという返事がくる。映画やドラマならよいというわけだ。しかし、考えてほしい。映画やドラマの映像も商品である。映画はお金を払わないと観られないし、興行収入なんて言葉もあるくらいだ。ドラマや番組だって各地方局に売り買いされていて、それを元にCM枠を営業して売りに行くものだ。最近ではNHKの映像コンテンツでさえDVDとして売られている。だから、映像の中のロケ地は商品の一部を構成する。コンピューターの中の半導体みたいなものだ。しかし、片やCMは、撮った映像は売らない。売るのはあくまでCMに出てくる商品である。さらにトヨタの関連会社や下請け会社の家族までいれたら数十万人になるだろう。数十万人が観る日本映画がどれだけあるだろうか。こう話すと、もうどちらに公共性があるかわからない。映画やドラマが悪いという話ではない。アメリカのように、納税者であれば分け隔てなく協力してほしい。もちろん手続きは簡単ではないが、それが真の平等というものだ。砂丘に車を合成するのもやめてくれと言われる。実際に車で入る奴がいるからだ。ゴルフウェアの撮影ができない都立の公園もある。ゴルフの素振りを禁止しているからという理由だ。ちなみにこの公園は昔ゴルフ場だった。では、殺人のシーンはどうすればいいのか?人を殺していい場所を私は知らない。ちょっとした体験を深く掘り下げて整理し、自分なりの理論を確立しておくと相手の言葉に惑わされずに対応できる。社会を味方につける論理的思考
よく、衝動買いをする時にそれを買ってもいい正当な理由を探す。私の場合は商品が高額になればなるほどしっかりとした理由付けが必要になる。傍から見たら完全に都合のいい理由なのだが、みなさんはどうだろうか?以前アウディのショールームの前を通ったらTTというオープンカーが目に入った。時間があったので車を止めて素見しのつもりでショールームに入った。「排気量が1800ccなのに500万円。高すぎだろ?」なんて冗談を言っていたら綺麗なお姉さんに試乗を促され、言われるがまま六本木の街を走ってみた。2速に入れて思い切りアクセルを踏み込んだ瞬間、「買います!」と言っていた(笑)。ここから、どうやって奥さんに説明するかを必死に考える。たまたま息子が生まれたばかり。奥さん専用の車として購入し、息子が18歳になったら譲ろうというストーリーにした。ドイツ車は18年くらい余裕で乗れる。しかし、左ハンドルの6速マニュアル。まったく女性向きではない。『ミッション:インポッシブル』の2作目でヒロインが乗っていた車だから、そこから攻めるか?一か八かだったが、バレバレである。予想通り納車の当日、奥さんには号泣された。嬉しくて泣いたのではない。怒りが極限を越えたのである。この件については大失敗だった。広告カメラマンで売れている人たちは、この理由付けがとても上手い。写真についてあまり詳しくないメーカーの宣伝部ならまだしも、アートディレクターやプロデューサーを相手に、感性でシャッターを切った写真に対して、後から論理的に説明できるかどうかで、その写真が採用されるかどうかが決まる。もちろん、みんながいいと思っている写真は説明の必要はないのだが、それでも社内で上司に報告する際に、何がどういいのかを説明しなければならない場合もある。そんな時は共通言語でわかりやすく説明しなければ、理解されない。だから、広告カメラマンはいい写真が撮れるだけでは生き残れないのだと思う。クレームが入った時、そこにそれがある正当な理由、そのサービスをそのタイミングでする論理的な理由が存在するはずである。過去のデータからよく考えた末のことかもしれないし、社会的背景をもとに導き出した内容かもしれない。いずれにしても学生時代の図形の証明の如く、論理的に答えを導きだすことが大事である。コロナ禍でスーパーに長い列を作って待たされて怒りだす人になんと言うか?「東京都の指導のもと本社で決定したもので……」なら誰でも言える。似たようなことを他の事例でも考えられないだろうか?そこにプラスしてお客様に同調し、「本当に酷いですよねえ……」でいいのである。我が社では、福山雅治主演の『容疑者Xの献身』を当時から新人教育の教材にしている。テーマは「論理的思考と客観的事実」である。客観的事実とは真実とは違うものだ。評価を得たければ真実よりも客観的事実のほうが大事なのである。そこから逆算される論理的思考。これが整っていれば嘘が嘘でなくなってしまうし、真実を正当に評価されるためにも必要なものである。もちろん、そこにいろんな人の欲望も差し込んで考えなければ
ならない。「論理的思考と客観的事実」まるで本のタイトルのようだが、ビジネスに役に立つし、会得すればストレスが溜まらないから覚えておいてほしい。物事には二面性があるここまで読んでいただいた読者の中には気付いた方もいるだろうが、私の文章には「しかし」や「ところが」等の逆説の接続詞が多い。これがすでに物事に二面性があることを示している。ある方向から見ると正しいことも逆から見るとそうでもない。その逆もある。誰かが悪いことをしたおかげで周りが救われるとか、そんな矛盾を初めて感じたのは中学2年生の時だ。当時ヤンキーの友人がいて、男子は全員坊主頭の学校だったが、髪を金髪にブリーチしてきた。担任が来て、彼を連れて職員室で説教しているその1時間は自習になった。みんな大喜びである。しかし私は、悪いことをした友人のおかげで周りが自由を享受している様に、とても違和感があった。男女の関係はわかりやすい。付き合い始める時はお互いに相手のいいところしか見えない。しばらくすると、「あなた、変わった」などと言って別れることになる。変わったわけではない。悪い面しか見えていないだけなのだ。クレームの元になった事象にもきっと二面性がある。何か問題が発生して責められた時、相手の目線から一緒に見るだけではこちらの非はまぬがれない。目線をずらして見てみると、その問題となった事象によって、よい結果が生まれる可能性を見つけ出すことができるかもしれない。もしくは、その事象自体がたいした問題ではないという視点が見つかるかもしれないのだ。自動車事故の時、ぶつかりそうになったら視線を対象物からはずすと衝突せずに避けられたりする。見ていると間違いなく当たってしまう。そこからヒントを得たのだが、一旦目をそらし周りを見渡してみることだ。なぜ、それが起きたのか。なぜ、その人は怒っているのか。それによって得する人は誰なのか。逆にやらなかったら損する人はいないのか。それによって幸せになる人もいるのではないか。よく、施すなら魚を与えるより釣り方を教えろというが、そういう観点から見たらどうか。障害物だらけの老人ホームが人気だという。筋力やバランス感覚が戻るのだろう。あるお客様からは賞賛されても他の人からはクレームになる。それをすべてかわすのは至難の業である。だったら、準備段階で一方だけはきちんとしておいて、もう片方からのクレームに準備しておけばよい。そして、クレームが来た時には、正当な理由として他方の都合を提示して一旦責任回避した上で、秒速で対処すればよいのだ。最近、夏の日本列島は暑さが増しているが、エアコンの温度が暑いと感じる人もいれば寒いと感じる人もいる。暑い人を下着姿にするわけにはいかないから、暑いと感じる人に
室温を合わせ、寒いと感じる人にはブランケットを用意するとか、席ごとの体感温度を事前に把握しておくのもいい。そういう準備をすることだ。似たように考えられることがたくさんあるはずである。自分にとって最悪とは?最悪を考えて最善を尽くす。これがプロジェクトの正しい進め方である。では、自分にとって最悪とは何か?私にとって最悪とは、自由を失うことである。死ぬこと以外はかすり傷なんて言ってみたいものだが、なかなかそうはいかない。しかし、何がよかったかなんて棺桶に片足を突っ込むまでわからないものである。少なくとも死に際に、俺の人生まあまあだったって思える人生を送りたいと思っている。クレームに対応する時によく考える。最悪、会社潰れるかも……でも、そうしたら自己破産して自由な時間が増えて逆にいいかもしれない。ついポジティブな答えを見いだしてしまう。だから腹をくくるのが早いのかもしれない。では、現場における最悪ってなんだろう?私の場合は、クレーム対応のまずさによってクライアントに迷惑を掛けることだろう。そうなると私を指名してくれた人の顔に泥を塗ることになるし、自分の信用も地に堕ちる。では、迷惑とは?電話が入ったくらいのことではない。訴えられるとか、報道されるとか、クライアントの株価が下がるくらいのインパクトである。撮影中止や撮った後の放映中止も、我が社の事業規模では責任の取りようがない。だから、そうならないように予防線を張るのである。昔一度だけ撮影中止になったことがある。国道の歩道で許可を取らずに雨を降らしていたら、パトカー3台に囲まれて目の前で撤収しろと言われた。そこに至る経緯は割愛するが、無許可だったのでいつもよりしっかり誘導し、1000回以上歩行者に頭を下げたが駄目だった。この中止は織り込み済みだったので、翌日別の場所を用意しておいた。しかし、それを知っていたのは身内だけである。リスクを説明しても誰も取り合わなかったから、仕方なく内々で準備しておいた。この時は、我ながらよくやったと思っていたが、評価は逆である。リスクの説明が足りなかったのだと反省している。その時のプロデューサーの悲痛な表情を見てから、中止になるような撮影は全力で止めることにしている。ちなみに、この時に警察署に入ったクレームは3本、賛成票はない。1000人以上通って3人なのだから自分の中では満足だ。クレームしか警察の耳には届かないのである。自分が最悪どうなってはいけないのか?あるいは自分の責任でどうなったら最悪なのか?それを考えておくと、大抵のことは些細なことに見えて動じなくなるものだ。
相手にとって最悪とは?では、相手にとって最悪とはなんだろう?もう何度も触れているから想像できるだろう。クレームしてくる人全員が同じ考えではないが、大抵の人は警察を呼ばれたくないし、訴えられたくないし、後ろから刺されたくないはずである。そこを考えると、こちらが立てる戦略も見えてくるものだ。空気を読まずにわざと怒鳴り散らす人を防犯カメラの正面に誘導するとか、電話であれば録音するとか、何かあった時に証拠にできるようにする。そしてタイミングを見て、それを相手に告知する。すると途端にトーンダウンするだろう。さらに相手の名前、連絡先、住所を尋ねれば、大抵の場合あまり無茶な因縁をつけてくることはないはずだ。しかし、私はまだ現場で遭遇したことはないが、稀に刑務所に入りたい人がいる。これには本当に注意が必要だ。下手をすると自分の身が危ない。そんな場合は早めに警察に通報したほうがいい。クレームとは違うが、最近通り魔殺人が増えたように思う。誰でもよかったなんて、他人でも怒りがこみ上げてくるし、残された家族からしたら理不尽すぎる。私は今アメ車に乗っているが、オートロックのリモコンボタンを1回押すと運転席が開き、2回目で全部のドアが開くようになっている。国産車のように1回で全部のドアが開くと、運転席に座った途端に助手席側に隠れている人が反対側から乗ってきて銃を突きつけられる可能性があるからだ。そんな国に住みたいとは思わないが、この国もさらに景気が悪くなったら犯罪も増えるだろう。ストーカー事件がニュースになる度に警察の対応が問題になるが、裏で相当数の事件を未然に防いでいるのを忘れないでほしい。その上で自分の身を守るのは、最後は自分なのである。法律?そんなの関係ねえ!会社対クレーマーじゃない。そこまで言われたら、もう俺対お前なんだよ!そんな感情になったことがある。黙って聞いてりゃいい気になりやがって!を越えた最上級な感情である。自分の尊厳をすべて否定されるようなことを言われると頭の中でブチッと音がする(うそです、笑)。そうなるともう会社が潰れようが、誰に迷惑を掛けようがそんなことはどうでもいい。むしろそうなって時間ができたら、そいつを追いつめることに全力を尽くすことに楽しみを抱くかもしれない。ただし、そんな感情になってもその場で暴力を振るったら負けである。暴言を吐くこともしない。ひたすら冷静に相手の名前と住所、連絡先を尋ねるのだ。流行りの倍返しをするにも相手の素性がわからなければ、何もできやしないからだ。住所がわかれば尾行もできる。尾行できれば家族構成、生活パターン、趣味、弱み、いろんなことが把握できる。
怒りの感情がどこまで維持できるかは疑問が残るところだが、少なくともその時はそこまでやる覚悟である。だから、クレーマーも気をつけたほうがいい。相手を追いつめ過ぎると逆襲されかねないのだ。金品を狙ってくるクレーマーは、お金がないところには攻めてこない。なぜなら、お金にならないからだ。「俺対お前」になった瞬間、もう興味はないはずである。それでもお金ほしさに会社に連絡され、上司に呼び出され、最悪会社を解雇されたとする。そうなったらクレーマーにとっては最悪の事態である。当事者は住所、連絡先を持っているのだ。だから、私は必ず住所まで訊く。どうやって?「後日改めてご挨拶にうかがいたいので」のひと言でいい。大抵教えてくれないけどね。この時も幸いにして教えてもらえなかった。おかげで私はまだ犯罪者にならず、仕事ができている。まあ、ネガティブなことはすぐに忘れる性格だから、クレーマーを追いつめたところで時間の無駄だし、住所を知っても何もしなかっただろうが……。みな、それぞれ面子がある地方都市の駅前で土曜日の早朝に撮影していた時、ちょっとトッポい感じの三人組の若者が絡んできた。朝まで仲間と飲んでいたのだろう。一人が陽気に「撮影?」と絡んできたので、そうだと伝えたら、「タレントいるの?」と言いながらロケバスの中を覗いたりしていた。大抵のロケバスは窓にフィルムが張ってあるので外から中はよく見えない。有名人は来ていないと伝えたが、なかなかやめてくれない。酔っぱらいに最初から否定的な言葉を使うとやっかいだから、2~3分好きなようにさせておいた。もう一人は興味深そうにカメラのモニターを見ている。残る一人は他の二人の行動を笑いながら見ている。ロケバスの中を覗いていた奴が、バスのドアを開けようとしたので、そろそろ引き取ってもらおうと思って声をかけた。本人にではない。傍観して笑っていた奴に近寄っていった。というより、すでに横にいた。プロデューサーが私の動きを見ている。もちろん、ヤンチャな二人もこちらを気にしている。その二人はきっと傍観していた奴の後輩で、悪さしている様を先輩に見せて認めてもらいたいだけのように見えた。少しその気持ちもわかる。だから、話すならその傍観して笑っている奴だと思ったからだ。見られているのを前提にその先輩に深く頭を下げて、ひと言「申し訳ありません」と謝った。「なんで?」と返事が返ってきたので、「よそ者が土曜日の朝っぱらから大勢で押し掛けて兄さんたちの地元の駅前で撮影させてもらっているので……」と話した。もちろん、道路使用許可は警察署に提出しいているが、そんなことは彼らにとって関係のないことだ。するとその先輩は残る二人に声をかけ、二人を連れて立ち去った。去り際に、「お邪魔しました。撮影なんてあまりないから珍しくて、迷惑かけました」とひと言声をかけてく
れた。思わず追いかけて行ってスカウトしようかと思うくらいスマートな行動だった。後輩の二人の「なんでなんスか?」という声が聞こえたので、意味がわからなかったようだ。プロデューサーからも、なぜあんなにすぐに退散してくれたのか尋ねられたが、「謝っただけですよ」と答えた。しかし、この時に間違えてはいけなかったことは二つ。一つ目は、許可をとっているとからといって、自分たちが正しいと最初から主張してしまうこと。それを言うのは最後の最後である。許可を取っていれば、なんでもいいわけではない。撮影中にくるクレームに「許可取ってんのか!」という内容は多い。私は、「もちろん取っていますが、ご迷惑をおかけしたのなら、そんなことは関係ないので」と、こちらの正当性は一回排除するようにしている。もし、そこからこじれて面倒になったら、最後に「許可を取っているので、そろそろ警察呼びますか?」となる。ただ、これまで警察を自ら呼んだことはない。二つ目は、声をかける相手。リーダーに話さないと意味がない。リーダーに見てもらいたい後輩たちに直接話したら、いいところを見せようとしてもっと暴れることだろう。彼らが見ている前でリーダーに深々と頭を下げる。話し声は聞こえない距離だから、謝っているだけのようにしか見えない。するとリーダーは許す立場である。後輩を前にして面子は保たれるのだ。「筋を通す」の項目でも触れたが、「人の面子を尊重しながら一貫性を持って事にあたる」ことを忘れてはいけない。相手が複数の時は頭に華を持たせるように心掛けよう。俯瞰で見られるようになったらもう一人前仕事にせよ、遊びにせよ、恋愛にせよ、俯瞰で見られたら大抵のことはうまくいくだろう。しかし、そこに自分の欲望が入り、「やったほうがいいこと」よりも「やりたいこと」を優先するから失敗するのだ。私も反省すべき点は多いが、うまくいく時は大抵の場合、欲望を排除して「やったほうがいいと思うこと」を純粋に遂行している時だ。では、どうやったら俯瞰で見えるのだろうか。俯瞰とは、上から全体を見ることである。撮影にも俯瞰撮影というものがある。今いる自分とその周辺の環境を、自分も含めて上から見る。客観にも似ているが、ちょっと違う。客観を超越したものである。最近よく見るドローンの映像みたいなものだ。俯瞰に上がるには、まず潜るといい。上に上がろうと思ってもなかなかイメージできないが、今いる状況、自分、相手、それぞれの過去、未来を引き連れて潜るのである。潜ると言っても水の中ではない(笑)。意識の中で潜るのだ。集中して深く考えるということ。深いという表現では足りないけれど、まあそんな感じである。潜り始めた時は真っ暗である。しかし、深く深く潜航していくとその先に光が見えてくる。そこへたどり着くと今いる環境の上に出てくるのだ。この手法は若い頃読んでいた将
棋漫画の主人公が使っていた。タイトルは忘れたが、やってみると意外とその通りだったからおすすめする。俯瞰に上がってクレーム対応の現場を眺めると、割と冷静に対応できるようになる。自分の気持ち、関係者の感情、相手の思い、さまざまなことがいっぺんに把握できるのだ。しかし、いつもうまく潜れるわけではない。実際に上に上がれるわけではないのだから、意識下の錯覚なのだと思うが、冷静にならないと俯瞰で見ることは難しい。慣れてくるとスっと上がれるようになる。試してみたらどうだろう?「浅い!まだまだ浅い!」これも将棋漫画の受け売りだが、中途半端に潜ってもなかなか見えてこない。そんな時は、こう自分に言い聞かせる。するとやがて見えてくる時もある。集中できなかったらあきらめるしかない。客観止まりである。また、平穏な時は難しい。修行僧ならできるかもしれないが、一般の私たちにとっては集中のレベルはたかが知れている。本当に集中するためには相当の負荷が必要なのだ。崖っぷちの集中力。それがあれば、潜在意識が起動して何かアイデアが湧いてきたりするものだ。そちらの専門家ではないから、その仕組みはわからない。だが、火事場の馬鹿力のようなものが意識下ではじける時がある。一つこなせばそれが経験値となり、ステージが上がることになる。妄想の進化妄想のすすめは第2章で触れたが、そこに経験値が加わると妄想のレベルも相当上がる。妄想には情報が大事だが、経験はもっと大切である。そこには自分の感情や体験から自分のできなさ加減も学ぶことができるからである。いろんなことはなかなか思い通りにはいかないものだ。だから人生は面白いのだが、さまざまな経験によって妄想のレベルを上げることができる。例えばフェラーリを運転したこともないのに、助手席に美女を乗せてドライブする妄想ができるだろうか?なんとかドアを開けて席に座っても、エンジンを掛けるところで私ならつまずく(笑)。フェラーリを持っている女性に教わっている姿はイメージできるかもしれない。料理をしたこともない人間が、レシピ通りに作って美味しいケーキを焼き上げるイメージができるだろうか?料理教室でダメ出しされながら、なんとか作りあげる自分は想像できる。そうイメージしてしまうと、残念ながらその通りになるものだ。だから、クレーム対応も経験が大事である。私の場合も数えたことはないが、大小含めると2000~3000件くらいのクレームに生で対応してきたから妄想力が上がっているのである。しかも撮影にからむクレームばかりで、多くは妄想力のおかげで事前の挨拶でクリアにしてしまう。そんな私が、ホテルや飲食店でクレーム対応している姿を妄想で
きるかというと、できないことはないが、正確ではない。知らないのだから限界がある。異業種の妄想には、やはりそちらの職業を経験している人のほうに分がある。だから、この本は心の持ち方とあり方しか書いていないのだ。イヤなことがあっても経験が増えてステージが上がると思えば笑顔で対応できる。30歳の時、独立して初めての現場で本職のヤクザに絡まれ、「ああこれでステージが上がる!」と思いニヤついてしまったほどだ。もちろん恐かったよ!どんどん経験して妄想レベルを上げてほしい。堂々と話すクレーム対応時、俯瞰で上がった時に上から自分を眺めると、最初の頃は大抵肩をすくめて背中は曲がり、笑顔は引きつっていて目の焦点は定まらなかっただろう。その頃は俯瞰で見るなんて余裕もなかったし、思いついた言い訳を言葉にして、さらにお叱りを受けたりしたものだ。しかし、今は違う。役割をまっとうするために胸を張って対応し、目は相手をじっと見て堂々と話している自分がいる。何か不快を感じて因縁をつけてくる相手も、あまりに堂々とされるとちょっと引き下がる。実はこちらの準備がしっかりできていなくても、それは変わらない。だから、とても頭が悪い人がいたとして、大した準備もできていなのに、自分は完璧に準備してきたという錯覚をしている人でも堂々と話していれば、相手が引く場合があるのだ。準備ができていない普通の人なら自分の至らなさを気にして、最初の私のように半泣き状態で対応するだろう。ということは、ハッタリでいいのではないか?悪くはないが、そこに落とし穴がある。その時は立ち去った相手も、納得がいかなければその次の手段に出る可能性があるのだ。頭の中を整理して再度訪ねて来て文句を言う程度ならまだいいが、本社にクレームをつけたり、SNSに書き込んだりと、もっと面倒なことになる場合もある。ハッタリなのだから、突っ込まれたら穴だらけなのだ。面倒なことになる前に、そんな時は素直に詫びて相手の良心に訴えたほうが得策である。真剣に業務に向き合っていないと環境も精神も準備ができない。堂々と話をするためには、思いつく準備をすべてやっておかねばならない。準備が整っていたら、自信があったら、卑屈になって対応する必要はないのである。質問にも的確に答えられる。もちろん、それでも準備が至らなかった部分もあるだろう。それはそれ、すべてやった上で堂々と話し、気付かなかったところは詫びて修正する。そして、感謝を忘れない。それでいい。相手もこちらの出方を見ている。堂々としていれば、やるべきことをやってきたかどうかは見抜いてくれるものだ。相手にも面子があるのと同時にこちらにも面子がある。頭のいいクレーマーほど引き際をわきまえている。
ここで言う頭がいいというのは、記憶力がよいとか、学歴が高いという意味ではなく、論理的な思考力があり、コミュニケーションに長けているということ。読者のみなさんもそこを目指してほしい。準備を怠らずに相手と同じレベルの思考力を身に付ければ、もう心配することはない。……ここで「恐いものはない」と書かなかったのは、油断は禁物、上には上がいるものだから。慢心すると落とし穴があるから注意が必要なのだ。上級者はクレーマーを利用する準備を完璧にする癖をつけ、その上でクレームに慣れてくると、その対応にもかなり余裕が出てくる。事後値引きが当たり前の私の業界では、撮影時に何もないのが当たり前になっているのだが、その裏で相当な準備をしている。それでも来る時は来るものだ。そのクレームがハードなほど事後値引きは少ない。だからと言って知り合いにわざわざ時間を作ってクレームしに来てもらうなんて汚い手は使わない。すぐにそういうことを思いついてしまうのだが……。とあるビルの公開空地で撮影していた時である。50歳前後の紳士が二人の舎弟を連れてやってきた。その方はいつもその公開空地を通っているのだが、警備員の誘導が悪くていつまでたっても通れないというクレームだった。そのまま歩道を歩いてビルの横を入れば距離は変わらないのだが、撮影を見つけてわざわざ因縁をつけに来た印象だった。トランシーバーで警備員に呼ばれるまで遠目にその状況を見ていたのだが、ちょっと面倒な相手だ。まず名刺を渡して自己紹介はいつも通り。この警備員の誘導が悪いからこいつと話させろと主張されたが、それも私の指示であることを伝えてこちらに預かったのもいつも通り。そして、いつも通り事情を訊く。本番直前で、たまたま話しているところが女優さんから5メートルくらい。画角に入っているから、私の交渉待ちである。女優さんを含め全スタッフの視線はこちらに向いている。すぐに移動をお願いすることもできたが、わめいているその相手と舎弟の二人を前にひるむことなく対応する勇士を少し見せておいたほうがいいかと思い、2~3分、その場で引っ張ってしまった。ロケって本当は大変なんだよ!という主張もしたかったし。そして終盤、会話の中でいつも通り相手の連絡先を訊いたら、やはり教えてくれない。それでほぼ終了である。平穏な街に100名近いスタッフが来て、いつも通り歩けなかったことにはきちんと謝り、リーダー格の人に華は持たせたつもりだ。そしてこの時のギャラの事後値引き交渉はほとんどなかった記憶がある。余裕ができると自分の評価を上げるためにクレームを使うこともできるようになる。ヘビーなクレームほど、うまく対応できた時は賞賛される。しかし、クレーム対応要員でその日だけ現場に呼ばれても絶対に行かない。なぜなら、準備を自分でやっていないから正当性を主張できない。足元をすくわれるのが落ちである。
[実録!銀行から住宅ローンを一括返済しろと言われた話]クレームとは言い切れないが、この章にピッタリなエピソードがある。2011年3月11日の東日本大震災の直後、テレビコマーシャルがACの広告ばかりになり、CMを作らなくなった。次に撮影したのは7月6日。ほぼ4カ月後である。当時、会社として1億円以上の銀行借り入れがあった私は、すぐに保証協会から銀行への一括返済を希望した。翌年、44歳の4月、家の住宅ローンの銀行から呼び出しがかかり、課長の話を聞いていたら、残金を全額一括で返済してもらうという。課長の傍らに座って若手の銀行マンが可哀想目線でこちらを見ている。こちらはまだ何も話していないのに、その目がすべてを語っていた。38歳の時に購入したのだから元本はほとんど減っていない。以下その時の会話である。課長「あなたの会社が保証協会を利用して返済したことによって、あなたの期限の利益が失われたので、住宅ローンの残金6000万円を一括で返済していただくことになるのです」……一瞬にしてからだが凍り付いたが、すぐに意識の中で潜った。私「そういうことですか……。みなさん、どうされていますか?」課長「物件を売って現金を作って完済する方もいますし、競売にかけられて出ていく方もいらっしゃいます。競売の前に販売したほうが高く売れるし、その後の生活も見通しをつけやすいと思いますよ」私「ちなみに返済の期限はいつ頃ですか?」課長「だいたい5~6カ月後になりますかね。いろいろ手続きもあるので」私「そうですか。では全力で返済する手段を取ります」課長「どのようにして?」私「金持ちの知り合いは多いので、担保をつけて金利を少し高くすれば集める自信があります。500万で12人、そのうち2人が1000万なら10人でいいので」……半分ハッタリ、半分本気である。課長「そうですか。では、そういう方向でお願いします」……ここで何かが降りてきた。私「お願いします。ただし、その6000万円、御行に口座を持っている方からしか集めません。どういうことかわかります?」課長「……?」私「おたくの銀行のいろんな支店から一瞬6000万が消えてこの支店に集まってくるだけということです。ただお金が動くだけでなんの利益にもなりません。でも、このまま
私に貸しておけば何もせずに金利で2000~3000万の粗利が稼げますよね?どちらがいいか選んでくれるように、支店長に確認とってもらっていいですか?」課長「もう決まったことですから無理だとは思いますが、一応訊いてみます」私「これまで恐らく一度も滞納したことがないはずなので、その辺も考慮してもらって、なんとかお願いします。担保を持っていくのは支払いができなくなってからでも遅くはないでしょう?」課長「わかりました」そして2週間後、横にいた若手銀行マンから連絡がきて、これまで通り月々の返済で大丈夫になりました!と言われた。街中で小さくガッツポーズをしたのを覚えている。私の言葉以外にいろいろ調査した上での回答だと思うが、あの時、そのまま受け入れていたら今頃その家はないのだ。今もそのまま住宅ローンを支払い続けているが、保証協会と合わせると借金は2億を超える。借りたものは返さないと死に際に後悔が残るから完済するまで死ねない。これがいいモチベーションになっている。おかげで長生きできそうだ(笑)。ここで言いたいのは、この章で書いたことを実践したらクレームに限らず、交渉もよい方向に向かうということである。そもそもクレーム対応も交渉なのだ。銀行は、お金を貸して利益を上げるのが基本的な商売だという「情報」を持っていたこと。その情報を元に相手にとって「最悪」とまではいかないが、嫌がるところ(利益を失う)を論理的に突いたこと。瞬間的に深く「潜って」そのアイデアが生まれたこと。多少のハッタリもあったが、「堂々と」話ができたこと。きっとこれまでの人生で最も集中した瞬間だったと思う。
「ですよね~」で一回同意して相手の言いたいことを全部言ってしまう今やろうと思っていたのに……。そんな矢先にドンピシャでそこにクレームが入る時がある。しまったと思っても後の祭りだ。もしくはわかっていながら、何かの事情で事前に対処ができない場合もあるだろう。私の場合はもっと大きな穴を隠すために、あえて見つけやすいところに小さな穴を用意しておく時もある。そんな時は事前にクレームの内容が想像できているのだから、相手の感情も理解できているし、言いたいこともよくわかっている。だったら全部先に言って謝ってしまえばよい。すると相手は「わかっているならちゃんとやれ!」くらいの言葉しか言えなくなる。某流通センターで撮影した時のことである。その倉庫は巨大で、中に相当数の借り主が入居していた。その中の一社に撮影協力をお願いした時のことである。もちろん、倉庫のオーナー会社にも許可は得ていた。車輛の誘導スタッフが足りず、撮影前日に警備員を発注することになった。その流通センターにも警備会社が入っているので、撮影に協力してくれる借り主の担当者にその旨を相談した。面子があるから、他の警備会社の制服を着た人間を同じ建物に入れることをよく思わないだろうと思い、流通センターの担当者に相談しようと思った。我々が借りているのはその流通センターのお客である、借り主の担当者である。だから、飛び越えて相談することはしない。これが筋道だ。すると担当者から、「後で一緒に相談に行こう」と言われた。そのまま準備を進めているうちに二人ともすっかり忘れていて、気付いたら19時。もう流通センターの担当者は帰ってしまっていた。翌日の出来事である。朝、ロケ地の担当者に呼ばれ、「流通センターの担当者が激怒しているから、すぐに一緒に来てくれ」と言われ、すぐに同行。防災センターに行ったら普段穏やかな人が、顔を真っ赤にして怒鳴っている。私にはその怒りの理由がよくわかっている。担当者「なんで違う警備会社の奴が門の前に立っているんだ?他のドライバーが戸惑うだろ!」私「すみません。スタッフの車輛がセンター内を逆走してはいけないと思い、配置しておりました。見通しの効かないスロープで万が一にでも正面衝突があってはいけないので。あまり目立たないようにとの指示は出していたのですが、やはり違う制服はまずいですよね?」……フルサイズの大型トラックが5階まで上がれる巨大な倉庫で、そのスロープの上りと下りは一方通行。万が一関係車輛が逆走して、衝突事故なんて起こしたら撮影どころではない。だから、前日の相談は飛ばしてしまったが、当日は実行するほかなかったのだ。スタッフは朝6時から部署ごとにパラパラと来る。担当者は8時出勤である。
担当者「当たり前だろ!そもそも事前に俺に何の相談もなく○△□×÷……」……ここで話を横取り。私「相談もなく他の警備会社が正面で誘導しているのはおかしいですよね?しかも警備会社さんにご挨拶もせずに。いや、実は昨日ご相談しようと思ったのですが、気付いたらお帰りになった後で、私もこんな筋が通らないことをしたくはなかったし、今ここでこうやって謝っている姿も昨晩寝る前に想像しておりました。本当に申し訳ありません。正面には私服の人間を立たせて、警備員はテナントさんの前だけで誘導するようにしますから、それでよろしいでしょうか?」……相手に話す隙を与えない。担当者「わかっているなら早くそうしてください」……少し冷静になった。私「すぐにやります。ご指導ありがとうございます」もうほとんどの関係車輛は入庫していた。ものの3分くらいで解決した。ここでなぜ、早朝に防災センターの警備員に挨拶しなかったのか?挨拶したところでダメと言われるか、担当者が来るまで待てと言われただろう。それが組織というものだ。だから、敷地外である正面入り口の外側を担当させた。外側なら防災センターも手は出せないからだ。これは経験から得た情報を元に論理的に考えた結果である。強引に実行して撮影中止のリスクはなかったのか?もちろんそのリスクも考えた。テナントは倉庫にとって顧客であるから、そこまで強引に指導はしてこないはずである。しかもやむを得ず警備員を配置した目的は、安全への配慮のためである。ビルオーナーのためでもあるのだ。大事な顧客を敵に回したくないということと、事故を起こしたくないというオーナーの欲望を元に考え、中止のリスクはないと判断した。逆に事故があったら即中止である。おかげで事故もなく無事に撮影を終え、テナントの担当者にも感謝された。しかし、前日の準備(相談)をしっかりしておけばこのクレームもなかったのだ。「そりゃひどい!」自分のことなのに激しく同意する守備範囲が広すぎると目が行き届かないこともある。そこでは何が起きても不思議ではない。最近ではロケ地に配慮してくれるスタッフも相当増えたが、やはり撮影に夢中になると忘れることもある。私も常に集中して全体を見渡していたら身が持たないから気を抜く時もあるし、やることは他にもある。路上駐車をしているトラックを移動してほしいとか、横のビルの敷地に照明を置きたいとか、現場で突発的に発生する事案にも対応しなければならないのだ。そんな全体を把握できていない時でも誰かがクレームを受けると、責任者として対応し
にいく。状況がわからないので、まずは聞く。もちろん、相槌を打ちながら相手に同調して聞いているのだが、3回目か5回目あたりで、「そうなんですか!そりゃひどい!」と言ってみよう。すぐに突っ込まれるはずだ。そこですかさず、「あ、すみません。うっかり本音が出てしまいました」から会話を始めるのだ。何度か使ったことがある。最初は本当に本音だった。あまりよく覚えていないが、住宅街で撮影中こんなクレームがあった。1台の車がカメラの前を通り過ぎ、先のほうで停まった。しかしハザードランプをつけたまま男性が下りて来て、そこからバトルが始まる。男性「責任者誰だ?」私「私です」すぐに駆け寄って行った。男性「撮影があるっていうのは知っているけど、あれじゃあ車庫に入れないじゃないか!」すぐに一緒に車のそばに行くと、家の車庫の反対側の垣根沿いに機材が並んでいる。道はそんなに広くないから、これではバックで入れようにも、切り返しを何度もしないと駐車場に車を納めることができない。普段車を運転しないスタッフが置いたのかもしれない。もしくは車庫に車が止まっていないから、あえてそこに置いたのかもしれない。車庫のゲート前には置いていなかったから、一応気を使ったのだろう。状況は話を聞くまでもなく一目瞭然であった。私「こりゃひどいなあ!すぐに片付けます」……と言いながら、わざと大きい声で担当部署に声をかけて手伝ってもらう。男性「早くしてくれよ」家の中から奥様が出て来て私を見るなり……、奥様「あら、先日はごちそうさまでした。入れ物の缶もカワイイし」私「ですよね。私もあの缶が好きなんです」男性がきょとんとしている。奥様「昨日食べたクッキー、こちらからいただいたのよ」男性も理解したようだ。一気に笑顔に。男性「そうか、ごちそうさま」私「だからと言ってこれはひどすぎるので、すぐにやります」……こういう時のスタッフの動きは特別早い(いつも早いのだが)。すぐに移動して車庫入れも誘導して差し上げた。もちろん最後に「お上手ですね!」のひと言も忘れない。そしてスタッフにも感謝の意を告げる。相手に思い切り同調すると、「こいつわかってるな」という信頼を得られる。本来は自分の管理不足なのだが、それを棚に上げ、クレームしてきた人の味方になって身内をコケにすると、それ以上言う言葉がなくなるのだろう。この時は奥様に救われたが、それも私
が事前にきちんと筋を通し、挨拶だけでなく世間話をして顔を覚えてもらったからである。みなさんも経験があるだろう。あっちの部署に行ってくれと言われて行ってみたら、また違う部署に行けとたらい回しにされたり、主催者の説明が足りずに違うチケットの列に並んでいて気付いたころには長蛇の列になっていたり。そんな時には文句の一つも言いたくなる。そしてクレームしてみたら、「そりゃひどい!」このひと言に救われないだろうか?もちろん、その後の対応は先頭を切って迅速かつ適切に行わなければならないが、これは使える。感情を込めて本気で言わないと他人事のように聞こえるので要注意。そして、もし勢いでスタッフを怒鳴ったら、パフォーマンスだったことを伝えてちゃんと謝ろう。「普通、名刺渡されたら自己紹介くらいしますよね?」で立場逆転何度も触れてきたように、とにかく悪意のある人ほど自分の正体を知られたくない。最近は携帯電話番号も入っているので名刺を渡すことに躊躇する人もいるが、所詮会社の名刺である。自分の住所が入っているわけではない。会社との契約で個人の携帯電話を使っていたとしても、しつこいいたずら電話はブロックできるし、逆に警察に届けて病気になって会社を休んでしまえばいい。そして、相手を訴えたらその賠償は大変だろうから、そんなことは望んでいないはずだ。これまで、事ある度に必ず名刺を渡してきたが、残念ながら(?)そういう被害にはあったことがない。私が病んで会社が潰れたら、億単位の賠償を請求するのだが。まあ、もらえるはずないか(笑)。クレーマーは大抵上から目線でくる。しかし、このひと言で形勢が逆転する。上の立場を維持したければ自己紹介をせざるを得ないのだ。しかし、教えたくない。次のカモを探したほうが得策だからだ。ただ、このセリフは出すタイミングが難しい。話を聞く前に言ってしまうと、相手がもっと怪物になって収拾がつかなくなるだろう。そうなってから状況を調べて、万が一こちらに非があったら、なんとお詫びしていいかわからない。だから、相手の話をよく聞かなければならない。その人がプロなのかアマチュアなのか、そのクレームが正当なものなのか理不尽なものなのかを判断してから、後半で発する言葉である。第3章でも述べたが、マウントを取って追い返すのは最終段階なのだ。わかりやすいキーワードは「誠意を見せろ!」。最初は勇気がいるだろう。確かに自分のやってきた準備に自信がない場合は、もしかしたらこちらが非常識な人間になってしまうので本当に気をつけたほうがいい。しかし、自己紹介されたら自己紹介をするのが常識である。常識に欠けた人にまともに対応する必要はないし、非常識な人に対して非常識な対応をとっても良心は痛まない。一度やってみると、次からは普通に言えるようになる。
理不尽な見返りを要求しているにもかかわらず、稀に名刺をくれる人がいる。これまでに二人いた。相当な場数を踏んでいるか、バックに誰かがいるか、ただ頭が悪い人である。その時は十分に気をつけよう。もう一度相手の立場になって自分のしてきた準備やサービスに落ち度がないか振り返りって確認し、場合によっては会社ぐるみで対応したほうがいいかもしれない。大抵私は高めの日本酒を持ってその日のうちに挨拶に行く。長期戦にしたくないからだ。「先日、ひどいクレームをもらって……」同業者に責任転嫁第3章の「法律は誰のためにあるのか?」や第4章の「情報武装」のところでも触れた「肖像権」がまさにそれだ。今あなたに不便をかけているのは、私ではなく別の大きなクレームが原因なのです……という会ったこともない誰かへの責任転嫁である。去年、銃刀法違反で4時間も拘束された。職務質問でパトカーに止められた時に、仕事で使ったアーミーナイフが車のグローブボックスに入っていたのだ。私が持っているナイフは人を傷つけるためのものではない。むしろ人を救うためのものだ。本来ナイフとはそういうものだ。警察には理解してもらえないが、これは警察のせいではない。通り魔殺人があまりにも多いから規制が始まったのである。実際、警察もそのような口ぶりである。セルフのガソリンスタンドで携行缶にガソリンを入れることができなくなって久しい。走行中の新幹線内でガソリンをかぶって自殺した人がいるから、簡単に手に入らないようにしたものだ。その後、京都アニメーションの放火殺人があり、今では普通のガソリンスタンドでも一回に20リットルまでしか購入できない。しかも免許証をコピーされる。私は仕事柄長距離を走るので常に携行缶を積んでいる。山の上に行くとスタンドの営業時間が短く、過去にうっかりして朝日のロケハンができないことがあったからだ。発電機を使うために日常的に携行缶にガソリンを入れる人にとっても面倒である。しかし、これもガソリンスタンドの責任でもなければ、指導する消防署の責任でもない。放火する人がいなければこうはならないのだ、ガソリンスタンドや消防署に文句を言っても仕方がない。この論理でいくのだ。さらに物事には二面性がある。コロナ禍の非常事態宣言のように、人の命を直接的に守ることを生業にしている人たちは外出や営業の自粛を呼びかける。片や商売がうまくいかなくなって破産し自殺をする人などが出るため、間接的に人命を護ろうとする人は経済を止めることに反対する。どちらも正しい。だからクレーマーが言うことにも一理あるが、こちらにも言い分がある。ハードなクレームが来た時に、「あなたはそうおっしゃいますが、前にひどいクレーマーが来て、すごい剣幕で怒られてこうなりました。私もお客様と同じ意見なので、社内で検討してもらえるようにやってみます」という話をしてみよう。結果を求められる場合もあるだろうが、その時は回答の準備ができるのだから、別の回避方法を模索する時間は十
分にある。「ひどいクレーマー」のくだりで相手の目を見てみよう。そして「お前のことだよ!」と心の中でつぶやこう。すると少しは気持ちが楽になるものだ。「私もそう思うのですが、多くのお客様からご意見を頂戴して……」賛同した上で一般論とすり替えるあちらを立てれば、こちらが立たない。そんなことは世の中にたくさんあるものだ。私のようにロケ地の調整をしていると頻繁にある。非常識な時間帯に撮影することも多いが、撮らないと観られない。水道管工事のようなもので、道路を掘って工事をしないと水が出ない。しかもその水は自分のところのためとは限らない。リスクを計算しながら中庸を見極めてうまく調整するのも私の仕事だ。これはクレームが来てからというより、クレームになる前段階の無茶な交渉の時によく使う手だ。ちょっと違うのはお客様がスタッフに変わるところ。例えば、夏に住宅街で朝日を浴びて歩く俳優さんを撮りたいとする。朝日が朝日である時間は日の出から30分もない。科学的根拠はわからないが、夕日にくらべて、朝日の時間は短い。あっという間に上がってしまう印象だ。極端な話をすると夏至の東京の日の出は4時26分。準備に1時間かかるとすると3時半から準備が必要になる。遅くても4時には現場に入りたい。場所は閑静な住宅街である。もちろん、いつもより入念に挨拶回りをする。静かにやると説明しても明らかに不機嫌な人もいる。夕日を朝日っぽく撮ればいいのではないか?などと言われることもある。実際にそうする場合もあるが、スケジュールの都合で夕日は別の場所で撮らないといけない場合もあるし、そもそも夕日と朝日はやっぱり違うのだ。朝日は金色に輝いている。そこにこだわるスタッフもいるのだ。そんな時は、「私もそう思ってスタッフを説得したのですが、特にカメラマンがこだわる人で……。実際、朝日のほうが綺麗に撮れるものですから、今回はすみません。なるべく静かにやりますから……」という具合である。まずは一旦責任回避。さらに「監督がもう頭がおかしいんですよ(監督ゴメン)」なんて笑いながら話したりもする。常識はずれなことを言っているのは承知の上だし、できれば私も迷惑はかけたくないというアピールをする。その上で少しでもよい映像を作りたいという情熱を見せるのだ。ここに嘘はない。有名企業もよい製品を作ろうとベストな環境で試行錯誤している。私たちも同じことを追求しているだけなのだ。なるべく妥協したくない。すると大抵近所の人がなんて言っているか尋ねられる。街にもよるが、多くの人は事情を説明すると「いい映像が撮れるといいね」と言ってくれる。基本的に表面上はみんな協力的だ。一般論を話すと、周りがそうなら仕方ないと折れてくれたりするのだ。
しかし、事前の挨拶回りを怠るとか、当日のスタッフの話声が煩かったら、きっとクレームの嵐だろう。中には警察に通報する人もいるかもしれない。前にも書いたが、道路使用許可を取ったところで、警察が中止と言えば撤収しなければならない。そうならないために、とにかく事前に筋を通すこと。相手から見たらこちらの都合を押し付けられているだけなのだが、この経験を他の業種に応用できないか考えた時、お客様から来たクレームを、「多くの他のお客様の意見とあなたの意見は違っていますよ」という主張をやんわりと伝えることによって、回避することができるのではないか?と考えた。お客様どうしを戦わせるわけにはいかないから、その真偽は最後までわからないかもしれないが、架空の話である場合には論理的に考えられた筋の通った内容でないと見破られる。そして、最後のひと言は自分の意見にして責任を負う覚悟を示すのだ。みなさんも自分の仕事に当てはめて考えてみてほしい。「ありがとうございます」これで一旦戦意喪失第2章の「勇気を出してクレームしてみよう」でも書いた通り、体験から学んだことだ。ある日、赤坂の通りで信号待ちをしていた私の車の横を自転車がすり抜けて行った。彼が背負っていたバッグが車のドアミラーにひっかかり、ミラーが逆を向いてしまった。左ハンドルだからすぐに戻せたのだが、謝らずに走り去ったのが気に入らない。この時も理由は忘れたが、何か気分を害することがあった後で少しイライラしていた。私は車を降りてダッシュでその自転車を追いかけた。信号で止まった彼のバッグを後ろからつかんで威勢よく迫った。顔も見ていないからこういう時は勢いが大事だ。その時の会話だ。私「普通、ヒトの車に当てたら謝るだろ!学校で習わなかったのか!」年下だと思っていたが、相手の顔を見たら私より先輩である。自転車「え?」私「今車のミラーに当たっていっただろ?」自転車「いや、気付きませんでした」私「ミラーが逆を向くぐらいの力だぞ。気付かないわけねえだろ!」自転車「そうなんですか?ありがとうございます。危うく気付かずに行ってしまうところでした」私「ありがとうって何だよ!」自転車「教えていただけなければ、そのまま行ってしまうところでした。すみませんでした。謝る機会を与えてくれたことに感謝します」私「まあ次から気をつけろよ!」……としか言いようがなかったのだ。さすがは人生の先輩である。
そう、クレームは、もしかしたら気付かなかったかもしれないことに謝る機会を与えてくれているのだ。彼が本当に気付いていなかったのか、もしくは気付いていたのにこの言葉を使ったのかはわからない。後者であれば相当な修羅場をくぐってきたに違いない。あまりにも自然体でこちらが恥ずかしくなったくらいだ。名刺をもらっておけばよかった。これは何度も使っているが、大抵すぐに帰ってくれる。もし、感謝するなら誠意を見せろと言われたら、そこから対応を変えればよい。ちなみに、私は人生の価値はありがとうの数で決まると思っている。だから、そう言ってもらえるように心掛けているし、日頃から「スミマセン」ではなく「ありがとう」と言うようにしている。「後日改めてご挨拶~にうかがいますので……」という恐怖の言葉悪意を持って誠意を見せる。効き目は抜群である。ある程度状況説明を受けた後、名前と連絡先と住所を尋ねる。相手の要望でこちらは名刺を渡しているのだから、同等の情報を請求しても問題はないはずだ。すると大抵、「こっちが迷惑かけられてんのに、何でお前にそんなこと教えなきゃいけないんだよ!」となる。ここからの切り返しは相手によって二通りある。一つ目は前の項で書いたように、「名刺をお渡ししているのに自己紹介をしないのは、非常識じゃないですか?」これは常識的に生きていそうな人には効果があるが、そうでない人にはあまり響かない。そこで二つ目は笑顔でイヤミたっぷりに、「相当なご迷惑をおかけしたようなので、後日改めてご挨拶~にうかがいますから」~の部分は0・3秒くらい間を空ける。挨拶という単語に含みを持たせるためだ。この「挨拶」の意味はいろいろだ。言葉って便利である。相手が勝手に想像することにこちらの罪はない。実はこのセリフを翻訳するとこうだ。「こっちは筋通してるのに他からきてごちゃごちゃ言いやがって、テメエん家に火い着けに行くに決まってんだろ!」間違っても口に出してはいけない。恐喝になってしまうからだ。しかし、本気で思わないと相手に伝わらない。本気になると顔は笑顔でも目が笑っていない。気持ちが波動で伝わるのか、目を見て察するのかわからないが、そこから相手が優しくなった経験が何度もある。もちろん個人データは教えずに立ち去っていくが、きちんと名刺は返してもらう。実際に一度だけ気付かれたことがある。相手は昔やんちゃだったであろう強面の年上の男性だ。「挨拶って、まさか俺ん家に火い着けようとか思ってるんじゃないだろうなあ!」そこで笑顔でこう答えた。「いやいや、誠意を見せろとおっしゃられるので……」
しかし相手のほうが上手だ。「鉄パイプにマジックで誠意とか書いてくるんじゃねえぞ!」完全に一本とられた。もう相手も笑っている。最後に「お前も食えねえ奴だなあ。まあ頑張れや!」と言い放って去っていった。その日、「誠意=鉄パイプ」と手帳にメモをした。日本語って難しい(笑)。私は放火をしたこともないし、鉄パイプで人を殴ったこともない。刺されたことがある人は何人か知っているが、人を刺したこともない。すべては妄想の世界である。どこまでなりきれるか。それが勝敗を分ける。しかし当たり前だが、成りきりすぎて実際にやってはいけない。何の得もないのだ。「訴えてください!」と言って訴えられたことはない話が平行線で、先に進まない時がある。もっとお話がしたいのか、どうしてもお金がほしいのかわからないが、相手の要求は到底呑めないが、あきらめてくれない。ただ、クレームの原因になったことはお互いに共有できている。そうなるともう価値観の違いということにするしかないのである。「もうこれ以上お話しても平行線なので、第三者に解決をしてもらいましょう。訴えてもらっていいですか?」もちろん訴えるわけがないと思っているから言えるセリフだが、万一訴えられても負ける気がしない時である。なんで訴えないと言い切れるかというと、相手の要求は2~3万円で、裁判で弁護士を雇ったら、あっという間に数十万かかってしまうからだ。勝てる可能性も薄いのにそんな馬鹿げたことをするはずがない。しかし、裁判が趣味みたいな人が鎌倉にいた。会ったことはないが、訴えられた制作会社やテレビ局もある。そんな人はこちらがなんと言おうと訴えるだろう。うまくいけば示談に持ち込んでお金をもらえるかもしれない。数打てば当たるというやつだ。一時、鎌倉市での撮影が自粛になったくらいその人は有名になった。当時の副市長に呼ばれて撮影を誘致したいがどうしたらよいか相談された時に、まずそいつをどうにかすればすぐに撮影は増えるとアドバイスした。最近は聞かなくなったが、どうしたのだろうか?一度会ってみたかった。「それだけは勘弁してください」負けを認めて笑顔でお願いする逆にこちらに非があって相手から訴えると言われた時はこれしかない。誠意を見せないとSNSにさらすとか、○○を知っているとか、こちらの弱みにつけ込まれた時である。そんな時はひたすら「それだけは勘弁してください!」と笑顔で言ってみよう。何を言われても答えは一つ、「勘弁してください!」これで粘るのだ。機材につまずいたとか、スタンドが倒れて当たったとか、実際に相手が怪我をしてしま
った場合は、すぐに病院に同行して診察をしてもらい、入院が必要な場合には相応の対応をする。保険会社に任せるだけでは駄目だ。毎日お見舞いに行くとか、必要なものを用意するとか、やれることは全部やる。私の現場ではないが、早朝の撮影中にジョギングしている人が照明のコードにつまずいて転んでしまい、膝を強打して入院したことがある。その方は某大手企業の社長だった。部下がしっかり対応してくれたおかげで私の出る幕はなかった。逆に感謝されてCMをつくる時は声をかけるとまで言われたそうだ。そこまで言われているのに私が出ていく必要はない。そんな時の私の仕事は部下を賞賛することだ。部下の手柄は部下のもの。それを上司が持っていったら部下からの信頼はない。そこまでではないけれど、例えば電源車(撮影用の電源車は相当静かなのだが)が煩くて仕事にならなかったとか、歩道を機材がふさいでいて歩けなかったとか、私だったら我慢できるようなことでも、これらは撮影隊がそこにいなければ問題にならなかったことなのだから、こちらにも非はある。訴えられたところで勝敗は微妙なところだが、訴えられたら受けなければならない。年間休日10日の私にとって生産的でもなんでもないその時間は無駄でしかない。それだけは避けたいのだ。なんとかその場で収めたい。だからといってお金で解決するのは納得がいかない。SNSでさらすというのも、名誉毀損とかで逆に訴えれば、もしかしたらこちらがお金をもらえるかもしれないが、それに対応している時間がもったいないし、その時点で負けた気がする。だから、とにかく謝り倒す。こういう時は、相手が納得するまで帰さない。粘っている間に世間話を交えて交流を深め、最終的には「すべて私が悪いのです。でも許してください」ということで、了承してもらうのだ。背中を丸めて小声で言うのではなく、堂々と胸を張って言うことだ。粘って長時間いろんな話をしていると、別れ際、もし訴えたら家の前で土下座して動かないですからね……なんて冗談を言えるくらいになる。粘り勝ちだ。ここでの勝ち負けは、相手に華をもたせようが、横柄な態度で何を言われようが、何事もなく引き取ってもらえれば勝ちである。肉を切らせて骨を絶つ。例えがちょっと違うかもしれないが、そんな気持ちで接している。ひたすら謝っても相手にお金を支払わなければよしとする。変なプライドなんかは捨てたほうがいい。プライドを持つ場所が違うのだ。沈黙先に口を開いたほうが負け。交渉の極意である。ファイナルアンサーを提案した時、相手が話し出すまで話さない。ダイヤモンド商社にいた時、宝石店にルース(裸石。指輪やピアスやネックレスの台座
に付ける前の石の状態のこと)の販売をしていたのだが、ここで鍛えられた。石に相場はあっても定価はない。だから、その都度価格交渉をする。キャッシュで買ってくれれば安くなるし、百貨店のように委託販売で、売れたら伝票を起こして請求するような場合は卸値も高くなる。金利分が乗るからだ。実際、現金で買ってもらっていた大手質店が経営するジュエリーショップの婚約指輪の小売価格は、私がデパートに卸す金額とほぼ一緒だった。デパートはそこに利益を乗せるのだから自ずと高額になる。そのかわりに付加価値をつけるのだ。価格交渉が終盤になり、最後に金額を提示したら後は沈黙。しかし、相手も交渉のプロである。いつもうまくいくわけではない。逆にこの金額じゃないと買わないと沈黙される場合もあるからもう我慢くらべである。この「沈黙」という交渉術はクレーム対応にも応用できる。しかし、最初から沈黙していたら先へ進まない。終盤で条件を提示した後や、毅然とした態度で締める時、最後に黙る。そして相手が了解してくれた瞬間、間髪いれずに元気に「ありがとうございます!」と言って頭を下げればよい。相手がこの手法を知っている場合もある。何分も沈黙がもつわけではない。その時はこの方法は諦めて、他の方法を模索しよう。相手に合わせてこちらの出方を変えていかなければならない。だからマニュアルが作れないのである。「申し訳ありません」このひと言で引き取ってもらう時の目線の位置『スラムダンク』というコミックをご存じだろうか?私はあまり漫画を読んでこなかったのだが、作家の井上雄彦氏と仕事をすることになり、少し読んでみた。するともう止まらない。大人買いして一機に読破した。バスケの漫画なのだが、ルールを知らない私でも最高に面白かった。そこに宮城リョータという人物が出てくるのだが、いつも目が据わっている。ハードなクレームが来た時は、彼の目を心掛けている。街を歩いていても、恐くて目を合わせられない人にたまに遭遇するが、大抵そんな目つきをしている。気付いたきっかけはお酒を飲んで酔っぱらった時に店のトイレで鏡を見た時だった。ヤベー!恐い人がいる!と思ったら自分だった(笑)。酔って完全に目が据わっていた。そこで目が据わると恐いのだという気付きがあり、練習してみることにした。最初はなかなかうまくいかない。そのうちコツをつかんだ。対象物の10メートルくらい先を見るのだ。そして焦点をなるべく合わせない。これなら相手の目を見て話せるし、相手もビビって少し引く。顔は笑顔のままがいい。あくまで真摯に対応しているように見えなければならないからだ。何度か「その目つきはなんだ?」と凄まれたことはあるが、笑顔で「いつもこんな顔なんで」とか、「たまに顔に出ちゃうんです」とか笑いながら返す。余裕なんかないけ
ど、頑張って余裕を見せるのだ。相手の目を見ていると言いづらいが、見ているのは10メートルも先なのだから、目を見ているようで見ていない。だから、むしろ自分との戦いである。まるで演技しているように淡々と話すのだ。第4章で書いたロケバスを覗いていた三人組の兄さんたちに対応した時は、最初からこの目でいった。後輩の一人が、「なんでなんスか?」と帰り際に話した時、頭の人が、「あいつはヤベエ!」と言っているのが聞こえた。明らかに争いごとの場数はむこうのほうが上である。目を据わらせて笑顔で話すだけで、場数を踏んでいる人でもそう思ってくれるのだ。「お騒がせして申し訳ありません」このひと言で何人が去っていってくれたことだろう。周りのスタッフから見ると不思議に見えるようだ。あまりにすんなり帰ってくれるから、「今なんて言ったの?」とよく訊かれる。しかしこの目、ある程度状況を見極めてからでないと後悔することになる。しばらく状況を静観し、間違いなくこちらに非がないと言い切れる時でないと、いきなりそんな目で対応したら相手は恐くて何も言えず、警察に通報するとか、SNSにあげるとか、そんな行為に出ることもあるだろう。よく状況を見極めないと墓穴を掘るかもしれない。自分が最初に対応して静観できない時は、相手の話を十分に聞いて状況を見極めてからでいい。「誠意を見せろ!」と言われてから豹変しても遅くない。あくまでも笑顔で話すのを忘れずに。まずは気持ちで負けないこと私の場合は撮影の度にそれぞれの場所で違った準備をするのだが、街によって人種が違うことに気付く。同じ東京23区でも、北東側と南西側で、クレームの数も内容も違う。私のように事前に筋を通していれば、北東側の住人は快く応援してくれる。職人も多いが、世代的には3代目とか10代目とか、江戸時代からそこに家があるという人もいる。余裕があるのだ。逆に南西エリアの住人は、初代とか2代目とか、まだ肩肘張って生きている印象がある。主張して今の地位を築いてきた人たちだ。だから、住人の目線になった時に、気を付ける点も違う。北東エリアの人にはとにかく筋を通す。その時点で間違いは許されない。逆に筋が通っていれば、かなり迷惑を掛けても細かいことは気にしない。お祭り好きな気質だからかもしれない。しかし、南西エリアの人は、筋を通そうが何をしようが、嫌なものは嫌なのだと主張してくる。それは道路使用許可の許容範囲からもわかる。だから、ちょっとした変更や深夜の撮影などは許されない。みんながそうだと言っているわけではない。警察にクレームが3本も入れば、こちらが悪者扱いになるのだ。10年くらい前、横浜の住宅地でナイターのロケをした。午前2時過ぎに撮影が終了し、
撤収が終わったのは午前4時頃である。高所作業車2台で月明かりを作り、照明機材の量も4トン車2台分。撮影が終了するとそれらの機材を積むためにトラックのパワーゲートの上げ下げの音がうるさい。さらに高所作業車のリフトを下ろすのも静かにしようがないのだ。照明部も気にしてくれていたが、こればかりはどうしようもない。家に囲まれた場所である。しかし、クレームはゼロだった。もちろん、会えるまで100軒くらい挨拶もしたが、最初からそういう街を選んでいるからだ。これが山の手の高級住宅地だったら、同じように挨拶してもクレームの嵐だったと思う。何が言いたいかというと、顧客に合わせて細部までチェックしないと意味がないということだ。そのための生の情報収集である。そして十分に準備して戦略的に対応すれば、気持ちで負けることはない。若い頃、米海軍の横須賀基地で撮影をさせてもらった時、指令官付きの広報担当から、こんな言葉を教えてもらった。「Alwaysjustoneperson.=常にただ一人」たった一人のせいですべてが台無しになるという意味だ。それ以来、この「たった一人」を出さないように準備をしてきた。とにかく、クレーマーに気持ちで負けずに堂々と対応するためには、それなりの準備が必要だということだ。この章で書いたすべての対応策は、完璧な準備ありきであることを忘れないでほしい。
[実録!お客に店のガラスを割られた話]今でこそ、適切にクレーム対応ができるようになったが、私も最初からできたわけではない。ビリヤード場の店長をやっていた頃、酔った三人組の若者が閉店間際に入ってきた。閉店であることを伝えたら、店の入り口の扉のガラスを蹴られて破損したことがある。金曜日の深夜0時過ぎだったが、私はその後デートの予定が入っていたのだ。若かったからね(笑)。その時の会話はこうだ。三人組「三人お願いします」私「すみません。もう閉店の時間なんです」三人組「だって看板の電気点いてるじゃん!」私「すみません。ちょうど今消すところだったんです」三人組「いいじゃん!1時間だけ突かせてよ。わざわざ階段上がってきた俺たちを帰すわけ?」上から目線で少しカチンときた。私「本当にすみません。駅の反対側のお店はまだやっているので、そちらに行かれてはいかがですか?」三人組「なんなんだよその言い方!ふざけんなよ!」私「すみません。また、お願いします」三人組「チッ!」相手は酒に酔った男三人、私は緊張しながらも事務的で、相手の気持ちも考えずに終始冷たくあしらった印象である。そして、階段を降りていってガラスのドアを蹴飛ばして破損させたのだった。音がしたので駆け下りて行ったら壁に穴が空き、ワイヤー入りのガラスに大きくヒビが入っている。すぐにまた階段を駆け上がり、スタッフの女性に110番通報を頼んでから、三人組を追いかけた。当時は俊足だったからすぐに追いつき、問いつめたがシラを切る。まだ防犯カメラを付けているのは大企業か金融系の会社、もしくは警察か暴力団事務所くらいのものだったから、片田舎のビリヤード場にそんなものはない。しかし、人の右足の靴から血がにじみ出ていた。揉めているとそこに警察官が到着し、相手も観念してくれた。近所のパチンコ店の従業員だった。翌月曜日、私の倍の年齢くらいの店長が謝りにきて、破損分は後日賠償してもらった。携帯電話がない時代、緊急事態があっても本社は稼働していないから、急連絡先がない。いや、あったのかもしれないが、上司の自宅の連絡先などどこかにしまいこんでいた。だから、月曜まで報告ができなかった。相手も同じ状況だったのかもしれない。
そして、現場がうまく対応していれば本社は動かなくてすむ。まだ20歳だった私も若気の至りで強気に出過ぎてしまったことを反省した。今ならこう対応するだろう。三人組「三人お願いします」私「あ!すみません。入り口の看板消すのを忘れてたけど、今日はもうおしまいなんですよ!」三人組「いいじゃん!1時間だけ突かせてよ。わざわざ階段上がってきたのに帰すわけ?」私「ですよね~。ところで、どこで飲んできたの?よく行くんですか?いいなあ~。俺も今度行ってみますよ。駅の反対側の店は系列店じゃないけど、まだやっているはずだから電話してみましょうか?」三人組「いやいや、今ここでやりたいんだよ。駅の反対側遠いじゃん!」私「そうだよね~。ホントにゴメンね。今度いっしょに突きましょうよ。サービスするからさ~。実はこれから大事なデートなんですよ」三人組「そうなのか~。そりゃ大事だなあ。じゃあ電話してみてよ」という感じだろうか。タメグチを散りばめているが、完全にタメグチではない。タメグチの使用率は相手の反応によって変える。深夜の若者にはこれくらいのほうが親近感もあってよい。これは私が今の年齢だからというわけではない。若くても、むしろ友達感覚にもっていってしまえるのだ。あの時こう話していたら、店の壁に穴も空かなかったし、相手も怪我をしないで済んだだろう。クレーム対応も場数を踏むと上手になる。しかし、ただ経験を繰り返すだけでは上達しない。ひたすら病んでいくだけである。常に反省し、冷静に試すこと。また、頭に血が上った状態で得るものは何もない。自分の愚かさを認識するだけだ。結局この日、警察の対応と片付けで店を出たのは朝の5時。約束はキャンセルせざるを得なかった。
■メールマガジン始めますクレームが来ないようにするための心構えと、ハードクレームに対応する時の心の持ち方について、可能な限りわかりやすく書いたつもりだ。しかし、受け取り方によってはわかりづらい内容もあったと思うし、紙面の都合で、実例、特に失敗例は書ききれていない。さらにクレームの内容は業種や職場によってさまざまだが、本文に書いた通り擬似体験を増やすことはとても有効である。リアルな体験情報を読者の皆でシェアすることができたら最高だ。そんな思いで、今回の出版を機にメルマガを配信することにした。仕事をしているといろいろあるよね?ネガティブなことはうまく回避し、時には正面からまともに受け止めて、ポジティブに歩んでいく。人生において多くの時間を占める〝仕事〟を〝遊び〟に変える術をたくさん盛り込んでいきたい。今すぐ登録して特典の未公開映像をゲットしてほしい。
おわりに最後まで読んでもらって、ありがとうございます。しかし、こでもう一度第1章を読み返してほしい。なぜかと言うと、クレームに対応する前にまずクレームが来ないようにすること。それが最も大事だからである。本文中にも再三書いたように準備を十分にしておかないと、この技術は使えない。第5章だけを見たら、いつも戦闘モードで生活しているように見えて、つまらないと感じてしまうかもしれない。確かに若い頃は常に緊張して現場に立っていた気がする。それは自分でもクレームにどのように対応していいのか、正解がわからなかったからである。クレームに限らず、何かイレギュラーなことが起きた時、今なら大抵のことは慌てずに対応できる。だから、逆に普段はあまり緊張することはない。経験と妄想を繰り返したおかげで、条件反射的に穴が見えるようになった。事前にやるべきことを正しくやっておけば、後は運に任せて当日を待つだけだ。もちろん、それでもクレームはなくならない。しかし、完璧に準備していると、「ああ、幸せじゃない人がここにもいた」くらいの心境で力を抜いた対応ができる。そんな人たちに幸せを感じてもらえれば大抵は丸く収まるのだが、冷静に対応しないとそれはできない。冷静に対応するためには、安心感が必要である。安心感を得るためには、答えが必要だ。その答えを少しばかり書いたつもりだ。私はリスクを見つけるのが他の人よりも早い。さらにそのリスクに基づいて予防線を張るのだが、その予防線の冊が他の人よりも広いから仕事がくるのだと思う。リスクが明確なら突っ込まれた時に法的根拠や現場の状況をもとに説明をする準備ができる。逆にどう考えても辻褄の合う説明が困難な場合は冊を縮める。不寛容な時代と言われて久しいが、あまり冊を狭くするとクリエイティブな発想が潰されて面白いCMが作れなくなってしまうのだ。クレーマーがCMの演出をしているのか?と思うくらいガチガチな現場もある。撮影スタッフの要望を極限まで実現した上で、さらにコンプライアンスを守るために、事前の準備をしっかりやって、撮影中は周囲に気を配り、ロケ地の人たちのハートをつかむために撮影後もコミュニケーションを欠かさないようにしてきた。20年、2000本以上のCMに絡んできても、ロケ地がらみの事情でオンエア後に揉めたり放送中止になったことは一度もない。スタジオ撮影ではなく、不確定要素の多いロケーション撮影においてこの実績は奇跡に近いと思っている。最近の若い人たちは極度に失敗を怖がっているようだが、交通事故と一緒で、小さい事
故をたくさんする人は大事故を起こさない。若いうちに小さな失敗をたくさんしたほうがいいのだ。上司に怒られる?評価が下がる?そんなことを恐れているうちは、まだ上司とのコミュニケーションが足りない。責任度の軽い若い時代に小さな失敗をたくさんしておかないと、マネージャークラスになってから大事故を起こして再起不能になる可能性がある。会社にとってもリスクのあることだ。だから、私は部下の失敗を褒める。動いていない奴は失敗しないからだ。会社や業界を辞める事態になる前に、些細な失敗は経験と割り切っていろんなことに100パーセントの情熱でチャレンジしてほしい。もちろんリスクの計算も100パーセントの情熱で。その上でやってみたら、どれだけ見えていないか実感できるだろう。それが次の役に立つのだ。自分の評価は他人がするものだ。それを考えると世の中が見えてくる。自己評価なんてしてしまうと、他人からの評価のほうが低い時にストレスが溜まる。だから、私は自己評価をなるべくしないことにしている。他人に伝わっていないのも自分のせい。では、評価を得るためにどうしたらよいか。それを考えるのも自分。もちろん他人がどう評価しようが、我が道を行くというのもありだ。しかし、クレーマーはそれを許してくれない。彼らに対して、どう自分を表現するのか。この本を参考にしてほしい。先日、ランチを食べながらこの原稿を推敲していたら、店長が何を書いているのか訊いてくるので、クレーム対応の本だと伝えた。すると、会計時に伝票を投げつけ、お茶が出てこなかったことを理由に昼食代を支払わずに帰った客がいると言っていた。決め台詞の「誠意をみせろ!」と言われて無料にしたらしい。ランチタイムの忙しい時間でホールのお姉さんもうっかり忘れたのだろう。「俺だったら、一旦謝って、『お茶代引いておきました!』って笑顔で言うけどな」と言ったら感心していた。もちろん、お茶は無料である。もう来ないそんなお客に食事代をサービスする必要はないのだ。お茶が出なかったら、「お茶ください」と言えばいい。それを気付くまで待ち、食事代を踏み倒すのが彼の価値観なのだとしたら、お客様としては願い下げである。こちらはこちらの軸で対応するまでだ。しかし、実はお金がなかったのかもしれない。そこまで話した上でお金がある時にまた来てくれと言ってサービスしたら、もしかしたら将来常連になるかもしれない。それはその後の会話をどうもっていくかである。基本的に私は人が好きだ。だから、あまり嫌いな人を増やしたくない。クレーマーの言いなりになってその人を嫌いになるよりも、できれば仲よくなったほうがいい。そのためには、どう切り返して、どう相手の笑顔を引き出すか。ストレスが多い現代においては気に入らないことも多いだろう。まずは相手を認めてあげること。それを心掛ければ道は開けるだろう。さあ、次はあなたの番だ。私はもうすぐ現場を退くが、どこにいてもコミュニケーショ
ンなしでは生きていけない。カウンターコミュニケーションの前にまずコミュニケーション。コロナ禍で直接話すことが極端に減っていると思うが、こんな時代は長くは続かない。何を買うかではなく、誰から買うか。そんな時代がもうずっと前から始まっている。コミュニケーションの力を舐めてはいけない。その力をつけてさえいれば、学歴も、経歴も、年齢も性別も関係なく、思い通りの人生を切り開いていくことができるだろう。仕事を遊ぼう。そして人生をもっと楽しもう。最後に、この本の出版に力を貸してくれた潮凪洋介氏、企画を拾って育ててくれたコスミック出版の渡部周氏、執筆が遅れたにも関わらず編集に尽力してくれた岩谷健一氏に感謝する。そして、これまでの25年間、クリエイティブディレクター、アートディレクター、プロデューサー、プロダクションマネージャー、監督、カメラマン、照明、特機、カメラカー、美術、録音部、ヘアメイク、スタイリスト他大勢のスタッフや出演者、さらに快く撮影場所を提供してくれた皆さんには、本当にお世話になりました。ありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願い致します。2020年10月三橋幸和
「ハードクレーマー」最強撃退法すごい!秒速で相手が黙る7つの「カウンターコミュニケーション」術
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