かつてウィリアム・ジェイムズは、「人は皆、科学者も含めて、よく知られたことに関しては、事実の裏付けがなくても確信してしまうものだ」と言った。
実際問題として、そのような「確信してしよう」ことは大目にみるべきだし、必要でもある。
目標は、時として見えないことがあるが、そんなとき何らかの仮定をしていけば、いまとるべき行動や現実的な振る舞いが決まる。
コロンブスは、大陸を発見する前に、それが西にあると仮定していたはずだ。そうでなければ、そもそも航海することはなかっただろうし、東西南北のどちらに針路をとるべきかもわからなかっただろう。
科学研究は、仮定を信じるからこそ可能なものなのである。そうした研究における実験は、でたらめに無目的ではなく、日標と方向性をもって行われている。科学者はまず、仮想的な真理、つまり事実ではなく推論に基づく仮説を打ち立てる。
そうして初めて、どの実験をすべきか、仮想的な真理の証明や反証となりそうな事実を見つけるにはどこを探すべきかがわかるようになる。
この章では、私自身の確信や仮説や理念をいくつか、医師としてではなくひとりの人間として伝えたい。
「ストレス学説」の提唱者である病理学者のハンス・セリエ博士が言ったように、ある種の「真理」は医学には使えないが、患者には使えるからである。
健康で長生きする体質になる
私は、脳や神経系を含めて、肉体というものはマシンに似ていると思っている。無数の小さなメカニズムで構成され、そのすべてが目的をもち、目標を目指しているのだ。
しかし、人間がマシンだとは思わない。人間とは要するに、このマシンを動かす存在で、このマシンに住みついて、それを方向づけ、コントロールし、手段として利用している存在なのだと思う。
人間がマシンではないというのは、電気がコードやモーターではないというのと同じだ。コードには電気が流れ、モーターは電気で回転するが、電気そのものではない。
私は、人間の本質は物質を超えたものだと思っている。
科学者たち(心理学者や生理学者や生物学者)は長い間、人間というマシンを動かしているある種の普遍的な「エネルギー」や活力があるのではないかと考えていた。
さらに、このエネルギーの量や使われ方が人それぞれで違うから、病気に対する抵抗力や年のとり方に個人差が生じ、一部の文夫な人だけが長生きするのではないかと思っていた。
この基本的なエネルギーが何であれ、そのもとになるものは、私たちが口にする食べ物から得られるエネルギーではないことは明らかだった。
食べ物から得られる熱エネルギーでは、病人が大手術を終えてすぐに回復したり、長く続くストレス状況に耐えられたり、ほかの人より長生きできたりする理由を説明できないからだ。
健康で長生きする人に備わった丈夫な体質は、私たちがかなり自由にコントロ―ルできる要素と関係がありそうだ。
そうした要素として少なからぬ部分を占めるのが、日標の設定を何度でもやり直せることだ。そのおかげで、人は意味のある生き甲斐をもちつづけられるのである。
あなたは実年齢よりも老けているだろうか。それとも若いだろうか?数えるということ自体、明らかに恣意的なものだ。なにしろ、一年を一二カ月でなく一五カ月にしたら、今度の誕生日は違う歳を祝うことになるのだから。
自己イメージがその若いほうの年齢を真実だと思い込んだら、あなたはいまとは違ったふうに感じたり行動したりするだろう。
ちょっと大げさな表現かもしれないが、三五歳なのに六五歳のような人もいれば、六五歳なのに三五歳のような人もいることは周知のとおりだ。
しかし、年齢そのものについての考えはともかく、人はみな、さらなる生命力を求めているものなのである。
肉体を癒せるのは肉体しかない
私たちは、揺りかごから墓場まで、毎日ストレスのある環境に適応していかなければならない。生きるということ自体ストレス、あるいは絶え間ない適応のプロセスである。
モントリオール大学のハンス・セリエ博士は、一九三六年からストレスを研究し、臨床的にも、多くの実験結果からも、基本的な生命力の存在を明らかにし、それを「適応エネルギー」と呼んだ。
セリエ博士は、人間の体に、特定のストレスから守る個別の防衛機構〈局所適応様式・LAS〉と、不特定のストレスから守る総合的な防衛機構〈総合適応様式・GAS〉があることを見出した。
ストレスには、適応や調整を要するあらゆるものが含まれる。極端な暑さや寒さ、病原菌の侵入、精神的緊張、生命の摩耗、すなわち老化のプロセスなどである。
セリエ博士はこう語る。
「適応エネルギーという単語は、一定の適応活動中に消費されるもののためにつくられたのであって、いわゆる食物から得るカロリーのエネルギーとは多少趣を異にしている。
しかし、これは単に名前だけであって、このエネルギーとはいったい何であるかということの厳密な概念は未だにもちあわせていない。
ここでは、この老化というものの根本に触れているとみられることから、この線にそったより一層の研究は、将来非常に有望なものとなりうるように思われる」(『現代社会とストレス』杉靖三郎ほか訳、法政大学出版局)
セリエ博士が明らかにしたことのなかで、私が本当に大事だと思うのは、肉体そのものに、健康を維持し、病気を治し、いわゆる老化をもたらす要因に立ち向かうパワーが備わっているという点だ。
肉体がそれ自体を癒せるということだけでなく、結局のところ肉体を癒せるのは肉体しかないということも、明らかにした。
薬にしろ、手術にしろ、そのほかさまざまな治療にしろ、たいていは防衛機構の働きが不十分なときにそれを刺激し、過剰なときには抑えることによって、効果を発揮する。
要するに適応エネルギーとは、病気を治したり、傷ややけどを癒したり、そのほかのストレスに打ち勝ったりするパワーなのである。
この生命の躍動、生命力、または適応エネルギーなどと呼ばれるパワーは、さまざまな形をとって現れる。傷を癒すエネルギーは、体のすべての器官の機能を維持するエネルギーと同じものだ。
このエネルギーが最高の状態にあると、あらゆる器官がよく働き、気分もよく、傷の治りは早く、病気にかかりにくくなり、どんなストレスを受けても早く回復し、若い気分で振る舞え、実際に生物学的に見ても若い。
したがって、傷を早く治させる非特異的療法には、人を若い気分にさせる効果もあるかもしれない。
また、痛みや苦しみを癒す効果のある非特異的療法で、たとえば視力を回復することもできるかもしれない。これこそまさに、医学が現在目指し、最も有望と思われている方向性なのである。
医学の謎のひとつ「プラジーボ効果」
私が手術した患者のなかに、血清を投与されなくても、投与された患者の平均と同じぐらい術後の治りの早いケースがあった。
それは、年齢や食事や脈拍数や血圧などの違いでは説明できなかった。それでも、治りの早い患者には、見てすぐに気づく共通の特徴があった。患者は、楽観的で陽気で前向きな考え方をしていた。
早く治りたいと思っているだけでなく、早く治るべき理由や必要性をもっていた。患者には望んでいるものがあり、そのために生き、そのために治ろうとしていた。
「仕事に戻らないといけない」とか「目標を成し遂げられるようにここから早く出ないといけない」と思っていたのだ。
心のもち方が、身体に備わった治癒のメカニズムに影響を与えうることはよく矢日′りれているプラシーボ、つまり偽薬の効果は、昔から医学の謎のひとつだ。
プラシーボには、いかなる種類の治療薬も入っていない。
新薬の効果をテストするために、新薬を与えるグループと新薬の代わりにプラシーボを与えるグループに分けると、プラシーボを飲んだグループは必ずと言っていいほど何らかの改善を示す。
改善の程度は、新薬を飲んだグループと変わらないことも多いという。
プラシーボを投与された被験者が、新しい風邪薬を投与された被験者よりも風邪に対する免疫が強くなった例まである。また、こんな話もある。
第二次世界大戦中、カナダ海軍は隊員の船酔い防止のため、新薬をテストした。グループーには新薬を、グループ2にはプラシーボを投与した。
すると、どちらのグループも一三パーセントしか船酔いにならなかったが、何も飲まなかったグループ3は、三〇パーセントも船酔いになったという。
プラシーボに効きめを与えたければ、それを投与する被験者に薬が偽物であると教えてはいけない。被験者は、具合がよくなるような本物の薬を飲んでいると信じているからだ。
このプラシーボの効果を、単なる暗示によるものだと見なすのでは、何も説明したことにはならない。
もっと合理的な説明は、「薬」を飲むと、具合がよくなるというある種の期待が生まれ、健康という目標のイメージが心に設定され、「創造のメカニズム」が身体に備わった治癒のメカニズムを働かせて、その日標が達成されるというものだ。
プラシーボ効果の存在は、現在では広く知られている。それは物質的な助けを借りた一種の強力な自己暗示的な療法だ。これは、サーヴォ機構が模擬的なものと本物とを区別できないことを示している。
それだけではない。
サーブォ機構が、本物の薬の助けがなくても、回復へ向かう肉体的変化をもたらすことをも明らかにしている。
活発な肉体的活動と精神的活動でいつまでも若々しく
人は、自らの思考によって自分を老いさせてしまう。
ある年齢なら老人だと思うと、無意識のうちに、自分のサーヴォ機構にネガティブな目標のイメージをセットしてしまう恐れがある。
つまり、老いることを考え、その到来を恐れると、知らぬ間にそれをもたらすことをしてしまう可能性があり、肉体的活動と精神的活動の両方を徐々に減らしていくのである。
活発な肉体的活動をやめると、えてして関節のしなやかさが失われる。また運動しないと、毛細血管が収縮して消えてしまい、体中をめぐって組織を活気づける血液の供給が大幅に減る。
毛細血管を広げ、すべての体組織に血液を送り、老廃物を取り除くためには、活発な運動が不可欠なのだ。
セリエ博士は、動物実験で体内にチューブを差し込んで細胞の培養実験を行った。生物学的な見解は定かでないが、そのチューブのなかに新たに若い細胞が形成されたという。
それを放置しておいたら、一カ月ももたずに死滅してしまった。
ところが、チューブのなかの液体を毎日洗い流して老廃物を取り除くと、細胞はいつまでも生存じつづけた‥ずっと若い状態のままで、老化もしなければ死にもしなかったという。
セリエ博士は、これが老化のメカニズムなのかもしれない、もしそうなら、老廃物が生じる速度を遅くしたり、老廃物を取り除くシステムの働きを助けたりすることで、老化を遅らせることができるのではないかと考えた。
人間の体の場合、老廃物は毛細血管を通じて取り除かれている。運動をしないと毛細血管が文字どおり「枯れる」ことは明確に立証されている。
人は、精神的。社会的な活動が減ることでも自分をだめにしてしよう。頭が固くなり、日々が退屈になり、大きな期待も抱かなくなるのだ。
三〇歳の健康な人でも、五年以内に老人にしてしようことができる。
その人に、自分がもう年老いて、運動するのは危険で、思考活動もだめだと、どうにかして信じ込ませる。
その人を一日中ロッキング・チェアに座らせ、将来の夢も何もかもあきらめさせ、新しいことへの興味を失わせて、自分自身を価値のないだめ人間と思い込ませれば、きっと老人を生み出せることだろう。
仕事、人生を引退しない
現役を引退すると、急に老けてしまう人が多い。活発で生産的な生活が終わり、自分の仕事はやり遂げたと思い、期待するものがなくなる。そして退屈し、活動しなくなり、自尊心をなくすことも多い。
すると疎外感にとらわれ、自分はもう重要な存在でないように思われ、老け込んでしまう。
こうした人たちは、役立たずで、価値のない、使い古しのお荷物という自己イメージを作り上げているのだ。だから引退して一年以内に亡くなってしまうケースがとても多い。
しかし、そうした人が亡くなるのは、仕事を引退したからではなく、人生を引退したからだ。
自分自身を用済みの役立たずと感じ、自尊心や勇気や自信を失っているからであり、現代の社会の風潮がそれに拍車を掛けている。
私たちは、時代遅れで非科学的な考えが、そこらじゅうにはびこっていることを認識する必要がある。
五〇年ほど前の心理学者たちは、人間の知能は二五歳でピークを迎え、そのあとは下り坂になると考えていた。
しかし、最新の知見によれば、人間の知能は三五歳あたりでピークに達し、その後七〇歳を優に超えるまで、そのレベルを維持できるという。
「老大に新しい芸は仕込めない」といった考えがまだ残っているが、実は学習脳力は七〇歳でも一七歳と変わらないことを多くの研究者が示している。
誰にでも長所と欠点がある。何らかの職業でキャリアを積もうとしている若者には、肉体的なエネルギーやスタミナ、偏見のない心、強い好奇心や冒険心、回転の速い頭といった長所があるかもしれない。
年配の人が同じビジネスの場で競おうとしても、はるかにスタミナに欠け、肉体的な困難に出くわすかもしれない。偏見を築き上げて創造性を阻み、保守的でリスクを嫌い、頭の回転が遅い可能性がある。
しかし元気な若者は経験が少なく、心が未熟で、実力を拠り所にした自信に欠け、他人からの信用も十分にない。
年配者には、実際的な経験――いまなお、これを知恵として崇めている文化もある――が豊富にあるので、それを重要な決断を下したり失敗をカバーしたりするときに利用できる。このように若者と年配者では、それぞれの長所と欠点が違うのだ。
会社の場合、そうしたいずれかの欠点は同僚や上司の力を借りて打ち消せるだろう。
そうした助言のための集まりを、実際の人間で構成できなければ、自らの豊かなイマジネーションのなかで「円卓会議」を開き、専門家にアドバイスを求めればいい。
つまり私が言いたいのは、人はいくつになっても、逆境や不幸や障害や病気に対してどう対応するかを自分で決められるということだ。
老化の兆候や表れに対しては、思い込みによる感情の反応が、実年齢や遺伝形質や薬と少なくとも同じぐらいの影響を与える。
このことを十分に認識すれば、サイコ=サイバネティクスの概念やテクニックを習得するモティベーションが高まり、実年齢より若いままでいられるはずだ。
一個の生命力としての自分を受け入れる
すべての人にとっての真の目標は、豊かさへ向かうことだ。幸せの定義は人それぞれだが、「豊かさ」を味わわないかぎり、人は幸せを味わうことができない。
豊かさとは、多くのことを成し遂げ、価値のある目標を達成し、人を愛し人に愛され、健康で楽しい日々を送り、自分自身と周りの人を幸せにすることだ。
私は、人間には「一個の生命力」とでも言うべき、ひとつの究極の本源があると思う。しかしこの「一個の生命力」は、多くの表現手段をもち、いろいろな形で姿を現す。
豊かさを手に入れたければ、「生命力」をもたらすルートに制限を加えてはいけない。私たちは、それが科学や宗教や心理学など、どんな形態でもたらされようと、受け入れなければならない。
もうひとつの大事なルートは、他人である。他人から手助けや幸せや喜びが与えられたり、逆にそういったものを他人に与えたりするのを拒むのはよそう。
他人からの手助けを受け入れないほど尊大になったり、他人の手助けをしないほど冷淡になったりしてはいけない。人からもらったプレゼントが、自分の好みに合わないからといって、そのセンスをけなしたりしてはならない。
最後に、自分は価値のない人間だからと思ってしまうことで「生命力」の受け入れを制限するのはよそう。
私たちは神から許しの感情と心の安寧と幸福を与えられているが、それらはすべて、自分を受け入れることによって発現されるのである。
本書で紹介したアイディアやエクササイズによって、私の患者の多くが、豊かさを手に入れている。みなさんにもぜひそうなってほしいし、私はそうなると信じている。
●注記*1コロンブス‥一四四六年頃〜一五〇六年。イタリアの航海者。一四九二年、アジアに向かってスペインのパロスを出発、西インド諸島サン・サルバドルに上陸、キューバ・ハイチに到達。その後、ジャマイカ、南アメリカ北部、一五〇二年、中央アメリカに到達。新大陸の発見者。
*2非特異的療法…それのもつ効果がただひとつの病気に限定されない治療のこと。
*3円卓会議…騎士たちとの身分の差を越えた触れ合いを願って、アーサー王が作らせたという丸テーブルでの会議のことをさす。アーサー王とは、六世紀のイギリス・ウェールズの武将。『アーサー王物語』の主人公。実在か否か不詳。
◎訳者あとがき
世の中に、「成功」や「目標の達成」をテーマにした書籍は星の数ほどあるとはいえ、本書は「成功」「目標の達成」が身近に感じられる書籍のひとつといえるだろう。
なぜなら、本書で述べられているのは、「目標を設定すると、自動的に成功できる」という極めてわかりやすい科学理論だからだ。
ただ、きちんと理解していただきたいのは、この理論が導き出された背後には、マルツ博士の長年にわたる級密な研究があるという点である。
マルツ博士は、形成外科医として、容姿にコンプレックスをもつ患者を世界各地で治療してきた。長年の治療を通じて、博士はある問題に直面した。
それは肉体的な治療はできても、必ずしも心の傷を癒すことはできない、容姿を治療してもそれ以外にコンプレックスをもちつづける患者がいる、ということだった。
博士は患者の「心」についても理解しようと心理学を学んだのだが、一九五〇年代になると、患者の心理的な面にますます興味をもつようになった。
手術を依頼する多くの患者が、肉体的なコンプレックスを大いに誇張した「メンタル・イメージ」をもち、望みどおりの新しい顔になっても不幸せだと感じ、自信のないままだったからだ。
博士は何十年にもおよぶ形成外科医としての多くの患者の治療経験と、心理学の学習に加え、誘導ミサイルの技術から催眠術まで幅広い研究をし、一九六〇年、後に大ベストセラーとなった『”∽Ko国〇あくω∪”Zu『Ho∽』を刊行した。
自らの知見と革新的なアイディアを披露したのである。マルツ博士の言葉のすべてには裏付けがあり、ほかの自己啓発書やビジネス書にはないおもしろさがあるといえる。
冒頭に記述されている「各国版合わせて全世界で三〇〇〇万部以上に達している」も、うなずけるだろう。
したがって、マルツ博士の理論が多くの人にとって―会社員、管理職、公務員、学生、主婦、定年退職者などなど――非常に有益になることを確信している。
それも、常に自分を向上させる意思をもち、また実際に行動している人ほど強力な手助けになるはずだ。本書を手にすれば、すでに「成功」「目標の達成」にたどり着いているといっても過言ではない。
現在、数多くの願望実現法、自己改善法が存在するが、マルツ博士の言う「リラックス」や「イメージ・トレーニング」が含まれていないものは皆無に等しい。
マルツ博士の考えを日常生活に取り入れて、自己改善したい、願望実現したいという方は、本書にはさみ込んであるハガキをお送りいただければ、詳しい資料が送られる。
最後に、マルツ博士の著書を通じてひとりでも多くの方が成功を収めることができるよう、心から願ってやまない。
田中孝顕
マクスウェル・マルツ・プログラム
サイコ=サイバネティクス理論の実践であなたのセルフイメージは成功に向けて始動する。「成功に至る道は苦難に満ちている。その道を究めるには不断の努力と強い精神力が欠かせない……」。
私たちはこれまで、このような「成功神話」を信じ、それが故に成功や目標達成がいかに困難なものであるかという先入観に縛られていました。
しかし、形成外科医の権威であり、また臨床心理学の研究者としても著名なマクスウェル・マルツ博士は、この″成功神話クに代わって、人間なら誰にも備わっている「サーヴォ機構」という成功回路のメカニズムに着目し、科学的な視点から願望実現のメカニズムをみごとに解き明かしました。
それがマルツ博士が提唱するところの「サイコ=サイバネティクス理論」です。ギリシャ語で「心の舵取り』を意味するサイコ=サイバネティクス。
この理論は「人が目標を設定すると、脳内のサーヴオ機構(自己像を正確に把握し、それに合わせて目標までの効率的な経路の選択・判断を無意識に行うメカニズム)が機能して、自動的にかつ確実に目標に到達する」というものです。
「マクスウェル・マルツ・プログラム」は、このサイコ=サイバネティクスを応用して考案された、画期的な潜在脳力開発プログラムなのです。
以下本を見てインプット
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