お金の病に陥る一番の原因は、お金には「しるし」がないことです。 その「しるし」とは、自分のお金なのか、他人のお金なのか、誰のお金なのかという問題です。 たとえば、仕事の代金としていただいたお金があります。それを自分の財布に入れておくと、自分のお金のような錯覚が起きてしまいます。百万円の現金が財布にあるだけで、たとえ他人のお金であっても、自分のもののような勘違いが起こります。 別の集金袋に入っている場合は別です。 もし、出先でほしいもの、必要なものに出会ったとき、自分のお金がなくても、後で返せばよいのですから、一時的に拝借して購入してしまうかもしれ
ません。もちろん、後ですぐに返すわけですから、特段の罪の意識など起こりません。 しかし、それを繰り返し続けると、完全に錯覚を起こしてしまうものです。ここで、自分のお金か他人のお金かの区別がつかなくなります。 また、このようなケースも起こります。それは、支払う立場の者たちです。もちろん社長に支払いの最終決定権がありますが、社長も会計担当者なども、金銭を扱う者はみな錯覚を起こしやすくなります。 それは、お金を支払う者といただく者の違いです。 お金を支払うと、受け取る側は頭を下げて感謝します。すると、支払う側は、常に感謝されているわけですから、自分を偉く感じてしまうのです。 ある八百屋の店主が、そのような勘違いをしないために、次のようなことをしていると言います。「八百屋という商売柄、昔ながらの笊銭が私の店のレジです。悪い言葉でいえばどんぶり銭です。どうしてかって? それはね、自分のお金なのか、他人のお金なのかがわからなくなっちまうからだよ。 ただ、毎日が支払い日、毎日が入金日という現金商売だから、現金を留めておくことがむずかしい。金がいっぱいあれば別だが、毎月の締めで支払いをすると、売り上げが自分の金のような錯覚を起こしてしまう。それに、無理な、無駄な仕入れはしたくないから、いつもニコニコ現金払いにしている。だってお互いにそのほうが嬉しいじゃない。 一日三万円の売り上げで一万五千円の支払いがあるが、一万五千円は人の金、残りのお金が会社のお金だ。私の給料は、そこからすべてを差し引いて、二十五万円いただいている。それだけだね、自分のお金は。 だがね、そのお金すら家族を養うお金だから、本当の私のお金はわずか三万円くらいだね。まるで、サラリーマンと変わらないよ!」 人間は不思議なものですぐに錯覚してしまいます。 たとえば、一日三万円の売り上げがあり、月に九十万円、年商一千八十万円となると、気持ちが大きくなります。これがさらに、年商一億、三億、五億となるとますます勘違いしやすくなります。 お金に「しるし」をつけると現実がよくわかるかもしれません。自分の自由にできるお金などないのかもしれません。
さを感じることができるようになりました。現金で支払いをすると、取引先の人たちは感謝してくれました。私は、現金をお渡しするときには、必ず『ありがとうございます』と言いながら渡すようにしています。 原始的だと言われますが、パソコンの印字ではなく、『手書きの金銭出納帳』をつけるようになりました。これは、誰に見せるものでもありません。あくまでも自分のために、自分の金銭感覚を誤らないように、明確にするためのものです。私はいま、自分のお金は存在していないという実感があります」 これは、あるコンピュータソフト会社社長のお話でした。 お金ってなんでしょう?「仕事を円滑にするためのもの」「生活するための大切なもの」「生きていく上での必要不可欠なもの」「幸せになるためのもの」「ほしいものを手に入れるためのもの」「安心できるもの」「困ったときに助けてくれるもの」 等々です。しかし、電車もバスもタクシーも買い物も、最近は現金を持ち歩かずカード一枚で支払う人が多くなりました。確かにとても便利な時代になりましたね。 その半面、お金を使うという実感がなくなり始めました。 カードは見た目やファッション的にもステータスとして利用されています。 しかし、すべて後払い、ツケ払いです。後払いということはその間、カード会社から借り入れしていることになります。 もちろん、銀行カードのキャッシングなども借金なのですが、若者たちには借金ではなく、キャッシングという耳に心地よい言葉なのです。 そして、請求書には支払いが印字され、銀行引き落としが常ですね。 このようにお金の常識がこれからの時代はさらに変化するものと思われます。しかし、お金には変わりません。 最近、本屋さんに行くと、家計簿や金銭出納帳なるものが出回っているのに気づきませんか? パソコンやスマートホンでできる時代なのに、アナログで手書き記帳式の家計簿が大量に売られているのです。 これは時代と逆行しているかのように感じますが、パソコンやスマートホンで数字を打つというデジタルでは金銭の実感がわからなくなるので、原始的な手書きの家計簿によって金銭感覚を意識づける役目を果たしているものです。 自分のお金なのか? 他人のお金なのか? 支払いのお金なのか? こづかいや遊興費なのか? 返済のお金なのか? それとも貯金なのか、がわからなくなってしまう時代です。 会社の売上金は社長のものではありません。入金も支払金もすべて人のお金です。社員の人たちの給料などもその社員のものではありません。 毎月決められた給料が銀行に振り込まれ、生活費を除いたすべては他人のお金です。 残された自由に使えるこづかいが自分のお金なのでしょうか? いや、こづかいさえも洋服屋に支払うお金、飲食店に支払うお金となるわけですから、もしかすると誰のお金でもないのかもしれませんね。 ただし、貯金は自分のお金ですね。
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