良い心配と悪い心配 私のもとに相談にこられた小早川院長は、疲れた表情でおっしゃいました。「今まで、どんなに小さな選択も、最悪のことまで想定して、院長としてすべての責任を負う覚悟をして決断してきました。でも、それがストレスで、いつも心が休まらないんです」 全責任を負っている、経営者という仕事。 そのプレッシャーから、小早川院長のように、常に最悪の事態まで心配してしまう方がよくいらっしゃいます。 とくに、真面目で責任感の強い方が、ハマりやすいようです。 誤解のないようにお伝えしますと、いつも慎重に最悪の事態まで考えておくのは、決して悪いことではありません。 そういう「不安の回避の仕方」で、安心を得るタイプの方もいるからです。 最悪のことまで想定して、それで安心が得られるなら、それは、「その人に合った心配の仕方」だと思います。 しかし、小早川院長のように、最悪の事態まで考えてしまうことが、ストレスの原因になってしまったら、それは「その人にはふさわしくない、ストレスになる心配の仕方」だと言わざるを得ません。 小早川院長に、たとえば、どんなことが心配のタネなのかをうかがうと……。「スタッフに気が強い人が 1人いる」 →「注意しても態度を改めない」 →「院内の雰囲気が悪くなる」 →「患者さんがこなくなる」 →「売上が下がる」 →「経営できなくなる」と、そんな具合。 事実は「スタッフに気が強い人が 1人いる」というだけです。 それなのに「風が吹けば桶屋が儲かる」形式で、連想ゲームのように「経営できなくなる」まで、考えが及んでしまう。 傍から見ると、たいした問題ではないのに、自分のなかでイメージが膨らんで最悪の事態へと発想が飛んでしまうのです。 小早川院長は、自分でも、それがストレスの原因になっているとわかっているのに、どうしようもないと……。 あきらかに、「ストレスになる心配の仕方」です。1つ先のことしか考えないようにする「最悪の事態ではなく、もう少し手前の段階で手を打つことに集中されてはいかがですか? 手前の、まだ問題が軽い段階なら、打つ手のアイデアも簡単に出ると思いますよ」「最悪になる手前の段階ですね」「そうです。『先が見えない未来を予測して悩むより、その未来が起きないように、手前で回避策を打つようにしたほうがよい』と考えるんです」「なるほど」「どうでしょう。これからは、問題が起きたら、1つ先の段階のことまでしか考えないと決めるっていうのはいかがですか? どうしてもその先を考えそうになったら、『いやいや、1つ先に対処すれば、その先は起こらないんだから、考えても意味がない』って思い込むんです」「思い込む……」「そうです。理屈がどうのというよりも、そう決めてしまう。『1つ先のことしか考えない。そして、そこに手を打つ』って、とにかく決めてしまうんです」「わかりました。やってみます」 感情コンサルでの提案で、「問題が起こっても、1つ先のことしか考えないようにする」と、思い込むことにした小早川院長ですが、実際にやってみると……、効果は絶大でした! ウソのように、ストレスが激減したとのことです。 もともと、小早川院長の心配事は、取り越し苦労がほとんどでした。 ですから、遠い未来のことを考えて悩むよりも、それが軽いうちに早めに手を打つことで、ほとんどの問題が解決したのです。「最悪の事態まで考えて心配していたのは、自分の『ただの悪いクセ』だったのだと気づくことができました」と、小早川院長はおっしゃいます。 最悪のことまでイメージできる、というのはある意味で才能です。そのイメージを、いい方向に変える癖をつけてください。 その後、小早川院長からは「毎日が楽しくなった」とのご連絡をいただきました。 繰り返しますが、トップが心配性で、慎重なのは、経営的には良いことかもしれません。 しかし、先のことを心配しすぎて、最悪のパターンばかり考え、ストレスになるのでは本末転倒です。 そして、不安を解消しようと、あらゆる事態を想定して、そのすべてに事前に手を打つとなると、実務を担当する社員たちは振り回されてしまって、たいへんです。未来がどうなるか、誰にもわかりません、心配するあまり、社員の時間をいたずらに奪ってしまうのは、最善な経営とは言えません。心配しすぎて、遠い先まで考えるのは、妄想のようなものです。どうせ妄想するなら、楽しいイメージを持って妄想しましょう。
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