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学ぶより真似ぶ

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商品に求められるもの

学ぶより真似ぶ

「柳の下の二匹めのどじょうを狙え」というのは、私は、商品開発の原則だと思っている。

何をすべきかと腕をこまねくときに「柳の下の」発想をすべきである。ある日突然、誰もが思

いもしなかった素晴らしい商品をつくり出すということがあり得るかどうかを考えてみるこ

とだ。そんなことはあり得ない。

「学ぶ」の語源は、マネをすることから言葉が煮詰まって「まねをする←まねる←まねぶ←

まなぶ」と活用変化したものである。人のマネをすることが恥だとか、他社の二番手商品を

つくるのは恥ずかしいとか、非難する向きがあるが、この考えをするほうが間違っているの

であって、マネはけっして悪いことではない。

商品の誕生というのは、A社、B社、C社の商品のAとBとCの各要素を分析して、自社

の商品化を実現するものであって、同じ草でも牛が食べれば牛肉となり、豚が食べれば豚肉

となるし、蛇が食べれば蛇の肉ができる。というわけだ。

同じ草を食べても、同じ肉とはならないことは自明の理である。企業体質によって異質の

ものが創成される。そこの企業の持っている技術で、今売れかかっているもの、今ヒットに

なりつつあるもの、非常に収益性が高いといわれている商品をさがしだし、それらのマネを

する。それは、たとえば後発であっても、売れ出せば先発を抜くことにもなる。

マラソンでも四二キロの後半で二、二番手に抜かれることがまれにある。消費者一人ひと

りが、Aが先発でBが後発などといつまでも意識していない。先発に利益が多いとか、有利

だとかは問題外だ。後発のほうが良い場合もある。利益の多い場合だってある。

要は勝負は結果である。

二番手商品をすぐさま出し得る能力、その体制のほうが私は、素晴らしいと感心すること

がある。だが、真似はできるようで、そう簡単にはできるものでない。

「写しこそ正道なり」という。

美術などの分野では、勉強段階でよくやらされていることだ。常に先人の技をクまねるク行

為によって、そのものの技能とか技術とかが発達している間に改良、改革が行なわれ、新し

いものが創造されてくる。

真似るには、組み合わせの能力が要請される。プラス「創造」が必要なわけである。このプ

ラスされるものがないと良いものは生まれない。

ファッションの世界などは特にそうなっている。

男「これ買ってやろうか」

女「こんなの誰でも着てるわ」

男「じゃあ、これはどう」

女「こんなの誰も着てないじゃない」

というように、流行遅れではいけないし、あまり飛びすぎてもいけない。ちょっと気がき

いているものという辺りが、ポイントになるわけだ。

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