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第1章 「地頭力」とは何か

目次

はじめに

■なぜいま「地頭力」が必要なのか?

あなたは日々の暮らしの中でどこまで本当に自分の頭を使って考えているだろうか? いま「考える」ことの重要性がかつてないほどに高まっている。

インターネットによる情報検索が発達し、世界中のありとあらゆる情報が一瞬にして入手できるようになった。

その結果として情報量という観点からは専門家と素人の差がほとんどなくなってきている。ところがこの膨大な情報量そのものが我々の世界をある意味で危機にさらしている。

ここに日本経済新聞の二〇〇七年四月二十日付の記事がある。

「コピペ思考」というタイトルで、インターネットで検索した内容をそのまま「コピー&ペースト」してレポートにする若い研究者のことが掲載されている。

インターネットの情報を使えば、表面上だけは専門家と同等レベルの論文を作成することが可能になったが、実は深い考察や事実・データによる検証に裏付けられたものでも何でもない。

これは情報の洪水とお手軽な検索ツールの発達による「コピペ族」の増殖に伴う人々の思考停止の危機の一例を表している。

インターネット情報への過度の依存は三つの意味での危険をはらんでいる。

第一は、素人参加型の情報源であるゆえ、鮮度が高い反面で精度に疑いが残るということ、第二は ITや通信技術をはじめとした技術革新等、環境変化が著しく速くなってきたために陳腐化が激しくなってきていること、そして最後に情報への過度の依存が思考停止を招く可能性があることである。

インターネットの向こう側にある情報の大海というのは諸刃の剣である。

検索エンジンによってすべての人間が膨大な情報への簡単なアクセスを手にした。

しかしこういった膨大な情報を単に「コピペ」するという姿勢で使っていたのでは人間の考える能力は退化していき、そのうちにコンピュータにその役割は取って代わられて、そういった人たちはたちまち大海の藻屑として散るだろう。

ただし、その反面で考える力(本書でいう「地頭力」)を身につけた人はこの膨大な情報を駆使してこれまでとは比べ物にならないような力を発揮できる可能性がある。

本書ではこの二極化を「ジアタマデバイド」と呼ぶ。

大宅壮一氏が「一億総白痴化」という言葉で、テレビの普及に対しての警鐘を鳴らしたのはすでに五十年以上も前のことである。

そしていま、ふたたび世界は「インターネットによる総白痴化」の危機を迎えているといっても過言ではない。

いまや漢字や電話番号はすべて携帯電話が「憶えて」くれており、単なる記憶力に関してですら、我々はますます頭を使わなくてもすむようになってしまった。

そうした危機感を反映してか、「脳力開発」「ロジカルシンキング」がビジネスパーソンの間でブームであり、数学が苦手な人や学生時代に理数系を専攻したビジネスパーソンに向けた数学本なども売れ行き好調のようである。

またこうした傾向は日本にとどまらず、日本で命名された「数独」は海外でもブームを巻き起こしている。

これから本当に重要になってくるのはインターネットや PCでは代替が不可能なエリア、膨大な情報を選別して付加価値をつけていくという、本当の意味での創造的な「考える力」である。

考える力を持っていれば、知識や経験が陳腐化すること自体は少しも恐れるに足らない。

最新の情報はインターネットでいくらでも入手できるから、あとは自分の力を使って考えることによって新しい知識をいくらでも生み出していけるからである。

本書ではこの基本的な「考える力」のベースとなる知的能力を「地頭力」と定義した。

「地頭」という言葉はコンサルティング業界や人事採用の世界では比較的日常的に使われていたが、定義があいまいで、かつ世間一般にはそれほど浸透している言葉ではなかった。

筆者にとっても明確な定義のあるものではなかったが、十年以上にわたって「徹底的に考えること」を使命とするビジネスコンサルタントとして現場で様々な問題解決をクライアント企業とともに実施していくうちに問題解決に必要なベースとなる能力が明確になってきた。

併せて若手コンサルタントとのプロジェクト活動を通じて、短期間で成長していくコンサルタントに共通の思考回路としての考える力のベースとなる部分、すなわち「地頭力」というものが存在することを強く意識するようになった。

そしてまたその本質が「結論から」「全体から」「単純に」考えるという後述の三つの思考力を中心とする三層構造であると結論づけるに至ったのである。

■そもそも「地頭」は鍛えられるのか?

読者の中には、「地頭とは生まれつきの頭のよさなのだから、そもそも『地頭を鍛える』ということはできない、あるいは自己矛盾した言葉なのではないか?」と思われる人もいるかもしれないが、それは本書における定義においては必ずしも正しくない。

確かに「地頭」という言葉が「生まれつきの頭脳」という意味で用いられる場合もあるが、本書における定義は「考えるために基本となる力」としての三つの思考力とそのベース力と定義しており、この意味における「地頭力」、特に三つの思考力というのは訓練によって必ずあるレベルまでは到達できると考える。

■「フェルミ推定」で地頭力を鍛える

それでは具体的に「地頭力」を鍛えるにはどうすればよいのか? 本書ではその具体的な訓練のツールとして「フェルミ推定」というものを紹介する。

筆者がフェルミ推定に初めて出会ったのは十年以上前、コンサルティング業界に入ってからのことであった。

当時はそれを「フェルミ推定」と呼ぶということは知らずに「日本中に郵便ポストはいくつあるか?」「ガソリンスタンドは何軒あるか?」といった、容易には算出困難な数値を算出する課題がコンサルティング会社の面接で問われるということで、好奇心をそそられて興味は持ったものの、その時点ではその本質や奥の深さにまでは気づいていなかった。

時を経てコンサルティングの現場での経験を重ねるうちに、コンサルタントの使命とする「問題解決」におけるフェルミ推定の本当の威力や、その奥の深さに気づいていくことになる。

フェルミ推定は問題解決の縮図であり、きわめてシンプルで誰にもわかりやすい敷居の低さを持ちながらも問題解決の方法論が凝縮されてここにつまっており、すぐに伸びていくコンサルタントはこのフェルミ推定の「ツボ」(基本精神)をしっかりと押さえている。

こうしたことからフェルミ推定が、先に触れた「結論から」「全体から」「単純に」考える「地頭力」を鍛えるための強力なツールと信じている。

インターネットには中毒性がある(これもテレビと一緒である)。

したがって、この「ネット検索中毒」から脱するのは容易なことではない。

考えるより先に検索エンジンへの入力の手が動いてしまうという「中毒症状」から脱して考える癖をつけるためには、「自らを羽交い絞めにして」でも検索をやめて一度立ち止まって考える癖をつけなければならない。

そのために「フェルミ推定」というツールを「ジアタマデバイド」への対策として活用してほしい。

■本書の構成

本書の構成は、まず第 1章では本書のメインテーマである「地頭力」について、その定義と意義、およびその構成要素について解説するとともに、今後必要な「考える」知的能力を持った人間として「地頭型多能人」(バーサタイリスト)というものを提案する。

次に第 2章で二つ目のキーワードであり、おそらくほとんどの読者になじみのない「フェルミ推定」の定義とその意義を解説し、次の第 3章で具体的なフェルミ推定の例題を用いて地頭力を鍛えるのにどう役に立つかの関連を説明する。

続いて第 4章では現実のビジネスへのフェルミ推定の精神の活用方法を紹介し、第 5、 6、 7、 8章では地頭力の各構成要素、三つの思考力とベース力に関して個別に詳細を述べる。

第 9章では再びフェルミ推定にもどって、その応用例を紹介するとともにフェルミ推定以外の地頭力強化のためのツールを紹介するという構成である。

「フェルミ推定」および「地頭力」に関して包括的に定義・解説した類書はこれまで存在しておらず、そうした点で本書は他に類を見ないものと考えている。

■「地頭力」でジアタマデバイド時代を生き残る

本書が対象とするのは、若手のビジネスコンサルタントや企業における「問題解決」を必要とする業務に携わるビジネスパーソン、あるいは起業家(とその予備軍)に加えて、「考える力」を向上させたいと考える学生や研究者等のすべての職業の人であり、今後の日本を背負っていく人たちである。

本書を通じて「インターネットによる思考停止の危機」を食い止めるとともに、これまで知識詰め込み偏重であった日本人全体の「地頭力」、ひいては問題解決能力が向上し、世界におけるかつての競争力を取り戻すことに少しでも貢献ができればと考えている。

フェルミ推定による地頭力トレーニングの世界へようこそ。

ぜひ「地頭力」という武器を持ってインターネットの情報の大海をうまく乗り越え、読者なりの「新大陸」を発見していただきたい。

ではよい航海を。

二〇〇七年十月細谷 功

第 1章 「地頭力」とは何か □「地頭力」を定義する ■「頭のよさ」は三種類/ ■「物知り」タイプの有する記憶力/ ■「機転が利く」タイプの有する対人感性力/ ■そして考える力が高いタイプが有する「地頭力」/ ■三つの力のまとめ □知的能力を「面」で語る ■旧来の会社経験で養われた「 Y Z平面」/ ■受験勉強で試される「 X Z平面」/ ■「知の触媒機能」に必要な「 X Y平面」 □「地頭力」の構成要素 ■ベースとなる三つの力/ ■地頭力に固有の三つの思考力 □なぜ「地頭力」が重要なのか ■「圧倒的に」生産性が上がる/ ■「結論から」「全体から」「単純に」は経営者の発想そのもの/ ■思考回路としての重要性/ ■トレーニングは二種類のアプローチ □「地頭力を鍛える」ことは可能なのか □「デジタルデバイド」から「ジアタマデバイド」へ ■地頭型多能人(バーサタイリスト)の時代へ ■第 1章のまとめ

□「地頭力」を定義する

まず第 1章では、本書のメインテーマである「地頭力」について定義をし、その内容について構成要素に分解して解説を試みる。

「地頭」という言葉は人材採用の世界やコンサルティング業界では比較的頻繁に用いられる言葉ではあるが、一般にはなじみの薄い言葉かもしれない。

あるいは一般にもなんとなく用いられてきたとしてもきわめて定義のあいまいな言葉であった「地頭」という言葉についての筆者独自の定義をここでは紹介する。

■「頭のよさ」は三種類

まず俗に言われる「地頭のよさ」とは何かを整理しておこう。

人材採用の場面でよく「地頭のいい人を採りたい」等という表現を聞く。

わかったようで定義のあいまいな言葉である。

これは世に言う「頭のよさ」とはどこが違うのだろうか。

読者のまわりの知人やマスコミに登場する有名人等の中から、「頭がいい」と思う人を思い浮かべてみてほしい。

およそ三種類に大別できるのではないだろうか。

第一は記憶力がよく何でも知っている「物知り」の人である。

複数のクイズ番組に登場して優勝をさらっているような「クイズ王」や、何カ国語にも通じている語学の達人等がこれに該当する。

こういった人たちの武器は記憶力に裏付けられた知識力といえる。

第二は、対人感性が高くて人の気持ちを瞬時に察知して行動できる、「機転が利く」あるいは「気が回る」タイプの人である。

このタイプはコミュニケーション力が高く、他人の気持ちを先回りして理解したり、自分の気持ちを率直に表現したりすることに長けており、感情に訴えることも得意なタイプである。

具体例としては、多数の出演者を相手に軽妙な切り回しをするテレビ番組の司会者、瞬時の切り返しで笑いをとるコメディアン、あるいはお客の「心」をつかむのがうまい優秀な営業マン等、直接の顧客接点の高い職種にもこのタイプの人が多い(数年前にベストセラーになった、『生協の白石さん』(講談社)の白石さんもこのタイプの典型だろう)。

そして最後のタイプが数学の問題やパズルを解くのが得意な「考える力」の強いタイプで、これを本書では「地頭がいい」タイプと定義する。

言い換えるとあらゆる問題解決をする上での基本となる考える力が地頭力といってもよい。

三つの能力はいずれもビジネス(あるいは日常生活でも)には不可欠な知的能力ではあるが、特に「地頭力」というのは、未知の領域で問題解決をしていく能力という点で、環境変化が激しく、過去の経験が未来の成功を保証するとは限らない現在において重要な能力といえる。

残り二つの能力にも簡単に触れた上でそれらの比較からの位置づけも踏まえて地頭力の重要性について整理しておこう。

■「物知り」タイプの有する記憶力

はじめに「物知り」タイプの人の有している能力、これは記憶力、あるいはその記憶力を利用した知識力である。

ビジネスであれ日常生活一般であれ、多種多様な知識を幅・深さともに有していること、あるいはそのための記憶力を有していることは何においても最大の強みの一つである。

何ごとも知らないよりは知っている方が有利な場面が圧倒的に多いし、自ら体験した知識としての経験は何ごとにも代えられない貴重な個人の資産となって働く。

しかしながら環境変化の大きい今日においては、単なる断片的な知識を豊富に有しているだけでビジネスの場を乗り切っていくのは難しくなってきており、この能力の相対的重要性は低下してきている。

この理由は大きく三つある。

第一はグローバルなインターネットの発達によって、情報入手が誰でも容易に行えるようになり、その道の専門家と一般人との情報量の差がなくなってきていることである。

いまや「グーグル( Google)」等の検索エンジンを使えば世の中に存在する公開情報は素人でも瞬時に入手することが可能になってきた。

その結果として、情報を持っていることそのものはほとんど意味を持たなくなってきてしまった。

必要なときに簡単に入手できるのであれば、なにも限られた人間の脳力を(コンピュータの方が得意な)記憶や検索に費やす必要はなくなってきたのである。

第二に世の中の動きが速くなり、情報の陳腐化が激しくなってきたことが挙げられる。

所詮陳腐化する知識であれば( I T知識が代表的であるが)、その道の専門家にもしなったとしてもそれで一生食べていかれる時代ではなくなってきているのである(もちろんそうでない領域も依然として存在する)。

最後の理由は、過去の経験そのものが未来の成功を即保証する時代ではなくなってきていることである。新しいビジネスモデルを考えていく上で過去の成功体験や法則というのは必ずしも役に立つとは限らない。

例えば昨今言われるインターネットの世界の「ロングテール」現象は顧客分析の定番であったパレート(あるいは 20/ 80)の法則(例えば二〇%の顧客が八〇%の利益を占める)が当てはまらなくなってきていることを表している。

■「機転が利く」タイプの有する対人感性力

二番目に必要な能力が対人感性力である。「場の空気が読める」という、理屈では説明のできない能力がこのタイプの人の有する特殊能力である。

一般的に言って、人間関係でもまれ、苦労している人にはこの能力の高い人が多い。ある意味合理性の対極ともいえる能力であるが、ビジネスや日常生活を円滑に進めていくには今昔を問わず必須の能力である。

特に「人を動かす」にはこの対人感性力が不可欠である。

前項で挙げた知識力と比較しての特徴としては、陳腐化することがほとんどないことが挙げられる。

■そして考える力が高いタイプが有する「地頭力」

三つ目の知的能力、これが本書のテーマとする「地頭力」である。

なぜ地頭力が重要なのか? 先述のとおり、コンサルティング会社等における人材採用の基準の一つになっている最大の理由は、「地頭のいい」人材というのは潜在能力が高く、どんな分野に取り組んでも業務知識の習得が速くて高いパフォーマンスが期待できるからである。

また地頭力というのは基本的に陳腐化しない。逆にいえば地頭力というのは昔から変わらない能力なのである。

■三つの力のまとめ

ここまで述べてきた「頭のよさ」は、言い方を変えれば、ビジネスや日常生活に必要となる知的能力の定義である。

ここでこれら知的能力における地頭力の特徴を他の二つの能力との比較で整理しておこう(表 1- 1)。

□知的能力を「面」で語る

次にこれら三つの知的能力の特徴をより具体的に把握し、イメージをより明確につかんでいただくために、これらのうちの二つずつの能力を組み合わせた各「平面」が活用される場面を解説しておこう。

■旧来の会社経験で養われた「YZ平面」

まず地頭力以外の二つの能力を組み合わせた「 Y Z平面」すなわち、知識・記憶力と対人感性力の組み合わせ平面を考えてみよう。

この平面が活用され、訓練される場面とはどんな場面だろうか。

代表的なのが、これまでの伝統的な日本の大企業においてであった。

伝統的な日本の大企業で成功するために必要な、言い換えれば社内で昇進するための能力は何であっただろうか。

例えば社内人脈、根回し力、「飲ミニュケーション」力、社内政治力、(以上主に Y軸)、特殊な社内ルールへの精通、これまでのビジネスモデルにおける実績、特殊な規制や業界事情、その業界内での成功要因に関する知識(以上主に Z軸)等ではなかっただろうか。

これらは図 1- 2に示すように Y軸と Z軸から形成される「 Y Z平面」の強さであり、この土俵でいかに戦えるかがこうした企業モデルにおける成功要因だったのである。

これまで中途採用のための面接試験において、「地頭のよさ」を試したいニーズがあったが、それはこの三軸のモデルで考えると簡単に説明できる。

中途採用の候補者を見きわめる際に履歴書等から、伝統的な企業で実績を上げているというのは、主にその候補者が Y軸と Z軸にすぐれていることを保証していることが多い。

ただし、残りの X軸、つまり「地頭力」の強さについては未知数であるためにこれは面接その他の方法によって確認する必要があるのである。

■受験勉強で試される「 X Z平面」

次に「 X Z平面」であるが、これが最大に生かされ、あるいは鍛えられる分野というのが大学受験を筆頭とする「試験勉強」である。

試験勉強で成功するための要因は何か、それは大きく二つのタイプに分けられる。いわゆる「暗記型」( Z軸型)か、「理数系型」( X軸型)かである。

先の採用試験にもどると、履歴書からわかる学歴の高さや各種試験への合格実績というのはほぼこの「 X Z平面」の面積が大きいことを意味するのだが、これには Z座標の大きさで面積を稼ぐか、 X座標の大きさで面積を稼ぐかの二とおり(あるいはその両方)があるために、候補者がどちらのタイプかを試すためにフェルミ推定等の質問が用いられるのである。

■「知の触媒機能」に必要な「 X Y平面」

最後の平面が「 X Y平面」である。

この平面は「考える力」の地頭力と「伝える力」の対人感性力の組み合わせであり、表 1- 1にあるとおりに一度身につけてしまえば(あるいは生まれつき持っていれば)陳腐化することが少なく、死ぬまで役に立つスキルセットである。

この平面は残りの一軸である Z軸(知識・記憶力)を活用し、増幅させてさらに新しい知識を生み出して伝達していくという点でいわば「知識の触媒機能」ともいえるもので、知識の増殖・伝播機能を果たすと考えられる。

知識の陳腐化が激しい現代にあっては、インターネット等で収集した情報・知識をこの X Y平面の力で増幅させて新たな知を創造して付加価値を創出していくというのが理想的なサイクルと考えられる(図 1- 4)。

□「地頭力」の構成要素

次に、地頭力そのものを構成要素に分解してみよう。

地頭力は図 1- 5に示すような構造になっており、 地頭力の直接的な構成要素となる三つの思考力、 それらのベースとなる論理的思考力と直観力と すべての基礎となる知的好奇心という三層構造と定義できる。

これらの構成要素を個別にみてみよう。

■ベースとなる三つの力

まずは問題解決に対する知的好奇心がすべての基本となる、いわば地頭力の原動力である。

次に地頭力のベースとなるのが、論理思考力と直観力である。

昨今のロジカルシンキングブームではかなり拡大解釈されている「論理思考力」であるが、狭義でいうところの論理思考力とは基本的に「事象間を筋道立てて考える力」という定義とする。

これはいわゆる左脳的思考、あるいは「サイエンス」的な発想である。

このブームの中では思考力 =論理思考力と捉える考え方もあるが、「地頭力」には少なからず「ひらめき」を伴う右脳的思考あるいは「アート」ともいえる直観力が必ず必要とされる。

■地頭力に固有の三つの思考力

これらをベースとした上で「地頭力」固有の要素が、 「結論から考える」仮説思考力、 「全体から考える」フレームワーク思考力、 「単純に考える」抽象化思考力の三つである。

本書では主にこの「三つの思考能力」を地頭力の主たる構成要素として議論する。

表 1- 2にこれら三つの思考力の概要比較として、そのプロセス、ポイント等を示す。

□なぜ「地頭力」が重要なのか

なぜ地頭力が重要なのか? 時代の変化によって、知的能力に占める重要性が知識力から地頭力に変わってきていることは前述のとおりだが、具体的にはどんなメリットがあるのだろうか。

■「圧倒的に」生産性が上がる

まず最大のメリットは、地頭力を鍛えると圧倒的に仕事の生産性を上げる(効率的に進める)ことができるのである(「圧倒的に」というところがポイントである)。

具体的に三つの思考力を習得するとどんなメリットがあるかみてみよう。

まずは仮説思考力である。

「結論から」考えることによって、最終目的まで最も効率的な方法でたどり着くことができるようになる。

会議を何度も何度も繰り返しても話が発散して行ったり来たりしたあげくにまったく結論が出ないという経験をしたことはないだろうか。

常に最終目的を意識した上で結論から考える癖をつければ、こうしたことは最小限に抑えられるようになり、会議を有効に進めて所定の結論に導いていくことができるようになる。

次にフレームワーク思考力である。

「全体から」考えることと生産性向上にどういう関係があるか?「全体から」考えることの最大のメリットはコミュニケーションにおける誤解や後戻りの最小化である。

部分から考えるということは個人の思い込みや思考の偏りを排除できずに、途中で誤解が発生してコミュニケーションの後戻りによって非効率になるのである。

「全体から」フレームワークで考えるというのは、はじめから全体像を共有してから議論を進めるという点で後戻りを最小化することができるようになるのである。

最後に抽象化思考力である。

「単純に」考えることによって、意思統一が図りやすくなるとともに、抽象化思考の本質である、「応用力を広げることによって少ない知識を様々な範囲に応用して、新しいアイデアの創造や効率化等を飛躍的に図っていくこと」ができるようになるのである。

三つの思考力の具体的な応用等の詳細に関しては第 5、 6、 7章で解説する。

■「結論から」「全体から」「単純に」は経営者の発想そのもの

「圧倒的に生産性が高い」人たちの例として、経営者を挙げておこう。

世の経営者やトップマネジメントと呼ばれる人たちは地頭力が高い人が多く、思考回路が「結論から」「全体から」「単純に」考えるようにできていることが多い。

これはなぜか? 理由は大きく三つほど考えられる。

まず、経営者が全体思考であるのは納得できるであろう。

あくまでも部門代表者でなく、一般社員よりははるかに上空から会社を見ていく必要に迫られる。

第二に様々な経営課題を次々とこなすために、記憶力だけでは太刀打ちできず、膨大な知識を整理し、活用するための考える力が必須だということである。

そして最後に、経営者というものは基本的に人並みはずれて忙しく、時間がないと同時にその中で最高の結果を求められるからである(ここでは特に「圧倒的な生産性」が要求される)。

では忙しく時間がないとなぜ自然にこういう思考回路になるのか? 「結論から」というのは明らかだろう。

検討や分析の経過が延々と続くプレゼンテーションをしていると、経営者は間違いなく「早く結論を言ってくれ」となる。

経営層にプレゼンテーションや説明をする際に注意すべきことというのは、こうした思考回路に合わせてこちらも説明する、つまり「結論から」「から」「全体から」「単純に」説明することが必要となるのである。

コンサルタントの面接試験で地頭力が試される重要な理由の一つがここにある。

こういったツボを押さえていないと、経営層に説明する機会があっても要領を得ずにコミュニケーションがうまく取れない場合が多い。

この大きな理由は、まず「結論から」でなく「プロセスから」説明してしまって「結論は何なの?」と相手をいらだたせることである。

また「全体から」考えることができないと、いきなり対象のトピックから説明して「今日はいったい何の話?」ということになる。

そして「単純に」考えられないと、複雑かつ冗長な説明で「要するに何なの?」ということになってしまう。

また当然のことながら説明はシンプルでなければならない。

つまり、「単純に」説明することも求められるのである。

もちろん、一口に経営層といっても中小企業のオーナー経営者から大企業の取締役まで様々ではあるが、「会社全体の経営」という視点で考えることと地頭力との関係はおわかりいただけると思う。

■思考回路としての重要性

もう一つ、地頭力を鍛えることの有効性を記しておこう。地頭力というのは、ある意味人間の行動パターンの基本となる「思考回路」である。

これを変えるとすべての行動パターンが変わってくるために、単なる行動を一つ一つ変えるのとはインパクトの大きさがまったく違う。

図 1- 6を見てほしい。

これは人間の思考回路と個々の行動との関連を示したものである。

図中の「磁石」が思考回路、表面上の各「コンパス」が一つ一つの行動と考えてほしい。

人間の行動というのは根本にある思考回路で支配されているので、表面上の行動を個別に修正しようと思っても思考回路が変わっていない限り簡単に変わることはできない。

行動様式を一変させるためには思考回路をがらっと変える、すなわち「地頭力」のようなベーシックな思考回路を変えていく必要があるのだ。

■トレーニングはニ種類のアプローチ

ここまでの議論を踏まえた上で、人材育成のアプローチを考えてみよう。

人を育てていくには大きく二つのアプローチがある。すなわち 「磁石」のレベル、すなわち思考回路を変えるか、 「コンパス」のレベル、すなわち個別の行動を変えていくかである。

この二つのアプローチにはそれぞれ長所短所がある。

の思考回路を変えるアプローチというのは、一気に行動パターンを変えてしまうという点でより本質的・根本的アプローチである反面で、実行して効果を上げるには時間がかかり、難易度も高いという問題がある。

一方で の行動のレベルでの改善というのは一件一件が具体的であって、改善が簡単である反面でやっていることが表面的になってしまう。

また、その場では直ってもすぐにまた元にもどってしまうという弱みと裏腹の関係になっている。

山本五十六の「やってみせて 言って聞かせて やらせてみて ほめてやらねば 人は動かず」という言葉は主にこの の行動レベルを徹底的に攻略するという方法論である。

このレベルでさえ率先垂範して指導してもなかなか人を動かすのが難しいと言っているのだから、 のアプローチを取るのがいかに難しいかはおわかりだろう。

ただし、磁石を変えない限り決して根本的な解決にはならないため、 をうまく両方生かしながら人材育成を図っていくことが重要となる。

□「地頭力を鍛える」ことは可能なのか

ではそもそも、その思考回路たる地頭力を鍛えることは可能なのだろうか? 「はじめに」で述べたとおり、本書での「地頭」の定義は生まれつきのものという意味ではなく、考える上で基本となる力としており、訓練によってある程度までのレベルアップは可能である。

「地頭」という言葉は野球などでいう「地肩」という言葉に似ている。

例えば「地肩が強い」という言い方をする。

これには「生まれつき」の肩の強さであるというニュアンスも含まれるが、むしろ投手にも捕手にも外野手にも汎用的に何にでも通用する基本動作としての肩の強さという意味がある。

「地頭」も同様で、あらゆる思考の基本・土台となる考え方というニュアンスである。

これには生まれつきの素質の部分も少なからずあるが、訓練で鍛える余地は十分にあり、現に筆者の周囲のコンサルタントも含めて、日々の絶え間ない訓練と「場数」で間違いなく向上するのである。

「地頭力を鍛える」というのはダイヤモンドの原石を磨いて輝きを出すようなものである。

どんな原石でも丹念に磨けば必ずある程度は光り輝くようになるし、またどんな人も輝くべき原石の要素を有しているのである。

また、地頭力は毎日の習慣のたまものであるともいえる。

「考える」という行為は、そのアウトプットの良否もさることながら、習慣づけをすることそのものが最大の威力となるのである。

そういった意味でも、本書で提案するようなプロセスやツールを使って考える習慣をつけるだけでも「地頭力」を向上させることができることに疑いの余地はない。

□「デジタルデバイド」から「ジアタマデバイド」へ

インターネット革命によって、「専門家」の「素人」に対する優位性は大きく変わってきた。

インターネット以前というのは、専門家と素人の間に圧倒的な情報量や知識・経験の差があり、これが個人の能力差となってあらわれていた。

ところがインターネットというツールの普及の結果、これをうまく活用すれば情報が簡単に入手でき、活用次第によっては専門家に近い知識を素人が身につけることも簡単にできるようになった。

電子メールや eコマース等のインターネット黎明期に問題になったのが、「情報リテラシー」と呼ばれる I Tを使いこなすスキルの有無や技術インフラ所有の有無による二極化、すなわち「デジタルデバイド」であった。

その後携帯電話におけるインターネットの活用の飛躍的進展による若年層への広まりや PCの使い勝手の向上、ブロードバンド化等によってデジタルデバイドは解消してくるとともに、「考える力」の有無による新たな二極化の時代がやってきた。

本書ではこれを「ジアタマデバイド」と呼ぶ。

検索エンジンの飛躍的発達による情報の氾濫や消費者参加型の時代の到来によって、「素人」の活躍の場が圧倒的に増えてきた。

ただしあくまでも、「自分の頭を使って考えることのできる素人であれば」という条件付きである。

考える力を発揮すれば膨大な情報・知識を活用して指数関数的に増幅させ、従来型の専門家を圧倒的に凌駕することがあっという間にできる時代になった一方で、「コピペ族」と化して思考停止してしまえば、何も考えなくてもよい時代にもなりつつある。

この二極化を示したのが図 1- 7である。

■地頭型多能人(バーサタイリスト)の時代へ

本章のまとめとして、「ジアタマデバイド」の時代に地頭力を最大限に活用できる今後のあるべきビジネスパーソンの姿を、三つの知的能力の観点から提起しておこう。

インターネットを中心とした I Tによって世界が劇的に変化し、「フラット」な構造になるという内容の著書『フラット化する世界』(日本経済新聞社)の中でトーマス・フリードマンはこの時代に必要な人間のタイプとして「バーサタイリスト」(なんでも屋)という言葉を挙げている。

この「バーサタイリスト」というのは米国の I Tコンサルティング会社であるガートナーグループが二〇〇五年に初めて定義した造語で、一言でいえば、適応力があってどんな分野でも実績を上げることができる人のことである。

この言葉の語源となった versatileという言葉(形容詞)を辞書で引いてみると、図 1- 8のようになっている。

ではこれらの意味も踏まえて「適応力が高い」とはどういう意味なのか? これは(陳腐化の速い)知識力ではなく考える力、すなわち「地頭力」で勝負するということではないだろうか。

これまで述べてきたように、地頭力の高い人は専門分野であるとないとにかかわらずに収集した情報、既存の知識や過去の経験をもとにして「自らの考える力」で常に環境に適応しながら次々と新しい知識を生み出していくことができる。

この能力があるがゆえに、地頭力の高い人は「多芸多才」なのだ。

まさにこれからの時代に適した人材に必要な最大の知的能力が地頭力であるということがおわかりいただけるであろう。

本書ではこうした能力を持つ人を「地頭型多能人」と定義する。

「ジアタマデバイド」の時代を生き残り、インターネットの膨大な情報を最大限に活用して社会に大きなインパクトを与えるのはこうしたタイプの人間になっていくだろう。

これを従来日本の社会で必要とされてきた人材との比較で論じてみよう。

図 1- 9を見てほしい。

これまでの日本のビジネスに必要だったのは、「 YZ型」の人間であった。

同図の上段に示したのが、従来必要とされてきた「レガシー会社人」である。

主に重要であったのは、 Y軸(対人感性軸)と Z軸(知識・記憶力軸)であり、知識や経験そのもの(例えば規制に守られた業界の特殊な知識や過去の成功経験、あるいは欧米や先進他社からのベストプラクティス等)であった。

知識や経験を有することが他者(社)との差別化要因であり、一度専門家になればこれで「何(十)年も食べていけた」時代のことである。

そこでのスキルセットのタイプは例えば特定の専門分野に詳しい「スペシャリスト」、組織内の各部門を数年おきに渡り歩いて広範な知識を習得した「ゼネラリスト」、あるいは一つの柱となる専門性を持ちながら全体も広く浅く学んだ「 T字型人間」、一つの専門性を深掘りしている間に周辺分野の知識も広げていった「 V字型人間」等であった(図 1- 10)。

ここで特徴的なのは、タイプは異なるものの、これらはすべて「 Z軸」の特性のことを語っていたのである。

時代は変わり、知識の陳腐化が激しくなるとともに、グローバル化が進展してこれまで規制により守られてきた業界にも波及することによって特殊な業界知識も相対的にその地位を低下させてきた。

ここで必要となるのは、特定の知識に依存することなく、膨大なインターネットの情報を最適に活用して「自分の頭で考え抜いて」新しい知識を生み出せる力、つまり地頭力を持った「地頭型多能人」(バーサタイリスト)なのである。

必要なスキルセットは知識の幅と深さの議論ではなく、「軸の転換」が重要になってきたのだ。

(図 1- 10の下)もはや知識力そのものは「目的」ではなく、次の新しい知識を生み出すための「手段」としての意味合いの方が大きくなったのである。

次章以降では本章で定義した地頭力を鍛える方法や地頭力の構成要素となる思考力についての詳細な説明を展開していく。

■第 1章のまとめ

人間の知的能力には三つある。

知識・記憶力、対人感性力、そして地頭力である。

地頭力とは「考える力」の基礎となるものであり、三つの思考力(仮説思考力、フレームワーク思考力、抽象化思考力)とベースとなる三つの力(論理思考力、直観力、知的好奇心)から構成される。

仮説思考力とは「結論から」考える力、フレームワーク思考力とは「全体から」考える力、抽象化思考力とは「単純に」考える力である。

地頭力を鍛えるとものごとを「圧倒的に」効率よく進めることができるようになる。地頭力とは考えるプロセスと習慣であり、訓練によって鍛えることができる。

インターネットの膨大な情報に溺れる人と大量な情報を考える力でさらに増幅させる人との二極化(ジアタマデバイド)が起きる。

ジアタマデバイドの時代に必要なのは、知識力そのものよりも新しい知識を次々と生み出せる地頭力を持った地頭型多能人(バーサタイリスト)である。

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