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第4章そもそも、「パワハラ」「いじめ」とは何か――法の視点で考える

第4章そもそも、「パワハラ」「いじめ」とは何か――法の視点で考える

「パワハラ」「いじめ」を法的に見るとここまで、パワハラやいじめに関連する三つの事例を見てきた。パワハラやいじめは、「職場において、地位や人間関係で有利にある立場の者が、弱い立場の者に対して、精神的又は身体的な苦痛を与えることによって働く権利を侵害し、職場環境を悪化させる行為」と定義されることがある。この定義にそれほど異論はないだろう。しかし、これはあくまでも一つの考え方を指すのであって、法律のレベルで、「これがパワハラです」「これがいじめです」といった定義は実はない。このことは覚えておいていただきたい。

人格権侵害というとらえ方では、ここまで述べてきたような、パワハラやいじめが原因の事例に対して、なぜ、法の番人である裁判所が「それは違法である」という判断を下すことがあるのか。その一つには、パワハラ、いじめという行為が、労働者のある種の法益(法令が、保護、実現しようとしている利益)を侵害するから許されないという考え方がある。どのような法益を侵害するのかといえば、それは、「人格権」と呼ばれるものである。人格権とは、名誉や自由といった、個人の人格的法益を保護するための権利、言い換えれば、ある個人の人格と切り離すことのできないものによって生じる利益を指す。肖像権やプライヴァシー権といった言葉を耳にされたことのある人も多いだろう。こうした権利も含めて人格権は、訴訟においても広く用いられる。つまり、職場においても、人格権の侵害――当事者がパワハラやいじめによって人格に傷を受けること――にあたる行為は法的に許されないということになるわけだ。これについて民法では、被害者は、攻撃を行う本人に攻撃の中止を求めること、傷を負わせた点について、不法行為として損害賠償を求めることができるとしている(民法第709条)。この加害行為が、刑法に定める犯罪行為に該当する場合は、刑事責任が発生する。一方、民事訴訟では、損害賠償請求として、金銭の要求という形を取る。

「安全配慮義務違反」という考え方パワハラ、いじめが違法であると判断されるのは、「安全配慮義務違反」にあたるため、というもう一つのとらえ方がある。企業には、労働者の生命、身体の安全を保つことができるよう、職場環境をそれにふさわしいものに整え、実行する義務があると考えられている。最高裁判所はこの義務を「国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務」(陸上自衛隊事件、最高裁昭和50年2月25日判決)、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」(川義事件、最高裁昭和59年4月10日判決)と定義しているが、これを「安全配慮義務」と呼ぶ。ここで、前章のSHOP99事件を思い出してもらいたい。この事件でも、原告の清水が「うつ状態」に罹患したことについて、会社は「安全配慮義務違反」という理由で断罪された。

長時間労働に対する企業の安全配慮義務とは?繰り返すが、「うつ病」などの精神疾患を発症させる典型的な要因として指摘できるのは、職場における長時間労働である。「カローシ」を国際語にした日本の長時間労働は、いまだ改善の兆しを見せていないが、近年では、長時間労働による「過労型自殺」が急増した。こうした見過ごせない現状から、使用者側の責任を求める社会の声も強まっていった。では、長時間労働に対する企業の安全配慮義務とは何か。それは、長時間労働を防ぐため、企業は従業員の労働時間の実態を把握し、企業内で啓蒙活動を行うこと長時間労働を行っている従業員がいた場合、配置転換や人員の増強、業務内容の変更、その従業員への指導などによって長時間労働をやめさせることその従業員の健康状態を把握し、問題がある場合は治療を受けさせるといった措置を取ることという内容になる。

電通事件長時間労働が問題となった著名な事例に、電通事件がある。これは、平成2年4月に電通に入社した男性が過労自殺を遂げたことで、電通の責任が問われた事件である。その男性は入社後、ラジオ局ラジオ推進部に配属された。彼の業務は、ラジオ番組の広告主への営業が主だったが、昼間の仕事が一段落した夜8時を過ぎてからは、企画の仕事にも取り組んでいた。彼は前夜の帰宅時間がどんなに遅くても、翌朝は必ず9時に出勤していた。毎朝、まだ誰もいない職場で机の雑巾がけなどの清掃を行い、次々とかかってくる電話の対応に追われた。入社してからの1年5ヶ月の間、日曜日も必ず仕事に出かけた。この間に取った有休休暇は、わずか半日だった。特に後半の8ヶ月間は、午前2時以降の退社が3日に一度、午前4時以降が6日に一度で、睡眠時間は30分から2時間30分しかなかった。彼は入社した翌年の春頃から、真っ暗な部屋でぼんやりしたり、「人間としてもうダメかもしれない」と周囲に漏らすなど、うつ病の症状が現れ始めていた。同年8月、自宅で自ら命を絶った。この事件の判決で、最高裁は、「事業主は、うつ病にかかるような長時間労働に就けてはならない義務があり、うつ病にかかった労働者については、単に早く帰宅して夜はきちんと睡眠し、翌日仕事をしなさいと指導しただけでは足らず、仕事量を軽減する等の具体的な措置を構ずべき安全配慮義務がある」と述べている(最高裁平成12年3月24日判決)。このように、使用者は、労働者を守るために、できる限りの適切な処置を行わなければならないとされている。安全配慮義務が長時間労働の防止の問題に限るものではないことは言うまでもない。使用者には、従業員の生命、身体に影響が及ぶ実態がないかを把握し、適切な措置を講じる義務があるのだ。

「就業環境調整保持義務」という考え方この安全配慮義務の考え方が発展して、使用者には、単に従業員の生命、身体の安全を保つ義務だけでなく、心身の健康を保つ義務があると考えられるようになった。裁判では、「被告会社は、原告に対し、労働契約上の付随義務として、原告を適切に就労させ、不当な処遇をしてその人格の尊厳を傷つけないように配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である」(プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク事件、神戸地裁平成16年8月31日判決)、「雇用契約の付随的義務として、その契約の本来の趣旨に即して、合理的な裁量の範囲内で配置、異動、担当職務の決定及び人事考課、昇格等について人事権を行使すべき義務を負っているというべきであり、その裁量を逸脱した場合はこのような義務に違反したものとして債務不履行責任を負うと解すべきである」(トナミ運輸事件、富山地裁平成17年2月23日判決)と判断した例もある。このような義務については、古典的な意味での安全配慮義務と区別するために、「就業環境整備義務」、あるいは「就業環境調整保持義務」と言われている。私は、「安全配慮義務」「就業環境整備義務」「就業環境調整保持義務」と、どう呼ぶかは本質的なことではないので、どの呼称を用いてもかまわないと思っている。しかし、ここでは紛らわしさを避けるために、心身の健康を保持するように職場環境を整える義務のことを、「就業環境調整保持義務」と呼ぶことにしよう。「安全配慮義務」にせよ、「就業環境調整保持義務」にせよ、これらの義務は、仮に使用者が個々の労働者との労働契約において特に約束していなくても、労働契約を締結した以上、使用者が労働者に対して当然に負う義務であると考えられてきた。だから、使用者が、パワハラやいじめが起こっている環境を知りながら放置しているような場合は、使用者そのものに、就業環境調整保持義務違反が認められることになる。この就業環境調整保持義務は、労働契約における使用者の労働者に対する義務なので、義務違反は民事法のルールで債務不履行となり、債務不履行は損害賠償の対象となる(民法第415条)。したがって、就業環境調整保持義務違反があった場合、労働者は使用者に対して賠償請求をすることができる。

労働契約法の定め平成20年3月1日施行の労働契約法では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」との条文が定められた(第5条)。これは、安全配慮義務の考え方が、法律という形で明文化されたことを意味する。この条文は、就業環境調整保持義務について明確に定めたものではない。ただ、これらの義務は安全配慮義務の考え方の、いわば延長線上にある。男女雇用機会均等法第11条は、セクハラ行為によって労働者の就業環境が悪くなることなどがないよう、働きやすい環境を作るよう使用者に必要な措置を講ずる義務を定めている。これと同様のことが、就業環境調整保持義務についても労働契約法によって定められたと考えて差し支えない。理屈としては、労働契約法でいう「生命、身体等の安全」には、人格権の安全が含まれると解釈されることになる。つまり、使用者には、労働契約法第5条によって就業環境調整保持義務が課されたことになる。

厚生労働省による話題の報告書パワハラ、いじめはなぜ許されないのか、この点に関する法律の議論は以上の通りである。しかし、パワハラ、いじめの問題は、現在、法が整っていればそれで済むのかと問われるほど、根深く、広範な問題を社会に投げかけている。国も、そのことを認識している。厚生労働省は、「職場のいじめ・嫌がらせ」「パワハラ」が、近年、社会問題として顕在化していることを踏まえて検討を進めてきた「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」を平成23年7月に発足させた。そして、平成24年1月30日、このワーキング・グループ(会議の中の委員会のようなもの)が、円卓会議に向けて報告書をとりまとめて提出した。円卓会議は、この報告に基づいて議論し、この問題の予防、解決に向けた提言をとりまとめるとしている。この報告書の内容が公表され、話題を呼んでいるので紹介しよう。Iパワハラの定義職場のパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいう。なお、優位性とは、職場における役職の上下関係のことではなく、当人の作業環境における立場や能力のことを指す。例えば、部下が上司に対して客観的に何らかの優れた能力があり、これを故意に利用した場合であれば、たとえ部下であっても上司に対するパワーハラスメント行為として認められるようになる。同僚が同僚に対して行ういじめも同じ仕組みである。IIパワハラのいくつかの類型(1)身体的な攻撃(暴行・傷害)(2)精神的な攻撃(脅迫・暴言等)(3)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)(4)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)(5)過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)(6)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)ただ、これらに関しては、パワハラが疑われる個別のケースをよく精査することが重要であり、あくまで傾向を示したものとする。

ワーキング・グループの考え方企業として職場のパワーハラスメントはなくすべきという方針を明確に打ち出すべきである。その上で、事業主への留意点として、予防するために次のことを行う。(1)トップのメッセージ(2)ルールを決める(3)実態を把握する(4)教育する(5)周知する問題が発生したとき、その解決をするために次のことを行う。(1)相談や解決の場を設置する(2)再発を防止する企業は、これに早期に取り組むよう求められている。また、地方自治体に対しては、パワーハラスメントの実態を把握して明らかにし、問題の現状や課題、取り組み例などについて周知告発を行うよう求めると指摘している。

「精神の生存」を国が、職場のいじめ・嫌がらせ、パワハラを社会問題として扱い、その問題の見方、特徴、対応のあり方について検討することは極めて真っ当なことだ。もちろん、検討が足りない部分は残っている。しかし、報告書の定義は、これまで労働法学が検討してきたパワハラの定義に沿うものであり、基本的には評価できる。類型として挙げられているものにも異論はない。ただ、私は、パワハラの問題というのは、まず生命と生存の問題として理解する必要があると考えている。なぜなら今日、パワハラの被害を受けて精神疾患を患って自殺したり、また、そこまでいかなくとも、何年も働くことができないために人生を棒に振ってしまうような事態が頻繁に起こっているからだ。つまり、パワハラとは、生命に関わる問題なのだ。私は、かねがねこの視点から、パワハラからの人格の防衛について、「生存権」としてとらえることはできないかと考えてきた。日本国憲法第25条は、「国民には健康で文化的な最低限の生活を営む権利がある」として生存権を定めている。この「健康」の内容に、「精神の健康」を取り入れ、「精神の生存」を権利として確立することはできないものか。このようにして「人格権」を憲法上の「人権」としてとらえられないものか。それを具体化するために、円卓会議には、ワーキング・グループの報告をさらに深めてもらいたい。例えば、いかなる場合にこれらの事由に該当するのかについて、ある程度の基準を作ることはできないかということだ。また、該当する場合の慰謝料について、従来より高額の基準の設定を提言してもらいたい。私としては、以上を踏まえた明確な法の制定を求めたい。

過去の裁判例を整理するとパワハラの相談で最も悩ましいのは、「この事例はパワハラである」、言い換えれば「この事例は労働者の人格権を侵害する違法行為である」と、どのように判断するか、その判断を、いかなる基準を用いて行うかである。相談者は、「これってパワハラですよね!?」と尋ねてくる場合が多い。しかし、「その通りです。それはパワハラです」と、私が勝手に判断するわけにはいかない。これまで説明してきた通り、法律は結構アバウトで、「人格権を侵害する行為はいかんよ」と言っているにすぎない。法律では、どんな場合が人格権侵害となるかについてまでは定めていない。となると、人格権の侵害にあたるかどうかは、過去の裁判例などを踏まえて解釈するほかはない。では、過去の裁判例の考え方とはどういうものか。私なりに整理してみよう。Iまず、有形的な暴力は、それ自体が犯罪行為であるから、その事実があれば人格権侵害にあたることに疑いはない。このような事例は、拙著『人が壊れてゆく職場』の第三章で紹介した事件がある。参照してもらいたい。II配置転換や、仕事の取り上げ、過度の仕事の配分などについては、配置転換に関する考え方、業務命令に関する使用者の裁量権限に関する考え方に基づき、違法性を検討する手法が中心である。業務に関する裁量権が企業に広範にある以上、いかなる業務命令をしても基本的には合法ではあるが、それが違法になる場合、労働者の人格権侵害をともなう、という発想を取る。この点、前述したトナミ運輸事件(「就業環境調整保持義務」という考え方参照)では、富山地裁は、使用者の人事権も労働契約の本来の趣旨に即して、合理的な裁量の範囲内で行使できるものとの判断を示している。この判断は、使用者の裁量権を無制限に認めるものではなく、契約の趣旨に即した合理的な裁量との限定を加えた点で大きな意味がある。裁判所で人事権に関する裁判官の考え方を聞いていると、使用者には無制限の権限を認めるかのような発言を聞くことが多いので、その点にはこの判例の考え方によって歯止めをかけていく必要がある。この種の事例として、後述の第7章でH社事件を取り上げる。長時間労働によって精神疾患を発症した場合は、古典的な意味での安全配慮義務違反を問題にしやすい。第3章で取り上げたSHOP99事件は、この事例に属する。IVしかし、最も例の多いのは言動の暴力である。第1章のI社事件、第2章のE社事件はこの種の事例に属する。こうした場合は、人格権侵害が行われた不法行為として検討するか、あるいは就業環境調整保持義務違反によって人格権侵害が行われたと考えることになる。では、この場合で、いかなる場合に人格権侵害となるのか。

この点については、加城千波弁護士が、ある行為が違法なパワハラか否かを示す判断基準として、「判例は、人格権を侵害する言動か否か(言動の内容、目的、方法、程度などから考慮する)、業務の範囲を逸脱した合理性のない命令等か否か(業務上の必要性、不当な目的や動機の有無などが考慮される)によって判定している」と論文に書いている(「パワハラ裁判の動向と問題点」季刊労働法230号30頁)。

被害者基準で考えようIVの、言動に関する基準はわかりにくい。私なりに解釈すると、これは結局、その言動の内容や目的、方法、程度、回数といった事実関係の諸要素を集めて、常識的に見てそんなこと言われたりされたりすると人は大いに傷つく――こういう場合を人格権侵害にしましょう、と言っていると考えられる。となると、「人を傷つける言葉」であるかどうかを判断するのは、結局、裁判官ということになる。だが、裁判官任せの判断でいいのだろうか。そこで、私が考えているのは、「被害者基準の基準論」である。これは、セクハラに対する考え方が参考になる。セクシュアルハラスメントは、「相手方の意に反する性的言動」と定義される。ポイントは、「相手側の意に反しているかいないか」だ。すなわち、セクハラになるかならないかの分水嶺とキーワードは、「相手側の了解」である。これをパワハラにも応用してみてはどうだろう。パワハラも、発せられた言動が、「被害者が、了解できる行為か否か」ということで判定するということだ。

諸事実を集めて判定するしかし、問題もある。それは、立証という問題である。発せられた言動が許せないと思っているか否かは、被害者以外にはわからない。また、そのときは黙っていた被害者が、後でその言動を問題にするケースもある。このようなケースでは、そのとき嫌だと思っていた事実を後から証明するのは難しい。その証明のためには、判例の基準と似てくるが、諸事実を集めて判断するほかはない。被害者が当時から嫌だったということを書き残していたり、第三者に話したりしていれば立証も可能だが、そうでない場合は、被害者の置かれた当時の状況について、それを推し量る諸事実を集めて判定するほかはない。その諸事実とは、次のようなものだ。その言動の前と後の被害者の様子はどうだったのか。行われた行為やその現場の状況はどうだったのか。その行為が行われた回数、間隔、その状況に至るまでの経緯はどうだったのか。その行為は労働基準法や刑法などの法令に明確に触れる行為であるか否か。被害者の出勤状況や勤務態度への影響はどうだったのか。被害者がその行為をされた後、職場の同僚の誰かが何らかのフォローをしているか否か。それが労働条件上の対価関係に反映していたり、実際の労働条件に影響していたり、仕事を継続することが困難になったり、何らかの不利益が発生したりしていないか。――以上のことである。

結局はケースごとの判断第1章のI社事件の場合、その言動を、私の考える「被害者基準の基準論」で見るならば、同じような叱責が複数回、しかも長期間にわたって何度も継続されていること、本来は合法的な存在である労働組合との関わりについて、それがいかにも背信的行為であるかのような筋違いの議論で暴言を吐かれていること、暴言が開始されて以降、数ヶ月後にはMさんはうつ病を発症していることといった事情から考えれば、その言動は被害者からして許せないものと判断できよう。第2章のE社事件の場合、「殺す」「頭、おかしいんじゃない」「窓から飛び降りろ」といった発言は、言うまでもなくひどい内容だ。だが、発言が行われた期間や回数といった事実関係ははっきりしていない。ただ、上司という立場を利用した不必要な嫌がらせ、休日を取れないといったストレス過多な状況を考えたとき、被害者基準で見れば、それらの言動は被害者にとって許せないものと判断できる。しかし、何がパワハラにあたるのかについては、結局、ケースごとに判断が求められるので難しい。ただ、パワハラ事件にはいくつかのパターンがある。どのようなケースが違法視され、どのようなケースが違法視されなかったのか。それを知ることで、判断する素材の引き出しが増えることは間違いない。以下の章では、事件がどのように争われたのかも含めて、再び私の担当事例を紹介していきたい。

 

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