「変数」を見つけ、未来に向けた応用を考えるアメリカのコカ・コーラ社の元グローバルCMOであった、マーケティングの巨匠セルジオ・ジーマン氏が『TheEndofAdvertisingasWeKnowIt』(筆者訳:「広告の終焉、皆さんもご存じの通り」)を発表し、2003年には日本語版が案内されました。そして、その10年後の2013年に、現I&COのCEOであるレイ・イナモト氏によって『FastCompany』誌への寄稿として、「TheEndOfAdvertisingAsWeKnowIt–AndWhatToDoNow」(筆者訳:「広告の終焉:追記=新時代を生き抜くための4つのアイデア」)が提唱されました。ここでは、氏がこの中で「4つのアイデア」として提唱した項目を和文要約して紹介します。「広告」の終焉:レイ・イナモトが考える「新時代を生き抜くための4つのアイデア」(※カッコ内は筆者による意訳として加筆)従来「広告」と呼ばれたものが終わりを迎え、時代は365日のコネクション、人々の物語、ビジネス発明が鍵となる新時代に突入している。①「インテグレート」から「コネクト」へ(要約:広告メディアを統合=インテグレートしたキャンペーン施策発想から、オーディエンス+企業+メッセージを永続的にコネクトさせる「事業」として取り組むことへ)②「ブランド(側から)の物語」から「人々(が中心)の物語」へカンヌでも話題となった強力な受賞作の数々(中略)などに共通するのは、それが必ずしも「ブランドの物語」ではなく「人々の物語」である、という点だ。③360度から365日へ広告の世界では、長きにわたって消費者に対して包括的に「360度」でメッセージを発信していく考え方が奨励されてきた。(中略)消費者を全方位から囲い込むのは不可能であり、無駄が多過ぎる。アイデアのスケールが、媒体への露出によって測られる時代は終わった。新時代における基準とは、永続性、志、そして社会に与えるインパクトである。④メディア依存からビジネス発明へ広告業界は、メディアに依存するのが長きにわたってビジネスモデルとなっていた。レシピは決まっていて、インサイトと称してストーリーを糊づけし、「ビッグアイデア」をあらゆるメディアチャンネルで流しまくる。多少極端な言い方ではあるが、これに沿っていれば、問題を解決したりブランドを構築したりできるものと誰もが思っていた。クリエイティビィティとイノベーションとは、明らかな問題に「思いもよらない解決策」を見つけるか、または「思いもよらない問題」を見つけて明らかな解決策を提示することである。出典:2013年6月27日「FirstCompany」URL:https://www.fastcompany.com/1683292/theendofadvertisingasweknowitandwhattodonowいかがでしょう。発表から年月が経った現在から振り返ってみても、これらの要約だけで、当時のイナモト氏が指摘されていた課題(不釣り合いだった部分)がまさに、徐々に適正化(当たっている方向へ)へ向かってきていると感じます。イナモト氏が提唱していた2013年当時の経済状況は、コダック社が破産申告をした直後でした。ユーザー数がまだ3千万人程だったインスタグラムがフェイスブックに約10億ドルで買収されて、まだまだSNSの概念もよく理解されていない頃でした。広告マンの8割はいらないこの2014年に「広告マンの8割はいらない」のコピーで拙著『広告ビジネス次の10年』を発刊しました。イナモト氏が指摘していた内容を振り返れば、同時期の拙著の中でも、現場の具体的な(目の前の)「広告ビジネス」の状況への示唆として、イナモト氏の指摘に近いものを紹介していました。以下は、当時の拙著からの抜粋です。■ビジネス・リモデルが求められている「総合広告代理店」は消滅した「フルサービス」「インテグレーテッド」「チームワーク」「マーケティングパートナー」「360度チャンネル」…これら耳障りの良い「業界用語」を使って自社を「総合広告代理店」としてプレゼンテーションする企業は、欧米では完全に消えた。レイ・イナモト氏が指摘する「①『インテグレート』から『コネクト』へ」、「③360度から365日へ」と常に人々とつながる意識への指摘に当たる部分です。■IT、コンサルティング系企業の異業種参入アクセンチュアのようなシステムコンサルティング系やIBM、富士通のようなシステムインテグレータ系などから別会社が設立され、マーケティング領域に進出してくると予想している。当然、既存の広告代理店と競合する。広告業界の人財もどんどんそちら側へ流れる。
「④メディア依存からビジネス発明へ」について、まだアクセンチュアインタラクティブが台頭する前の業態変化を指摘する部分です。■マスメディアの凋落、メディア間を浮遊するユーザーそれぞれのデバイスがそれぞれのデバイスやメディアからユーザーを完全に取り合うわけでなく、それぞれを同時にまたは用途に合わせて順番に使っていく。「②・④メディアやブランド側からの一方的な押し付けではなく、人々が浮遊しつつ主語となる物語が生まれる」という、主従、相互、関係の転換を指摘する部分です。■収益モデルの多様化への対応今後は「マージンで儲けるのか、フィーで儲けるのか、出資して共同事業とするのか、テクノロジー領域に投資するのか、はたまた得意先とともにメディアを作りB2Cビジネスをするのか……」というように、あらゆる角度から収益モデルの算段を付ける。まさに「④メディア依存からビジネス発明へ」の事業構造の転換を指摘する部分です。現在において、その「的中度」を比較するのではなく、各事業の北斗星はどこかを探していくことで、隠れた「変数(※)」のようなものが見えてくれば、未来への道標に向けた調整(応用)ができるかもしれない、と考えて振り返ってみました。※ここでは、単なる「変化」という現象の過去との比較を形容するのではなく、「変数」とたとえています。変数として気づければ、他の事象での推測や計算に「応用(変数)」として使えるかもしれない気づきとして、以降「変化(過去の振り返り)」「変数(未来への応用)」と区別して使っていきます。
既存のマーケティング事業の枠の中でも既に変化が起こっている前節の例に限らず、「広告」や「広告会社」「マーケティング」の定義や概念は、過去100年を超えて常に変遷してきました。その説明だけでも1冊本が書ける程なので、ここでは対象期間を短くし、「(ほんの)10年程前の意味合いから変化した」広告などへの実感をもとに、「次への展開(変数)」を考えてみましょう。たとえば日本において、「広告」や「広告会社」「マーケティング」という言葉を聞くと、電通や博報堂を筆頭とする(広告)代理店やその周辺事業、あるいは資生堂宣伝部やトヨタ宣伝部を筆頭とする(広告主)企業を真っ先に思い浮かべる時代がありました。この過去のイメージをひっくり返す勢いで、近年のデジタル上でのアドテク企業の登場に代表される広告&マーケティングでの新事業形態やスタートアップによる「エコマップ」が描かれていったのがこの10年でした。ところが、これらの「新デジマ」事業体やエコマップから説明される価値すらが、最終的に集約される資本や支払われる予算が「巨大資本(例:GAFAM)」に「束ねられる、牛耳られている」ということから、巨大資本の論理で聞かされて、情報にふたをされていただけなのかもしれません。この4~5年で「目に見えず」進んでいた事業変化その「ふたをされたような」状況が、新型コロナウイルスの蔓延を理由にした外出自粛モードとともに、あれこれと一気に吹き出しました(前出の「爆縮」が目に見えてきました)。爆縮はこの4~5年(2018年~)に、「目に見えず」進んでいた事業変化を「目に見えて」「健在化させてくれた」ありがたい効能と捉えます。たとえば躍進しているサイバーエージェントやアクセンチュアの台頭を例にしてみると、「広告」「マーケティング」を提供する企業とは少し当てはまりにくい(呼びにくい)概念や商流が生まれています。あるいは資生堂やトヨタらの広告主企業においてすらも、「宣伝部」「マーケティング部」という社内組織が既に存在しなかったりと、過去の呼称や事業形態が何やら大きく変化している様子が目の前で感じられ始めました。実際の数字として、サイバーエージェントの事業全体での「広告事業」のセグメント利益(営業利益)の比率は2割程です。事業のコアは広告以外の「ゲームセグメント」の利益が8割を占めます(アベマTVを含むメディア事業セグメントは約124億円の損失〈2022年9月末の通年決算より〉)。さらにアクセンチュアに至っては、もともとがグローバル事業を営む(巨大)クライアントに対して、「ビジネス・コンサルティング事業」を提供する企業です。そのほんの一部門が「アクセンチュアインタラクティブ」としてマーケティング領域に隣接して存在するので、その業態の吟味は複雑です。しかもアクセンチュアインタラクティブ部門の事業全体における利益や比率は開示されていません。このアクセンチュアにおける、もう「広告事業」とは呼べない、「広義に解釈」「再定義」しているイメージは偶然の出来事ではなく、同社の「必然の仕掛け」とも感じられます。アメリカの広告業界で長年実績のある『AdvertisingAge』誌(AdAge)による集計において、2016年からアクセンチュアインタラクティブ社は、既に「世界の売上総利益高」の1位にランクインされるよう、数字を提出しています(同誌の集計方法は、各社からの自己申告によるデータと同誌の推量調整です)。アクセンチュアは、(広告)世界ネットワークの単独会社(World’s25LargestConsolidatedNetworks)の中での1位の座を、既に7年保持しています。世界の広告会社の中で「巨人」と定義されていたはずの(あの)「電通」だけではなく、グローバル事業で100年以上の歴史を持つBBDOやYoung&Rubicam、Ogilvyなども一気に抜いている立ち位置です。ちなみにアクセンチュアインタラクティブは2022年にアクセンチュアソング(Song)という名称に変更しました。これも既存の「コンサルのアクセンチュア」の無機質な色から脱却して、「広義の解釈」に向けて事業名すらを変更してまで、マーケティング事業に取り組む様子です。即、その成果も生まれ、同年のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルにおいて、アクセンチュアソングが制作したスーパーボウルでの広告「LessTalk,MoreBitcoin」(クライアントは仮想通貨取引所のコインベース社)が「ダイレクト部門」の最高賞であるグランプリを獲得しました(「エージェンシーの「単体企業ネットワーク」には明らかな上昇組と下降組がいる」参照)。広告出稿主側でも変化が起こっているサイバーエージェントやアクセンチュアといった広告会社側の変化だけでなく、広告出稿主(ブランド)側でも、「広義」「新しい」定義が生まれています。たとえば資生堂やトヨタといった大企業では、宣伝部機能を分社化(例:資生堂クリエイティブ株式会社)したり、その反対に本社へ再統合(例:株式会社トヨタマーケティングジャパン)したりといった動きがあります。資生堂が、2021年にアクセンチュアと「資生堂インタラクティブビューティー株式会社」を設立したのも、この流れのひとつです。この設立をお知らせする資生堂からのプレスリリースの中には、「マーケティング」という単語は登場しても、「広告」という単語は登場していないのは興味深いところです。これらのブランド企業(広告主)である、資生堂やトヨタに代表される事業側の変化の例は、「風上側の思考の変化」として大きなシグナルです。ブランド事業体におけるマーケティング組織の改編は、旧来の「広告やマーケティング」に閉じた概念を基点とせず、ブランド企業の事業の競合相手が、単に「化粧品ブランド」同士とか「車ブランド」同士で閉じられない、事業の拡大やうねりが大きく作用した結果として考えてみます。ブランド企業側の組織変更として、「顕在化」した措置や動きには、「さらにその先(応用できる変数)」が存在しそうです。
新しい事業ライバルに気づけば、新しいマーケティングの「ガイドブック」に前節の最後に述べた広告やマーケティングの変化の「さらに、その先」とは具体的にどんなことでしょうか。本節では、事業構造の「さらにその先」についていくつか事例を紹介します。巨大プラットフォーマーといわれるGAFAMが、広告やマーケティングと呼ばれる領域での影響度が大きいだけでなく、各企業や事業の大前提(インフラ)になっているのは周知の通りです。本書で考えてみたいのは、これらGAFAMなどの「さらに、(もう少し)先」の領域です。ひとつの方法が、「現在競っている、事業の(未来)ライバル(競合)はどこか」を、既存の枠を超えて考えてみることです。たとえば新型コロナウイルスによる外出自粛をきっかけに身近に普及したZoomのライバル事業や、Zoomの普及によって打撃を受けた事業はどのような領域かを考えてみます。Zoomの登場によってライバルとして打撃を受けた側とは、マイクロソフトがスカイプ・フォー・ビジネス・オンラインのサポートを終了したり、グーグル・ハングアウトが他事業に統合されたりしたことからもわかるように、Zoomと同様の映像通信のD2C事業者やオンライン・プラットフォーマーの事業に限りません。また、オンライン会議が当たり前になることで出張回数が減ったことによる新幹線に代表される鉄道事業や航空事業、そしてシェアオフィスのWeWorkも、Zoom事業の登場により影響を受けています。さらに、「出張しなくても解決できる」の概念が広がれば、「遠隔医療」のような命に関わる事業にまでライバルの広がりが想像できます。同じような発想で、ネットフリックスのライバル(競合)はどこかを考えてみましょう。真っ先に考えられるのは、ディズニープラス、アマゾンプライム、Huluなどの映像コンテンツ企業です。これらはサブスクライバー数や広告事業での競争などにおいて、既に実在している直接の競合でしょう。日本市場ならばワールドカップ視聴でわいたアベマTVなども思い浮かんだかもしれません。しかし、これらすらも、「映像サブスクリプション」同士の範囲内での比較であり、旧来の枠のままでの閉じた比較でしかありません。本節では、さらにその先を考えてみます。存枠の発想から広げて考えてみると、たとえば外出自粛の期間に注目を浴びた、自宅フィットネス機器のエアロバイク版の「PelotonInteractive」(2019年にナスダック上場)や、その鏡(姿見)版の「Mirror」(ルルレモンが2020年に買収)なども、モニターの向こう側のインストラクターに合わせて(視聴しながら)エクササイズを行う「新コンテンツ(視聴)」のサブスクリプションです。これらがネットフリックスの事業としての新しい競合になりうると考えるのはどうでしょう。さらにネットフリックスのライバルとは、人の生活時間の中での「視聴時間」を取り合っている相手と定義してみれば、人々の「睡眠時間」がライバルになるかもしれません。さらには近年の世界情勢から影響される「物価のインフレ」が家計を圧迫している状況も競合比較の対象として指摘されています。家計支出の中で、節約のための優先順位の取り合いとして、家計というくくりの中では、「電気・ガス」などの「エネルギー・サービス」の企業や事業までも、ネットフリックスという「番組コンテンツ提供・サービス」がサブスク費用での競合と考えられるかもしれません。このような「現状の予想を超えたライバル」の出現や、事業解釈の拡張による新しい事業から派生する「新しいマーケティングの概念」について、第5章では欧米事業での顕著な事例をいくつか紹介しています。そこで取り上げているのは、「目に見えて、手にできる」事業(たとえば、手に取れるCPG(コンシュマー・パッケージド・グッズ:消費財)商品の店頭販売や、その購買データと広告との相関分析など)よりも、「目に見えない、手に取れない」事業の仕組み(たとえば映像番組のネット配信システムや、さらにはオンライン会議による意思疎通の理解、医療を含めたケア〈執事〉のやりとりなど)のほうに大きな未来へのインパクトがあるかもしれないと考えられる事例です。これらは氷山の一角でしょうし、さらには「答えが1つ」とは限らないものです。日本でも既に始まっている部分もあるでしょうし、まだまだ日本では関心のアンテナが低いと思われる領域・切り口もあるかと思います。皆さんの中にある「座標軸」の変数の書き換え(アップデート)の材料になればと思います。
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