コンサル系進出と旧来エージェンシーとの交代次に挙げた図は、「グローバルにおける『広告エージェンシー(単体)ネットワーク』ランキング」です。これらの企業ランキングは、「どの企業が上がって、どの企業が下がったか」という個別の成績診断表としてよりも、俯瞰的に「傾向」を知る用途として見る必要があります。アメリカの『AdAge』誌が継続的に集計している資料をもとに、「2011(あの頃)~21年(今)の比較」として感じられることから「変数」を想定してみます。
エージェンシーの「単体企業ネットワーク」には明らかな上昇組と下降組がいるこの図の2021年ランキングの太字の部分の企業は、いわゆる「コンサル系」からのエージェンシー進出企業たちで、2011年と比較すると、すっかり上位の企業が入れ替わっていることがわかります。日本国内に閉じた感覚だと、電通、博報堂、サイバーエージェントが上位に位置することは当然に思えても、グローバル企業を中心としたブランド企業の目線では、アクセンチュア、PwC、デロイトという名前が上位に登場することが既に常識化・常態化しています。その片鱗を表すものとして、「コンサル系」と「旧クリエイティブエージェンシー」との区別が付けられなくなったことがあります。たとえば、2022年2月のスーパーボウルでの60秒スポット広告では、60秒間ずっと単なるQRコードが黒い画面上にテレビゲーム時代の「ブロック崩しゲーム」のように画面の端に当たってはバウンドして戻る動きを繰り返すだけの映像が流れました。ナレーションも社名もロゴすら登場しない、情報量が極小のアイデアでした。広告主はコインベースで、タイトルは「LessTalk,MoreBitcoin(会話を減らして、とにかくビットコインへ)」、そしてクリエイティブエージェンシーが「アクセンチュアソング」(後述)でした。わずか60秒間流れただけにもかかわらず、スマホ経由のQRコードアクセスが2千万回を記録しました。ソーシャルプラットフォームを経由しない、まさに「ダイレクト」にユーザーとつながるアイデアでした。その後、この広告は、放映から4カ月後の6月に開催されたカンヌライオンズの「ダイレクト部門」にて見事金賞を受賞しています。Droga5のCEOがアクセンチュアのCEO兼任へあの無機質なコンサル企業のイメージを持つアクセンチュア(インタラクティブ)が「クリエイティブでカンヌの金賞を取る」などとは「夢にも思わない」「ちょっと考えにくい」ジャンプの仕方です。その「転機」はアクセンチュアが買収したニューヨークの「Droga5」のCEOであるデービッド・ドロガ氏が、2021年9月にアクセンチュアインタラクティブのCEO兼クリエイティブチェアマンとして就任している作用が大きく働いています(アクセンチュアはDroga5を2019年4月に買収しています)。超大物クリエイターがトップに立てば、瞬時に企業全体の「クリエイティブ」や「コンテンツの質」に変化が生まれる好例です。その後、ドロガ氏は22年4月に無機質な「アクセンチュア・インタラクティブ」のユニット名を「アクセンチュアソング」に変更しています。もちろんソングの意味とは「歌」です。歌にはメッセージや魂がこもっていて、それでいて人とテクノロジーの融合の土台があり、さらに親しみのあるネーミングとなっており、事業の脱皮(イメチェン)の意図がうかがえます。前の図に挙げた新興とされるコンサル系(図の太字)の企業たちが、一様にクリエイティブな側面を持つわけではありませんが、このような垂直M&A(コンサルティング企業がクリエイティブエージェンシーを買収する)によって起こりうる「変数」を読み取る材料として取り上げました。旧来のエージェンシーは対症療法のつなぎ合わせ再び前の図を見てください。これを見ると、旧来型のエージェンシーの中で「耐えている」グループと「脱落する」グループがあることがわかります。たとえば、2021年に突如登場した5位の「WundermanThompson(WPP)」とは、もともとWPPの同じグループのWunderman社とJ.WalterThompson社を合併させて、ようやくこの順位に留まっています。図の点線は、売上総利益の数字の近似値を比較する補助線として引きました。長らく電通は世界一(の単体ネットワーク)として君臨していましたが、2021年のランキングでは「DentsuJapan」は6位に順位を下げています。しかし、電通の売上総利益そのものは減っているわけではなく、むしろイギリスのAegisを買収することで、「日本」部門に加えて「国際」部門が加わってその額は倍になっています。ところが、「倍になった」電通グループ(ホールディングス)でも、アクセンチュア、PwC、デロイトの成長には追い着いていません。変化の解説を続けます。2011年時点で2位だった「Young&Rubicam(WPP)」は、同じWPP傘下の「VML」との合併によって新設された「VMLY&R(WPP)」の大型ユニットになっているはずなのに、21年では圏外に落ちて売上総利益は合併後でも6割減で16位です。また、2011年時点で5位の「Ogilvy(WPP)」も3割減で18位に落ちています。これらWPPホールディングスだけでなく、TBWAやDDBなどのレジェンド・エージェンシーも減額&圏外になって名前が消えました。これらの個々の傾向が合わさるホールディングスを見れば、何かが見えてきそうです。次に、これらのエージェンシー単体ネットワークを束ねる「ホールディングス」のランキングを見てみましょう(次図参照)。これを見ると、意外にも2021年の上位3社は、旧来おなじみのWPP、Omnicom、Publicisと続き、その下に太字の現在上り調子にあるコンサル企業が位置付けています。
また、3千億円台で区切った点線に注目すると、電通グループのホールディングスとしての3倍以上の成長が見え、アクセンチュア、PwC、デロイトなどと競り合っているのがわかります。日本の読者としては、博報堂の上位上昇ランクインが気になるところです。これについては、おそらくDAC(デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム)の非上場化と吸収が影響を及ぼしている数字と思われます。その意味では、「Young&RubicamとVML」の合わせ技の事例とは対照的で「良い結果を作った」と思います。次図は2021年の集計を23年時点で眺めた様子(22年版の集計が発表される前)で、少し現在と時差があります。参考までに、現在の瞬間速度計である「時価総額(2023年2月)」で並べ替えてみました。
この時価総額では、多大な事業を含むコングロマリットのコンサル系企業は除き、五大広告ホールディングスで比較してみました。世界一だったはずのWPPは、いつの間にか競合のPublicisやOmnicomの6割程度のサイズに縮小しており、電通グループが肉薄する様相にも見えます。なお余談ですが、次節で紹介するマーチン・ソレル氏のS4キャピタルの2021年の売上総利益は約1千億円(8・3億ドル、6・9億ポンド)となっています。この調子で成長すれば、来年の「ホールディングス」のランキングでは20位あたりに登場することが予想できます。
S4キャピタルは史上最後のエージェンシー「広告エージェンシー」の看板で起業する「史上最後」のグローバル広告会社と題して、日本ではまだ注目度の低い「S4Capital」(以下、S4キャピタル)のビジネスモデルを紹介します。同社の事業運営や成長の背景を見ることで、日本での広告・マーケティング事業の次のヒントとします。S4キャピタル登場以来、最近5年、いや10年までさかのぼっても、この広告エージェンシーの業態(ブランド企業の広告の代理業務)でグローバル展開する企業事例を見かけないことから「史上最後」としました。しかし、同社のアプローチは、他業種では既に定番化しつつあるもので、同社について知ることで次につながる事業へのヒントになりうるかと思います。S4キャピタルが見せる「先行モデル」のアプローチで成長している様子は、日本でもスタートアップ企業やD2Cビジネス(特にCPGブランド)、そして広告・マーケティングを提供する事業において、産業を越えた「応用変数」になる片鱗が含まれていそうです。「広告エージェンシー」という事業カテゴリーは、どれほど「デジタルです」「DXです」と名乗っていても、「固定広告枠の販売スケール化」に依存した事業拡張モデル(経営)に過ぎませんでした(第8章「既存メディアを売るための仕組みの崩壊」参照)。新聞やラジオの広告枠の販売の時代から移動して、ウェブ検索枠やバナー枠、SNSネイティブ枠と、デジタル上の「枠」メニューが加わっただけで、「枠」が軸にあることに大きな変化はありません。この広告枠を売る事業を軸にしつつも、グローバル市場に向けて新規事業として「広告事業(マーケティングサービス)」のエージェンシーとして起業するには、既に旧来の策が尽きていると思える状況でした。広告を代理業務で受注するエージェンシー・ビジネスの終焉100年以上の歴史を持つ電通や博報堂、世界で同様の長い歴史を持つOgilvy&MatherやBBDOなどが、古来の広告エージェンシー(代理店)として存続しています(いました)。さらに近年では、R/GAやAKQA、Droga5などがデジタルエージェンシー事業として登場していました(なお、これらの広告エージェンシー事業としての区分は、グーグルやフェイスブック、アマゾンなどのプラットフォーマー〈広告媒体〉企業は含みません。あるいはTheTradeDeskなどのアドテク〈DSP/SSP〉企業なども除きます。ここでの広告エージェンシーとは、ブランド企業の代理役であり、「広告業務をエージェンシーとして代理して実行」する企業とします)。100年の歴史がある広告エージェンシーも、その機能やクライアントの効率向上(ダブりの解消)と称して、レガシー部門が統合されたり、縮小されたりする傾向があります。たとえば、1864年創業のJ.WalterThompsonの名前もWunderman(CRMサービス)と統合されてWundermanThompsonとして編成されることで旧名称は消滅しました。また、1923年創業のYoung&RubicamはVML(デジタルエージェンシー)と統合されてVMLY&Rの新名称となり、旧名称は消滅しました。R/GAも自慢のニューヨークの旗艦オフィスを閉じました。S4キャピタルの概要これらの旧エージェンシー業態が衰退、終焉とも思える中で、S4キャピタルが登場しています。ここで同社の概要を紹介しておきましょう。S4キャピタルの創設者のマーチン・ソレル卿を知ることから始めます(※マーチン・ソレルはイギリスの叙勲制度における栄誉称号「Sir」をエリザベス女王から授与されています。本書では敬意を持ちつつ略し、ソレル氏で統一します)。ソレル氏は世界一の広告エージェンシーグループであるWPPを創業した人物です。1985年にWPP(WireandPlasticProducts)を創業(買収)し、JWT、Ogilvy、Y&R、GrayなどのグローバルエージェンシーをM&Aで傘下に収め、15年ほどでWPPを世界一の広告ホールディングスに成長させ33年間運営してきました。そのソレル氏は、2018年にWPPを退任します。このとき、既に73歳でした。ここで引退かと思いきや、ソレル氏は同年にロンドン証券取引所に上場しているSPAC(特別買収目的会社)へ自己資金約58億円(5300万ドル)を注入してさらに資金調達を行い、S4キャピタル社を設立します。WPP離脱から1年以内に株式市場(上場会社として)に戻ってきた離れ業でした。
S4キャピタルの「先行モデル」のアプローチこれまでの広告エージェンシーの経営として「似て非なる」モデルとして、S4キャピタルの5つのアプローチを紹介します。①金融市場(株式上場市場)ありきで起業時から上場市場でスタートする小さくスタートして徐々に大きくする旧来概念ではなく、最初から大きなビジョンに向けた市場を目指し、山登りの筋道と方法を準備してスタートしています。②グローバルを起点として(本社ロンドン)、グローバルクライアントの成長にフォーカスしている日本ローカルで成功してからグローバル進出という過去起点の駒進めではなく、最初から未来起点のグローバルから逆算しています。本社の位置すら、そのグローバル運営に伴った最適な場所を選んでいます(例:ロンドン、シンガポール、ダブリン、デラウエア)。③最初の扱い規模が小さくとも、「今後伸びる」テック系クライアント(スタートアップを含む)を中心としたポートフォリオ「サラブレッド」「ユニコーン」の素養を持つテックスタートアップを見極めた上で、その企業(起業)への先行投資から、共に拡大成長するビジネスモデルを構築しています。④旧メディアの広告扱いは見向きもせず、グーグル、フェイスブック、アマゾンなどのデジタル基盤の広告に伴うコンテンツ配信GAFAMの成長に逆らわず、デジタルの伸びしろに向けて、伸びるだけ伸ばしています。その伸びている間に新しい分野を見つけて、次の再投資を先行で行っています。⑤収益構造として「コンテンツ:メディア」の利益比率がコンテンツ主導の「7:3」「メディア」投下の受注高は安定的な基盤収入としつつ、その上で事業変数として大きい「コンテンツ」「クリエイティブ」の提供へ向けた投資を行っています。それぞれについて詳しく見ていきましょう。①金融市場(株式上場市場)ありきで起業時から上場市場でスタートするアプローチの1つ目は、「金融市場(株式上場市場)ありきで起業時から上場市場でスタートしている」点です。グローバル展開をするための金融市場のツボ(レバレッジ)を知る手法がここにあります。実は、この「方程式」に気づけていない日本企業(D2C企業)は多いので1つ目の要素として紹介しました。S4キャピタルは2021年にコンテンツ側エージェンシーとしてMedia.Monksを買収し、さらに同年デジタルメディアバイイング(配信)側エージェンシーとしてMightyHiveを買収して事業を拡大させました。現在はこの2社を一体化させて、Media.Monksの事業名で展開しています。S4キャピタルはロンドン証券取引所に上場する上場企業で、2023年で創業5年目です。S4キャピタルの主軸2社を「一体化」させるのがソレル流ソレル氏は、2018年から現在のエージェンシー・ホールディングス(持株会社)による「買収した会社を縦割りサイロ状態で持ち続ける」という形式は古
くなった(もう機能しない)と発言していました。ソレル氏は「DentsuModel(OneDentsu:ワン・マネジメント・チーム)」が、自然に組織の機能統合化ができている理想と述べていた時期もあります。前の図のデジタル・コンテンツの「MEDIAMONKS」とデジタル・メディア広告の「MIGHTYHIVE」のサービスを1社化させたのはその言動一致の結果で、現在は「One」の合言葉も(あやかって)掲げています。②グローバルを起点としてグローバルクライアントを成長させている次の図は、2021年第3四半期の「S4キャピタルのクライアント内訳」の様子です。現在も引き続きこの約半数が「テック系クライアント」という比率です。22年のS4キャピタルの会見でも、アルファベット、メタ、アマゾン、マイクロソフト、ヒューレット・パッカード、セールスフォース、アドビを主要テック系クライアント名として公開しています。
③最初の扱い規模が小さくとも「今後伸びる」テック系クライアントが中心次の図は、S4キャピタルのクライアント規模別の売上総利益=粗利の内訳です。その成長の様子を比較できるように、上(2021年)と下(2022年)に利益構造が「ほんの1年」の間でもシフトしている様子がわかるように並べてみました。
注目は図の右側の利益規模が小さい会社(売上総利益が1億円未満)がどんどんと左側の利益規模大手のクライアント(売上総利益が15億円以上)に成長している様子です。たとえば15億円以上のクライアント数は2021年が6社だったのが、22年には11社に増えている、という具合でどんどんと左側へ(規模の大きい側へ)シフトアップしているのがわかります。S4キャピタルは、最初は規模の小さいクライアントでも爆発的に成長するテック系クライアントの目利きとして成長させている様子がわかります。エージェンシーとして「伸びる顧客」と仕事をしたいのは当然ですが、その顧客に絞って仕事をするためには、「先出しでの新・コンテンツやテクノロジー(初めての仕様や、開発)投資」を次から次へと提供する意志や姿勢が求められます。図で示されているのはS4キャピタルが「受け身のコンサル」ではなし得ない「動的な」クライアント・ポートフォリオを作っている証しです。その成長ドライバーとしてアプローチ④・⑤に続きます。④旧メディアの広告扱いは見向きもせず、デジタル基盤の広告に伴うコンテンツ配信S4キャピタルは、主要「デジタル」プラットフォーマー(グーグル、フェイスブック、アマゾン、ティックトックなど)の成長の伸びしろに(2018年の起業時当初から)キッチリと寄り添っています。S4キャピタルの事業分野は「広告(デジタル広告)」の土俵でのビジネスに見えても、さながら金融商材としてのM&Aの組み合わせ手法が大きく作用しています。⑤収益構造として「コンテンツ:メディア」の利益比率がコンテンツ主導の「7:3」次の図はS4キャピタルの2021年通年と22年の第3四半期まで(通年での成績ではない直近9カ月分)の財務諸表です。同社の事業区分として「コンテンツ」と「データ&デジタルメディア」「テクノロジーサービス」の項目が見えます。
コンテンツとテクノロジーサービスで約7割以上の収益を上げている様子がうかがえ、データ&デジタルメディアの扱いは3割ほどです。22年は9カ月で既に前年を超えている成長もうかがえます。クライアントのコンサルではない新しいコンテンツの提供者日本では「クライアントに寄り添おう」とするコンサル姿勢が多く見受けられますが、S4キャピタルでは「何がほしいですか」の受け身受注ではなく、「これ、おいしいよ。ほしいですか(新コンテンツ)」と先出しする側(かつての日本の商品メーカー)の立ち位置で事業を伸ばしています。(相手にとって)良かれと思うことをせっせと提供するのは、スタートアップとしての王道でしょう。S4キャピタルの事業は、デジタルメディアの広告配信企業としてMightyHiveを買収し、デジタルメディアの扱い(売買)も重要な柱のひとつではあります。しかし、統合した名前がコンテンツ側の企業「Media.Monks」の名前に寄せたことからも、「ONE」事業としての「主要な儲け、需要の広がる事業」は、「コンテンツ+テクノロジーサービス」であるぞ、と掲げています。コミュニケーションの最大変数は配信するメディアよりも、「コンテンツ(を支えるテクノロジーサービス)」であると、そもそものマーケティングの基本が見えます。注目はアプローチの①と②アプローチの③~⑤は、日本市場に閉じたエージェンシーでも「できる」「トライしている」「納得できる」事項かもしれません。ここで注目したいのは、「アプローチ①:金融市場(株式上場市場)ありきで起業時から上場市場でスタートする」と「アプローチ②:グローバルを起点として(本社ロンドン)、グローバルクライアントの成長にフォーカスしている」です。「広告」というスケールを必要としつつ、かつ成長させる事業モデルの場合、経済成長が鈍化・止まっている市場に留まっていては、大きな成長がありません。もちろん、たとえば札幌や博多という地方に特化したエージェンシーが存在することも喜ばしいことですが、この規模ならばわざわざ株式市場(金融市場)での資金調達はせずとも、「家内制」の範囲でも十分でしょう。(爆発的な)大きな成長を望まないならば、注ぎ込む資本も必要がない(=集まらない)という循環が生まれます。これは「日本市場に閉じている」という起点ビジネスでも、世界の海原を流れる金融市場から見れば、動きの小さな淀みの市場として考えられます。S4キャピタルは上場市場を知り尽くしたソレル氏ならではの手法ですが、それだけに成功への方程式として裏付けられたゲームルールの感があります。日本企業でも視点を日本から世界へ延長させる方法だけでなく、世界から世界へ向けての方法もあることを意識してください。
日本の有力エージェンシーの現状と今後2014年に刊行した『広告ビジネス次の10年』では、日本の広告ビジネスビッグ3を電通、博報堂、ADKと捉えていました。電通、博報堂は当然ですが、世界最大の広告代理店グループWPP傘下だったADKも、WPPのバックアップを加味していました。しかし現在、日本のビッグ3は電通、博報堂、サイバーエージェント(CA)に変わりました。デジタルを軸にしたマーケティング活動が主流となった今、CAの優位は揺るがなくなっています。しかもCAのビジネス展開は従来の広告代理店とは違います。メディア事業を展開しつつ、ゲーム会社としては多くのテレビCMを広告主として出稿し、グループには化粧品ブランドを展開する企業もあります。これらのビジネス展開はいずれもエージェンシーとしてクライアントに提供する知見を生んでいます。クリエイティブも従来のエージェンシーの職人芸とは一線を画し、自動生成によってより効果のあるものに寄せるなど、データをもとに科学的アプローチをしています。クライアントも「少し試してみようか」と考えてみたくなる試みです。電通グループの現状と今後さて、日本の広告ビジネスの業界地図の現状とこれからを考えてみましょう。まずは電通グループと博報堂DYグループを対比してみます。電通グループは、グローバルには英イージスを抱える巨大エージェンシーグループで、世界のトップ5の一角です。日本でのデジタル対応力も整備がほぼ出来上がったといえるでしょう。電通本体の背後に、電通デジタル、CCI、セプテーニなどのデジタル実行部隊を編成し、デジタル案件のケーパビリティを確保しました。電通デジタルはDXコンサルに対応する集団になっています。アクセンチュアと電通デジタルが真っ向から競合している話はよく聞きます。『広告ビジネス次の10年』では、グローバルとデジタルは表裏一体と書きました。売上の50%以上を海外で稼ぐ電通グループですが、やはり日本のデジタル化は今までのところは国内ローカルの独自対応になります。グローバルなデジタル力を日本に応用するのは簡単ではありません。筆者は電通デジタル発足時に、同社が電通本体と競合するくらいに自らフロントに立って直接広告主と取引することが重要と考えました。しかし現状、一部ではフロントを取ることもあるようですが、本体との協調は欠かせないようです。アクセンチュアなどがDXコンサルから一部エグゼキューションにまで侵攻してきている現在、グループ内で競合するほどの余力はないのかもしれません。また電通本体のフロント、つまりBP(ビジネス・プロデュース)局のビジネス展開力は筆者が考えていたよりも進化しています。早々にメディアの広告枠の売り手という意識を脱して、まさにビジネスを創り出す集団という思考が浸透しているといえるでしょう。筆者はその昔、日本広告学会の元会長小林保彦先生とアカウントプランナー機能について社内で若手社員とセッションをしたことがあります。そのときに筆者が考えたアカウントプランナーとは、クライアントに提案するプランニングのプロデュースに留まらず、アカウント(どうやって稼ぐか)をプランニングする役割でした。既にビジネスがメディアマージン以外にも広がりを見せており、利益率が大きく違うさまざまな仕事はトップライン(売上)では指標にならなくなっていたからです。しかしBPの発想は、方向は同じでもはるかに進んでいます。そもそも電通は国際会計基準を採用しており、この場合広告代理店における売上(トップライン)とは売上総利益(グロスインカム)となります(第9章の「『売上総利益』と『売上』の違いを区分して経営しているか?」で詳しく解説します)。電通はこのビジネスプロデュース力を発揮して、新しいビジネスモデルを開発するチャンスをいくつも獲得するでしょう。それらをサテライト的に電通本体機能と連動させることで、「ビジネスおよびマーケティングをサポートする企業」として第一の選択肢になるかもしれません。それには潜在力としてのグローバルデジタル(イージスの機能)をどう国内にも展開できるかにかかってくるでしょう。博報堂DYグループの現状と今後一方の博報堂DYグループを見てみましょう。博報堂DYグループのデジタル対応力の中核はDACです。DACの売上はADKに匹敵するくらいにまで大きく成長しています。創業メンバーである筆者も鼻が高いのですが、グループのメディアバイイング会社博報堂DYメディアパートナーズの矢嶋弘毅社長が創業時からDACの社長を務め、デジタル側から全メディアを扱うトップになっているのは大きいでしょう。メディアパートナーズとDACの一体感は非常に高いと思います。さらに、もともとはSEM(サーチ・エンジン・マーケティング)の会社だったアイレップが、デジタルエージェンシーとして成長しています。博報堂、大広、読広とともにフロントを取ることが多くなっていて、筆者の持論である「デジタルエージェンシーがフロントを取れ」を体現しているように思います。アイレップは購買直前のリスティング広告から機能を上流に向けて上っていくアプローチであり、博報堂のそれとは逆になります。たとえばテレビ×デジタルは、博報堂はテレデジ、アイレップではデジマスという具合です。フロントを取れる2つのエージェンシーがフルファネルで対応するものの、そのアプローチ法が違うのはクライアントにとっても良いことでしょう。しかし、博報堂グループは電通デジタルほどのDXコンサル力に欠ける面があります。下流のデジタル広告扱いでは電通グループと互角以上の体制を作り上げたので、これからはコンサルファームとの提携、SIerとの提携などでDXコンサル力を強化するでしょう。このようにシステムインテグレータとエージェンシーとの提携は面白いと思います。電通には電通ISIDがグループにあります。博報堂DYグループとしてはガッチリ組むSIerがあっても良いでしょう。というのも筆者はSIerのコンサルをしたことがありますが、どうしても受け身の存在であり、マーケティング知見もないので提案力に欠けるのがSIerです。これはそもそもSIerの多くの社員のパーソナリティが「受け身」で「おとなしい」が「生真面目」で「最後まで逃げない」というものだからです。従来、情シスとだけやっていれば良かったIT化はマーケティングのデジタル化という概念までいくと、相手は営業、マーケ、宣伝広告など企業の顧客と対峙している人たちになります。彼らは同じ会社にもかかわらず、情シスとは文化も言語も違ってきます。そこでエ
ージェンシーと組む策はあるのです。逆にエージェンシーもメディアで稼ぐのではなくシステム導入で稼ぐビジネスモデルを得られます。博報堂DYグループにはこうした戦略もあるかと思います。もちろんDXコンサル力を強化する必要があることはいうまでもないでしょう。博報堂DYグループの一番の課題はグローバル化です。国内では非常に強いのですが、海外では赤字です。日本のデジタル化が非常にローカルなものであったのは幸いしました。しかし、今後のグローバル化は今となっては広告事業ではないかもしれません。サイバーエージェントの現状と今後三大エージェンシーの一角はサイバーエージェントです。前述のようにCAの強みは、代理店事業以外にも主力となる収益事業があり、グループとしてゲーム事業やメディア事業、化粧品ブランド事業などがエージェンシーとしての提案力につながるという好循環をもたらしている点です。若い活気のある企業文化で、
これからも新たな事業展開を見せるでしょうし、それらはまたエージェンシーとしての面白みや厚みを増すことにもなります。CAの出自はネット広告ですから、ウェブマーケティング広告主からスタートしていますが、今ではCPGのクライアントも多く顧客にいます。これは若いCA文化の営業担当者の積極的な営業活動もさることながら、マス広告クライアントも第3の選択肢としてCAを加えたくなる企業としての演出力があります。しかし順調に成長してきたCAのこれからの課題は、社員の知見がデジタルに偏っていることです。マーケティングのデジタル化とはアナログな施策も含めてそのプロセスをデジタル思考に変換することですから、アナログなアウトプットの実際も熟知していないといけません。ただデジタルに偏っていることは、強みでもあります。電通や博報堂のようにマーケティング支援事業が軸になっている場合、統合型ソリューションの提供を強いられますが、CAは何もマーケティング支援に関わることはないからです。筆者は取引もあって彼らの黎明期をよく知っています。当初は電通や博報堂からも人財が来て立ち上げに貢献しましたが、次第に旧代理店文化であるマーケティング支援に軸を置くスタンスから、メディア事業、ゲーム事業と新たな企業文化に進んでいきました。これが大成功の鍵でした。アベマTVも広告以外の収益手段を見つけるなどの赤字脱出策があると思います。今後も彼らはCA文化を核にした事業展開をするでしょう。そうなるとだんだん電通や博報堂とはあまり競合しない企業になっていくかもしれません。電通や博報堂の競合になるのは?電通や博報堂の競合の主役はコンサルファームになっていくでしょう。ただし、コンサルも戦略系、総合系、IT系という上流からの構造があり、電通デジタルのDXは広告マーケティングのそれです。もちろんマッキンゼーやボストン・コンサルティング・グループが電通デジタルと競合しているわけはありません。戦略系コンサルのDXは全社改革で財務インパクトの大きな打ち手としてデジタル領域も組み込まれたプロジェクトです。規模も10億~100億円に及びます。ただ需要は小さくなりつつあります。総合系コンサルは部門対象規模で開発やPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)込みで行うケースが多いでしょう。伴走して長期間になりがちです。SAPやSFDCの導入が食い扶持になります。ITコンサルは、人材派遣を含めたIT部署支援型コンサルです。IT人材が枯渇しているので、最近はかなり高いフィーが取れているようです。この領域は相変わらず旺盛な需要があります。そしてDXコンサルでも広告マーケティング領域コンサルが、まだITコンサルに比べればはるかに小さな市場ですが芽吹いてきており、ここで総合系、IT系を手掛けているアクセンチュアと電通デジタルが競合したりします。アクセンチュアがIMJを買収したのは2016年、21年には吸収合併し、ウェブ制作などのエグゼキューションを手に入れました。クリエイティブ能力も強化しており、電通・博報堂の領域を虎視眈々と狙っています。ただ、POE(ペイドメディア、オウンドメディア、アーンドメディア)でいうとオウンドメディア制作が実行領域ですから、ペイドもアーンドも実務もこなす必要があります。日本でペイドメディアのバイイングを手掛けるにもハードルが高いでしょうから、アーンドメディアのエグゼキューション能力獲得に動いてくるでしょう。ここを電通も博報堂も明け渡すとピンチです。SNSなどはそこで直接得られる扱い高は大きくないですが、消費者インサイトの発見やコミュニケーション設計の起点をSNSから発想できるなど、抑えておくことが大変重要な分野です。
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