次の100年を見据えて私たちは富山県で主として土木・建設業を営んできました。地方企業としては社員数80人超とそこそこの規模ではありますが、東京などの大都市に本拠地をおく大企業とは異なり、資金面でも人材面でもさまざまな課題を抱えています。そんななかでどのような理念のもと、どういう発想・工夫でこの激動の時代を乗り越えようとしているかお話しすることは、同業の方たちにとってはもちろん、他業種の方々にとっても、意味のあることなのではないかと考えています。巨額の借入金を背負って創業が1919年(大正8年)のわが社は、2019年(令和元年)に創業100年を迎えました。私の曽祖父の代の創業ですが、それよりも前、江戸時代くらいから現在の社屋のある土地に定住し、地域の治水作業に尽力していたようです。平成のはじめくらいまでは、建設会社にとって極めて業績好調な時代が続いていました。先代(私の父)のときには、日本の高度経済成長期やバブル期と重なったこともあり、業績はうなぎ登りでした。しかしどんな事業もそうですが、好調な時期がいつまでも続くわけではありません。建設業界のバブル崩壊は、橋本内閣が消費税を5%に引き上げた1997年(平成9年)に始まりました。当時、弊社の売上は100億円を超えていましたが、負債の額が実に80億円ありました。売上も大きいけれども借入金もピークです。私はそのタイミングで社長に就任し、借入金の圧縮と不良債権処理が喫緊の課題でした。それからはただひたすらがむしゃらに突っ走ってきました。本業の建築は一般住宅、施設、店舗など幅広く手掛け、土木・舗装工事、建材の運輸・配送、アスファルトコンクリートと生コンクリートの製造、ガソリンスタンド経営、不動産の仲介業など、建築に付随するものはすべてやってきたといっても過言ではありません。ありがたいことにお客さまからのご注文は引きも切らず、創業100年の節目で借入金の返済のめどが立ちました。しかしそこでハタと考え込んだのです。フロー型ビジネスからストック型ビジネスへ基本的に建設業界というのはストック型かフロー型かといえば、フロー型だということにあらためて思い当たりました。お客さまからのオーダーがあれば利益が上がるけれども、依頼がなければ利益も0円です。仕事が取れて初めて売上が立ちます。不動産仲介業をするようになって分かったことですが、その点、入居管理などの不動産管理はストックビジネスになります。一過性の利益ではなく、長期間にわたって利益を上げることができます。創業100年を迎えるにあたって、会社がこれからの100年をどう生き抜いて社会に貢献していくかを考え、新たなビジネスモデルを展開していくことが必要だと思い至りました。フロー型ビジネスへの依存度を低くしてストック型ビジネスの比重を重くしていくことが必要なのではないかという結論に達しました。コンサルタント会社の力を借りるこういうとまるで私たちの内側からある「気づき」が起こり、自発的に新たなビジネス展開を模索するに至ったかのようですが、実は気づきをもたらしてくれた第三者が存在しています。中小企業の経営者には、ワンマン社長気質の人が大勢います。父である先代社長もそのタイプでした。カリスマ性があって、悪くいえば唯我独尊タイプで、自分一人でなんでも決断してぐいぐい社員を引っ張っていく人でした。会社のビジネスモデルがその時代に合っているときは、そのやり方でもいいと思います。むしろ「みんなでなんでも話し合って」などとやっているよりもスピーディーで理にかなっているのかもしれません。しかし今は目まぐるしくいろいろなことが移り変わっていく時代です。ワンマン社長の感覚が今の時代のニーズに合っていなかったらどうなるでしょうか?会社ごと沈没して浮かび上がれなくなってしまいます。大きな会社であれば市場分析などの専門部署をつくり、そこに企業経営に詳しい人材を配置することができるでしょうが、地方企業ではなかなかそこまで手が回りません。そこで私たちは専門家の力を借りることにしました。頼ったのは日本有数の経営コンサルタント集団であるF総研さんです。F総研さんの力を借りることがなければ、おそらく私たちが障がい者グループホームに行き着くことはなかっただろうと思います。建設会社としてこれからどういう事業展開をしていくのが時代のニーズに合うのか、事業モデルの立て付けや収支の部分の考え方など、非常に多くのことを学びました。F総研さんのクライアントのなかに、すでに障がい者グループホームの建設を手掛けたことのある建設会社があって、実際にやってみてどうだったか、生の声を聴けたのは本当にありがたかったです。もちろんコンサルタントフィーというコストが伴いますが、会社の未来を拓くための費用と考えれば、決して高いとも惜しいとも思いません。社員の発想力を大事にして、任せるわが社にとって新規事業である障がい者グループホーム運営は、井上がすべての陣頭指揮を執っています。私は口出ししません。私自身、人から言われてやるよりも、自分で考えてやっていきたいという気持ちが強く、あれこれ口出しせずに任せたほうが本人のやる気が出るのではないかと思うからです。これには、社長就任から5年後に大病をしたことも関係しています。借金返済に追われて激務だったことに加え、誰にも相談せず、何もかも一人で抱え込み強いストレスを感じていたことも、発病の引き金になっていたのではないかと思います。生死の境をさまようような深刻な状態から奇跡的に回復したとき、これからの人生は世のため人のために捧げようと決意しました。本当に人の役に立つ仕事をしたいと考えるようになったのです。その理想の実現は、自分一人ではなしえません。まずは社員たちを信頼して任せてみようと考えました。やってみてうまくいかなかったり、進め方に悩んだり
することがあったら、その時点で手を貸そうと腹をくくりました。井上は私の20歳年下です。大学卒業後、外食産業でも最も厳しいといわれる会社に入り、地域統括マネージャーを務めるなどバリバリ働いていましたが、縁あって私の会社に入社しました。頭の回転が速くて努力家、若い頃から老成したところがありますが、発想力が豊かで面白い人間です。F総研さんから提案してもらった障がい者グループホーム建設事業に最も前向きだったのが井上で、その流れで多くのグループホーム案件に関わってもらいました。創立100周年の節目で、グループホームの建設に携わるだけでなく、新規事業として運営主体になってやってみようということになったのは先ほどお話ししたとおりです。そのとき、井上が「この事業をやったほうが良い理由」として挙げてきたものに、私はいたく感銘を受けました。本業とのシナジー効果井上は、社会福祉事業を始めることで、次のシナジー効果が得られるというのです。その内容は次のようなものでした。ブランド力強化提出された企画書には、これから多様化・人口減少していく日本において、ことさら重要なのが社会貢献というブランド認知である、とありました。この企画書が書かれたのは2021年1月です。同年、東京オリンピック・パラリンピックが開催されましたが、オリンピック憲章では「あらゆる差別の撤廃」がうたわれています。開幕前からトラブル続きで「呪われた五輪」ともいわれた東京オリンピック・パラリンピックですが、あらためて障がい者への差別、性差別、性的マイノリティへの差別など、あらゆる差別への撤廃の機運が高まったのではないかと思います。こうした時代背景のなか、社会福祉事業、とりわけ障がい者福祉事業の分野に進出することは、企業イメージを高めブランド力を強化することにつながると思います。採用面での効果ターゲットであるZ世代の若者たちはSDGs的な意識が強く、社会貢献を第一に考える層が増えてきています。人手不足が懸念される昨今ですが、「福祉をやっている建設会社」は重要な意味をもつと考えられます。地元の建設会社で働くことを考える人からは、地域貢献・社会貢献度の高いところが選ばれると思います。営業強化自分たちで実際に障がい者グループホームを運営することで、知識やノウハウの提供にとどまらず、生の情報をクライアントに届けることができるようになり、営業強化につながります。クライアントの福祉事業者は、福祉・社会貢献に対する意識をもたないことを嫌う傾向が強く、「私たちも福祉事業に携わっている」という事実は、建築営業において強い説得力になります。また自社物件をモデルにできるので見学誘致もしやすく、商談を円滑に運びやすくなります。さらには先々の話にはなると思いますが、こちら側の運営体制が整って、サブリースとして提案する場合、ほかの事業者を紹介せずとも弊社で運営を請け負うことが可能になります。商談の期間短縮にも、弊社の収益アップにもつながります。人材確保福祉業界は慢性的な人手不足の状態ですが、意外にも、福祉の仕事に関心のある若者は少なくありません。しかし「やってみたいけれども、毎日はやれない」という思いが強いようです。わが社が現在計画している障がい福祉事業には、福祉関係の資格をもたない人でも働けるポジションがたくさんあります。会社本体の人員と福祉事業の人員をシェアすることで、両面の人材不足をカバーすることができます。例えば週3日は本体の営業や事務、残り2日はグループホーム勤務などフレキシブルな体制を取ることも可能になります。営業や福祉関係は離職率の高い職種ですが、職種を分散させることで社員を定着させる効果が期待できるのではないかと思います。人財育成特に営業人員においては、自分自身が障がい者グループホームで働くことは、その実体験が反映され説得力のある話ができるようになることに加え、キャリアの早い段階からさまざまな経験を積むいい機会となります。この事業が軌道に乗って施設数を増やしていくことができれば、その分だけ施設長のポストがつくれます。若手社員が管理者となることで、早期から経営的な視点をもつ経験ができるため、経営幹部育成にも寄与するはずです。若手社員インタビューでは実際のところ、新規事業である障がい者グループホーム運営は、社員たちにどう受け止められているのか、若手社員に聞いてみました。四十田佑介(27歳)私は2020年に入社しました。大学を卒業して3年くらいフリーターだったのですが、ぼちぼち働かなくてはと思っていたとき、先に勤務していた最も親しく信頼をおいている友人に「うちの会社、今、社員を募集しているよ。受けてみたら?」と声をかけられたのがきっかけでした。大学では心理学を勉強していて、困っている人の役に立ちたいというのが根底にあったため、県内の障がい者施設の多くを建てた会社だということに強く惹かれました。ほかの会社ではやることのできない、面白い仕事がここではやれるのではないかと感じました。この会社に出会って「一生懸命、世の中の人の役に立つために働く自分の姿」を鮮明に思い描けるようになったのです。入社以来、営業部に所属しており、今(2021年8月)は2022年3月オープン予定の障がい者グループホーム事業では、井上さんの指揮のもと、責任ある立場を任されています。入居者募集の窓口は私になっているのですが、募集案内やチラシを持って関係各所を回ったとき「地元にこういう施設ができて本当にありがたいです」「期待
しているので頑張ってくださいね」と温かいお声を掛けていただき、自分たちのやっていることの社会的意義を強く感じました。地元にこんな新しいことをやろうとしている会社があることを誇りに思います。これからこの貴重な経験を先々につなげていき、いつか自分も会社の中核を担う立場で社会に貢献できたらと思っています。熊谷武蔵(23歳)私は富山大学経済学部経営学科を2021年3月に卒業し、4月に入社した1年目の新入社員です。地元富山が好きなので、就職する際もぜひ地元企業にと思っていました。できれば「地図に残る仕事」がいいな、という思いからおのずと建設会社が視野に入り、就職活動をするなかで、高齢者施設や障がい者施設など社会的弱者と呼ばれる立場にある人たちに寄り添った企業であることに、強い魅力を感じました。実際に入社してみて実感しているのは、どんどん成長していける機会を与えてくれる会社だということです。今はまだ独り立ちできず、先輩たちの営業先についていき勉強させてもらっている段階ですが、お客さまに対して説明する機会を与えられ、それに対して的確なフィードバックをしていただいています。営業部は20代が6人と、今の日本の年齢構成からすると驚くほどの若手集団を形成しています。みんなで切磋琢磨しながら成長し、世の中の人の役に立つ仕事をしていきたいと思っています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この体験談を寄せてくれた2人が入社を決めたとき、私の会社はまだ福祉施設の建築に携わっているだけでした。それでも就職先を決めるにあたってこれだけのフックになっているのです。これは人手不足に悩む全国の中小企業の経営者の方々に、ぜひ知ってもらいたい事実です。時代に合った職種・業態に変化していくことで、そこに可能性と魅力を感じる人は必ず集まってきます。採用するうえで私たちが心掛けているのは「多様な人材を採用すること」です。同じような経歴・考え方の人が集まると、当面のまとまりはいいかもしれません。しかしそれでは激動の時代を生き抜くことができないのではないかと、私たちは考えています。いろいろな個性をもった人が集まり、それぞれ意見を出し合うことによってこそ、新しいものを生み出す力になるのだと思います。もちろん、理念や事業の目的に関しては、全社員が同じ方向を向いていなければなりません。「会社としての意思統一」を促していくことが、我々経営陣の重要な役割であると思っています。社員の働きに応えられるような組織づくりを目指すおかげさまでいい人財に恵まれた私の会社の現在の課題は、教育制度の整備や人事評価制度の制定です。〝中小企業あるある〟ですが、日々の業務に追われて、なかなか教育までは手が回らなかったというのが実情です。基本的にはオンザジョブトレーニングで、まずは作業マニュアルをつくることに取りかかっています。人事評価基準があいまいという声も上がっており、こちらも見直しを迫られています。もちろんこれまでも昇進・昇格基準はあり、この規模の会社としては比較的しっかりしているほうだとは思いますが、実際の運用がなかなかできていないのです。正当な人事評価をするためには、正当な手順を踏まなければなりません。ちゃんと面談をしたうえで、「ここはできているけれども、これについては達成できていない。ということはこれが課題だから頑張りなさい」というところまでもっていくことが必要です。さらには「いつまでにやってくださいね」と期限を決めて、その期限がきたら「やりましたか」と確認までしないと、正しい人事評価はできないものです。そこまでやるのが難しいのが現状です。また給与制度も、毎月成果給を上乗せするというよりも、もともとあまり幅を取っていないボーナスに一括して上乗せするシステムになっているため、仕事で成果を上げれば上げるほど「その割に少ないな」ということになってしまいます。これも早急に改善すべき課題だと考えます。会社は社員あってのものです。社長一人では何もできません。社員の働きに報いることのできる組織をつくることが、経営者としての私の重要な役割と考えています。
おわりにこの本を最後までお読みいただきありがとうございます。私の会社が障がい者グループホーム事業に関わるようになったのが2015年のことです。この事業に強いやりがいと可能性を見いだし、2021年にはついに「自分たちが障がい者福祉事業の当事者になろう」と、新会社を設立して運営主体となるべく活動を始めたのは、本文でもお話ししたとおりです。先代の後を継ぐ形で社長に就任した当時、自分が将来福祉の分野の仕事をするようになるとは夢にも思ってはいませんでした。しかし、自覚しないまでもその萌芽はすでにあったのかもしれないと、今になって思います。四半世紀ほど前、30歳を目前に私はアメリカ留学をしました。すでに次期社長になることは決まっていたので、先代は私に重責を担う前に広い世界を見せてやろうと考えてくれたのだと思います。その留学で、私は自分の価値観を大きく揺さぶられる体験をします。留学先の語学学校のカリキュラムのなかに、障がいのある人を招いて交流するというプログラムがあったのです。それまで障がいのある人と接したことのなかった私は、どういう接し方をしていいのか分からずにとまどっていました。すると招待された側の障がいのある人たちが、日本から来た留学生である私に一生懸命に話し掛け、会話の糸口をつかんでコミュニケーションを取ろうとしてくれるではありませんか。まるで既知の友人のようにフレンドリーに接してもらい、私の緊張は一気にほぐれていきました。一度会話を交わせばそこは若者同士で、まして相手はコミュニケーション上手なアメリカ人です。私の拙い英語を一生懸命聞き取ろうとし、その場を楽しいものにしようとしてくれている姿を見て、私はただただ感動し、感謝するばかりでした。そして国や人種の違い、障がいの有無というのは本当にささいなことであり、一人の人間対人間として向き合うときにはなんの関係もないのだという事実がすとんと私のなかに入ってきたのです。あのとき私は、この世の中に生きるすべての人は平等で対等で、皆が同じように尊重されるのだということを理解したのだと思います。今の私の目標は、誰もが生きやすく自分らしさを発揮できる社会の実現に向けて、自分ができることを粛々と行っていくことです。私たちが北陸の地で障がい者グループホームを立ち上げても、すぐに世の中が変わるわけではないことは百も承知しています。しかし一滴の水が集まって大河となるように、志を同じくする人たちが増え、障がい者グループホームのある町が「当たり前」になって、障がいのある人とない人との間に交流が生まれるようになったとき、確実に世の中は変わっていくと思います。一刻も早くそんな日がくることを願ってやみません。岩崎弥一
【著者プロフィール】岩崎弥一(いわさき・やいち)1964年、富山県生まれ。小学2年生から東京で育つ。1988年に立教大学卒業後、大和証券に入社。1990年から1993年の間、萩山教厳代議士、鈴木宗男代議士の秘書を務める。1995年に岩崎建設株式会社を継ぎ、取締役に就任。1997年には同社代表取締役に就任。2009年に社名をアルカスコーポレーション株式会社に改める。同年から南砺市商工会理事を務め、2018年副会長となる。[編集協力]井上嵩浩アルカスコーポレーション株式会社取締役営業部部長株式会社CH5代表取締役※本文中のデータや報酬単価などは2021年現在のものであり、変更の可能性があります※制度や見解も各自治体により変更になっている場合があります本書についてのご意見・ご感想はコチラ
安定した収益&社会的意義を両立福祉施設経営のススメ発行日2021年11月12日著者岩崎弥一発行人久保田貴幸発行元株式会社幻冬舎メディアコンサルティング〒151-0051東京都渋谷区千駄ヶ谷4-9-7装丁堀椎菜©YAICHIIWASAKI,GENTOSHAMEDIACONSULTING2021『安定した収益&社会的意義を両立福祉施設経営のススメ』(2021年11月12日第1刷発行)に基づいて制作されました。<禁止事項>1.本電子書籍のデータを第三者に譲渡、あるいは公衆送信すること。2.法律で認められている範囲をこえて、本電子書籍の全部あるいは一部を、弊社の許可なく複製、転載すること。
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