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第3章 押さえておきたい「教える」の基本―運動スキルの教え方

目次

まずはやさしいステップから教える

この章では、教える技術の基本とも言える、身体を使って覚えさせたい運動スキルの教え方について詳しく説明していきましょう。

運動スキルを教える機会は、仕事以外に日常生活のなかでも頻繁に出くわします。ですから、この技術を身につけておくと生活のなかでとても役立ちます。

身体を使って覚えさせる運動スキルは、やさしいステップから教えるのが原則です。

しかし、たいていの場合、教える人は教えたいことを完璧にマスターしているので、相手のことを考えず、一足飛びにゴールの行動をさせてしまいがちです。

たとえば、スキーを教えることを考えてみましょう。

すでにスキーを滑れる人は、スキー初心者に「とにかく滑ってみてごらん。滑り方は転びながら覚えればいいよ」と言ってしまいがちです。

しかし、スキー初心者にとってはスキーの板を履いて歩くだけでも困難なこと。スキー板を履いたまま滑ったら、どこかに衝突するか、転ぶかしか考えられず、恐怖でしかありません。

スキーを教える人は、すでに滑り方をマスターしているので、初めてやるときの恐怖心を忘れてしまっているのですね。

このような状態で、一度誰かとぶつかって転んでしまうと、それが恐怖心になってなかなかうまく滑れなくなることも多いものです。

恐怖心は運動スキルを身につけるときの一番の障害になりますから、とにかくやさしいステップから教えるのです。

スキーが滑れるようになりたいなら、まず斜面を滑る前に平らな雪の上でスキー板をつけて歩く練習から始めましょう。

最初は、やさしすぎるくらいのステップからスタートします。入門の段階では失敗させる必要はありません。

中級の段階に入れば、いくらでも失敗を経験するチャンスがあるからです。

歩く練習が終わったら、転ぶ練習、そこから起き上がる練習、ボーゲン……このように小さなステップを踏むことで、恐怖心がなくなっていきます。

恐怖心がなくなれば、失敗する準備ができたということです。それまでは失敗をさせないということがうまく教えるコツです。

まとめ ▼恐怖心は、運動スキルを身につけるときの一番の障害

「スモールステップの原則」で少しずつ進む

運動スキルを教えるためには、まず誰にでもできるやさしいステップから始めることです。それができたら、ほんの少しだけ難しいステップに進みます。

そして、それをマスターしたら、またほんの少しだけ難しいステップに進みます。こんなふうにして、少しずつ少しずつ、より複雑で難しいステップに進みます。

これを「スモールステップの原則」と呼びます。では、タッチタイピングを例にとって、その教え方を考えてみましょう。

タッチタイピングとはパソコンなどのキーボード入力を行うときに、キーボードをまったく見ないでタイプすることです。

タッチタイピングができるようになると文章の入力が圧倒的に速くなりますので、パソコンを使う仕事では効率を上げるために不可欠なスキルです。

タッチタイピングをマスターするには、自分の指を常に一定の場所に置くことが必要です。これをホームポジションと呼びます。

ホームポジションの目印のために、右手の人差し指を置く「 J」と左手の人差し指を置く「 F」のキーには、ポッチなど触ってわかるものがついています。

スモールステップの原則にのっとって考えると、次のようにステップを設定できます。

  • 1 「 J」と「 F」に右手と左手の人差し指を置き、ポッチを確認する
  • 2 「 J」と「 F」を 10回打つ
  • 3 「 JKL 」に右手の親指以外の指を置き、親指はスペースの上に置く
  • 4 「 JKL 」を順番に 10回打つ
  • 5 「 ASDF」に左手の親指以外の指を置き、親指はスペースの上に置く
  • 6 「 ASDF」を順番に 10回打つ
  • 7 ホームポジションが確実になるまで繰り返す

このように、スモールステップの原則に従って教えれば、教えられる人は「失敗することなく」学んでいきます。もちろん小さな失敗はあるかもしれませんが、たいていは何度かトライすれば、そのステップはマスターできます。

反対に、スモールステップの原則に従わないで、いきなり複雑で難しい課題に挑戦させると、失敗する確率が高くなります。

もちろん、失敗しても、それに負けずに頑張る人もいるかもしれませんが、ちょっとした失敗でくじけてあきらめてしまい、「もう、や ーめた!」となってしまう人も多いのです。

ですから、できるだけスモールステップの原則で進めるのがコツ。0から 1に進む場合、その段差はたった 1かもしれませんが、その一段が大きかったりするものです。

0 ~ 1 ㎝の間に 10 ㎜もあるように、 0から 1の間にもいくつものステップがあると考えると、小さい段差で進んでいくことができますね。

まとめ ▼スモールステップの原則で教えれば、失敗が少なくなる

即時フィードバックで相手のやる気を刺激する

スモールステップでトレーニングを進めていくときには、どんなことに気をつければいいのでしょうか?それは相手をよく観察することです。

そして、もしうまくいったら、「オーケー、できている!」と声をかけましょう。このように、相手の行動に対して声をかけるなどの反応をして相手に伝えることを「フィードバック」と呼びます。

「オーケー、できている!」というのは、「うまくいったよ」というフィードバックなのです。逆に、うまくいかなかったときにもフィードバックします。

「今のはできなかったね」と伝えればいいのです。フィードバックは、その行動が起こった直後、〝できるだけすぐに〟します。これを「即時フィードバック」と呼びます。

何かを一生懸命練習していて、それができたときに「できたね!」と声をかけられたらうれしくなりますよね。それも、できてすぐに声をかけられれば、うれしさも倍増します。

逆に、できた直後には何の反応もなくて、何分かたってから「できたね!」と言われたらどうでしょうか。自分にそれほどの関心をもってくれていないんだという不満の気持ちが大きくなるかもしれません。

だから、即時フィードバックが大切なのです。即時フィードバックをするためには、相手のことを常によく見て、観察していなくてはなりません。

小さい子どもはもちろん、大人であっても気にかけてもらうのはうれしいこと。それが刺激となってやる気が出てきます。

まとめ ▼

相手をよく観察して、できたらすぐに声をかける

あえて大げさにほめない

相手が課題をクリアしたときに「オーケー、できている!」と声をかけることがフィードバックです。このとき、「できている」というのは「できている」という情報だけを伝えています。

また、できなかったときの「今のはできなかったね」というフィードバックも、「できなかった」という現状の情報だけを伝えています。これを「情報フィードバック」と呼びます。

情報フィードバックだけでは物足りなくて、「できたね。すごいね!」とか「すばらしい!」というような「ほめ言葉」を足したくなるかもしれません。

この「ほめ言葉」を「評価フィードバック」と呼んで、「情報フィードバック」と区別することにしましょう。

さて、現状の情報だけを返す情報フィードバックと、ほめ言葉で返す評価フィードバックでは、どちらを使ったほうがいいのでしょうか?相手がうまくできたら、教える側としてはほめたくなりますね。

ですが、それはちょっと我慢してください!なぜなら、スモールステップでの教え方は先が長いのです。うまくいくたびにほめていたら、相手もそれに慣れてきて、ほめられてもそれほどうれしさを感じなくなってしまうでしょう。

また、「すばらしい!」とほめられてしまったら、相手は「次も絶対に失敗できないぞ」とプレッシャーを感じて、かえって緊張をして失敗してしまうかもしれません。

何事も上達するには失敗はつきものです。失敗しながらうまくなっていくのですから。しかし、ほめられ続けると失敗を恐れるようになってしまいますから、あえて、ほめすぎないほうがいいのです。

それに、ほめることは意外に難しいものです。

たとえば「できたね。やればできるじゃないか」というほめ言葉は、あまりうれしくありません。

「普段からちゃんとやればいいのに……」というニュアンスも含んでいるようで、逆に、注意されているような気分にさせてしまうからです。

ほめ言葉は使ってもかまいませんが、できるだけ節約しましょう。その代わりに情報フィードバックを使ってください。

「オーケー、できたね」と現状を見て返してくれるだけで、相手は十分うれしいのです。

まとめ ▼

評価フィードバック(ほめ言葉)よりも、現状を伝える情報フィードバックで

もちろん叱らない

教えるときは、ほめすぎないことをお話ししましたが、叱ることもしません。

叱るのではなく、「今のはうまくできなかったね。どこが難しかった?」と情報フィードバックで聞いてください。もしうまくできなかったところが自分でわかっていれば、次は本人も注意するでしょうから、もう一度やってもらえばいいのです。

何もアドバイスする必要もありませんし、ましてや叱る必要もありませんね。

「どこが難しかった?」と聞いて、相手がよくわからないようであれば、また同じように失敗してしまうかもしれません。

そういうときは、失敗を続けさせる代わりに、少しだけハードルを下げて今のレベルよりも少しやさしい課題にします。あるいは、「こうすればうまくいくよ」といったちょっとしたひと言アドバイスをしてみます。

何度も失敗させるのは良くありません。相手は「ああ、こんなに頑張っても、やっぱり自分にはできないんだ( =無力)」という気持ちを学習してしまうかもしれないからです。学習させたいのは目の前にある課題であって、「無力感」ではないですよね。

それなのに、相手ができないとつい「頑張れ!」と言ってしまいたくなります。それでもできないと「なんでできないの?」「だからおまえはダメなんだ」と叱り始めます。

そうなったら、あなたには教える資格はありません。とりあえずその場を離れたほうがいいでしょう。相手がうまくできないのは、スモールステップの教え方ができていないということです。

そう、叱られるべきなのは、スモールステップをうまく指示できなかった、教える人のほうなのです。

まとめ ▼

叱れば叱るほど無力感を植えつけるだけ

やる気を持続させるための考え方

運動スキルを教えるためには、やさしいレベルから始める「スモールステップ」と、行動した直後に情報を伝える「即時フィードバック」を使えば、どんなことでも教えることができます。

新人に挨拶や名刺交換や電話の取り方を教える、機械が苦手な人にパソコンの操作方法を教える、友人にロッククライミングを教える、料理が一切できない夫に煮物の作り方を教える……など。ただし、内容によってはマスターするまでに時間がかかるものもあります。

たとえば、ロッククライミングを初心者の人に教えたり、ほとんどパソコンを触ったことのない人にパソコンの操作方法を教えるなどは訓練が必要なので、比較的時間がかかるでしょう。

このように、マスターするまでに時間がかかるトレーニングは、その行動をいかにして持続させるかということがポイントになってきます。

ここで、相手の行動を持続させることを「強化」と呼びます。たとえば「オーケー、できている!」という即時フィードバックは、強化になります。その言葉を聞いて、「よし、もう少し頑張ろう」という気持ちになるからです。

トレーニングが何カ月間にもわたる場合は、練習を続けるための強化となる別のものを探す必要があります。

たとえば、甘いものが好きな相手ならケーキを差し入れしたり、若い社員に対してなら「この仕事が片付いたら、早く帰っていいぞ」と自由を与えたりします。

こうして相手が喜ぶものを与えることは、行動を強化することにつながります。いずれにせよ、相手が喜ぶものを日頃から観察しておくことがポイントです。

まとめ

相手が「頑張ろう」と思う気持ちになるものを探す

サプライズでさらにやる気を持続!

マスターするまでに時間がかかるトレーニングを行う場合は、相手のやる気を維持させるためにも、ちょこちょこと相手が喜ぶもの(ごほうび)を与えることをお話ししました。

しかし、練習が長期間になれば、ときには気が乗らないこともあるでしょうし、別の用事で忙しいこともあるでしょう。

そういうやる気のないときは、叱ったり小言を言ったりしてはいけません。本人の意志を確認した上で、練習を中断してもいいのです。やる気がないのに、無理やりやらせることは逆効果です。練習が嫌いになっては意味がありません。

それよりも、いったん練習を中断して、前のやさしいステップに戻って、自分の進歩の度合いを確認したほうが、やる気が持続します。

このとき、「よくやっているなあ」と感じたら、教える側が大きなごほうびを出してもいいでしょう。

それも、相手が予期していないときにプレゼントを出すのです。いわゆる「サプライズ」です。サプライズは毎回与えるものではないので、相手が前から欲しがっていた物や、ほめ言葉でもかまいません。

人は、予期していないときにごほうびをもらうと、何倍にも喜べるものです。

サプライズがあると、自分が練習を続けてきて良かったなぁと思いますし、さらに続けていこうと思うでしょう。サプライズのためにも相手をよく観察して、喜ぶものは何かを見ておきましょう。

まとめ ▼

相手が予期しないときにプレゼントを出す

教える人と教えられる人の信頼関係はトレーニングのなかで生まれる

やさしいステップから始めて、相手をよく観察し、すぐにフィードバックをする。こうしたトレーニングを続けると、教える人と教えられる人の関係は良くなっていきます。

教えられる人は、自分が練習しているところをきちんと見てくれることをうれしく思うでしょう。

そして、教える人は、自分が考えたステップに従って練習することで、相手が着実に上達している様子を見ることができるので、うれしくなるでしょう。

こうしてトレーニングがうまく進むと、その副産物として、教える側と教えられる側の両方に、お互いの信頼感が生まれてきます。信頼感というものは、最初からあるものではないのです。

「スモールステップ」と「即時フィードバック」を使って教えることを着実に実行すると、その結果としてお互いの間に信頼感が生まれてくるのです。

つまり、信頼関係とは、トレーニングを進めるなかで育まれていくものなのです。

反対に、スモールステップと即時フィードバックがうまくできなくて、練習がぎくしゃくしてしまうと、その結果としてお互いの信頼感が損なわれます。

つまり、教える人は「私のプラン通りにやってくれない」と考え、教えられる人は「教え方のプランに無理がある」と考えてしまうのです。

そうすると、お互いに相手を信頼できなくなるので、さらに練習がうまく進まないという悪循環になってしまいます。そんなときには、スモールステップと即時フィードバックの原則をもう一度思い出してください。

「相手にとって無理なハードルを立てていないか」「逆に、やさしすぎる課題を出していないか」「きちんと相手の練習を見て、すぐにフィードバックを出しているか」。

この原則に立ち返ることがもっとも大切です。

まとめ ▼

「スモールステップ」と「即時フィードバック」で、信頼関係を築く

丸投げやほったらかしにしたら自立は遠のく

「スモールステップ」と「即時フィードバック」のテクニックを使って教えていけば、相手は驚くほどスムーズに上達していくことをお話ししましたが、なかには「こんなにつきっきりで指導したら、相手の自立心が育たないのではないか?」と考える人もいるかもしれません。

「自立心」。なんと素敵な言葉でしょうか!その通り、「教えること」の最終目標は、「相手が自立してできるようになること」です。

相手が自立することで、あなたの「教える」という仕事は終わりになります。逆に言えば、相手が自立するまでは、あなたの仕事は終わっていないのですね。

しかし、私たちは相手が少し上達すると、それで安心してしまい(あるいは面倒くさくなって)、「あとは自分でできるよ!」と言って、相手に任せてしまうことがあります。

これがひどくなると「丸投げ」や「ほったらかし」になってしまうのです。これは教える側の責任放棄です。

教えられる側が「ありがとう。もう一人でできます」と宣言するまでは、教える仕事は終わっていないのです。

「スモールステップ」と「即時フィードバック」の原理を使って教えていけば、常につきっきりで指導しなければならないということはありません。

上達が早く、ある程度できてきたら、ときどき見てあげるだけで十分です。

その間に、相手は「よし、これでオーケー」「今のは、ここが失敗したな」などというように、自分で自分にフィードバックをかけることができるようになるからです。

まとめ ▼「自立」という名の丸投げは、教える側の責任放棄

運動スキルの教え方

  • ●誰でもできるやさしいステップから教える。
  • ●できるようになったら、少しずつハードルを上げる。
  • ●相手をよく観察して、行動の直後に「できた」「できなかった」という情報だけをフィードバックする。
  • ●できなかったときは、叱るのではなく「どこが難しかった?」と聞く。
  • ●練習のあとは、ごほうびを用意する。
  • ●ときどきは、サプライズをあげてやる気を持続させる。
  • ●教えられる人が自立するまでは、教える人が責任を持つ。
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