本社会議室での対決由紀が社長に就任してちょうど1年が経った。
今日は、高田支店長から最終決定を言い渡される日だ。
会議室には、斉藤経理部長と大森生産管理部長、そして高田支店長が仏頂面で座っていた。
由紀には不安はなかった。
無我夢中で走ってきた1年だった。
よくこの日までやってこられたものだと思っている。
思い切ったリストラが功を奏し、業績は急速に回復した。
利益が増え、在庫が減り、売掛金は順調に回収され、キャッシュフローは増えた。
しかも、商売に必要な運転資金量も劇的に減少した。
そして、なにより懸案事項の銀行借入が大幅に減った。
会議が始まると、斉藤が今期の決算報告を始めた。
数字を読むだけの抑揚のないしゃべりに、由紀は何度も睡魔におそわれた。
ところが、斉藤が発した最後の言葉を聞いた時、由紀の眠気はすっ飛び、自分の耳を疑った。
「つまり、今期は努力の甲斐なくして赤字でした」由紀は全く信じられなかった。
返品騒動はあったものの、従業員の頑張りで利益は出たはずだ。
その証拠に財務状況はすばらしく良くなっている。
高田支店長は苦虫を噛み潰したような顔で、腕組みをしていた。
説明を終えた斉藤は、由紀に向かって言った。
「社長。
よく頑張りましたね」明らかに皮肉だった。
そのいやみな言葉を由紀は聞き流した。
あり得ないことなのだ。
断じて業績は悪くはない。
社員も以前と比べて格段に明るくなった。
(なのに、どうして赤字なのか)「会計は事実を表現しているのですよ。
この責任は最高責任者のあなたにある。
責任をとって社長を辞任すべきです」斉藤は由紀を威嚇した。
その時、由紀は安曇の言葉を思い出した。
キャッシュフローはウソをつかない《利益は意見。
しかし、キャッシュは事実》今、斉藤は「会計は事実」と言った。
しかし、それは間違っている。
「去年の決算書と今年のキャッシュフロー計算書を見せていただけませんか?」「そんな必要はありません。
赤字という事実で十分でしょう」斉藤は由紀の申し出を拒絶した。
「社長は私です。
今すぐ見せなさい!」由紀は足の震えを抑えて毅然と言い放った。
「私にも見せていただけませんか?」そう言ったのは意外にも高田支店長だった。
「次回ではいけませんか?」斉藤が高田に聞き返した。
「今日は御社へのご融資の継続を決める日です。
明日まで待つことはできません」斉藤は仕方なく、要求された資料を持ってくるように、と部下に指示した。
まもなくキャッシュフロー計算書が2人に配られた。
由紀は安曇の言葉を思い出しながら、キャッシュの流れをバランスシートと損益計算書の数字と共に慎重に追った。
《大きな数字の増減に気をつけよ。
キャッシュフローはウソをつかない》最初に、バランスシートの数字を前期と見比べてみた。
すると、在庫金額と売掛金が極端に減少していることに気がついた。
安曇の言う「大きい数字の増減」である。
由紀はその数字を黄色のマーカーで塗りつぶした。
確かに、効率良く生産するようになったから、仕掛品や製品の在庫が減ったのは理解できる。
しかし、その減り方が異常なのだ。
(なぜ、こんなに在庫が減ってしまったのかしら)由紀には思い当たるものがない。
売掛金の減少はもっと異常だ。
生産数量は増えているし、出荷数量も増えている。
しかし、売掛金は減っているのだ。
全く腑に落ちない。
次に、損益計算書に目を通した。
こちらも気になる箇所が散見された。
出荷数量が増えたのに、売上金額は前期とほぼ横ばいなのである。
しかも、あれほど原価を下げたのに粗利益率は悪化している。
そして最後に、キャッシュフロー計算書に目をやった。
最初に目に留まったのは、当期損失からスタートしているのに営業キャッシュフローは大幅な黒字となっていることだった。
営業CFのほとんどは借入金の返済に回っていた。
つまり、ハンナは確実に儲かっているのだ。
なぜ、決算数値は赤字なのだろう?向かいの高田支店長は電卓を叩いて、銀行マンらしく数字の関連性を確かめていた。
そして、何度も首をかしげた。
決算書の数字に納得がいかない様子だった。
「会計処理を変更しましたか?」「私は指示した覚えはありませんが」多少上ずった声で斉藤が答えた。
「そうですか」と言って、高田は再び電卓を叩いた。
由紀は納得しなかった。
この数字の動きはあまりにも異常である。
何度も決算書に目を通した。
そして、これまで何度も歩き回った工場や営業所、そこで働く従業員の姿と彼らとの会話を思い浮かべた。
すると、決算書からだまし絵がはがれ落ちて、本質が見えてきた。
(赤字であるはずがない。
)由紀は確信した。
黒字決算を赤字決算にする(これは逆粉飾だ!!)どうやって黒字決算を赤字決算にしたのか?由紀は精神を集中させて、その手口は何かと考えた。
(そうだ。
左側通行から右側通行に変えたのだわ)売上を計上するタイミングを遅らせたのだ。
従来、ハンナは工場から製品を出荷した日をもって売上に計上している。
製品の出荷数が増えたのなら、売上高は増えなくてはならない。
ところが、ほとんど増えていないのである。
ということは、当期の売上を翌期の売上に付け替えたに違いないのだ。
おそらく、売上計上日を出荷日から得意先の検収日に変更したのだろう。
もうひとつ不可解なのは在庫の減少である。
今回の改善活動の結果、余分な在庫を持たなくなったし、製造リードタイムも短くなった。
不良在庫はほとんど処分した。
由紀は、これらの事情を考慮した以上に決算書上の在庫金額が減っていることが納得できなかった。
特に怪しいのは、仕掛品と製品である。
棚卸時に、故意にいくつかの仕掛品と製品を除外したかもしれない。
しかし、それは会社ぐるみでないとできない。
林田が製造部長である限りこの可能性はない。
この決算操作は、ごく少人数で行われたはずだ。
(経理部長と数名でできる操作というと)ついに、由紀はその方法を見つけた。
(間接費(※29)(固定費)の配賦方法を変えたのだ!)製品の原価は、材料費と間接費(活動原価でもあり、固定費でもある)から構成される。
従来ハンナは、作業時間を基準にして間接費を仕掛品(完成前の工程在庫)と製品に負担させてきた。
ところが、今期の決算では、その処理を変更して仕掛品と製品を材料費だけで計算するようにしたのだ。
つまり、間接費を全額今年度の費用としたのである。
費用が多くなれば、それだけ見かけ上の利益は少なくなる。
この処理は、決算を悪く見せかけるため、経理の裏を知っている斉藤が考え出したに違いない。
由紀は、一か八かの儲けに出た。
こうなれば、気持ちの強い方が勝つのだ。
「斉藤さん。
逆粉飾ですね?」「何を言うのですか。
高田支店長に融資の継続をお願いしようというのに、なぜ黒字を赤字にしなくてはならないのですか。
私は、この会社の取締役経理部長ですよ!」斉藤は声を荒げて完全に否定した。
それまで腕組みして考え込んでいた高田が、斉藤に向かって言った。
「私は、社長と同意見です。
キャッシュフロー計算書を見れば明らかです」斉藤の口元が小刻みに震えた。
そして、青白い顔で席を立った。
大森も斉藤の後を追った。
「社長に質問したいことがあります」高田は由紀に質問した。
「もし、あなたが私の立場なら、ハンナへの融資を継続しますか?」「もちろんです」「その理由をお聞かせください」「私には叶えたい夢があります。
その夢を叶えるためにハンナはこの1年で生まれ変わりました。
早晩、無借金になるでしょう。
融資を引き上げる理由は全くありません」由紀は自信に満ちあふれていた。
この瞬間、由紀と高田の立場が逆転したのだった。
「あなたの夢にかけましょう。
今後も弊行をよろしくお願いします」
そう言って、高田支店長は由紀に頭を下げた。
解説逆粉飾とは何か今回のテーマは逆粉飾です。
以前、粉飾は美容整形手術のようなものだ、というお話をしました。
自分を実際以上に醜く見せることなどあるのかな、と思われるかもしれませんが、実際には、ときどき行われるのです。
その目的は、業績回復を際立たせることにあります。
当期の売上高をあえて翌期に計上し、同時に将来の費用や損失を先取りして赤字を増やし、業績を実態以上に悪く見せるのです。
期が変わるとその分利益が多く計上されますから、業績が急回復したように見えます。
V字回復を果たした日産自動車にその事例を見ることができます。
日産自動車当期純利益の推移どん底にあえぐ日産自動車の1999年度の業績は6844億円の連結決算赤字でした。
ところが、翌年には3311億円の黒字を計上しました。
その差1兆円。
マスコミはこぞってゴーン社長をほめたたえ、その後V字回復は業績回復を願う日本中の会社の合い言葉となりました。
しかし、決算書をよく見ると、そんなにきれい事ではなかったことがわかります。
1999年度は1998度年と比べて、6000億円も業績が悪化しています。
これは、7500億円に及ぶ特別損失によるものですが、その中身は工場閉鎖、早期退職割増金など2000年度以降のリストラ費用も含めて一括計上し、処分予定不動産のうち含み損のあるものを選んで売却したことによる損失です。
さらに、年金債務も一気に費用として計上しました。
つまり、隠れた損失を顕在化させただけでなく、リストラ費用のように将来の費用を前倒しで計上していたのです。
2000年度になりますと、一転して特別利益が880億円となり、特別損失の800億円を消す形となっています。
特別利益は、含み益のある不動産の売却と減価償却費の定率法から定額法への変更で捻出したものです。
でも、これだけではV字回復は困難です。
2000年度で特筆すべき点は、日本市場における営業費用が1900億円減少したことと、北米と中南米における売上高が2500億円も増えていることです。
日本で実施した強引なコストカット(購買金額の11%カット実現)が成果を上げていることがわかります。
一方、北米と中南米市場における売上高増とバランスシートの販売金融債権が5000億円近く増加しているのには訳がありそうです。
有価証券報告書からは肝心の販売金融債権の増加理由が見つかりません。
そこで、大胆な想像をしてみたいと思います。
〈連結対象会社ではない販売会社に大量の車を売った。
販売会社は日産の金融子会社の自動車ローンと抱き合わせで自動車を販売した。
その結果、日産の販売金融債権は膨らんだ〉有価証券報告書には膨大なデータが詰まっていますが、知りたい情報は載っていないようです。
日産自動車がリバイバルプランを始めた頃は、相当思い切った決算を組んでいたことがよくわかります。
すなわち、1999年度は徹底した損失の洗い出しと、逆粉飾ともいえる費用の前倒しによって史上最低の決算を組み、2000年度には掟破りとも言うべき手法を多用して、今度は粉飾ぎりぎりの決算を組んで、同社の急回復を内外に印象づけたのでした。
カネボウやライブドアなどとは次元の違う「会計戦略」とも言える高度な手法です。
V字回復をほめちぎったマスコミは、実は「だまし絵」に、ころりと騙されてしまったのかもしれません。
エピローグ夢に向かって紀尾井町のフランスレストラン高田支店長は由紀に全面協力を約束した。
だが、由紀は銀行頼りの経営を続けるつもりはなかった。
なんとしてでも無借金経営を実現しようと考えていた。
会議の数日後、斉藤と大森は辞表を提出した。
由紀は2人の退職金の上積みを約束した。
定年を待たずに少し早く辞めてもらった対価と思えばいい。
そんな気持ちだった。
由紀は今、林田のような、一緒に会社を支えてくれる人材をひとりでも多く見つけなくては、と思っている。
彼の助けがなくては、ハンナの再生はなかっただろう。
しかし、誰よりも感謝すべきは安曇教授だ。
そして、今日が最後のレクチャーとなる。
由紀は、紀尾井町にあるフランスレストランに向かった。
由紀が到着したとき、安曇はソファーに腰を下ろしシャンパンを飲んでいた。
少し遅れて里美が到着した。
今日はどうしても安曇にお礼が言いたい、ということで急遽同席することになったのだ。
全員がそろったのを確認して、燕尾服を着たウェイターが華やかなダイニングルームに案内した。
テーブルに腰を下ろすと、安曇はさっそく料理とワインを注文した。
ワインリストの中から、安曇はひときわ高価な赤ワインを選んだ。
シャトー・ラフィット・ロートシルト。
ボルドーの最高級ワインだ。
「今日は僕のおごりだ」ソムリエはコルクを抜いて、安曇のグラスに赤い液体を注いだ。
安曇はグラスを反時計回りに回し、香りを確かめて、口に含んだ。
「完璧だ」ソムリエは全員のグラスにワインを注いだ。
「よくやり遂げたね」安曇は由紀の努力を称えた。
「先生をはじめ、応援していただいた方のおかげです」由紀は声を詰まらせた。
「私も協力したのよ」里美が言った。
「そうね。
家に帰ってもお母さんまで落ち込んでいたら、私の居場所がないものね」陽気さだけが取り柄のような母の振る舞いは、実は自分への気遣いだったのかもしれない、と由紀は思った。
トリュフとキャビアがふんだんに盛られたサラダが運ばれてきた。
今日は、最高に豪華な食事になりそうだ。
「君はハンナを、働く女性を励ますことができる会社にしたい、と言っていたね」ラフィットの味を楽しみながら、安曇は由紀に尋ねた。
「はい」心地よい酔いが饒舌にしたのだろう。
由紀は夢を語り始めた。
「世の中の働く女性が懸命に仕事に打ち込んでいるとき、悩んだとき、結婚したとき、子供ができたとき、家族と楽しむとき、彼女らを支え、励まし、盛り上げ、夢を与え、慰めることができる、そんな服を作りたいと思っています」「僕には、少し難しいコンセプトだが、君の気持ちがわからないでもない。
では、その夢を実現するには、何をすべきだろうか?」「財務的にしっかりした会社、つまり先生に教えていただいたように、現金をたくさん生み出せる会社でなくてはならないと思います」「そうだね。
財務的基盤が前提だ。
復習になるが、財務を充実させるには、収益(売上)を増やし、費用(原価)を削減しなくてはならない。
特に大切なのは、収益を増やすことだ。
それには、魅力ある製品をたくさん、しかも、高く売らなくてはならない。
この点についての君の考えはどうだろう?」「お客様に満足していただける製品を作ることが第一です。
そのためには、ブランド力を高め、高品質で、それでいてお買い得感があって、どの服よりも着やすい製品でなくてはならない、と思っています」「思う」と言って、安曇は大きく首を横に振った。
「思うだけではダメだ。
具体的に何をしようとしているのか、そこを知りたい」「すでに実行に移しています。
デザイン部を強化しました。
広告会社の友人に頼んでメディアを活用した広報も検討し始めました。
それから、コンサルタントに工場の現場を見てもらうことにしました」安曇はメインディッシュのカモ料理を食べながら、由紀に聞いた。
「原価の削減や生産性の向上についてはどうかな?」「生産方式の見直しをしています」「もっと具体的に聞かせてもらえないか」「製造リードタイムを短縮して、歩留率100%を達成できる生産ラインを作るつもりです。
材料は必要量だけを最低価格で買うようにしました。
余分な在庫をもたない生産システムの導入を考えています。
以前連れて行っていただいた神田のそば屋が目標です。
理想的過ぎますか?」「目指すべきは理想だ。
その理想を実現する上で、最も重要な要素はなんだと思う?」「最も重要な要素ですか?」予想もしていなかった質問に由紀はとまどった。
「君の会社になくてはならないものだ」「なくてはならないもの。
人材です」「そうだ。
君の考えを理解して、君の情熱を感じとり、それを現場で実現するのは機械ではない。
人なのだ。
その人を育てることを怠っては何も実現できない。
画餅に終わる」そう言って、由紀のノートを広げて、太い万年筆で絵を描いた。
これが、安曇が描く最後となる絵だ。
「この絵は、いま君が僕に言ったことを描いたものだ。
これをバランスト・スコアカードという」由紀は、描かれた絵のひとつひとつの文字を丹念に見た。
それは、今自分が達成したい将来の目標が、財務と顧客と業務プロセスと学習プロセスの視点から見事につながっていた。
安曇が1年かけて教えてくれたすべてがここに完結している。
ひとつひとつの知識が、線となり、今や由紀の価値観の一部となっているのだ。
「わかったかな。
これで私のレクチャーは終わりだ。
さあ、美味しいワインを飲もう」「そうしましょ」と言ったのは、里美だった。
その弾んだ声には、娘を誇りに思う母親の気持ちが表れていた。
その時、由紀はハンドバッグから1枚の小切手を取り出して安曇に渡した。
「これが、私が支払える最高額です。
お納めください」安曇は満足そうにその金額を眺めた。
「君と仕事ができて楽しかった」
由紀は安曇の目を見つめて、まろやかな味に変わったシャトー・ラフィットの入ったワイングラスを口に運んだ。
解説バランスト・スコアカード(BSC)とは?新しい時代に適合した管理会計の手法として、バランスト・スコアカードがあります。
これは、ハーバード・ビジネス・スクールの教授であるロバート・S・キャプランとコンサルタントのデビッド・P・ノートンによって1992年に発表され、瞬く間に世界中に広まりました。
BSCは、大きく次の四つの視点から経営を見ていこうとする考えです。
四つの視点1.財務の視点会社を株主の所有物と考えれば、これは株主の視点とも言えます。
戦略的な財務テーマは、収益の増大と、原価の削減、そして資産効率(ROA)を向上させることです。
一般的な業績指標には、純利益、売上高、使用資本利益率、経済的付加価値(EVA)、売上高成長率などがあります。
2.顧客の視点顧客は王様(CustomerisKing)であり、真のプロフィットセンター(利益単位)は顧客です。
顧客の視点は経営に欠かせません。
具体的には、ブランド力の強化、高品質化、特殊機能(着やすさ)等の差別化、迅速なクレーム対応などです。
3.業務の視点(内部プロセス)の視点内部プロセスとは、製品を企画し、受注し、製造プロセスで価値を増殖させ、顧客に引き渡し、代金を回収するまでの一連の活動(つまり営業循環過程)を指します。
これは、企業財務を強化し、顧客の満足を高めるプロセスのことです。
内部プロセスの強化の第一歩は、QCD(品質・原価・納期)をより良くすることです。
ABC/ABMは、この視点に立った原価情報を提供するために考案されたものです。
業績指標としては、活動基準原価、付加価値率、稼働率、原価低減、品質管理、歩留率、サイクルタイム、リードタイムなどがあります。
4.学習と成長の視点見えない現金製造機とも言うべき、販売力、ブランド力、サービス力、製品開発力、技術力、生産力、管理力、現場力といった資産は、結局は人に根ざしたものです。
人材育成の努力を怠ると、会社はすぐに陳腐化してしまいます。
会社の長期的な成長は、従業員の高い意識、専門的知識、やる気、社内教育、社内のルール改善、情報技術の活用、活発な現場活動によって可能になります。
「これらのバランスをとる」という意味で、バランスト・スコアカード(バランスのとれた成績表)と呼ばれています。
思い出せば、ハンナは長期ビジョンも戦略もなく、経営トップは作業者の実態を把握できず、製造プロセスはムダだらけでした。
安曇教授は、これらをロジカルに解決するための知識と考え方を由紀に授けたのでした。
最後に安曇教授が描いた絵は、4つの視点に立って企業価値最大化を実現するための「戦略マップ」と呼ばれるものです。
ここに、本書で説明したすべてが関連づけられています。
用語解説※1運転資金原料の購入、給与や事務所経費の支払いなど日常の経営活動に必要とする現金のこと。
※2会計会社が行う会計には財務会計と管理会計の2つがあります。
財務会計とは株主、銀行や取引先、国や地方公共団体など外部の利害関係者(ステークホルダーと言います)に対して、会社の業績を報告するための会計です。
一方の管理会計とは、経営に必要な情報を提供するための会計のことで、A計画と統制Bを対象とした会計です。
本書は主として管理会計について書かれています。
※3製品会社が作って販売するものを製品、購入して販売するものを商品と言います。
※4経理部経理部には、会計帳簿を作成して決算を行う機能(主計)、資金を調達運用する機能(財務)、そして、売上が少ないとか、原価が高すぎるとか、在庫が多いとか、設備投資をすべきかどうかといった情報を、経営トップに提供する機能(管理)があります。
※5決算書決算書の種類には、法律で決められたものから会社が経営管理のために任意で作成するものまで数多くあります。
会社の業績を公開する際に作成される代表的な決算書は、バランスシート損益計算書、キャッシュフロー計算書です。
バランスシートは貸借対照表ともいって、会社が一時点(決算日)において保有する資産、負債、純資産を記載したものです(詳しくは第3章)。
損益計算書は、一定期間の収益(売上)と、それを得るために要した費用を示して、その期間における利益(損失)を表した計算書です。
キャッシュフロー計算書(第4章)は一定期間における現金(現金及び現金同等物)の増減と残高を示して、その期間における資金の流れを表した計算書です。
※6費用費用の発生とは経済価値の消費のことです。
材料を使う、人が働く、設備などを利用するということです。
これを金額に置き換えたものが会計上の費用です。
※7売上物品の販売や運賃などのサービスの提供、あるいは資金の運用などで得た価値のことを収益と言います。
収益のうち製品や商品の販売によって流入した価値が売上です。
収益を得るために消費した価値を費用と言います。
利益は流入した価値と消費した価値の差額です。
本書は、物品の製造販売あるいは購入販売会社を前提として書かれている関係で、収益を売上と言いかえています。
※8会社の主観減価償却費、貸倒引当額、退職給付引当金などの計算に会社の判断が入り込みます。
※9ルールの継続適用企業会計は、その処理の原則及び手続を毎期継続して適用し、みだりにこれを変更してはならない、としています。
※10会計ルール会計はルールの上に成り立つものですから、ルールを変えれば決算数字は変わるということです。
現在、アメリカとヨーロッパと日本では、それぞれ異なる会計ルールを使って決算書を作成しています。
トヨタとメルセデスベンツとGMの業績を、それぞれの国のルールで作成した決算書を使って比較しても、意味がないことになります。
そこで、国際的な会計ルールの統一化を目指した作業(国際会計基準)が進行しています。
※11近似値同じ業種で売上高1億円の会社と1兆円の会社があった場合、そこで行われている業務は1兆円の会社の方がはるかに複雑です。
ところが、作成される決算書の形式は基本的に同じです。
製鉄会社とコンピュータ製造会社も同じです。
このことからおわかりのように、決算書は会社の実態を要約した近似値を表現しています。
※12バランスシートある一時点の資産を左側、負債と純資産を右側に現したもので、左右の合計金額はちょうど天秤のようにバランスをとっていることから、バランスシート(BalanceSheetB/S)とか貸借対照表と呼ばれます。
B/Sも資産や負債と純資産をただ並べているわけではありません。
損益計算書と同じように「隠し絵」となっています。
※13現金製造機現金は、材料仕掛品製品売掛金と形を変えて再び現金となります。
この流れを営業循環過程といい、現金製造機の内側で行われます。
※14経営サイクルPDSサイクルとPDCAサイクルがあります。
一般的なのは後者です。
これは、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)のプロセスを順に実施し、最後の改善を次の計画に結び付け、螺旋状に目標を推進するための経営手法です。
管理会計は、この経営サイクルを有効に行うために利用されます。
※15標準原価原価の発生をコントロールするため、科学的に求められた目標となる原価のことです。
目標の厳格度により、理想的標準原価(技術的に可能な最高の効率を前提とした原価)、現実的標準原価(努力すれば達成可能な原価)、そして正常標準原価(過去の実績から異常な状態を排除した原価)があります。
※16経営ビジョンこのような会社になりたい、という会社の志であり、到達目標のことです。
どちらかと言えば抽象的な目標です。
しかし、ただがむしゃらに突っ走っても、目標は達成できません。
走り出す前に、大局的観点から競合他社を打ち破るための方策を検討する必要があります。
何を実行し、何を実行しないかを、しっかり練り上げるのです。
これを「経営戦略」と言います。
中国の有名な兵法家「孫子」は、「算多きは勝ち、算少なきは勝たず」と言っています。
戦う前に、戦略をしっかり練り上げた方が実戦に勝ち、少ししか戦略を立てなかった方は負ける、という意味です。
中期的な目標と、経営戦略の立案、利益計画を中期経営計画と言います。
※17粗利益ここでは、餃子代金から材料費と店の維持費を差し引いた金額が粗利益です。
※18固定費と変動費生産設備、従業員数、販売体制など経営を行う能力を一定としたとき、その利用度を操業度と言います。
操業度として、機械時間、生産量、直接作業時間、売上高などが用いられます。
この操業度の増減に関係してどのように変化するかにより、固定費と変動費に区分します。
時間と生産量は製造原価に、売上高は販売費や管理費に対して使われます。
本書では、もっぱら売上高に対して変動か固定かで区分しています。
※19限界利益率売上高に対する限界利益の割合です。
※20ブランド価値英国ではブランド価値をバランスシートに計上することを認めていますし、日本でも資産計上しようとする動きがあります。
※21見えない現金製造機と株価ブランド価値、ビジネスモデル、技術力、人的資源など、バランスシートに現れない資産(見えない現金製造機)を持つ会社は、同業他社と同じ製品でも高く、そして多く販売することができます。
つまり、その差だけ株主価値を高くしているのです。
これが、株式時価を同業他社より引き上げる力となります。
※22ビジネスモデル儲けを生み出す具体的なしくみのことをいいます。
※23新しい会計手法代表的な手法に活動基準原価計算があります。
解説を参照してください。
※24原価計算を否定ハンナに限らず、伝統的な原価計算を使う限り、すべてこのようなおかしな計算結果となってしまいます。
※25機会損失2つ以上の選択肢があり、もし選択されなかった代替案を選択していたら得られたであろう利益のことです。
里美さんが株の売買でいつも後悔している、という話がありましたが、彼女は儲け損なった利益(つまり機会損失)について悔やしがっているということです。
※26加工費製造原価のうち材料費と外注費以外の原価を加工費と言います。
ここでは、裁断と縫製の活動原価と同じです。
※27埋没原価機会損失とは異なる概念に埋没原価(sunkcost)があります。
これは、いずれの案を選択しても同様に発生する(つまり選択した代替案によって影響を受けない)原価のことです。
※28差額利益「ある案を採用した場合に変動する収益(関連収益)と費用(関連原価)との差額」のことです。
そして、差額利益に基づいて複数の代替案の優劣を判断する分析手法を、差額原価収益分析(differentialcostandrevenueanalysis)と言います。
自社で作るか外注で作るかの意思決定も、この一種です。
※29直接費と間接費費用の発生が製品に対して直接的に集計できるものは直接費、それ以外を間接費と呼びます。
間接費は概ね固定的に発生することから固定費でもあります。
本電子書籍は2007年2月2日にダイヤモンド社より刊行された『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』(第10刷)を、一部加筆、修正の上、電子書籍化したものです。
[著者]林總(はやし・あつむ)公認会計士、税理士、LEC東京リーガルマインド大学大学院教授(管理会計事例)、林總アソシエイツ代表取締役、74年中央大学商学部会計科卒業。
経営コンサルティング、一般会計および管理会計システムの設計・導入指導、講演活動などを行っている。
主な著書に、「経営コンサルタントという仕事[改訂版]」(ぺりかん社)「よくわかるキャッシュフロー経営」(日本実業出版社)「わかる管理会計」(ダイヤモンド社)「やさしくわかるABC/ABM」(日本実業出版社)などがある。
連絡先東京都千代田区九段北411九段一口坂ビル2階電話0332632533FAX0332632886Emaila1231wood@r4.dion.ne.jp餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?2006年9月28日プリント版第1刷発行2012年11月6日電子版発行著者林總発行所ダイヤモンド社〒1508409東京都渋谷区神宮前61217http://www.diamond.co.jp/電話/03・5778・7232(編集)03・5778・7263(製作)装丁穴田淳子本文イラスト坂木浩子(TYPEFACE)本文デザイン小林祐司(TYPEFACE)製作進行ダイヤモンド・グラフィック社編集担当高野倉俊勝
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