プロローグ 「結果が出せる自分」になる
私たちは今、「自己責任」という世界にいます。そこには多様な価値観があり、真偽のわからない膨大な情報が溢れています。
終身雇用も過去の話となり、大企業に勤めていたとしても、この先どうなるかわかりません。
一方で、同世代に目を向ければ、「ノマド」のように、仕事スタイルを自分で選択するなど個人の働き方にも大きな変化が現れています。いったい何が正解なのか。
間違った選択で人生を台無しにしたくないけれど、目に見える「リアルな基準」を求めることができないのが現代という時代です。
ゆえに、多くの人たちは判断に困り、ときに自分をコントロールできず苦しんでいます。
そうした状況にあって、周囲に流されることなく自分の人生、生き方を見つめ直し、本当に自分に適した居場所を築いていくための「セルフマネジメント能力」が欠かせないものとなりました。
「いつも結果を出す自分になりたい」「ネガティブな考え方を変えて、いつも前向きに生きていきたい」 「(お酒やタバコなどの)悪習慣に依存する自分を変えたい」 このように、自分に対するさまざまな願望を強く抱く人は多いことでしょう。しかしながら、実際にはできていない人がほとんどです。
悪い習慣を改めたり、自分の感情をコントロールしたり、誘惑を断ち切ったりするのは、年収を 2倍に増やすよりもはるかに難しいことです。
なぜ人は、自分を思うようにマネジメントできないのでしょう。
大げさなことではなくとも、たとえば人に対してイライラしないとか、ダイエットするとか、タバコをやめるといった、小さな習慣すら身につけることができないのは、なぜなのでしょう。
もしかして、「意志が弱いから」だと思っていませんか? だとしたら、その考え自体が、あなたが変わることを邪魔していたのです。
意志が強ければ、人一倍努力できるし、感情も抑えられるし、ダイエットも禁煙も成功できるのだから、まずはそういう人に変わらなければというのは勘違いです。
だから、これまでずっと変われなかったのです。ちょっと考えてみてください。意志の強い人間に変わることが、どんな意味があるのでしょう。人間は、誰でももともとさぼりたがり屋です。
そんな自分を許すことなく、いつも厳しく律して我慢していたら、人生がつまらないものになりはしないでしょうか。
あなたが、何か目的をかなえたいとき、イライラを抑えたいとき、あるいはダイエットや禁煙を成功させたいとき、いったい、どういう状況になればいいのでしょう。
あなたに必要なのは、「目的を達成できた」「イライラを抑えた」「ダイエットした」「禁煙した」という結果であって、「目的を達成できる意志が強い自分に変わる」「イライラを抑えられる意志が強い自分に変わる」「ダイエットや禁煙を成功させる意志が強い自分に変わる」ことではありません。
結果を導き出すのは「行動」しかありません。どれほど強い意志があろうと行動なきところに結果は生まれません。逆に意志は弱くても行動すれば結果は出ます。
わかりやすい「行動」にフォーカスすればいいのに、その前に「意志」という極めて不明瞭で高いハードルを置いてしまっているのが今のあなたです。
私は、「意志なんてどうでもいい」と言いたいのではありません。ただ、意志に頼るのは効率がいいことでないのは確かです。
もともと、人間の意志はあまりアテにならないものなのです。
詳しくは本文に譲りますが、私たち人間には、人間ならではの「思考のクセ」があります。
そのクセのために、どうしても悪い方向にものを考えるのが人間であり、それゆえ、「強い意志で物事を正しく運ぶ」などということは苦手中の苦手なのです。
大事なのは結果です。その結果を導くのは行動だけです。意志は関係ありません。もちろん、実際にあなたが結果を出せば、それによって自信がついてマインドにもいい影響を与えます。
いい結果を前にして、あなたはまるで、自分が意志の強い人間になったような気分になることでしょう。そして、それによって相乗効果も生まれます。ダイエットに成功できたら、「次は禁煙もできる」と思えるでしょう。「できる」と思えたことはたいてい実現できますから、次々とやり遂げられることが増えていきます。
つまり、本書で目指すのは、「意志が強い自分」に変わるのではなく、「結果が出せる自分」に変わることです。
意志の強さで行動を起こせる人になるのではなく、行動が導き出した結果によって意志をコントロールできる人になるということです。
この本を読んでくださった方が、本書で「自分を変える」という概念自体を変えることができたら、こんなに嬉しいことはありません。
そして、一つ約束してください。
あなたが変えたいと思っていることにつながる行動を、簡単なことでいいので「明日から」ではなく「ページを閉じた瞬間から」はじめてください。
「輪ゴムを手首にする」でも、「アプリをダウンロードする」でもけっこうです。小さなことでも、実際に行動を起こすことだけが、人生を変える一歩となるのです。
石田 淳
どうしてこんなことに? 対策〈右手をギュッと握る〉 対策〈呼吸を数える〉
どうしてこんなことに? 対策〈手首の輪ゴムを弾く〉 対策〈輪ゴムやクリップを移動する〉
どうしてこんなことに? 対策〈第三者になって考える〉 対策〈好きな音楽を聴き込む〉
どうしてこんなことに? 対策〈環境を変える〉 対策〈エンデュランス系のスポーツ〉
どうしてこんなことに? 対策〈最初だけ人の力を借りる〉 対策〈リマインダーで意識を戻す〉
第 4章 小さな習慣をはじめる
人はいつからでも変われる新しいことは三つずつ始める日々のストレスは「見える化」ではき出す
意志が弱くても行動は習慣化できる
仕事で成果を上げたい。スキルアップのための勉強を始めたい。時間を有効に使えるようになりたい。魅力的な外見を手に入れたい。健康を維持できる生活習慣を身につけたい。
私たちは、実にさまざまな願望を抱いています。しかし、願望を抱いたからといって必ずしも実現できるとは限らないのも事実です。
思うように願望をかなえられなかったとき、人間はしばしば自分に対して投げやりな評価を下します。
「私は本当に意志が弱いから」「根気がないからやり通せなかった」「こんな性格だからいつも失敗する」 そして「なりたい自分」と「現実の自分」はどうしてこうも違うのかとギャップに悩むのです。
気づいたそばから改善していければなんの問題もないのですが、実際はそううまくいきません。
うまくいかないからよけいに自分を卑下し、「こんなことをしていたら、いよいよダメだ」と負のスパイラルに陥ってしまう人が大勢います。
このように、「自分は ◯◯だからダメ」というレッテルを自らに貼るのは意味のないことです。
しかし、意味がないにもかかわらずやっかいなのは、自分で貼ったレッテルであったとしても、それを剥がすのが非常に困難であるということです。
こうした事態は、たいていあなたの「思考」がつくっています。実際はダメなことなど一つもないのに、ダメだと判断するのはあなたの頭なのです。
私たちの人生において、真の結果を導き出すのは「行動」だけです。
その行動をとらずにいて、頭の中で「もっと意志を強く持たねば」などと、意味のないことを繰り返してしまうのが人間の特徴です。
仕事にしろ私生活にしろ、さまざまな物事を成功させるのは「意志」ではなく「行動」です。行動変容、つまり行動を変えていくことこそが、あらゆる事態を変えていきます。
今では、車の助手席に乗ったら誰でもシートベルトを締めます。タクシーの後部座席でも、アナウンスされなくても自発的に締める客が増えています。
しかし、一昔前は、運転する本人でさえ「わずらわしいから」と締めない人が大半でした。
それが、装着義務が法令化されて嫌々ながらでも「締める」という行動をとっているうちに、運転手はもちろん、助手席でも後部座席でも締める習慣がついてきました。「車に乗ったことがない人」など、日本では見つけるのが難しいはずです。
つまり、シートベルトを締めるという面倒くさい習慣は、誰でも身につけられたということです。もちろん「意志が弱い」と嘆く人にも、です。
「マシュマロ実験」でわかった成功者の特徴
アメリカのスタンフォード大学で、心理学者ウォルター・ミシェルが行った有名な実験があります。「マシュマロ実験」と名づけられたその実験では、同大学の付属幼稚園に通う 4歳児を対象に、「目の前に置かれたマシュマロを食べずに我慢できるかどうか」が試されました。
4歳児を一人ずつ小さな部屋に招いてマシュマロを 1個、目の前に置き、実験者がこう告げることから始まります。
「このマシュマロを今すぐ食べてもいいけれど、 15分間食べるのを待つことができたらもう 1個マシュマロをあげましょう」「途中で食べたくなったらベルを鳴らせば食べることができます。でも、 15分たっていなかったら、もう 1個のマシュマロはもらえません」 説明が終わると実験者は部屋を出て 4歳児を一人にし、その子の行動は隠しカメラで撮影されます。
子どもたちは自制心を働かせるため、自分なりにさまざまな工夫をしました。
マシュマロが見えないように手で目を覆う子、おさげの髪をいじって気をそらそうとする子、マシュマロを人形に見立てて遊び始める子など、その戦略はバラエティーに富んでいます。結局、子どもたちがマシュマロを食べることを待てたのは平均 2分間。
なかには、実験者が部屋を出た直後に、ベルを鳴らすことなくマシュマロを食べてしまった子どももいました。15分後まで「満足を遅延させること」に成功してマシュマロを 2個もらえたのは、参加した 4歳児のうち 25パーセントでした。
さて、この実験はこれで終わりではありません。12年後、ミシェルはマシュマロ実験の被験者約 600人に対して、追跡調査のためのアンケートを実施しました。
その結果、まったく待つことができなかったり、 30秒以内にベルを鳴らした子どもたちは、学校や家庭で問題行動を起こしていたり、心理的な問題を抱えていることがわかりました。反対に、 15分待てた子どもたちは、対人能力に優れ、難局を乗り切る力もついていました。
学力面も優秀で、 SA T(日本のセンター試験に相当する大学進学適性試験)のスコアが、 30秒以下しか待てなかった子どもたちより平均して 210点も高いことが判明したのです。
この実験結果から見えてくるのは、自制心の強弱が、人生におけるさまざまな側面を左右するということです。
「そんなことはわかっている。だから意志を強くしなければいけないんじゃないか」 あなたは、そう思うかもしれません。
しかし、 4歳児が意志の強さだけで欲望を自制できると思いますか? 子どもたちは、自制心を働かせるためにさまざまな工夫をしていました。その工夫がうまくいった子が、マシュマロを 2個もらえたのです。
もう一つ、「割れ窓理論」について触れておきましょう。
つまり、「効果的な行動をとれていたかどうか」が結果を変えただけのことです。そして、いい行動をとる工夫をできることが、長きにわたって意志のコントロールを可能にしているということです。
「1枚の窓ガラスを割れたままにしておくと、人々は無言のうちに建物の管理が不行き届きであるというメッセージを感じ取る。そしてゴミのポイ捨ての横行からはじまり、周辺地域の環境と治安が悪化し、ついには大きな犯罪が多発する」 これが、アメリカの心理学者ジョージ・ケリングが提唱した「割れ窓理論」です。
かつてのニューヨーク市長ルドルフ・ジュリアーニ氏がこの理論を応用し、地下鉄の落書きなどを徹底的に取り締まった結果、犯罪件数が大幅に減少したという実話も残っています。
ここでも、大事なのは意志ではないということがわかります。「みんなで街をきれいにしよう」と、市民の意志に訴えかけても望んだ結果にはなりません。
落書きを消したり、壊れた部分を修復したり、捨てられたゴミを拾うという小さな行動の集積が「いい結果」を招いているのです。
アメリカで開発された「行動科学マネジメント」とは
思い通りに願望を成就させられないとき、その理由を「意志が弱いから」「根気がないから」「性格に問題があるから」「モチベーションが低いから」などと考えて一人で落ち込むのは、もうやめにしましょう。
必要なのは、「行動」を変えることです。
私は「行動科学マネジメント」という手法を日本のビジネス界に導入し、多くの企業で人材育成や業績向上のためのお手伝いをしています。行動科学マネジメントは、アメリカで開発された理論です。
そのおおもとは「行動分析学」にあります。
行動分析学は、アメリカの心理学者 B・ F・スキナーが興したもので、抽象的な概念や計測できない要素を徹底的に排除し、判断の基準のすべてを「行動」に置くというものです。
行動分析学は心理学の一種でありながら、行動自体の研究に徹し、心や脳を研究することをしません。意志や認知も行動の一つであり、別の行動でそれを変えていくことができると考えているからです。
スキナーの唱えた理論の応用研究がアメリカでスタートしたのが 1950年。その 10年後には政府や企業において用いられるようになりました。
すると、それまで解決の糸口すらつかめなかった難題が次々と片づき、アメリカでは行動分析に基づくマネジメント法が名だたる大企業で取り入れられるようになりました。
その理論を、体系立ててまとめたのが「行動科学マネジメント」です。
自分の経営する会社で従業員のマネジメントに悩んでいた私は、自らの問題解決のためにこの理論を学びにアメリカへ渡りました。そして、その素晴らしいメソッドに感動し、日本へ導入することを決心したのです。
行動科学マネジメントでは、「すべての結果は行動の蓄積である」と考えます。いい結果が出たのなら、いい行動が繰り返されたからだし、悪い行動が繰り返されたら悪い結果が出るということです。だからこそ、「性格」や「態度」ではなく「行動」に着目します。
あなたが何か目標を持ったときに必要なのは、「やる気」でも「真面目さ」でもありません。目標に到達するまでの行動です。
行動科学マネジメントでは、目標に達するために必要な行動を徹底的に分解し、誰にでもできる形にして提言します。
だから、意志や能力と関係なく、どんな人が行っても同じように結果が出せ、非常に再現性の高いメソッドとして注目を浴びているわけです。
「人間の認知」は常に事実とズレる
行動科学マネジメントを導入しようと決めたとき、さまざまなビジネスにおいてアメリカを訪問することがあり、必然的にアメリカの成功者との交流が増えてきました。
アメリカという巨大なマーケットで成功している彼らを間近で見ていてわかるのは、ポジティブな性格やアグレッシブな態度などは、必ずしも成功者の絶対条件ではないということです。
彼らに共通しているのは、悪い習慣を徹底排除し、いい行動習慣を身につけているといった、むしろ地味なことです。しかも、それらの習慣を意志でコントロールしようとしません。
彼らは、非常に優秀でありながら、自分の気持ちだけで物事をこなすには限界がある。すなわち、「気持ちだけで変わろうなんて無理」ということをわかっています。
あなたは、これまで何度も「今度こそ最後までやり遂げよう」と思っては挫折してきたかもしれません。それは、気持ちでやろうとしていたからです。
実は、何につけ気持ちでやろうとすればするほど、「認知のゆがみ」という人間ならではのワナにはまります。
あなたは「自分は真実をありのままに認知している」と思っているかもしれませんが、人間の認知はそれほど立派じゃありません。
たとえば、禁煙しようとしている人なら、 1日タバコを我慢できたら「自分の意志は強い」と思い込み、その翌日 1本吸っただけで「どうしようもなく意志が弱い」と自分を責めたりします。
そして、そこからいろいろなつくり話を始めます。
「こんなだから、仕事も失敗するんだ」「周りの人たちから、だらしない人間だと軽蔑されているに違いない」 そして、「だから、禁煙なんて試みたってしょうがないさ」となるのです。
こうした認知のゆがみは、人間特有のやっかいなしろもので、人間以外の動物にはありません。私たちは何かにつけ、認知のゆがみによって事実とは異なった思い込みをしています。
しかし、落ち着いて考えてみてください。事実はもっとシンプルです。
「1日ずっとタバコを吸わない日があった。その翌日は 1本だけ吸った」 ただ、これだけのことです。あなたがすべきなのは、事実に正しく目を向けて、小さな行動を起こすことです。行動には一つのウソもごまかしもありません。
「ポジティブシンキング」に大きな効果がない理由
かなえたい目的があったり、自分を変えたいと思っている人が、必ずと言っていいほど持ち出すのが「ポジティブシンキング」です。
「自分という人間は、すぐネガティブに捉えるからいけなかったのだ。これからは何事もポジティブシンキングでいかねば……」 なんだか読んでいるだけでネガティブになっていきそうな悲壮感が溢れています。
実は、ポジティブシンキングにも賛否両論あるというのが現状です。
かつては欧米を中心にもてはやされたポジティブシンキングですが、現在はそこに潜む大きなマイナス点が明らかになっているのです。人はそんなにいつもポジティブにいられる生き物ではありません。誰もが弱くてずるいさぼり屋の一面を持っています。
だから、ポジティブシンキングをしようと無理すると本音と乖離が起き、精神面に問題を起こすケースが出てきたのです。あえて「ポジティブシンキングをしよう」と思うのは、ネガティブになっている自分を認識しているということです。
そういうときは、少なからず心が疲れているのであり、休むことのほうが大事なのです。風邪をひいて体調が悪いときに、寒中水泳で鍛えようとする人はいません。温かくして眠ることを選ぶはずです。
肉体に関してはそういうフォローができるのに、なぜ心にはあえて厳しいことをしようとするのでしょうか。そもそも、ポジティブシンキングが正しくて、ネガティブシンキングが間違っているというものではありません。どちらも人にもともと備わっている気質にすぎません。
それなのに、「ネガティブはいけないからポジティブになるべきだ」と無理な目標設定をすると結局続かず、できない自分を卑下することになります。
ポジティブシンキングが失敗するのは、前提となっている「何でもポジティブにやるのがいい」という決めつけそのものが根拠に乏しく、また目標自体もただ大きいばかりで具体性に欠けるため、その後の行動を現実的に進めていくことができないからです。
もちろん、「前向き」なのがいけないわけではありません。その内容を曖昧なままにしておいてはいけないということです。
「この 1か月、 1日に三つずつ英単語を覚えることができているから、来月からは四つずつに増やしてみよう。できそうな気がする」 こうして自分自身に理解できる明確さや具体性を持てば、行動に移せ、目標は実現していきます。
人は常に行動で判断される
行動科学マネジメントは、エビデンス(科学的根拠)のないものは扱いません。数値にして計測できるものだけを信頼します。結果や行動は明確に目で見ることができ、計測可能です。
しかし、意志とか性格とか態度といったものは曖昧もいいところなので排除します。
私たちが誰かに対して、「あの人は頑張っている」とか「立派で尊敬できる人だ」などと言うとき、いったい何を根拠に判断しているのでしょう。性格でしょうか? 態度でしょうか? いいえ、目に見える行動しかありません。
よほど口の上手な詐欺師なら、やってもいないことをやったかのように言って、多くの人をだますことができるかもしれません。しかし、それとて早晩バレます。
行動しなければ結果は出ないからです。
たとえば、 500個のレンガを積み上げて塀をつくるという仕事があったとき。着実に一つひとつ積み上げて完成させた人は、周囲から「よくやった」と評価されます。
一方、 100個の段階で放り出しておきながら、「やる気はあるんだ」といくら言っても通用しません。「あの人は、言っていることとやっていることが違う」という声を聞くことがよくあります。
このとき、人がどちらを信用するかといったら、言っていることではなく「やっていること」すなわち行動です。目に見える行動ほど信頼に値するものはありません。
このように、周囲の人があなたについて注目しているのは行動であり、意志ではありません。
たしかに、「前向き思考で意志の強い人」は尊敬されるでしょう。
しかし、それは意志が強いから尊敬されるのではなく、その人がとっている行動を見て、「あれだけのことをやれるのだから意志が強いに違いない」と勝手に周囲が想像しているだけです。誰も、その人の意志について知ることなどできません。
500個のレンガを最後まで積み上げることができた人は、意志が強いのではなくその行動を繰り返すための工夫ができているだけです。
レンガを積み上げるという作業は、誰にとっても面倒くさいのです。もう一度、確認しておきましょう。
あなたが周囲に示すべきは、意志の強さではありません。意志の強さなど、自分に対してすら示す必要はありません。あなたは結果を出せばいいのです。そして、そのために必要なのは行動です。
「先行条件」だけでは続かない
やめられない悪習慣の代表的なものである、「タバコを吸う」という行動について考えてみましょう。禁煙したい人は、こんな行動はとりたくないのにとってしまうわけです。
そして、「意志が弱いから吸ってしまった」と自分を低く評価します。
しかし、喫煙者がタバコを吸うのは「タバコを吸う」という行動をとると、「おいしいと感じる」「リラックスする」などのいい結果が待ち受けていることを知っているからです。
もし、吸ったとたんに鼻に激痛が走ったり、ひどい吐き気に襲われるという悪い結果が待っていることがわかっていたら吸いません。
ではここで、メガネをかけている人に質問しましょう。あなたは、なぜメガネをかけているのですか? おそらく、多くの人が「目が悪いからですよ」と答えるでしょう。
でもそれは正しくなくて、本当は「メガネをかけるとよく見えるからかけている」のです。メガネをかけてもよく見えなければ、わずらわしいだけですから外してしまうでしょう。
このような、人の行動と結果の関係について、行動科学マネジメントでは「 ABCモデル」という概念で説明しています。
A = Antecedent(先行条件) B = Behavior(行動) C = Consequence(結果) 先行条件とは、行動のきっかけとなる環境のことを指します。
会議が終わった(だから一服しよう)、視力が落ちた(だからメガネをかけよう)といったことです。
ほかにも、会社で上司から「企画を出せ」と言われた(だから提出しよう)とか、友人に「お菓子をどうぞ」とすすめられた(だから食べよう)とかいうのも先行条件です。
そして、「出せと言われたから企画を出した」のも、「すすめられたからお菓子を食べた」のも一つの行動です。このように、人に行動を促すには先行条件も必要ではあります。
しかし、先行条件だけでは、その行動を何度も繰り返すには弱いのです。
企画を出したのに通してもらえなかったとか、食べたお菓子がまずかったという悪い結果があれば、人はその行動を好んで繰り返しません。
しかし、出した企画を褒められたり、お菓子がおいしかったといういい結果があれば、自発的に行動を繰り返します。
まさに、スキナーの言うとおり「行動はその結果によって影響を受ける」のです。
目先の利益に左右されるのが人間
さて、結果と行動の関係について、もう少し説明をしていきましょう。
「タバコを吸う」という行動は、「おいしいと感じる」「リラックスする」などのいい結果が待ち受けているからとるのだと前述しました。
しかし、ここで疑問を感じる人もいるでしょう。「タバコを吸うことで得られる結果はいいことばかりではない」と。たとえば、肺がんをはじめとする深刻な病気に罹ったり、歯がヤニで黄色く染まったりという結果を手にすることもあります。
こういう結果を避けたいからこそ、禁煙したいと考えるわけです。しかし、こうした悪い結果はすぐには出ません。しかも、必ず出るとは限りません。喫煙者にも長生きする人はたくさんいます。
一方、「おいしいと感じる」「リラックスする」という結果は、吸った後すぐに確実に得られます。このように人は、後からの不確実な結果ではなく、すぐに確実に得られる結果に大きく行動を左右されるのです。
ケーキを食べたら体重が増えてしまうと思いながら食べてしまうのも、同様の理由からです。体重が増えるのは数日後のことだし、もしかしたら思ったほど増えないかもしれません。
それに対して、「おいしくて満足する」という結果はすぐに確実に得られます。だから食べてしまうのです。
タバコを吸ってしまうのも、ケーキを食べてしまうのも、こうした人間の行動パターンによるものであり、意志の問題はたいして大きなことではないのです。
私たちは、いつも自分の意志で行動しているように思っています。しかし、実はそうではありません。本当に意志のとおりに行動できていたら誰も悩みはしません。
「途中で投げ出してしまう」「感情を抑えられない」「やめたいのにやめられない」こうした悩みを多くの人が抱いていること自体、私たちが意志のとおりに生きていないことを証明しています。そうした頼りない意志を拠り所にして、目標を達成しようとしたり自分を変えようとするなんてナンセンスです。
「自分」のことは理性的に見られない
多くの人は、自分という人間を深く理解していると思っています。「家族や恋人だってわかってくれないことが多いけれど、自分は自分のことをわかっている」と。
しかし、本当にそうでしょうか。わかったつもりでいても、人は意外と自分を知らないものです。むしろ、周囲の人たちのほうが、その人を正しく理解していることが多々あります。
とくに、最近の若者にその傾向が顕著であると、ある大学教授は述べています。
たとえば、どう見てもオタクっぽい大学生が就職試験の面接で「友人が多くてリーダーシップには自信があります」とアピールし、玉砕して帰ってくるのだそうです。
それくらいなら、自分の得意分野についてオタク全開で説明すれば、一つの能力として評価されるかもしれないのに。
教授は最初、「友人が多いフリをしたほうが有利だと考えてのことだろう」と思っていたけれど、実は「本当に自分をわかっていないのだ」と気づき、愕然とすることが増えたそうです。
もっとも、こうしたことは若者に限りません。会社で立派な肩書きを持っている人たちだって、自分への評価が真実と違っていることなどざらにあります。あなたの周囲にもいることでしょう。
すごく細かくてネチネチしていることで有名なのに、「オレは気さくなタイプだからな」などと言う人が。というのも、人間は認知のゆがみによる間違った思い込みに大きな影響を受けていて、全然、理性的になれていないからです。
あなたが誰かに対して「あの人、自分のことわかっていないよな」と思うことがあるとしたら、それとまったく同じことがあなたにも言えるのです。
誰もがかけている「バイアス」という色眼鏡
ある事実を目の前にしたとき、人はそれをあるがままに受け入れるわけではありません。どんな人でも、心理的な「バイアス」をかけてジャッジしてから受け入れています。バイアスは、心理学では偏見、先入観と言い表します。
もとは「布目に対して斜めに裁断した布地」「縫い目や裁ち目の斜線」を指す言葉でしたが、直線的なものを斜めに分ける様子から、「偏った見方」という意味でも使われるようになりました。
たとえば、目の前で誰かが転んだとき。その人は、ただ何かにつまずいただけのことであっても、見ているほうは、その人の外見一つで簡単にバイアスをかけます。
「あんなだらしない格好しているくらいだから、酔っぱらっているのでは?」「ずいぶんやせているし、悩みがあって考え事をしていたのかも」「かわいい子なのに。誰かが後ろから押したんじゃないのか」 どれもこれも、勝手なバイアスです。
それぞれが違った色眼鏡をかけて見ているに過ぎません。でも、自分が色眼鏡をかけていることに私たちは気づきません。
いかに、人間の思考にはバイアスがかかっていることか……それは、「金銭」という本来であれば最も理性的に対処しなければならない分野においてすら幅をきかせています。
たとえば、近所のスーパー A店と B店に、 120円の同じカップラーメンが売られていたとしましょう。A店のカップラーメンの値札には「定価 150円が 120円に!」と書かれています。B店のカップラーメンは、値札に「 120円」と書いてあるだけです。
このとき、どちらのカップラーメンに得な印象を持つでしょうか。おそらく多くの人が、「 A店のカップラーメンのほうが得」と感じます。これが人間の心のバイアスです。
A店のカップラーメンも B店のカップラーメンも、当然ながら値段も内容もまったく同じなのに、です。
こうした人間心理を見事に説明している、「行動経済学」という学問があります。
2002年には、アメリカの心理学者であり行動経済学者のダニエル・カーネマン教授が、認知心理学によって経済学に新しい見地をもたらした功績により、ノーベル経済学賞を受賞しました。
人が理性を失うとき
行動経済学とは、経済活動がいかに人の心の動きと連動しているかに着目し、心理的な見地から経済を捉えようとする学問です。人間の心のバイアスを解明し、経済現象を解き明かすことに主眼を置いています。
そんな行動経済学理論を参考に、これからいくつかテストをしてみましょう。あなたの思考に、いかにバイアスがかかっているかがわかるはずです。
設問 ① あなたは今日 100万円もらうのと、明日 101万円もらうのとでは、どちらを選びますか?
設問 ② あなたは 1年後に 100万円をもらうのと、 1年と 1日後に 101万円をもらうのとでは、どちらを選びますか? いかがでしょうか。
実は、設問 ①では多くの人が「今日の 100万円」を選びます。
一方、設問 ②では多くの人が「 1年と 1日後の 101万円」を選びます。
この結果に疑問を感じませんか? ポイントは、どちらも 1日待ったほうが利益が大きくなることです。
それにもかかわらず、設問 ①では「今日の 100万円」を、設問 ②では「 1年と 1日後の 101万円」を選ぶというちぐはぐな結果になりがちなのです。
本当だったら、たった 1日待つだけで 1万円増えるなら、どちらも「 101万円」になるほうを選べばいいのです。実際に、まだ先の来年のこととなると落ち着いて考えられるので、それを選べます。
ところが、今日か明日かというような目の前のことになると理性的でなくなり、多くの人が「一刻も早くお金を受け取ってしまいたい」とばかりに、 1万円の差には目をつむってしまうのです。
まるで、二つのマシュマロをゲットできなかった 4歳児と同じようではありませんか。常に冷静で合理的な判断ができていれば、このようなことは起こらないはずです。
次のテストに移りましょう。あなたは、ずっと欲しかった 5万円のバッグをボーナスでやっと手に入れました。すると翌日、あなたの姉がまったく同じバッグをプレゼントしてくれました。
別の店のセールで 2万円で売られているのを目にし、あなたが欲しがっているのを知っていたので買ってくれたのだそうです。同じバッグを二つ持っていても仕方ないので、一つは弟にあげようと思います。
さて、あなたはどちらのバッグをあげますか?
① 5万円で自分で買ったバッグ ②姉がセールで 2万円で買ってくれたバッグ ③どちらでもいい 自分で買ったバッグも姉が買ってくれたバッグも、品物自体はまったく同じですから、理性的に考えれば「どちらでもいい」という答えが導かれるはずです。
でも、「手放すなら姉がくれた 2万円のバッグのほうだ」と感じた人が少なからずいることでしょう。
それは、「自分で 5万円も出して買ったバッグをあげるのは悔しい」という気持ちもあるでしょうし、あるいは「 3万円も安く売られていたバッグなんか見たくない」と感じたからかもしれません。
いずれにしろ、「 5万円出してバッグを買った自分の行為は失敗ではなかった」と思いたいのです。
「損失」に敏感になる心理が「可能性」を捨てさせる
ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者カーネマン教授は、「人は損失に敏感になると、大きな利益を得られる高い可能性を捨てても確実な利益を選ぶ」と言っています。
また、「人は利益を受ける場合はリスクを避けようとし、損失をこうむる場合はリスクをとろうとする」とも。
これはどういうことなのでしょうか。あなたが、株の売買を検討しているとしましょう。
持ち株の中で値下がりしている株と値上がりしている株を今後どう売買するか検討する場合、まさに前掲の定義が当てはまる判断を下しがちになります。
すなわち、「値下がりしている株はずっと持っていればお金を取り返せるかもしれないので持ち続け」「値上がりしている株はすぐに売って利益を確保する」という行動をとりやすいのです。
株式売買の基本原則は、「損切りは早く、利食いは慎重に」です。
ところが不思議なことに、値下がりしている株を売って損失を確定するより、値上がりしている株を売って利益を手にするほうを好む人が大多数です。
多くの人にとって、かように「損失を確定する」のは心理的に大きな苦痛なのです。たしかに、値下がりしている株は、売らない限り損失は確定しません。
100万円で買った株が 70万円に値下がりしていても、それを売らずに持っていれば確定しません。
それどころか、「値下がりしている株を持ち続ければ、いずれまた値上がりして利益を取り返すチャンスが来るかも」という都合のいい幻想を抱くこともできます。
そうこうしているうちに、その株は、 50万円になり、 30万円になっていきます。一方、得を確定するのは楽しい作業です。
100万円で買った株が 110万円になったら、もっと上がる可能性があります。
だからすぐに売らないほうがいいのに、多くの人は売ってしまい、「やった。儲かった」と感じることを選びます。こんなことをしているから、ほとんどの個人投資家は儲けることができないわけです。
しかし同時に、ほとんどの個人投資家は「自分はそうではない」と思っています。「ほかの連中はみんなダメパターンに陥っているけど、オレは違う」と。
本当にそうでしょうか? あなたの周りに株式投資をしている人がいるなら、よく観察してみてください。きっとカーネマン教授が指摘しているとおりになっているはずです。
失敗の恐怖はなくならない
人が損を確定したくないのは、「自分の失敗を認めたくない」ということでもあります。それだけ私たちは、失敗することを恐れています。
そのことを確かめるために、もう一つ、テストをしてみましょう。ある鉄道会社では、莫大な費用をかけて、路線を隣町まで延長する工事を進めていました。ところがある日、その路線は隣町まで延長しても採算をとるのが難しいと判明しました。
もし、あなたがこの鉄道会社の社長だったら、どんな指示を出しますか? ①延長工事を続ける ②延長工事を中止する 一読者として客観的なスタンスでいれば、「中止する」という答えを選ぶでしょう。
でも、もし本当に社長だったら「続ける」を選んでしまうケースが多いのです。昨今、さまざまな公共事業に対して、存続か中止かの議論がなされることが増えました。
国土面積が限られた日本で空港をたくさんつくっても、採算がとれないのは明確です。だとしたら、一刻も早く中止の決定を下すのが最も損が少なくなる道です。
しかし、継続する意味がないとわかっていても、それまで投入した費用の大きさにとらわれると中止することが難しくなります。
支出金額が無駄になる、すなわち失敗したことを認めるのは嫌だという理由で、採算の合わない事業を続行するケースが少なからずあるのです。
行動経済学では、「支出した費用のうち、回収不能な費用」のことを「サンクコスト」と呼びます。
サンクコストは、この質問のような事業に関することだけでなく、私たちのあらゆる行動において心理的影響を及ぼし、さまざまな判断の妨げになります。
たとえば、口のうまい友人に「いい儲け話がある。100万円出してくれたら 130万円にして返す」と言われて乗ってしまったとしましょう。
おそらく、こんな話はデタラメに決まっていて、 130万円になるどころか、 100万円も返ってきません。「返してくれよ」と迫るあなたに、相手は言います。
「あと 10万円あればうまくいくんだ。だからあと 10万円出してくれないか」 これに応じたら 110万円の損になるだけなのに、サンクコストを取り戻せるのではないかという淡い期待のために、多くの人が追加で 10万円を出してしまうのです。
お金だけでなく、時間にもサンクコストの概念は当てはまります。
結婚を前提に 20代からつき合っていた彼氏が、ウソつきの浪費家だということに薄々気づいてはいたけれど、 35歳になって明確に思い知らされたとしましょう。
その彼氏とは一刻も早く別れて新しい出会いを探したほうがいいのですが、「これまでつき合ってきた時間」を無駄にしたくなくてずるずるつき合いを続けてしまう女性はたくさんいます。
人間は、「できるだけ失敗を避けたい」と考えて行動します。
それ自体は悪いことではありません。
ある程度プライドを持ち、「自分ほどの人間がくだらない失敗をするわけにはいかない」という意識のもとに行動するほうが、「失敗しようが、そのせいで立場が危うくなろうがどうでもいい」と投げやりに行動するよりもいいと考えるのは当然です。
しかし、それは失敗が起きる前の話です。現実には、すでに起きてしまった失敗は早く見据えたほうがいいのです。
「本当はこうあって欲しかった」という思いに固執せず、今後に目を向けて行動したほうがいい結果が生まれやすくなるでしょう。失敗は、次の行動をよりよくするための材料と考えるほうが、はるかに合理的です。
自分の「認知のゆがみ」を知るには
人間は、自分で思っているほど理性的ではありません。
「なぜ自分はこんなダメな行動をしてしまうんだろう」「もっと頑張りたいのにどうしてできないんだろう」 こんな思いに苛まれたとき、それは自分の意志の弱さや性格のせいではないことを知ってください。
多くの人が陥る自己否定は、現実のものではありません。こうした、現実とは違う認識が「認知のゆがみ」です。では、あなたの認知をゆがませる真犯人は何なのでしょう。
それこそ、ほかの動物にはなく人間だけに起きる現象、「マインドトーク(自動思考)」です。マインドトークとは、人の頭の中に、無意識のうちに流れている言葉のことです。
私たちの頭の中には、目の前に起きていることとは関係のない言葉が絶えず流れています。その数、 1日に 7万回とも言われています。
はっきり言葉として認識できるものも、そうでないものもありますが、たいていがネガティブなものです。あなたの頭の中には、ネガティブな言葉が 1日 7万回も行き交っているわけです。
このマインドトークによって、私たちは認知をゆがめ、勝手な思い込みや妄想にとらわれていきます。そして、バイアスのかかった色眼鏡で物事を見、判断します。
たとえば、近所の人が道ですれ違ったのに挨拶をしてくれなかったとき。その人は、単純に気づかなかっただけなのに、あなたは妄想を膨らませます。
「◯◯さん、私を嫌っているのかも。そういえば先月だって……」 あるいは、仕事でちょっとしたミスをすればこう思い込みます。
「ああまたやった。こんなミスをするのはオレだけだ」 理性的に考えれば、誰もが同じようなミスをしているのに、勝手に現実とは違うストーリーをつくりあげてしまうのです。
マインドトークによって引き起こされる認知のゆがみには、いくつかの代表的なパターンがあります。
「自分は嫌われている」「みんなが自分をバカにしている」「自分には運がない」「どうせ自分はダメだ」「また失敗するに違いない」 でも、これらは全部、事実ではありません。
それなのに、事実ではないことを事実であるかのように思い込むことによって、さまざまな不都合が起きます。
イライラを抑えることができずに人に怒鳴り散らしてしまうのは「バカにされている」と感じるからだし、禁煙やダイエットが続かないのは「自分はダメだ」と決めてかかっているからです。
人は自分が思うほど「個性的」ではない
これまで述べてきたことからわかるのは、人は自分が考えているほど個性的ではなく、同じようなパターンに陥りやすいということです。
あなたは、さまざまな理由から「自分を変えたい」と思い、なかなかそれができずに苦しんでいます。それは、あなた個人の問題のようでいて、実はすべての人間の問題でもあります。
ケーキを食べないほうがいいとわかっていながら目先の満足のために食べてしまったり、一刻も早く売らなければならない値下がり株を売ることができなかったりと、誰もが人間ならではの行動パターンを踏襲して生きているのです。
私たちは日々の仕事や学習において、できるだけ論理的思考や客観性に基づいて行動しようと思っています。そして、そうしたトレーニングを行ってきたつもりでいます。
その場の状況を正しく判断し、やらなければならないことをいくつか設定する。そして、その中でまず最初に何をすべきか、優先順位をつけて実際に行動に移す。
うまくいかないことがあれば、その原因を考えて的確に対処する。このような手順で物事を進めようとします。しかし、実際はどうでしょう。
あなたはいつも論理的に考え、行動できていますか? 答えが完璧に「 YES」の人は少数でしょう。人のとる行動は、案外論理的ではないのです。
人が論理的に行動できない理由は大きく分けて二つあります。
これまで説明してきたことを思い返してください。
一つ目の理由は、人の行動は意志ではなく結果に左右されるということ。
禁煙したほうがいいとわかっていてもできないのは、意志が弱いからではなく、タバコを吸ったときすぐに確実に得られる結果(この場合は快感)が大きな力を持っているからです。
もう一つの理由は、人間は感情を持つ生き物であり、行動は感情に影響を受けるということ。つまり、「認知のゆがみ」があるからです。
気になる異性がいて自分を好きになってもらいたいときには、合理的に考えればできるだけ好感を持てる態度で接するべきです。
それしか方法はないとも言えます。
ところが、多くの人が、わざと相手の気に障ることをしたり、つんと澄まして通り過ぎたりします。恥ずかしいという感情や、相手に対する勝手な思い込みがそうさせるのです。
「行動」を変化させてこそ「人」は変わる
まったくもって人間は、意志とは違ったことをやってしまうやっかいな生き物だということがわかるでしょう。
こうした「論理的に動けない私たち」が、何かの目標を達成しようとしたり、自分自身を変えようと考えたら、どうすればいいのでしょうか。相変わらず意志の力で自分をコントロールしようとすれば、失敗を繰り返すだけです。
そうではなく、認知のゆがみを起こしがちな人間の特性を踏まえたうえで、いい結果につながる行動を科学的にとれるようにすればいいのです。
それこそが、本書のメソッドです。
あなたが自分の目標を達成しようと思ったとき、理想的な自分に変わりたいと考えたとき、焦点を当てるべきは「行動」です。行動なら、いい点も悪い点も、改善すべき点も見えます。
改善策が功を奏したかどうかもまた、行動を肉眼視することで判断できます。このように最も重要なのは行動なのですから、「人間としての意志や感情」に期待しすぎないことです。
「オレならできるはず」「私、頑張らなくちゃ」 こんなふうに自分を追い込むから、うまくいかなかったときに「自分はダメだ」「運がない」などと自己評価を著しく下げてしまうのです。
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