「人間を磨く」唯一の道は、人間と格闘すること
さて、以上が、著者が読者に提案する「人間関係が好転する『こころの技法』」である。
ここに、もう一度、その「七つの技法」を示しておこう。
- 第一の技法心の中で自分の非を認める
- 第二の技法自分から声をかけ、目を合わせる
- 第三の技法心の中の「小さなエゴ」を見つめる
- 第四の技法その相手を好きになろうと思う
- 第五の技法言葉の怖さを知り、言葉の力を活かす
- 第六の技法別れても心の関係を絶たない
- 第七の技法その出会いの意味を深く考える
いずれも、日々の仕事や生活において、人間関係の問題に直面したとき、思い出し、少しだけの努力で実践することのできる技法である。
もし、読者が、この七つの「こころの技法」を実践していくならば、日々の人間関係は、自身の人間を磨き、人間力を高めていく素晴らしい機会になっていくだろう。
本書の冒頭でも述べたが、人間を磨き、人間力を高めるための道は、古典を読むことでもない、山に籠って修行することでもない。
日々の仕事と生活において、縁あって巡り会った人間と正対し、格闘することである。その相手は、ときに、家族や親戚、友人や知人、上司や部下、顧客や業者、店員や隣人であろう。
ただし、「格闘」とは、もとより、喧嘩をすることではない。
それは、未熟な人間同士が、不和や不信、反目や反発、対立や衝突を生じ、心がぶつかり、心が離れながらも、互いに、相手を許し、自分の非を認め、心を開き、相手に謝り、理解し合い、和解しながら、互いに良き関係を築こうと、もがき、努力することである。
それゆえ、その「格闘」の本質は、「相手の心との戦い」ではない。自分の心の中の「小さなエゴ」を見つめることそれが、「格闘」ということの意味である。
そして、この「格闘」とは、自分の心の中の「小さなエゴ」を捨てようとすることでもなく、抑えようとすることでもない。それは、「ただ、静かに見つめる」という意味での「静かな格闘」に他ならない。
自分の心の中で、「小さなエゴ」の見栄や虚栄心、優越感や劣等感、嫉妬や羨望などが、「相手を許せないエゴ」「自分の非を認めたくないエゴ」「自分から心を開くことを拒むエゴ」「相手に謝ることを厭うエゴ」といった形で蠢くとき、その「小さなエゴ」の姿を、その蠢きに決して巻き込まれることなく、ただ、静かに見つめる。
それが、「格闘」という言葉の真の意味である。
しかし、この「静かに見つめる」ということを実践するためには、自分の中に、「静かな観察者」と呼ぶべき「もう一人の自分」を育てていかなければならない。
この「静かな観察者」については、拙著『人は、誰もが「多重人格」』において述べたが、人間を磨き、人間力を高めていくためには、自分の中に、この「静かな観察者」を育てていくことが、極めて大切な課題となる。
「人間を磨く」とは、究極、何を磨くことなのか?
では、人間を磨くための唯一の道が、人間と格闘することであるならば、人間を磨くとは、一体、何を磨くことなのか?しばしば、世の中では、「彼も、人間関係で苦労して、丸くなったな」や「彼女は、人間関係で揉まれて、角がとれたな」といった表現をする。
しかし、本書で語る「人間を磨く」という言葉の意味は、そうした意味ではない。
あたかも、石を磨くと「角」が取れていくように、人間を磨くと「小さなエゴ」が消えていくということではない。
何度も述べたように、我々の心の中の「小さなエゴ」は、それを捨てたり、消したつもりでも、それを、ただ、抑え込んだだけであり、それは、一度、心の奥深くに隠れるが、必ず、別なところで顔を出し、ときに否定的な動きや、破壊的な動きをする。
本書で語る「人間を磨く」とは、「小さなエゴ」を捨てることでも、消すことでもない。
「人間を磨く」とは、自分の心の中の「小さなエゴ」の動きが見えるようになることであり、そのことを通じて、「小さなエゴ」の否定的な動きや、破壊的な動きを静めていくことができるようになることである。
もし、それができるならば、我々は、過去の否定的な人間関係を好転させ、未来に向かって良き人間関係を築いていくことができる。
では、自分の心の中の「小さなエゴ」の動きが見えるようになると、何が起こるのか?一言で申し上げよう。
「心の鏡」に曇りがなくなるでは、「心の鏡」に曇りがなくなると、何が起こるのか?自分の姿、他人の姿、物事の姿が、曇りなく見えるようになっていく。
逆に、自分の心の中の「小さなエゴ」が見えていないと、「心の鏡」が曇ってしまい、自分の姿も、他人の姿も、物事の姿も、ありのままに見ることができなくなってしまう。
「小さなエゴ」が抱える、見栄や虚栄心、優越感や劣等感、嫉妬や羨望などの感情のため、それらの姿を「小さなエゴ」が好むように解釈してしまうからである。
されば、「人間を磨く」とは、何を磨くことなのか?「心の鏡」を磨くことそのことに他ならない。
もとより、「人間を磨く」とは、人間としての成長を遂げ、人間力を高めていくことでもあるが、実は、「心の鏡を磨く」ことを通じて、自分の姿、他人の姿、物事の姿を、ありのままに見ることができなければ、人間として成長していくことも、人間力を高めていくこともできない。
されば、自分の心の中の「小さなエゴ」を、静かに見つめ、その「小さなエゴ」によって、常に曇ってしまう「心の鏡」を磨いていく。それが、「人間を磨く」という言葉の、真の意味であろう。
しかし、そうであるからこそ、「人間を磨く」という山の頂への道は、遥かに遠い。それでも、歳を重ねるにつれ、少しずつ、その山道を登ってくることができた。
しかし、自分の未熟さは、自分が一番よく知っている。目の前に聳え立つ山の頂は、まだまだ、遥か彼方。人間を磨き、人間として成長することを求め、六五年の歳月を歩み続けてきた。
それでも、この山道を登りながら、心に去来する思い。いずれ、自分は、生涯、この未熟な自分を抱いて歩み、人生を終えるのではないかとの思い。
しかし、そうした思いを抱き、道を歩む、一人の未熟な人間に、救いとなる言葉がある。求道、これ道なり一つの人生において、道を求め、道を求め、道を求め、歩んだ。
その姿は、すでに、道を得ている姿ではないか。一人の旅人は、この言葉に救われ、支えられながら、歩んできた。
未熟な自分を抱えながらも、成長をめざして歩み続けた姿、生涯をかけて、人間を磨こうと歩み続けた姿、その姿こそが、尊い姿なのではないか。
そのことに気づくとき、「人間成長」という名の山の頂をめざし、生涯をかけて登り続けた、先人たちの後姿が見える。輝いて見える。
あの優れた先人たちも、この言葉を支えとして、歩んでいったのではないか。
求道、これ道なり一人の旅人は、この言葉に救われ、支えられながら、歩んできた。そして、いま、改めて、思いを定める。
それが、どれほど遅い歩みであろうとも、拙い歩みであろうとも、この人生を終える、その最期の一瞬まで、歩み続けていこう。
「人間を磨く」その言葉を胸に。
謝辞
最初に、光文社新書・編集長の三宅貴久さんに、感謝します。
三宅さんとは、二〇一四年に『知性を磨く』を上梓し、二〇一五年に『人は、誰もが「多重人格」』を上梓しましたが、この二〇一六年の『人間を磨く』で、三部作の完結です。
いつもながら、しなやかな心で、著者の執筆を支えて頂けること、このご縁に、心より感謝します。
また、本書の原稿へのコメントを頂いた、藤沢久美さんに、感謝します。
二〇〇〇年六月に、共にシンクタンク・ソフィアバンクを立ち上げてから一六年。
藤沢さんも、あのときの小生の年齢を迎えました。振り返れば、この一六年の、すべての苦労が糧となっていることに気がつきます。
互いに、人間を磨き、成長をめざしての歩み、まだ山の頂は、遥か彼方です。そして、いつも温かく執筆を見守ってくれる家族、須美子、誓野、友に、感謝します。いま、この富士の地は、桜の季節を終え、新緑の輝きを迎えようとしています。
まだ白い雪の残る富士を眺めるとき、たとえ拙い歩みであろうとも、高き山の頂をめざして歩む、その人生の有り難さを思います。
最後に、すでに他界した父母に、本書を捧げます。
言葉にならぬほどの苦労を背負われた人生でしたが、その歩みの中で、お二人が語っていた言葉、「人は、生涯をかけて、学んでいかなければならないことがある」その言葉が、いまも、自分の歩みを支えています。
そして、墓前にて、お二人と対話するとき、いつも、静かな癒しが訪れます。
二〇一六年四月一七日田坂広志
さらに「人間を磨く」ことを求める
読者のために―自著を通じてのガイド―『人生で起こることすべて良きこと』(PHP研究所)人生において、苦労や困難、失敗や敗北、挫折や喪失といった「逆境」に直面したとき、「人生で起こること、すべてに深い意味がある」「人生で出会う人、すべてに深い縁がある」と思い定めるならば、我々は、その体験を糧として、必ず、人間を磨き、成長していける。
そして、もし、「人生で起こること、すべて良きこと」と思い定めることができるならば、どのような「逆境」においても、必ず、道は拓ける。
本書では、著者が、三三年前に、大病による「生死の体験」を通じて掴んだ、その「こころの技法」を語った。人生において、逆境の中にある読者のための一冊。
『知性を磨く』(光文社新書)「人間を磨く」ということの一つの意味は、「知性を磨く」ということでもある。
では、二一世紀に求められる「知性」とは、何か?それは、ただ世の中を評論するだけの「解釈の知性」ではなく、目の前の現実を変革することのできる「変革の知性」であろう。
そして、「変革の知性」とは、思想、ビジョン、志、戦略、戦術、技術、人間力という「七つのレベルの知性」を垂直統合した知性に他ならない。
本書では、その「七つの知性」をいかにして身につけ、垂直統合するかの技法を語った。「目の前の現実を変革できる人間」への成長を求める読者のための一冊。
『人は、誰もが「多重人格」』(光文社新書)「人間を磨く」ということの、もう一つの意味は、「才能を磨く」ということでもある。
そして、「才能を磨く」ために大切なことは、自分の中に眠っている「隠れた才能」を発見し、それを育てていくことである。
では、いかにすれば、その「隠れた才能」を発見し、育てていくことができるのか?実は、「才能」の本質は、「人格」であり、「性格」である。
そして、我々は、誰もが、自分の中に「様々な人格」を持っている。
それゆえ、自分の中に眠る「隠れた人格」に気がつき、それを意識的に育てるならば、我々の中の「隠れた才能」が開花していく。
本書では、我々が無意識に、自分の中の「隠れた人格」を抑圧し、「才能の開花」を妨げてしまう心理的プロセスを解き明かし、自分の中に眠る「様々な人格」を育て、「隠れた才能」を開花させていく技法について語った。
自分の中の「隠れた才能」を開花させたい読者のための一冊。
『才能を磨く』と題することのできる本書は、既刊の『知性を磨く』、この『人間を磨く』と併せた三部作である。
『仕事の思想』(PHP文庫)日本には、「仕事を通じて己を磨く」という言葉があるが、日々の仕事を通じて、人間を磨き、人間力を高めていくためには、その根底に、確固とした「仕事の思想」がなければならない。
では、我々が身につけるべき「仕事の思想」とは、何か。
本書では、そのことを、「思想」「成長」「目標」「顧客」「共感」「格闘」「地位」「友人」「仲間」「未来」という一〇のキーワードを通じて語った。
仕事を通じて人間を磨きたい読者のための一冊。
『仕事の技法』(講談社現代新書)数ある「仕事の技法」の中でも、最も大切なものは、コミュニケーションの技法。
しかし、コミュニケーションの八割は、実は、「言葉以外のメッセージ」によるものであり、「言葉のメッセージ」によるものは、二割にすぎない。
では、どうすれば、相手からの「言葉以外のメッセージ」を感じ取ることができるか?本書では、それを「深層対話の技法」として、数多くの事例とともに、具体的な技法を語った。
日々の「コミュニケーション」を通じて人間を磨きたい読者のための一冊。
『未来を拓く君たちへ』(PHP文庫)なぜ、我々は「志」を抱いて生きるのか?もし、我々が、真に「志」を抱いて生きるならば、「悔いの無い人生」「満たされた人生」「香りのある人生」「大いなる人生」「成長し続ける人生」という五つの人生を生きることができる。
本書では、その五つの生き方を、壮大な宇宙観や自然観、歴史観や世界観、深い人間観や人生観、労働観や死生観を交え、全編を「詩的メッセージ」の形式で語った。
「志を抱く」ことを通じて人間を磨きたい読者のための一冊。
英語やスペイン語にも翻訳され、世界中で読まれている著作。
『なぜ、働くのか』(PHP文庫)仕事において誰もが抱く問い、「なぜ、働くのか」という問いは、それを深く問うならば、究極、「なぜ、生きるのか」という根源的な問いに結びついていく。
本書では、「人は、必ず死ぬ」「人生は、一回しか無い」「人は、いつ死ぬか分からない」という、人生における「三つの真実」を見つめ、その「死生観」の深みから「働く」ことの意味を語った。
極限の「死生観」を通じて人間を磨きたい読者のための一冊。
『人生の成功とは何か』(PHP研究所)と併せて読むと、さらに深い学びとなる著作。
『なぜ、マネジメントが壁に突き当たるのか』(東洋経済新報社・PHP文庫)マネジメントや経営が壁に突き当たるのは、多くの場合、そのマネジャーや経営者が、「暗黙知」と呼ばれる「言葉に表せない智恵」を身につけていないことが原因である。
本書では、その「暗黙知」を身につけるために、マネジャーや経営者が掴むべき「一二の心得」を、現場での様々なエピソードを通じて語った。
マネジメントや経営の道を通じて人間を磨きたい読者のための一冊。
『なぜ、我々はマネジメントの道を歩むのか』(PHP研究所)と併せて読むと、さらに深い学びとなる著作。
主要著書「思想」を語る『生命論パラダイムの時代』(ダイヤモンド社)『まず、世界観を変えよ』(英治出版)『複雑系の知』(講談社)『ガイアの思想』(生産性出版)『忘れられた叡智』(PHP研究所)『使える弁証法』(東洋経済新報社)「未来」を語る『未来を予見する「5つの法則」』(光文社)『未来の見える階段』(サンマーク出版)『目に見えない資本主義』(東洋経済新報社)『これから何が起こるのか』(PHP研究所)『これから知識社会で何が起こるのか』(東洋経済新報社)『これから日本市場で何が起こるのか』(東洋経済新報社)「戦略」を語る『まず、戦略思考を変えよ』(ダイヤモンド社)『これから市場戦略はどう変わるのか』(ダイヤモンド社)「経営」を語る『複雑系の経営』(東洋経済新報社)『暗黙知の経営』(徳間書店)『なぜ、マネジメントが壁に突き当たるのか』(PHP研究所)『なぜ、我々はマネジメントの道を歩むのか』(PHP研究所)
『ひとりのメールが職場を変える』(英治出版)「人生」を語る『深き思索静かな気づき』(PHP研究所)『自分であり続けるために』(PHP研究所)『未来を拓く君たちへ』(単行本:くもん出版/文庫本:PHP研究所)『いかに生きるか』(ソフトバンク・クリエイティブ)『人生の成功とは何か』(PHP研究所)『人生で起こることすべて良きこと』(PHP研究所)「仕事」を語る『仕事の思想』(PHP研究所)『なぜ、働くのか』(PHP研究所)『仕事の報酬とは何か』(PHP研究所)『これから働き方はどう変わるのか』(ダイヤモンド社)『なぜ、時間を生かせないのか』(PHP研究所)「成長」を語る『知性を磨く「スーパージェネラリスト」の時代』(光文社)『人は、誰もが「多重人格」』(光文社)『知的プロフェッショナルへの戦略』(講談社)『プロフェッショナル進化論』(PHP研究所)『成長し続けるための77の言葉』(PHP研究所)「技法」を語る『仕事の技法』(講談社)『経営者が語るべき「言霊」とは何か』(東洋経済新報社)『ダボス会議に見る世界のトップリーダーの話術』(東洋経済新報社)『意思決定12の心得』(PHP研究所)
『企画力』(PHP研究所)『営業力』(ダイヤモンド社)
著者略歴田坂広志(たさかひろし)1951年生まれ。
1974年、東京大学工学部卒業。
1981年、東京大学大学院修了。
工学博士(原子力工学)。
同年、民間企業入社。
1987年、米国シンクタンク、バテル記念研究所客員研究員。
同年、米国パシフィック・ノースウェスト国立研究所客員研究員。
1990年、日本総合研究所の設立に参画。
10年間に、延べ702社とともに、20の異業種コンソーシアムを設立。
ベンチャー企業育成と新事業開発を通じて民間主導による新産業創造に取り組む。
取締役・創発戦略センター所長等を歴任。
現在、同研究所フェロー。
2000年、多摩大学大学院教授に就任。
社会起業家論を開講。
同年、21世紀の知のパラダイム転換をめざすシンクタンク・ソフィアバンクを設立。
代表に就任。
2003年、社会起業家の育成と支援を通じて社会の変革をめざす、社会起業家フォーラムを設立。
代表に就任。
2005年、米国ジャパン・ソサエティより、日米イノベーターに選ばれる。
2008年、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムのGlobalAgendaCouncilのメンバーに就任。
2009年より、TEDメンバーとして、毎年、TED会議に出席。
2010年、ダライ・ラマ法王、デズモンド・ツツ大司教、ムハマド・ユヌス博士、ミハイル・ゴルバチョフ元大統領ら、4人のノーベル平和賞受賞者が名誉会員を務める世界賢人会議ブダペスト・クラブの日本代表に就任。
2011年、東日本大震災と福島原発事故に伴い、内閣官房参与に就任。
2013年、思想、ビジョン、志、戦略、戦術、技術、人間力という「現実を変革する七つの知性」を学ぶ場、「田坂塾」を開塾。
現在、全国から2800名を超える経営者やリーダーが集まっている。
著書は、国内外で80冊余り。
海外でも旺盛な出版と講演の活動を行っている。
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