MENU

第2章これで気まずくならない!雑談の基本マナー

06目の前の相手の、「見えているところ」をほめるいきなり何を話せばいいのか。悩んだら、まず「ほめる」。どんな些細なことでもいいので、ほめることが雑談の基本です。それも真剣にではなく、「とりとめのないことをほめる」「なんとなくほめる」のです。理由は簡単。雑談とは、お互いの場の空気を温め、距離を近づけるためのものだから。相手に一歩近づくには、ほめることが近道なのです。ほめられて嬉しくない人はいません。そして、よほどのひねくれモノでもない限り、ほめられれば「この人は自分を悪くは思っていない」と感じるでしょう。テレビ番組の収録などで芸能人の方とお話しさせていただく機会も多いのですが、職業柄でしょうか、話の上手な人がたくさんいます。なかでもTOKIOの国分太一君。彼のトーク番組やバラエティ番組における司会のうまさには定評があるのですが、それ以上に普段の雑談がすごく上手です。もっと言えば、国分太一君は、ほめるのが上手なのです。収録直前にお会いすると、「先生、そのネクタイ、すごく素敵ですね」「そのシャツ、カッコいい!」と、いつも最初に彼のほうから声をかけてくれる。すると私も「いやぁ、そうですか?今日はいつもより明るめの色にしてみたんですよ」と気分よく、そしてリラックスして答えることができる。この、ほんの10秒足らずのやりとりだけで、お互いに好意をベースにした人間関係の土台が、無理なく出来上がるのです。「それほど親しくない相手の、いきなりどこをほめればいいんだ?」と戸惑った人は、もうおわかりですよね。今、目の前にいる相手の「見えるところ」を、とりあえずほめるのです。今日のネクタイ、シャツ。国分君は、真っ先に相手を見て、ほめているのです。「齋藤先生は大学生に教えているとは立派ですね」は、雑談ではありません。これは、雑談における「ほめ」ではないのです。こういうことを言われても、ゴマすりなのか、イヤミなのか真意がわからずリアクションに困ります。ですが、国分君の「ほめ」には、まさに「この場の空気を和らげよう」「今目の前にいる相手と心を通わせよう」という気持ちが感じられます。だからこそ、こちらも「いやぁ」とリアクションできるわけです。

07「内容」よりも「行為」に意味があるつまり「ほめる雑談」とは、『私はあなたのことを、好意を持って受け入れていますよ』というメッセージ。「今日のネクタイ、すごくオシャレですね」のひと言は、ネクタイをほめることで、その人本人への好意を表現しているわけです。ですからこの際、ネクタイのセンス云々はどうでもいい。たとえ趣味の悪い柄だろうが関係ありません。これは雑談における非常に重要なポイントです。「ほめ」の内容ではなく、「ほめる」という行為そのものに、雑談という目的があるのです。ここを勘違いしてしまうと、先ほどの例のような、返答に困る「お世辞」「ゴマすり」となり、不自然な雑談になってしまうのです。価値観は人それぞれ。人の数だけ価値観はあります。雑談は、価値観を発表したり、押しつけ合ったり、議論したりするものではありません。相手を「受け入れる」ための行為です。だからこそ、極論すれば、〝何でもほめりゃいい〟のです。とかく日本人はひとつの価値観だけをベースにした会話に陥りがち。さりげなく、無難に人をほめられないというか、ほめることに緊張感を持ってしまう人が多い。「ほめたいけど、やっぱりウソは言えないし」と思ってしまうのでしょう。しかし、別にネクタイ談義をしようなどという気は、お互いにありません。たとえ相手のネクタイが「ちょっと、どうだろう」と思っても、次のように言えば立派な「ほめ」になります。「珍しい柄ですね」「ユニークでおもしろい模様ですね」「斬新ですね」「新鮮ですね」「さんらしいですね」「流行を取り入れていますね」と、ともかく何でもいいからポジティブな感想を言うことが大事。そのひと言から、「いや、実はこれさぁ」といった返事を引き出せればいいのです。仮にタヌキ柄のネクタイをしている人がいたら、「珍しい!タヌキ柄ですか、チャーミングですね!」と言えば、見え透いたお世辞には聞こえません。「実はボクの顔がタヌキっぽいって、友人がおもしろがってプレゼントしてくれたんだ」こんなひと言を引き出せれば、晴れて雑談成立です!

08「いや」「しかし」はNG。まずは肯定・同意からたとえば相手が、「こないだ、話題になってる映画の『』を見ましたよ。意外とおもしろかったな」という話を振ってきたとします。そしてあなたもその映画を見たけれど、つまらないと感じていたとします。さて、ここです。ここで自分の興味を前面に出して、「『』ですか?あれはつまらなかったですよ。私に言わせれば駄作だな」「そうですか?私は、ああいう世界観、ダメなんですよね」みたいな答えをすると、話はそこでチャンチャンと終わってしまいます。しかしそこで、「ストーリーは平坦だったけど、主役のがすごくいい味出してましたね」「演技云々はともかく、映像が素晴らしかった」などと答えられれば、「そうそう、私は父親役のがよかったなぁ」「はたしか、『』にも出てましたよね」「あの迫力、やっぱり大きなスクリーンで見なきゃ伝わらないですよ」と話が広がっていきます。ここで重要なのは「頭から否定しない」「反対意見から入らない」ということ。自分の好きなことを話しているのに、のっけから「いやいや」「そうじゃない」「そうは思わない」では、場の空気を作るどころか、ブチ壊しかねません。相手の話をプラスの方向に転がすことで相手も気持ちよくその話題を広げようという気持ちになります。そのためには、興味のない話題や嫌いなことでも、「肯定で答える」「まず同意する」ことが大前提。これは前項で書いた「ほめる」に通じる部分があります。そもそも居合わせて雑談している人が、自分とまったく同じ趣味嗜好であることなどまずありえません。話をしていても、どうも趣味が違う、好みが違うということはままあることです。だからこそ自分の好き嫌いとは別の次元で、どんなものからもよさを見出す努力をする。それが雑談の話題を増やし、良好な人間関係を築くための重要なスキルのひとつなのです。

09口下手でもできる、相手の話に「質問」で切り返す術自分は話下手だから雑談は苦手。そういう人こそ、雑談上手になれる可能性が高いのです。言い方を換えれば、「相手本位になりましょう」ということ。雑談は、自分よりも相手に話の主導権を握らせるほうが盛り上がるのです。ここで言う「主導権を握らせる」とは、自分の話ではなく相手から話題を引き出すということ。つまりあなたが話し上手である必要など、まるでないのです。それよりも大事なのは、相手から出てきた言葉に、「質問」という形で切り返す力です。これだったら、「聞き上手」でない人でも、すぐに実践できるでしょう。いや、これをやるだけで、聞き上手に変身してしまいます。だまされたと思って、一度試してみてください。たとえば犬の話題が出たとします。「ウチには犬が1匹いるんですよー」こう振られたらどうしますか?「ウチでも最近、犬を飼い始めましてね」という〝自分の話〟ではなく「おたくのワンちゃん、種類はなんでしたっけ?」と、〝相手からの答え〟を引き出せるように、相手本位のスタンスで話しかけるのです。自分の話をする場ではないと割り切って、相手の話に質問をつけてひたすら返していく。これだけで話は確実に盛り上がります。相手の話に、質問というエサをつけた相づちを打つ。そのエサに相手が食いついてきたら、さらに次の質問をする。自分が主体で話をしなくても、雑談は見事に成立します。ここでは話題が豊富とか、おしゃべりが好きとか、話し方が上手といったことは関係ないのです。人間、自分が好きな物事について話を振られると、そのことについて語りたくなるもの。そうすれば、否が応でもその雑談はダーッと盛り上がります。いくら自分がうまく話をしようと思っても、相手がその話に食いついてくるとは限りません。それこそ「興味がない」と会話が終わってしまう可能性もあります。絶対に外さない話題というのは、相手の興味のある話なんですね。で、ひととおり話し終えたあとに「で、あなたは?」と振られたら、そこで初めて「ウチでも最近、犬を飼い始めましてね」とすればいいのです。そう、話し下手な人ほど、雑談の潜在能力は高いのです!

10雑談のベストバランスは、相手8対自分2雑談において相手主体というスタンスは重要です。自分の話だけでは相手がついてこない。しかし、いくらなんでも100%相手の話題で雑談を進めるのではフラストレーションが溜まってしまうでしょう。相手も「この人、話聞いてるのかな?」と不安を覚えます。そこで、雑談全体に占める相手主体の話題と自分主体の話題の比率、つまり話題支配率が大事になってくるのです。テレビでサッカーの試合を見ていると、「ボールポゼッション(ボール支配率)」という言葉を耳にします。画面下に「ボール支配率ACミラン60:バルセロナ40」などと表示されています。試合の中で、どちらのチームがボールを持って攻めているかを表す数値なのですが、この発想は雑談にも当てはまります。さしずめ〝話題支配率〟とでもいいましょうか。雑談では、相手本位の話題(他人の話)と自分本位の話題(自分の話)の支配率(ポゼッション)に気を配る。臨機応変に配分することが大切なのです。ただサッカーと違うのは、ボール(話題)支配率が高ければ、試合(雑談)が有利に運ぶ(盛り上がる)かというと、必ずしもそうではないことです。こうした場合、均等で偏りがないという意味での理想的な支配率は、フィフティ・フィフティですが、これはすべてのケースに当てはまるとは限りません。あくまでも理想であり、雑談相手の様子や状況によって、この比率は変えていく必要があります。たとえば顧客や取引先など仕事関係の人と交わすちょっとした雑談。商談ではないにせよ、合間の雑談の中からも何かしらビジネスに有利な情報を聞き出したいと思っている人もいます。そういう場合は自分の話の比率を少し上げて、こちらから自分が発する話題で雑談をリードしていくといい。6対4でも7対3でもいいでしょう。相手の話は少なくても、これはこれで十分に有意義な雑談として成立します。相手が話し好きな人の場合には、逆に相手の比率を上げます。たとえば8対2ぐらいにして相手が8、自分は2のほうを受け持つようにする。そもそも、話し好きという人に限って、話題が自分の話から別のことに移った瞬間、興味を失っていくことが多い。それを「大人気ない」と言っても始まりません。そういう場合には、ハナからこちらの話をするのは諦めて、聞き役に徹すれば相手がペースを作ってくれます。このように、雑談の場合、話題を支配するだけではなく、状況に応じて相手にパスを回し、話題を支配させることも重要になります。先にお話ししたように、雑談には結論が必要ありません。結論が出ると話はそこで終わってしまいます。せっかく盛り上がってきた雑談がブチッと途切れてしまう。だから雑談では、結論というゴールを求めてシュートを打ってはダメなんです。パス回しが重要なのです。ところが、これも前述しましたが、男性は特に雑談でシュートを決めたがる。「で、結局のところ、どういう話?」と。これではゲームは強制終了。広がりも展開もしません。キーパーになって話をまとめにかかろうとするのも当然ダメ。「話題支配率100%」「相手にボールを触らせず、ゴールを連発」では、もう雑談とはいえません。講演会かトークショーです。雑談は、話題を支配し合い、ボールをパスしてゲームを動かすことに意味があります。

11「で、何の話をしてたんだっけ?」が理想形「あれ、そもそも何の話をしてたんだっけ?」このフレーズが出てきたら、それはいい雑談ができた証拠です。盛り上がる雑談とは、ひとつの話題だけで終わらず、次から次へと別の話題が派生しながら展開していくもの。ただ重要なのは前の話題を一度リセットして、まったく関係のない話を始めるのではなく、前後の話題がどこかで関連づけされて鎖状に連なっていることです。ですから話題の変わり目は、「全然違う話なんだけど」ではなく、前の話に出てきた言葉やエピソードをうまくとらえて、「っていえば、この間ね〜」と派生させ、展開させるわけです。ここで大切なのは連想力。すなわち相手の話から次の話題を連想する力、相手の話を別の話題とリンクさせて新しい雑談を引き出す力のことです。盛り上がっている雑談ほど、この連想は幾重にも連鎖します。ひとつの話題、キーワードから連想して、3つ4つくらいの話題が引き出され、引き出されたそれぞれの話題から、さらに連想がふくらむ。さらにその先の話題からも。そうなると話題というのはクモの巣が張り巡らされるかのごとく、倍々ゲームのように広がっていきます。たとえば、「楽天イーグルスは強くなりましたね。創設当時の弱さがウソみたい」「やっぱり野村監督の手腕なんですかね」「でしょうね。そうそうノムさんといえば、最近サッチーはどうしてるのかな」「サッチー、ミッチー(浅香光代)、和泉元弥の母親に細木数子パワフルなオバサマたちがワイドショーを席巻していたのも、もうだいぶ前の話ですよね」「そういえば、ささやき女将っていうのもいましたね」「いたいた。オバサンって何であんなにパワフルなんだろう。先日も仕事でね」最初の野球の話からパワフルなオバサンの話が派生して、話題が移行しています。そして気がつけば、「あれ、最初は何の話をしてたんだっけ?」となるわけです。ただ残念なことに、私たちには、相手が言ったことから次の話題をどう連想するか、という練習を積む機会が少ないのが現実でしょう。そこで私は大学の授業でたまに「連想ゲーム」なるものをやっています。いろいろな言葉をお題にして、そこから何かしら連想させる。無理にでも連想させて、そこから雑談を展開させるのです。たとえば授業の題材に太宰治を扱った日なら、「じゃあ、『太宰』といえば」と学生諸君に尋ねます。そして誰かが、「ん〜、やっぱり『人間失格』ですかね」と答えたら、次はその『人間失格』をお題に、連想できる話題を持ち寄って学生同士で雑談をさせるんです。すると、最初のうちは『人間失格』という作品そのものに関する話題が中心だったのが、次第にさまざまな方向に派生していきます。「っていうか、『人間失格』ってタイトル自体、スゴすぎるよね」「じゃあ合格ラインはどこなんだって話だよ」「でも最近、ニュースとか見てると、人間失格なヤツばっかり出てくるでしょ」「身近にもいるよ。あいさつもできないヤツとか『人としてどうよ?』って思うし」「人間の合格失格を決める審判とかいるのかって」「でも裁判官とか、それに近いんじゃない?」「確かに。裁判員制度でボクらも審判の側に立つ可能性だってあるわけだ」という具合で、1時間ぐらいがあっという間に過ぎてしまいます。そして最初の『太宰治』の話題はすでに消えている。『人間失格』という小説さえもフェードアウトしているんです。しかし雑談はこれでいい、いや、このほうがいいんです。太宰治や『人間失格』という作品について掘り下げて語り合うのは議論や討論。雑談とはやや性格が異なるものなのです。ひとつの話題について掘り下げていく、もしくは積み上げていく。同じ太宰治の話題でも、作風とか人間性の本質に向かう。いわば話題が垂直方向に広がるのが議論です。それに対して雑談は、話題が水平方向に広がっていきます。連想が連想を呼んで、キッカケとなった話題から話がどんどんずれていく。最初の話題を忘れてしまうのは、見事に連想の連鎖が広がった証拠でもあるわけです。人の話から連想して、話題をずらす。このスキルがあると雑談で行き詰まっても、別の話題に巧みに切り替えることができるようになります。サッカーで言えば「スペースを見つける」のと同じ。雑談(ボール)を展開させやすい話題(スペース)を見つけて、そちらに話題をずらしていく(走り込む)わけです。連想してずらす。雑談をコントロールするために欠かせないスキルといえるでしょう。

12切り返しは、相手の言葉の中にある私は大学の授業で「1分間で、隣の人と会話だけで盛り上がってみる」という実験をすることがあります。テーマや話題は自由に選んでいい。とにかく何でもいいから会話として盛り上げてみましょうと。すると、男子同士や女子同士のペアになったところは比較的盛り上がります。お互いに共通の話題を見つけやすいからでしょう。ただ問題は、男女のペアになった学生たち。ここでは共通の話題がなかなか見つからない。たとえば、野球好きな男子が、あまり関心がないであろう女子を前にして、野球の話を延々としてしまう。「僕は小学校からずっと野球をやっていて、というチームのが好きで」「今年FA宣言したは、守備はいいけどバッティングがイマイチ。大リーグで通用するかどうか、難しいよね」と、こんな具合。ところが野球にまったく興味がない相手の女子は、何を聞いても「?」「?」「?」にならざるをえない。この場合、女子は男子より雑談がうまいので、何となく話を合わせてくれるかもしれません。では逆に、男子が女子の興味のあるものたとえばショッピングとかブランドとかスイーツとかの話題についていけるかというと、これはかなり厳しい。まず話を広げることができないでしょう。要するに、自分の好きなものだけでは話題がもたない、雑談は続かないのです。忘れてはいけないのが、雑談の極意は相手本位、ということ。自分の関心事ではなく、相手の関心事から話を引き出していかなければ、雑談はなかなか成立しません。事前打ち合わせがあったわけではなく、その場に居合わせた人と、その場の雰囲気で始まるのが雑談。相手によって、どんな話題が出てくるかわかりません。すべての話題についていくというのは不可能にしても、できるだけ相手の話題を拾って広げることが大事になってくるのです。ではどうすればいいか。決して難しいことではありません。振られた話題について知らなければ、まずは聞き役に徹すること。そして、相手の話題に何でもいいから乗っかって、切り返してみることです。たとえば女子が、「100円ショップでつけま(つけまつげ)をよく買うんだけど」と言ったら、「?」と沈黙せずに、「つけまって何のこと?」「それ、何かお菓子みたいな呼び方だね」「それを買う人はみんな〝ツケマー〟だ」など、何でもいいから話を聞いて思い浮かんだことを、そのまま返してみればいいのです。そのひと言が、相手の話したい気持ち、教えたい気持ちに火をつければ、雑談はさらに広がっていくもの。あわてる必要などありません。雑談のボールが相手からパスされた。ならばその中から、自分なりに受け止め、再びパスしていけばいいのです。

13雑談にオチはいらない。『すべらない話』でなくていいダウンタウンの松本人志さんが仕切る『人志松本のすべらない話』というテレビ番組が人気です。また、そのほかにもテレビをつければ、お笑い芸人が登場してトークをする番組がどこかしらで放送されています。そうした影響もあるのでしょうか、とくに今の若い人たちは仲間内の会話をするときも、「話をするなら何かおもしろいことを言わなきゃ」「何かウケるオチを作らなきゃ」というプレッシャーというか強迫観念にとらわれているのでは、と思えることがあります。しかしそれは大きな考え違い。心配する必要などありません。たとえば『すべらない話』のような番組で話されているのは、お笑い芸人がネタとして披露しているエピソード。つまりプロ中のプロが磨き抜いて話している〝芸〟です。彼らはそれが仕事なのです。だから話にはオチがあるし、すべらない。それを芸人でもない私たちがいきなり、毎日の日常会話にきれいなオチをつける、すべらない話をするなんて、できなくて当たり前。無理に決まっています。先に、雑談に結論は必要ありませんと述べました。この項で述べている『オチ』も、言ってみればエピソードにおける『ウケる(笑える)結論』のこと。だからこそ、雑談に『オチ』など必要ないのです。「結局、どういうこと?」「で、オチは?」などと言うのは、空気の読めていない禁句フレーズの最たるものでしょう。話が終わるときは、自然の成り行きで収まればいい。「あ、時間だからもう行かなきゃ。じゃあまた」でいいのです。つまり「オチがある」とか「結論づける」「キレイにまとめる」といった条件のつかないのが雑談のいいところ。そもそも「で、何?」と聞かれても、「それだけです」としか答えようがないのが雑談です。「むしろオチがないのが雑談」といったほうがいいのかもしれません。『すべらない話』のようなウケる話をするために必要なのは、出来上がっているエピソードを人前でいかにおもしろおかしく話せるか、いかに上手にスムーズに聞かせられるかという高度な技術系のテクニック。それは、人前でしゃべる技術であり、「トーク術」「話術」の範疇に入るもので、相当レベルの高い話術が要求されます。雑談は、トークではなくコミュニケーションなのです。そして雑談というコミュニケーションの地盤がなくては、その高度な技術も身につきません。「話し方」「トーク術」よりも、まずは雑談力です。

14机とコーヒーカップがあるだけで、一気に話しやすくなるコーヒー1杯で何時間もおしゃべりする。軽くお茶してサッと出ようと思っても、ついつい時を忘れて話し込んでしまう昔も今も、喫茶店は雑談のメッカです。ところで、なぜ喫茶店だと会話が弾むのでしょうか。その答えの前に。私は大学の授業に『圧迫面接ゲーム』を取り入れています。学生の中から5人ほどを試験官役に選んで他の学生の面接をするという、いわゆる模擬面接です。面接はひとりずつ。椅子に座った5人の試験官の前に立って質問に答えていきます。次から次へと矢継ぎ早に質問されますが、考え込んだり沈黙したりするのはNG。とにかく即答しなければなりません。「ラグビーサークルに入っています」「どうして野球やサッカーをやらないの?」「趣味は読書とスポーツ観戦です」「ありきたりですね。ほかにないんですか?」「今ドイツ語会話を習っています」「これからは中国語ですよ。なんでドイツ語なわけ?」矢継ぎ早の質問で相手を追い詰め、圧迫していくわけです。どんなに話が上手な人も、面接が得意だと自負する人も、これにはみな難儀します。その緊張感たるや、半端ではありません。答えに窮する学生が気の毒になるくらいです。「え〜、それは」「いや、あのぉ」と、まさに〝立ち往生〟してしまう。そして今度は、面接を受ける側の前にテーブルを置き、座って面接を受けてもらいます。すると、立っていたときよりも上手に質問に答えられるようになります。そのテーブルの上にコーヒーを置くと、よりリラックスして返答できるようになるのです。つまりモノがあるだけで人間の緊張感はかなりとれるということ。そもそも『圧迫面接』では、質問される以前の、試験官がズラリと並んでいる前にただひとり立っているという状況だけで、すでに緊張度合いは極度に高まってしまいます。直立しているだけで座ることもできない。手持ち無沙汰で両手の置き場にさえ困ってしまう。人はこういう状態に置かれると、普段どおりにしゃべれません。それなのにテーブルをひとつ置いただけで気持ちが楽になる。テーブルが、面接官から発せられる圧迫、プレッシャーに対するディフェンス役になっているのです。さらにテーブルの上に飲み物、それも面接する側・される側の両方のテーブルに同じ飲み物が置かれていれば、より一層気分も楽になり、受け答えにも余裕ができます。面と向かって対峙する人の間にテーブルと飲み物がある。喫茶店やカフェの構造はまさにこれと同じです。喫茶店は、複数の人間といてもリラックスできる要素が取り入れられた理想的な雑談空間なのです。また、喫茶店が〝適度に公共的な場所〟だというのも大きなポイント。大勢の人がいるというパブリックな空間だけど、その中にプライベートになれる仕掛けが作られているのが喫茶店です。完全個室で一対一だと緊張するかもしれませんが、他のお客さんも見える状態で少々騒がしいほうが、話がしやすいというわけ。しかも喫茶店の場合、本当は話をするのが目的なのに、「ちょっとお茶でも飲もうか」と言える。目的は「お茶を飲む」ことであって、「話をする」のはあくまで付随的なものという構図を作ることができます。喫茶店には「お茶を飲むため」に入るという大義名分がある。会話、雑談はオマケ。だから「話はつまらなくてもいいよね」という安心感を持てます。そこには「まあ、お茶を飲むために来たんだから」という逃げ道があるのです。居酒屋も同じでしょう。本来の目的は会話以外にあるという大義名分と、間にあるコーヒーカップや徳利、ボトルなどのアイテムが、会話の緊張感をほぐしてくれるのです。

15一問一答は拒絶と同じ。「一問二答以上」が返しのルール世代の違う年上の人と話をするのは気詰まりで面倒くさい。会社の上司とも、仕事の報告や連絡事項以外の話は極力したくない。そんな若者が増えています。気持ちはわかりますが、実にもったいない。そしてそんな状況に困惑しているのが、本来気詰まりされる側である上司や年配者なのです。たとえば部下を連れて取引先に出かけるような状況になると何時間も黙ったままになってしまい、気疲れしてしまう。ですから最近では、上司のほうが気を使って部下に話しかけるケースが多いといいます。こうした場合によくありがちな会話の例を挙げてみましょう。「キミは何かスポーツやってるの?」「別にしてません」「お酒は飲めるクチかい?」「普通です」「仕事には慣れたかい?」「まあまあです」聞かれたことだけに答える、いわば「一問一答スタイル」が非常に目立ちます。「学校はどうだ?」と親に聞かれて、「普通」「まあまあ」としか答えない思春期の子どもと同じ。あとはウンでもなければスンでもない。当然、話はそこでおしまいです。これではいくら話を振られても、会話が広がるわけがありませんたとえば上司があなたに「最近、休みの日は何をしてるの?」と聞いてきたとします。ひょっとしたら聞かれた側のあなたは、自分のプライベートに踏み込まれたような不愉快さを感じてしまうかもしれません。仕事以外のことを話す必要はないとドライに割り切りたいと思うかもしれません。しかし実際のところ、上司もあなたの休日の過ごし方に興味があるわけではありません。多くの場合、話をつなごう、打ちとけて雑談を楽しもうと思っているだけなのです。気楽に行きましょう。過度に自意識過剰になってはいけません。たとえば「最近、仕事以外で何かハマッていることは?」と聞かれて、ただ「映画です」だけでは、はい、チャンチャンで会話終了。でもそのあとに「この前見たはよかったですよ。あまり期待してなかったんですけど、いい意味で裏切られました」といったプラスαのひと言を入れて返すだけで、そのやりとりはちょっとした雑談に変身します。そして今度は、最初に質問した上司が再び、「誰が主演してるの?」「知らなかった。今度行ってみようかな」という具合に返事をする。またそれに答える。そうすることで、話は心地よく転がっていくのです。かつて日本には、「相手に対して興味を持つ」ことが礼儀だった時代がありました。興味を持った相手の趣味を知って、そのことを話題にする。それはコミュニケーションの基本として、ごく当たり前のことでした。それに比べて今は、相手に興味を持たれることを面倒くさがる風潮が強くなっています。しかし、あなたがコミュニケーション能力のある人なのかどうか、ちょっとした雑談の印象で判断されているのです。逆に言えば、若い人こそ、こうした何気ないやりとりができるかどうかで、大きく差がつけられるのです。これは、チャンスです。強調するまでもなく、雑談はキャッチボールです。「趣味は?」と聞かれて「別に」と答えるのは、ボールを投げてもらっても、それをただ受けているだけというのと同じ。相手が提供してくれた話題にただ返答するだけでは、雑談にはなりません。「一問二答以上」。話に何かプラスαのオマケをつけて投げ返してこそ、初めて雑談になるのです。

16ベストタイムは、すれ違いざまの30秒オフィスの階段の踊り場でバッタリ顔を合わせて、ちょっと話をする。男性ならトイレで偶然並んで用を足すときにチラッと話をする。時間にしてほんの30秒程度。こうした〝すれ違いざま&出会いがしらの30秒雑談〟というのは、現代社会にフィットした新しいタイプの雑談です。昔の雑談の多くは、すでに気心の知れ合っている人同士が、喫茶店や居酒屋で、公園や道端で、ある程度腰を据えて話すというスタイルでおこなわれていました。しかし現代社会は、人間関係がより広く浅くなり、人の流れも激しくなっています。そしてのんびりと1時間も2時間も雑談に興じるという時間的余裕もなくなっている。ですから、私たちに求められるのは「ササッと出会って、サクッと20、30秒話して、パッと別れる」という雑談スタイルなのです。「なんだ、たったの30秒か」と思った人も多いでしょう。ところが、実際に雑談を30秒するというのは、想像以上に長い時間です。30秒あれば、かなりの話はできてしまいます。これが1分になれば、立ち話でも、かなりしっかりした内容の話ができる。あいさつなんて「ああ、どうも」「よう、久しぶり」でいい。ほんの5秒もあれば終わってしまいます。そのあとの25秒で何をどう話すかが大切なのです。たとえば、「よう、久しぶり!」「そういえば話題のって芝居、先週見に行ったよ。結構おもしろかったぜ」「え、あれってまだ公演してるんだ」「日までだって。結構盛況だったからな。追加が出るんじゃないか」「じゃあ、まだ間に合うな。それじゃあ」で全部まとめて、ハイ、30秒。あいさつプラスαで30秒です。こうして文字で書くと簡単ですが、実際にやってみると意外に難しいもの。ある程度内容のある話題を瞬時に選ぶ必要があるからです。これも私が大学の授業でやっていることですが、学生たちを2列に並ばせて各自目の前にいる相手と雑談させるのです。そして30秒経ったら、相手をチェンジして次の人とまた30秒雑談する。「初めまして。最近はこれがマイブームで、ああで、こうで」「え、そうなんですか。私も実はああで、こうで」『はい30秒!相手をチェンジして!』「あ、どうも。今、何かスポーツやってますか?」「サークルでテニスをやってるんですけど、コートが予約できないんですよ、最近」『はい30秒!相手をチェンジして!』こんな具合。それをフォークダンスのオクラホマ・ミキサーよろしく、パートナーを替えて10人、20人と続けていく。齋藤式の雑談力養成ゲームとでもいいましょうか。こうしたゲームを授業に取り入れています。ほとんどの学生が、最初は苦労します。しかし10人、20人とすれ違いざまの30秒雑談を繰り返すハードトレーニングを続けていると、だんだんとメンタルタフネスが出来上がってきます。つまり人慣れしてくる。初対面の相手と雑談することに緊張しなくなってくるんです。さらに最初のうちにネックになるのは話題。学生同士だとどうしても「最近、バイトどう?」とか、「次の授業どうするの」みたいな話に終始してしまいがちです。一方がある程度、有意義なネタを披露して、もう一方がその瞬間にプラスαで答えるというのは、結構難しいんですね。この授業では、学生たちに事前に30秒程度の雑談ネタを用意させておきます。プラスαの部分に何を話すか、そのネタが多いほど、雑談もスムーズに進むし、人慣れするのも早くなる。小ネタのストックがモノをいうわけです。同様に、私たちも、普段から30秒程度で話せるちょっとした雑談ネタをいろいろとストックしておきたいもの。誰にも使える、何かしらの話題(それも30秒程度で終われる話題)を用意しておけば、突発的な〝出会いがしらのすれ違いざま〟の場面で生きてきます。私が「30秒居合斬り」というか、「30秒瞬間雑談対決」というのを授業に取り入れているのは、出会って話して和んで別れるという雑談は、慣れと訓練でいくらでも上達すると思っているからです。しかしスピーチや話し方と違って、こうした雑談力を養成するトレーニングというのはあまり用意されていません。コミュニケーション能力としての雑談力は、これからの私たちに不可欠なスキルになるもの。雑談の専門トレーニングの必要性を強く感じています。

17「自意識」「プライド」のハードルを下げると、ラクになる雑談が苦手な人にその理由を聞くと、「うまく話せないから恥ずかしい」という答えがよく返ってきます。会話を拒絶しているつもりはない。話の輪の近くにいて、話したいこと、感じていることもある。けれど、結局は言わずじまいで終わってしまう。なんと、もったいないことでしょう。雑談はその場の空気をなごませる「意味のない話」です。仕事の会議や打ち合わせで発言するわけではありません。「あのときこう言った」などと言質をとられたり、責任を負わされたりするものでもなく、ましてや録音されたり発言録を取られているわけでもありません。罪のないことや人を傷つけないことであれば、感じたこと、思ったことは、もっと素直に、そのまま口に出していいんです。「うまいこと言ってやろう」などと気負って考えなくていいのです。そもそも「うまく話せなくて恥ずかしい」という理由は、「話をしている自分が、相手にどう見られているか」という自意識の裏返しともいえます。「こんな話で場がシラけたらどうしよう」「緊張してたどたどしく話すなんてカッコ悪い」雑談下手を自認する人たちにとって、こうした強すぎる自意識やプライドは大きな障壁になっているのです。「恥ずかしいから話さない」というのは、結局は自分のことだけに意識がいきすぎる結果として生まれる発想。そこには相手のことを考える気持ちが抜け落ちています。会話は自分ひとりではできません。相手がいてこそ成り立ちます。雑談をしてくる相手は、何かしらの反応、レスポンスをしてほしいと思っています。それは会話教室の先生が太鼓判を押すような美しい言葉である必要はありません。周囲の人が笑い転げるような〝すべらない話〟も、切れ味鋭いコメントも必要ありません。シュートでもスマッシュでもホームランでもない。小さなパスでいいのです。相手はレスポンスをもらうことで、ちょっとしたコミュニケーションをとりたいだけなのです。あなたとの間にある壁を取り払い、場の空気を循環させたいだけなのです。所詮は意味のないムダ話。まず意識的に自意識のハードルを下げてオープンになりましょう。そして、思ったことはケチらずに口に出せばいい。「へえ、そうなんですか。知りませんでした」でOK。「レスポンスを返そう」という思いは相手に届いています。

18日常生活のトラブルは、絶好の雑談チャンス禁煙、嫌煙機運が高まっている近年、喫煙者の立場はすっかり弱くなりました。私はタバコを吸いませんが、愛煙家の人たちからは、「タバコを吸う人は、それだけで世間から追われている感じになる」という嘆きが聞こえてきそうです。こうした「不遇」な立場に置かれている愛煙家かつ雑談が苦手な人にとって、あちこちにある喫煙スペースというのは、考えようによっては、まさに理想的な雑談空間になります。いわば「追われたもの同士」が身を寄せ合うように集まる場。そこでは、「なんか肩身狭いよね」「周囲の目が厳しくてさ」という嘆き合い、こぼし合い、グチり合いが絶好の雑談のキッカケになります。私が好きなマンガに武富健治さん作の『鈴木先生』という作品があるのですが、そこでもこうしたシーンが出てきます。主人公の鈴木先生が勤務する中学校には、教員用のタバコ部屋があって、そこでタバコを吸いながら、先生同士が学校の問題について相談し合うんです。同じように肩身の狭いもの同士がモウモウと煙が渦巻く空間に集まれば、悩みも話せるし、いろいろと雑談もできる。狭い部屋に籠もってタバコをひたすら吸っている姿は気の毒ですが、あの空間にはあの空間ならではの雑談が成立しているんです。多数派の中にいる少数派同士というのは、非常に打ちとけやすいのです。大勢の中でタバコを吸うのが1人きりだと、ものすごく疎外感や罪悪感を覚えますが、これがもう1人現れて2人になれば、一気にそのストレスが小さくなる。初対面同士でも間違いなく共感できるピンポイントの話題がある。多数派の中の少数派同士。実は、これほど雑談に適した状況は、ほかにないかもしれません。仲間意識という意味では、同じトラブルに巻き込まれているという状況が雑談を成立しやすくすることがあります。たとえば乗っている通勤電車が車両故障などで大幅に遅れたとします。「エ〜、マジかよ。会議に遅れちゃう」と思ったとき、そこは誰かと雑談を交わしやすい空間になっています。思わず同じように困惑している隣の人と、「いやぁ、参っちゃいますね」「ええ、最近とくに電車のトラブルが多いですよね」「本当に、いつまで止まっているんですかね」「よりによってこんな通勤ラッシュの時間っていうのもねぇ」こんな調子で言葉を交わした経験のある人は少なくないと思います。雑談したからといって、それ以降、その人との人脈ができるわけでもない。まさにその場に居合わせた、同じトラブルに巻き込まれたもの同士の、その場限りの雑談です。しかし言葉を交わして、お互い「困ったな」という共通感情を持つことで、人というのは少し気が晴れるもの。このような場の空気が和む瞬間を、誰もが一度は経験したことがあると思います。悪天候で飛行機が欠航になったときの空港ロビーや、運転を見合わせている新幹線のホームなど、いつ動くかわからないような〝閉じ込められた状態〟で一緒になったもの同士は、それこそ雑談でもしなきゃ間が持たないという状況になるでしょう。一緒に受けたトラブルというのは、雑談が盛り上がる格好の話題になりうる。戦友のような仲間意識が芽生える上に、これ以上ないほどの共通の話題があるのですから。ならば日常生活の中でのこうしたトラブルは、雑談をするチャンスととらえ、お隣の同志に声をかけてみてはいかがでしょう。あなたの雑談力も磨ける上に、相手との距離がグッと縮まる、またとない機会です。緊張していた人の表情がふっとゆるむ。これも雑談の大事な役割なのです。

19悪口は、笑い話か芸能ネタにすり替える今も昔も変わらない雑談の話題が人の悪口。確かに、その場にいない誰かを共通のターゲットにして言い合う悪口は、雑談が盛り上がりやすいネタではあります。しかし、相手との気詰まりをなくして、空気を和ませるための雑談の話題が、他人の悪口やアラ探しというのではあまりに悲しい。盛り上がったように感じても、決して後味のいい雑談にはなりません。いくら話題に行き詰まっても、雑談で悪口や陰口の類を持ち出すのはやめるべきです。雑談は切り上げ方が大事だと書きましたが、〝後味〟も同じくらい大事。さわやかに、気持ちよく終わらせたいものです。しかし、言うのは簡単ですが、なかなかそうもいかないのが現実でしょう。みんなが共通して知っている〝困った人〟がいると、自分は口にしなくても誰かがその人の話題に触れてしまうかもしれません。そして、そこでビシッと「人の悪口はやめようよ」「陰口はよくないよ」と言えるようなら誰も苦労はしません。それに、結論や正論で話の流れを切ってしまうことにもなりかねません。ではどうするか。何やら雑談が誰かの悪口や陰口の方向に流れ出したら、その話題やエピソード自体を笑いに変えてしまえばいい。たとえばあなたの職場に、社内の誰もが認めるロクでもない上司がいたとします。あるとき、仕事帰りの居酒屋あたりで同僚たちと話をしていて、その上司の悪口大会になりそうになった。でも、その話題を笑いにしてしまうんです。その上司が何か無責任で不条理なことをやらかしても、「アイツ、ホント、使えねぇ」「ムカつく」ではなく、たとえば、「いやあ、今日も出ましたね、課長お得意の〝聞いてない〟攻撃が〜」「わが部の歴史に、またひとつ、最強おもしろ伝説が刻まれちゃったね」といった具合に、笑えるネタにすり替えていく。悪口陰口の羅列で負のオーラに包まれる雑談よりも、頭にはくるし腹も立つけれど、そういう出来事を笑い話として盛り上がるプラスオーラの雑談のほうが精神衛生的にもいいに決まっています。そうやって笑っているうちに、腹立ちも収まって、気持ちも温かくなってくる。それこそが、場の空気を和ませるという本来の雑談の姿なのです。それでも「やっぱり人の悪口で盛り上がりたい」「悪口は蜜の味」というなら、その対象を身近な人ではなく、芸能人に求めるというのもひとつの方法。つまり、芸能人や有名人をコキ下ろして〝悪口言いたいストレス〟を解消するんです。私は、それも芸能人や有名人の運命であり、ワイドショーや週刊誌の芸能ネタやゴシップは、そのためにあると思っているくらいです。芸能人同士の不倫や恋愛ゴシップ、暴言・失言・暴露話。それをネタにして「あんなの、ありえないよね」「やっぱり、あのコは男を見る目がないと思ってたのよ」「人前であれを言ったら、さすがにまずいでしょ」思い切り悪口を言えばいい。身近な人の代わりに、芸能人に悪口を言う。たとえるなら、人を殴る代わりに殴られるサンドバッグといったところでしょうか。当の芸能人の方には非常に気の毒な話ではありますが、それも人気商売の宿命です。つまり「お笑いのが〜」「タレントのが〜」などと言っている分には、それほど罪がないということ。身近な人が対象になるとそれは悪口や陰口になってしまいます。いずれにせよ、悪口陰口は言わないに越したことはありません。明るく笑えるような楽しい話題でプラスオーラに包まれる雑談をしたいものです。

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次