01ダメダメなKPIってどこで分かるの?
講師をしていると、この「ダメなKPIは分かるのか?」というのもよくある質問です。先ほど説明したように、もちろん作り方を聞けば、当然分かります。
しかし、私はKPIだけを見て、それがダメ、あるいはかなりダメダメなKPIかどうか分かります。それも瞬時に分かります。
もっと正確に表現すると、具体的に話をしなくても分かります。
ちなみに、これは私だからできるのではなくて、ポイントさえ押さえれば、誰でも分かるようになります。
ダメダメなKPIを瞬時に見抜く方法
ダメダメなKPIマネジメントを一番簡単に把握する方法は、まず、質問者に、自組織のKPIマネジメントの資料をメールなどで送ってもらうことです。
典型的なパターンは、本文に簡単な説明といくつかの資料が添付されています。その際に例えば、メールの添付資料を開封しなくても、ダメダメKPIが分かるのです。
典型的なダメダメ例は、添付資料がエクセルなどの「表計算ソフト」である場合です。
この添付資料を開けると、エクセルの表にたくさんの項目と数値の組み合わせが並んでいます。
つまり、たくさんの指標を管理していることが分かります。
KPIとは「事業成功」の「鍵」であるCSFを「数値目標」で表したものだと説明しました。
「事業成功」の「鍵」だから、1つです。
たくさんの数値を管理しているのは、数値マネジメントであり、KPIマネジメントではありません。
エクセルの添付資料を送ってきたとしても、あるいは、さまざまな数値を管理していたとしても、本文に「KPIはこれです」と書くことはできます。「添付資料は参考資料です」と書くこともできます。
しかし、残念ながらそのようなケースにはお目にかかったことがありません。ホスピタリティの問題かもしれません。
ホスピタリティの高い人は、相手の時間を最小限で済ませようと思います。メールの本文を見たら分かる。それも短い文章で簡潔に書くことで、相手の負担を最小限にしようとします。
しかし、エクセル資料を補足説明なしで送ってくる人は、その感性が弱いのです。
イケてるKPIの場合は、メール本文にずばりKPIが書かれています。例えば、「今期のKPIは紹介組数20000です」といった具合です。
そして添付資料は、CSFを決めた経緯やKPIの数値ロジックなどの説明資料です。ですので、メールの本文と添付資料を見ただけで、イケているKPIなのかダメダメKPIなのか想像ができるのです。
話が長くなりましたが、つまり、エクセルを送ってくる組織のKPIはダメダメなのです。だから簡単に分かるのです。
02KPIは「信号」だから「1つ」
ちなみに、たくさんの指標を管理していることをいけないとか、間違っていると言っているのではありません。
それはKPIマネジメントではなく、単なるIndicatorマネジメント。つまり、数値管理をしているだけだと言っているのです。
KPIマネジメントは、最も重要な数値だけに焦点を絞ってマネジメントしようということなのです。
当然、経営企画スタッフや商品企画スタッフは、さまざまな数値を把握する必要があります。KPIを設定する際にも、たくさんの数値の確認が必要になるケースもあります。
ただし、たくさんの数値を管理しているだけではKPIマネジメントではないということをお伝えしたいのです。
見るべき信号がたくさんあったらどうなるか?
私は、講座の中での例え話として、「KPIは信号」と説明しています。信号についていまさら説明する必要はありませんが、確認のために説明すると──「青」はこのまま進んで大丈夫。「黄」は注意する。あるいは停まる。「赤」は停まる。──ということです。
つまり、KPIの数値目標を達成している状況は「青」信号の状態であり、「このままの戦略・戦術を進めてOKです!」ということです。
同じく、KPIを達成していない状況は「黄」信号。つまり問題が起きつつある状態。そして未達成が続く。あるいは大幅な未達成が「赤」信号なのです。
「赤信号」になったら、現在の戦略、戦術を継続して行うのではなく、立ち止まって、事前に想定した対策を打つということです。想像してみてください。車で交差点に進入しようとしています。
交差点に信号がたくさんあったらどうでしょうか?たくさんでなくても複数あったらどうでしょう?進んでよいのか、止まったらよいのか分からなくなります。
実際の交差点はどうかというと、実は複数の信号があります。ただし、それは自動車用であったり、歩行者用であったり、自分自身がチェックすべき信号は1つです。
つまり、KPIが信号だとするならば、1つであることが重要なのです。また先行指標の「先行」という言葉も重要です。「先行」とは事前に分かるということです。
例えば、同じ車で交差点に入って、横からも車がやって来て交通事故が起きたとします。その後になってから「赤」信号になってしまっては意味がありません。
車が交差点に入る前に信号が何色なのか分からないと意味がないのです。つまり、KPIは信号なので「1つ」。そして交差点に入る前に分かる必要があるので、「先行指標」であることが重要なのです。
大きなカーブの直後に交差点があるケースでは、信号の前に、さらに信号の予告信号があるケースがあります。あのような信号が優秀なKPIなのだとイメージしてください。

03KPIは誰のものか?
KPIは、KGI(KeyGoalIndicator)の先行指標。そして最重要プロセスを表現するCSF(CriticalSuccessFactor)の数値目標であると説明しました。
そして、KPIの役割は、事業運営の信号です。だから1つ。そして先行指標でなければならないという説明をしてきました。
KPIは経営者のためのもの?
ちなみに、この信号は誰のための信号なのでしょう?「誰」というのは、例えば、経営者のもの、あるいは経営スタッフのものだという考え方もできます。
もう少し対象を広げて経営幹部や管理職以上のものだという考え方もできるでしょう。そして最大限広げると従業員も含んだ全社の目標だという考え方もできます。必ずしも絶対の答えがあるわけではありません。
ただ、例えば、KPIが一部の人のためのものだとします。経営者だけ、経営スタッフだけ、経営幹部だけ、管理職だけだとします。KPIを運用中に、数値が悪化したとします。つまり信号が赤になったわけです。
すると、戦略変更や方向転換が必要になります。この戦略変更を実行するためには、KPIを知らない従業員に伝達する必要があります。従業員からすると青天の霹靂です。
場合によってはKPIについて一から説明が必要になるかもしれません。そのための手間と時間がかかることになります。この時間が無駄です。そしてできるならば避けたい時間です。特にKPIが悪化した場合は、非常事態です。
このままではKGIという最終ゴール数値に到達しないわけです。KPIマネジメントは平時、つまり何も起きていないときは、単なる安心材料です。しかし、緊急事態に、より効果を発揮するのです。戦略・戦術の変更の必要性などの度合いが分かるのです。
そう考えると、KPIマネジメントは、理想的には、全従業員のものであることが望ましいわけです。全従業員がKPIに興味を持って、それが悪化した場合に、各現場で打ち手を打ち始めている。
これだと、かなりイケてる組織だと思います。しかし、実際は、全従業員が意識するKPIを設定するのはかなり難しいものです。
ただ、経営陣は、そうなるように努力して、最終的には全従業員がKPIに興味を持つようにしたいものです。そのためには、まずKGI数値を全従業員が意識していること。
そして担当サービスのCSFが何かについて従業員皆が知っているようにすることから始めるとよいでしょう。
KPIを従業員みんなで共有するときの大事なポイント
KPIが従業員みんなのものだとすると、KPIを設定する担当者が気にすべきポイントが2つあります。
①CSFが分かりやすいこと
企業規模や職種や従業員の多様性に関連しますが、KPIの数値のもととなる事業成功の鍵であるCSFが分かりやすく説明できることが重要です。
例えば、A×B÷Cなどというように、何かと何かを掛け算して、何かで割ったものなどは避けた方がよいでしょう。
②覚えやすい数値であること
KPIの数値そのものが覚えやすい数値であることが重要です。
キリのよい10000だとか、ゴロ合わせの555(ゴー・ゴー・ゴー)などといった工夫が必要です。
しかし、実際は、9974だったり、10543だったり、計算上は正しいのですが、覚えにくい数値をKPIにしていることが散見されます。ぜひ、覚えやすい数字にするようにしてください。

04分母が変数の場合は要注意!
KPIの目標数値を計算する際に、分数を使うことがあります。当然ですが、分数には分母と分子があります。通常、分子は変数ですが、分母はというと定数の場合と変数の場合の2通りあります。
分母が定数の場合とは、例えば達成率(=実績/目標)のようなケースです。目標数値は変化しないので定数です。
一方、分母が変数の場合、例えば提案率(=提案数/来場数)などのケースもあります。この分母が変数の場合、数値の取扱いに注意が必要です。
全国チェーンで来店した顧客に提案するケース
具体的な例で考えてみましょう。
例えば、全国展開のチェーン店で、来店した顧客数を分母に、そのうち何らかの提案ができた顧客数を分子にして提案率(=提案数÷来店数)を高めることがCSFであるとしたケースです。
具体的な数値でいうと全国10店舗で、100人の営業担当が毎週の提案率80%以上を追いかけます。
全国平均で80%を追いかけているのですが、同じ80%以上のKPIを各店舗、各個人も追いかけているとします。
販売員Aさんは今週末時点で50組の接客(=来店数)を担当して、すでに40組の提案を実行しています。つまり、提案率=40÷50=80%です。このまま終了すれば、KPI達成です。
ところが、最終日の閉店間際に1組のお客様が来店されました。Aさんはどうするでしょうか?1組のお客様と接客した場合、2つの結果が想定できます。
きちんと提案ができて、(40+1)÷(50+1)=80・4%と個人のKPI達成となるケース。こちらは問題ありません。
ところが、提案できずに40÷(50+1)=78・4%と個人のKPIが未達成になってしまうケースです。Aさんは、KPI未達成のリスクがあるので、接客を躊躇するかもしれません。
お客様に来週来てほしいと伝えるかもしれません。その雰囲気はお客様にも伝わります。これがきっかけで、大事な1組のお客様を失ってしまうかもしれません。
これは100人の販売員のうちAさん1人の問題かもしれません。しかし、それがあちこちで起きているとするならば、会社としては大きな損害です。
こんな仕事の仕方はプロではないというかもしれません。しかし、実際に起きうる話です。プロスポーツでも起きています。
例えば首位打者争いです。ヒット数÷打席数=打率です。ヒット数も打席数も変数です。首位打者は、その年の最高打率のバッターが得られる栄誉です。首位打者争いをしている選手が、最終試合などで打席に立たないことがあります。
これなどまさに分母が変数の場合の割り算を指標にした場合の弊害です。せっかく、その人のバッティングを見に来ていたファンの期待を裏切ってしまうのです。
先ほどの接客のケースとまったく同じです。ではどうしたらよいのか。分数をやめて、実数にすればよいのです。野球の例でいうと、ヒット数にすればよいのです。
ヒットを打つためには打席は多ければ多いほどいいのです。そうすれば、ヒット数を増やせる可能性が高まります。
イチロー選手がヒット数を意識しているのは、同じ理由だと聞いたことがあります。今回の例であれば、CSFを「提案率」ではなく「提案数」にすればよいのです。
KPIを分数にする場合は、分母が変数なのは避けた方がよいことを覚えておいてください。

05越えなければいけない2つの壁
KPIは従業員のものである。
だから、CSFをシンプルにして、KPIを分かりやすい数値にすべきだと頭で理解したとしても、実行に移すためには2つの壁を越える必要があります。
1つめは「バカの壁」。どこかで聞いたことがある壁です。ただ少しニュアンスは異なります。もう1つは「不安の壁」です。
意外と陥りがちな「バカの壁」
1つめの「バカの壁」から説明しましょう。
従業員の皆が分かりやすいCSFを見つけだし、関係者に提示した際の典型的な反応はどのようなものでしょうか。「分かりやすい」という賞賛の声が上がる可能性もあります。
しかし、一方でCSFがシンプルで分かりやすいだけに──「そんなことは分かっている」「その話の続きが聞きたい」「こんな簡単なことを見つけるのに、こんな時間をかけているのか」「時間の無駄だ」──といった否定的な発言が起きるのではないかとも想像できます。
やや独断と偏見に満ちているかもしれませんが、KPI原案を作成するスタッフは、高学歴者が多く、子供のころから「賢い」と褒められることが当たり前で、「バカ」だと言われることに慣れていません。実際は、複雑なものから重要なことを1つだけ選択するのは、かなり難しいのです。
しかし、選択したCSFは分かりやすくシンプルなので、このように言われるのではないかと思ってしまうのです。
つまり、分かりやすいCSFを提示した場合に、「バカだと思われるのではないか?」という壁を越えなければいけないのです。これを「バカの壁」と呼んでいます。
乗り越えるべき「不安の壁」とは?
もう1つは、「不安の壁」です。CSFを1つに絞るということは、選んだ1つ以外の他すべてを捨てるということです。
もし、このCSFが間違っていたらどうしようと不安になるのです。当然です。ところが、この不安に負けて、CSFに2つめを加えると、もうおしまいです。
そうなると2つも3つも変わりません。4つ、5つと際限なく増えていきます。
このような「うまくいかなかったらどうしよう……」という「不安の壁」を越えなければいけないのです。
まずはCSFをシンプルにし、1つに絞るには、「バカの壁」と「不安の壁」という2つの壁を越える必要があるのだと認識しておいてください。
知っていると、越えられる可能性が高まります。これは、案外、意識の問題が大きいのです。講座では、このように説明すると半分強の人は納得してくれます。
しかし、残りの半分弱の人は、半信半疑の顔をしています。本音では、「1つにしなくてもよいのでは?」と思っています。この気持ちを払拭しなければいけません。
つまり、信号は1つでなくてよいと思っているのです。
そこで、「そもそもKPIマネジメントはなぜ必要なのか?」という根本問題に立ち返って、CSFをシンプルに1つに絞らなければならない必要性について説明することにしましょう。
06キーワードはPDDS
そもそも、なぜ組織にKPIマネジメントが必要とされるのでしょうか?一言でいうと、KPIマネジメントを活用してマネジメントそのものを進化させるためです。
マネジメントが進化し続けている企業の共通点は、弛まざる継続的な改善活動にあります。つまり、KPIマネジメントを継続すると、マネジメントレベルが向上するのです。
マネジメントの進化に不可欠なPDDSとは?
その際のキーワードがPDDSです。次の図を見てください。

振り返りのサイクルとしてPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルやPDS(Plan-Do-See)サイクルなどを聞いたことがあるかもしれません。
このPDDSサイクルは、私がKPIマネジメントの重要性を説明するために考案したオリジナルのサイクルです。
PDDSサイクルは、Plan-Decide-Do-Seeの4ステップで、SeeからまたPlanに戻ります。
PDCAサイクルやPDSサイクルと比較すると、PlanとDoの間にDecideというステップを入れています。日本語で表現すると「決める・絞る」というステップです。
PDCAサイクルにしてもPDSサイクルにしても私オリジナルのPDDSサイクルにしても、Pから読み始めるので、誤解しがちなのですが、最も重要なのは、サイクルを1回りし、もう一度次のサイクルに戻る部分です。
PDDSサイクルでいうと、S→Pのステップなのです。つまり、Doの後にきちんとS(振り返り)をして次回のPに活用することなのです。
「マネジメントレベルを進化させ続けている企業の共通点は弛まざる改善活動」と書きました。この改善活動こそ、このS→Pの部分なのです。
KPIが複数あると何が問題なのか?
ここでぜひ想像してみてください。もしも、現場に複数の要望をしたらどうなるでしょうか?つまり、KPIを1つに絞らなければ何が起きるでしょうか?例えば、同時に5つの施策(施策AからE)を要望したら何が起きるのでしょう。
おそらく、現場は独自に取捨選択をします。つまり5つ要望を受けたとしても、そのうち2~3個しかやらないのです。残りはやったとしても、完璧にはやらず、やったフリをします。
誰でもそのような行動を取りがちなのです。しかも、やらなかったことを馬鹿正直に「やらなかった」と報告することはありません。
そのように正直に報告をすると、実際どうかは別にして叱責されるのではないかと懸念するからです。少なくともそのようなケースが多いのです。
現場が5つの要望から2~3を取捨選択すると何が問題なのかというと、正しく振り返ることができなくなるのです。
例えば、施策Aの結果がうまくいかなかったことを振り返る場合をイメージしてください。現場に対して、施策Aをするように指示をしています。
しかし、施策Aは5つの指示のうちの1つに過ぎません。すると現場は施策Aを取捨選択してしまいます。
すると、施策Aがうまくいかなかったことを振り返る際に、施策Aを「実行したけれどうまくいかなかった」場合と施策Aについて「実行しなかったからうまくいかなかった」場合が混在してしまうのです。
このような状況では、施策Aの成果を振り返ることはできません。逆に施策Aがうまくいったケースでも、現場が取捨選択をしていたならば、同じく正確に振り返ることができません。
施策Aを「実行したのでうまくいった」場合と、施策Aを「実行しなくてもうまくいった」場合が混在するからです。
つまり、現場が施策を自由に取捨選択すると、正確に振り返りができなくなるのです。正確に振り返りができなければ、次のサイクルのPに活用することはできません。そのような状態で計画するのは怖くて仕方ありません。
もちろん、複数の施策を現場に要望したとしても、現場が取捨選択せずに、それらすべてを実行できるのであれば問題ありません。
そして、複数の施策を振り返られる組織であれば、複数のKPIを設定しても大丈夫です。しかし、そのような組織は、例外中の例外だと考えた方が無難です。
時々、経営者や管理職の中には、どのような要望、施策であっても対応できると豪語する人がいます。
そのような人は例外中の例外です。そのようなスーパーマンだけのチームはまれにしか存在しません。
実際は、やっているかどうかを正確に把握していないだけのケースが大半です。ちなみに、PDDSサイクルを私は、以下のように和訳しています。
P:Planよく考えてD:Decideすばやく絞り込んでD:Do徹底的に実行してS:Seeきちんと振り返るいかがでしょうか?KPIを1つに絞らないリスクについて理解してもらえたでしょうか。
しかし、これだけだと、1つに絞って失敗したらどうしようという「不安の壁」は越えられません。この壁を越えるために、次節で昔話にお付き合いください。
07PDDSサイクルが1周する期間を把握していますか?
少し私の昔話にお付き合いください。新たに、ある事業を担当したときに、PDDSサイクルが1周する期間を確認しました。
つまり、何らかの施策を行って、それを振り返り、次の施策に活用している期間を確認したのです。驚くべきことに、年間でPDDSサイクルが回っていたのは2つに過ぎなかったのです。
単純に計算すると当時の私たちの組織は、1年に2つ、つまり半年に1つしかPDDSサイクルを回すことができていなかったのです。
何だかゆっくりした組織に感じます。ただし、正確に表現すると、施策はもっと行っていたのです。ところが、振り返りをしていませんでした。
特に結果がよくなかった施策に対して振り返るのを躊躇していました。どうしてでしょうか?それは、「振り返り」を「犯人探し」と混同していたのです。
つまり、「うまくいかなかったのは、○○のせい」と言うと、その人を傷つける、あるいは、そのような指摘をして、その人から嫌われてしまうことを避けていたのです。
当然ですが、結果がよくなかった施策を振り返るのは、犯人捜しをするのが主目的ではありません。なぜ、うまくいかなかったのか。
その主原因を見つけて、次回また同じ結果にならないように対策を打つことが目的です。もちろん、個人が原因であることもあるかもしれません。しかし、実際は特定の個人が原因でないケースが大半です。大きな誤解です。
振り返りを実現させるうまい方法
では、うまくいったことはきちんと振り返っていたのか?こちらも、振り返りをしていませんでした。結果がうまくいったので、それで満足していたのです。
ですので、振り返る必要がないと考えていたのです。つまり、振り返るという習慣がない組織だったのです。このような組織では、振り返りの習慣作りが欠かせません。
どうすればよいのでしょうか?これは、私が以前在籍していたリクルートマネジメントソリューションズで学んだ方法です。
一言でいうと、施策の承認をする際に、同時に施策の「振り返り」についても確定するのです。
具体的には、起案者は起案内容に加えて、その施策の「振り返り」を「いつ」「誰が」「何を」「どうやって」実施するのかを併せて起案するのです。
そして、その「振り返り」については、その「いつ」に合わせて、未来日付の会議を設定します。そして、同時に関係者に「振り返り」の会議招集を行うのです。
例えば、次の図のように施策Aを8月1日から1カ月行う。その施策の振り返りは、施策実施2週間後の9月15日に企画部署の部長から、投資対効果を中心に報告する……といった具合です。
これで、仕組みとして「振り返り」が習慣化されていきます。

過去に起きた事業開発組織における失敗例
私が担当していた、ある事業開発組織は、やる気がある人材が集まっていました。実際、さまざまな施策のトライ・アンド・エラーを繰り返していました。
事業開発を経験したことがある人は、理解できると思いますが、事業開発の初期フェイズは試行錯誤の連続。本当にうまくいきません。何度もめげそうになりそうになります。
最近はPIVOT(ビジネスにおいて事業の「方向変換」「路線変更」のこと。もともとは回転軸という意味で、大事なところは軸として動かさないで、それ以外のところを動かすということ)という便利な言葉が事業開発で共通言語になったのでよいのですが、まさに方向転換の連続です。
「次は成功する」と信じて、何度も何度も施策をやり続けるのは、並大抵の神経ではできません。その意味では、この事業開発組織は、かなりやる気がある人材が集まっていたといえるのです。
しかし、やってはいけないことをしてもいました。そうなのです。複数の数値目標を設定していたのです。事業開発フェイズでは人数に限りがあります。エネルギーが分散してしまうのです。
加えて、現場は複数の施策の中で、やりやすい施策を取捨選択してしまう傾向があります。こうなると、当然ながら、きちんと施策の振り返りをすることはできなくなります。しかも、施策がうまくいかないので、現場は不安になります。
リーダーは、1日でも早く、成功の糸口を見つけたくなります。すると、検討する施策に白黒をつけることが目的になります。つまり、たくさんの施策をやることが目的になるのです。
成功の糸口を見つけることが施策実施の目的なのですが、施策をすることが目的になってしまいます。
エジソンに学ぶ「振り返り」の重要性
エジソンが白熱電球の中のフィラメントの素材を発見するために数千の素材を実験した話は有名です。
その際に、きちんと実験せずに、これはダメだと記録したとしたら、フィラメントは発見されたかどうかは疑わしいものです。
エジソンはきっと、一つ一つうまくいくかどうかをきちんと実験したのだと思います。きちんとダメだったと記録することで、同じ素材で実験をするという愚も避けられたのです。想像してみてください。
もしもきちんと記録せずに、数千の素材を実験していたら、無駄な実験を何度も何度も繰り返すことになっていたに違いありません。
つまり、振り返りをしないということは、かなりまずいことなのです。振り返りをしない組織には「知恵」が溜まりません。失敗したことこそ重要な知恵なのです。
08PDDSは組織を強くする
前節で「1年に2つしか振り返りをしていなかった組織」について触れました。その後、この組織はどうなったのか?実は、劇的な変化を遂げたのです。
翌年には、毎月1つ程度、つまり年に十数個のPDDSサイクルが回るようになりました。前述のとおり、「施策実施」承認時に「振り返り」まで承認し、会議招集をしました。これにより、振り返りの習慣がつきました。
つまり年に2回しかPDDSを回すことができなかった組織が、年に十数回、つまり5倍以上振り返ることができる組織になったのです。
「見える化」することで、組織知が5倍になったともいえます。ここでわざわざ「組織知」という言葉を使ったのは意味があります。
うまくいったことも、うまくいかなかったこともPDDSを回し、振り返ることができると、2つのメリットが生まれます。
1つは、うまくいかなかった施策をほかの組織で実施するという無駄なことを避けるメリットがあります。
次にうまくいったことを組織に横展開させることで、全体の生産性を向上させるメリットもあるのです。
つまり、PDDSを回すことも重要なのですが、これをさらに横展開できるようになると、組織はもっと強くなっていくのです。これを「組織知」と表現したわけです。
PDDSを回せるようになり、さらにそれを組織知にするための重要な概念があります。それが、TTPS(次のコラム参照)です。
TTPSを組織に導入することで、現場の自律自転が進み、毎週、数個のPDDSが回る組織になったのです。つまり年間100以上のPDDSが回ったということです。年間2から100以上、つまり50倍以上の生産性を生み出したのです。
コラムリクルートのお家芸「TTPとTTPS」
私が以前担当していた事業は全国に店舗を構えていました。
そして、顧客がどの店に来店されても、あるいは誰が接客担当になっても水準以上のサービスを提供したいと考えていました。
口で言うのは簡単ですが、実現するのは難しいものです。
進化を志向せずに一律の方法を全員でやるのであれば可能性はあります。しかし、常に進化させながら、全国で水準以上のサービスを実現するには、コツが必要でした。
ある地域の接客担当が開発した満足度の高いツールや接客方法を、他の地域や店の接客担当が学び、実践できるようになる仕組みが必要なのです。
少し前に流行った言葉で言うとナレッジマネジメントの仕組みです。その重要なコンセプトがTTPです。ナレッジマネジメントとは、他者から学ぶということです。
「学ぶ」という言葉は、「真似をする→真似ぶ」からできたと言われています。つまり、他者を真似するということです。
ところが、真似をしろと言われると、人は知らず知らずのうちに拒否反応を持ちやすいことが多いようです。個性的でありたかったり、自分独自のやり方をしたかったりと思う人が多いものです。
徹底的にパクるが勝ち
そこで、登場するのがTTP。リクルートは言葉遊びが好きで、言葉やフレーズを略するのが大好きな組織でした。
「初心者や若手は、先輩やハイパフォーマーの仕事をTTPしなさい!」と言うように使います。そして、しばらくすると「TTPSをしてみなさい!」とアドバイスを受けます。
TTP=「徹底的にパクる」TTPS=「徹底的にパクって進化させる」言葉にして聞くと、真似をするどころか、「パクる」ですから、もっと下品ですね。
ただ、TTPする、TTPSすると言うと、語感や音がかわいくないでしょうか?若手メンバーにとっては、日報を書く際に、略語なので簡単に書けるのです。心理的な拒否反応が一気に減ります。
ちなみに、TTPでは、「徹底的」という部分が重要です。単にパクるのではなく、ハイパフォーマーのやり方を徹底的に真似しようということです。スポーツであればハイパフォーマーのやり方を真似することは称賛されます。ところが、仕事の場面では、往々にしてそうではないことが多いのです。
私が担当していた組織では、このTTP、TTPSという言葉を使うことで、全国の優秀な接客担当の仕事を学ぶのを称賛していました。
「○○さんのやり方をTTPしてお客様に喜んでいただけました」というような使い方をするので、TTP元へのリスペクトも表現できます。
講演会などで当時の仕事を披露することがあるのですが、この言葉(TTPS)は、その後いろいろなところで使ってもらえているようです。

小さな拠点がアイデアを生み続けるTTPS実践事例
私が担当した全国組織の話です。当時、唯一の九州の店、福岡天神店がありました。
TTP(徹底的にパクル)は、アイデアを出す側(TTP元)とそのアイデアをパクる側(TTP先)があります。
福岡天神店のように人数が少ない拠点は、どうしてもアイデアを出す側ではなく、アイデアをパクる側になりがちです。特にこの組織の本部機能が東京にあるので、スタッフも東京にいます。
どうしても情報やデータなどは東京の方が多くなりがちです。一般的に、アイデアは、人数が多い方が出やすくなります。
これらの観点から考えると、福岡天神店は東京から遠く、人数も少ないので、メンバーの能力に関係なく、アイデアを発信する側にはなりにくいといえるでしょう。
ところが、それを彼らは、逆転の発想でアイデアを出す側になり、アイデアを生み続ける側に変身しました。そのやり方を説明しましょう。
彼らは、他の店のアイデアをTTPし、それをベースにTTPSする組織だと自分たちの店を位置づけました。
つまり、他店が全体に共有したアイデアの中でよいものを選び、それをいち早くTTP(徹底的にパクる)し、さらに進化(TTPS)させる店だと位置づけたのです。
具体的な流れを見てみましょう。
毎週金曜日に全国の店長が、テレビ会議システムを活用して定例会議を実施します。ここで、毎週各店の取り組みが報告されます。
福岡天神店では、会議に参加しながら、他店で報告されている取り組みの中でTTPするものを選びます。そして、その週末の土曜・日曜の接客で、それを実践します。
さらに、月曜日、火曜日の休日を挟んで水曜から金曜の平日の間にさらに改良を加えて(つまりTTPSし)、さらに顧客満足度が向上する方法を試行錯誤します。
そして、わずか1週間から2週間で、他店のナレッジをさらに進化させたものを金曜日の店長会議で報告してくれるわけです。
福岡天神店は、自組織を「他店のアイデアを改良する店」であると位置づけたわけです。これには、他の店も私自身もびっくりしました。TTP先のみであった福岡天神店がTTP元に変わったのです。
店舗の規模が小さいので、当然従業員数も少ないので、意思決定も容易です。一見ハンデに思いがちなことを強みに生かしているイケている事例です。
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