成功者は最初からそのように生まれついたのではない。成功しない人がイヤがることをやる習慣を身につけることに成功したのだ。成功者は必ずしも好きでやっているわけではない。とにかくやるのだ。──ドン・マーキス
やる気が、あなたをスタート地点に連れてくる。習慣が、あなたを走らせ続ける。──ジム・ローン
人生のクオリティは、習慣のクオリティによって決まる。
成功した人生を送っている人は、成功につながる行動を理解し、それを続ける習慣を身につけているのである。「習慣が人生をつくる」。だとしたら、習慣をコントロールする術を習得することが、非常に重要だ。
自分の人生に求める「結果」は、どんな習慣を必要としているだろう?あなたはそれを自分で探し、選び、定着させ、維持しなければならない。
同時に、あなたの潜在能力を開花させるのを妨害する「悪い習慣」を手放す術を学ぶべきだ。残念なことに、ほとんどの人はポジティブな習慣を身につけて維持する方法を教わったことがない。
学校に「習慣をマスターする」という授業はないからだ。もしもあれば、他のどんな授業よりも人生の質の向上と成功に役に立つはずなのだが。
習慣をマスターする方法を学んでいないがために、ほとんどの人は、習慣をコントロールしようとしては失敗を繰り返す。ほとんどの人が達成できないのが「新年の誓い」だ。
新年の誓いが必ず挫折する理由
毎年、何百人もの人が真剣に「今年はこうしたい」と新年の誓いを立てるが、実際に守る人は5パーセント以下。
エクササイズや早起きといった良い習慣を身につける、喫煙やファストフードのような悪い習慣をやめる、といったシンプルな誓いを、ほとんどの人が1月が終わらないうちにあきらめてしまう。
1月の第1週にスポーツジムに行くと、やたらと混んでいて、駐車場を見つけるのが大変だった、という経験はないだろうか。
やる気に満ちた人々が、減量やスタイル向上といった「誓い」を胸に、ジムに押し寄せるからだ。しかし1月の終わりになると、駐車場は半分空いている。
新しい習慣を身につける確実な戦略がないと、ほとんどの人は失敗を繰り返すばかりだ。
では、幸福と健康と成功を手に入れるための習慣を維持することが、なぜこんなに難しいのだろう?人は皆ある程度、習慣に依存していると言える。
繰り返しによっていったん身についてしまった習慣は、心理的にも物理的にも変えることが非常に難しい。
ほとんどの人が新しい習慣を身につけ、維持することに失敗する主たる理由は、ゴールだけでなくプロセスについて計画がないことと、勝算のある戦略を持っていないことだ。
新しい習慣を会得するには戦略が必要
新しい習慣を身につけ、古い習慣を人生から追い出すのにかかる時間については諸説ある。催眠療法を受ける、21日間続ける、3カ月間続けるなど、記事や専門家によってさまざまだろう。
もっとも有名な説が「21日間」だが、これはおそらく1967年に発刊された『幸福への挑戦──サイコ・サイバネティクス』(産業行動研究所)によるものだろう。
著者であるマクスウェル・マルツは、切断手術によって手足の自由を失った人がその状態に慣れるのに、平均して21日かかることを発見した。
そこから得たのが、「人間は人生の大きな変化に適応するのに21日間を要する」という主張だ。
ただし、これがすべての物事に当てはまると考えるのは早計で、習慣をごく自然に行えるようになるまでの期間は、習慣の難易度によって違うと言う人もいるだろう。
自分の経験と、何百人ものコーチングのクライアントの結果から導き出した結論としては、正しい戦略さえ持っていれば、どんな習慣でも30日間で身につけることができると僕は考えている。
新しい習慣を定着させるのに失敗するのは、ほとんどの人が「正しい」も何も、そもそも「戦略」を持っていないから。
だから何度も失敗し、その経験が積み重なって、自信を喪失してしまう。だったら、何かを変えなければならない。自分の習慣を自由に操るためには、どうすればよいのか。
自分の人生と将来を完全にコントロールする方法は?自分が持つべき良い習慣を突き止め、身につけ、維持して、同時に悪い習慣を永久追放するには?これからあなたに「正しい戦略」をお伝えする。これを知っている人は、わずか一握りしかいない。
やり方としては、前向きな良い習慣を定着させる(または悪い習慣を消す)のに必要とされる30日間を、10日間ずつ三分割する。
各段階で、新しい習慣を定着させるにあたっての「感情的な壁」が発生する。
普通の人は、こういった関門や障害が段階的に発生すること自体に気づかないため、そういったものが立ちはだかると、克服する術がわからずにあきらめてしまうのだ。
しかし、感情は変化する。先が見えていれば、グッと克服しやすくなるはずだ。
第一段階耐えがたい期間
新しい習慣をとり入れる、または古い習慣をやめるための最初の10日間の壁は、「耐えがたい」気分になることだ。
2、3日はラクにできてワクワクするかもしれないが、それは「新しいことを始めるときの高揚感」であって、新鮮味がなくなったとたんに現実がやってくる。ああイヤだ。辛い。もう楽しめない。身体の細胞のひとつひとつが、この変化に抵抗し、拒みだす。
心が拒絶して「もうイヤだ」と思うと同時に、身体が拒否して「この感じは好きじゃない」と告げる。
ほとんどの人の問題点は、この10日間の「耐えがたい気分」が一時的なものだと知らないことだ。新しい習慣を取り入れるには、永遠にこの辛さに耐えなくてはいけないものなのだと思い込み、「こんなに辛いなら、やめておこう。その価値はないさ」と自分に言い聞かせるのだ。
その結果、この国の95パーセントの人が──大多数の平凡な人が──繰り返し失敗する。エクササイズ、禁煙、減量、予算内の買い物など、人生のクオリティを上げるはずの新しい習慣を始められずにいるのだ。
しかしあなたには、95パーセントの人にはない強みがある。最初の10日間に備えることができるという強みだ。
今の苦しみは、最初の10日間だけの一時的なものだと知れば、逆境に打ち勝つことが少しはラクになるのではないだろうか。
得られるものが大きければ、10日間ぐらい頑張れる。そうだろう?新しい習慣を取り入れる最初の10日間は、実際ラクではない。いわば戦いだ。何度もイヤになるかもしれない。でも、絶対にできる。
だんだんラクになるのは確実だし、その報いとして、人生に望むすべてを叶える能力が手に入るのだと考えてほしい。
第二段階不快な期間
もっとも厳しい最初の10日間をくぐり抜けると第二段階の10日間が始まる。最初の10日間に比べて今回はかなりラクになる。あなたは新しい習慣になじんでいくだろう。
いくらかの自信がつき、習慣から得られる恩恵をイメージできるようになるはずだ。二度目の10日間は、「耐えられない」ほどではないが、やはり不快であり、自制心や意志力も必要だ。
この段階でもまだ古い習慣に引きずり戻されそうになる。だから、できるだけ「辛さ」にフォーカスするより、この習慣が3カ月続いた後の自分をイメージするようにしよう。
この習慣が本当に自分の習慣になったとき、自分はどんなふうに変わっているだろう。何が起きるだろう。そして、どんな成功に近づくだろう。
たとえば早起きを新しい習慣にする場合、長く続けてきた二度寝の習慣に逆戻りするのは本当に簡単なことだ。だから、ここが頑張りどころ。
まだ意志の力を総動員する必要はあるかもしれないが、この10日間を乗り切ることで、次はグッとラクになる。
第三段階止まらなくなる期間
最後の10日間に入った。いわばゴール直前の直線コースだ。しかし、ここにたどりつけた少数の人のほとんどが、致命的なミスを犯す。
多くの専門家が提唱する「21日かければ習慣が形成できる」という通説を信じ込んでしまうことだ。専門家の意見は、完全な間違いではない。
21日、つまり第二段階を終えたときに、新しい習慣が形成されるというのはある意味では正しい。しかし第三段階の10日間は、この習慣を「維持」するために必要になる。
最後の10日間で、新しく身につけた習慣を人生に定着させ、楽しく行えるように潜在意識に覚え込ませるのだ。
最初の20日間では、程度こそ違えど、新しい習慣は「辛くて不快なもの」と捉えていたはずだ。だが、最後の10日間は違う。ここまでやってこられた自分に誇りを感じ始めるのが、この10日間。
本物の変化が起こるのが、この第三段階だ。新しい習慣が、あなたのアイデンティティの一部になる。「やろうとしていたこと」が「やっている」へと変化する途中段階だ。
あなたはここで、習慣を無意識に行っている自分を目の当たりにすることだろう。すでにあなたは「私は朝に弱い」ではなく「私は朝型人間です」と宣言できるアイデンティティを持っている。
朝、アラーム時計の音にうんざりするのではなく、アラームが鳴ると同時にワクワクした気持ちで目を覚まして朝のメソッドを始める。
20日以上連続で続けてきたおかげだ。その効果を目で見て、心で感じることもできるのがこの段階だ。
ここで自信過剰になって「20日間続けてきたのだから2、3日休むか」と思ってしまう人は多いが、習慣を強化して定着させるための期間は非常に大切だ。この段階で数日休んでしまうと、再開することはほとんど不可能になってしまう。
21~30日は、習慣を本当の意味で楽しめるようにするための定着期間であり、そうすることで、将来にわたって長く持続させられるのだ。
「最初の一歩」こそ一番難しい
僕は言った。「ジョン、僕は走るのが苦手でね。というか、実は走るのが大嫌いなんだよ。どうしても無理なんだ」「ハル、何を言っているんだ──〈〉。、、、。、」「うーん。考えておくよ」そう言いながら、やんわりと断ったつもりだった。
〈フロントロー基金〉の人生を変えるワークを信奉しているし、サポートしている。この組織には、長年にわたって寄付金を贈っている。でも、小切手を切るのは、フルマラソンを走るよりも簡単だ。
追いかけられでもしない限り、僕は高校を卒業してから10年間、1ブロック以上走ったことがなかった。学生時代も、体育の単位を落とさないためだけに走っていた。
それに、20歳のときに自動車事故で大腿骨と骨盤を骨折して以来、足に負担をかけすぎるとどうなるかが、いつも不安だった。
スキーに行くたびに、ひどく転んで太腿を折り、金属の棒が皮膚を破って飛び出すところを想像せずにはいられなかった。
足を骨折して医者から「二度と歩けない」と言われると、そんな恐ろしい思考回路ができあがってしまうものなのだ。
ジョンとの会話の1週間後、コーチングのクライアントのひとり、ケイティが二度目のマラソンを完走した。
「ハル、本当にすごい経験だったのよ……これからは、なんでもできそうな気分よ!」ジョンとケイティのマラソンについての熱弁を聞いた僕は、そろそろ自分が「僕は走れない」という思い込みを乗り越える時期かもしれない、と思い始めた。
とにかく走り始めよう、と。彼らにもできるなら、僕にもできるに違いない。そこで僕は実行に移した。
翌朝、マラソン完走への最初の一歩を踏み出そうと、僕はバスケットシューズ(これしか持っていなかった)を履いて、家の玄関へと向かった。
ものすごく楽しみな気分で(先に書いたように、最初の数日は新しい習慣にテンションが上がるものだ)。
張り切った気分で、意欲と希望に胸をふくらませ、車道を下った。歩道に出ると、走り始めた。歩道から通りに踏み出したとき、縁石に足をとられて足首をひねり、転倒した。
道路に横たわり、痛みに身もだえして足首を押さえながら、こんなことを思った。起きたことにはすべて意味がある。今日はジョギングを始める日じゃないんだ。明日から始めよう……。
僕が「ランナー」に変わるまで
翌日、僕は正式にマラソントレーニングを開始した。ワクワクした気持ちはわずか数ブロックしか続かず、身体の痛みを感じるにつれ、長い間信じていたあのフレーズが心をよぎった。
「僕は走るのが苦手だ」腰がうずく。太腿が痛い。でも、僕はやると決めたのだ。辛い最初の1マイルを走りきったが、自分には助けが必要だと気がついた。そうだ──と僕はひらめき、書店に行って、自分にぴったりの本を購入した。
デヴィッド・ウィセット著『TheNonRunner’sMarathonTrainer(走るのが苦手な人のためのマラソントレーニング)』。
これで今後の進め方がわかる。最初の10日間走り始めた最初の10日間は、肉体的にも精神的にも辛かった。1日も欠かさず、頭の中で「凡人」の自分が「やめてもいいんだぞ」とささやく声と闘い続けた。
でも、僕はやめなかった。ラクな道ではなく、正しい道を選べ。そう自分に言い聞かせ、走り続けた。頑張り抜いた。
次の10日間11日目から20日目になると、苦しさがほんの少しだけ軽減した。走るのはまだ好きになれなかったが、以前ほど嫌いではなくなった。人生で初めて、毎日走るという習慣ができつつあることにも驚いていた。
もはや、車を運転しながら歩道をジョギングする人を、恐ろしいものでも見るように見つめていた頃の自分ではない。
2週間近く毎日走っているうちに、毎朝起きてそのまま走りに行くのが、自分にとって普通のことのように思い始めていた。
次第に周囲の景色が目に入るようになり、季節を感じながら走ることの心地よさを、頭ではなく感覚で理解することができた。
最後の10日間21日から30日は、楽しんでいた。「走るのが嫌い」という気持ちを忘れそうになっていた。あまり考えなくても、身体が動くようになった。
朝起きて、新調したランニングシューズを履き、毎日数マイルを走った。心の葛藤は消え、前向きなアファメーションを唱えたり、自己啓発のオーディオブックを聴いたりしながらも走った。
ちょうど30日間かけて「僕は走ることが苦手だ」という自分に制限をかける思い込みを克服した。そして僕は、百万年かかっても想像できなかった人物になっていた──「」。
その後のストーリー──52マイルの先にあった自由
自分からあまりにも遠い世界だった「走ること」を習慣にする計画をスタートさせてちょうど30日後、僕は初めて6マイルを走りきり、合計50マイルを完走した。
自分の達成したことを祝いたい気持ちでジョンに報告の電話をかけると、とても喜んでくれた。そして、常に僕の人生をよくしようと待ちかまえているジョンが、ある難題を提案した。
僕の性格をよく知っているので、気分が高揚しているときならどんな難題でも引き受けるとわかっていたのだ。
「ハル、ウルトラマラソンを走ってみないか?26マイル(フルマラソン)走るつもりなら、52マイル(約84キロ)だって同じことさ」。ジョンらしい、めちゃくちゃな理屈だ。
でも……「考えておくよ」今回は、本気でそう答えた。さらに自分を追い込んで52マイルを走るという考えに魅了されていた。ジョンの言う通りかもしれない。26マイルを走るつもりなら、52マイルも変わらないじゃないか。
わずか4週間で、0マイルだったのが6マイルを続けて走れるようになったのだ。〈フロントロー基金〉が開催する、年に一度のチャリティ・ランまであと半年もある。目標値を高く設定して、52マイルに挑戦するか?僕はそうすることにした。
そして、さらに友人ひとりと果敢なるクライアント2人を説得して、一緒に出場することになったのだ!6カ月後、僕の累計走行距離は三度の20マイルを含む475マイルになっていた。
僕は大陸を横断し、仲良しのクライアントのジェームズとファヴィアンと、旧友のアリシアと落ち合った。
この4人でアトランティックシティ・マラソンの52マイルを走るのだ。ジョンも飛行機で応援に駆けつけた。僕たちには、ひとつ課題があった。
アトランティックシティ・マラソンには「ウルトラマラソン」(42・195キロを超える超長距離のマラソン)の枠がない。
そこで、自分たちで勝手に自作することにした。午前3時半にボードウォークで待ち合わせた。
公式マラソンが始まる前に最初の26マイルを走り終え、残り半分をシティマラソンの参加者たちと一緒に完走する、という算段だ。
4人のエネルギーには、興奮と恐れとアドレナリンと驚きが入り交じっていた。「ねえ、本当にやるの!?」という感じだ。月の光がもっと明るければ、吐く息が白く見えそうなほど肌寒い10月だった。
それでも、道の明かりは十分だったので、僕たちは走り始めた。足を交互に、一歩ずつ、着実に前に運んだ。本日の勝利の鍵は「前進し続けること」で全員一致。
足を前に出し続けている限り、前進し続ける限り、いつか必ずゴールにたどりつく。6時間5分後、グループが一体となって互いを信頼し、励まし合いながら、僕たちは最初の26マイルを完走した。
全員にとって決定的な瞬間だった。
それは、26マイルを走りきったからではなく、これから先、26マイルを走るためには不屈の精神が必要だという思いを新たにしたからだった。
わずか6時間前に全身にみなぎっていた高揚感は、痛み、疲労、精神的消耗へと様変わりしていた。
当時の肉体・精神的状態を考えると、これまでの26マイルをもう一度やるにあたって、同じ意気込みを再現できるか、わからなかった。
しかし僕たちはやり切った。
最初のスタートから15時間半後、ジェームズとファヴィアンとアリシアと僕は、52マイルの挑戦をやり切った……4人一緒に、だ。
ひたすら足を交互に出し続け、走り、小走りになり、歩いて、足を引きずって、文字通り這いつくばってゴールに入った。ゴールラインの先には「自由」があった。この先誰にも取りあげることができない「自由」が。この自由は、自分の思い込みがつくった「縛りからの解放」だ。
トレーニングを続けながら、連続52マイルを走ることは「不可能ではない」とは思ったが、4人のひとりとして「絶対にできる」とは思えなかった。
それぞれが、恐れと自己不信に苦しんでいた。しかしゴールを越えたその瞬間に、自分に真の自由をプレゼントできたのだ。それは、恐れと自己不信と、自分に押しつけていた制限からの「解放」という贈り物だった。
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