しかるべき資金がなければ、せっかくのアイデアも宝の持ち腐れとなる。
もしあなたに良いアイデアがあり、あと必要なのはちょっとしたマーケティング上 の助言だけだと考えて本書を選んだのだとしたら、この章は、そんな考えに冷水をか けることになるだろう。 たとえ世界最高のアイデアであっても、それを実現するための資金がなければ、あ まリモノにはならないのである。投資家も、起業家も、さまざまなアイデアの発明家 も、自分たちの優れたアイデアに必要なのは、専門的なマーケティング上の支援だけ だと考えているように見受けられる。 これほど的外れな考え方はない。 マーケティングとは、顧客の心の中で争われるゲ ームである。顧客の心の中に入っていくには、資金が要る。そしていったん入り込ん でも、そこに留まるにはまた資金が必要なのである。 もしあなたが、アイデアはありふれているけれど、 一〇〇万ドルの資金を持ち合わ せているとすれば、優れたアイデアしかない場合よりも遥かに成果を上げることがで きる。
起業家の中には、顧客のマインドに入り込むという課題の解決手段は広告ぞあると みなしている向きもある。広告というものは金食い虫である。第二次世界大戦での戦 闘には、 一分間に九〇〇〇ドルのコストがかかった。ベトナム戦争では同じく二万三 〇〇〇ドルかかった。こにに対し、NFLスーパーボウルの一分間コマーシャルに要 する費用は一五〇万ドルである。 スティーブ・ジョブスとスティーブ・ウォズニアックの二人は素晴らしいアイデアを 持っていた。だが、彼らが創立したアップルコンピュータを世に出したのは、 マイ ク。マークラの提供した九万一〇〇〇ドルの金であった(マークラはこの金によって、 アップルの株式の三分の一を取得した。あるいはもっと粘って、半分を取得すべきで あったかもしれない)。 金のないアイデアは全く無価値であるとはいえないにしても、まあ、無価値に近い。 ともかくあなたは、 マーケティング上の支援よりは金づるを探すことにアイデアを使 うべきだ。マーケティングなど、そのあとでいい。 起業家によっては、パブソシティを顧客のマインドに入り込む安上がりの方法だと
みなす者もいる。「無料広告」だと、彼らは見ているのである。ところが、パブツシ ティは無料どころではない。ここに五対一〇対二〇という経験則がある。すなわち、 小規模なPR会社はあなたの商品のプロモート費用として月額五〇〇〇ドル、中規模 PR会社は一万ドル、大手PR会社は二万ドル要求するというものだ。 一部の起業家は、ベンチャー投資家を資金問題を解決してくれる存在と受け止めて いる。しかし、必要な資金を探すのにこの方法で成功する人は数えるほどしかいない。 また中には、アメリカの企業社会が、彼らのアイデアを、前向きに、進んで、また 財政面からも実現させてくれると考えている起業家もいる。そうであればおめでたい 話だが、現実には、社外のアイデアが大手企業によって採用される例はごくごくまれ である。あなたが唯一持てる現実的な望みは、小さな会社を見つけ出して、あなたの アイデアのメリットについて、相手を説得することぐらいであろう。 繰り返して言うが、資金の伴わないアイデアは無価値である。資金を得るためなら、 多大な犠牲をもいとわないくらいの党悟をしていてほしい。 マーケティングにあっては、多くの場合、富者はますます富んでいく。なぜなら、
彼らは自らのアイデアを顧客の心に叩き込む手段を持っているからである。彼らの課 題はただ、 いいアイデアとよくないアイデアとを選別し、余りにも多くの商品やプロ グラムに金を分散しないようにすることである。(第5章参照) 競争はまさに激烈である。巨大企業は、自社ブランドに対して莫大な宣伝資金を投 下している。例えば、プロクター&ギャンブルとフィリップoモリスが広告に投じる 年間予算は、それぞれ二〇億ドル以上に上る。ゼネラル・モーターズの年間予算は一 五億ドルである。巨大な競合相手に立ち向かう弱小マーケッターにとって、人生は時 としてアンフェアである。テキサス州ヒューストンの零細企業、A&Mペットプロダ クツの事例を考えてみよう。A&Mは、この分野では画期的製品である凝結タイプ猫 砂(猫のトイレ)を発明した。そのコンセプトは簡単である。猫がトイレを使用する 時、この新しいタイプの猫砂は、排泄物を手軽にすくって捨てられる九い塊に固めて くれるのである。 「スクープアウエイ」と呼ばれるこのブランドは、発売された先ざきでブームとなっ た。この結果はすぐさま、猫砂のナンバーワンブランド「タイディーキャット」の製
造元であるゴールデン。キャット社の注目を引いた。 商品を見て、そこに恐るべきアイデアを読み取ったゴールデン・キャット社は、「タ イディースクープ」という名の、自社製凝結タイプ猫砂を発売した。彼らはA&Mの アイデアに飛びついただけでなく、ブランド名の一部にスクープという言葉まで借用 したのであった(少々アンフェアではないだろうか)。 この猫砂戦争は恐らく資金力によって決着がつくことだろう。アイデアを周知徹底 させるために、どちらが多額の資金を用意できるかによる。 コンシューマープロダクトとは違い、テクニカルプロダクトやビジネスプロダクト は、 マーケティング費用の調達が少なくて済む。顧客リストが少ないし、メディアの 費用も安上がりだからである。そうはいっても、テクニカルプロダクトにも、広告だ けでなくカタログやセールスプレゼンテーション、展示会費用など、それなりの資金 は必要である。 要するにポイントを上げれば、まずアイデアをつかむこと、次にアイデアを活かす ための資金を調達することだ。以下、資金調達に当たっての考えうる近道をいくつか
述べておこう。 ・結婚による資金調達。 一九八五年、ジョーゼット・モスバカーは商務長官のロバー ト・モスバカーと結婚した。三年後、モスバカー女史は、 スイスの化粧品会社、ラ・ プレヤリーを三一五〇万ドルで買収した。彼女はその資金をどこから入手したのだろ うか。あらゆる人たちからである。ベンチャー投資家、スイスや日本の、ラ・プレヤ リーの流通業者、それに彼女や夫の資金源からだ。ジョーゼット・モスバカーの支配 下にあった初年度に、ラ・プレヤリーの売上げは、三〇パーセント上昇した。その後、 彼女は同社を売却し、かなりの利益を得たのであった。 ・離婚による資金調達。フランシス・リアーは一九八五年、六一歳でニューヨークに やってきた。テレビプロデューサーの夫、ノーマン●リアーと離婚したばかりだった 彼女は、四〇歳以上の女性を対象とした雑誌を発刊することに決めていた。この事業 には一億一二〇〇万ドルと見込まれる慰謝料の中から二五〇〇万ドルを充てるつもり だった。「リアズ」誌は、五号までに二五万の読者を獲得したのであった。
・家族の財産。もしドナルド・トランプが数百万ドルに上る父親の財産を当てにでき なかったら、頭角を現わすことはなかっただろう。 ・フランチャイズ化によるアイデアの″共有″。トム。モナガンは、ピザの宅配アイデ アをフランチャイズ化するという積極策を打ち出すことによって、ドミノピザを世に 広めることができた。 ここまで私たちは、零細企業と、その資金調達戦略を取り上げてきた。では、資金 に余裕のある会社の場合はどうであろうか。「財源の法則」にどのように取り組んだ らいいだろう。答えは簡単である。たっぷりと使うことだ。戦争になると、軍はいつ も過大な補給をする。湾岸戦争の砂漠の嵐作戦のあと、補給物資がどのくらい残って いたかご存じだろうか。実に膨大な量であった。すなわち、この作戦はマーケティン グに適っていたのだ。何事につけ、ケチリながら成功することはできないのである。 成功するマーケッターは、常に先行投資を行なう。いいかえれば、彼らは収益をそ っくリマーケティングに再投下する。このため、二、三年の間は利益を受け取らない
のである。 マーケティングの世界を動かすものは金である。成功することをいま望むのであれ ば、あなたは、 マーケティングという車輪を回転させるのに必要な資金を見つけてこ なければならない。
本書を終えるにあたっての警告 本書に述べたマーケティングの法則を既存組織の内部で応用しようとする場合に起 こりうる危険について、読者に警告しておかなければ、筆者らは怠慢の責めを負うこ とになるだろう。こうした法則の多くは、企業エゴや因習的考え、品質優先の経営な どに対して、公然と背くものだ。 「知覚の法則」は、ベターな商品を金科玉条とする大方の企業の企業文化に反してい る。人々は常に、それぞれの分野におけるナンバーワンの周辺に群がり、ナンバーワ ンを基準にして「製品仕様の粗探し」に精を出す。これが品質改善運動の実態である。 「一番手の法則」は多くの人にとって、なかなか理解し難いであろう。たいていの人 は、先頭を切ることによってではなくベターであることによってトップに立つべきで あると信じたがっているからだ。
だから注意していただきたい。経営者というのは、ベター商品戦略から重点を他に 移すような提案に対して好意を示さないものだ。 「犠牲の法則」は、あなたに面倒な問題を引き起こすことになるかもしれない。万人 にあらゆるものを提供する、というのが、ほとんどの企業に深く根ざした企業理念で ある。もしお疑いなら、スーパーマーケットの売場をちょっとぶらついてみてほしい。 あらゆるサイズ、あらゆる風味、あらゆる形の商品バリユーションの山である。実際 驚くばかりだ。なぜこんなことになるのか、その理由は残念ながら極めて明白である。 だれも焦点を絞り込むことを望まないからだ。 大会社のオフィスには、若く有能なマーケティング担当者が温れている。彼らはた だ座って、何もしないでいることを求められているわけではない。彼らもまた、何か 役に立つことをしなければ、という気持ちでいる。結局そうしなければ、企業で評価 を得ることはできないからである。 だから注意していただきたい。こうした若く、有能なマーケティング担当者は、自分たちの細々した仕事がカットされるような企てには好感を寄せないものだ。 「集中の法則」は、顧客の心に一つの言葉を植えつけることを求める。あなたの会社 は、顧客の心の中にどんな言葉を植え込んでいるだろうか。「さあ、知らないね」と いうのが、多分あなたの答えであろう。「われわれは、さまざまな企業のために、多 種多様な製品を作ちているのでね」と。 だから注意していただきたい。あなたの会社には少し刈り込みの必要がある。しか し、その必要を、現に権限を持つ担当者に対して説得するのは容易なことではないだ ろう。 「遠近関係の法則」は、マーケティングの手っ取り早い成果を求めている人からすれ ば、不満の種となるだろう。会社というのはただちに成果を望むものなのだ。 だから注意していただきたい。財務担当者は短時日のうちに、あなたに対して厳し く当たるようになるだろう。 「製品ライン拡張の法則」は、扱うのにこの上なく危険な法則である。この場合あな たには、経営者が基本的真理として信奉している考えを打ち砕く覚悟ができていなく
てはならない。すなわち、大成功を遂げたブランドには、ほかのさまざまな種類の商 品を包合するために使える権威があるという考え方である。 製品ラインの拡張は、役員会で幸々しく取り上げられる議題である。この重大な問 題について、経営陣に敢えて挑戦しようとする幹部は一〇人のうち一人もいないだろ う。 だから注意していただきたい。経営者というのは、自分たちの商品資産の拡大をカ ットするような企ては快く思わないのぞある。あなたは彼らが交代するのを、待つほ かないかもしれない。経営陣は変ゎっていく。しかしマーケティングの法則は不変ぞ ある。 ここで心からなる忠告を述べておきたい。もしあなたが不変の法則を犯せば、あな たは失敗の危険を冒すことになる。もしあなたが不変の法則を使えば、あなたは非難 され、無視され、あるいは場合によると首になる危険さえ冒すことにもなるだろう。 どうか辛抱していただきたい。「マーケティング22 の法則」は、あなたの成功をき っと支援してくれる。そして、成功に優る仕返しはないのである。
訳者あとがき 「マーケティングに法則はあるか」とは、実務家の間で繰返し論争されてきたテーマ である。おおざっぱに言えば、好況期、 マスコミ広告が幸やかな時期には、「法則あ り」の肯定派が勢いづき、 一方、不況期、広告は効かないとばかりに、各企業が独自 の販促活動(SP)に頼りがちな時期には、「法則なし」の否定派が盛り返すといっ た傾向にある。 しかし、 マーケティングとはそもそも個別商品を個別の消費者に効率よく売り込む 営みであるという原則論に立てば、 マーケティング活動全般に適用できる法則を見出 すことは困難であると言えるだろう。その意味ではどちらかというと、肯定派のほう がもともと分が悪いのである。とりわけアメリカや日本のように、消費者の意識や商 品の多様化が進み、 マーケティング活動が極度に個別化している成熟した国ではそう
である。 本書「マーケティング22 の法則」は、しかし、 このようなマーケティング状況に抗 して、 マーケティングに法則が、しかも不変の法則が存在することを断固として宣言 している。著者のアル・ライズとジャック・トラウトの二人は、八〇年代後半に「ポ ジショニング」というマーケティングoコンセプトを提唱し、また一五カ国語にも翻 訳された多数の著書、および幾度かの講演旅行で、日本でもおなじみのマーケティン グ戦略の大家である。 一読しておわかりのように、多数の事例を駆使しての説得力は 驚くばかりである。さらに、内容を細かく検証してみても、広告会社の経営者として、 あるいはマーケティング・コンサルタントとして豊富な実務経験を持つ著者だけあっ て、プラクティカルで実証的な論点には納得させられるところが多い。 また日本の読者にとって本書がことのほか貴重であるのは、本書に収録された法則 が、どれも日本でもすぐに使える法則であることだ。私のように長年マーケティング に携わってきた者から見ても、今までなにげなく実施してきたマーケティング施策の 多くが、これらの法則のどれかにあてはまることに改めて気づかされるのである。
この「22 の法則」が日本でもそのまま通用することは、過去日本における企業間の ブランド・バトルの多くが、現実にこれらの法則に基づいて展開されていることから も明らかである。以下にその代表的実例をいくつか取り上げてみよう。 第1章「一番手の法則」では、オートフォーカスカメラ市場でリーダーシップを勝 ち取ったキヤノンと、それに対して巻き返しを図ろうとするニコンとの熾烈な戦いを あげることができる。 良い製品、良いサービスの実績をもつ企業が、技術革新の影響を受け、いつまでも 市場で一番ぞいられるとは限らない好例である。 第2章「カテゴリーの法則」に関して。あるカテゴリーで一番になれないのなら、 一番になれるような新しいカテゴリーをつくれとばかりに、富士写真フイルムは、自 社の得意なフイルム分野からのアイデアで、 レンズつきフイルムの「写ルンです」を 新たに開発、新しいジャンルを確立させ、高シェアを獲得して、ヵメラ業界を震憾さ せている。 第4章「知覚の法則」。日本のビール業界は、まさにこの知覚戦争をくりひろげて
いる。毎年、新製品を登場させ、その新製品を見込客の心の中に植え付けようと必死 の努力を続けている。しかしほとんどはこれに失敗し、ビール戦争に破れている。 第7章「梯子の法則」。エステティック業界や英会話業界がこれにあてはまる。こ れらの業界は、まだ見込客の心の中に、しっかりとした「梯子」ポジションを確立し ていない。各企業は「梯子」の好位置をしめるべく、広告活動に凌ぎを削っている。 第9章「対立の法則」。日産自動車は、自社の特色を出し、トヨタ自動車との差異 化を図るため、「Be11」など個性的な車をヒットさせたことは、記憶に新しい。 第12 章「ライン拡張の法則」。ペット業界は、高度成長の時期に製品ラインやフレ ーバー開発を積極的に進めたため、自ら蒔いた種で、量販店のシェルフスペース争奪 戦をいままさにくりひろげている。 第15 章「正直の法則」。遊園地の豊島園は「うらやましいぞ、Jリーグ」と新聞広 告を打ち、「自分の否定的側面を自ら認めれば、顧客は肯定的評価を与えてくれる」 この法則を実践し、顧客の注目と共感を見事に獲得した。 第21 章「成長促進の法則」。「成功するマーケティングは、 一時的流行現象の上に
築かれるのではなく、長期的趨勢の上に築かれる」という言葉が、 いまほど日本の各 企業にあてまる時期はないだろう。 迷った時は原点に立ち返れ、といわれるが、読者がマーケティングはじめ、諸々の ビジネス活動で行き詰まりを感じられた時、改めて本書をひもとかれるならば、必ず や解決の曙光を見出されるものと確信する。
一九九四年一月 新井喜美夫
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