各々の状況においては、ただ―つの動きが重大な結果を生むのである。
多くのマーケティング関係者の見るところ、成功とは見事に実施された無数の小さ な努力の総体的な成果である。 彼らは数多くの戦略の中から自由に選択し、その戦略計画に多大の努力を注入しさ えすれば成功できると考えているのである。あるカテゴリーにおけるナンバーワン企 業の仕事に取り組むときには、彼らは実にさまざまな計画のために自分たちの才能を 無駄に費やす。まるで成長するためのベストの方法は、小犬のようにあらゆるものに 首を突っ込むことだと考えているかに見える。彼らがナンバーワン以外の会社と仕事をするときには、結局のところ、ナンバーワ ンのためにしたのと同じことを、だが少しばかりうまくやろうとする場合が多い。ち ょうどイラクのサダム・フセインが、われわれは少しばかり本気で戦うだけでいい、 そうすれば万事うよくいく、と言っているようなものだ。 一生懸命にやってみること は、 マーケティング成功の極意でもなんでもないのである。 あなたが一生懸命やろうが気楽にやろうが、その違いは微々たるものだ。おまけに会社の規模が大きくなればなるほど、平均の法則が一生懸命方式のもたらす実質的な 利点を帳消しにしてしまう。 歴史の教訓によれば、 マーケティングにおいて実効を上げうる唯一の行動は、一三回 に¨ほ﹈にいK‐‐・陵偏」腸ド‐一」崚いである。さらに、 いかなる状況においても、実質的な成果を上げ うる作戦行動は一つしかありえない。 成功する将軍というのは、戦場を子細に調査し、敵が最も予期していない大胆な一 撃が何であるかを模索する。その一撃を見つけることは難しい。そして一撃を上回る 攻撃方法を見つけることは、通常不可能である。 軍事戦略家で作家のB 。H ・ソデル・ハートは、この大胆な一撃を「最も予期せざ る攻撃ライン」と呼んでいる。第二次世界大戦で連合軍が侵攻したノルマンディーは、 波が荒く、岩の切り立った海岸で、どんな規模の上陸もありえないだろうとドイツ軍 が予想した場所であった。 マーケティングにおいても事情は同じである。ほとんど例外なく、競合会社の弱点 はただ一ヶ所しか存在しない。そしてその場所こそ、攻撃力のすべてを集中すべき目標地点なのである。 自動車産業の場合が、興味ある格好の事例である。長年にわたり、ナンバーワン企 業のゼネラル・モーターズ主力部隊は戦線の中央部に陣取っていた。シボレー、ポン ティアック、オールズモービル、ビュイック、キャディラックなどのブランドによっ て、GMはフォード、クライスラー、アメリカンモーターズの正面攻撃をわけなく撃 退した(フォードが作ったエドセル車の失敗は、その典型的な例だ)。GMの圧倒的 な力は、 いまや伝説である。 マーケティングにおいて有効な手法は、軍隊において有効な作戦と同じだ。つまり、 電撃的行動である。 カルタゴの将軍、 ハンニバルはアルプスを越えてイタリアに侵攻した。よじのぼる ことは不可能とみなされていたルートであった。ヒトラーは、獨仏国境の要塞線、 マ ジノ線を迂回し、フランスの将軍たちが戦車での横断は不可能だと考えていた地域、 アルデンスを通って機甲師団を攻め入らせた(実をいうと彼は二度これを繰り返して いる。 一度はフランスの戦い、 一一度目はバルジの戦いである)
近年において、GMに対する強力な作戦行動は三度しか行なわれていない。三度と もGMのマジノ線を迂回する作戦であった。その一つ日本は、トヨタ、 ニッサン、ホ ンダなどの小型車によって底辺部を狙い、またドイツは、メルセデスやBMWなどの 超高級車によって上層部に狙いを付けた。 日本とドイツによる側面攻撃の成功で、ゼネラル・モーターズは上と下の製品ライ ンを梃入れするために資金投入を余儀なくされる事態に陥った(キャデラックは安っ ぽ過ぎて、高価格のドイツ製輸入車を防ぎ止めることはできなかった)。 資金を節約し、利益を維持しようとして、GMは同じボディースタイルを使用した 中型車を大量に製造するという致命的な決定を下した。この結果、突如として、シボ レーとポンティアック、あるいはオールズモービルとビュイックの見分けがだれにも つかなくなった。どれも同じに見えたのだ。 この互いに似た感じの車種が、中型車市場でのゼネラル・モーターズの立場を弱め、 フォードの攻勢に道を開く結果となった。同社はヨーロッパスタイルの車、トーラス とセーブルによって攻撃を仕掛けてきた。やがて日本も、アキュラ、 レクサス、イン
フィニティの各車をひっさげてなだれ込んできた。いまやゼネラル・モーターズは、 全線にわたって弱体化している。 コークに目を向けてほしい。現在コカコーラは、クラシックとニューコークにより 二つの戦線で戦いを続けている。コカコーラ・クラシックは、当初の商品力を大きく 取り戻したが、 ニューコーク(いわば、アトランタで作られたエドセル車のようなも の)は、かろうじて持ちこたえているにすぎない。 私たちはこれまで、 コカコーラのとめどないスローガンを目にしてきた。「あなた 好みの味です」「これぞ本物」「波を捕らえよう」「レッド、ホワイト、そして、あな た」「フィーリングがこたえられない」。そして現在の、「本物には勝てない」など。 そのどれもが、針一本ほども動かせなかった。 コカコーラの担当者たちは、なおも努力を続けている。彼らはクリエイティブなア イデアを項戴するため、 ハソウッドのタレント・エージェンシーまで抱えこんだりし ているのである。 そして今日もまた、新手の射手たちが、アトランタ本社の会議室に威風堂々と乗り込み、 一揃いの新しいスローガンを書き込んだ紙を壁に貼付けていることだろう。や がてコークの最高経営陣がテーブルを囲んで座り、最近のクリエイティブの動向につ いて論じあう。思い付く限りのアイデアを手当たり次第に出し合っていれば、ぴった りのアイデアにぶち当たることも理論的には可能であるが、能率的な仕事の進めかた とはいえない。 コークは単なる受け身の商売から踏み出す必要がある。見てきた通り、 コークには 二つに一つの道しか残されていない。 一つは一歩前進、他方は一歩後退の道である。 何よりもまずコークは毅然たる態度で、 ニューコークを商品ラインから外すべきだ。 それが不振だから、あるいはやっかい商品だからというのではなく、 ニューコークの 存在が、その持てる唯一の武器を有効に使うことを妨げているからである。 ニューコークが無事にお蔵入りとなったら、 コークは集中の法則を発動し、「本物」 というコンセプトを甦らせて、ペプシ相手に使うことができるはずである。 その引き金を引くために、 コークはテレビに登場し、ペプシ世代に言ってやるので ある。「いいですか、子供のみなさん、私たちはみなさんをせきたてるつもりはあり
ません。みなさんに本物の味がわかるようになった時には、 いつでもどうぞ」。この メッセージは、ペプシ世代の終わりの始めとなるだろう(もしペプシが、この時まで に、自分で始末をつけていなかったらの話であるが)。 このアイデアは単純で強力であるばかりでなく、 コークのとりうる唯一の作戦であ る。しかも、 コークが顧客のマインドに植えつけている言葉、「本物」を活用するだ けなのだ。 このようなただ一つのアイデア、ないしコンセプトを見つけ出すためには、 マーケ ティングマネジャーたちが、市場でどんなことが起こっているかを知っていなくては ならない。泥にまみれた戦場の最前線にまで足を運ばなくてはならないのだ。何が有 効で、何が効果がないかを理解しなくてはならない。要するに首を突っ込む必要があ るのだ。 間違いは極めて高くつくので、経営陣は重要なマーケティング上の決定を他人任せ にする余裕はないのである。ゼネラル・モーターズで起こった事態がまさにこれであ った。財務畑の人間が実権を握った時、 マーケティング計画は台無しになってしまっ
たのである。彼らの関心は、ブランドにはなく数字にあった。ところが皮肉なことに、 ブランドとともに、数字までダウンしてしまったのである。 もしあなたが本社の周辺をうろつくだけで、実際の計画作業にかかわっていないと したら、ただ一つの有効な作戦を見出すことは困難であろう。
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