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7 お客様不在時代

目次

サービスとはお客様の要求を満たすことである

「これ、サービスです」「サービスさせていただきます」という言葉の意味は、「タダかオマケ」を意味しているのが一般的である。いささか変であるが、多くの人びとはそれに気がついていない。

「タダとオマケ」以外には、サービス精神「ゼロ」としかいいようのないようなことに、明けても暮れてもぶつかる。

たしかに「タダとオマケ」はサービスであることには間違いないが、これは最 も次元の低いサービスである。なぜかというと、これには、サービスの基本である心くばりと手間がかかっていないからである。

むしろ、恩きせがましい「損得」の問題のような印象を受けるのである。

もう一つ、優待券とか割引券というものがある。「タダとオマケ」である。

そして恩きせがましいのは必ず有効期限がついているし、「五千円以上一割引」「土 曜、日曜は使用不可」というような制限条件がある。

こういうものは、私にとってはムシロ不愉快に感ずるし、相手の情ない心が見 え見えのように思えてならないのである。何故、無期限、無条件にしないのだろうか、これでこそ本当のサービスである。

サービスというのは、「己れを無にして相手のために尽す」ことではないのか。制限つき、期限つきは、あくまでも自分の側の都合と損得勘定ではないか。

それ が逆効果をもっていることに気がつかないのは、サービスとは何かが分かっていな い か ら で あ る「第2表」(JR東海のアンケート)の一部をご覧願いたい。

これが、「サービ ス向上のためにお客様にお伺いする事柄」だというのだから、「開いた日が塞が らない」のである。

ここにあるのは、お客様の利用状況と戸籍調査ではないか。

これに全く気がつ かないのは、何L情ないことだろうか。

よくぞここまでトンチンカンになれたも のである。

いうまでもなく、アンケートというのは「お客様の声」を聞くことなのに、そ れには全くふれていないのだから恐れ入る。

お客様の要求を満たす手段は、大きく分けて物的施設と人的労力の二つになる。物的施設は「金をかける」ものであるのに対して、人的労力は「手間をかける」ものである。

そして、本当に優れたサービスというのは、手間をかけることで ある。「金をかけるより手間をかけよ」というのが私の信条である。

本当にお客様を 満足させるもの、感激させるもの、感謝されるものは明らかに手間をかけること であり、気を配ることなのである。

気配りは言葉や動作にあらわれる。

本当に立派なサービスをすると、「心の交流」ということが生れ、お客様は心 から感謝の言葉をのべられる。これが、サービスをする人の心に大きな喜びを与えることになる。

それは、サー ビスする人の「生き甲斐、やり甲斐」をよび起すのである。

反対に、人的サービスの悪さは人びとの心に不快感を起させ、甚だしい場合に は怒りをさそう。

これは人間関係を損ね、事業経営の場合には売上げ不振どころ か、出入禁止にまで及ぶ。店舗販売ではお客様に逃げられる。

こうなったら、も う事業の経営どころではなく、倒産の危険さえもひき起すものである。

右のようなことは、誰でも知っていることでありながら、なかなか実施できな いものである。それは、 一にも二にも社長の姿勢の誤りにある。

本章では、右のことにつき、いろいろな実例をあげて、社長各位に考えていた だきたいという意図のもとに書かれたものである。

易しいようで難しく、気がつくようで気のつかないことへの反省の資としてい ただきたいのである。

サービス不在の時代

レストランの不良サービス 仙台で、ある一流ホテルの経営する中華料理店に入った。

先客は二組程である。

これはシマッタと思った。

すいている店はマズイのにきまっているからだ。

ビールと料理を注文したが、十分以上待ってもまだビールが運ばれてこない。

その間ウェイトレスはノンビリ先客の料理運び、それ以外はおそらくは調理場の 前で料理ができるのを待っているのだろう。

料理を運ぶ時以外は姿が見えない。

マネジャーはボケッと手をうしろに組んで(最近の若い男は手をうしろに組んで お客様に応対することが非常に多い。

エチケット知らずである。

これを教えない のは、中年すぎのわれわれが悪いのであるが)突っ立っているだけである。

ようやく生ぬるいビールが運ばれてきたと思ったら、次の瞬間には注文した品 が一度に運ばれてきた。

中には冷えている料理がある。

これで分かった。

酒と料理は同時に出すものと思っているのだ。

しかし、こんな非常識な店があるとは、私はこの年になるまで知らなかったのである。

私はマネジャーを呼んで叱ったり教えたりしたが、その後は行かないし、行く 気は全然ないから、改めたかどうかは知らない。

こんな状態だからこそ、先客が 二組しかなく、私達の帰るまで新たなお客様は来なかったのである。

私はレストランも幾つか指導しているが、お客様がテーブルについてから三〇 秒以内におひやとおしぼりをもって注文とりをすること、ビールや水割りは注文 を受けた一分以内に、酒は三分以内に、必ず突き出しをつけて出すこと、をうる さく言っている。

お客様は、お酒があれば料理は多少遅れても文句はいわないものなのだ。

その ほか、言葉づかいから始まって、ナイフやフォークの磨き方まで教えなければな らないところがある。

社長たるもの、いったい何をしているのだろうか。

お客様はそっちのけ 大山ホテルに宿泊した時である。

メーンラウンジに入ったが、私のすぐあとに七〇歳くらいの老人が二人のお付人を従えて入ってきた。

とたんに、マネジャー が大急ぎで老人のところへ行き最敬礼である。

そして、従業員総員をあげての大 車輪のサービスである。

他のお客様はほったらかしである。

私は二〇分以上も辛抱したが、ついに辛抱しきれなくなってマネジャーを呼ん だけれど応じない。

代わりに来たウェイトレスにオーダーして、やっと食事にあ りつけた。

その頃、その老人はもう食事をすませて引き上げていた。

私は、マネジャーを呼んで、あの老人は誰だと聞くと、会長だという。

これを 聞いた私は、いままで辛抱していただけに怒った。

「マネジャーもマネジャーだが、 あの会長は許せない。お客様をさしおいて、自分の方が先に、しかも全員をつき きりでサービスさせながら食事をするとは何事か。会長に話があるからルームナ ンバーを教える」と迫ったが、「会長はもう帰りました」という返答である。

こういう場合には、社員は絶対に社長(この場合は会長)に会わせようとしな いのは、日本中の会社に共通している。

お客様無視も甚だしい会長である。会長だからというので、社員にゴマすられ ていい気分でいる会長を、むしろ憐れに思ったのである。

海外旅行社

経済大国日本の海外旅行熱はたいしたものである。

世界の隅々まで日本人ツ アーの足跡の到らぬところはないであろう。

そのブームに乗って大きくなった旅行社のサービスは、まさに最低である。

まず、添乗員の質の悪さは話にもならない。

外国語が話せるというだけである。

何の訓練もしていないのだから、いくら添乗員を責めてもラチは明かない。

添乗員たるもの、行先の国の概略くらいは知っていなければならないのに、ほ とんど全部現地ガイドに任せっきりである。

その現地ガイドのレベルが極めて低 い。語学くらいはしっかり叩きこんだガイドがほしいのである。これに対する旅行社の言い訳は、「探してもいない」というにきまっている。探してもいなければ、現地人を教育すべきである。できなければ我社で育成すべ きである。

高い料金をとるのだから、それくらいは当り前である。ガイドの説明たるや、これまたきまりきっている。街路の名前や建物の名前ば かりである。三度と来るかどうか分からぬ異国で、街や建物の名前など聞いても何にもならない。

つまり、実質的なガイドはないということである。

そんなこと ではなくて、建物などは世界的に有名なものだけでよい。

その国の歴史、地理、 気候、風土、民族、宗教、国民性、文化、産業、庶民生活などの中から、要領よ く面白く、エピソード、伝説、習慣、笑い話、うまい食物、土産になる特産物な どを説明してもらいたいのである。

これは、しかるべき人に取材をさせて、ガイドマニュアルをつくり、最後には 社長が目を通すべきである。

特に、うまい食事のできる店、ショッピングのための有名商店などは案内書を つくっておき、名前、うまい料理と値段、有名商品、道順、足の便などを案内す べきである。

通貨の説明くらいは当り前として、チップ、枕銭、トイレ、交通機関など案内 は決して十分とはいえないのである。

案内するところといえば、大衆レストランとリベートをもらう土産品店である。

自由行動時間についての添乗員のサービスなどまるでない。自由行動時間は自分 の自由時間と勘違いしている。私は自由時間をどうしていいか分からぬ同行の老夫婦を添乗員にかわって案内して回ったことがある。

そうでなければ、その老夫 婦は食事さえできなかったのである。あるヨーロッパの共産国で特急列車に乗った時には、あまりの不潔さに悲鳴を あげたことがある。

その旅行社は、ヨーロッパに支社があるが、そのような現地 の情報などほとんど収集してはいなかったのである。事前に確かめた時には、「大 文夫、心配ありません」との答えだったが、それは大嘘だったのである。

無責任 も極まったといえよう。そのくせ、帰りの飛行機の中では、アンケートを回して記入してくれという。

旅の疲れの中で、旅行社のために何で、絶対に改めることはしないサービスにつ いてのアンケートなど書かなければならないのか、失敬千万である。

アンケートを書いてもらうなら、それについて、せめて礼状くらい出してもい いのに、そんなことは全然考えてもみないのである。

考えていれば、礼状が来る はずである。旅行社の社長で、自らの会社のツアーについて、自ら現地を回って調べるような社長はいないのである。

社長自らが回って自ら体験すれば、あんなお粗末とい うより全く誠意の感じられないようなツアーが、少しずつでもよくなるはずであ る。

そして不誠実な社長の会社は、いつかはお客様から痛棒を食うことになるの である。お客様を追い出すデパート P社のお得意先の某デパートでP社長が見かけた光景である。

七階の衣料特売場の傍で買物袋を両手に下げた中年の男性が、夢中になって掘 出しものをあさっている奥様に向かって「いい加減にやめんかい。疲れてしもう た。近所の喫茶店でコーヒーでも飲まんかい」と催促していた。

そのデパートにはお客様用の休憩所はない(近頃は、あちこちのデパートで申 し訳程度であるが椅子をそなえつけたところが少しずつ増えているようだが)。

広いデパートの中を歩き回れば当然足が疲れて腰を下ろして休みたくなるの に、そんなことは考えずに、寸尺といえども惜しんで商品を陳列している。

その ガメツさは、実は「買物が済んだらトットと帰れ」といっているのと同じことだということが分からないのだろうか、誠に不思議である。

お客様にゆっくりと買物をしていただくためには各フロアに休憩所をもうけ、 灰皿を置き、セルフサービスでいいから何か飲物を飲めるような自販機でも備え つけたらどうだ、といいたくなるのである。

「消防署が云云……」なんてのはいい訳以外の何物でもないのだ。

売上げ促進会議を開いて、売上げ不振対策を協議する前に、やることはマダマ ダいくつもあるのだ。

マイベースのホテル 私は二十年来、年に数十回もホテルでのセミナーを行っているが、参加者の都 合を考えているホテルに出合ったことがない。

一番シャクにさわるのが、トイレと公衆電話の数が少なすぎることだ。

休憩時 間はいつも行列である。

会が終ると、今度はクロークに行列ができる。

これは、 ホテル経営を知る筈がない設計事務所に設計を任せるという経営者の怠慢以外の 何 物 で も な い日本の設計技術者のホテル設計の最大関心は、「料金のとれるスペースを、総 床面積に対していかに比率を高めるか」ということだということを聞いている。

リネン室などはない、テーブルや椅子の格納場所がない、という現実を見せられ ると、これは本当だと思わないわけにはいかないのである。

客室で一番困るのは照明が暗くて仕事が実にやりにくい。

そして、点滅に部屋 を一巡しなければならないホテルもある。

空調設備もかなりいい加減で、温度調節がままならぬものは決して少なくない。

ナイトテーブルは電灯の位置が悪くて、パネルが目くらがりになって文字が実に 読みにくい。

冬はエレベーターのボタン、ドアのノブに静電気が起きて実にイヤな思いをさ せられる。

新聞はあてがいぶち、お客様の希望するものを何故提供できないのだ。

日曜日には新間の夕刊がないので、テレビの番組が分からない。

ホテル自身の電話番号は、どこにあるのか探すのに一苦労するところが多い。

何故電話機に表示をしておかないのか。

ベッドは軟かすぎるものが大方の相場、枕は相変わらずウレタンスポンジのフ エャフニャ、予備の毛布のないところでは、春秋の変わり目に寒い日があるのに、 空調もないので、寒くて夜中すぎにフロントに電話して毛布を届けさせることも しばしばである。

そして、まずくて高い料理、まずいコーヒー。

たまには社長自身で試食でもした ら い か が。

浴槽の蛇回は、近頃やたらと新型ができたが、新型ほど操作が不便である。

 一 番便利なのは、水と湯が別々の蛇口であることが分からないのだろうか。

ここに も設計屋まかせの、いい加減な態度がある。

最新式のカード式キーは実にムードが悪くて、誰にきいても不評であることを ホテルの社長は知っているのだろうか。

とにかく、最近のホテルは、やたらと頭と神経を余分に使わなければならない ようになっている。

何が「ゆっくりおくつろぎ下さい」だ。

ゆっくりどころか、 頭にくるホテルばかり増えてゆくのを、ホテルの社長は全く知らないといわれて も、仕方がないであろう。

二十人以下はお断わりの仕出し弁当 弁当の仕出しを行っている会社の多くは「二十人以下はお断わり」である。

営 業である限り当然のことと受けとられているが、果して正しい態度だろうか。

私はこの考え方には賛成できない。

「条件つきサービスはサービスにあらず」 というのが私の主張である。「条件をつけるくらいなら始めからやるな」といい たいのである。それがサービスというものであろう。

条件つきサービスというものは、受ける側では決して心から有難いと思わない ものだ。いかにもミミッチイ根性が見え見えだからである。

私は、仕出しサービスをしたいという社長の相談には「人数の制限をつけない ことこそ本当のサービスである」と申しあげることにしている。

制限をつけると、 「会社の根本理念」である「お客様の要求を満たすことが事業である」というこ とに反するからである。

E社でも仕出しサービスを行っているが、ある時一人前という法事の注文が あった。E社ではこれをお受けした。お寺には老婆がただ一人であった。恐らくはご主人の三十三回忌であったのだろうが。

畳に頭をすりつけるようにしてお礼 をいわれたE社の社員は、「自分の行為がこんなにもお客様を喜ばせるものなの か」と、たった一人前だと、ふくれっ面して配達したのに、帰りは嬉しくてニコ ニコ顔をして戻った。

そして「私のサービスを、こんなにも喜んで下さる人がいる。やり甲斐のある仕事です」と社長に報告したという。この社員は、それからも、どんな小さなサービスでも喜んで行うようになった であろう。

大切なことは、僅かな面倒や効率の悪さなど問題にせずに、会社の基本姿勢を 守ることではないだろうか。

お客様はどこに

小ロットはやらない粉末冶金業者 K社で、新型の錠前を開発した時に、高性能を狙っているために、ある部品の 形状が複雑になり、さらに強度上の要求もあって、どうしても粉末冶金製でなけ ればならないということになった。

そこで、粉末冶金業者に五百個の見積りを依頼したところ「五千個以下ではお 受けできません」という返答である。

K社では「試売品なのでロットサイズが小さくて申し訳ないが、五千個の時の 価格でほしいといっているのではない。

高価格は当然だし、型代も持つから作っ てくれないか」と頼んだが、どうしても受けてもらえなかった。

この、かたくなな態度が、自らの首を締めることになることに気づかないので ある。

別の例で説明しよう。

あるプラスチックの成型業者が、得意先からの依頼により、新材料を試作用として某社に一キログラムほしいと頼んだ。

某社の返答とい うのは「一袋三〇キログラムなので、 一キログラムはお売りできません」と、ど う頼んでも承知してもらえなかった。

仕方がないので、他のメーカーに依頼した ところ、即座に一キログラムだけ送ってきた。

この成型業者は、このメーカーか ら、本生産の材料を買うようになったのである。

話をもとにもどして、この粉末冶金業者の態度こそ、自ら粉末冶金の普及を妨 げているのに気がつかない。

自分で自分の首を締めている行為なのである。

この冶金業者の正しい態度は、私がここにあれこれいわなくてもお分かりいた だける筈である。

担当者の心ない応対が問題なのではなくて、社長の態度自体が 問題なのである。

あるラミネートの包材メーカーでは、経営計画書の方針書の中 に「お客様のご注文は、たとえ一メートルでもお受けする」と明記してある。

そして、それがお客様の大きな支持を受けて事業の発展に役立っているのであ る。

原価率守って赤字のレストラン

Z社はレストランのチェーン店である。創業以来七年間も赤字と黒字の間をさ まよっていた。

社長は努力家であり、実によく勉強をしていた。そして業績不振 の原因はその勉強にあった。

全く誤った思想を教えられており、それを忠実に守っ たがためだったのである。

その誤りは、「原価率」という思想である。先生の教えは「原価率を三〇%以 下に押えよ」というのであった。Z社長は、店舗ごとに毎月データをとり、原価 率が三〇%を超すと、店長を呼びつけて叱りつけていたのである。だから、各店長の関心と努力の焦点は「原価率を守る」ことだった。

ところで、外食産業の主要原料である「生物」は、すべて市況商品である。相場の変動で高値が続くときなどは、材料を落とし、量を減らさなければ原価率 三〇%は維持できない。

看板料理は幕の内風の弁当であったが、それを見せても らったら、鮭のごときは紙のように薄かった。

試食をしてみたら、案の定ひどい 味だった。

私は、「いくら原価率が低くとも、まずいものは売れない。売上げが少なければ、 いくら原価率が低くとも、絶対に利益は生まれない。原価率を無視して、わが社の調理師の腕ではこれ以上おいしいものは作れないという料理をお客様に提供し なければ、業績向上は夢のまた夢である

と、社長を説いた(私がいままでお手 伝いした業績不振の外食産業の会社では、 一社の例外もなく、「原価率三〇%」という神話を信じており、そのすべては業績が悪かった。そして私はいつも原価 率を無視することを勧告してきた)。

この説得は難航した。まさに社長にとっては青天の露震、前代未間の勧告だっ たからである。私は、まず試作品を作ることを勧めた。

そして、この試作品を「特別推奨品」と銘打って試売し、あとはお客様の判定を受けることである。

六つの店舗で、それぞれ二つの料理を選んで美味に挑戦した、といいたいところであるが、実は私 に強引に押し切られての消極的な取組みにしかすぎなかったのである。

その証拠 には、ニカ月程の期間に、それぞれ三〜四回の試作でOKだというのである。

まだまだ不十分ではあるが、いままでよりはかなり上等になったので、これで 試売をしてみようということになった。ところが、いつまでたっても試売をしな いのである。

その理由は「こんな高いものは売れない」ということだった。私はカンカンに怒った。

「お客様にお伺いしてもみずに、何が売れないだ。勝手にせい」 と縁切りを宣言した。

私の見幕に恐れをなして、社長はやっとのことで試売を約 束した。

先に約束をホゴにしているので強く駄目押しをした。試売の結果は、私も驚くほどの売上げ増であった。

本店のシャブシャブは 二五〇〇円の従来品と四五〇〇円の特別推奨品であったが、半数のお客様は 四五〇〇円を注文して下さるのである。

お客様によっては、「どこが違うか」と いう質問である。

その時は、両方の肉の現物をお見せすると、納得して四五〇〇 円にするのである。

従来品は「赤身」だが、特別推奨品は「霜ふり」だったから である。

そして、赤身のシャブシャブなど、不味でよほどの味音痴でもない限り、 食べられた代物ではないのである。

ヤング中心の盛り場にある店舗の特別推奨品は、「えびフライ」であったが、 従来品の六五〇円ものはほとんど売れなくなってしまい、特別推奨品の九五〇円 に事実上切換えてしまったのである。

競艇場内の「ウドン」は、まさに爆発的な売上げ増大である。

いままでは二台の自動販売機で間に合っていたのが、それでは遅すぎてどうにもならない。

五人 を投入しての流れ式販売にしたのである。

 一人はザルにウドン玉を入れてお湯に つける、 一人は井に盛る、 一人はつゆをかけて具をのせる、 一人はお客様に差し 出す、 一人は料金を受け取る、という式である。

レースとレースの間に艇券を買 い、腹ごしらえをするのだから、店はそのたびに戦場のようなさわぎになってし まうのであった。

三軒あるウドンの売店の、八割はZ社だった。

はじめ、このウドンを調べたところ、社長は何も方針を示していなかった。

完 全な放任という、お客様に対しては不誠実極まる態度だったのである。

「ゆで麺」 の仕入先は、何社くらい食べくらべて選んだかを聞いてみると、食べくらべなど 全然していないのである。

「この怠慢社長」という一喝が私の日から飛ぶのであっ た。

「ゆで麺」を吟味し、つゆのダシは削り節であるが″一番だし´だけとし、 味酬を上等なものに切換えた。

せいぜいこの程度のことで味がガラリと変わって しまったのである。

社長は、初めて原価率の神話の誤りに気がついた。

全面的な味の再検討が行わ れたのはいうまでもない。

そして、それから一年後には、会社始まって以来の五千万円の経常利益をあげ た。

従来の最高実績は、三百万円だったのである。

ゴルフ場の経営者はゴルフを知らない

ゴルフ場は、ゴルファーが腕を磨く場所ではなくて、ゴルファーが楽しむ場所 であるということを、ゴルフ場の経営者は知らないし、知ろうともしない人が多 すぎる。

設計は設計者まかせ。その設計者というのは職人であるために経営を知らない。

そのために、やたらにトリッキーで難しいコースを設計する。名コースならぬ 迷コースをである。

栃木県のセント・アンドリウスのコースは世界のグランドスラマーの一員であ るジャック・ニクラスの設計であるが、アシスタントプロでもハーフ五〇を切れ ないことがしばしばあるというほど難しい。

アプローチは殆ど池かクリーク越えであり、花道なんか申し訳程度である。

グ リーンは小さく、バンカーはやたらと多い。

そのためにお客様には不評で、倒産が二回とか。

現在は某大企業の所有になっ ているから、つぶれることはないが……。

地階のロッカーは、扉が七色に塗り分けられていて、これをレインボーカラー というのだそうだが、これをサービスと心得ているから果れかえるばかりである。

痛にさわるのは、カート道に電導カートである。

ボールは左、カートは右、七 番がいいのだが、手に持っているのは五番、前のホールは空いており、後からは 追われる。

クラブを替えたいのだが時間がかかって後続のパーティに迷惑がかか るので、五番を短く持って軽く打つ、軽く打った時は不思議にナイスショット、 グリーンオーバーのOB、「もうこんなコースには来ないぞ」と思う。

だいたい六分間隔のスタートが間違っている。

アベレージゴルファーは、四人パーティでは七分間隔が最短である。

それを六 分なので、朝のスタートの八時半が三十分も遅れて九時スタートなんてことはザ ラ、ティーグランドに撒水装置がないのなら、なぜ撒水車を用意しておかないの か。

芝なんかないところに、ビニールのマット。

キャディの教育など任せっきり で、不愉快なことが実に多い。いったいゴルフ場の側のエチケットとやらはどこにあるのか。

要求するのはお客様のエチケットだけという無礼に気のつくような 人はいないのだろうか。

全部の社長がそうだとはいわないが……。

事業部制でお客様を怒らせる

N社では、新型のオフコンを発表した時に、ハード事業部とソフト事業部を作 ることによって販促を計った。

ところが、これが完全に裏目に出てしまった。

というよりは、コンピューター も知らず、事業部制の何たることも知らなかった、というのが失敗だったのであ る。

ハード事業部では、小型のほうが安価で売り易いので小型機に販売の重点を置 いた。

ソフト事業部では、ハード事業部が売った機械だけしかソフトを組めなかった。

他社機ではコンピューター語が違うからである。

そのために、ハード事業部で売ったコンピューターのソフトは、なるべく多く 作らなければ売上げは伸びない。

すると、小型機では容量が不足する。

そこで「貴社の実情を調べたところ、必 要なソフトを組むには機械の容量が足りません。

もう一つ上の機械にしなければ ならないのですが」ということになる。

これにはお客様が怒ってしまった。

「そうならそうと、なぜ始めからいわない。無責任も甚だしい」ということになってしまった。

このように、あまりにも多くのお客様からお叱りを受けたために、アッという 間にこの事業部制は取止めにしなければならなかったのである。

コンピューターを導入したために

Y社は婦人用衣服のメーカーでカタログ販売を行っている。

売上げは二年前か らジリ貧で業績は思わしくなかった。社長は穴熊だった。

私の強引なすすめで、カタログを置いてある婦人会を回ったところ、どこへ行っ ても「最近は注文しても納品が遅いので会員はY社を敬遠し、M社に注文する人が多くなった」という声を聞いたのである。

社長の話を聞きながら、私が思い出したのは、売上げ年計グラフである。

そこ で、売上げ年計グラフを広げて社長に質問した。

「二年前から、いままで順調に 伸びていた売上げが下降に転じた。この時点で何か変わったことはありませんか」 と。

このようなク釘折れクがグラフに出た時は、必ず「何か」があったことを私 は経験から知っているからである。社長の返答は、特別なことは何もやっていないという。

「そんなはずはない」 と根掘り葉掘り聞いた末に、その少し前にコンピューターを導入したことが分 かった。

「これが元凶だ」と、これは私のカンピューターである。

そこで、いろいろ聞きただしていったところ、これに間違いないという確信を 得た。

それは、次のような事情だった。注文は、ほとんどが電話で入る。

コンピューター導入前は、受けた人がメモを とり、業務係員はこのメモから直ちに出荷指図書をつくり、これを倉庫に回した。

倉庫係は、この指図書により、荷造り発送を行っていた。

発送は、在庫がある限り即日か翌日には発送されていたのである。

コンピューターを入れてからは様子が違った。

コンピューターを入れると、会社の中でコンピューターが一番偉くなり、二番目がプログラマー、二番目が社員 という序列が新たに生れ、お客様など無視されてしまうのである。

何事もまずコンピューターに報告しなければならず、これを怠ると忠誠心が疑われるのである。

お客様から電話で注文が入ると、まずコンピューターに「受注報告書」を提出 しなければならない。

そして、「発送指図書」を下げ渡されてからでなくては出 荷が行えないのである。

ところで、「受注報告書」は、その日に処理されない。

コンピューターは前日 のいろいろなデータを処理しているからだ。

だから、「受注報告書」は翌日処理 をされ、「出荷指図書」を受けて発送するのは、受注の翌々日になってしまうの である。

女性は、衣服を買う時、子供の卒業式だとか、同窓会だとかに着ていくという 日時が決まっている。そして今日注文しなければ間に合わないというギリギリま で迷う。

それを二日遅れの発送なので、これに間に合わないのである。そのために注文が減ってしまったのである。

私は、右の事情を社長に説明し、「何がどうなっていようと、お客様の要求を 満たすことが最優先だ。

注文を受けたら、必ずその日に発送しなければならない。そのためにはコンピューターを使ちてはならない。もとのやり方に戻すのだc戻 しただけではいけない。

即日発送のため郵便局の受付時刻、鉄道駅の受付時刻間 際の受注については、全員が発送係だ。組織も職制も役職もないのだ。

もしも社 長が在社していて、社員だけでは手が不足の場合には、社長も臨時発送員になる のだ。

お客様の要求は、会社の中の総てのものに優先する。これが事業というものだ」と大いにハッパをかけた。

お客様の要求で、納期の次に多かったのは、「デザインが地味すぎる」という ものだった。

社長に、何歳ぐらいの客層を対象にしているかを聞いてみると、二〇歳から 二五歳くらいだという。

私は「冗談言ってはいけない。こんな地味なものを着る のは六〇歳以上だ」と、いささかオーバーだったけれど、効果を期待するには、 これくらいでちょうどよいのだ。

「ゼネレーション感覚がズレている」と重ねて社長へのハッパである。

三回ほどの訪間で、Y社の方向づけをしただけで、私のコンサルティングは一 応のピリオドを打った。

相談したいことがあれば連絡して欲しいと言いそえた。

半年程過ぎた時、私の「社長学セミナー」にY社長が出席した。

最前列の席で、 私が入場するとニコニコしながら挨拶をされるのである。

「調子がいいな」と思 いながら事情を聞いてみると「生産が間に合わなくて……」というご返事であっ た。

ここで一言つけ加えたいのは、コンピューターの使い方である。

使い方を間違 えると、こうした事態を招くのである。

ある会社では、コンピューターを入れたとたんに、売掛金の回収が二日遅れる ようになってしまった。

食品問屋で、日商三千万円で十日ごとの集金である。

 一 カ月で三千万円が六日遅れ、 一年では七二日の遅れである。

三千万円の七二日分 の金利がいくらになるだろうか。

年利七・三%として、日歩二銭になる。

年間で 四三万円である。

コンピューターでやると、手作業よりも二日遅れになるケースが多い。

 一刻を 争うものは、コンピューター処理はしないほうが無難である。

その他、コンピューターに関する愚話を私は山のように知っているが、本題か ら外れるので、これくらいで止めておく。

配送サービスの重要性を、多くの会社では恐ろしい程知らない。

社長がお客様 のほうを向いていないからだ。

そして、トンチンカンなク配送効率クなどを方針 として打ち出す。

ある会社のある営業所に、新たに任命された営業所長は、経理畑だったために、 その営業所の数字を調べたところ、配送費にムダがあり、在庫の回転率が悪いと いう二点が特に日立ったので、「配送効率の向上」と「在庫回転率の向上」の二 つの方針を打ち出して、これを重点的に推進した。

 一年後にその営業所の売上げ は一五%ダウンだった。

原因理由は、品切れと遅配である。

会社全体では二〇% 以上の売上げ増なのにである。

事業の何たるかを知らずに、数字だけの虜になっ てしまうと、こういうことになるのである。事業とは、お客様の要求を満たすための活動なのだ。

お客様の要求を満たすた めには目先の配送効率だとか、回転率だとか、コストだとか生産性だとかいうも のは、いっさい無視しなければならないのだ。

それが、結局においてお客様の支 持が得られ、売上げが伸び、長い日で見た場合に、能率、効率、回転率、コスト など、すべての面で向上するものなのである。

お客様無視は、それがどんなにもっともらしい理由があろうと、必ず会社の業 績を低下させるものであることを、夢にも忘れてはならないのである。

社員とはお客様の要求を無視する人種と知れ

しなびた青果 Tスーパーから、業績が上がらないからみてくれという。

お伺いしていろいろ 様子を聞いた後に、店舗を巡回してみた。

社長のいる主力店は、社長の目が届くせいか、陳列品や陳列法にいろいろ問題はあったが「マアこんなものだろう。悪い点が分かったら、あとでまとめて勧告 しよう」という程度だった。

次に行った店舗は、主力店の次にランクされている 店舗であったが、いきなり目についたのが、しなびたオレンジである。

アレッと 思いながら、青果売場を見てゆくと、カビの生えたきのこ、うれすぎたトマト、 二つ割りにしてポリで包んであるキャベツは中央が盛り上がっている。

古い証拠 だ。その外、ほとんどの青果が古い。

私は社長の怠慢を責めたところ、社長は意外だとばかりに「店長にまかせてい ますから」という返答である。むろん、この店を巡視したことなどない。

店長を 呼んで聞いてみたら「ああ、これは古くなっているのですよ」という返事が返っ てきたのにはビックリ仰天してしまった。

青果物は鮮度が生命だということを知らない店長も店長だが、ほとんど店を見 回らず、お客様にどんな品物を提供しているかも確認しない社長の大怠慢である。これは「任せるという怠慢」である。

お客様に対する社長の責任を全く果してい ないのである。

私は、社長をコテンコテンに叱りつけぎるを得なかったのである。

品質が悪いのを承知で G社の新商品の試作品の検討会のことであった。

開発担当者が、試作品を持っ て出席し、いろいろな説明をした。

その説明の中に、「このラチェットは、もう 少しいい材質のものを使わないと磨耗する恐れがありますが、そうするとコスト が高くなりますので」という。何ということだ。

初めから不良を承知で商品をつくろうというのである。

私は、会議が終って社長室に帰ってから、G社長をサンザン叱りつけたのであ る。

ダイオードエ場の加熱コイル あるダイオードエ場に、あまり不良品ができるので、みてもらいたいというの でお伺いした。

工程を見ていくうちに、終り近くの工程で、ペレットにリード線をつけたもの を、細い硝子管の中に封じ込める作業をやっていた。

コイル状のヒーターの中に、 この硝子管を入れて加熱するのである。

ひょいと見ると、そのヒーターの予備を入れる箱の中に、太さの違うヒーターが入っている。

「これは太さが違うが」と いうと、そこの作業者は「ええ、これは前のやつですよ」と事もなげである。

今は使っていないのなら、取り除くのが当り前なのに、この有様である。

管理 者はいったい何をしているのだ。

こんな無神経な管理者では、いつ間違って無神 経な作業者が古いヒーターを使うか分かったものではない。

そして不良が出た時 には「あの不良は前に使っていたヒーターを間違って取付けたものですから」とい つ に き ま つ て い る。

この工場には、いたるところに技術的・管理的な欠陥が発見されたのである。

一事が万事、すべて全くの無神経工場長なるが故だったのである。

長年使ってい る社長にはそんな工場長の無神経さについて分かっていたはずである。

検査員とは何をする人なのか S社の同期化のお手伝いをした時である。

最初に組みあげた同期化ラインは順 調だった。

引続き次の同期化ラインを組みながら、時どき最初の同期化ラインを 見回っていた。

ある時の見回りで、不良品が異常な程多いので、驚いて、そこにいた検査員に 聞いたところ「あっ、この不良ですか、それは第二工程の人が、今日はじめてな ので、そこで出る不良ですよ」という。

そのラインの責任者に知らせたかを聞い てみると「私は検査課長に夕方報告すればいいのです。製造部のことは私の責任 外ですから」という返答である。

私は唖然とした。この検査員が悪いというより、検査課長がこれでよくつとま ると思う。ラインの責任者とて同様である。

昼近くになるというのに、まだ一度 も様子を見に来てはいないのか、見に来ても節穴で見えないのか知らないが、あ きれかえった管理者達である。

しかし、究極には社長が悪いのである。

行方不明の未修理品 N社では、修理サービスが全く無責任であった。

ほとんどの場合に、お得意様 から「修理依頼品はどうしたか」という催促で、初めてそのお得意様から修理依 頼された品があることを知る始末だった。

仕方がないので、どんな品物だったか を聞いて、新品を無償提供して勘弁してもらっていたのである。

その実情は次のようなものだった。

N社はスチール製の椅子を作っていた。

家具店に納品の際、「これを修理して くれ」と店員から依頼を受けると、これを荷台に放りあげて帰ってくる。

運転手は、 この椅子を製造現場に持ちこみ、「どこそこからの修理依頼品だ、頼む」という。

製造部門の課長は「分かった。その辺に置いておけ」である。

そのまま忘れてしまう。

作業に邪魔になると、あっちへ移し、こっちへ移す。

そのうちに行方不明となってしまう。

なかには、組立で不足した部品があると、 この修理品の部品を取り外して間に合わせる作業者もいる。

何もかも全くの野放 し状態だったのである。

お客様を無視して販売会議 電子式の腕時計が出始めたころ、S社からその正確さを期待して買い求めた。

ところが、具合が悪くて動いたり止まったりである。

仕方がないので、買い求め た店に取替えに行った。

応対に出た店員が「どこが悪いのでしょう」という質問である。

私は、「冗談いうな。どこが悪いか素人に分かるはずがない。止まったり動いたりだから取替 えてくれといっているのだ」というと、「お直しいたしましょう」ときた。

初めから具合の悪い時計は、いくら修理してもダメなことを知っている私は、 「直してくれといっているのではない。取替えてくれといっているのだ」と。

こ の頃になると店員の応対にいささか腹が立ってきた。

「一週間程かかりますが」という店員に、「馬鹿いえ、こちらは高い金を払って いるのだから、 一週間かかるのなら、その間、払った代金を返しておけ。

こちら はすぐ取替えてもらいたいのだ。

店になければメーカーの営業所に電話して届け てもらえ」ということで、強引にメーカーの営業所に電話させたところ、「会議 中だからダメ」という女子社員の返答であるとのことだ。

何ということだ、お客様の要求をはねつけていて何が会議だろうか。

いよいよ むかっ腹が立ってきた。

店長を呼んでサンザンお説教したあげく、「どんなこと があっても今日中に家まで届けてくれ、二四時までに、まだ一二時間以上もあ る」と。一二時頃のことだった。

私の家に品物をもってきたのは一六時頃であっ た。こちらで強く要求しなければやらず、要求されればお客様だから仕方がないと ばかり、いやいやながらやる。なぜ最初から「メーカーから取り寄せて、今日中にお届けします」と言えない のだろうか。

社員のお客様無視は社長の責任である

いままであげてきた例は、本当のところ、氷山の一角にしかすぎないのである。

毎日毎日、たくさんの会社で恐ろしいほどのお客様無視の行動が繰り返されてい る。そして、これが会社の信用を落とし、知らない間に売上げ不振を招いている のだ。

これは、社員が悪いのではない。管理職に叱言をいっても、叱言をいわれた ことだけ、その当座よくなるだけである。そして、それは管理職の責任ではな いのだ。すべては社長の責任である。

社長の姿勢それ自体がお客様第一」になってい ないからなのである。

私が会社にお伺いして、徹頭徹尾言い通すのが「社長の正 しい姿勢」なのである。正しい姿勢とは、いうまでもなく「お客様第一」である。

そして、社長が姿勢を正すと、その瞬間から、会社の業績が上がりだすのを、 私が直接お手伝いした五〇〇〇社にも及ぶ会社で見てきているのである。

では、社長の正しい姿勢のもとに、どうしたらいいのだろうか。この解答は、いままでのマネジメントの思想の中にはない。

もし、あるとするならば、こんなにも多くの会社で、お客様無視が行われてい るはずがない。

それどころか、マネジメントの思想を導入すればする程、会社はますます邪道 に陥ってしまうのである。

マネジメントを説いた本に「お客様」なる思想どころ か、言葉さえないではないか。

もっともいけないのが、「自主性を尊重する」「任せる」「コスト、能率、効率、 生産性、回転率」という思想である。

というよりは、これらの思想をお客様の要求に優先させてしまうことである。

「自主性を尊重する」というきれい事を言ってみても、事業というものを正し く理解し、自らの正しい行動はどうあらねばならぬか、ということが分かるよう な人間は、まずは例外中の例外にしか存在しないのである。

ほとんど大部分の人 間が、お客様無視の行動をとるにきまっているのだ。

「任せる」という言葉ほど、その中身の分からぬ言葉は世の中にない。

いったい、 任せるというのはどういうことなのか、何を任せるのか、ということについての 正しい考え方などマネジメントのどこにもないことは、本書で度々ふれてきたと おりである。

なぜ「任せる」のかといえば「任せなければやる気を起さない」とか、「会社 が大きくなると社長ひとりでは手が回らないから、それぞれ責任者を決めて任せ なさい」とかいうことらしい。

とんでもない間違いである。

前にも述べたが、日本の場合に、「任せる」とい うことは「任されたものが勝手にやっていい」というニュアンスがある。

だから、 「任せるといっておきながら、あれこれうるさく言う」というような反発が起きる。いったん「任せる」といってしまうと、社長はもうこのことについては何も言え なくなる。

こんなことをしたら、それこそ任された人間の個人的な考え方で事を行い、会 社の中はバラバラになってしまうのである。

コストや効率や回転率などを強調すると、どういうことになってゆくかの実例 を、私はたくさん見ている。それは必ずといっていいほど、お客様の要求を無視 する行動となってゆくのである。

では、自主性などいっさい認めず、任せることをやめて、ワンマンコントロー ルすればいいのか、コストや生産性はいっさい無視せよというのか、ということ になる。

そんなことはできない。

社長はただ一人しかいないのだし、コストや生産性を 無視したら会社は競争に負けてしまうのである。では、どうしろというのか、ということになる。

それを、これから述べてみ よう。

まず第一には、社長が自ら姿勢を正すことである。いうまでもなく、お客様第 一の姿勢である。そして、自らこれを実践するのだ。

その実践とはどんなものかは、本書から汲みとっていただきたい。

また、明けても暮れても、あらゆる機会をとらえて「お客様第一」を言い通す ことである。第二には、お客様第一の思想と、これを具体的にどう行えばよいかについて、 方針書をつくるのである。

例えば、 一お客様サービスは面倒くさく、能率が悪く、時間がかかるものであること一を肝に銘じてお客様のためにつくす。

一 というのは思想であり、設計変更、材質変更、購入先、外注先の変更、仕入れ銘柄や品番の変更は すべて事前に社長の決裁を要す。

在庫品はすべて先入れ先出しとする。などといえば、仕事に対する具体的な方針である。

分かりきったことと思われる ものであっても、必ず明文化しておかなければならない。この方針書は、必要と思えば、その方針の実行に関する具体的なマニュアルま でに細かく明文化しなければならない。

その明文化は、何かお客様からクレーム が発生したら、そのつどこのクレームが発生しないようなやり方を追加するので ある。

こうすれば、だんだん完全なものに近くなってゆく。

例えば、製造活動において、作業者は不良品または不良らしいものを発見した場合には「不良品投入箱」 に投入する。

検査員は検査中に異常不良が起っていることを発見した場合には、直ちに 加工部門の責任者××係長に通報するとともに、直属上司に口頭で報告する。

という要領である。

右にあげた幾つかの方針書や指導書の例が励行されたなら、本節であげた事例 の幾つかは起らないことを知っていただきたい。

そんな細かいことまでいちいち社長がああこう言わなければならないのか、と いうことになるが、そうなのである。

これは大切なことなのである。事はお客様のサービスに関することなのだ。どんな細かいことでも、大切であ る。

お客様サービスに関することは、たとえ、どんなに細かいことでも、小さな ことでも、グレードは最高なのであることを忘れたら、それはお客様第一になっ ていないことである。

とても、体が幾つあっても足りないと思われるかもしれないが、これは、いっ たん決めたら、永久に使えるマニュアルになるのである。

それに、社長がああこ う言うのは、クレームが発生したことだけでよい。

しまいにはクレームがほとん どなくなってしまうし、そうなれば、社長がああこう言うこともなくなってしま うからである。

第二には、方針書やマニュアルは、よくよく管理者に説明して徹底を計る。そして定期的な抜取り監査をやり、試験をして、これを昇進昇給の査定に使うので ある。

マニュアルについて大切なことは、「マニュアルはやらなければならない 最低基本であって、マニュアルに決めていないことでも、お客様サービスに必要 なことがあったらやらなければならない」ということを、よくよく徹底させてお くことである。

これをやらないと、「マニュアルにないから」といって、やらな くなる恐れがあることを知らなければならない。

右のことを励行したら、お客様サービスは格段に向上し、売上げは自然に上昇するのである。

電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも社長の責任である

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