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第3章無理なく5Sが進むしくみ

5Sのメリット、実践する際の障壁がわかったところで、ではどうやって5Sに取りかかれば、成功に導けるのかが知りたいところ。

はやりもののビジネス手法に手を出してはいつもダメになる、かけ声はいいが実現した試しがない、など「いいこと」が実践できないケースは多々あります。

ここでは、「いいこと」が計画倒れにならないためのポイントを解説します。

目次

◎1歩を踏み出すのは社長自身

○……トップが実践すれば下は自然とついてくる

第1章で事例に取り上げた日本電産グループにおいて、なぜあそこまで3Q6S(一般的には5S)が徹底できているのでしょうか。

その理由の第一に挙げられるのは、やはりトップである永守社長自身の長いマネジメント経験の中で、人を育てる上では5Sがもっとも大切なことであり、成果にもつながるという想いが、「確信」のレベルに到達しているからだと思います。

そもそも、まだ日本電産がベンチャー企業の規模だった頃は、当然自らが率先垂範しながら従業員を引っ張ってきたこともあり、自らの実体験をベースに語られるメッセージの説得性は段違いです。

三協精機で真っ先に役員が率先してトイレ掃除を始めたのも、「まずは上司が範を示すことが大切」という理屈に対する理解よりも、永守社長や監査員が自らの実行を通じて得てきた体感を聞いた上での納得感があるからこそ、本気の取り組みにつながっていったのではないでしょうか。

「やっぱり上がやらないと下はついてこないよね」多くの方が当然知っている理屈だと思いますし、実際、私が講演などの場で5Sの話をさせていただく際にも、終了後このような会話が交わされます。

ところがどうでしょう?「思い立ったが吉日」と、早速自ら5Sの取り組みを始めるリーダーなどあまり見かけないというのが現実です。

ましてや、その活動を継続できているリーダーとなるとさらに少ないというのは、言わずもがなの話ですね。

三協精機の事例を聞いても、「まあ、そこまで経営的に追い込まれているのだとしたら、社員みんなが相当な危機感を持っていたはずだから、やらざるを得ないよね」といった見方をする方が少なくないような気がします。

「5Sに取り組んでみたほうがいいかもしれない」と思う一方で、「いやいや三協精機のようにうまく推進できるという絶対的な確信は持てないから、どうしても二の足を踏んでしまう」というのが本音部分にはあるのでしょう。

○……特別な業界、会社などない

そういえば、講演で他業界の成功事例をお話しすると、「大変興味深く聞かせていただきましたが、ウチの業界ではなかなかそうもいかないと思います」といったコメントをよくいただきますし、それならと、同じ業界の成功事例をお話しすると、「とても面白い話でしたが、ウチのエリアはエリア特性が異なるので、なかなか同じようにはいかないでしょうね」といったコメントをいただきます。

業種や業界、あるいは規模の大小に関わらず、様々な企業のコンサルティングに携わってきた経験から言うと、「特別な業界もなければ、特別なエリアもない」という言い方もできますし、「あらゆる企業は特別な環境にいる」という言い方もできます。

もしも本当に特別だと思っているのであれば、それを踏まえた上でどうすべきかを考えるだけの話です。

特別という前提を置くことで、「だから難しい」と思考が停止してしまうような状況に陥ってしまうのは、非常にもったいない気がします。

○……確信が持てるか、ではなく、ゴールイメージを描けるかどうか

ただ、「ウチは特別」といった表現の裏には、自らが取り組むことになるのであれば、やはり確信を持ってやりたいという気持ちがあるのでしょう。

つまり、5Sも同様だと思いますが、何か新しい取り組みを自らが率先して行なうには、成功に導けるという確信がなければ、なかなか1歩を踏み出せないのだと思います。

しかし、よく考えてみてください。

ビジネスに携わっている皆さんであれば、体験的に理解していることだと思いますが、本来「100%成功する」話など、1つもないと言っても過言ではありません。確信を持てないまま進めている仕事など実はたくさんあります。

だとすると、「確信を持てないとできない仕事」と「確信を持てなくてもできる仕事」というものが存在するわけですが、この違いは何かと問われれば、確信を持てなくてもできる仕事は、「もしこの仕事が成功すればこうなる」という取り組んだあとのイメージができているものだと思うのです。

よって、5Sにおいても、リーダーが率先垂範のスタンスを示すことができるかどうかは、「成功すればこうなる」というゴールイメージを描けるか否かにかかってきます。

日本電産グループが永守社長ならずとも自信を持って推進できるのは、自社はもちろん、数多くの成功体験から得られた明確なゴールイメージがあるからだと言えるでしょう。

何のための5Sかを明確にする

○……ゴールイメージをつかむための情報収集をしよう

これから5Sに取り組んでみようと考えている皆さんの場合は、当然成功体験がないわけですから、成功体験に頼らずにゴールイメージを描いていくことが必要になります。

そのためには、ゴールイメージを描くに足る情報を収集する以外に方法はありません。

経営コンサルタントの中には、対象業種を絞り込んでコンサルティングサービスを提供しているコンサルタントもたくさんいますが、彼らがそのポジションを獲得するために意識していることとして、「100軒行脚」という言葉があります。

業界の中でも特にベンチマークすべき企業を100軒も訪問すれば、成功のポイントが見えてきて、同じ業界のクライアントに対してコンサルティングする際のゴールイメージ醸成に極めて役立つのです。

そういう意味で、すでに5Sに取り組んでいて、しかも成功している企業を実際に見にいくことが情報収集としてはもっとも効果的な手段になるでしょう。

100軒も見にいくなんてとても無理だ、と思われるかもしれませんが、仮に見にいくことはできなくても、もはやたくさんの情報が溢れているわけですから、意識さえすれば知っておくべき質のよい情報を手に入れることは十分可能です。

100軒行脚は、量をこなさなければ質は上がらないという意味で100軒という数字になっているだけの話であり、その数字にこだわるよりも、まずは1つ、「この会社はよい」「この会社はすごい」という事例を、とことん掘り下げて自分のものにするといったイメージでもかまいません。

いずれにしろ、ここでの目的は、5S活動を推進しようと思った自分自身の気持ちが途中で折れてしまわないように、ゴールイメージを自らの腹に落とすことですから。

○……「日本一の知恵工場」タニサケ

ここで、タニサケという会社を紹介しましょう。

岐阜県池田町にある殺虫剤の「ゴキブリキャップ」等が主力製品の薬剤会社で、年間売上高は約8億円、従業員数は30名強のいわゆる中小企業です。

数年前、取締役会長の松岡浩氏の講演を聞く機会があり、とても素晴らしい会社だと注目していました。

日本HR協会(改善活動を推進している協会)発行の月刊誌「創意とくふう」(2012年11月号)に掲載された「改善・提案活動実績調査レポート」によると、タニサケの社員1人当たりの年間報奨金の合計が16万2154円で全国1位を11年連続獲得、1人当たりの改善・提案件数は126.7件で全国2位と、まさに「日本一の知恵工場」を自負するに値する会社なのです。

この改善・提案活動が、タニサケの売上高対経常利益率20%以上という高い収益力のベースにもなっていると考えるのは当然でしょう。

噂を耳にした全国各地の経営者から「従業員が積極的に改善提案するノウハウを知りたい」という要望があったというのも決して不思議な話ではありません。

そういった数多くの声に応えるために、松岡会長が1995年に始めたのが「タニサケ塾」です。

この「タニサケ塾」、2013年2月にはついに開催200回目を数え、延べ参加者数は約3600人に達しているそうです。

驚かされるのは、この「タニサケ塾」は決して自社の利益のために実施されているわけではない、ということです。

「タニサケのいいところを真似ることで、日本中の中小企業にぜひ元気になってもらいたい」という松岡会長の言わば純粋な思いで開催されているこの体験研修会に参加する費用は、2日間の食費と宿泊費の1万6000円のみ、つまり研修自体は無料なのです。

たとえ無料とはいえ、場所はタニサケ本社のある岐阜県の池田町です。そんな場所で毎月、定員がいっぱいになる研修とはどんな研修なのでしょう。

○……掃除を通して従業員への感謝の心を伝える

初日は、山登り、参拝、宿舎での健康教室等が行なわれ、これらを松岡会長1人で担当します。

2日目は、タニサケの社員も研修生を指導する立場で加わり、掃除実習として、ゴミ箱、トイレ、自動車、フォークリフトを1時間以上かけて掃除したあと、工場見学、松岡会長の講話といった流れで行なわれます。

「従業員が積極的に改善提案する会社の秘訣を知りたい」というニーズに応える研修なのですが、メインは掃除実習です。

松岡会長は、「経営者が自ら掃除することで心を磨く」という信念の持ち主で、自らも「従業員が朝から気持ちよく働けるように」と、1番早く出社してゴミ箱洗いとトイレ掃除を毎日、17年もの間継続してきたそうです。

私が聞かせていただいた講演の際にも、教育学者である森信三氏が残した職場再建の3原則「時を守り、場を清め、礼を正す」について話されていました。

この3原則の根底にある、他人を思いやる気持ちとそれを体現する行動こそが大切だと、松岡会長は考えているのだと思います。

言わずもがなですが、ゴミ箱洗いとトイレ掃除とはいえ、17年もの間、毎朝続けるというのは並大抵のことではありません。当然、従業員の皆さんに対する感謝の気持ちは十分伝わったことでしょう。

だからこそ、現在は従業員の有志の方々がそれを引き継いでやっているようです。

研修プログラムの掃除実習に関しても、掃除を徹底してやるということはどういうことなのかという、掃除そのもののレベルの高さを学ぶことは当然あるでしょう。

しかし、それよりも大切なのは、そもそも何のために掃除するのか(=掃除を通じて自らの心を磨くことこそが大切)ということです。

2日間の研修を通じて、単なるノウハウだけではなく、そのノウハウにどう命を吹き込んでいかなければならないのかという、まさに本質に当たる部分を体感し、納得できるからこそ、「タニサケ塾を続けてもらいたい」という声があとを絶たないのでしょう。

参加された研修生の皆さんは、「ノウハウよりもノウハウを生かす本質の部分こそが大切だ」という理解をしているはずです。たとえ参加したことのない方でも、じっくり考えていただきたいポイントです。

○……従業員のモチベーションが続く細かなしかけ

タニサケでは、従業員が提出する改善案全てに「知恵手当」を支給していますし、採用された改善案にはその内容に応じた報奨金が支給されます。

しかしながら、ほかの会社がその仕組みを導入したからといって、タニサケと同様に30名強の従業員から年間2500~3000件もの改善提案、中には1人で400件以上の改善提案が出てくるまでに活性化するかというと、それはかなり高いハードルでしょう。

タニサケには改善提案のほかにも様々なしかけがあります。その1つが「ありがとうカード」です。

従業員同士の間で、何か親切にしてもらったことがあれば、感謝の気持ちを「ありがとうカード」に託すという制度で、月に100枚以上が投函されます。

「ありがとうカード」1枚に対して、褒めた人、褒められた人、双方に私製図書券が渡されることになっており、従業員のモチベーション向上に大いに寄与しているようです。

しかし、極めて簡単そうに見えるこの「ありがとうカード」にしても、タニサケのように活性化している状態を維持するのは簡単なことではありません。

やはり学ばなければならないのは、「なぜタニサケではこれらが生きた制度として実践されているのか」という部分であり、それが松岡会長のこだわりを理解するということだと思います。

  • 「自己中心ではなく他者中心」
  • 「徳は自己犠牲に比例する」
  • 「よりよく生きるために、薄紙を1枚1枚積み重ねる」
  • 「社長は苦労を生きがいに」
  • 「不遇なとき愚痴を出すのか、それとも知恵を出すのか」
  • 「常に創意工夫」
  • 「やらされる仕事からやる仕事に」
  • 「仕事が楽しみなら人生は極楽、仕事が義務なら人生は地獄」
  • 「つくる製品はできるだけ安く、そのために全従業員に知恵を借りるし、出てきた知恵には全て耳を傾ける」

これらは、講演の際に話されていたキーワードです。

松岡会長は、従業員がいきいきと楽しく働ける社風づくりこそが何よりも大切だと考えており、そのために必要な考え方を常日頃伝えるとともに自らも実践しているのです。

タニサケの場合、決して大上段に5Sと言っているわけではありませんが、結果的には5Sを徹底できている状態をつくり上げています。

そう考えると、やはり大切なのは「5Sのやり方」ではなく、「何のために5Sに取り組むのか」というところになるのではないでしょうか。

従業員満足を第一に考える

○……5Sの実行度合いを高めるサービス・プロフィット・チェーン

サービス・プロフィット・チェーンという言葉をご存知でしょうか。ハーバード・ビジネススクールのジェームス・L・ヘスケット教授が中心になって提唱したモデルで、図で示すと次のようになります。

内容は、ごく簡単に言うと「従業員満足を高めることが顧客満足の向上につながり、顧客満足の向上が業績向上につながり、その利益を還元することが従業員満足につながる」ということです。

なぜあえてここでサービス・プロフィット・チェーンを取り上げるかというと、5Sを徹底して儲かっている会社には、この理屈が見事に当てはまっているケースが多いからです。

事例として紹介した日本電産にしてもタニサケにしても、従業員がイヤイヤ5Sに取り組んでいる、あるいは無理矢理やらされている、ということではありませんでした。

日本電産の事例に出てきた三協精機は、買収された側の会社という状況だから現実的にはやらされているのでは、と思う方もいるかもしれません。

しかし、実行の現場はあくまでも三協精機の従業員によるものであり、日本電産の監視員はあるべき姿を示し、点数をつけているに過ぎません。

そもそも、もしもやらされ感が充満しているのだとしたら、短期のV字回復といった業績面のパフォーマンスにまでつながるはずもないでしょう。

面従腹背という言葉があるように、表面上は上からの指示に従っているように取り繕っているだけで、裏では実行が疎かになっているようであれば、当然成果は出てきません。

「これは必要不可欠な活動だ」と現場の従業員が理解し、「自分たちもやればできるはずだ」という納得感があるからこそ、行動の質が上がり、成果につながるわけです。そう考えると、実行している現場は恐らく高いモチベーションで取り組んでいたはずなのです。

○……安心して働ける、という満足もある

とは言いながらも、当時の三協精機の経営環境において、「従業員満足」が実現できるのかという疑問は拭えないかもしれません。

それでは、次のように考えてみるとどうでしょう。そもそも、満足というのは期待を上回ったときに得られるものですね。当時の三協精機は、決して経営も芳しい状態ではなく、実際、リストラもやむなしといった空気感だったようです。

ところが、資本参加してきた日本電産は、「従業員削減には手をつけず、給料の減額も行なわない」という方針を真っ先に示しました。

「いったいこの先どうなるんだろう」という不安な状態から解放されたことによってもたらされた安心感は、大変大きなものだったのではないかと推察されます。

このことが、これから改革をスタートしようという従業員のいったんの満足につながったのではないかという見方も決して誤りではないように思います。タニサケもしかりです。

松岡会長は、「従業員がいきいきと楽しく働ける職場づくりこそが大切」と言われていますが、まさにそれを実践している状況が体感できるプログラムだからこそ、「タニサケ塾」にこられた方々は元気をもらえるのです。

インターンシップ制度で、タニサケの仕事を体験した地域の高校生からも、「こんな職場で働きたい」、「自分が働く会社をこんな職場にしたい」といった声がたくさん届くそうです。やはり、従業員満足が不可欠な要素になっているということだと思います。

○……「社員を幸せにする会社」伊那食品工業

もう1つ、従業員満足の大切さを理解してもらえる事例を紹介しましょう。長野県伊那市に伊那食品工業という会社があります。

すでに数多くのメディアにも取り上げられていますし、代表取締役会長の塚越寛氏がご自身の経営の考え方をいくつかの著書にまとめられていますので、ご存知の方もいらっしゃると思います。

伊那食品工業は、寒天に特化している食品メーカーで、年商は約174億円(2011年度)ですが、なんと創業から48年間連続増収を続けた会社です。

バブル崩壊以降、失われた20年などと言われているように、多くの企業にとって売上を成長軌道に乗せることが困難になっている環境下において、着実に成長を実現させてきたわけで、その経営手法は大いに気になるところでもあります。

この伊那食品工業を引っ張ってきた塚越会長が経営理念として大切にしている考え方の1つに“年輪経営”があります。

1つひとつに年輪が刻まれている樹木は、成長が早ければ早い(つまり急成長する)ほど弱く、台風などですぐに折れてしまうそうです。

一方、着実な成長で年輪を重ねている樹木は、ちょっとやそっとのことでは折れることなく圧倒的に強い、つまり会社も着実な成長を通じてこそ強くなるということで、“年輪経営”を掲げているのです。

塚越会長は言います。

  • 「会社というのは本来働く人を幸せにするためにできたもの」
  • 「そのためにも会社は永続しなければならない」
  • 「会社をよくすることが成長であり、売上は1つの条件に過ぎない」
  • 「利益は大事だが、社員を犠牲にした利益はダメ」

つまり、永続する強い会社こそが社員を幸せにできるという考えが、“年輪経営”という言葉に込められているのだと思います。

○……身の丈に合った会社経営

それは、「売り過ぎない」、「つくり過ぎない」という方針にも表れています。1981年頃、人気が出てきたカップゼリーを売らせてもらいたいという大手スーパーからの依頼がありました。

幹部が「これで売上を大きく伸ばせる」と喜んでいるのを傍目に見ながら、塚越会長が下した決断は、「身の丈に合わないから断る」というものでした。

無理な増産は品質面で消費者に迷惑をかけるかもしれないし、営業体制も整っていない状況では社内の混乱を招く可能性が高いという理由からです。

現在でも、伊那食品工業の商品を買いたい消費者は、全国8ヵ所の直営店か通信販売で購入するしかありません。かといって、決して地味にやっているわけではありません。

伊那食品工業の本社は、公園化された東京ドーム2個分の敷地内にあり、そのガーデンでは、お土産ショップやレストランを展開しています。

入場料はもとより、中にある美術館も無料、天然水は汲み放題というガーデンには、年間35万人もの観光客が訪れ、もちろん多くの方が伊那食品工業の商品を買っていくのです。

「着々と確実に」というのが“年輪経営”の考え方ではありますが、だから挑戦しない、というわけではありません。

前年踏襲はダメ、あらゆる仕事は開発型でやることが必要、という塚越会長の言葉にも、挑戦しようという姿勢が表れています。

○……この会社のために、と思えるかどうか

さて、ご紹介したガーデン内の本社ですが、毎日、始業の50分前には従業員が出社して掃除を始めます。しかも、当番制のような決まりごとはなく、全て従業員が自主的に行なっているのです。

「ガーデンにこられるお客さまに綺麗だと思ってもらいたい」という個々の従業員の思いで掃除されているガーデンは、文字通りゴミ一つ落ちていません。ある従業員は、自らトイレ掃除に精を出しています。

トイレが汚いだけで、お客さまに「なんだ、こんなところか」などと思われたりしたら悔しいと、素手で磨き上げているのです。伊那食品工業の事例を取り上げたのは、この自主的な掃除が1番の理由です。

なぜ、このような状況を生み出せるのかを考えてみましょう。

塚越会長の“年輪経営”は、会社は永続すべきものという考え方のもとに掲げられていますが、永続することも社員が幸せになるための手段だと言い切っています。

成長という言葉の定義も、社員が「以前よりも今のほうが幸せ」だと思えることこそが、すなわち会社が成長したということだとされています。

つまり、経営における最大の目的は、社員が幸せになることなのです。そして、その目的に通じると考えられる、あらゆる取り組みを実行しています。

もはやほとんどの日本企業が諦めてしまった年功序列賃金制度、終身雇用制度が伊那食品工業には残っており、社員は給料が下がったり、リストラにあったりという不安とは無縁の生活をしています。

地方という土地柄もあるのかもしれませんが、400名以上いる社員のうち、持ち家比率が80%を超えていることが、会社への信頼を裏づけているとも考えられるでしょう。

そのほかにも、定年後の社員を再雇用する農園、暮らしを支える補助手当(駐車場に屋根を取りつける費用、スタッドレスタイヤ手当等)、毎年の社員旅行、おやつ休憩(2回/1日)、おやつ手当(500円/月)等々、様々な取り組みをしています。

まさに一貫した経営姿勢が着実な成長につながり、それが会社に対する社員のロイヤリティ(=忠誠心)につながっているのです。

だからこそ、「この会社のために何かできることをやりたい」という率直な思いを抱く社員が数多く存在し、それが自主的な掃除の背景にあるのだろうと思います。

○……利益は残りものに過ぎない

最後に、特に印象的だった塚越会長の言葉を紹介しましょう。

言葉遣いが少々悪くなってしまいますが、非常にわかりやすい説明なので、そのまま引用させていただきますね。塚越会長は、「利益はうんこ」だと言います。

たとえば、人間は健康に生きていくために食べるのであって、うんこを出すために食べるわけではありませんね。

塚越会長の経営においても、会社を永続させるためには稼いだお金を栄養として隅々にまでいき渡らせなければならないということです。

1番は社員のモチベーションで、社員が十分に満足できるような給料を払わないといけないと考えています。

もちろん、働く職場も快適にしなければいけません。また、メーカーとして研究開発にも資源を投入しなければなりません。まずはそれらにお金をいき渡らせた上で残ったものが利益、だからうんこだと言うわけです。

聞いてみると当たり前だと思うことですが、その当たり前を腹に落とすことがなかなか難しいというのが実際のところです。

しかしながら、伊那食品工業という会社をこのような形に成長させてきた経営者の言葉だと思うと、やはり当たり前に挑戦することが大切だと思わずにはいられません。

レベルの高い基本ができる集団をつくる

○……“当たり前”ができる組織は強い

「まずは基本を徹底する」「当たり前のことを当たり前にやれる会社になる」これは多くの経営者、あるいはリーダーの方々と話すと、よく出てくる言葉です。

ビジネスとは、ある意味において勝負事ですから、スポーツなどと同様に、基本を徹底すること、徹底できることの重要性を肌感覚でわかっているからこそ、そういった言葉が出てくるのだと思います。ここで少し、スポーツに置き換えて考えてみましょう。

スポーツにおいて、強いチームを評して、「あのチームは基本が徹底されているから強い」といったコメントをする人は多いですね。

トップクラスのチームであればあるほど、基本が徹底されているということです。

では、「基本が徹底されている」とはどういうことでしょうか。たとえば、野球の基本の1つにキャッチボールがありますが、「強いチームはキャッチボールが徹底されている」とは言わないでしょう。それは少し意味が違うと思いますよね。

サッカーの基本と言えば、その1つにインサイドキックという蹴り方がありますが、これも「強いチームはインサイドキックがすごい」と聞くと、やはり意味が違うということになるでしょう。

つまり、ここで言っている基本は、一般的な「基本」とはやや違った意味があるということになります。

「基本が徹底されているから強い」と言われて、私たちは「その通り」と思いながらも、基本という言葉の定義に関しては実はあまり深く考えていないのではないでしょうか。

一般的な「基本」と異なる解釈とは何なのか、大変興味深いところです。

○……本当の「基本」とは何か

では、「基本が徹底されているチームは強い」の基本とは、いったい何なのか。

恐らく、野球にしてもサッカーにしても、考え方としては一般的に言われているようなこと(基本)にも関わらず、多くのチームがなかなか実践できていないことを、当たり前のこととして実践できるチームに対して、「基本が徹底されているから強い」という表現をしているのだと思います。

たとえば、野球の守備であれば、イニングの前半後半、その時点の得点差、1アウト1、3塁といった状況によって、次の打者でどう打ち取るのかという狙いが変わり、その狙いに応じて取るべき守備位置も変わります。

そして、そこからのボールカウント、さらには飛んだ打球の方向によって、守備陣は「いかに失点を抑えるか」、「いかに進塁を防ぐか」といった視点で、最適な動きを選択しなければなりません。

プレーボールがかかる前までは、ベンチから指示を出すことはできますが、プレーが始まってからは、9人の守備陣が瞬時に状況判断をして動くことが求められる、つまり個々人の判断に委ねられます。

その個々人の状況判断のレベルが高ければ高いほど、不用意な失点や進塁を防ぐことができ、結果として勝率が高まる。つまり、強いチームという評価を得られるということです。

野球の場合、私たちが普段目にしているのはプロ野球、あるいは高校野球の全国大会と、そもそも「基本が徹底されているから強い」チーム同士の戦いであり、どちらが勝っても不思議ではないというレベルの試合ですから、その差を見極めるのは困難だとも言えます。

しかしながら、たとえそうだとしても、勝敗を決定づける場面というのはえてして、あのプレー、あの1球、というピンポイントのシーンです。

つまり、より高いレベルでの“基本”の差が勝敗を分けるということになります。

そして、その勝敗の分け目におけるプレーの質を決定づけるのは、日々の練習の積み重ねでしかありません。

すでに一昔前の話になってしまいますが、ヤクルトスワローズの黄金期を引っ張ってきた野村前監督の野球は、「ID野球」と呼ばれていました。

膨大なデータを駆使しながら、攻め方、守り方を決定していく野球ということですが、それを実践するのはもちろん選手です。

場面、状況に応じて、考えるべきことは何かを、野村前監督は、日々の練習の中で常に選手に問いかけ、もちろん試合の途中でもそれをやり続け、まさに積み重ねの中で高いレベルの基本をチームに植えつけていったのです。

○……基本を極めることで好循環が生まれる

さて、ここまで事例として取り上げてきた日本電産、タニサケ、伊那食品工業。

日本電産の永守社長の著書『【新装版】奇跡の人材育成法』(永守重信著、PHP研究所、2008年)には、「わが社のような零細企業には、一流の人間などやってくるわけがない」と書かれていますが、それはタニサケにしても伊那食品工業にしても恐らく同様の話でしょう。

誤解のないように補足しますが、この3社に特別集まらないということを言いたいのではなく、日本全国に存在するほとんどの会社がやはり同じような状況だろうという意味です。

3社に通じているのは、基本中の基本を着実に教え込んでいくことで、当たり前にできることを積み重ねていきながら、結果として「(高いレベルの)基本を徹底できる組織」をつくり上げていることです。

その状態にある組織では、基本中の基本である5Sの実行でさえも、一般的企業がやるレベルとは異なる高い次元で実行されており、それが売上、利益に直結するような行動においてまで好影響を及ぼすような流れができ上がっているわけです。

「基本が徹底されているから強い」

基本中の基本を「当たり前にできる」組織こそが、「当たり前にできる」ことを増やしていくことができ、結果として強い組織にしかできないレベルのことさえも基本として徹底できるようになるのです。

だからこそ、「5Sを徹底できる会社はすべからく儲かる」、ということです。

文中でも触れていますので、十分理解していただいているとは思いますが、この“当たり前”には次のことも当然入っています。

「上がやらなければ、下がやるわけがない」かの山本五十六氏の残した名言にも、「やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は動かじ」がありますね。

多くの経営者も大切にされている言葉だと聞きます。やはりまず「やってみせる」ことが人を動かす本質だということなのでしょう。

上がやり下もやる、つまり組織が一体となってやる、組織が一体となってやることが当たり前にできる、そんな会社は誰がどう見ても当然強いはずです。

だからこそ、「5Sを徹底できる会社はすべからく儲かる」。そう言い切っても決して間違いはないのではないでしょうか。

第3章「無理なく5Sが進むしくみ」のポイント

  • トップが実践することによって、下の人たちに強いメッセージが伝わる。ぜひ率先垂範を
  • ビジネスに「特別」はない。「確信できる仕事」もない。全ては目標に向かって勝てるイメージができているかどうか
  • ゴールイメージの醸成には、実際に成功しているところを見学するのが1番。見学が無理でも、情報はいくらでも入手できる
  • 従業員が気持ちよく5Sができる、ひいては仕事ができる環境を整えるのは経営者の役目
  • やらされ感から5Sに取り組んでも効果は出ない。自ら進んで5Sをやってもらうには、従業員満足が大きなポイント
  • 社員1人ひとりの満足があって初めて利益はついてくるもの
  • 「基本」を極めていけば、より高いレベルのことも「当たり前に」こなすことができるようになる。それは、日々の小さな1歩の積み重ねの成果
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