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Part2マネジメントの方法

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Part2マネジメントの方法

20マネジメントの必要性

マネジメントは企業の基礎資源である。完全にオートメーション化された工場には、一般従業員がほとんどいないことがある。

その場合も、マネジメントはいる。マネジメントがいかにマネジメントし、またマネジメントされるかによって、組織の目的が達成されるか否かが決まる。

組織のなかの人や仕事が、うまくマネジメントされるか否かが決まる。

フォードの場合

一九〇五年に無からスタートしたヘンリー・フォードは、わずか一五年後、世界で最大かつ最強のメーカーをつくりあげた。フォード社は、一九二〇年代の初め、アメリカの自動車市場をほぼ独占的に支配し、世界中でリーダーの地位を占めた。

その利益から一〇億ドルを積み立てた。だがわずか数年後の一九二七年には、この難攻不落の帝国に斜陽が訪れた。リーダーとしての地位を失い、市場第三位に甘んじ、実に二〇年間にわたって積み立ててきた留保を食いつぶしていった。

第二次大戦中も低迷を続けた。一九四四年、経験も訓練もない弱冠二六歳のヘンリー・フォード二世が同社を継いだ。二年後、彼は祖父の取り巻きを追放し、新しいマネジメント・チームを導入して会社を救った。

ヘンリー・フォードは、マネジメントを不要としたために失敗した。オーナー兼起業家とその助手で十分と信じていた。だが、マネジメント・チームを不要とする考えは、フォードだけのものではなかった。

シーメンスの場合

ヴェルナー・フォン・シーメンスは、ヘンリー・フォードとはほとんど正反対の性格だった。思いやりにあふれた人だった。その彼も、マネジメント・チームはつくらず、助手と補佐しか持たなかった。

シーメンス社は一八七〇年代後半まで目ざましく成長したが、やがて方向性を失い、マネジメント不能となった。ついには無管理状態に陥った。同社は、フォード社のような莫大な社内留保を持たなかった。

シーメンスが亡くなって五年後の一八九七年には、資本市場に助けを求めることを余儀なくされ、ヴェルナーの従弟でドイツ銀行の頭取だったゲオルグ・シーメンスが、創立者の相続人たちに迫って、マネジメントのための組織とマネジメントの導入を認めさせた。同社は数年で活力を取り戻した。

三菱の場合

三菱の創立者、岩崎弥太郎もまた、ヘンリー・フォードやヴェルナー・フォン・シーメンスとは違う性格の人だった。第一級の人物を惹きつけ、育て、使いこなした。しかし彼も、フォードやシーメンスのようにマネジメントというものを信じなかった。

オーナー兼起業家だけが権限と責任を持つべきであるとした。彼にとっては、それこそが進歩的で西欧的な考え方だった。岩崎は明治維新直後の一八六八年、ほとんど一文なしの武士からスタートした。

一五年後には、三井、住友という一七世紀から続く産業勢力を抜いた。まさにそのときが、三菱にとって、フォードの一九二〇年代初頭に相当する時代だった。成長は鈍化し、衰退の兆しさえ見え始めた。

だが三菱にとって幸いだったことに、彼は一八八五年、五〇歳でこの世を去った。側近たちは、家憲を守り、岩崎家の当主にあらゆる権限を与えると誓っていた。

だが彼の死後、ただちに組織改革に取り組み、日本でもっとも強力にして、もっとも専門的、かつもっとも自立的なマネジメント・チームをつくりあげた。

岩崎家は最大の敬意をもって遇されたが、マネジメントからは外された。そのときから三菱の真の興隆と成長が始まった。

GMの場合

一九二〇年代の初め、ちょうどフォードが、マネジメントは不要であるとの信念の証明にとりかかったころ、GMの社長に任命されたばかりのアルフレッド・P・スローン・ジュニアが、フォードと逆の信念の証明にとりかかった。

当時、GMはフォード社の巨大な力によって押しつぶされ、業界二位の座を保つのがやっとだった。そもそもフォード社との競争に負け、売りに出ていたいくつかの小さな自動車会社が資金繰りのために合併してできた会社が、GMだった。

フォードに勝てる車種は一つもなく、代理店組織もなく、資金力もなかった。しかも当時のGMは、合併前の旧オーナーたちに、いわば完全な自治を許していた。

自らの事業部を私有地内のこととして、それぞれ自己流のやり方で勝手にマネジメントしていた。スローンは、GMの事業が何であり、組織構造はいかなるものでなければならないかを考え、規律のない封建領主たちを一つのトップマネジメント・チームに組織した。

かくしてGMは、五年後にはアメリカの自動車産業においてトップの座を占めるにいたり、爾来その地位を失っていない。

質の変化

ヘンリー・フォードが運営した企業とスローンが設計した企業は、堅い丈夫な皮膚で支えられた昆虫と、骨格で支えられた脊椎動物にたとえることができる。

イギリスの生物学者ダーシー・フィッシャーは、堅い皮膚で支えられた生物は、ある一定の大きさと複雑さ以上には成長できないことを明らかにした。

陸上生物がそれ以上成長するためには、骨格を必要とする。しかるに、皮膚が骨格に進化することはない。両者は発生源の異なる異質の器官である。

同じように、企業もある一定の規模と複雑さに達するや、マネジメントを必要とする。マネジメント・チームという骨格が、オーナー兼起業家という皮膚と交替する。それは皮膚が進化したものではない。

完全な交替である。複数の人間が協力して、意志を疎通させつつ多様な課題を同時に遂行する必要が出てきたとき、組織はマネジメントを必要とする。マネジメントを欠くとき、組織は管理不能となり、計画は実行に移されなくなる。

最悪の場合、計画の各部分が、それぞれ勝手なときに、勝手な速度で、勝手な目的と目標のもとに遂行されるようになる。ボスに気に入られることのほうが、成果をあげることよりも重要になる。

たとえ製品が優れ、従業員が有能かつ献身的であっても、また、ボスがいかに偉大な力と魅力を持っていても、組織は、マネジメントという骨格を持つように変身しないかぎり、失敗を重ね、停滞し、坂を下りはじめる。

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