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PART4受けとり上手になる

目次

CHAPTER9断り上手は受けとり上手

元海兵隊員のマーティンは、除隊後すぐに石油会社に就職し、海底油田を採掘する技術を磨くことに努めた。

いまでは、石油を掘らせたら自分の右に出る者はいないと自負している。

長いシフトを終えたマーティンは、自室に戻って記入途中の成長計画書を取りだす。

提出期限は過ぎていた。

今夜中に岸にあるオフィスに送らないと、オフィスからの催促がさらに厳しくなる。

設問23b:翌年に達成したい個人的な目標を列挙してください。

また、達成に向けた進捗が確認できるベンチマークも含めてください。

マーティンは唸った。

この業界で31年も働いているのに、まだ新しい目標を立てないといけないのか?そして、笑みを浮かべながらこう書いた。

「来年も、安全かつ生産的に職務をまっとうすることです。

それから、自分の目標について放っておいてもらえるようになることです」これならベンチマークは不要だ。

境界を見きわめる

■境界を見きわめる

ここまで、フィードバックをうまく受けとる方法について論じてきた。

相手の言葉に耳を傾けて、その意味をきちんと理解したうえで受けいれるかどうかを決める方法だ。

だがそうすると、こんな疑問が浮かんでくる。

もらったフィードバックを却下することとは別に、くれようとする相手に向かって「聞きたくない」と言っていいものか?答えはイエスだ。

というよりも、もらうフィードバックに制限を設けられるようになることが、あなた自身のためであり、健全な人間関係の維持に不可欠である。

ノーと言えるようになることは、フィードバックを受けとる力と無関係ではない。

むしろ大ありだ。

ノーと言えなければ、自分の意思で自由にイエスと言えない。

自分の決断が周囲に影響を及ぼすと、そのせいで自分に不本意な結果が生まれることはよくある。

だがそれは結局、自分で招いたことになる。

人は、自分の責任で間違いをし、自分自身の学習曲線を見つけないといけない。

そのためには、批判をシャットアウトして、自分はどういう人間で、どのように成長したいかを自分自身で考える時間が必要になることがあるのだ。

作家のアン・ラモットはこう語る。

私たち人間は、感情のための土地を持って生まれてくる。

あなたにはあなたの、大嫌いなフィル叔父さんには叔父さんの、私には私の土地がある。

誰かを傷つけない限り、その土地は自由に使ってかまわない。

果物の木や花を植えてもいいし、アルファベット順に野菜を育ててもいいし、何も植えなくてもいい。

フリーマーケット会場のようにしたい、自動車解体工場のようにしたいと思えば、自分で作ればいい。

ただし、その土地は柵で囲まれていて、入り口には門がある。

もし、誰かが自分の土地にやってきて、泥を持ち込んだり、その人が正しいと思う使い道に変えたりすれば、あなたには出ていってくれと頼む権利がある。

そう言われた相手は出ていかざるをえない。

なぜなら、そこはあなたの土地だからだ★1。

このチャプターでは、ラモットの言うところの感情の土地、柵、門について見ていきながら、フィードバックをくれる人に踏み込ませない方法と、そうする必要がある理由を説明しよう。

境界線は3段階で引く

■境界線は3段階で引くフィードバックを拒否したければ、要らないと言う、その場から立ち去る、何も言わない、といったことをするだけでいいと思うかもしれない。

しかし、「フィードバックを提示されたら、それを拒めばおしまい」とはいかないときがある。

ノーと言っても、欲しくないフィードバックはやってくる。

それはうっとうしいだけでなく、自分を傷つける。

こういうときは、相手との境界線を明確に示すといい。

示し方には3段階あるので、それらを順に紹介しよう。

1.言われたとおりにはしないかもしれないこれはいちばん緩い境界線だ。

「もらったフィードバックに耳を傾け、検討はする。

でも、それを受けいれるとは限らない」という意思表示をするのだ。

未来の義母に、結婚式で利用する生花店についてアドバイスをもらったとしよう。

そして、義母のアドバイスとは違う店に決めると、義母は文句を言いだす。

「私の意見がどうでもいいなら、どうしてわざわざアドバイスなんて求めるの?」フィードバックのやりとりは、与える側と受けとる側のダンスだ。

与える側のリードに従わないと、受けとる側が相手の足を踏んでしまうことがある。

こういうやりとりは、厄介なことになる可能性がある。

アドバイスをくれる人のなかには、自分のアドバイスが採用されなかったら、自分自身が拒絶されたと思う人がいるからだ。

受けとる側にそのつもりがなくても関係ない。

だから、もらったアドバイスどおりにしない可能性があるとわかっているときは、アドバイスを求めるときにその旨を伝えれば、嫌な思いをせずにすむ。

義母に生花店のアドバイスを求めるときに、「どの店を選べばいいでしょうか?」という聞き方ではダメだ。

もっと正確に、「いくつかの生花店が候補にあがっているのですが、候補に加えたほうがいい店をどこかご存じですか?」という言い方をするべきである。

また、提案と命令の線引きも難しい。

命令ではないと思って言われたとおりにしなかったら、困った事態が生じることがある。

病院の勤務シフトに遅れないように言われても、それを無視して遅刻を繰り返すことはできる。

しかし、それが理由で、上司からクビを言い渡されるかもしれない。

提案と命令のどちらかわからないときは、相手にはっきりと尋ねたほうがいい。

また、もらったフィードバックに従わないと決めたときは、その理由を丁寧に説明すること。

従わない理由を相手が理解していると勝手に思い込んではいけない。

2.その話題に関することは聞きたくない次の段階の境界線では、フィードバックを受けいれる権利だけでなく、話題そのものを遮る権利も確立する。

要するに「その話題に関することなら聞きたくない。

いまはやめてほしい(今後も聞くつもりはない)」と相手に伝えるのだ。

妹から、タバコをやめたほうがいいと何年も言われ続けている。

実際にやめようとしたこともあるが、そのたびに失敗した。

先日、喫煙が一因とされる病気で叔父の余命があまりないと判明し、家族全員がタバコをやめろの大合唱に加わった。

彼らの言い分は理解できるが、いまはとにかくそっとしておいてほしい。

禁煙のことを持ちだされても、自分から言うことはとくに何もなく、それについてやりとりをする気力もない。

3.それ以上言うなら、今後のつきあい方を考える最後となる境界線は最も厳しい。

これは、相手に向かって、自分について思うことを口にするなら、ありのままの自分を認められないなら、いまの関係は続けられない(長期休暇のときは実家に帰るが、家族と一緒に過ごさない、といったつきあい方の変化も含む)と宣言するものだ。

親しい人から自分のことをとやかく言われるだけで、アイデンティティは傷つく。

■境界線を引くときの判断基準

境界線の始まりは、気持ちや思考の動揺だ。

「もうどうしていいかわからない」「自分は敗者だ」「このやり方ではダメだ」「そこまで言われるのか」「何をやってもうまくいかない」「自分にはどうすることもできない」といった思いを抱いたら、次はこんな疑問が生まれる。

「ここで境界線を引くべきだろうか?」。

しかし、心から自分のためを思っている(あるいは、自分のことを本気で心配している)人と、自分を叩こうとしている(あるいは、自分に害をなす)人との違いはどこにあるのだろう?正当な要求と、背後に別の問題が潜むフィードバックを明確に見分けることのできる公式はない。

境界線を引きたくなるフィードバックをくれたとしても、その人にあなたを傷つけるつもりやコントロールするつもりはないかもしれないし、もしかすると、あなたのことを心から気にかけているかもしれない。

理解が不十分なのかもしれないし、その人自身が何か問題を抱えているのかもしれない。

しかし、フィードバックが与える影響は何も変わらないので、自分を認める気持ちが徐々に蝕まれていく。

ここで、境界線を引くかどうかを決めるときに役立つ問いかけをいくつか紹介しよう。

□行動ではなく性格を攻撃していないか?性格を攻撃する人は、「それをされるとイライラする」「こうしたほうがいいんじゃないか」とは言わない。

「君のそういうところがおかしい」や、もっとひどいと、「だから一生成功しないんだよ」という言い方をする。

はっきりと言葉にされていてもいなくても、性格を攻撃する人からは、いまのままのあなたでは魅力がない、野心がない、力量が足りない、愛される価値がない、尊敬される資格がない、優しくされる資格がない、というメッセージが伝わってくる。

□しつこく繰り返してこないか?幹部研修の担当役員が、経営陣と打ち解けさせようとしてくるのだが、あなたにとっては、緊張と不安を煽る以外のなにものでもない。

そのことを担当役員に伝えたところ、これまでのやり方を控えるどころか、これまで以上に打ち解けさせようとしてきた。

自分のためにならないフィードバックは役に立たないだけだが、自分のためにならないフィードバックを執拗に与えられるのは害をなす。

やめてほしいと頼んでも指導や助言がとまらないときは、境界線を引いたほうがいい。

□言われたとおりにしても、必ず別のことを要求してこないか?世の中には、家や車やあなた自身など、何か(誰か)の直すべきところを絶えず探している人がいる。

彼らの本当の目的は、変えるべきところをフィードバックすることにあるかもしれない。

そういう人は、自分が上であなたは支配下にあるという上下関係をつくり、それに準じて支配しようとする。

他人を支配しようとする行為は、その人が抱えている不安から生まれることがある。

だから、恋人や配偶者の愛情を確かめたいと思わなくなれば、ふたりの関係は終わったとわかる。

上司が人前で自分を敬う態度を隠そうとしなければ、この上司は自分が尊敬するに値しない人だと思う。

相手をコントロールしたがる人は、そういうやり方しか知らないということも考えられる。

何が原因にせよ、変わることを次から次へと要求されれば、自分の力不足をつねに意識させられる状態になる。

□関係性を人質にされていないか?要はこういうことだ。

フィードバックを受けいれるかどうかは、もらったあなた自身が決めることだが、受けいれなかったら、くれた人のことを愛していない、尊敬していないという意味にとられてしまう、ということはないだろうか?そういう形でフィードバックをくれる人は、ささいなことを大きなことに結びつけることで、どんな小さなことも思いどおりにしようという魂胆なのだ。

この戦術にはまると、好きに決めていいと言われても、そうはできない。

自分がアドバイスした生花店を選ばなかったと知った義母が放った言葉には、こんなメッセージが含まれている。

「私が勧めた店を選ばなかったのだから、あなたが私との関係を壊したのよ」。

これがバカげているように思えるのは、本当にバカげているからだ。

とはいえ、そういうフィードバックをくれるからといって、あなたを思いどおりに操る意図があるとは限らない。

注意を向けさせたいがためにこの戦術をとる場合もある。

それは、不安や傷ついた気持ちを表現する術をほかに知らないからだ。

相手のそういう気持ちを思いやれば、関係性を人質にとらせずにすむだろう。

□警告か、脅迫か?警告と脅迫はどう違うか。

警告は、相手のためを思って起こりうることを説明しようとする行為だが(「夕食の時間に遅れたら、スパゲティが冷めちゃうでしょ」)、脅迫は、相手に恐怖を植えつけようとする行為である(「夕食の時間に遅れたら、スパゲティぶっかけるから」)。

警告の例をいくつかあげよう。

「人を管理するスキルが上がらないなら、このポジションからはずさざるをえない」「申告時にそれを公開しないなら、委員会に報告することになる」「今度酔っ払って帰ってきたら、私、出ていくから」警告と脅迫の違いは、内容の厳しさではない。

警告する理由が正当であるかどうかだ。

これで受けいれなければ後はない、という意味で送られる警告は最後通牒と呼ばれる。

これが送られるような状況は喜ばしくはない。

しかし、それを送ってくる人は、現実を正しく伝え、それを踏まえたうえで選択を下せるようにしてくれている。

脅迫も、「条件を満たさなければどうなるか」を提示するのは同じだが、警告とは動機が異なる。

脅迫の動機は、恐怖心や依存心を植えつけたい、自尊心や自信を損なわせたい、意のままに操りたいといったものだ。

そして、その目的を達成するための状況を用意する。

「言われたとおりにしなかったら、二度とこの業界で働けなくしてやる」「私がいなくなれば、あなたを愛する人は誰もいなくなるわよ」警告は、あなたが陥るかもしれない状況を心配する気持ちから生まれるものだが、脅迫は、あなたを確実に追い込みたい気持ちから生まれる。

□変わらないといけないのはいつも自分ではないか?困惑することが起こるときのパターンに気づくと、それまで問題ないと思っていたことが問題に思える。

ある人と衝突するときや、問題を解決する必要が生じたとき、その責任をすべて自分が担っていることはないだろうか?謝るのも、遅くまで残るのも、はみ出した予算の割を食うのも、いつも自分。

変わらないといけないのも、諦めないといけないのも、無理をしないといけないのもいつも自分だという人は、身動きのとれない状態になっているのかもしれない。

そういう役回りを強いられている人は、非難や一方的なフィードバックに甘んじるのをやめて、互いに責任を分け合い、現状を見直すための交渉を行ったほうがいい。

仕事の関係者であれ、恋人であれ、友人であれ、長きにわたって関係を続けるためには、その交渉が欠かせない。

□あなたの意見や気持ちが関係に組み込まれているか?これは当たり前と言えば当たり前だが、何よりも大事な基準だと思ってほしい。

どんな場面であっても、フィードバックをくれる人は、あなたの話に耳を傾け、あなたのものの見方や気持ちを理解しようとしているだろうか?そして理解したら、それを考慮に入れているだろうか?フィードバックがあなたに与える影響によっては、その内容を修正してもいいと思っているだろうか?あなたのテリトリーを尊重し、フィードバックの受けいれや拒絶をあなたの判断に任せてくれているだろうか?あなたの気持ちや意見を相手が尊重しないなら、それは大問題である。

■シャッターを下ろせ!

フィードバックをくれた人との関係性を気にして、もらったフィードバックをむげにできないと思う必要はない。

境界線を引きたくなる人の例を3パターンあげよう。

□つねに批判的な人つねに批判をする人は、つねに評価を与えようとする。

あなたを品定めし、つけた点数を逐一教えてくれる。

そういうことをするのは、父親、姉、親友、熱意あふれるコーチ、厳しい上司などに多い。

彼らはとにかく、あなたの役に立ちたがる。

そして、そのためにありとあらゆる巧妙な手段を講じる。

ハニーは、母親との会話に昔から悩まされている。

子どもの頃は、容赦なく間違いを正され、指導され、厳しく叱責される日々だった。

成人して家を出ると、母親はハニーの家に来ると必ず、クローゼットやキッチンをチェックし、ハニーの体型や服を批判するようになった。

ハニーに母親の愛情を疑う気持ちはない。

絶えず批判するのは、母なりの愛情表現だということはわかっている。

というよりも、批判でしか気持ちを表現できない人なのだ。

批判をしなかったら、母親は黙りこんでしまうだろう。

とはいえ、批判されれば、ハニーの気持ちは沈み、傷つく。

母親がその場にいないときですら、頭のなかで、自分を追い立て批判する声がこだまする。

母親がそうなるように仕向けたわけではないが、何かが変わらないと、母親の批判はいつまでも彼女のなかに残り続けるだろう。

つねに批判する人は職場にもいる。

優秀な投資アドバイザーのジェイクは、指導を担当する新人アナリストのブロディと築いた師弟関係を自慢に思っている。

ジェイクは決して妥協を許さないが、指導やアドバイスは惜しまない。

会社で重宝されている存在だ。

だが残念ながら、ブロディの目にはそうは映っていない。

ブロディは、何一つ正しくできないという気持ちになっている。

何か行動するたびに批判され、報告書を提出するたびに破り捨てられ、いくら努力をしても足りないと言われる。

打たれ強いタイプの彼が、いまでは会社に行くのを恐れている。

□愛憎を駆け引きする人心理学者は、人間が求めずにいられなくなる報酬を得るパターンを「間欠強化」と呼んでいる。

ゲームや賭けごとは、そのパターンを利用している典型だ。

どちらも、続けたいと思わせる程度は勝てるようになっている。

勝てば、もう一度勝ちたいと必死になり、負ければ、それ以上に必死になって勝とうとする。

そして、私たちが何よりも勝ち得たいと望むのは、愛情や承認だ。

ジャスミンは、承認がもらえると約束されては反故にされるという関係に陥っている。

すべてがダメになったと思った瞬間、承認の約束をちらつかされ、それがまた反故にされるということの繰り返しなのだ。

自分を傷つけるパートナー、コーチ、上司、家族から離れられない人がいるのは、この報酬のパターンが大きく関係している。

相手を憎みたくないが、憎む気持ちによって、相手を愛さないといけないという義務感が強くなるのだ。

これは、フィードバックを与える人、受けとる人の双方にとって不健全な力にとらわれている状態であり、とくに受けとる側が負う傷が大きい。

□相手を変えようとする人ヘンリーは、イザベラが自分に関心を示すたびにワクワクした。

たとえそれが小さな「提案」であっても、喜びは変わらない。

それらはすべて、彼女が自分を気にかけている証だ。

ヘンリーは彼女の言葉に愛情を感じ、自分がよい方向に変わることは二の次に思っていた。

しかし、事態は一変する。

最初のうちは、変えたほうがいいという彼女からの提案は、どれも妥当に思えた。

「外見のイメージを変えたほうがいい」と言われたときは、彼女が提案する服装や髪型に変えてもかまわないと思えた。

しかし、その後、イザベラのフィードバックはさまざまなことに及んだ。

もっと運動したほうがいい、漫画は読まないほうがいい、イザベラの友だちの前で情けない姿を見せないでほしい、何でも自分のこととして受けとめないほうがいい、野心を持ったほうがいい、彼女と同じ趣味にしたほうがいい、という具合だ。

ヘンリーは彼女の提案を受けいれようと努力した。

心から、彼女が望む男になりたかった。

しかし、時間がたつにつれ、不安な気持ちや嫌な気持ちが強くなり、そのことをイザベラに伝えた。

イザベラは、ヘンリーの成長に一役買いたいだけだと言い、フィードバックに過剰に反応するから嫌な気持ちになるのだと言った。

ヘンリーはほかの人から意見をもらおうと思い、友人のロロにイザベラとの関係について話すことにした。

ヘンリー:いや、彼女が正しいのかな、とも思うんだ。

僕が気にしすぎなのかもしれない。

彼女と真剣に交際したいなら、僕がもっと大人になる必要があるのかもしれない。

僕が本気で変わらないといけないのかもしれない。

僕が自分勝手なのかもしれないし、僕がある意味行き詰まっているのかもしれない。

ロロ:そうかもしれないな。

でも、君が幸せじゃないってことが僕は気になる。

イザベラに、彼女のアドバイスや批判をどう思っているかは伝えた?ヘンリー:ああ、何度か話したよ。

ロロ:それで、彼女の反応は?ヘンリー:本当に問題なのは、僕がフィードバックに過剰な反応をすることだって言われたよ。

ロロ:どれだけつらいか、正直に彼女に話した?ヘンリー:話したさ。

本当に押し潰されそうになっているって彼女に言ったよ。

ロロ:僕に言わせれば、それこそ問題だね。

話を聞いていると、イザベラは君を別人にしたがっているみたいだ。

それを別にしても、君は彼女と対等な関係だと思っていないんじゃないか?君に必要なのは、彼女とかかわらないようにすることだ。

ヘンリー:つまり、イザベラが批判しすぎるのか、僕が繊細すぎるのかはともかく、彼女が僕の気持ちを気にかけていないことが問題だと言いたいわけか。

ロロ:それがいちばんの問題だ。

ヘンリーは、イザベラを喜ばせることに夢中になりすぎて、自分の欲求や感情を彼女が気にとめていないことに気づかなかったのだ。

このことは、決して忘れてはいけない。

どんな成長を遂げる必要があっても、どれほどフィードバックが正しい(または正しくない)と思えても、フィードバックをくれる人があなたの話を聞こうとしない、または、フィードバックが与える影響を気にかけていないのであれば、何かがおかしい。

ロロが指摘したのがまさにその点だ。

フィードバックをくれた人が批判的すぎるのか、受けとった自分が繊細すぎるのかをはっきりさせようとするのはかまわないが、相手があなたの意見や気持ちに関心を向けようとしていないなら、答えが明らかになっても意味がない。

あなたは、人から愛され、認められ、親身になってもらえる人間だ。

いま現在のあなたのまま、何も変わる必要はない。

対等でない人間関係のなかにいると、なかなか気づけないかもしれないが、それが事実である。

自分の大切な恋人やパートナーに対し、いまよりマシな趣味を持つ、瘦せる、いいかげん大学を卒業する、といったことを期待してはいけないのか?それは違う。

そういうことを期待すればいいし、そのための指導やアドバイスを提供してかまわない。

大事なのは、相手がそれを望んでいるかどうかだ。

それを望んでいるのは、あなただけではないだろうか?相手も本当に変わりたいと望んでいるのであれば、それに関するフィードバックを与えて話しあえばいい。

ただし、そのときは、相手の意見に耳を傾けることをお忘れなく。

誠意をもって「断る」

■誠意をもって「断る」境界線を引くときは、そうする理由を相手がわかっていると思い込んではいけない。

これは大きな間違いだ。

境界線を引けば、あなたが大きな負担を抱え、つらい気持ちで苦しんでいると推察し、自分のフィードバックがその状況を悪化させているとわかりそうなものだと思うかもしれない。

だが実際は、相手に境界線の存在が伝わっていないことが多い。

それは、境界線の存在を伝え忘れたからかもしれないし、伝えはしたが、わかりづらい言い方や曖昧な言い方だったのかもしれない。

あるいは、相手がちゃんと聞いていなかったのかもしれない。

フィードバックをくれる人は、無理をしてまで相手のことを理解しようとはしない。

それは受けとる側ではどうすることもできないし、はっきり言って、理解しようとしなくて当然だ。

彼らは決して、受けとる側と同じように境界線を理解しようとはしない。

□声に出して伝える

四十代半ばで警察官のデーヴは、人に何度も同じことを尋ねたり、会議での誰かの発言を聞き逃したりすることが増えた。

周りの同僚も、彼の異変に気づきはじめた。

「妻が聴覚の検査に行くようにとしつこいので、検査を受けました」とデーヴは言う。

「そこで、聴覚が著しく低下しているとわかり、補聴器を付ける必要があると診断されました」それから6カ月が過ぎたが、デーヴは補聴器を付けていない。

「まだ抵抗があるんです」デーヴは正直に言う。

「自分が補聴器を必要とする人間だと思うのが嫌なんです。

公正な意見かどうかはわかりませんが、私はずっと、補聴器は年配の人のものだと思ってきました。

理不尽な理由だというのはわかっています。

そのうち抵抗感はなくなるでしょう。

ただ、自分に対する認識を改める時間が必要なんです」デーヴは、検査を受けたこともその結果についても誰にも話していない。

話す必要があると思っていないのだ。

自分の身に起きたことを自分で把握し、それに対処しようとしているのだから問題ない、そう彼は考えていた。

しかし、同僚たちはそのことを知らない。

だから彼らは、デーヴが自分たちを無視しているという印象を持ったままだ。

彼らからどうしたのかと尋ねられるたび、デーヴは「病院で診てもらったから大丈夫」と頭のなかで答えている。

そして、やはり頭のなかで、「大丈夫だと言っているのに、どうして何度も聞いてくるのだ?」と思っている。

すべては、デーヴが声に出して説明すれば解決する。

「病院で検査をしてもらったら、補聴器が必要だと言われたんだ。

だから、補聴器を付けようと思ってる。

でもまだその現実を受けいれられなくて。

悩んだりしなければいいんだけどね」。

こう言ったからといって耳の問題は解決しない。

だが、同僚たちとのやりとりの問題は、解決に向けて大きく前進する。

□感謝の気持ちと要望を同時に伝えるデーヴの話は、フィードバックを受けいれるときの例である。

フィードバックを拒むときも、やはり境界線をはっきりと伝えることが大切だ。

そのときは、断固とした姿勢と感謝の気持ちの両方を示すのがベストだ。

PJは極度のあがり症だ。

彼女が講師として勤務する大学の学部長は、彼女の講義が始まる直前になると、必ず彼女の元へ走ってきて、耳元で「緊張するなよ!」とささやく。

PJはそのたびにパニックになっていたが、学部長と次のような会話をし、その問題にうまく対処した。

PJ:私はいつも不安と闘っています。

学部長もご存じですよね。

私にいつも「緊張するなよ」と声をかけてくださるのは、私のためを思ってのことだとわかっています。

ですが、本当のことを言うと、声をかけられても不安は軽くなりません。

むしろ余計に緊張するのです。

学部長:もちろんだ。

少しでも君の自信が高まればいいと思っているよ!壇上に立っても、不安になることなんかないんだぞ!PJ:はい。

ですが、そう言われると、かえって緊張するのです。

学部長:緊張なんかする必要ない。

君は素晴らしいのだから!PJ:そういうお言葉を聞くと、不安になりやすい自分の性格を思いだしてしまうのです。

ですから、今度は、学部長が人前で話すときにどうやって不安な気持ちに対処しているのか、教えていただければと思います。

私が講義に立つ数日前に、ぜひ聞かせてください。

PJは、学部長の善意を認識して感謝しつつも、講義の直前に指導を与えないでほしいときっぱりと要請している。

断固とした姿勢と感謝の気持ちは、対極の存在ではない。

両方を明確に示すことはできる。

□話の矛先を変える苦痛があまりにもひどいと、最も厳しい境界線を引きたくなることがある。

本能が締めだせと訴えてくるのだ。

個人的な意見も指導もいらない。

それでもフィードバックをくれようとするなら、その人とサヨナラするしかない。

ただし、PJのやり方を真似れば、もう少し緩い境界線ですませることが可能だ。

PJは、学部長の指導と熱意の矛先を、実際に彼女のためになる方向に変えている。

あなたの心にある感情の土地の片隅を、フィードバックをくれる人に貸しつけて、そこに作ってほしいものを伝えてみてもいいかもしれない。

母親の批判につらい思いをしているハニーなら、「ママに教わりたいことがたくさんあるの。

今度うちにきたら、ママ特製餃子の作り方を教えてもらえない?」と言ってみればいい。

この提案がハニーのためになるのはもちろんだが、母親のためにもなるかもしれない。

ハニーの母親は、娘の人生における自分の役割を求めている。

もしかすると、彼女がハニーを批判するのは、役割を確立したい気持ちが間違った方向に働いているからかもしれない。

ハニーの母親は、娘の役に立ちたいと望んでいる。

そして、立派に自立した娘から必要とされていると感じたいはずだ。

フィードバックをくれる人に対し、その人が自分のためにできることを伝えれば、自分が聞きたくないアドバイスを減らすことにつながる。

また、方向を変える以外の境界線も引きやすくなる。

□相反する感情を並べて伝える境界線を引くときは、フィードバックをきっぱりと断ると同時に、くれようとする相手との関係を再確認し、相手の善意に感謝を示すことが大切だ。

この二つをつなげて伝えるとき、接続詞に「けれど」を使いたくなる。

たとえば、ハニーが母親に批判をやめてほしいと伝えるなら、「ママには会いたいけれど、うちに来るなら、何から何まで批判するのはやめて」となりがちだ。

ここで「けれど」を使うと、前半と後半が両立しない。

「ママには会いたい〝けれど〟何?けれど、ママは批判ばかりするって言いたいの?じゃあ、本当はママに会いたくないのね」と母親は思うだろう。

相反する感情が生まれたからといって、どちらかを打ち消す必要はない。

だから、母親と一緒に過ごす時間を楽しいと思うからといって、家に来ることを不安に思う気持ちを打ち消さなくていい。

指導に心から感謝しながらも、アドバイスを断ってもいい。

相手を傷つけたことを悲しいと思うと同時に、正しいことをした自分を誇りに思えばいい。

相反する感情は、自分の胸のうちに隣合って並んでいる。

ポケットのなかのビー玉のように、二つの並んだ感情は心のなかでカタコトと音を鳴らしている。

二つの感情を伝えるときは、二つを並べて語ったほうがいい。

並列に語ることで、自分の思いや感情が本当に意味するところが明らかになるからだ。

思いや感情は複雑なので、自分でも混乱することがある。

「はい」「いいえ」「いまはダメ」といったメッセージを伝えるための境界線ならラクに引けると思い、シンプルにそれだけを伝え、複雑な思いや混乱している思いを隠そうとする。

しかし、複雑な思いを共有したほうが、実際には境界線が引きやすくなることが多い。

ラウルは両親を尊敬している。

だから、自分に対するふたりの意見や心配ごとを、きちんと理解することに努めた。

両親が彼について心配に思っていることを、ラウル自身も自分の心配ごととしてとらえた。

それでもやはり、音楽を諦めることはできず、ラウルは音楽の道に進むと決心した。

とはいえ、それをどうやって両親に伝えればいい?「両親に話すと想像しただけで、血の気が引きました。

両親のアドバイスを却下すれば両親に背くことになり、アドバイスに従えば自分自身に背くことになります。

僕は、恩知らずな親不孝息子になりたくありませんし、エンジニアにもなりたくありません」両親に話しやすくなる方法もなければ、ラウルに両親の反応を操る術もない。

このジレンマからラウルが抜けだせたのは、相反する感情を並べて伝えればいいと気づいたときだった。

ラウルは、さまざまな思いや感情がせめぎあい、混乱している。

いくつもの思いや感情が同時に発生しているのは紛れもない事実だ。

心臓が口から飛びだしそうになりながら、ラウルは両親を座らせ、自分の思いを並べて語り始めた。

「この話をするのが怖いという気持ちもあるし、正直な思いを伝えたいという気持ちもある」「僕は音楽を専攻することに決めたよ。

音楽に進むと、父さんと母さんが僕の将来を不安に思うこともわかってる」「僕自身、この先待ち受ける困難を思うととても不安になる。

それと同時に、立ち向かおうという気持ちもある」「父さんと母さんがつらいのはわかってる。

そして、つらくても応援してほしい、というのが僕の気持ちなんだ」ここまで言って、ラウルは両親の反応を待った。

これがハリウッド映画なら、両親はにっこりと微笑んで、称賛の言葉をラウルに贈っただろう。

しかし、場面を盛りあげるBGMは流れない。

ラウルの父は落胆の表情を見せ、母親の表情からは不安が見て取れる。

ラウル自身も不安はあったが、心は穏やかだった。

それはきっと、自分の心に従ってつらい決断を下し、両親に敬意を持って自分の決断を明確に伝えることができたからだろう。

ラウルの伝え方は「並列のスタンス」と呼ばれるものだ。

これはとても効果的で、フィードバックを聞いていて話の方向を変えたいときに役に立つ。

「君の言っていることはもっともだと思う。

それで僕は決めたよ。

いまの僕にとって優先すべきはそういうスキルじゃない」と言えばいい。

自分の意見を言い、相手の質問にきちんと答える。

こうすれば、一方通行の会話にならずにすむ。

境界線を引いても、会話はふたりのもののままだ。

□相手に求めることを具体的に伝える

ハニーが最終的に母親に言いたいのは次のようなことだ。

「ママ、私はママのことを愛しているし、ママが私のためを思ってくれていることもわかってる。

それでね、ママに体重や家事や服装のことを言われると、とても傷つくの。

これからは、そういうことはママの胸のうちにおさめておいてほしい。

このお願い、聞いてもらえるかな?」ハニーの要請は具体的だ。

彼女は「批判的なことを言うのをやめて」とも、「放っておいて」とも言っていない。

これらの言葉は彼女の気持ちを反映していると言えるが、こういう言い方をしても事態は解決しない。

理由は二つある。

一つは、それがケンカの原因になるということ。

この言い方では、真実、人間関係、アイデンティティのすべてにおいて、母親に心のザワつきが生じる。

母親はきっと、批判的というのは「真実」ではないと反論するか、感謝されていないと感じて話題の進路変更をする。

また、自分は「いい母親ではないのか」「いい人間ではないのか」と思い悩むので、ハニーがほかに何を言っても耳に入らなくなるだろう。

もう一つの理由は、要請がわかりづらいという点だ。

「放っておいて」や「批判をやめて」では曖昧すぎる。

ハニーの母親が自らの問題を認識していない可能性がある今回のようなケースでは、曖昧な要請はとくに問題だ。

習慣化している言動は、本人の盲点となっている場合があるので、ハニーのような要請をするときは、単なるラベルでは不十分だ。

つまり、境界線を引くときは、次の三つについて具体的に提示する必要がある。

要請:相手に求めることは具体的には何か?避けたいのは、特定の話題(新たな配偶者、最近の体重など)なのか、自分自身に関すること(自分が抱えている病、アメリカンフットボールを観戦する習慣など)なのか?例をあげてほしいと言われたら、自分に影響のあった過去の例を思いだして伝える。

期間:その境界線はいつまで有効にするつもりでいるか?頭のなかを整理する、自己認識を改める、別のことを優先して取り組む、新しくできた親や新しいリーダーに慣れる、といったことに時間が必要だと思えば、境界線を引けばよい。

ただし、境界線が期限つきならその旨を伝える。

期限がない境界線のときは、境界線を越えずにその話題を持ちだすときの言い方を伝える(例:「話題にしないと約束した例の件はどうなってる?」という言い方をしてほしい)。

相手の同意:相手が自分の要請を理解している、または同意していると思い込んではいけない。

きちんと尋ねること。

相手が「わかった。

君の要請を尊重しよう」と言った時点で、あなただけの問題ではなくなる。

その要請に従うと合意したのだから、約束を守らないと、相手のアイデンティティや評判にかかわることになる。

立場が上の人にこのようなことを話すのは難しいが、少し考えれば、受けいれてもらえる道はすぐに見つかる。

投資会社で働くブロディが、上司のジェイクに向かって「ちょっと聞いてくれ。

今後一切、あんたの批判は聞かないからな!」と言うことはない。

でも、自分の成長をいつも気にかけてくれることに感謝しつつ、そのときに言われる言葉に少し傷ついている、という言い方ならできるのではないか。

あるいは、一度に全部のことを注意するのではなく、一つか二つに絞ってほしいと要請することもできる。

□境界線を越えたらどうするかを伝える聞き入れなかったらどうなるかまでを伝えないと、公平とは言えない。

意見するのをやめてほしいと相手に言ったとしよう。

それで、やめなかったらどうなる?脅迫と警告の違いはすでに説明したが、ここでするのは脅迫ではない。

はっきりとした警告を相手に与えることが目的である。

境界線を尊重しなかったらどうなるかを、相手にきちんと説明するのだ。

要請を聞き入れるかどうかは相手の自由だ。

その選択を操ることはできないし、操ろうとするべきでもない。

とはいえ、必要に応じてつきあい方を変えると決めるのもあなたの自由だ。

自分の要請を受けいれない場合にどうなるかを、次のように相手に伝えればいい。

「僕が何度も禁煙に失敗しているのは知ってのとおりだし、マーヴ叔父さんが病気になった原因も痛いほどわかってる。

いまは新しい仕事以外のことは何も考えられないから、外へタバコを吸いに出ようとするたびに、お見通しと言わんばかりの顔で小言を言われても受けとめられないよ。

気遣うつもりで言ってくれているとわかっていても、そういうふうに思えないんだ。

このままタバコのことで小言を言い続けるなら、叔父さんの見舞いにお前と一緒には行かない」境界線を引き、同意を得ても、相手が境界線を踏むことはある。

一度や二度の失敗は大目に見てやってほしい。

長いあいだあなたを批判し続けてきたのだから(功労賞を贈ってもおかしくないほどの功績だ)、その習慣をなくすのはそう簡単にはできない。

約束しても、その後何度か念を押すのが当たり前だと思い、相手がうっかり境界線を踏んでも笑いに変え、変わろうと努力している彼らに感謝を示そう。

もちろん、要請を受けいれてもらえないときは、自分で自分を守ればいい★2。

「断って終わり」にしないために

■「断って終わり」にしないためにさて、これで話は終わるだろうか?いや、そうはいかない。

いつでも自分の気に入るように行動し、気に食わない人のことは無視する、というわけにはかない。

職場であれ家庭であれ、自分以外の人と一緒にいるということは、自分の言動や決断が周囲に与える負担を認識するということでもある。

周囲の言うとおりにしないと決めるのは自由だが、その場合、周囲の「負担を軽くする義務」が存在する。

自分のすること(しないこと)が周囲に及ぼす影響を軽くするために、自分にできることをするのだ。

□周囲への影響を知る自分の選択がどんな影響を及ぼすのか、家族や職場の同僚に尋ねることを忘れてはいけない。

ラリーは、複数の医師に相談し、自分でも散々悩んだ末、自分が抱えるADHD(注意欠陥多動性障害)の治療は当面見送ることに決めた。

もちろん、それによって困ることはある。

日々の生活をきちんと維持するだけでも大変だ。

それに、家族や建設現場で働く同僚にも影響がある。

ラリーの決断が意味することを彼らと話しあうかどうかで、ラリーの努力の成果や彼らとの今後の関係が変わってくる。

ラリーの決断により、彼の家族は、ラリーに行動を促し、注意を促し、間違いを修正しないといけなくなった。

そんな彼らは、彼の決断にどのような苛立ちを覚えるだろう?職場の同僚は、仕事の効率や安全面にどのような不安を抱えるだろう?また、職場の安全確保のために、どんな工程を導入してもらったらいいだろう?治療を受けるかどうかを決めるのはラリーだが、それによって引き起こされる状況にどう対処するかをひとりで決めてはいけない。

□協力をお願いするジャッキーは、どんな議論でも自分が優位に立てることも、ほかの人が議論に入り込む余地をもっと残すべきだということもわかっている。

1年その努力をした結果(成果はあがらなかった)、彼女は変わることを当面諦めることにした。

「自分が高圧的になるときがあることは、自分でもわかってる」と彼女はチームメイトに話し始めた。

「変わろうと思った。

頑張って努力した。

でも、成果はほとんどなかった。

だからこれからは、私の話を途中で遮ってもらってかまわない。

レッドカードを宣告して退場させればいい。

議論で優位に立とうする気はないけど、無意識にそういう態度をとってしまうと思うから。

話を遮られても、失礼だと思わないって約束する。

みんなの協力が必要なの。

協力してもらえたら、本当に助かる」□一緒に問題を解決するこれは、変わらないと決めたことの負担を最小限に抑えるために、解決のための間口をいつも開けておくという意味だ。

マークと弟のスティーヴの問題について見ていこう。

マークは、30年にわたってスティーヴの不可解な言動を指摘してきた。

先日は、マークが持っているピッツバーグ・スティーラーズのシーズンチケットのことで問題が起きた。

「僕のチケットで観に行くかと誘えば、いつも『おう、行く行く!』という調子なのに、2回に1回は遅れてくるし、最後まで姿を見せないこともあるじゃないか」スティーヴは、遅れることについては反論できず、自分のそういう部分は直りそうにないと自覚している。

マークには、このまま我慢をするか、弟を観戦に誘うのをやめるかの選択しかないのか。

いや、そんなことはない。

スティーヴはこれからも変わらないという認識をふたりで共有し、それによるマークの影響を最小限に抑える方法を一緒に考えれば

いい。

その結果、マークがスティーヴを観戦に誘うときは、時間に遅れる要素がないかを細かく確認し(「別の約束は入ってないか?」「その日はほかにどんな予定がある?」「迎えに行ったほうがいいか?」など)、スティーヴがこなかった場合のマークの負担について話しあうようになった。

また、スティーヴはマークの誘いに二つ返事をすることが減った。

誘われたことに感謝しつつも別の誰かを誘ってほしいと申し出たり、マークがただ単に一緒に過ごすために観戦に誘っていると感じたときは、ゴルフやバーに行くことを提案したりする。

要するに、スティーヴは「僕が変わることはない」という境界線を引き、それがマークに及ぼす影響を、マークと協力して軽くしようとしているのだ。

こうすれば、スティーヴがいつか変わるという幻想から抜けだし、お互いにいまのままの自分でいられる。

スティーヴが境界線を引いたことで、逆に兄弟で一緒に過ごす時間がとりやすくなった。

CHAPTER10フィードバックの力をみんなで高める

完璧なフィードバックシステムは存在しない

■完璧なフィードバックシステムは存在しないフィードバックを完璧に活かせる人はいない。

それと同じで、組織で使用するのに完璧なフィードバックシステムも存在しない。

他に比べて優秀なシステムや他に見劣りするシステムは存在するが、それは、その組織のニーズに合っているかどうかの違いにすぎない。

いずれにせよ、システムを選んで導入する立場にある人は、導入によって必ず生まれる葛藤や導入の代償に対処する必要がある。

たとえば、社員の数が片手で収まらない規模の組織がシステムを導入する場合、社員の気質の違いという問題にぶちあたる。

そのシステムと抜群に相性がいい人やまあまあ相性がいい人がいる反面、そのシステムに適さない人がかならず何人か現れる。

それに、フィードバックを部下に与えないといけないマネジャーのなかでも、与えるのが上手な人とあまり上手でない人が出てきてしまう。

つまり、理想的な状態で業績評価を実施することや、全員の賛同が得られることは絶対にありえないのだ。

全員の賛同が得られないことで、悪循環が生まれることもある。

「あの人はこれにまったく時間を割いていないのに、なぜ私がやらないといけないのか?」という思いが生まれたりする。

フィードバックを与える立場になると、その代償の大きさにばかり目を向けて、メリットにはほとんど目を向けない人が圧倒的に多い。

医薬品研究の仕事に就いているルシンダもそのひとりだ。

「本来の職務にかける時間が奪われるだけです。

フィードバックを上手に与えたところで、報酬や評価といった見返りは一切ありません」それに、彼女は部下をどう評価すればいいか悩んでいた。

部下に一流の研究者がいないことはわかっているが、ネガティブな評価を与えたら士気が下がるのではないかと心配なのだ。

「自分がされてきたような厳しい点数をつけたら、大半の部下は落ち込みます。

この仕事ができる人材の数は少ないですから、部下がひとりでも欠けることは許されません。

仕事の成果が損なわれるようなこともあってはなりません。

組織全体として見れば、むりやりにでも部下の能力を差別化することが公平なことなのかもしれません。

でも、私と私が率いるチームにとっては、デメリットしかないのです。

それに、聞いたところによると、ほかの部署のマネジャーは、点数で評価する気がないという話です。

それなのに、私が部下に点数をつければ、私の部下だというだけで不利益を被ることになります」公園の管理局で働くジムもまた、業績評価システムにとまどっている。

ただし、ルシンダとは別の理由だ。

ジムは捜索救助班のリーダーなので、仕事中はつねに命の危険がつきまとう。

「私は人材探しに時間をかけ、最高の人材を選びました」と彼は言う。

「この仕事に適さない人物を吹雪のなかに連れて行けば、全員が危険にさらされます。

ですから、私の元にはA評価の人材しかいません。

ほかの部署のマネジャーと違い、私の場合は、厳しい意見を伝えることも、難しい選択も、人材を選ぶ時点ですでに行っています。

ですが、そのせいで、私の人材管理の上達を表す曲線が低いままなのです」□嫌でもつきあっていくしかないジムとルシンダの目には、彼らが使うフィードバックシステムは欠陥だらけに映っている。

実際、正直な意見をすべて評価に反映させることは、どんなマネジャーにとっても危険だ。

与え方を間違えば、あるいは、受けとる側がうまく受けとめられなければ、信頼関係や職場での関係が損なわれ、個々のやる気やチームとしてのまとまりが失われる恐れがある。

とはいえ、正直な意見をフィードバックしないのもやはり危険だ。

問題の悪化を招き、マネジャーや評価システムの信頼性が損なわれ、チームとしての機能が低下する。

優秀な人材は、能力の低い人材が職務をまっとうしなくても何も言われないという現実に腹を立てる。

マネジャーはどうしていいかわからず、自然とその話を避けるようになる。

人事担当者を対象としたある調査によると、63パーセントの人が、個々の業績を効果的に管理するうえでの最大の難問は、部下の仕事ぶりについて正面から話しあう勇気がマネジャーに欠けていることだと答えている★1。

その勇気がないマネジャーは、可もなく不可もない社員にまで高い評価をつける。

個々の業績評価は、個々の業績向上のための取り組みや意思決定の指針となるはずなのに、その有用性が損なわれてしまう。

なかには、社員の96パーセントが最高評価という会社もある★2。

研究者のブレネー・ブラウンによると、有能な人材が離職するいちばんの理由は、有意義なフィードバックの欠如だという★3。

既存のシステムや人材について文句を言うのは簡単だ。

本当に大変なのは、それらをよくする方法を見つけることである。

業績評価システムは、さまざまな目的のために導入される。

だからこそ難しい。

システムを導入する目的を一部あげよう。

立場、職務、地域によって差が生まれない一貫した評価の実現公平な給与や報奨の分配の実現組織が肯定する言動を奨励し、否定する言動を律する社員に期待することを明確に伝える責任意識を高める組織の目標やビジョンを社員一人ひとりと共有する個人およびチームとしての仕事の指導や能力の開発適材適所の促進と維持主要な役職のスムーズな引き継ぎやりがいとやる気の促進スケジュールどおりに期日を守って評価を行う(四半期に一度、年に一度など)こうした目的のすべてを達成しようとしても、一つのシステムではもちろん、複数のシステムを組み合わせても不可能だ。

最近では、評価の一元管理や標準化を目的としたシステムの導入が進み、社員、職務、地域、市場に測定基準を設けてデータが収集されるようになった。

それはそれで役に立つが、フィードバックは人間関係にもとづいて生まれる。

そこには私見が混ざるので、フィードバックの与え方に基準を設けて測定することはできない。

経営コンサルタントのディック・グロートも、寄稿した記事「業績測定という幻想」で、翻訳者の業績を単純に訳したページ数で評価することはできないと述べている★4。

評価するには、翻訳の質、たとえば、文章のニュアンス、意味、トーンといったものをうまくとらえているかということの判断が必要になる。

また、本書で述べてきたように、フィードバックが活きるかどうかのカギを握るのは、与える側と受けとる側のあいだにある関係性や信頼性、説得力やコミュニケーションスキルである。

だから、正解を見つけるのは簡単ではない。

とはいえ、断言できることが一つある。

どんな業績評価システムが生まれても、必ず欠点はある。

もちろん、欠点があれば改善に努めるべきだが、できることはしれている。

何かをテコ入れするなら、業績評価にかかわる当事者たちのコミュニケーションスキルの向上に力を入れるべきだ。

フィードバックを受けとるスキルが向上すれば、評価システムは大きく変わる。

受けとるスキルの向上とは、引きだす力を高めるという意味である。

自ら学び、励ましの鏡だけでなく正直な鏡も求め、感謝や指導が必要なときや、自分自身の現状について混乱しているときにその旨をはっきりと伝える力を身につけさせるのだ。

フィードバックを受けとる一人ひとりの受けとるスキルが向上すれば──引きだす力が身につけば──、組織としてのフィードバックを受けとるスキルも向上する。

みんなで引きだす力を高めるのだ。

ここからは、不完全な業績評価システムを不完全な人々が使うということを考慮し、経営陣や人事部、フィードバックを与える側(チームリーダーや指導

者)、受けとる側の三者の視点に分けて、改善のためにできることを提案しよう。

経営陣や人事部にできること

■経営陣や人事部にできることまずは、経営陣や人事部にできることから見ていこう。

業績評価の問題に「何か対策を講じる」と期待されるのが彼らだ。

彼らだけで決めるわけではないが、最も目立ち、最もシステムの設計に手をつける可能性が高いのは事実だ。

経営陣や人事部にできることを三つ紹介しよう。

1.メリットだけでなく代償も説明する業績評価システムの導入やシステムの擁護という仕事は、たいてい人事部に振り分けられる★5。

こういうシステムは批判の的になりやすいため、人事部はシステムのよい面を伝えるのに苦労する。

だから、「イベントの金曜日、エクササイズの水曜日の次に流行るのは何だと思う?新しい業績評価システムだ!」と叫ぶ。

しかし、こういう擁護の姿勢は、人事部や経営陣の態度を硬化させるという思いがけない事態を生む。

議論になると、彼らはシステムのチアリーダーと化し、ほかのみんなはそんな彼らをあざ笑う係となる。

だから、人事部がシステムを肯定するメッセージを発信すればするほど、システムに不満を持つ人たちは、否定的なことを言わないといけないという気持ちになる。

もちろん、人事部や経営陣は、システムが抱える真の問題を認識している。

ベテラン人事担当者を対象に非公開で実施されたある調査では、自社の業績評価システムにA評価をつけたのはわずか3パーセントで、C、D、Fのどれかをつけた人が58パーセントにのぼった★6。

人事担当者の彼らは、誰よりもその難しさを知っている。

だが、その難しさを公の場で語ることは彼らの役割ではない。

そんな彼らには、次のアドバイスを送りたい。

システムのメリットだけを伝えるのではなく、その代償についても説明し、話しあう機会を持つとよい。

数年前に出会ったクライアントの例を紹介しながら、その理由を説明しよう。

ジェーンは組織の業績評価システムの改善役として雇われ、人事部のトップに就任した。

ジェーンの前任者は、新しいシステムを導入しようと1年かけてシステムを開発したのだが、役員会で却下され、組織を去った。

組織に加わったジェーンは、まず、前任者が描いていたシステムについて調べた。

すると彼女は、単に新しい業績評価システムを導入するのではなく、前任者が提案し役員会で却下されたシステムの導入を最優先事項にすると心に決めた。

それを知ったジェーンのアシスタントは、なぜそんな面倒なことをするのかと尋ねた。

この会社を辞めたいなら、フェイスブックに問題になりそうな写真を投稿すればいい。

そのほうが簡単だし、おもしろいではないか。

実は、ジェーンにはある計画があった。

彼女は役員会を招集し、前年に彼らが却下したシステムをもう一度見てほしいと告げた。

この提案は誰にも歓迎されなかったが、「システムの欠点をリストアップしたい」とジェーンが付け加えると、多少は楽しめそうだという空気になった。

役員たちの批評が始まり、欠点リストは膨れあがっていった。

ジェーン自身があげた欠点もいくつか書き加えられた。

リストが完成すると、ジェーンは一つひとつ読みあげ、最後にこう締めくくった。

「すごい」。

そう言って少し間を置いた。

「リストにあがったのはどれも重大な問題です。

却下したのも当然ですね」。

その言葉を聞いて、何人かの役員はブツブツと文句を言った。

「いまのいままで欠点があると気づかなかったのか?これが本当に、業績評価システムの改善のために雇った人材なのか?」ジェーンの言葉はさらに続いた。

「では、いまからこのシステムのメリットをリストアップしましょう」。

最初こそあまり意見があがらなかったが、すぐにさまざまなメリットがあがった。

ジェーンはまた一つひとつ読みあげた。

そのなかには、既存のシステムや役員が知っている別のシステムよりも優れている点がいくつか含まれていた。

メリットをすべて読みあげると、ジェーンは少し間を置いてこう言った。

「重大な欠点もあれば、貴重なメリットもあります」さらにこう続けた。

「ほかにも業績評価システムはたくさんありますが、どのシステムにも必ず欠点があります。

システムを導入する目的や現在抱えている問題を考えると、いま検討したシステムは、他のシステムに比べて欠点が少ないうえ、弊社にとって何よりも重要なメリットを含むものだと言えます。

現時点ではこのシステムが弊社に最適なのですから、これを採用するべきです。

これよりも優れたシステムが現れたら、直ちにそれに乗り換えましょう」満場一致でそのシステムを導入することが決定した。

このやりとりに費やした時間は、約45分だった。

前年と反対の決断に至った理由を役員に尋ねたところ、ひとりの役員がこう言った。

「去年はシステムのメリットしかプレゼンされなかった。

今年は欠点についても話しあったからだろう」おかしな理由だと思うかもしれないが、本当にそうなのだ。

心配に思っている何かについて決断を下さないといけないのに、メリットしか提示されなかったら、自らその欠点を探して提示する。

そこには、現実的なものも想像上のものも含まれる。

そうして欠点に意識が向いていると、頭のなかで「こんなに欠点のあるシステムを採用する必要はない。

欠点のないシステムを採用すればいい」といった、理想の解決策を思い描いてしまうのだ。

ジェーンは、役員たちの内なる声──不安や心配──を会議の場で引きだした。

それにより、検討や評価をすることができた。

場合によってはメリットよりデメリットのほうが大きいと判明することもあるが、少なくともそれにより、現実的な選択肢を品定めできるようになる。

そこには、まだ発見されていない空想上の選択肢は含まれない。

あるのは、メリットとデメリットが明らかになっているものだけだ。

一般に、組織で使用する業績評価システムを選択または導入する場合は、人事部や経営陣が率先して、以下のことを全社員に向けて行うことが望ましい。

システムを導入する目的のすべてを明確に説明するほかのシステムではなくそのシステムを選んだ理由を説明するシステムのメリットだけでなく、想定される代償についてもきちんと伝えるいいかげんな気持ちで取り組んだ場合の代償を説明する日頃から、議論、提案、フィードバックのやりとりを積極的に行うことを奨励するシステムに関する不満や懸念に対処するときは、相手の話に耳を傾け、言いたいことを理解したと相手に伝える。

そして、システムの改善につながる具体的な提案がないか尋ねる。

提案された案を却下する場合は、提案者にその理由を必ず説明すること。

「あの案について時間をかけて検討した。

君が心配していた問題は確かに解決するが、採用すると、それとは別にこういう問題が生まれる。

だから、悩んだ末、その案は採用しないことに決めた」と伝えよう。

理由を説明しないと、提案のメリットをきちんと理解していない、元々採用する気がなく形式的に尋ねただけ、提案者の懸念や満足を気にかけていない、といった誤解が生まれる。

社員の懸念に耳を傾けなくてもシステムを導入することはできる。

しかし、フィードバックのやりとりによって生まれる葛藤や、やりとりに時間が奪われることは、人事部ではなく社員全員に共通する問題である。

同じ問題をみんなで共有すれば、新しいアイデアが生まれる。

それに、システムを押しつける者とその被害者という構図が消え、人事部もほかの社員も、対等な立場でともに問題を解決する同志となる。

2.感謝、指導、評価を分けて扱う一つの業績評価システムで、感謝、指導、評価のすべてを効率よく伝えることはできない。

この三つは性質が違うので、区別する必要がある。

評価は、個人、チーム、部門を問わず、公正かつ明快で一貫性のある内容でないといけない。

また、評価の基準となるものを明確にしておく必要もある。

評価をもらう人に対し、誰が評価をするのか、成功の判断や昇進の基準となるものは何かを明らかにするのだ。

そのためには、年間を通じて目標や進捗についてじっくりと話しあう機会を設けて、問題が起きたときはその都度対処するようにする。

評価のシステムは、公正さと一貫性を保つためにも厳密でないといけないが、個々の立場や状況の違いに対応する柔軟さも必要だ。

どれも聞いたことがあると思うが、どれも簡単にはできない。

指導のフィードバックは、場面に応じた指導を提供するのがよい指導である。

改善の兆しが見えている相手には、頻繁にフィードバックを与える。

相手が提案を必要とするタイミングで即座に与え、小さな修正や改善を実践する機会を提供する。

年に1回大規模な指導の場を設けてその場で20の提案を与える、年に2回の指導の場でそれぞれ10の提案を与える、といったやり方では、あまり効果が望めない。

というのは、指導のフィードバックの根幹にあるのは人間関係であって、場を設けることではないからだ。

指導をする者と指導をもらう者は、組織のニーズや指導をもらう者個人の能力を踏まえたうえで、何をすべきかを絶えず話しあうことが大切だ。

指導をもらう者には、力を出しきれていないと教えてくれる正直な鏡が必要なときもあれば、もっとよくなると諭してくれる励ましの鏡が必要なときもある。

先にも述べたが、指導と評価を混同すると、最低でも二つの問題が発生する。

一つは、受けとる側が評価にとらわれて、指導の言葉が耳に入らないこと。

たとえば、家族にもらえると話してしまったボーナスがなくなったと言われたら、その後に続くパワーポイントで作成するスライドを調整するコツは耳に入ってこない。

もう一つは、指導を受けとめるには、安心感が必要になるということだ★7。

指導をもらう側は、間違いや自分の弱点を認めても、職を失うことや昇進が見送られることにはならないと知っておく必要がある。

正直な意見を述べても評価に一切影響しないという確約がないと、指導をもらう側は正直になれない。

そして感謝だが、感謝のフィードバックが不足している組織は非常に多い。

仕事に対する満足度が高い人でも、自分の努力や我慢が認めてもらえていないと感じることはある。

公の場で感謝の意を伝える仕組みを設けるのもいいが、めったに顔を合わせない地位にいる人から儀礼的に感謝されることよりも、すぐそばで一緒に働いている同僚や上司から感謝の言葉をもらうことのほうを重視してもらいたい。

形ばかりの「ありがとう」が増えたところで、言葉の価値が暴落するだけだ。

でも、「この前、複雑な問題にうまく対処しただろ。

あれを見ていたおかげで、自分のやり方を見直そうと思えたんだ」といった同僚の本音の言葉は、記念の盾や商品券よりも意味があると思えるのではないか。

何を感謝と思うかは人によって違う★8。

給与を感謝ととらえ、それ以上のことを必要とする人の気持ちがわからない人。

自分を肯定する言葉や手書きの礼状を感謝ととらえる人、練習につきあってくれる上司の辛抱強さや、おいしい役割を譲ってくれることを感謝のしるしととらえる人もいる。

感謝は、システムとして行うべきではない。

そうではなく、感謝することが当たり前の文化を社内に根づかせるのだ。

つまり、そばで一緒に働く人たちの仕事ぶりを見て、心からよいと思えることやその人特有のよさを見いだすこと、そして、どんな言葉を感謝や励ましとして受けとめるのかを個別に把握し、相手に応じて適切な言い方を心がけること、この二つを社員全員に奨励するのだ。

感謝、評価、指導の三つをバランスよく提供できるかどうかは、フィードバックを与える側と受けとる側の両方にかかっている。

コンサルタントになって1年目のサラは、厳しい指導はたくさんもらっているが、自分の現状を教えてくれるフィードバックは一切もらっていなかった。

そのせいで、指導のフィードバックが評価に聞こえるという問題に苦しんでいた。

「自分が順調に成長しているのかどうか、私にはわかりませんでした。

ですから、先輩たちから指導をもらうたびに、銃殺隊の前に立つような気持ちになりました。

そしてとうとう、思い切って尋ねることにしました。

先輩に向かって、『指導を下さる前に、私の仕事ぶりをどう思っているか聞かせてもらえませんか?私は、1年目のコンサルタントとして大丈夫でしょうか?』と言ったんです。

すると先輩は、驚いた顔をして言いました。

『サラ、君は素晴らしいよ!君は間違いなくこの仕事に向いている。

まさか、気づいていなかったのか?』と。

そう言われたとたん、私はほっとして、指導の言葉に集中できるようになりました。

いまではもう、指導はちゃんと指導に聞こえます。

思い切って尋ねて本当によかったです」3.学びの姿勢を浸透させるどんな組織にも、(現実に)何に価値を置いているのか、何をすれば(現実に)報われるかという明示的なメッセージや暗黙のメッセージが存在する。

「学ぶこと」に価値を置く組織になりたいなら、組織のなかでの会話にそれを組み入れる必要がある。

称賛されることについて語るとき、苦労したときに大切だと思ったことについて語るとき、大規模なプロジェクトや大掛かりなプロモーションで何が大事になるかを語るときに、「学ぶこと」の価値を説くのだ。

学びの姿勢を社内文化として定着させるためのアイデアを五つ紹介しよう。

学びのストーリーにスポットをあてる学ぶことを社内文化にするためには、ストーリーや神話が必要だ。

無理難題に直面したときに発揮される、勇気や才能や忍耐について語るのだ。

こうしたストーリーを社員が耳にすれば、自分はどんな職場で働き、自分は何を期待されているのかが理解できるようになる。

「何を学んだか」を教えてくれる「間違いを犯したときのストーリー」はいくらでもある。

優秀な社員やチームなら必ずいくつかは持っているはずなのだが、それらが社内で共有されることはほとんどない。

成長マインドを育む社員を固定マインドから成長マインドへ促したいなら、次の二つのことをするといい。

まずは、固定マインドの社員たちに、成長マインドとはどういうものかを教える。

「自分がアイデンティティとしているものは成長する」という認識を最初から持っている人はほとんどいない。

だから、固定マインドと成長マインドの違いを説明する場を設けて、それについて語りあい、疑問や疑念を噴出させる。

また、フィードバック(ポジティブなもの、ネガティブなものの両方を含む)の活かし方の違いや、チームメンバーどうしの指導の与え方がどんな影響をもたらすかといったことについても話すとよい。

それから、正直な鏡と励ましの鏡の概念も社内に広め、それを使って実際に成長を遂げられるようにする。

情報として与えてそれで終わりにしてはいけない。

同僚どうしで協力して、単に間違いを指摘しあうだけでなく、互いの盲点やフィードバックの良し悪しの見極めを助けあうようにするのだ。

この考え方を社内に広めて、社員に意識させよう。

そしてもう一つは、引きだす力の向上だ。

フィードバックのやりとりをしている最中に、何が心をザワつかせるか、フィードバックから学ぶにはどうすればいいかということについても話しあうよう奨励するのだ。

こういうことは、練習すればうまくなる。

また、与える側と受けとる側の両方がそれを意識して会話をすれば、より有意義なやりとりとなる。

フィードバックをもらったときの反応、混乱、自分を守ろうとする姿勢、盲点、フィードバックが何にもとづいて生まれ、どこへ向かうのかの解釈。

こういったことは、仕事に関する普段の会話のなかで積極的に話題にしたほうがいい。

ただし、「成長マインド」について語るときは、何でもそれのせいにしないように気をつける必要がある。

相手がフィードバックを受けとめないからといって、それを成長マインドがないせいにしてはいけない。

成長マインドは、どんなフィードバックも受けとめられるようになるという意味ではない。

あくまでも、フィードバックに耳を傾けようとする姿勢の話である。

もう一つの点数について話しあうチャプター8で、もらったフィードバックの対処の仕方を振り返り、それに自分でもう一つの点数をつけるという話をした。

もらった評価に満足できない、かかわったプロジェクトが失敗に終わったというときに、どんな対応を見せるかも大切だ。

それにより、課題の難易度が上がったり、舵をとらないといけない状況が複雑になったりしたときの対応力が明らかになる。

もう一つの点数を、誰かに与えることはお勧めしない。

ただし、もう一つの点数をつけることやその重要性については、積極的に話しあうべきだ。

フィードバックを与える人は、与えるときに、フィードバックの内容だけでなく、それをどう受けとめどう活用するかについても触れるといい。

そうすれば、受けとった人は、もう一つの点数を高くすることを意識するようになる。

マルチトラック化「マルチトラック外交」という概念がある。

これは、体系的な変化を生みだして平和を築く活動に、さまざまな分野の人々がかかわるという意味である。

トラック1は政府機関で、交渉、会談、制裁、合意を行う。

トラック2は、役人ではないが平和のための重要な活動を行う、地域で活動する人々や草の根運動を行う団体などを指す★9。

この概念を組織に取り込んで、個々の学習を2種類のトラックでサポートする体制を整えよう。

トラック1は、評価や指導をサポートするものとして、業績評価システム、指導教育プログラム、研修プログラムなどを確立する。

ただし、学習にとってはトラック2の活動のほうが重要だ。

同期、同僚、指導者たちとの指導に関する会話、失敗や成功のストーリー、ベストプラクティスに関する議論、役に立った(立たなかった)スキルに関する議論はもちろん、お気に入りの本に関する情報交換から学ぶことだってある。

同期とランチをとるときに、互いに相手の正直な鏡や励ましの鏡となって助けあう時間を持つことも、トラック2の活動だと言えるだろう。

いまあげたような日常のなかの交流を「学習」ととらえるようにすれば、そういう話をしやすくなるうえ、社風として定着させようという意識が強くなる。

規範にしたい行動に注目を集める業績評価をする(される)とき、催促したい(されたい)と思う人はいない。

業績評価を行うとなると、通常業務とは別に、目標の設定、指導、評価という三つの作業がのしかかる。

こういう作業は優先順位が低く、緊急事態が発生したときはいちばんに先送りにされる。

そうなると、人事部や業績評価の担当者は業績評価を行うようにと催促し、マネジャーや社員は催促されることになる。

だが、心理学者のロバート・チャルディーニの研究を見ると、そういうことをするのは間違っているように思える。

影響力に造詣の深いチャルディーニによると、悪い行動を話題にするのは、それが基準だと強調する効果を生む行為だという。

たとえば、評価が遅れていると催促するメールを受けとると、自分のなかで二つの反応が生まれる。

一つは、通常業務が大変だから遅れているのに、そこのところをちっとも理解されていないという感情だ。

自分のオフィスにこもっているのは、卓球をしているからではない。

会社から命じられたさまざまな仕事に忙殺されているのだ。

注意するメールの文面から、遅れている人はかなり多いに違いないという判断も生まれる。

そして、いい会社だなと思う。

遅れるのは悪いことだが、それが社

内の大半を占めると思うと、催促のメールを本気で取りあおうとしない。

1週間もすれば、ほかの遅れている人とあわせて、自分のところにまた催促のメールが届くからそれまで放っておけばいい。

この会社ではそれが当たり前なのだ、と思い込む。

おもしろいことに、催促のメールがこなくなると、猶予がなくなったと思って不安になる。

チャルディーニの研究では、規範にしたいことを強調すると、悪い行動を非難したときよりも悪い行動の改善が見られることがわかっている。

つまり、31パーセントの人に「まだ評価を行っていない」と非難のメールを送るよりも、69パーセントの評価をすませた人に「ご協力ありがとうございました!」とメールを送ったほうが効果的なのだ。

評価を終えてこのメールを受けとった人は、自分の努力に感謝の意を表してくれたと思う。

そしてメールを受けとっていない人は、周りに後れをとったと感じる★10。

与える側にできること

■与える側にできることマネジャーやチームリーダーが、社内文化の改善のために何ができるだろう?組織の文化とは実のところ、社内の一部で文化となっていることの寄せ集めである。

その内容は、マネジャー、チーム、部署によって、大きく異なることもありうる。

マネジャーやチームリーダーは、独自の文化をつくって部下やチームメイトに影響を与えることが可能だ。

さらには、ほかの部署やチームにその文化を浸透させることもできる。

そのためのアイデアを三つ紹介しよう。

1.学びの姿勢を示し、指導を求めるマネジャーは、さまざまな意味で組織文化の象徴だ。

マネジャーが積極的に学ぶ姿勢を見せれば、社内に学びの文化が定着する。

学びの姿勢を示すには、まず、自分自身が本当に学ぶ人にならないといけない。

これが最も難しい。

次にすることは、学びたいという意欲を表に出すこと。

これは簡単だが忘れやすいので、表に出すことを意識したほうがいい。

そのためには、自分の盲点を周囲の人と話題にしよう。

責める言い方をやめてともに責任があるという言い方に変え、自分の何が問題だと思うか尋ねよう。

自分が責任を引き受けるところを最初に示し、周囲にも各自の責任を引き受けさせよう。

業績評価を行うときは、評価対象となる人に評価の仕組みや評価内容をわかるように説明し、彼らの変わろうとする意思や努力に対して感謝の意を示そう。

自分がフィードバックを受けとるときに、大変だと感じていることを率直に語ろう。

指導や協力を積極的に求めよう。

自分よりも上の立場の人だけでなく、同僚や部下にも求める。

どれも先に述べたことばかりだが、個々のリーダーが社内文化の改善を目指すなら、自分が手本となることが何よりも効果的なので、ここでもう一度繰り返させてもらった。

2.与える立場を自覚するジャニスという女性がいる。

彼女は素晴らしい技術の持ち主で、彼女のファイルは称賛のレビューでいっぱいだ。

それなのに、ジャニスの管理職への昇進は何度も見送られてきた。

彼女にはその理由がわからず、しだいに会社を恨むようになっていた。

なぜジャニスはそんな不当な扱いを受けているのか?彼女はこの職場の人事制度は異常だと思っている。

しかし、ジャニスの監督者であるリッキーは、彼女が不当な扱いを受けているのではないと思っている。

なぜなら、ジャニスには管理職に必要なスキルが欠けているからだ。

リッキーをはじめとするジャニス以外の職場の人たちは、ジャニスの人を管理する能力に不安を感じている。

だから彼らにしてみれば、ジャニスが昇進しないことには正当な理由があるのだ。

しかし、ジャニスが落ち込むのではないかという心配から、リッキーはそれをジャニスに直接伝えたことはなかった。

自分で気づかなければ、変えることはできない。

リッキーの、ジャニスを傷つけたくないがための努力は、実際には彼女を傷つけ、彼女の出世を妨げている。

それこそ、不当な扱いというものだ。

リッキーの行動から、上司という立場の人もなぜ部下と同じくらいフィードバックを恐れるのか、その理由がよくわかる。

フィードバックを与える人は与える人で、自らのアイデンティティの問題に苦しむことがあるのだ。

「自分はフィードバックを与えるのが苦手だ。

実際に与えれば、それがバレてしまう」「相手が異議を唱えたり、相手を落ち込ませたりすれば、自分はいい上司ではなくなる」「フィードバックを与えたら、嫌われるのではないか」「コントロールしようとしている、命令していると思われたくない(だが現実には、誰かがそれをしないといけない)」「自分はいい人だ。

だから、誰も傷つけたくないし、誰からも冷たいと思われたくない」たぶん、なかでもいちばん多いのは、最後にあげた声だろう。

誰かを傷つけるという行為は、そこに悪意はなくても、善良で親切な人や思いやりのあるリーダーといった、自分で自分に抱くイメージにそぐわないのだ。

受けとる側がフィードバックを必要としているのは事実だ。

その相手には、話が長い、反応を示さない、偉そうな態度をとる、臭いなどの問題がある。

しかし、できればそういう話題は持ちだしたくない、という人がほとんどだ。

たとえ自分の役割を実行しただけだとしても、誰かを傷つけたり落ち込ませたりすると嫌な気持ちになるので、できるだけ避けようとする。

しかし、フィードバックを受けとった相手がその場で傷ついたとしても、長い目で見ればその人のためになるかもしれない。

傷つくだろうと察して大事なフィードバックを与えずにいては、いずれ、その相手や自分自身が深刻なダメージを被ることもある。

私たちはみな、共感や応援(励ましの鏡)を必要としている。

その一方で、明快で正確な情報(正直な鏡)も必要としている。

自分で自分の計画を台無しにしようとしていたり、自分で自分の足を撃ち抜こうとしているときは、誰でもいいから教えてほしいと思う。

しかし、誰かに教えるとなると、躊躇してしまう。

フィードバックを与えるべきかどうか、与えるならどういう与え方がいいかと考えるときは、自分のアイデンティティに一致しないから嫌だと思ってやめるのではなく、相手にとっての長期的な影響を忘れずに考慮に入れてもらいたい。

3.個々の違いが生む衝突を認識する組織内でのフィードバックの場合でも、個々の気質や脳の配線の違いが影響する。

チャプター6で説明したように、反応の基準、起伏、維持と回復は、人によって異なる。

わかりやすくするために、社内の人口の半分が楽観的で回復の早いタイプで(チャプター6で登場したクリスタのようなタイプ)、残りの半分が、ネガティブなフィードバックに感情が激しく揺れ動き、回復に時間のかかるタイプ(アリータのようなタイプ)だと仮定しよう。

話をおもしろくするため、タイプの違う人どうしが組んで、互いにフィードバックを与えることにしよう。

フィードバックに示す反応は、その人の受けとり方だけでなく与え方にも影響する。

たとえば、ネガティブなフィードバックに過敏に反応する人は、自分が誰かにネガティブなフィードバックを与えることに居心地の悪さを覚えることがある。

自分がそれによって激しく傷つくのだから、相手も同じだと思っても不思議ではない。

実際、そのとおりのときもあれば、そうでないときもある。

批判的なフィードバックが大嫌いなアリータと、はっきり言わないと批判だとわからないクリスタが、互いにフィードバックを与えあうことになったら、たぶん、まともなコミュニケーションがとれないだろう。

アリータは、クリスタを傷つけまいとしてほのめかすようなことしか言わない。

だがクリスタは、それを優しさだと思うどころか苛立ちを感じる。

クリスタにとっては、ものごとをはっきりさせることが何よりの幸せなのだ。

クリスタのかつての上司は、彼女に問題を見つけると、「もう二度と、そんなことをするな」という言い方をしていた。

クリスタはそれが大好きだった。

そう言われることで、はっきりと理解できたからだ。

彼女にとって、こういうフィードバックに害は一切なく、助けてくれるものである。

では、クリスタのようなタイプがアリータタイプに批判的なフィードバックを与えたらどうなるか。

クリスタはたぶん、アリータが傷つくとは夢にも思わないだろう。

アリータの成長に一役買いたいと思って、クリスタは厳しく直接的なフィードバックをアリータに与える。

「この三つ?どれも二度とやらないで」といったフィードバックをアリータが受けとれば、彼女はショックを受ける。

彼女の成長の助けになるどころか、アリータはきっと殻に閉じこもってしまう。

クリスタは、率直にものを言うことを何とも思っておらず、ちょっとしたアドバイスを与えたつもりでいる。

しかし、アリータはそれで深く傷ついている。

彼女にとって、こういうフィードバックは一切助けにならず、害をなすだけである。

このとき、アリータがクリスタに傷ついたことを伝えたいと思ったらどうなるか。

次に続くやりとりにも、当然、ふたりの気質が表れる。

アリータは、ためらいがちにぼそぼそと、クリスタのきつい言葉が本当にショックだったということを曖昧な言い方で伝えるだろう。

だが、クリスタははっきりしない物言いに耳を貸さないので、「元気出しなさい」「あんまり深刻に考えちゃダメよ」「ごめん、いま何か言った?」といった返答をして取りあおうとしないだろう。

クリスタ

には、アリータとのあいだにある問題が見えていない。

だから、6カ月後にアリータがライバル社へ転職したと知ったら、「アリータのためにあんなに尽くしたのに!」と思う。

もちろん、フィードバックの与え方にその人の気質が影響する例はほかにもある。

心配症の人は、大量のフィードバックを与えて自分でコントロールしているという感覚を得ようとする。

無謀なくらい高い要求を自分に課さずにはいられない人は、他人にもそうしようとするところがあるため、指導や否定的な評価ばかりを与え、感謝の言葉は一切述べない。

自分を抑えられない人は、思ったことを率直に言う傾向がある。

それは相手の役に立つときもあれば、そうでないときもある。

このように、人によって気質もフィードバックの与え方もこれほど違うのだから、相手によっては、自分がデリカシーに欠ける与える側になることもあれば、フィードバックに過敏に反応する受けとる側になることもあるだろう。

だからこそ、フィードバックを誰かに与えるときは、受けとる側に自分の与え方についてどう感じているかと尋ねることが大切なのだ。

受けとる側にできること

■受けとる側にできることそれでは最後に、自分が属する組織、コミュニティ、家族に適応するために、フィードバックを受けとるときにできることをいくつか紹介しよう。

わかっていると思うが、自分がどういう立場であれ、自分で学ぼうとするときの最重要人物は自分自身である。

あなたが属する組織やチーム、上司は、積極的にフィードバックをくれるかもしれないし、フィードバックを抑えこもうとしているかもしれない。

どちらにせよ、フィードバックから学ぶことは、彼らにはとめられない。

年次評価や上司に教える意欲がわくのを待つまでもない。

同僚、顧客、恋人、友人を観察したり、疑問に思ったことを尋ねたり、何かを提案したりすることは、いつでもできる。

靴をもっと多く売りたいなら、研修が開かれるのを待つ必要はない。

いちばん靴を売っている人を観察し、ほかの店員との違いを自分で見いだせばいい。

自分の売り方を見ていてもらえないかと頼めばいい。

そして、何かアドバイスをもらったら、とにかくやってみる。

実験のつもりでアドバイスどおりに自分の言動を変え、それが自分に適していると思ったら、そのまま続ければいい。

どんな仕事に就く人でも──靴を売る人でも魂を救済する人でも──、学べる人は周りに必ずいる。

人は、学んで向上したい気持ちといまのままでいいという気持ちで葛藤する。

この葛藤は、組織内でやりとりされるフィードバックにも永久についてまわる。

そうした葛藤と上手につきあい、互いにフィードバックを与えあうためにも、本書で紹介したアイデアをぜひ活用してもらいたい。

学ぶことはみんなに共通する義務だ。

しかし、それができるかどうかは、結局のところは自分にかかっている。

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