感情を整えてミスを防止する「整理整頓」より「脳内整理」ミスをしないための「整理術」と言うと、多くの方は作業机や、その周りの作業スペースの整理整頓をイメージするでしょう。確かに机の周りが雑然としていると、ミスの原因になりますから、物理的な整理整頓は重要です。しかし、本書で取り扱う「整理術」は、頭の整理術。いわば、脳内整理術です。脳内の情報を整理し、余分な情報は捨てて、シンプルでクリアな状態にしておくことは、物理的な整理整頓以上に重要なことです。さらに、ストレスの整理と感情の整理も大切です。ストレスを抱え、イライラしている状態では、ミスが多発してしまいます。ストレスを整理し、感情も整理しましょう。メンタル的な安定が、注意力・集中力を発揮するためには不可欠です。脳内に記憶スペースを作るたとえば、私が本を1冊書くとき、執筆テーマに直接関係するものはもちろん、ジャンルの異なるものも含めて、たくさんの本を読み、参考にします。『神・時間術』(大和書房)を書いたときは、巻末の「参考図書」に挙げている本だけで24冊。そこに含まれない本も20~30冊はあるので、合計すると50冊を超える本を参考にしました。さらに論文のコピーなども大量にあります。私が本を書き終わり、「校了」といって、原稿のチェックが終了した日にする儀式があります。それは、それらの本と論文を、ダンボール箱に詰めて、物置にしまうのです。なぜそんなことをするのかというと、「物理的スペース」と「脳内の記憶スペース」の確保のためです。「物理的スペース」というのは、本の置き場所のことです。「物理的スペース」の確保よりも重要なのは、「脳内の記憶スペース」の確保です。つまり、今の本のテーマの情報や知識について、書き終わった瞬間にすべて忘れるようにする、ということです。なぜならば、意識的に忘れようとしない限り、「脳内の記憶スペース」は確保できないからです。「忘れる」、「消去する」と言っても、自分の記憶を自分で選んで消去することはできませんから、あくまでも「気分」の問題です。「もう全部終わったので、きれいさっぱり忘れよう」という気分に、意識的に切り替えるわけです。「時間術」に関する知識については、この1冊にすべて出し尽くした。もし、忘れたとしても、必要があれば自分の本に目を通せばすぐに思い出せる、と言い聞かせるのです。すると、不思議なことに、「時間術」に関する知識が、自分の頭の中からスッキリと消えてなくなります。これを私は、「逆ツァイガルニク効果」と呼んでいます。「逆ツァイガルニク効果」を活用するロシアの心理学者のツァイガルニクは、行きつけの喫茶店である発見をしました。それは、店員は、客のオーダーを正確に記憶しているのに、注文の品を出した途端、オーダーの内容をきれいさっぱり忘れてしまう、ということです。ツァイガルニクはこの発見を、のちに心理実験を行い「目標が達成されない未完了課題についての記憶は、完了課題についての記憶に比べて想起されやすい」と結論付けました。わかりやすく言うと「途中の出来事は記憶に残りやすい」ということです。これを「ツァイガルニク効果」と呼びます。テレビ番組で、盛り上がってきたタイミングを見計らって「続きはCMのあとで」と入ったり、連続ドラマで「このあとどうなるのか?」と先が気になるところで終わってしまったりするのも、このツァイガルニク効果を利用して、視聴者の注意を喚起しているわけです。人は課題を達成しなくてはいけないという場面において緊張状態に陥りますが、この緊張は、課題が達成されると解消され、課題自体を忘れてしまいます。反対に、途中で課題が中断されたり、課題を達成できなかったりすると、緊張状態が持続してしまいます。未完の課題が記憶に強く残るのはこのためです。逆を言えば、「完了した出来事についての記憶は、忘れやすい」ということです。完了していない課題は、緊張状態が持続しています。つまり、それは「脳のリソースを消費している」ということでもあります。喫茶店の店員であれば、5~7人くらいのオーダーは覚えられるでしょうが、10人を超えるとかなりあやうくなるでしょう。一時的に記憶していられる時間はオーダーが出るまでですから、せいぜい5分から10分くらいの間は、ワーキングメモリと短時記憶を使って記憶にとどめていると考えられます。そして、この件に関しては「完了しました」もしくは、「終了しました」という入力があると、脳は緊張を解除するとともに、短期的な記憶を削除するのです。このように、終了した案件に関して、物理的にも、情報処理的にもスッキリと忘れることを意識する方法を、私は「脳の荷降ろし」と呼んでいます。私の場合で言うと、執筆を終えた本に関する参考書物を、自分の部屋からすべて片付けてしまうのと同時に、頭の中も、それまでの知識をすべて片付けてしまうのです。こうした「脳の荷降ろし」をすることで、脳の中に次のインプットをするための膨大な「スペース」ができあがります。たとえば、アパレルショップでは、季節ごとに「バーゲンセール」が行われます。売り場面積は限られています。売れ残った商品を陳列しておくより、これからのシーズンに向けた新商品を置いたほうが売れやすいので、新商品の陳列スペースを確保するために、定期的に商品の「荷降ろし」をしているわけです。これと同じことを、脳内でもやりましょう。あなたの仕事が一段落したら、それに関する資料などをすべてまとめて整理する。頭の中もすべて切り替えて、「新しい仕事」に関するインプット場所を確保するために、脳内スペースに空きを作ってください。
「何もしない時間」で1人会議電車に乗っているとき、あなたは何をしますか?ほとんどの方は、スマホをいじっていると思います。実際に電車内を観察しても、7、8割、場合によってはほぼ全員がスマホをいじっていることもあります。一方で、私は、読書、もしくはボーっとしていることが多いです。しかし、何もしていないわけではありません。「ボーっとしている」といいながら、同時に脳の整理をしているのです。脳の整理をする場所として、電車内は最適な場所だと思います。満員電車では、立っているしかありませんから、邪魔が入りません。他の人から話しかけられることもないし、電話に出る必要もない。これはある意味、雑念を完全に遮断でき、誰からも邪魔されない、理想的な「缶詰め」状態とも言えます。私は、1カ月に数回、セミナーや講演を開催しています。私は同じ内容を2度話すのが嫌いなので、それらの内容は毎回、すべて「新作」ということになります。「樺沢さんは、セミナーの準備にどれくらい時間をかけるのですか?」という質問をされますが、90分のセミナーですと、基本的には1日です。3時間のセミナーはスライド数で150枚を超えるので、さすがに1日では無理なので、2日かかります。これを言うと、ほとんどの方は「よく、そんなことができますね!」と驚きます。ただ、これには秘密があります。「電車でボーっと脳内整理法」を使っているのです。セミナー開催の2週間前くらいから、アイデアを練り始めます。「今度のセミナーでどんなことを話そうか」と考えるのですが、一番いいアイデアが出るのが、実は電車の中だったりします。ここでは、しっかりとしたアイデア出しというよりも、「あれもいいかな?これもいいかな?」といった、ゆるいブレストを繰り返します。周りから見ると「ボーっとしている人」に見えるでしょうが、私の頭の中ではゆるやかにさまざまなアイデアが行き交いながら、別のアイデアが生まれているのです。ゼロから何かを生み出す「アイデア出し」というよりは、頭の中にある、過去の経験、知識、情報などから、次回のセミナーで使えそうなネタをゆるく検索しているイメージです。そのため、「アイデア出し」というよりは、「脳内整理」です。電車内の時間や徒歩で歩いている移動時間、あるいはジムでウォーキングマシンで歩いている時間などに、「脳内整理」を繰り返していると、「これ、使えそう!」といういいアイデアが、たくさんたまってきます。アイデアがある程度たまってきたら、次に、それを一気に紙に書き出して、セミナーで話す順番通りに構成します。その作業は、15分から30分程度。構成が決まれば、あとはパワーポイントを使って具体的にプレゼン用のスライドを作るだけです。つまり、手先を動かす物理的な作業時間としては、「1日」で準備しているのですが、実際は「電車でボーっと脳内整理」に「2週間」かけているのです。「電車でボーっと脳内整理」で重要なのは、ちょっとした問題意識を持つことです。たとえば私の場合ですと、「電車を降りるまでに、次のセミナーの内容について考えよう」という意識を持って電車に乗ります。ボーっとしているようで、頭の中では1つのテーマについて、ゆるやかに脳内会議が行われているのです。たとえば、「次の企画会議に提出するアイデアについて考えよう」「来月のプレゼンの構成について考えよう」「今日、これから書く、ブログのネタについて考えよう」といったように、自分にとっての今の懸案事項を「問題」として意識することで、電車を降りるまでの間に、さまざまな意見やアイデアを得ることができます。創造性の4Bという言葉があります。4Bとは「バー(Bars)、バスルーム(Bathrooms)、バス(Busses)、ベッド(Beds)のことです。これらの4Bは、多くの人がアイデアをひらめきやすい場所として知られますが、「ボーっと脳内整理」をする場所としていずれも格好の場所なので、電車やバスでの移動時間以外にも、入浴時間や、カフェやバーで1人でいる時間などを活用して、「脳内整理」を行うといいと思います。「ボーっとする」は、脳科学的に正しいFacebookを見ていると、「今日1日、何もしないでボーっと過ごしてしまった」という投稿を見かけます。語尾から察するに、時間を無駄にして後悔しているのでしょう。私なら、同じシチュエーションになったときに「今日1日、何もしないでボーっとして過ごせた。なんて贅沢な1日だろう」と投稿します。現代の日本人は、「何もしないでボーっと過ごす」というのは、「時間の無駄」と考える方が多いのでしょうが、これは絶対に「無駄」ではありません。日中、忙しく仕事をして、情報の嵐にさらされる中、帰りの電車でも、家に帰ってからも、そして寝る前も、スマホで情報をチェック。そして、仕事が休みの土曜、日曜も、スマホやパソコンを開いて、情報にさらされてあわただしく1日を過ごす。こうした過ごし方について、私は、「どこまで情報入力が好きなんだよ」と思います。多くの人は「楽しい」からスマホをいじったり、ゲームをしたりしています。それは、脳が興奮すると、「楽しい」と感じるものだからです。テレビゲームなどが、いい例です。しかし、「脳疲労」状態の脳内にさらに情報を詰め込む行為は、ミスを引き起こす原因を自ら作っているのと同じです。だからこそ、「ボーっとして時間を過ごす」ことは、時間の無駄のようで、忙しく働く日本人には、「非常に大切な時間」なのです。最近の脳科学研究でも、「ボーっとする」ことの重要性が示されています。私たちが、特に何の作業もしていないとき、脳内では「デフォルトモード・ネットワーク」が稼働しているのです。「デフォルトモード・ネットワーク」とは、いわば「脳がスタンバイしている状態」。この状態の中、私たちの脳は、これから起こり得ることをシミュレーションしたり、自分の過去の経験や記憶を整理、統合したり、今の自分が置かれている状況を分析したりと、いろいろなイメージや記憶を想起させながら、「自分の
これからをよりよいものにしていくための準備」を整えているのです。ワシントン大学の研究によると、デフォルトモード・ネットワークを稼働させてぼんやりしているときの脳内では、通常の活動時の15倍ものエネルギーが消費されている、という結果が出ました。つまり、脳は活動しているときよりも、「ボーっとしている状態」のほうが活動的なのです。そして、「ボーっとしている時間」=「デフォルトモード・ネットワークが稼働する時間」が少ないと、私たちの脳の前頭前野が司っている、物事を深く考える機能が低下してしまいます。その結果、注意力・集中力、思考力、などが低下し、脳の老化も進みやすくなります。「ボーっとしている時間」は、絶対に必要なのです。電車の中というのは、ボーっとするのにとても適した時間帯ですが、その際にスマホを使ってしまうと、デフォルトモード・ネットワークの機能が低下し、「ミスを起こしやすい脳」を作ってしまうのです。失敗は「反省」して忘れ、成功は噛みしめるよく、失敗を引きずる方がいます。そうした方は、失敗したときの様子がリアルに思い出され、また失敗するのではないかと不安になりがちです。これは、失敗体験が整理されていないことが原因で起きる現象です。失敗は忘れ、成功を噛みしめる。これが「失敗と成功の整理術」のポイントです。何か、仕事で失敗した場合には、「なぜ失敗したのか?(原因)」と「どうすれば、二度と同じ失敗を繰り返さないのか(対策)」を明らかにする必要があります。ミスや失敗から、原因と対策を導き出すことができれば、あとは失敗体験とそのときの「辛い」「苦しい」などといった負の感情は、きれいに忘れたほうがいいのです。大切なことは、こうした負の感情を何度も思い出さないようにする、ということです。たとえば、失恋したときに、女性で、友達A子さんに失恋話をして、次の日は友達B子さんに同じ話をして、次の日はC子さんにまた同じ話をする、という方がいます。そうした方の多くは、「前の彼氏を、忘れたいのに忘れられない」といいます。しかし、3日連続で同じ話をすると、記憶が強化されるので、忘れられないのは当然でしょう。同じ話を何度も繰り返すことで、私たちの記憶は強化されます。「ストレス発散になる」と思って、他の人に話せば話すほど、ますます忘れられなくなっていくのです。くれぐれも、「人に話す」のはせいぜい1回にして、繰り返し失敗体験を話すのはやめましょう。「失敗体験」が鮮明に記憶されるほど、「また失敗するのではないか」という恐怖感が強まるのです。もし、失敗体験がよみがえってくるのなら、それについての「対策」を思い出してください。「対策をしっかりやるしかない!」と心の中でつぶやいて、今できる対策に集中するしかないのです。一方、「成功体験」は、何度でも話すべきです。何度も話すことによって、「成功」にまつわる記憶が強化されて、自信がわいてきます。日記をつけている人は、「成功体験」については、できるだけ詳しく書き残しておくのがいいでしょう。失敗は「反省」して忘れる。成功は噛みしめる。これを繰り返していくと、あなたの頭の中は「成功体験」で埋め尽くされていきます。それに伴って、どんどん自信がついてきますし、不安もわかなくなります。不安というのは、無意識レベルで、過去の自分の経験値と照合して、「失敗確率が高い」と判断しているからこそ、わき上がってくるものなのです。逆に、100%成功する、と確信していれば、不安になることはありません。「成功体験」の記憶を強化し、「失敗体験」の記憶をあいまいにすることで、不安は減り、自信に満ちあふれた状態になるのです。ストレスは「裏社会の首領」であるストレスの整理がなぜ必要なのか、というと、ストレスを放置しておくと、ミスを引き起こす重大な原因となるためです。「PART1」では、ミスの原因として「集中力の低下」「ワーキングメモリの低下」「脳疲労」「脳の老化」の4つを挙げましたが、長期的なストレスがかかると「集中力」が低下し「脳疲労」に陥ります。さらに、「脳疲労」が進むと、同時に前頭葉の機能も低下するため、「ワーキングメモリ」の機能も低下します。また、長期的なストレスによって分泌されるストレスホルモン、コルチゾールは、耐糖能の異常を引き起こし、血糖値を高くします。その結果、糖尿病の原因にもなります。糖尿病は認知症の重大なリスクファクターの1つですから、コルチゾールは「脳の老化」を進めて、間接的に認知症を進行させるのです。つまり、長期的なストレスにさらされると、本書の冒頭で挙げた4つのミスの原因が連鎖的に引き起こされます。つまりストレスは、これらすべてに大きな影響力を持つ「裏社会の首領」のような存在です。あなたのミスが最近増えている場合、ストレスが増えていないかをきちんとチェックしてください。ストレスの原因と向き合い、整理していくことが重要です。多少のストレスは有効活用できる「ストレス解消」「ストレスをなくす」「ストレスをゼロにする」といった本がたくさん出ていますが、最近の研究では「ストレスはあってもいい」「ストレスはゼロにする必要はない」という考え方もあるようです。
たとえば、スタンフォード大学の心理学者、ケリー・マクゴニガルの『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』(大和書房)では、「ストレスは悪いもの」という考えを「ストレスは役に立つ」「ストレスを力に変える」という発想に切り替えることで、ストレスの害から逃れることができる、と主張されています。これにならって、本書でも「ストレスをなくす」のではなく、ストレスを上手に処理する意味で、「ストレスを整理する」という表現を使いました。現代社会で忙しく働くビジネスマンにとって、ストレスをゼロにすることは不可能であり、実際、ゼロにする必要もないのです。ストレスはあってもいい。上手に整理すればいいのです。ストレスホルモンは「コーヒー」のようなもの長期的にストレスを受け続けると、副腎皮質ホルモンであるコルチゾールが増加します。これは、通称「ストレスホルモン」とも呼ばれます。コルチゾールは、一種の抗ストレスホルモンです。ストレスに対処して、体を活発にする、気つけ薬みたいなもので、すべての人の体内で分泌されており、朝起きてからその分泌量は高まり、夕方から夜にかけて、だんだんと低下していきます。コルチゾールは、いわば飲むと体がシャキッとする、朝のコーヒーのようなものです。朝から昼にかけて分泌量が増えるコルチゾールですが、これが夜に分泌されてしまうと、体に悪影響を及ぼします。なぜなら、夜なのに体が昼のモードのままの状態のため、十分に体が休まらず、疲れがとれないからです。私たちの体は、夜に免疫力を高めようとしますが、このようにコルチゾールが夜にも分泌されていると、免疫力が抑制されてしまい、さまざまな病気の原因となります。寝る前にコーヒーを飲んでしまって、眠れなくなったことはありませんか?こうした状態が、コルチゾールによっても引き起こされるのです。正常な人は、夜間になるとコルチゾールが下がるのですが、長期にわたって過度のストレスがかかっている方は、下がらなくなってしまいます。これが一番の問題なのです。うつ病の患者さんなどにも、夜間のコルチゾールの高値が認められます。ストレス過多は記憶を破壊するコルチゾールの高値が持続すると、体にいろいろな悪影響があります。「ミスを引き起こす」という意味でいえば、「海馬」に対する影響は見逃せません。海馬とは、脳の真ん中あたりにある、アーモンド状の非常に小さな部位です。脳に入ってきたすべての入力情報は、この海馬をいったん通過します。そして、この記憶の「仮置き場」である海馬で、2~4週間ほど記憶が保管されます。その間にその情報が何度か使われると、脳は「重要な記憶」ということで、その情報を長期記憶として保存するのです。海馬は、このコルチゾールの受容体が、他の脳の部位に比べてきわめて多いため、非常にストレスに弱いのです。「受容体」というのは、コルチゾールがくっついて働く、鍵穴のようなものと考えてください。以上の理由から、コルチゾールが増えると、「記憶の仮置き場」として機能している海馬の働きが一気に弱くなり、「聞いたはずのことを忘れてしまう」というような、脳への情報入力ミスが起こりやすくなります。この海馬に関しては、いろいろと興味深い研究が行われています。たとえば、幼い頃に児童虐待を受けた子どもの脳の大きさを測ると、海馬のサイズが小さいという結果が出ています。つまり、長期間ストレスにさらされていると、海馬の細胞が死んでしまうのです。また、人間の脳細胞は、基本的には分裂・再生しませんが、海馬には顆粒細胞というものがあり、この細胞は分裂します。しかし、コルチゾールが増えることで、この分裂が抑制されてしまうのです。そうすると、先ほどお伝えしたように、記憶力が低下し、新しいことを覚えられなくなる、つまり入力ミスが増えてしまいます。ストレスと記憶は、関連性がないように見えますが、このように脳科学やホルモンの観点から見ると、非常に密接な関係があるのです。入力ミスを防ぐためには、海馬の働きを低下させないことが重要です。そのためにはストレスをためないことです。日々のストレスの整理が大切になります。副腎疲労が病気を招く最近、「副腎疲労」という言葉をよく耳にします。「副腎疲労」とはどういう状態なのでしょうか?まず、ストレスがかかるとコルチゾールの分泌量が多くなります。しかし、それが長引くと、血圧、血糖、水分・塩分量などを一定に保ち、体内環境を常にちょうどいい状態にするためのホルモンを作っている器官である副腎が疲れてしまい、コルチゾールを分泌できなくなります。すると、今度は、正常な人の分泌量すらも出せなくなってしまうのです。長期のストレスで、副腎が疲れてコルチゾールが低値の状態になってしまうのが、「副腎疲労」です。「副腎疲労」になると、疲れがとれない、体がだるい、元気が出ない、朝起きられない上に、低血圧、低血糖、集中力の低下、記憶力の低下などが起こります。こうなると、間違いなく仕事にも差し支えます。こうして、コルチゾールが低値でも、集中力や記憶力が下がり、ミスを連発する状態となるのです。ここまで来ると、「未病」から「病気」の状態になってしまうので、その前段階でストレスを整理して対処する必要があるのです。それでは、具体的なストレス整理法について、説明していきましょう。たった2時間でストレスは整理できる朝起床後の2時間は「脳のゴールデンタイム」と呼ばれ、1日で最も集中力の高い時間帯であるため、その時間を使って「集中力を必要とする仕事」や「ミスしてはいけない大切な仕事」をこなしましょう、という話をしました。朝、起床してからの2時間は特別な意味を持ちますが、寝る前の2時間も、別の意味できわめて重要な意味を持ちます。それは、寝る前の2時間は、「ストレスの整理」に最適であり、「リラックスのゴールデンタイム」とも呼ぶべき時間帯だからです。「リラックスのゴールデンタイム」は、私が考えた言葉ですが、寝る前2時間をリラックスして過ごすことができると、1日のストレスがほぼ解消し、寝付きがよくなり、ぐっすり眠れるので、体の疲れも回復します。心と体を100%回復させるためには、「リラックスのゴールデンタイム」にしっかりリラックスすることが不可欠なのです。
やってはいけない「寝る前」の過ごし方寝る前2時間はリラックスしよう、と言ってもイメージしにくいと思いますので、逆にやってはいけない「リラックスのゴールデンタイム」の過ごし方を紹介しましょう。次の表を見てください。
仕事の忙しいAさんは、午後11時まで残業し、0時近くに家に帰宅。疲れもたまっているので、熱いお風呂に入り、お風呂上がりにコンビニ弁当を食べながらビールを一杯。そのあとささやかな娯楽ということで、30分ほどテレビゲームをします。そのあとタバコを一服して、午前1時に布団に入ります。これは、多忙なビジネスパーソンにとっては、ごく当たり前の寝る前の過ごし方かもしれませんが、最悪の過ごし方と言っていいでしょう。「リラックスのゴールデンタイム」にやったほうがいいことと、やってはいけないことがあります。この表の要点をまとめると、寝る前、2時間にやってはいけないことは、「食事」「飲酒」「激しい運動」「熱い風呂」「視覚系娯楽(ゲーム、映画)」「光るものを見る(スマホ、パソコン、テレビ)」「明るい場所で過ごす(職場、コンビニ)」「カフェインの摂取」「喫煙」です。逆に、寝る前の2時間にやったほうがいいことは次のようなことです。「リラックスした気分で過ごす」「音楽、アロマなど非視覚系娯楽でのんびりする」「家族との団欒、ペットとのたわむれ」「体をリラックスさせる軽い運動」などです。Aさんの場合、寝る前2時間に、「蛍光灯の光を浴びる」「熱いお風呂」「飲酒」「食事」「タバコ」とやってはいけないことをなんと5個もやっています。これでは、「リラックスのゴールデンタイム」をまったく活用できていません。こんな生活をしていては、疲れもとれないし、ストレスは蓄積していく一方です。寝る前にリラックスしないといけない理由寝る前2時間を、リラックスせずに過ごすと、なぜ健康に悪いのでしょうか?人間には、「交感神経」と「副交感神経」があります。昼は「交感神経」優位でバリバリ働き、夜になると「副交感神経」に切り替えて、ゆったりとリラックスして心と体を回復しています。緩急をつけて働く。これが、仕事はバリバリと頑張りながらも、健康も維持される理想的な生活スタイル、ワークスタイルなのです。「交感神経」から「副交感神経」への切り替えには、クールダウンの時間が必要となります。寝る前の2時間、ゆったり、のんびりと過ごせば、自然に「交感神経」から「副交感神経」に切り替わります。寝る前に、「眠気が出ない」「頭が冴えている」といった状態の方は、まだ「交感神経」優位の状態です。無理に眠りに入ったとしても、体も脳も休まりません。細胞や臓器の修復や、免疫機能の活性化、がん細胞の除去は、寝ている間の「副交感神経」優位の状態で行われますので、「交感神経」優位のままでは自然治癒能力が発揮できません。それが積み重なると病気になってしまいます。ストレスホルモンのコルチゾールが分泌されると、「交感神経」が優位になります。つまり、夜間に「副交換神経」に切り替えられず、「交感神経」が優位のままということは、コルチゾールも分泌されたまま、ということを意味します。「副交感神経」→「交感神経」の切り替えさえしっかりできれば、コルチゾールのスイッチもオフにすることができますし、ストレスによる脳、心、体に対する継続的なダメージもすべてブロックすることが可能になるのです。ブラック企業に働いていて、仕事は忙しいし、ノルマも課せられていてストレスも尋常じゃない!もう働くのが辛くてしょうがない、というように、日中に膨大なストレスを抱えている方も、「交感神経」→「副交感神経」の切り替えさえしっかりできれば、睡眠もしっかりととれて、翌日にストレスや疲れを持ち越さずに、完全回復できるのです。ですから、忙しい人、ストレスを多く抱えている人ほど、寝る前2時間にしっかりとリラックスして、「リラックスのゴールデンタイム」を活用してほしいと思います。睡眠不足はミスの重大な原因あなたは、1日何時間、寝ていますか?もしあなたの睡眠時間が6時間を切っていたとしたら、あなたのミスが多い原因は、「睡眠不足」と考えられます。なぜなら、「睡眠不足」は、注意力・集中力低下の最大の原因だからです。ある研究によると、睡眠時間6時間を10日続けると、24時間徹夜と同じ程度に認知機能が低下し、別の研究では、6時間睡眠を5日続けただけで、48時間徹夜と同じくらいの認知機能になる、という結果も出ています。つまり、6時間の睡眠を続けている方は、すでに「集中力が低下している状態」になっている可能性が高いのです。「いや、私は6時間睡眠で、毎日普通に仕事ができています」。そうおっしゃる方もいるかもしれません。先にお伝えしたように、睡眠が足りていない方ほど、自己洞察能力が低下するので、「自分の睡眠は足りている」と誤認しやすくなる、という研究を思い出してください。「自分は睡眠が足りている」という感覚はまったく当てにならないのです。つまり、あなたが「普通」と感じている今の状態は、実はすでに認知機能が低下している状態、注意力・集中力が低下した状態である可能性が高いのです。睡眠が不足していると、ワーキングメモリも低下しますので、情報処理能力が著しく低下します。すなわち、仕事力が大幅に低下するということです。こうなると、仕事の精度と速度も当然低下します。睡眠時間が6時間を切っている方で、「ミスが多い」「注意が散漫になりやすい」「仕事に集中できない」「仕事のパフォーマンスが低い」と感じているのなら、「睡眠不足」による部分が大きいと考えるべきです。「1時間プラス睡眠法」で能率アップ!
私がおすすめする睡眠時間は、「7時間」です。日本人の平均睡眠時間は、「7時間半」なのですが、忙しいビジネスマンの方に「7時間半」と言っても難しいので、とりあえず「7時間を目標にしましょう」とお伝えしています。睡眠時間6時間以下の方に、「睡眠不足になると、仕事のパフォーマンスも下がるし、ストレスもたまるし、健康を害する原因になるから、7時間睡眠にしたほうがいいよ」とアドバイスしても、ほとんどの方は言います。「仕事が忙しいので無理です」。でも、実は因果関係が逆なのです。睡眠不足によって脳のパフォーマンスが下がっているから、8時間で終わる仕事に10時間かかっている可能性もあるのです。しかし、ほとんどの方は、「そんなはずはありません!」と反論します。では、ある実験をしてみましょう。1週間だけでいいので、睡眠時間を毎日1時間だけ増やしてください。それによって、どれだけ仕事効率が高まるのか?を自ら実験してほしいのです。私が主宰する会員数600名を超える仕事術の勉強会「樺沢塾」(https://lounge.dmm.com/detail/60/)で、「睡眠時間を1時間だけ増やそう」という実験を行いました。すると驚くことに、参加者のほとんどが「以前より、仕事の効率がアップして、残業時間が減った」「仕事のミスが減った」「仕事のクオリティが高まった」「体のだるさがなくなり、体調がよくなった」などの効果を実感したのです。結論から言いますと、1時間睡眠を増やすことによって、注意力・集中力が高まり、仕事の効率もアップし、残業時間が減って、早く帰れるようになります。つまり、睡眠時間を増やすことによって、睡眠時間1時間以上の時間が生み出されるのです。嘘だと思った方は、実際にやってみてください。睡眠時間6時間を切っている方に関しては、確実に効果が出るはずです。スタンフォード大学で行われた、男子バスケットボール選手を対象とした興味深い研究があります。10人の選手に40日間、毎晩10時間ベッドに入ってもらい、日中のパフォーマンスの変化を記録しました。80メートル走のタイムとフリースローの成功率を毎日記録したのです。同大学のバスケ部には、セミプロレベルの運動能力の高い選手が集まっていたため、睡眠時間を増やしても目立った効果は出ない、と予想されました。しかし実際は、2週間、3週間、4週間と時間が経過するごとに、すべての選手のパフォーマンスは改善し、最終的には80メートル走のタイムは0・7秒縮まり、フリースローは0・9本、3点スローに関しては1・4本(10本中)多く入るようになったのです。また、反応時間(集中力)を調べる検査でも、選手たちは「すごく調子がいい」「ゲーム運びがよくなった」とパフォーマンスが改善され向上しているのを実感したのです。つまり、睡眠時間を増やすことで、集中力が向上し、エラーが減り、運動のパフォーマンスが向上する、という信じられない結果が出たのです。睡眠時間を増やすと、脳のパフォーマンスが著しく向上して、ミスを減らすことができます。必ず効果が出ますので、是非試していただきたいと思います。睡眠薬を飲んでもいい睡眠はとれない仕事が忙しくて、どうしても入床時間が遅くなってしまうという方は、頑張って時間管理をすれば、早い時間に床につくことができるはずです。しかし、毎晩、夜10時に布団に入っても、寝付きが悪く、結果として睡眠時間6時間を切ってしまっているような不眠症・睡眠障害の方は、「6時間眠りたくても眠れない」といったことで悩んでいると思います。不眠症・睡眠障害の治療ということで、皆さんが最初に思いつくのはおそらく「睡眠薬」でしょう。「睡眠薬を飲んでいれば、睡眠障害が治る」と多くの方は思っていますが、それは完全に間違いである、ということをご存知でしょうか?睡眠薬を飲んでも、睡眠障害は改善しません。睡眠障害の背後には、必ず原因があります。その「原因」が取り除かれない限り、睡眠障害は治らないのです。睡眠障害の根本治療は、「原因を取り除くこと」です。睡眠薬とは、あくまでも一時しのぎの「対症療法」にすぎません。血圧が高いから、血圧を下げる薬を飲む。すると、薬が効いている間は血圧が下がりますが、薬の効果が切れるとまた血圧は上がります。ちなみに、睡眠薬を飲むと寿命が縮まる、という研究もあります。米ペンシルバニア州に住む睡眠薬を処方された患者約1万人を対象に、2年半の追跡調査をしたところ、睡眠薬服用者の死亡率は非服用者と比べて、3・5~4・6倍高いという結果が出ました。さらに、睡眠薬服用に伴う発がんリスクは35%も増加しました。このことからもわかるように、睡眠薬を長期で服用するのは、健康によくないのです。ですから、「眠れない人」がまずすべきことは、睡眠薬の服用ではなく、眠れない原因を調べて、それに対して徹底的に対策を講じることです。睡眠障害の原因は何でしょうか?それは、こちらの表「リラックスのゴールデンタイムの過ごし方」でご紹介した「してはいけないこと」のすべてです。つまり、寝る前の2時間の飲酒、食事、スマホ、ゲーム、テレビなどがそのまま、睡眠障害の原因になります。私は、今まで睡眠障害の患者さんを数えきれないほど診察してきましたが、睡眠障害の患者さんは、「してはいけないこと」を必ず数項目はやっています。それをきちんと改善していけば、睡眠薬を使わなくても睡眠障害は改善します。睡眠障害の原因として非常に多いのが、「飲酒」です。ほぼ毎日飲酒している方で、「眠りが悪い」という方は、たいていその「飲酒」が原因です。そういう方は、お酒をやめない限り、睡眠障害は治りません。睡眠が十分にとれないと将来、間違いなく病気になります。疲労の回復、免疫機能の向上、がん細胞の除去、細胞の修復が十分に行えないからです。「睡眠がとれない」というのは、心と体にとって、黄色信号。いや、命にも関わる赤信号なのです。つまり、睡眠障害も「警告症状」の1つと考えるべきでしょう。「眠れない人」「眠りの悪い人」は、実に日本人の5人に1人。そんな「眠れない人」「眠りの悪い人」は、とにかく寝る前2時間の生活習慣を見直して、「してはいけないこと」をやめて、寝る前2時間で「すべきこと」を実践していきましょう。眠りにいい生活習慣を身につければ、睡眠障害は必ず治ります。
愚痴でストレスは解消できない「ミスをしない人」と「ミスをしやすい人」の感情の状態を一言で表すと、「ミスをしない人」は、沈着、冷静、平常心。「ミスをしやすい人」は、イライラ、むしゃくしゃ、余裕がない。そんな状態ではありませんか?イライラしたりむしゃくしゃしたり感情が不安定なときにミスは起こりやすいものです。つまり、「感情」を整理して安定させることによって、ミスを減らすことができるのです。たとえば、仕事でミスをして上司に叱られたら、あなたは、そのストレスをどうやって発散して、感情を整理しますか?「人に話す」「酒を飲む」「とにかく寝る」などが考えられるでしょうが、ほとんどの人は「感情を整理」という意味で、間違った対応をしていると思います。最も多いパターンは、「人に話す」「酒を飲む」です。「人に話す」というのは、「表現する」ということなので、感情の整理とストレス発散になりますが、「何度も人に話す」「長時間人に話す」と、先ほども述べたように、間違いなく「記憶の増強」につながってしまいます。居酒屋などで、サラリーマンが3、4人で上司の悪口を話している場面をよく見かけますが、驚くべきことにその同じ話題で2時間ずっと話し続けているのです。結局、堂々めぐりのような感じで、似た話が繰り返されます。すると「発散」よりも「記憶の増強」効果がはるかに上回ってしまいます。こうなると、あなたの失敗体験は脳裏に強く焼き付けられて、2、3日たっても、いや1週間たっても、1カ月たっても忘れられなくなります。結果として、いつまでたっても、「失敗を引きずる」ことになり、失敗による感情的なダメージも引きずることになるでしょう。そんな状態で仕事をしていると、「ミス」や「失敗」のパターンを無意識のうちに踏襲してしまい、また同じ「ミス」や「失敗」を繰り返す、という悪循環に陥るのです。どうしても人に話したい場合は、せいぜい15分くらいで軽く話す程度にとどめる。30分とか1時間とか、長々と話さない。翌日に別な友人に、また同じ話をしない。失敗体験の告白は、たった1回、15分程度に収めたほうが無難です。「思考の整理」の項目でもお話ししましたが、ミスや失敗をした場合は、「原因究明」と「対策」だけをして、「体験」と「感情」についてはきれいに忘れたほうがいいのです。「怒り」はストレスを増強する自分を叱りつけた上司の悪口を長々と話していると、腹が立ってきませんか?「本当は自分は悪くないし、上司にも責任があるのに、それを全部自分に押し付けやがって!」といった負の感情がわき上がり、「怒り」を感じるはずです。100%自分に責任がある場合は、「なぜ、事前に気付かなかったんだろう。なんて自分はダメなんだ……」と自責的になり、怒りの矛先を自分に向けることもあるでしょう。人間は、「怒り」の感情を持つと、アドレナリンが分泌されます。アドレナリンは、強烈な記憶増強物質です。つまり、「怒り」を伴う体験は、強烈に記憶に残ってしまう特性があるのです。もしかするとあなたも、こっぴどい夫婦喧嘩の体験は、何年しても忘れられないのではないでしょうか?アドレナリンは、強い恐怖を感じたときにも分泌されます。東日本大震災の被災者の方で、「津波が押し寄せてくるシーンが何度も何度もよみがえってきて、どうしても忘れることができません」と話す方がいます。その理由は、強い恐怖を感じたときに記憶増強物質であるアドレナリンが分泌されるからです。特に、命に関わる「死ぬかもしれない」という状況においては、大量のアドレナリンが分泌されるので、何年しても「忘れたくても、忘れられない」ということが起きてきます。これが「心の外傷(トラウマ)」となって残ると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)という病気になります。「怒り」や「恐怖」という感情は、動物的、生物的に言えば、生命の存続の危機に関わることが多いために、同じ危険を回避するためにも強く記憶するというのが、動物的な本能なのでしょう。「笑い」で水に流すでは、失敗やミスをした場合、どうすればいいのでしょう?私は「笑い話」にしてしまう、というのが、最も上手な「感情の整理」法だと思います。「昨日こんなことがあってさ。こっぴどく失敗しちゃってさ。俺って、本当におっちょこちょいだよね。ハハハハハ」といった具合です。「笑い」には、ストレスを解消する効果があります。科学的に言うと、「笑い」によって、交感神経優位から副交感神経優位に切り替わるのです。つまり、「リラックス」作用です。交感神経優位の状態では、アドレナリンが分泌されています。それが副交感神経に切り替わると、アドレナリンのスイッチがオフになる。つまり、感情が整理されて、きれいさっぱり忘れられる、ということです。ですから、「失敗体験」「苦しい体験」「嫌な体験」「腹が立つ体験」があって、どうしても人に話したいときは、深刻に話すのではなく、「笑い話」にしてしまえばいいのです。私は、2004年から3年間、アメリカのシカゴに留学したのですが、その最初の3カ月は、アパートの賃貸や銀行口座の開設などがうまくいかず、言葉も通じず、さらに科学実験の仕事もうまくいかずで、非常に大きなストレスを抱えていました。私にとって、人生で最も辛かった時期が、アメリカに渡った最初の3カ月です。そのとき、私が何をしたか、というと、自分のウェブサイト(まだ当時はブログはなかったので)に、自分の失敗談を「笑い」を交えながら日記風に記録していったのです。とんでもない失敗が次々と起きるものですから、大笑いできるアメリカ日記となり、アクセス数も増えました。それが、当時の死ぬほど辛かった私にとって、最大のストレス発散となり、心の支えになったのです。ミネソタ大学のユーモア(笑い)と有能感についての研究では、他者を笑わせたり、ともに笑ったりすることが、自己の有能感を高めることにつながるということを明らかにしました。なぜなら、相手が笑ってくれることで他者との相互作用的関係がうまく築けているという自信になるからです。ミスや失敗をすると、「自分はダメな人間だ!」と自信や自己有能感が著しく低下しますが、「笑い」はそんな失われた自信を回復させる、心理学的な効果もあるのです。
このように、ネガティブな体験と感情は、「笑い」で水に流してしまうのが、上手な感情整理の方法と言えます。お酒はおいしく、楽しく仕事で失敗してむしゃくしゃしたときに、お酒でストレスを発散する方は多いと思います。というより、ストレス発散といえば、まず「お酒」をイメージする方が多いかもしれません。しかし、お酒が好きな私が言うのも何ですが、「お酒でストレス発散するのはやめたほうがいい」と思います。なぜなら、飲み方によっては、感情を整理するどころか、ネガティブな感情を強化して、余計にストレスをためることになるからです。会社や上司の愚痴や悪口を言いながら、あるいは失敗したのは「自分がダメだから」「自分は無能だから」と自分を責めながらお酒を飲む方は多いと思います。これは、絶対にやめたほうがいいと思います。お酒というのは、「理性」のブレーキを外します。いわば、「催眠状態」に近い状態と考えればわかりやすいでしょう。催眠状態において、「自分はダメな人間だ」「自分は無能な人間だ」と刷り込むと、無意識レベルにまでそれが染み込み、まったく自分に自信が持てなくなってしまいます。まったく自分に自信が持てない状態では、自信を持って仕事をすることも困難ですから、より一層ミスを引き起こし、仕事での失敗が続くことでしょう。「俺の上司は最低」と刷り込めば、その上司と対面したときに、あなたはどんなに笑顏で接しても、非言語的にあなたの感情は相手に伝わりますので、上司との人間関係はより一層悪化し、あなたはどれだけ頑張っても評価されることはなく、仕事はどんどんやりづらくなっていってしまうのです。このように、ストレス発散でお酒を飲むことは、ネガティブな感情を自分にインストールしているのと同じことなのです。お酒は、楽しみながら飲むもの。ですから、「ミスしたとき」「失敗したとき」に飲みに行くのではなく、「仕事で成功したとき」「プロジェクトが終了したとき」「大きな契約を結んだとき」など、おめでたいときに楽しい気持ちで飲むようにしましょう。そうすると、「成功した!」といううれしい感情、「俺は仕事ができる!」という自己有能感、「自分はできる!」という自信が、無意識レベルでインストールされます。そしてそれが、次の仕事へのモチベーションにつながり、成功の連鎖が起きるのです。くれぐれもミスや失敗をしたときに、お酒でウサを晴らすのはやめましょう。お酒を飲んで忘れるはずが、まったく反対に、同じ話を何度も繰り返すことで、失敗した記憶とネガティブな感情を増強することにもなりかねません。「運動」と「睡眠」で感情整理では、仕事で、こっぴどいミスと失敗をしてしまった場合、どうすればいいのでしょうか?私なら、ジムに行き、ハードなトレーニングを1時間行い、たっぷりと汗を流し、お風呂に入る。そして、家に帰って、さっさと寝ます。究極のストレス発散法は、「運動」と「睡眠」です。感情的に不安定であっても、一晩たつと、その程度は間違いなく軽くなるのです。また、睡眠中には夢を見ます。夢というのは、前日にあった出来事の「記憶」と「感情」を整理する作用があります。そのため、ぐっすり眠れば、どんな感情も整理されます。ただ、「むしゃくしゃした気分」のまま布団に入ると、交感神経優位な状態なので、なかなか眠れません。そうしたときには、前述したようにジムに行って普段よりハードなトレーニングをしたり、1時間ジョギングをしたり、かなり疲れるくらいの「運動」をするといいと思います。運動をすると、それだけで「むしゃくしゃした気分」や「腹立たしさ」が吹き飛びます。お酒を飲むと睡眠に悪影響を及ぼしますので、記憶と感情が整理されないということになります。ということで、究極の感情の整理術は「運動」と「睡眠」です。
おわりに「ミスをなくす本」というのは、これまでたくさん出版されてきました。しかし、それらの本で、「睡眠時間を増やそう」とか「脳疲労を回復しよう」といった、科学的根拠に基づいた実践法を詳細に解説したものは、ほとんどありません。睡眠不足や脳疲労の人が、既存の「ミスをなくす本」を読んで、どれだけ「確認」や「机の上の整理」を実践したとしても、ミスを減らすことは不可能なのです。仕事のミスの根本に、注意・集中力の障害が存在しているわけですから、その部分を治すことで、仕事のミスは解決できます。本書では、「ミスを減らす」「ミスをなくす」ための根本的治療法をお伝えしました。今までの同テーマを扱った本とはまったく異なる、革新的で画期的な「ミスをなくす本」になったと自負しています。あとは皆さんが、「ミスをしない人の脳の習慣」をひとつひとつ実行して、それを習慣化していくことです。本書は、非常にたくさんの「脳の習慣」を紹介した盛りだくさんの内容になっていますので、まず何から始めたらいいか、迷ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。そこで最後に、本書の内容を次の2つの表にまとめました。
「ミスをしない人の習慣、ミスをしやすい人の習慣」は、「ミスをしない人」と「ミスをしやすい人」の習慣や行動パターンを整理したものです。チェックリスト的に使用してみてください。「ミスをしやすい人」のチェックが入った項目を、ひとつひとつ改善していくと、あなたは「ミスをしない人」になることができます。また、「絶対にミスをしない人の脳の習慣」は、ミスの4つの原因ごとに、効果的な10個の「脳の習慣」を一覧表にしたものです。どの「脳の習慣」も複数の効果が得られます。これらの脳にまつわる習慣を徹底して行うことで、「高い集中力」と「頭の回転の速さ」が同時に手に入ります。そして、バリバリと効率的に仕事をしながら、ストレスをためず、メンタル疾患や体の病気にもならず「健康」な状態で、ミスとは無縁の「絶好調」の状態で活躍することができるのです。「質の高い仕事力」と「心と体の健康」の両方を手に入れていただく。これが、精神科医の私が、本書『絶対にミスをしない人の脳の習慣』を書いた本当の理由です。ミスをなくすだけではなく、心と体に、絶好調のパフォーマンスを実現する。そんな素晴らしい「脳の習慣」を、是非、今日から1つずつ実行していただきたいと思います。2017年9月精神科医樺沢紫苑
参考文献一覧『脳のワーキングメモリを鍛える!』(トレーシー・アロウェイ、ロス・アロウェイ著、NHK出版)『オーバーフローする脳』(ターケル・クリングバーグ著、新曜社)『もの忘れの脳科学最新の認知心理学が解き明かす記憶のふしぎ』(苧阪満里子著、講談社)『「テンパらない」技術』(西多昌規著、PHP研究所)『スタンフォード式最高の睡眠』(西野精治著、サンマーク出版)『SLEEP最高の脳と身体をつくる睡眠の技術』(ショーン・スティーブンソン著、ダイヤモンド社)『脳を鍛えるには運動しかない!』(ジョン・J・レイティ、エリック・ヘイガーマン著、NHK出版)『その「もの忘れ」はスマホ認知症だった』(奥村歩著、青春出版社)『やってはいけない脳の習慣』(横田晋務著、川島隆太監修、青春出版社)『「時間の使い方」を科学する』(一川誠著、PHP研究所)『「親切」は驚くほど体にいい!』(デイビッド・ハミルトン著、飛鳥新社)『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』(ケリー・マクゴニガル著、大和書房)『神・時間術』(樺沢紫苑著、大和書房)『ムダにならない勉強法』(樺沢紫苑著、サンマーク出版)『脳を最適化すれば能力は2倍になる』(樺沢紫苑著、文響社)『覚えない記憶術』(樺沢紫苑著、サンマーク出版)『読んだら忘れない読書術』(樺沢紫苑著、サンマーク出版)『精神科医が教えるぐっすり眠れる12の法則日本で一番わかりやすい睡眠マニュアル』(樺沢紫苑著、Kindle電子書籍)
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