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PART1人を動かす三原則

この電子書籍は、現行の公式版である『新装版人を動かす』から主要部分を集約し、本編30章を収載した文庫エッセンシャル版です。

この作品は縦書きでレイアウトされています。

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一部の漢字が簡略字で表示されていることがあります。

目次改訂にあたってPART1人を動かす三原則1盗人にも五分の理を認める2重要感を持たせる3人の立場に身を置く

改訂にあたって本書がサイモン&シュスター社から最初に出版された時の部数は、わずか五千部でした。

著者も出版社も、それ以上売れるとは思っていなかったのです。

ところが、発売されると、とたんにセンセーションが巻き起こり、増刷に増刷を重ねて、またたく間に世界的なベストセラーになりました。

人情の機微をうがった本書は、読む人の心を揺さぶって波紋を広げ、半世紀を越えた今も、全世界にわたって、読者の数が増え続けています。

デール・カーネギーは、存命中、自分の著作に終始たゆまず改訂を加えていました。

一九五五年に亡くなりましたが、もしも生きていたら、きっと自分の手で、時勢の移り変わりに沿った新しい事例を取り入れながら、改訂を続けていたに違いありません。

たとえば、本書に登場していたかつての有名人も、現在の読者には縁遠い人物になっている場合もあり、引用された例にしても、現代の社会習慣から見れば、いかにも古めかしく感じるものも散見されます。

このような箇所には、最近のカーネギー協会の世界的な活動の中で集めた実例を置き換えて、現代の読者にも親しみやすい本にしました。

その結果、カーネギーは、昔に変わらず独特の陽気な口調で、現代の新しい読者に語りかけることになったわけです。

今日まで、何万という人々が本書を読み、そこに収められた原則を応用して、人生を豊かにする努力をしてきました。

今後もその数は増え続けるでしょう。

すでに定評を得た本書にいっそうの磨きをかけ、そういった人々のために役立てたいと願って、ここにこの改訂版を贈ります。

一九八一年九月ドロシー・カーネギー(D・カーネギー夫人)

1盗人にも五分の理を認める一九三一年五月七日ニューヨーク市では、前代未聞の大捕物が行なわれた。

凶悪な殺人犯で、ピストルの名手、ところが、酒も煙草ものまないという〝二丁ピストルのクローレー〟が、数週間にわたる捜索の結果、ついに追いつめられて、ウェスト・エンド大通りのガールフレンドが住むアパートに逃げ込んだのである。

犯人の潜伏しているそのアパートの最上階を、百五十人の警官隊が包囲し、屋根に穴をあけて催涙ガスを送り込み、クローレーをいぶし出しにかかった。

周囲のビルディングの屋上には、機関銃がすえつけられた。

こうして、ニューヨークの高級住宅街に、ピストルと機関銃の銃声が、一時間以上にわたって、とどろくことになったのである。

クローレーは、分厚いソファーの陰から、警官めがけてさかんに発砲する。

この乱戦を見物に集まった野次馬の数は、およそ一万人に及んだ。

実に、ニューヨーク空前の大活劇であった。

クローレーが逮捕された時、警視総監マルルーネーが発表したところによると、この〝二丁ピストル〟は、ニューヨークの犯罪史にもまれに見る凶悪犯で、〝針の先ほどのきっかけ〟からでも簡単に人を殺したという。

ところでこの〝二丁ピストルのクローレー〟は、自分では自分のことをどう考えていたのだろうか?実は、これに対する答えを知る手がかりが残されている。

というのは、あの乱戦の最中に、この男は〝関係者各位〟に宛てて手紙をしたためたのである。

それを書くうちにも、血は容赦なく流れた。

朱にそまった手紙の一節に、次のような言葉が記されている。

「私の心──それは、疲れ果てた心ではあるが、優しい心である。

誰ひとり人を傷つけようとは思わぬ心である」この事件の起こる少し前、クローレーは、ロング・アイランドの田舎道に自動車を停めて、ガールフレンドを相手に、怪しげな行為にふけっていたことがある。

出し抜けに、一人の警官が自動車に近づいて言葉をかけた。

「免許証を見せたまえ」いきなりピストルを取り出したクローレーは、物も言わず相手に乱射を浴びせた。

警官がその場にくずおれると、クローレーは、車から飛び降りて、相手のピストルをひったくり、それでさらにもう一発撃ってとどめをさした。

この殺人鬼が〝誰ひとり人を傷つけようとは思わぬ心〟の持ち主だと、自ら称しているのである。

クローレーがシン・シン刑務所の電気椅子に座る時、「こうなるのも自業自得だ──大勢の人を殺したのだから」と言っただろうか──いや、そうは言わなかった。

「自分の身を守っただけのことで、こんな目にあわされるんだ」これが、クローレーの最後の言葉であった。

この話の要点は、凶悪無類のクローレーでさえ、自分が悪いとは全然思っていなかったということだ。

こういう考え方をする犯罪者は、決して珍しくない。

「俺は働き盛りの大半を、世のため人のために尽くしてきた。

ところが、どうだ──俺の得たものは、冷たい世間の非難と、お尋ね者の烙印だけだ」と、嘆いたのは、かつて全米を震え上がらせた暗黒街の王者アル・カポネである。

カポネほどの極悪人でも、自分では、悪人だと思っていなかった。

それどころか、自分は慈善家だと大真面目で考えていた──世間は、彼の善行を誤解しているのだというのである。

ニューヨークでも第一級の悪人ダッチ・シュルツにしてもそうだ。

ギャング仲間の出入りで命を落とす前のことだが、ある新聞記者会見の席で、シュルツは、自分のことを社会の恩人だと称していた。

実際、自分ではそう信じていたのである。

この問題について、私は、シン・シン刑務所長から興味のある話を聞かされた。

およそ受刑者で自分自身のことを悪人だと考えている者は、ほとんどいないそうだ。

自分は一般の善良な市民と少しも変わらないと思っており、あくまでも自分の行為を正しいと信じている。

なぜ金庫破りをしなければならなかったか、あるいは、ピストルの引き金を引かねばならなかったか、そのわけを実にうまく説明する。

犯罪者は、たいてい、自分の悪事にもっともらしい理屈をつけて正当化し、刑務所に入れられているのは不当だと思い込んでいるものなのである。

右に挙げた極悪人たちでさえも、自分が正しいと思い込んでいるとすれば、彼らほどの悪人でない一般の人間は、自分のことを、いったいどう思っているのだろうか。

「三十年前に、私は人を叱りつけるのは愚の骨頂だと悟った。

自分のことさえ、自分で思うようにはならない。

天が万人に平等な知能を与えたまわなかったことにまで腹を立てたりする余裕はとてもない」と言ったのは、アメリカの偉大な実業家ジョン・ワナメーカーである。

ワナメーカーは年若くしてこの悟りに達していたのだが、私は、残念ながら、四十歳近くになってやっと、人間はたとえ自分がどんなに間違っていても決して自分が悪いとは思いたがらないものだということが、わかりかけてきた。

他人のあら探しは、何の役にも立たない。

相手は、すぐさま防御体制を敷いて、何とか自分を正当化しようとするだろう。

それに、自尊心を傷つけられた相手は、結局、反抗心を起こすことになり、まことに危険である。

世界的に有名な心理学者B・F・スキナーは、動物の訓練では、良いことをした時にほうびをやった場合と、間違った時に罰を与えた場合とをくらべると、前の場合のほうがはるかによく物事を覚え、訓練の効果が上がることを実証した。

また、その後の研究から、同じことが人間にも当てはまることが明らかにされている。

批判するだけでは永続的な効果は期待できず、むしろ相手の怒りを買うのがおちである。

もう一人、偉大な心理学者ハンス・セリエはこう言う。

「我々は他人からの賞賛を強く望んでいる。

そして、それと同じ強さで他人からの非難を恐れる」批判が呼び起こす怒りは、従業員や家族・友人の意欲をそぐだけで、批判の対象とした状態は少しも改善されない。

オクラホマ州エニッドのジョージ・ジョンストンは、ある工場の安全管理責任者で、現場の作業員にヘルメット着用の規則を徹底させることにした。

ヘルメットをかぶっていない作業員を見つけ次第、規則違反を厳しくとがめる。

すると、相手は、不服げにヘルメットをかぶるが、目を離すと、すぐ脱いでしまう。

そこでジョンストンは、別の方法を考えた。

「ヘルメットってやつは、あんまりかぶり心地の良いもんじゃないよ、ねえ。

おまけに、サイズが合ってなかったりすると、たまらんよ。

──君のは、サイズ、合ってるかね」まず、こう切り出して、そのあと、多少かぶり心地が悪くても、それで大きな危険が防げるのだから、ヘルメットは必ずかぶろうと話すのである。

これで、相手は怒ったり恨んだりすることもなく、規則はよく守られるようになった。

人を非難することの無益さは、歴史にも多くの例がある。

セオドア・ルーズヴェルト大統領とその後継者タフト大統領との有名な仲違いもその一つだ。

この事件のために、二人の率いる共和党が分裂し、民主党のウッドロー・ウィルソンがホワイト・ハウスのあるじに収まったばかりか、第一次世界大戦にアメリカが加わることにもなって歴史の流れが変わってしまったのであるが、この事件を思い出してみよう。

一九〇八年、ルーズヴェルトは大統領の地位を同じ共和党のタフトに譲り、自分はアフリカへライオン狩りに出かけた。

ところが、しばらくして帰ってみると、タフトの政策はあまりに保守的だと世論の批判を浴びている。

そこで、ルーズヴェルトは、次期大統領の指名を確保するために、革新党を組織した。

その結果、共和党は壊滅の危機にさらされ、次の選挙では、タフトを大統領候補に立てた共和党は、わずかバーモントとユタの二州で支持されただけで、共和党としては前例のない完敗ぶりだった。

ルーズヴェルトはタフトを責めた。

しかし責められたタフトは、果たして自分が悪いと思っただろうか──もちろん、そうは思わなかった。

「どう考えてみても、私としては、ああする以外に、方法はなかった」と、タフトは、悔し涙を目に浮かべて、人に語った。

この二人のうちどちらが悪いか、ということになると、正直なところ私にはわからないし、また、わかる必要もない。

私が言いたいのは、ルーズヴェルトがどんなにひどくタフトを責めても、タフトに自分が悪かったと思わせることができなかったということだ。

結果は、ただ、何とか自分の立場を正当化しようと躍起にならせ、「どう考えてみても、ああする以外に、方法はなかった」と、繰り返し言わせただけだ。

次に、もう一つの例、ティーポット・ドーム油田疑獄事件を取り上げてみよう。

これはアメリカでも空前の大疑獄で、国民の憤激は数年にわたって収まらなかったほどの事件である。

アルバート・フォールというのがこの疑獄の中心人物で、ハーディング大統領(アメリカ第二十九代大統領)のもとで内務長官の要職を占めていた男である。

この男が、当時政府所有のティーポット・ドームとエルク・ヒルの油田貸与に関する実権を握っていた。

もともと、この油田は、海軍用に確保しておくことになっていた。

ところが、フォールは入札もせずに、いきなり友人のエドワード・ドヘニーと契約を結んでこれを貸与し、大儲けをさせてやった。

それに対し、ドヘニーは〝貸付金〟と称して、十万ドルをフォールに融通した。

すると、この内務長官は、海兵隊を動かして、その油田付近の他の業者を追い出しにかかった。

エルク・ヒルの石油埋蔵量が近隣の油田の影響を受けて減少することを恐れたのだ。

ところが、収まらないのは、銃や剣で追い立てられた連中で、彼らは大挙して法廷に訴え出た。

こうして、一億ドルの汚職事件が、白日のもとにさらされることになったのである。

この事件は、あまりにも醜悪で、とうとうハーディング大統領の命取りとなり、全国民の憤激を買って、共和党を危機におとしいれ、アルバート・フォールに投獄の憂き目を見せる結果となった。

フォールは、現職の官吏としては前例がないほどの重罪に処せられた。

それで、フォールは、罪を悔い改めただろうか──〝否〟である。

それから何年かののち、ハーバート・フーヴァー大統領が、ある講演会で、ハーディング大統領の死を早めたのは、友人フォールに裏切られた精神的苦悩だったと述べたことがある。

すると、たまたまこれを聞いていたフォール夫人が、やにわに椅子から飛び上がると、泣きながら拳を振りまわして金切り声を上げた。

「何ですって?ハーディングがフォールに裏切られた?とんでもない!私の夫は人を裏切ったことは一度もありません。

この建物いっぱいの黄金を積んでも、夫を悪事に引

き入れることはできません。

夫こそ裏切られたのです。

裏切られて殺された受難者です」こういった具合に、悪い人間ほど自分のことは棚に上げて、人のことを言いたがる。

それが人間の天性なのだ。

ところが、これは悪人だけの話ではない。

我々もまた同じだ。

だから、もし他人を非難したくなったら、アル・カポネやクローレーやフォールの話を思い出していただきたい。

人を非難するのは、ちょうど天に向かってつばをするようなもので、必ず我が身に返ってくる。

人の過ちを正したり、人をやっつけたりすると、結局、相手は逆にこちらを恨んで、タフトのように、「ああする以外に、方法はなかった」と言うくらいが関の山だ。

一八六五年四月十五日の朝のこと、フォード劇場でブースの凶弾にたおれたエイブラハム・リンカーンは、劇場のすぐ向かいの、ある安宿のベッドに寝かされて死を待っていた。

ベッドが小さすぎて、リンカーンの長身は、斜めにその上へ寝かされている。

部屋の壁には、ローザ・ボンヌールの有名な〝馬市〟の絵の安っぽい複製がかかっているだけ。

薄暗いガス灯の炎が黄色く揺れていた。

この痛ましい光景を見守っていたスタントン陸軍長官は、「ここに横たわっている人ほど完全に人間の心を支配できた者は、世に二人とはいないだろう」と、つぶやいた。

それほど巧みに人間の心をとらえたリンカーンの秘訣は何か?私は、リンカーンの生涯を十年間研究し、それから、まる三年かかって『知られざるリンカーン』という題の本を書き上げたのだが、リンカーンの人となりとその家庭生活についても、あますところなく研究し、その成果については、他人の追随を許さないと自負している。

また、リンカーンの人の扱い方については特に念を入れて研究した。

リンカーンは人を非難することに興味を持ったことがあるかというと、それが、おおありなのである。

彼がまだ若くてインディアナ州のピジョン・クリーク・バレーという田舎町に住んでいた頃、人のあら探しをしただけでなく、相手をあざ笑った詩や手紙を書き、それをわざわざ人目につくように道ばたに落としておいたりした。

その手紙の一つがもとになって、一生涯彼に反感を持つようになった者も現われた。

その後、スプリングフィールド(イリノイ州の州都)に出て弁護士を開業してからも、彼は、反対者をやっつける手紙を、新聞紙上に公開したりなどしていたが、とうとうやりすぎて、最後に、とんでもない目にあわされることになった。

一八四二年の秋、リンカーンは、ジェイムズ・シールズという見栄坊で喧嘩早いアイルランド生まれの政治屋をやっつけた。

スプリングフィールド・ジャーナル紙に匿名の諷刺文を書き送ったのである。

これが掲載されると、町中が大笑いした。

感情家で自尊心の強いシールズは、もちろん怒った。

投書の主が誰かわかると、早速馬に飛び乗り、リンカーンのところに駆けつけて決闘を申し込んだ。

リンカーンは決闘には反対だったが、結局断り切れず、申し込みを受け入れることになり、武器の選択は、リンカーンにまかされた。

リンカーンは腕が長かったので、騎兵用の広刃の剣を選び、陸軍士官学校出の友人に剣の使い方を教えてもらった。

約束の日がくると、二人は、ミシシッピ川の砂州にあいまみえたが、いよいよ決闘がはじまろうとした時、双方の介添人が分け入り、この果たし合いは預かりとなった。

この事件では、さすがのリンカーンも肝を冷やした。

おかげで、彼は、人の扱い方について、このうえない教訓を得たのである。

二度と人を馬鹿にした手紙を書かず、人をあざけることをやめ、どんなことがあっても、人を非難するようなことは、ほとんどしなくなった。

それからずっとあとの南北戦争の時、ポトマック川地区の戦闘が思わしくないので、リンカーンは司令官を次々と取り替えねばならなかった。

マクレラン、ポープ、バーンサイド、フッカー、ミードの五人の将軍を代えてみたが、揃いも揃ってヘまばかりやる。

リンカーンはすっかり悲観した。

国民の半数はこの無能な将軍たちを痛烈に非難したが、リンカーンは〝悪意を捨てて愛をとれ〟と自分に言い聞かせて、心の平静を失わなかった。

「人を裁くな──人の裁きを受けるのが嫌なら」というのが、彼の好んだ座右銘であった。

リンカーンは、妻や側近の者が、南部の人たちをののしると、こう答えた──「あまり悪く言うのはよしなさい。

我々だって、立場を変えれば、きっと南部の人たちのようになるんだから」ところが、当然人を非難していい人間がこの世にいたとすれば、リンカーンこそ、その人なのである。

一つだけ、例を挙げてみよう。

一八六三年の七月一日から三日間にわたって、ゲティスバーグ(ペンシルバニア州南部の都市)に、南北両軍の激戦が繰り広げられた。

四日の夜になると、リー将軍指揮下の南軍が、おりからの豪雨に紛れて後退をはじめた。

敗軍を率いて、リー将軍がポトマック川まで退却してくると、川は夜からの豪雨で氾濫している。

とても渡れそうもないし、背後には、勢いづいた北軍が迫っている。

南軍はまったく窮地におちいったのである。

リンカーンは、南軍を壊滅させ、戦争を即刻終結させる好機に恵まれたことを喜び、期待に胸をふくらませて、ミード将軍に、作戦会議は抜きにして、時を移さず追撃せよと命令した。

この命令は、まず電報でミードに伝えられ、ついで、特使が派遣されて、直ちに攻撃を開始するように要請された。

ところが、ミード将軍は、リンカーンの命令とまるで反対のことをしてしまった。

作戦会議を開いて、いたずらに時を過ごし、いろいろと口実をもうけて、攻撃を拒否した。

そのうちに、川が減水して、リー将軍は南軍を率いて向こう岸へ退却してしまった。

リンカーンは、怒った。

「いったい、これはどういうことだ!」彼は、息子のロバートをつかまえて叫んだ。

「くそっ!何ということだ!敵は袋のネズミだったじゃないか。

こちらは、ちょっと手を伸ばすだけでよかったのに、私が何と言おうとも、味方の軍隊は指一本動かそうとはしなかったのだ。

ああいう場合なら、どんな将軍でも、リーを打ち破ることができただろう。

私でもやれたくらいだ」ひどく落胆したリンカーンは、ミード将軍に宛てて一通の手紙を書いた。

この頃のリンカーンは言葉遣いがきわめて控え目になっていたということを念のためにつけ加えておこう。

だから、一八六三年に書かれたこの手紙によって、リンカーンがどれほど腹を立てて書いたか想像ができよう。

拝啓私は、敵将リーの脱出によってもたらされる不幸な事態の重大性を、貴下が正しく認識されているとは思えません。

敵はまさに我が掌中にあったのです。

追撃さえすれば、このところ我が軍の収めた戦果とあいまって、戦争は終結に導かれたに相違ありません。

しかるに、この好機を逸した現在では、戦争終結の見込みはまったく立たなくなってしまいました。

貴下にとっては、去る月曜日にリーを攻撃するのが最も安全だったのです。

それをしも、やれなかったとすれば、彼が対岸に渡ってしまった今となって、彼を攻撃することは、絶対に不可能でしょう。

あの日の兵力の三分の二しか、今では使えないのです。

今後、貴下の活躍に期待することは無理なように思われます。

事実、私は期待していません。

貴下は千載一遇の好機を逃したのです。

そのために、私もまたはかり知れない苦しみを味わっています。

ミード将軍がこの手紙を読んで、どう思っただろうか?実は、ミードは、この手紙を読まなかった。

リンカーンが投函しなかったからだ。

この手紙は、リンカーンの死後、彼の書類の間から発見されたのである。

これは私の推測にすぎないが、おそらくリンカーンは、この手紙を書き上げると、しばらくの間、窓から外を眺めていたことだろう。

そしてこうつぶやいたに違いない──「待てよ、これは、あまり急がないほうがいいかもしれない。

こうして、静かなホワイト・ハウスの奥に座ったまま、ミード将軍に攻撃命令を下すことは、いともたやすいが、もしも私がゲティスバーグの戦線にいて、この一週間ミード将軍が見ただけの流血を目の当たりにしていたとしたら、そして、戦傷者の悲鳴、断末魔の呻き声に耳をつんざかれていたとしたら──たぶん、私も、攻撃を続行する気がしなくなったことだろう。

もし私が、ミードのように生まれつき気が小さかったとしたら、おそらく、私も、彼と同じことをやったに違いない。

それに、もう万事手遅れだ。

なるほど、この手紙を出せば、私の気持ちは収まるかもしれない。

だがミードは、どうするだろうか?自分を正当化して、逆にこちらを恨むだろう。

そして、私に対する反感から、今後は司令官としても役立たなくなり、結局は、軍を去らねばならなくなるだろう」そこで、リンカーンは、この手紙を、前述のとおり、しまい込んだのに相違ない。

リンカーンは過去の苦い経験から、手厳しい非難や詰問は、たいていの場合、何の役にも立たないことを知っていたのだ。

セオドア・ルーズヴェルトは大統領在任中、何か難局に出くわすと、いつも、居室の壁にかかっているリンカーンの肖像をあおぎ見て、「リンカーンなら、この問題をどう処理するだろう?」と、考えてみる習わしだったと、自ら語っている。

我々も、他人をやっつけたくなった時には、ルーズヴェルト大統領の真似をして、「リンカーンなら、こういう場合に、どうするだろう?」と、考えてみることにしようではないか。

マーク・トウェインは、時に腹を立てて、激越な手紙を書くことがあった。

たとえば、こんな手紙がある。

「君には、死亡証明書が、ぜひとも必要だ。

それをとるお手伝いなら、いつでも喜んで引き受けましょう」また、ある時は、出版社の編集長に、次のような手紙を書き送った。

「私の原稿に手を入れて、綴りや句読点を変えるなど、大それた真似をする校正係に伝えていただきたい──以後、原稿どおり忠実に校正し、自分の考えは、自分の腐った脳みそに、しっかり練り込んで、悪臭がもれないように封をしておけと」こういう辛辣な手紙を書くことで、マーク・トウェインは、気が軽くなった。

おかげで、怒りも収まり、しかも、手紙からは、何の実害も生じなかった──奥さんが、こっそりとその手紙を抜き取って、発送しなかったからである。

他人の欠点を直してやろうという気持ちは、確かに立派であり賞賛に価する。

だが、どうしてまず自分の欠点を改めようとしないのだろう?他人を矯正するよりも、自分を直すほうがよほど得であり、危険も少ない。

利己主義的な立場で考えれば、確かにそうなるはずだ。

自分の家の玄関が汚れているのに、隣の家の屋根の雪に文句をつけるなと教えたのは、東洋の賢人孔子である。

私がまだ若かった頃の話だが、当時、私は、何とか人に存在を認めさせようとあせっていた。

その頃アメリカの文壇で売り出していた作家リチャード・ハーディング・デイヴィスに、愚かしい手紙を出したことがある。

ある雑誌に作家論を書くことになっていたので、彼の仕事のやり方を、直接問い合わせたわけだ。

ちょうどその数週間前、ある人から手紙をもらったが、その末尾に次のような文句が記されていた──「文責在記者」この文句がすっかり気に入った。

手紙の主は、おそろしく偉い多忙な要人に違いないと思った。

私は少しも多忙ではなかったが、何とかデイヴィスに強い印象を与えようとして、つい、その文句を、手紙の終わりに借用してしまった。

デイヴィスは、返事の代わりに、私の手紙を送り返してきた。

送り返された手紙の余白には「無礼もいい加減にしたまえ」と書きつけてあった。

確かに、私が悪かった。

それくらいの仕返しをされてもやむをえない。

しかし、私も生身の人間で、やはり憤慨した。

とても悔しかった。

それから十年後にリチャード・ハーディング・デイヴィスの死を新聞で知った時、まず胸に浮かんだのは、恥ずかしながら、あの時の屈辱であった。

死ぬまで他人に恨まれたい方は、人を辛辣に批評してさえいればよろしい。

その批評が当たっていればいるほど、効果はてきめんだ。

およそ人を扱う場合には、相手を論理の動物だと思ってはならない。

相手は感情の動物であり、しかも偏見に満ち、自尊心と虚栄心によって行動するということをよく心得ておかねばならない。

英文学に光彩を添えたトーマス・ハーディーが小説を書かなくなったのは、心ない批評のせいであり、イギリスの天才詩人トーマス・チャタトンを自殺に追いやったのもまた批評であった。

若い時は人づきあいが下手で有名だったベンジャミン・フランクリンは、後年、非常に外交的な技術を身につけ、人を扱うのがうまくなり、ついに、駐仏アメリカ大使に任命された。

彼の成功の秘訣は「人の悪口は決して言わず、長所をほめること」だと、自ら言っている。

人を批評したり、非難したり、小言を言ったりすることは、どんな馬鹿者でもできる。

そして、馬鹿者に限って、それをしたがるものだ。

理解と寛容は、優れた品性と克己心を備えた人にしてはじめて持ち得る徳である。

イギリスの思想家カーライルによれば、「偉人は、小人物の扱い方によって、その偉大さを示す」有名なテスト・パイロットで航空ショーの花形ボッブ・フーヴァーは、ある時、サンディエゴの航空ショーを済ませ、ロサンゼルスの自宅へ向け飛んでいたが、その途中、三百フィートの上空で、エンジンが両方ともぱったりと止まってしまった。

巧みな操縦で、そのまま着陸し、負傷者は出なかったが、機体はひどく損傷した。

緊急着陸後、フーヴァーがまずやったことは、燃料の点検だった。

案の定、この第二次世界大戦時代のプロペラ機に、ガソリンでなく、ジェット機用の燃料が積まれていたのである。

飛行場に戻ったフーヴァーは整備を担当した男を呼んだ。

若い整備士は、自分のミスを悟って、自責の念に打ちひしがれていた。

頰には涙がとめどなく流れている。

高価な飛行機が台なしになったばかりか、危うく三人の命が失われようとしたのだから、ショックは当然だろう。

フーヴァーの怒りは、想像にあまりある。

このような言語道断の過ちを犯した男に、誇り高きベテランのパイロットが痛罵を与えたとしても不思議はない。

ところが、フーヴァーは、叱らなかった。

批判もしなかった。

それどころか、整備士の肩に手をかけて、こう言った。

「君は、二度とこんなことを繰り返さない。

私は確信している。

確信している証拠に、明日、私のF-51の整備を君に頼もう」あなたが、子供たちに小言を言いたくなったら、──あなたは、私がまた「小言はいけない」と言うのだろうと思っているに違いない。

ところが、私は、そうは言わない。

まず、アメリカ・ジャーナリズムの古典の一つといわれている『父は忘れる』という一文を読むようにすすめる。

この文章は、最初ピープルズ・ホーム・ジャーナル誌の論説として発表されたが、のちにリーダーズ・ダイジェスト誌が要約して掲載した。

この『父は忘れる』は、ある瞬間の誠実な感情に動かされて書かれたものだが、読む者の心を深く動かす佳編として、今では不朽の文章となり、いろいろな場合に引用されて、社会に大きな反響を呼んでいる。

父は忘れるリヴィングストン・ラーネッド坊や、聞いておくれ。

お前は小さな手に頰をのせ、汗ばんだ額に金髪の巻き毛をくっつけて、安らかに眠っているね。

お父さんは、一人でこっそりお前の部屋にやってきた。

今しがたまで、お父さんは書斎で新聞を読んでいたが、急に、息苦しい悔恨の念に迫られた。

罪の意識にさいなまれてお前のそばへやってきたのだ。

お父さんは考えた。

これまで私はお前にずいぶんつらく当たっていたのだ。

お前が学校へ行く支度をしている最中に、タオルで顔をちょっとなでただけだと言って、叱った。

靴を磨かないからと言って、叱りつけた。

また、持ち物を床の上に放り投げたと言っては、どなりつけた。

今朝も食事中に小言を言った。

食べ物をこぼすとか、丸吞みにするとか、テーブルにひじをつくとか、パンにバターをつけすぎるとか言って、叱りつけた。

それから、お前は遊びに出かけるし、お父さんは駅へ行くので、一緒に家を出たが、別れる時、お前は振り返って手を振りながら、「お父さん、行ってらっしゃい!」と言った。

すると、お父さんは、顔をしかめて、「胸を張りなさい!」と言った。

同じようなことがまた夕方に繰り返された。

私が帰ってくると、お前は地面にひざをついて、ビー玉で遊んでいた。

ストッキングはひざのところが穴だらけになっていた。

お父さんはお前を家へ追い返し、友達の前で恥をかかせた。

「靴下は高いのだ。

お前が自分で金を儲けて買うんだったら、もっと大切にするはずだ!」──これが、お父さんの口から出た言葉だから、我ながら情けない!それから夜になってお父さんが書斎で新聞を読んでいる時、お前は、悲しげな目つきをして、おずおずと部屋に入ってきたね。

うるさそうに私が目を上げると、お前は、入口のところで、ためらった。

「何の用だ」と私がどなると、お前は何も言わずに、さっと私のそばにかけよってきた。

両の手を私の首に巻きつけて、私にキスした。

お前の小さな両腕には、神様が植えつけてくださった愛情がこもっていた。

どんなにないがしろにされても、決して枯れることのない愛情だ。

やがて、お前は、ばたばたと足音を立てて、二階の部屋へ行ってしまった。

ところが、坊や、そのすぐあとで、お父さんは突然何とも言えない不安に襲われ、手にしていた新聞を思わず取り落としたのだ。

何という習慣に、お父さんは、取りつかれていたのだろう!叱ってばかりいる習慣──まだほんの子供にすぎないお前に、お父さんは何ということをしてきたのだろう!決してお前を愛していないわけではない。

お父さんは、まだ年端もいかないお前に、無理なことを期待しすぎていたのだ。

お前を大人と同列に考えていたのだ。

お前の中には、善良な、立派な、真実なものがいっぱいある。

お前の優しい心根は、ちょうど山の向こうから広がってくるあけぼのを見るようだ。

お前がこのお父さんに飛びつき、お休みのキスをした時、そのことが、お父さんにははっきりわかった。

他のことは問題ではない。

お父さんは、お前にわびたくて、こうしてひざまずいているのだ。

お父さんとしては、これが、お前に対するせめてもの償いだ。

昼間こういうことを話しても、お前にはわかるまい。

だが、明日からは、きっと、よいお父さんになってみせる。

お前と仲よしになって、一緒に喜んだり悲しんだりしよう。

小言を言いたくなってもこらえよう。

そして、お前がまだ子供だということを常に忘れないようにしよう。

お父さんはお前を一人前の人間と見なしていたようだ。

こうして、あどけない寝顔を見ていると、やはりお前はまだ赤ちゃんだ。

昨日も、お母さんに抱っこされて、肩にもたれかかっていたではないか。

お父さんの注文が多すぎたのだ。

人を非難する代わりに、相手を理解するように努めようではないか。

どういうわけで、相手がそんなことをしでかすに至ったか、よく考えてみようではないか。

そのほうがよほど得策でもあり、また、面白くもある。

そうすれば、同情、寛容、好意も、自ずと生まれ出てくる。

すべてを知れば、すべてを許すことになる。

イギリスの偉大な文学者ドクター・ジョンソンの言によると──「神様でさえ、人を裁くには、その人の死後までお待ちになる」まして、我々が、それまで待てないはずはない。

人を動かす原則❶|批判も非難もしない。

苦情も言わない。

2重要感を持たせる人を動かす秘訣は、この世に、ただ一つしかない。

この事実に気づいている人は、はなはだ少ないように思われる。

しかし、人を動かす秘訣は、間違いなく、一つしかないのである。

すなわち、自ら動きたくなる気持ちを起こさせること──これが、秘訣だ。

重ねて言うが、これ以外に秘訣はない。

もちろん、相手の胸にピストルをつきつけて、腕時計を差し出したくなる気持ちを起こさせることはできる。

従業員に首を切るとおどして、協力させることもできる──少なくとも、監視の目を向けている間だけは。

鞭やおどし言葉で子供を好きなように動かすこともできる。

しかし、こういうお粗末な方法には、常に好ましくないはね返りがつきものだ。

人を動かすには、相手のほしがっているものを与えるのが、唯一の方法である。

人は、何をほしがっているか?二十世紀の偉大な心理学者ジグムント・フロイトによると、人間のあらゆる行動は、二つの動機から発する──すなわち、性の衝動と、偉くなりたいという願望とである。

アメリカの第一流の哲学者であり教育家でもあるジョン・デューイ教授も、同様のことを、少し言葉を換えて言い表わしている。

つまり、人間の持つ最も根強い衝動は、〝重要人物たらんとする欲求〟だというのである。

〝重要人物たらんとする欲求〟とは、実に意味深い文句だ。

本書では、それについて詳しく考えてみたいと思う。

人間は、何をほしがるか?──たとえほしいものはあまりないような人にも、あくまでも手に入れないと承知できないほどほしいものが、いくつかはあるはずだ。

普通の人間なら、まず、次に挙げるようなものをほしがるだろう。

一、健康と長寿二、食物三、睡眠四、金銭および金銭によって買えるもの五、来世の命六、性欲の満足七、子孫の繁栄八、自己の重要感このような欲求は、たいていは満たすことができるものだが、一つだけ例外がある。

この欲求は、食物や睡眠の欲求同様になかなか根強く、しかも、めったに満たされることがないものなのだ。

つまり、八番目の〝自己の重要感〟がそれで、フロイトの言う〝偉くなりたいという願望〟であり、デューイの〝重要人物たらんとする欲求〟である。

リンカーンの書簡に「人間は誰しもお世辞を好む」と書いたのがある。

優れた心理学者ウィリアム・ジェイムズは、「人間の持つ性情のうちで最も強いものは、他人に認められることを渇望する気持ちである」と言う。

ここでジェイムズが、希望とか要望とか待望とかいう、なまぬるい言葉を使わず、あえて「渇望する」と言っていることに注意されたい。

これこそ人間の心を絶えず揺さぶっている焼けつくような渇きである。

他人のこのような心の渇きを正しく満たしてやれる人はきわめてまれだが、それができる人にしてはじめて他人の心を自己の手中に収めることができるのである。

葬儀屋といえども、そういう人が死ねば心から悲しむだろう。

自己の重要感に対する欲求は、人間を動物から区別している主たる人間の特性である。

これについて面白い話がある。

私がまだミズーリ州の田舎にいた子供の頃のことだが、父は、デューロック・ジャージー種の素晴らしい豚と、白頭の純血種の牛を飼っており、それを中西部各地の家畜品評会に出品して、一等賞を何度も獲得していた。

父はそのおびただしい名誉のブルー・リボンを一枚の白いモスリンの布にピンでとめて並べ、来客があると、いつもその長いモスリンの布を持ち出した。

布の一方の端を父が持ち、もう一方の端を私が持って、ブルー・リボンを客に披露するわけである。

豚は自分が得た賞にはまるで無関心だが、父のほうは大変な関心を示していた。

つまり、この賞は、父に自己の重要感を与えたのである。

もし、我々の祖先が、この燃えるような自己の重要性に対する欲求を持っていなかったとすれば、人類の文明も生まれてはいなかったことだろう。

無教育で貧乏な一食料品店員を発奮させ、前に彼が五十セントで買い求めた数冊の法律書を、荷物の底から取り出して勉強させたのは、自己の重要感に対する欲求だった。

この店員の名は、ご存じのリンカーンである。

イギリスの小説家ディケンズに偉大な小説を書かせたのも、十八世紀のイギリスの名建築家サー・クリストファー・レンに不朽の傑作を残させたのも、また、ロックフェラーに生涯かかっても使い切れない巨万の富をなさしめたのも、すべて自己の重要感に対する欲求である。

金持ちが必要以上に大きな邸宅を建てるのも、やはり、同じ欲求のためである。

最新流行のスタイルを身につけたり、自家用の新車を乗りまわしたり、我が子の自慢話をしたりするのも、皆この欲求あるがためにほかならない。

数多くの少年たちが悪の道に引き込まれるのもこの欲求からで、ニューヨークの警視総監だったマルルーネーは、こう言っている。

「近頃の青少年犯罪者は、まるで自我の塊のようなものだ。

逮捕後、彼らの最初の要求は、自分を英雄扱いにして書き立ててある新聞を見せてくれということだ。

自分の写真が、スポーツの名選手、映画やテレビのスター、有名な政治家などの写真と一緒に載っているのを眺めていると、電気椅子に座らされる心配などは、はるか彼方へ遠ざかってしまう」自己の重要感を満足させる方法は、人それぞれに違っており、その方法を聞けば、その人物がどういう人間であるかがわかる。

自己の重要感を満足させる方法によって、その人間の性格が決まるのである。

これは、大変意味のあることで、たとえば、ジョン・D・ロックフェラーにとって自己の重要感を満たす方法は、見ず知らずの中国の貧民のために、北京に近代的な病院を建てる資金を寄付することであった。

ところが、ディリンジャーという男は、同じく自己の重要感を満足させるために、泥棒、銀行破り、ついには殺人犯になってしまった。

Gメンに追われ、ミネソタの農家にかけ込んだ時、彼は、「俺はディリンジャーだ!」と言った。

自分が凶悪犯人であることを誇示したのである。

「俺は、お前たちをやっつけたりする気はないよ。

しかし、俺は、ディリンジャーだ!」ディリンジャーとロックフェラーとの重要な違いは、自己の重要感を満たすためにとった方法の差である。

有名人が自己の重要感を満たすために苦労した興味ある例は、史上いたるところに見受けられる。

ジョージ・ワシントンでさえ、〝合衆国大統領閣下〟と呼んでもらいたがった。

コロンブスも〝海軍大提督、インド総督〟という称号がほしかったのである。

ロシアのカザリン女帝は、自分宛ての手紙で上書きに〝陛下〟と書いていないものは見向きもしなかったし、また、リンカーン夫人は、大統領官邸でグラント将軍夫人に向かって、「まあ、何てあなたは図々しいんでしょう!私がおかけなさいとも言わないうちに、腰を下ろしてしまうなんて!」と、恐ろしい剣幕で叫んだ。

一九二八年のバード少将の南極探検に、アメリカの億万長者たちは資金の援助をしたが、それには、南極の山脈に援助者たちの名を冠するという条件がついていた。

また、フランスの大作家ヴィクトル・ユーゴーは、パリを、自分にちなんだ名に変更させるという大変な望みを抱いていた。

あの偉大なシェイクスピアでさえ、自分の名に箔をつけるために、金を積んで家紋を手に入れたのである。

他人の同情と注意をひいて自己の重要感を満足させるために、病気をする人も、時にはある。

たとえば、マッキンレー大統領夫人である。

彼女は、自己の重要感を満たすため、夫であるマッキンレー大統領に重大な国事をおろそかにさせ、寝室にはべらせて、自分が寝入るまで何時間も愛撫を続けさせたのである。

また、夫人は、歯の治療を受けている間ずっと夫をそばから離さず、それによって、人の注意を引きつけたいという自己の欲求を満足させていたが、ある時、大統領は他に約束があって、どうしても夫人を歯科医のもとに残したまま、出かけねばならないことになった。

大騒動が持ち上がったことはもちろんである。

私は、ある若い元気な女性が自己の重要感を満足させるために病人になった話を聞いたことがある。

この女性は、ある日、何か得体の知れない壁につき当たったような気がした。

おそらく、その壁は彼女の年齢だったのだろう。

婚期はすでに去り、前途には希望のない孤独な年月が彼女を待っているばかりだ。

ついに、その女性は、病いの床についてしまった。

それからの十年間、彼女の年老いた母が、毎度の食事を三階の寝室へ運んで彼女の看病を続けた。

ところが、ある日、看病に疲れ果てた老母が倒れて、そのまま死んでしまった。

病人は、悲嘆に暮れて数週間を過ごしたが、やがてベッドから起き上がると身なりを整え、もとどおりの元気を取り戻した。

専門家の話によると、現実の世界では自己の重要感を満たせないので、狂気の世界でその満足を得ようとして、実際に精神に異常を来す人もあるということだ。

アメリカの病院には、精神病患者が、他の病気の患者全部を合わせた数よりも多く収容されている。

精神異常の原因は何か?こういう大雑把な質問には、誰でも返答に困ると思うが、ある種の病気、たとえば、梅毒などにかかると、脳細胞が冒されて、発狂することはわかっている。

事実、精神病者の約半数は、脳組織障害、アルコール、毒素、外傷などの身体的原因によるものだが、あとの半数は、恐ろしい話だが、その脳細胞には何ら組織的な欠陥が認められないという。

死体を解剖して、脳組織を最優秀の顕微鏡で調べてみても、常人と少しも変わっていないそうである。

脳組織に異常のない者がなぜ狂人になるのだろう?

私は、かつてこのことを、ある一流の精神科病院の院長に質してみた。

この院長は、精神病の最高権威と認められている人物だが、その人が、「正直なところ、そういう人間がなぜ精神に異常を来すか、私にもわからない」と言っていた。

確かなことは、誰も知らないのだ。

しかし、現実の世界では満たされない自己の重要感を得るために、狂人になる人が大勢いることは確かだと、この院長は言う。

それについて、次のような話を聞かせてくれた。

「今、私の手元に、結婚に失敗した患者が一人いる。

女性の患者だが、彼女は、愛情、性の満足、子供、社会的地位などを期待して結婚生活に入った。

ところが、現実は、彼女の希望を無残に踏みにじってしまった。

夫は、彼女を愛してくれない。

食事もともにしようとはせず、自分の食事だけ二階の自室へ運ばせる。

子供も生まれないし、社会的地位も思わしくない。

彼女は、精神に異常を来した。

そして、狂気の世界で、彼女は、夫と離婚し、旧姓を名のるようになった。

今では、イギリスの貴族と結婚していると信じており、スミス侯爵夫人と呼んでもらわねば承知しない。

また、子供については、彼女は、赤ん坊を毎晩産んでいると思い込んでいる。

私が診察するたびに、彼女は昨夜赤ちゃんが生まれたと報告する」彼女の夢を託した船はことごとく、現実という暗礁に乗り上げて、こなごなに打ち砕かれてしまったが、今や、彼女は、狂気という輝かしい空想の世界にあり、彼女の夢をのせた船は、順風を帆に受けて、次々と港に安着しているのだ。

これは、悲劇だろうか?私にはわからない。

その医者もこう言っている。

「仮に私が、ただ手を差し出すだけで、彼女の異常を治せるとしても、私は、そうする気にはなれない。

今のままのほうが、彼女は、よほど幸福なのだ」自己の重要感を渇望するあまりに、狂気の世界にまで入って、それを満たそうという者も、世の中にはいるのだ。

だとすると、我々が正気の世界でこの望みを満たしてやることにすれば、どんな奇跡でも起こすことができるはずではないか。

週給五十ドルが、かなりの高給とされていた時代に、年俸百万ドル以上の給料を取った数少ない実業家の一人に、チャールズ・シュワッブがいる。

シュワッブは、一九二一年にUSスチール社が設立された時、アンドリュー・カーネギーが社長に迎えた人物である。

シュワッブはまだ三十八歳の若さだった。

アンドリュー・カーネギーが、このシュワッブという男に、どういうわけで、百万ドル、すなわち一日に三千ドル以上もの給料を支払ったか?シュワッブが天才だからだろうか?違う。

製鉄の最高権威だからだろうか?とんでもない。

シュワッブに言わせると、彼の使っている大勢の部下のほうが、鉄のことなら、彼よりもはるかによく知っているそうだ。

シュワッブがこれだけの給料をもらう主な理由は、彼が人を扱う名人だからだと自分で言っている。

どう扱うのかと尋ねてみると、次のような秘訣を教えてくれた。

これは、まさに金言である。

銅板に刻んで、各家庭、学校、商店、事務所などの壁にかけておくとよい。

子供たちもラテン語の動詞変化や、ブラジルの年間雨量などを覚えるひまに、この言葉を暗記すべきだ。

この言葉を活用すれば、我々の人生は、大きく変貌するだろう。

「私には、人の熱意を呼び起こす能力がある。

これが、私にとっては何物にも代えがたい宝だと思う。

他人の長所を伸ばすには、ほめることと、励ますことが何よりの方法だ。

上役から叱られることほど、向上心を害するものはない。

私は決して人を非難しない。

人を働かせるには激励が必要だと信じている。

だから、人をほめることは大好きだが、けなすことは大嫌いだ。

気に入ったことがあれば、心から賛成し、惜しみなく賛辞を与える」これが、シュワッブのやり方である。

ところが、一般の人はどうか?まるで反対だ。

気に入らなければめちゃくちゃにやっつけるが、気に入れば何も言わない。

「私は、これまでに、世界各国の大勢の立派な人々とつきあってきたが、どんなに地位の高い人でも、小言を言われて働く時よりも、ほめられて働く時のほうが、仕事に熱がこもり、出来具合もよくなる。

その例外には、まだ一度も出会ったことがない」と、シュワッブは断言する。

実は、これが、アンドリュー・カーネギーの大成功の鍵なのだと、シュワッブは言っている。

カーネギー自身も、他人を、公私いずれの場合にも、ほめたたえたのである。

カーネギーは、他人のことを、自分の墓石にまで刻んで賞賛しようとした。

彼が自ら書いた墓碑銘は、こうである。

「おのれよりも賢明なる人物を身辺に集むる法を心得し者ここに眠る」真心を込めて感謝するのが、ロックフェラーの人扱いの秘訣であった。

次のような話がある。

エドワード・ベッドフォードという彼の共同出資者がいたが、ある時、この男は南米で馬鹿げた買いつけの失敗をやり、会社に百万ドルの損害を与えた。

他の人間なら、おそらく、小言を言っただろう。

ところが、ロックフェラーは、ベッドフォードが最善を尽くしたことを知っていた。

それに、事件は終わってしまっている。

そこで、彼は、逆に相手をほめる材料を見つけた。

つまり、ベッドフォードが、投資額の六十パーセントまで回収できたことをほめたたえたのである。

「素晴らしい。

あれだけ回収できたのは大手柄だ」ジーグフェルドといえば、ブロードウェイを沸かせた大興行師だが、どんな女の子でも素敵な美人に仕立て上げる巧妙な手腕のおかげで、名声を得たのである。

誰の目もひかないみすぼらしい小娘を見つけてくるのだが、その小娘が舞台に立つと、怪しくも魅惑的な艶姿に変わっているのである。

賞賛し、信頼することが持つ力を知っていた彼は、親切心と思いやりとで、女たちに自分は美しいのだと思わせたのである。

彼は口先だけでなく実際に、コーラス・ガールの給料を一週三十ドルから百七十五ドルにまで引き上げてやった。

さらに、紳士的な作法も心得ていた。

初日の晩には、出演のスターたちに祝電を打ち、コーラス・ガール全員に豪華なバラの花束を、ふんだんに贈り届けたのである。

ある時、私は、物好きな気持ちから断食を試みたくなり、六昼夜何も食べずに過ごしたことがある。

さほど難しいことでもなかった。

六日目の終わりよりも、二日目の夜のほうが、つらかった。

ところで、仮に家族や使用人に、六日間も食べ物を与えないでおいたとすると、我々は一種の罪悪感を覚えるだろう。

それでいて、食べ物と同じくらいに誰もが渇望している心のこもった賛辞となると、六日間はおろか六週間も、時には六年間も与えないまま放ったらかしておくのだ。

『ウィーンの再会』という有名な劇で主役を演じた名優アルフレッド・ラントも、「私に最も必要な栄養物は、自己評価を高めてくれる言葉だ」と言っている。

我々は、子供や友人や使用人の肉体には栄養を与えるが、彼らの自己評価には、めったに栄養を与えない。

牛肉やジャガイモを与えて体力をつけてはやるが、優しいほめ言葉を与えることは忘れている。

優しいほめ言葉は、夜明けの星の奏でる音楽のように、いつまでも記憶に残り、心の糧になるものなのだ。

ポール・ハーヴェイはラジオのレポーターとして知られているが、『後日物語』と題した番組の中で、心からの賞賛で一人の人間の人生が変わる話をしていた。

何年も前、デトロイトのある学校の女先生が、授業中に逃げた実験用のネズミを、スティーヴィー・モリスという少年に頼んで、探し出してもらった。

この先生がスティーヴィーにそれを頼んだのは、彼が、目は不自由だが、その代わりに、素晴らしく鋭敏な耳を天から与えられていることを知っていたからである。

素晴らしい耳の持ち主だと認められたのは、スティーヴィーとしては、生まれてはじめてのことだった。

スティーヴィーの言葉によれば、実にその時──自分の持つ能力を先生が認めてくれたその時に、新しい人生がはじまった。

それ以来、彼は、天から与えられた素晴らしい聴力を生かして、ついには「スティーヴィー・ワンダー」の名で、一九七〇年代有数の偉大な歌手となったのである。

「何だ、たわいもない!お世辞!ごきげんとり!古臭い手だ!そんな手は、とっくに実験済みだ!知性のある人間には、まるで効き目はないさ!」読者のうちには、ここまで読んで、こう思っている方もあるだろう。

もちろん、お世辞は、分別のある人には、まず通用しないものだ。

お世辞というものは、浅薄で、利己的で、誠意のかけらもない。

それが通用しなくて当たり前だし、また、事実、通用しない。

もっとも、餓死寸前の人間が草でも虫でも手当たり次第に食べるように、何もかも鵜吞みにしてしまう賛辞に飢えた人々も世の中にいることは事実だ。

イギリスのヴィクトリア女王でさえ、お世辞を喜ぶ傾向があった。

時の宰相ディズレーリも、女王に対しては、お世辞をふんだんに言ったと、自ら言っている。

彼の言葉を借りれば、〝こてで塗るように〟お世辞を言った。

彼は大英帝国歴代の宰相のうちでも、まれに見る洗練された社交の天才である。

ディズレーリが用いて有効な方法も、我々が用いれば、必ずしも有効とは限らない。

結局のところ、お世辞というものは、利益よりはむしろ害をもたらすものだ。

お世辞は、偽物である。

偽金と同様、通用させようとすると、いずれは、厄介な目にあわされる。

お世辞と感嘆の言葉とは、どう違うか?答えは、簡単である。

後者は真実であり、前者は真実でない。

後者は心から出るが、前者は口から出る。

後者は没我的で、前者は利己的である。

後者は誰からも喜ばれ、前者は誰からも嫌われる。

私は最近メキシコ・シティーのチャパルテペック宮殿を訪ねたが、そこにオプレゴン将軍の胸像があった。

胸像の下に、次のような将軍の信条が刻まれていた。

「敵は恐るるに足らず。

甘言をろうする友を恐れよ」甘言をろうする──とんでもない。

私は、甘言をろうすることをすすめたりしているのでは絶対にない。

私がすすめているのは、〝新しい生活法〟なのだ。

繰り返して言うが、私は〝新しい生活法〟をすすめているのだ。

イギリス国王ジョージ五世は、バッキンガム宮殿内の書斎に、六条の金言を掲げていた。

その一つに、「安価な賞賛は、これを与えることなく、また、受くることなきを期せよ」とあった。

お世辞は、まさに「安価な賞賛」である。

また、お世辞の定義について、次のように述べた本を読んだこともある。

「相手の自己評価にぴったり合うことを言ってやること」これは、心得ておいてよい言葉だ。

アメリカの思想家エマーソンは、「人間は、どんな言葉を用いても、本心を偽ることはできない」と戒めている。

もしもお世辞を使いさえすれば万事うまくいくというのであれば、誰でも皆お世辞を使うようになり、世の中は、人を動かす名人ばかりになるだろう。

人間は、何か問題があってそれに心を奪われている時以外は、たいてい、自分のことばかり考えて暮らしている。

そこで、しばらく自分のことを考えるのをやめ、他人の長所を考えてみることにしてはどうだろう。

他人の長所がわかれば、見えすいた安っぽいお世辞などは使わなくても済むようになるはずだ。

他人の真価を認めようと努めるのは、日常生活では非常に大切な心がけであるが、ついおろそかになりがちである。

子供が学校から良い成績をもらって帰ってきても、ほめてやることを怠り、はじめてケーキがうまく焼けたり、小鳥の巣箱がつくれたりしても、励ましの言葉をかけてやることもなかなかしない。

子供にとって、親が示してくれる関心や、賞賛の言葉ほどうれしいものはないのである。

今後は、クラブの食堂で出された料理が気に入ったら、早速それをつくったシェフに賛辞を伝えてもらい、丁重な態度で接してくれた売り子には、その応対に感謝の意を伝えるようにしていただきたい。

大勢を相手に話す牧師や講演者は、自分の話に対してまったく反応が返ってこないような時には、耐えがたい失望を味わわされる。

これは、このような人たちに限らず、会社や商店や工場で働く人たち、そして我々の家族や友人についても同じで、人間は例外なく他人から評価を受けたいと強く望んでいるのだ。

この事実を、決して忘れてはならない。

深い思いやりから出る感謝の言葉を振りまきながら日々を過ごす──これが、友をつくり、人を動かす秘訣である。

コネティカット州ニュー・フェアフィールドのパメラ・ダナムという女性は、労務管理を担当していたが、用務員のうちに、勤務ぶりの悪い男がいた。

他の従業員が、わざと廊下を散らかして掃除のやり方が悪いのを当てこすり、おかげで生産性まで低下する始末だった。

パメラは、この男にやる気を出させようと懸命だったが、やがて、この男がたまにはまともな仕事をすることがあるのに気がついた。

そこで、そのような時は、他の連中の前で

ほめてやることにした。

すると、彼の仕事ぶりが次第に良くなり、今では申し分ない仕事ぶりで、誰からも評価され、認められるようになったという。

批判や嘲笑が役に立たなかったのに、率直な評価が良い結果をもたらした例である。

人の気持ちを傷つけることで人間を変えることは絶対にできず、まったく無益である。

これについて古い名言があり、私はそれを切り抜いて、毎日見る鏡に貼ってある。

「この道は一度しか通らない道。

だから、役に立つこと、人のためになることは今すぐやろう──先へ延ばしたり忘れたりしないように。

この道は二度と通らない道だから」エマーソンは、また、こうも言っている。

「どんな人間でも、何かの点で、私よりも優れている──私の学ぶべきものを持っているという点で」エマーソンにしてこの言葉あり、ましてや我々凡俗はなおさらである。

自分の長所、欲求を忘れて、他人の長所を考えようではないか。

そうすれば、お世辞などはまったく無用になる。

噓でない心からの賞賛を与えよう。

シュワッブのように、〝心から賛成し、惜しみなく賛辞を与え〟よう。

相手は、それを、心の奥深くしまい込んで、終生忘れないだろう──与えた本人が忘れても、受けた相手は、いつまでも忘れないで慈しむだろう。

人を動かす原則❷|率直で、誠実な評価を与える。

3人の立場に身を置く夏になると、私はメーン州へ魚釣りにいく。

ところで、私はイチゴミルクが大好物だが、魚は、どういうわけかミミズが好物だ。

だから魚釣りをする場合、自分の好物のことは考えず、魚の好物のことを考える。

イチゴミルクを餌に使わず、ミミズを針につけて魚の前に差し出し、「一つ、いかが」とやる。

人を釣る場合にも、この常識を利用していいわけだ。

イギリスの首相ロイド・ジョージは、これを利用した。

第一次世界大戦中、彼とともに活躍した連合国の指導者、ウィルソン、オーランド、クレマンソーらが、とっくに世間から忘れられているのに、彼一人が相変わらずその地位を保持していた。

その秘訣を問われて、彼は、「釣り針には魚の好物をつけるに限る」と答えた。

自分の好物を問題にする必要がどこにあるだろう?そんなことを問題にするのは、子供じみた、馬鹿馬鹿しい話だ。

もちろん、我々は、自分の好きなものに興味を持つ。

生涯持ち続けるだろう。

しかし、自分以外には、誰も、そんなものに興味を持ってはくれない。

誰も彼も、我々同様、自分のことでいっぱいなのだ。

だから、人を動かす唯一の方法は、その人の好むものを問題にし、それを手に入れる方法を教えてやることだ。

これを忘れては、人を動かすことはおぼつかない。

たとえば、自分の息子に煙草を吸わせたくないと思えば、説教はいけない。

自分の希望を述べることもいけない。

煙草を吸う者は野球の選手になりたくてもなれず、百メートル競走に勝ちたくても勝てないということを説明してやるのだ。

この方法を心得ていると、子供でも、子牛でも、またチンパンジーでも、意のままに動かすことができる。

こういう話がある。

エマーソンとその息子が、小牛を小屋に入れようとしていた。

ところがエマーソン親子は、世間一般にありふれた誤りを犯した──自分たちの希望しか考えなかったのである。

息子が小牛を引っ張り、エマーソンが後ろから押した。

小牛もまたエマーソン親子とまったく同じことをやった──すなわち、自分の希望しか考えなかった。

四肢を踏んばって動こうとしない。

見かねたアイルランド生まれのお手伝いが、加勢にやってきた。

彼女は、論文や書物は書けないが、少なくともこの場合は、エマーソンよりも常識をわきまえていた。

つまり、小牛が何をほしがっているかを考えたのだ。

彼女は、自分の指を小牛の口に含ませ、それを吸わせながら、優しく小牛を小屋へ導き入れたのである。

人間の行為は、何かをほしがることから生まれる。

赤十字社に百ドルを寄付する行為は、どうか?これも、決してこの法則から外れているわけではない。

人を救いたいと欲したからだ。

神のように美しい没我的な行為をしたいと思ったからだ──〝貧しき兄弟に尽くすは、すなわち主に尽くすことなり〟。

美しい行為から生まれる喜びよりも百ドルのほうがいいと思う人は、寄付などはしないだろう。

もちろん、断るのは気がひけるとか、日頃ひいきになっている人に頼まれたとかの理由から寄付をする場合もあろう。

しかし、寄付をした以上、何かを欲したことだけは確かである。

アメリカの心理学者オーヴァストリート教授の名著『人間の行為を支配する力』に次のような言葉がある。

「人間の行動は、心の中の欲求から生まれる……だから、人を動かす最善の法は、まず、相手の心の中に強い欲求を起こさせることである。

商売においても、家庭、学校においても、あるいは政治においても、人を動かそうとする者は、このことをよく覚えておく必要がある。

これをやれる人は、万人の支持を得ることに成功し、やれない人は、一人の支持者を得ることにも失敗する」鉄鋼王アンドリュー・カーネギーも、もとはスコットランド生まれの貧乏人にすぎなかった。

はじめは一時間二セントの給料しかもらえなかったが、ついには各方面への寄付金が三億六千五百万ドルに達するまでになった。

彼は、若い頃すでに、人を動かすには、相手の望む事柄を考えて話すより他に方法はないと悟っていた。

学校へは四年間しか行かなかったが、人を扱う法は知っていたのである。

こういう話がある。

カーネギーの義妹は、エール大学に行っている息子二人のことで、病気になるほど心配していた。

二人とも自分のことだけ考えて、家には手紙を一通もよこさないのである。

彼らの母がいくら躍起になって手紙を出しても、返事がこない。

カーネギーは、甥たちに手紙を書いて、返事をくれと書かずに、返事を出させることができるかどうか、百ドルの賭けをしようと言い出した。

賭けに応じる者がいたので、彼は甥たちに手紙を出した。

とりとめもないことを書いた手紙である。

ただ追伸に、二人に五ドルずつ送ると書き添えた。

しかし、その金は同封しなかった。

甥たちからは、すぐ感謝の返事が来た。

「アンドリュー叔父さま、お手紙ありがとう……」──あとの文句は、ご想像にまかせる。

人を説得する例をもう一つ──クリーブランドのスタン・ノヴァク氏が、私の講習会で報告したところによると、ある日の夕方、帰宅してみると末の息子ティムが居間の床の上にひっくり返って泣きわめいていた。

ティムは、その翌日から幼稚園に入るのだが、行くのが嫌だと駄々をこねているのだ。

いつものスタンだったらティムを子供部屋に閉じ込めて、「幼稚園に行くんだ。

聞きわけなさい」とどなりつけたことだろう。

それで、ティムは否応なく幼稚園に行かされることになるわけだ。

ところが、そういうやり方では、ティムを入園させることはできても、幼稚園を好きにならせることは難しいだろう。

そこで、スタンは、まず椅子に腰を下ろしてこう考えた。

「もし私がティムだったら、幼稚園に入る一番の楽しみは何だろう?」スタンは奥さんと二人で、幼稚園でやる面白いこと、たとえばフィンガー・ペインティング(指に絵具をつけて絵を描くこと)、唱歌、それに新しい友達など、いろいろ考えてリストをつくった。

そこで、作戦開始だ。

「まず妻と私、それに長男のボブも動員して楽しそうに台所のテーブルの上でフィンガー・ペインティングをはじめたのです。

やがてティムが台所をこっそりのぞき込む。

そのうちに自分も入れてくれと言い出す。

『ティムは駄目!幼稚園でフィンガー・ペインティングのやり方を教わってからじゃないと駄目だよ』。

そのあと、私は興奮を抑え切れないといった調子で、先ほどのリストの項目を挙げ、幼稚園の楽しさをわかりやすく話してやったのです。

そして翌朝、自分が一番早起きしたらしいと思いながら二階の寝室から居間におりてみると、ティムが椅子で眠っているではありませんか。

『こんなところで何してるの?』と尋ねると、『幼稚園に遅れるといけないから、ここで待ってるの』と言います。

どうやら家族全員が夢中になって楽しんだおかげで、お説教やおどしなどではとうてい望めない〝幼稚園へ行きたい〟という気持ちを起こさせることができたようです」人を説得して何かやらせようと思えば、口を開く前に、まず自分に尋ねてみることだ──「どうすれば、そうしたくなる気持ちを相手に起こさせることができるか?」これをやれば、自分勝手な無駄口を相手に聞かせずに済むはずだ。

私は、ある講習会を開くために、ニューヨークのあるホテルの大広間を、毎シーズン二十日間、夜だけ借りている。

あるシーズンのはじめ、使用料を従来の三倍近くの額に引き上げるという通知を突然受け取った。

その時には、すでに聴講券は印刷済みで、前売りされていた。

私にしてみれば当然そういう値上げを承知する気にはなれない。

しかし、私の気持ちをホテルに伝えてみたところで、何にもならない。

ホテル側は、ただホテルのことだけしか考えていないのだ。

そこで、二日ほどしてから、支配人に会いに出かけた。

「あの通知をいただいた時は、ちょっと驚きました。

しかし、あなたを責めるつもりはありません。

私も、あなたの立場にいたら、たぶんあれと同じ手紙を書いたことでしょう。

ホテルの支配人としては、できる限り収益を上げるのが務めです。

それができないような支配人なら当然首でしょう。

ところで、今度の値上げですが、値上げがホテルにどのような利益と不利益をもたらすか、それぞれ書きわけて表をつくってみようではありませんか」そう言って、私は便箋を手にとり、その中央に線を引いて、〝利益〟と〝不利益〟との欄をつくった。

私は、〝利益〟の欄に〝大広間があく〟と書き込んで言葉を続けた。

「あいた大広間を、ダンスパーティーや集会用に自由に貸すことができるという利益が生まれます。

これは、確かに大きな利益です。

講習会用に貸すよりも、よほど高い使用料が取れるでしょう。

二十日間も大広間を夜ふさがれてしまうことは、ホテルにとっては、大きな損失に違いありません。

さて、今度は不利益について考えてみましょう。

まず第一に、私から入るはずの収益が増えないで、逆に減ることになります。

減るどころか、一銭も入りません──私は、あなたのおっしゃるとおりの使用料を払うことができませんので、講習会は、どこか他の場所でやらざるをえなくなりますから。

それに、もう一つ、ホテルにとって不利益なことがあります。

この講習会には、知識人や文化人が大勢集まってきますが、これはホテルにとって素晴らしい宣伝になるのではありませんか。

事実、新聞広告に五千ドル使ったところで、この講習会に集まるだけの人数が、ホテルを見にくるとは思えません。

これは、ホテルにとって大変有利ではないでしょうか」以上二つの〝不利益〟を、該当の欄に書き込んで、便箋を支配人に渡した。

「ここに書いた利益と不利益をよくお考えの上で、最終的なお答えを聞かせてください」翌日、私は使用料を三倍でなく五割増しにするという通知を受け取った。

この問題について、私は自分の要求を一言も口にしなかったことにご注意願いたい。

終始、相手の要求について語り、どうすればその要求が満たせるかを話したのである。

仮に、私が人間の自然な感情に従い、支配人の部屋にかけ込んで、こうどなったとする──「君!今さら三倍に値上げとはけしからん。

入場券は出来上がっているし、発表もしてしまったことを、君も知っているはずだ。

三倍!馬鹿馬鹿しい、誰が払うものか!」そうすると、どういうことになっただろう?互いに興奮し、口角泡を飛ばして、その結果は──言わずと知れている。

たとえ、私が相手を説き伏せて、その非を悟らせたとしても、相手は引き下がるまい。

自尊心がそれを許さないだろう。

自動車王ヘンリー・フォードが人間関係の機微に触れた至言を残している──「成功に秘訣というものがあるとすれば、それは、他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立場からも物事を見ることのできる能力である」実に味わうべき言葉ではないか。

まことに簡単で、わかりやすい道理だが、それでいて、たいていの人は、たいていの場合、見逃している。

その例は、いくらでもある。

毎朝配達されてくる手紙がそれだ。

たいていの手紙はこの常識の大原則を無視している。

一例として、全国に支社を持つある広告会社の放送部長から各地方放送局長宛てに送られた手紙を取り上げてみよう(かっこ内は私の批評である)。

拝啓弊社はラジオ広告の代理業者として常に第一流たらんと念願しています。

[君の会社の念願など、誰が知るものか。

こちらは頭の痛くなるような問題を山ほど抱えている。

家は抵当流れになりそうだし、大事な植木は虫にやられて枯れかかっている。

は暴落。

今朝は通勤列車に乗り遅れるし、昨夜はどうしたわけかジョンズ家の舞踏会に招待されなかった。

医者には高血圧だの神経炎だのと言われる。

そのうえ、どうだろう──いらいらしながら事務所に着くと、この手紙だ。

ニューヨークあたりの若造に手前勝手な世迷い言を聞かされてたまるもんか。

この手紙が相手にどんな印象を与えるかわからないようなら、広告業なんかやめて、羊の洗剤でもつくったらどうだ]我が国の放送事業発足以来、弊社の業績はまことに顕著で、常に業界の首位を占めてきています。

[なるほど、君の会社は大規模で、業界第一だと言うんだな──で、それが、どうした。

たとえ君の会社が、ゼネラル・モーターズとゼネラル・エレクトリックの二大会社を合わせたより何倍も大きいとしても、そんなことはどうでもいい。

こちらは、君の会社の大きさよりも自分の会社の大きさのほうが気になっている。

せめて馬鹿な小鳥の半分ほどの神経でも持ち合わせていたら、それくらいのことはわかりそうなものだ。

君の会社の自慢を聞かされていると、こちらがけなされているような気がする]弊社は常に各放送局の最近の状況に通じていることを念願しています。

[また、君の念願か!馬鹿野郎。

君の念願などにかまっておれるか。

こちらの念願は、どうしてくれるのだ。

それには一言も触れようとはしないではないか]つきましては、貴局の週間報告をいただきたく、代理業者にとって必要と思われる事項は、細大漏らさずお知らせください。

[図々しいにもほどがある。

勝手な熱を吹いたあげく、高飛車に報告をしろとは何事だ]貴局の最近の状況につき、至急ご返事願えれば、互いに好都合と存じます。

敬具[馬鹿!こんなお粗末なコピーの手紙をよこして、至急返事をくれとはあきれたものだ。

たぶん、こいつを秋の木の葉のように全国へばらまいているんだろう。

〝至急〟とは何だ!こちらも、君と同様、忙しい。

ところで、君はいったい何の権利があって、偉そうに命令をするのだ。

〝互いに好都合〟──手紙の最後になって、やっとこちらの立場に気がつきはじめたようだが、こちらにどう好都合なのか、これでは、やはりわからない]追伸ブランクヴィル・ジャーナル紙の写しを一部同封いたします。

貴局の放送にご利用願えれば幸甚に存じます。

[追伸で、やっと〝互いに好都合〟だという意味がわかった。

なぜ、はじめにそれを書かないのだ。

もっとも、はじめに書いたとしても、たいした変わりはなかろう。

だいたい、こういう馬鹿げた手紙を平気でよこすような広告業者は、頭がどうかしているのだ。

君に必要なのは、こちらの状況報告ではなくて、馬鹿につける薬だ]広告業を本職とし、人に物を買う気を起こさせる専門家であるはずの人間でさえも、こんな手紙を書くのだから、他の職業の人々の書く手紙は、推して知るべしである。

ここにもう一通の手紙がある。

運送会社の輸送係長から、私の講習会の受講者エドワード・ヴァーミラン氏に宛てたものだ。

拝啓当方の現状について申し上げますと、取り扱い貨物の大部分が、夕方近く一時に殺到しますため、とかく発送業務に支障を来しがちでございます。

結果は、当方人員の時間外労働、積み込みおよび輸送の遅延となります。

去る十一月十日貴社から五百十個に及ぶ大量の貨物が届きましたが、その時はすでに午後四時二十分でございました。

当方といたしましては、このような事態によって生じる不都合を避けるため、あえて貴社のご協力をお願いする次第でございます。

前記のごとき大量の貨物は、到着時刻を早めていただくか、または午前中にその一部が届くようご尽力ください。

右のごとくご配慮いただければ、貴社のトラックの待ち時間も短縮され、貨物も即日発送されることとなります。

敬具この手紙に対するヴァーミラン氏の感想は次のとおりである──この手紙は、その意図とは逆の効果を生じる。

冒頭から自分の都合を書いているが、だいたい、こちらはそんなことには興味がない。

次に協力を求めているが、それから生じるこちらの不便はまるで無視している。

ようやく最後の段落で、協力すればこちらにとってもこれこれの利益があるという。

肝心のことが後まわしになっているので、協力どころか敵愾心を起こさせる。

一つこの手紙を書き直してみよう。

自分の都合ばかりに気をとられず、自動車王フォードの言うように、「他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立場からも物事を見よう」ではないか。

次のようにすれば、最善ではないまでも、前のよりはましだろう──拝啓弊社は、十四年来貴社のご愛顧を賜わり、深く感謝いたしますとともに、いっそう迅速かつ能率的なサービスをもってご愛顧に報いたいと心がけております。

しかしながら、去る十一月十日のごとく、午後遅く一度に大量の貨物をお届けいただきますと、残念ながら、ご期待に添いかねる場合がございます。

と申しますのは、他の荷主からも、午後遅くには、荷物が届きます。

当然、混乱が生じ、貴社のトラックにもお待ち願わねばならず、時には積み出しの遅れる場合があります。

これではまことに遺憾に堪えません。

このような事態を避けるには、お差し支えなき限り、午前中に貨物をお届けくださることも一法かと考えます。

そうすれば貴社のトラックにお待ちいただく必要もなく、貨物は即時積み出しが可能になり、また、当社の従業員も定時に家庭に帰り、貴社製の美味なマカロニの夕食に舌鼓を打つこととなりましょう。

申し上げるまでもなく、貴社の貨物ならば、たとえいつ到着いたしましても、できる限り迅速に処理いたすよう、全力を尽くしますゆえ、その点、なにとぞご安心ください。

ご多忙と存じますので、ご返事のご配慮無用に願います。

敬具バーバラ・アンダーソン夫人は、ニューヨークのある銀行に勤めていたが、息子の健康のためにアリゾナ州のフェニックスへ移りたいと考え、次のような手紙をフェニックスにある十二の銀行宛てに送った。

拝啓銀行員としての私の十年の経験は、目覚ましい発展を続けておられる貴行のご関心を誘うものと信じ、この手紙を差し上げる次第でございます。

私は現在、ニューヨークのバンカーズ・トラスト・カンパニーの支店長を務めております。

今日まで、当社における銀行業務につき各種分野の経験を積み、預金、信用貸付、ローン、経営管理など、あらゆる面に通暁するに至りました。

五月にはフェニックスに引っ越す予定でございますが、その節には、ぜひとも貴行のご発展に微力を尽くしたい所存でございます。

つきましては、四月三日からの週に御地を訪ねることにいたしておりますので、貴行の目的に照らして、いかなる寄与をなし得るか、直接お話しできる機会をいただければまことに幸いに存じます。

敬具このアンダーソン夫人の手紙に対する反応は?──十二の銀行のうち十一行が面接を求め、彼女はその中から一行を選んだのである。

そうなった理由──それは、彼女が自分の希望を述べたのではなく、自分が相手の銀行でどんな役に立つか、つまり、焦点を自分ではなく相手側に合わせたからである。

今日もまた数千のセールスマンが、十分な収入も得られず、失望し疲れ果てて街を歩いている。

なぜだろう──彼らは常に自分の欲するものしか考えないからだ。

我々は、別に何も買いたいとは思っていない。

それが彼らにはわかっていないのだ。

我々は、ほしいものがあれば、自分で出かけていって買う。

我々は、自分の問題を解決することには、いつでも関心を持っている。

だから、その問題を解決するのに、セールスマンの売ろうとしているものが役立つことが証明されさえすれば、こちらから進んで買う。

売りつける必要はないのである。

客というものは自分で買いたいのであって、売りつけられるのは嫌なのだ。

それにもかかわらず、セールスマンの大多数は、客の立場で考えて売ろうとしない。

良い例がある。

私はニューヨーク郊外のフォレスト・ヒルズに住んでいるのだが、ある日、駅へ急ぐ途中、ロング・アイランドで多年不動産仲介業をやっている男に出会った。

その男はフォレスト・ヒルズのことをよく知っていたので、私の住んでいる家は建築材料に何を使ってあるのか、尋ねてみた。

彼は知らないと答え、庭園協会に電話で問い合わせてみろという。

それくらいのことなら、とっくに承知している。

ところが、その翌日、彼から一通の手紙が届いた。

昨日尋ねたことがわかったのだろうか──電話をかければ一分とかからない問題だ。

手紙を開いてみると、そうでない。

昨日と同じく、電話で聞いてみろと繰り返し、そのあとで、保険に加入してくれと頼んでいる。

この男は、私の助けになるようなことには興味がない。

彼自身の助けになることにのみ興味を持っているのだ。

本書から〝常に相手の立場に身を置き、相手の立場から物事を考える〟という、たった一つのことを学びとっていただければ、成功への第一歩が、すでに踏み出されたことになる。

他人の立場に身を置き、その心の中に欲求を起こさせるということは、相手をうまく操ってこちらの利益にはなるが先方には損になることをやらせることでは決してない。

双方が利益を得なければ噓である。

先のヴァーミラン氏宛ての手紙にしても、手紙を書く側と受け取る側の双方が、その手紙の提案を実行することで利益を受ける。

またアンダーソン夫人の場合も、銀行は有能な行員を獲得できたし、夫人は希望どおりの職を得ることができたわけだ。

実例をもう一つ挙げよう。

シェル石油のセールスマン、ロードアイランドのマイク・ホイッデンが紹介してくれた話である。

彼は、自分の担当地域で第一位の実績を上げる目標を立てていた。

ところが、あるガソリンスタンドの営業成績が上がらず、そのために彼のセールスも伸び悩んでいた。

そのスタンドは年をとった男が経営しているが、やる気がまるでない。

ろくに掃除もせず、ガソリンの売れ行きは落ちる一方だった。

マイクが口を酸っぱくしてもっときれいにするようにすすめてもまったく取りあわない。

思いあまったマイクは、この経営者を連れ出して一緒に新しいシェルのスタンドを見学

に出かけた。

新しいスタンドを見た経営者はたいそう感心した様子だったが、マイクがしばらくたって訪ねてみると、スタンドは見違えるほどきれいになっていて、売り上げも大きく伸びていた。

おかげで、マイクは担当地域で実績第一位になることができた。

あれほど説教をしたり議論した効果は皆無だったのに、最新式のスタンドを見学させただけで、強い欲求を起こさせ、その結果、両者ともに利益を得ることができたのである。

大学で難しいラテン語や微積分をやった人たちでも、自分自身の心の働きについては、まるで知らないことが多い。

以前に私は、空調機の大手メーカー、キャリア社へ〝話術〟の講義に行ったことがある。

受講者は大学卒の新入社員ばかりであった。

受講者の一人が、仲間を勧誘してバスケットボールをやらせようとしていた。

彼は、皆に向かって、こう言った──「バスケットボールをやってもらいたいんだ。

僕はバスケットボールが好きで、何回か体育館へ出かけていってみたが、いつも人数が足りなくてゲームがやれないんだ。

この前など、二、三人しかいなくて、ボールの投げ合いをやってるうちに、ボールを当てられて、ひどい目にあった。

明日の晩は、諸君、ぜひ来てくれたまえ。

僕は、バスケットボールがやりたくて仕方がないんだ」彼は、相手がやりたくなるようなことは、何も言わなかったわけだ。

誰も行かないような体育館には、誰だって行きたくないに決まっている。

彼がいくらやりたくても、そんなことは、こちらの知ったことではない。

それにわざわざ出かけていって、ボールを当てられてひどい目にあうのは、まっぴらだ。

もっと他に言いようもあったはずだ。

バスケットボールをやればどういう利益があるか、それをなぜ言わなかったのだろう。

元気が出るとか、食欲が旺盛になるとか、頭がすっきりするとか、とても面白いとか、利益はいくらでもあるはずだ。

ここでオーヴァストリート教授の言葉を、繰り返しておく必要がある。

「まず、相手の心の中に強い欲求を起こさせること。

これをやれる人は、万人の支持を得ることに成功し、やれない人は、一人の支持者を得ることにも失敗する」私の講習会に参加したある聴講者の話だが、彼は、いつも自分の幼い息子のことを心配していた。

その子がひどい偏食で、とても痩せていたのである。

世間の親の例に漏れず、彼は妻と一緒になって小言ばかり言っていた。

「お母さんは、坊やにこれを食べてもらいたいんだよ」「お父さんはね、坊やが体の立派な人間になってもらいたいんだよ」こう言われて、この子が両親の願いを聞き入れたとすれば、それこそ不思議だ。

三十歳の父親の考え方を三歳の子供に飲み込ませようとするのは無理だというくらいのことは、誰だって知っている。

にもかかわらず、この父親は、その無理を通そうとしているのだ。

馬鹿な話だが、その馬鹿さ加減に、彼もやっと気がついて、こう考えてみた──「いったいあの子は、何を一番望んでいるだろうか。

どうすれば、あの子の望みと私の望みを一致させることができるだろうか」考えればわけのないことだった。

子供は三輪車を持っており、それに乗って家の前の道路で遊ぶのが大好きだった。

ところが、二、三軒隣に手に負えないガキ大将が一人いて、そいつが、三輪車を取り上げ、我が物顔に乗りまわすのである。

取り上げられると、子供は、わっと泣き出して母親のところへ帰ってくる。

母親は、早速飛び出して、三輪車を取り戻してやる。

こういうことが、ほとんど毎日のように繰り返されていた。

この子は、何を一番望んでいるだろうか?シャーロック・ホームズをわずらわすまでもなく、考えてみればすぐわかる。

彼の自尊心、怒り──こういった内心の強烈な感情が彼を動かして、そのガキ大将を、いつかはこっぴどくやっつけてやろうと決心させていたのである。

「お母さんの言うものを何でも食べさえすれば、今に、坊やはあの子よりも強くなるよ」父親のこの言葉で、偏食の問題は、たちまち消えてしまった。

子供は、そのガキ大将をやっつけたいばかりに、何でも食べるようになったのである。

偏食の問題が片づくと、父親は次の問題と取り組んだ。

この子には、困ったことに、寝小便をする癖があった。

この子は、いつも祖母と一緒に寝ていたが、朝になると祖母が「ジョニー、またやったね」と叱っている。

子供は、それを頑強に否定して、漏らしたのは、おばあさんだと言う。

そのたびごとに、おどしたり、すかしたり、母親の希望を言って聞かせたりするが、全然効き目がない。

そこで、両親は、寝小便をしなくなりたいと子供に思わせる方法を考えてみた。

子供は、何を望んでいるか?第一に、祖母の着ているようなゆったりした寝間着ではなく、父のように、パジャマを着たがっている。

祖母は孫の粗相に、すっかり辟易していたので、それが治るなら、パジャマを買ってやってもいいと申し出た。

次に彼のほしがっているものは、自分専用のベッドであった。

これには、祖母も異議はない。

そこで、母親は、ジョニーを連れて、ある百貨店へ行った。

「この人が、何か買い物をしたいんですって」女店員に目くばせしながら母親がそう言うと、女店員も心得て、丁重に挨拶した。

「いらっしゃいませ。

どんなものがご入用でしょうか、坊っちゃま」女店員の応対に自尊心をかき立てられたジョニーは、すっかり得意になって答えた。

「僕の使うベッドがほしいんだよ」母に目くばせされた女店員のすすめに従って、結局彼は母が買わせたいと思ったベッドを買った。

ベッドが家に届いた日の夕方、父が帰宅すると、ジョニーは勢いよく玄関へ飛んで出た。

「お父さん、早く二階に上がって、僕が自分で買ったベッドを見てちょうだい!」父はそのベッドを眺めながら、惜しみなくほめ言葉を浴びせてやった。

「このベッドは、濡らさないだろうね」父がそう言うと、ジョニーは、決して濡らさないと約束し、事実、それ以後彼の寝小便は止まってしまった。

自尊心が約束を守らせたのだ。

自分のベッドであり、しかも、彼が自分一人で見立てて買ったベッドだ。

大人と同じように、パジャマも着る。

大人と同じようにふるまいたいのだ。

そして、そのとおりにふるまったのである。

ダッチマンという電話技師で、同じく私の講習会に参加した父親だが、彼もまた三つになる娘が朝食を食べないので弱っていた。

おどしても、すかしても、まったく効き目がない。

そこで、いったいどうすれば娘が朝ごはんを食べたくなるか考えた。

この子は、母親の真似をするのが好きだった。

母親の真似をすると、大人になったような気がするのである。

そこで、ある朝、この子に朝ごはんの支度をさせてみた。

彼女が料理の真似をしている最中に、適当な頃を見はからって、父親が台所をのぞき込むと、彼女はうれしそうに叫んだ。

「パパ、見てちょうだい。

私、今朝ごはんをつくってるの!」その朝、彼女は二皿もオートミールを平らげてしまった。

朝食というものに興味を持ったからである。

彼女の自尊心が満たされたのだ。

朝食をつくることによって、自己主張の方法を発見したのである。

「自己主張は人間の重要な欲求の一つである」これは、ウィリアム・ウインターの言葉であるが、我々は、この心理を、仕事に応用することができるはずだ。

何か素晴らしいアイディアが浮かんだ場合、そのアイディアを相手に思いつかせるようにしむけ、それを自由に料理させてみてはどうか。

相手はそれを自分のものと思い込み、二皿分も平らげるだろう。

「まず、相手の心の中に強い欲求を起こさせること。

これをやれる人は、万人の支持を得ることに成功し、やれない人は、一人の支持者を得ることにも失敗する」人を動かす原則❸|強い欲求を起こさせる。

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