謝辞
本書に詰め込んだアイデアを生み出すために一緒に働いてくれた人たち、本にまとめるまでを手伝ってくれた人たちに、心からの感謝をしたい。
妻であり、事業のパートナーであり、編集者でもあるイレーヌ・ガーバーヘ。
彼女の高い目的意識と真理を追究する献身的な姿勢、仕事への情熱がなければ、本書を出版することも、事業を成功させることも、幸福な結婚生活を送ることもできなかった。
子供たちである、シェイナ、キム、ヒラリー、サム、アレツクス。オリビアヘ。私は多くのものを子供たちから与えられた、私が子供たちに与えた以上に。
これは父親である私だけが知っていることだった●●社で働く同僚、そして元同僚へ。彼らは本書のアイデアに貢献してくれただけでない。お互いを高め合いながら、顧客の事業へも貢献してくれた。
本書の中で多くの実績に裏づけられたアイデアを紹介できるのは、彼らのおかげである。数えきれないほど多くの顧客の皆さまへ。私は顧客からの信頼に恵まれてきた。スモールビジネスを成功させるための助言を続ける中で、私は多くを顧客から学んできた。
義理の兄弟であるナンシーとボブ・ドレフィスヘ。二人の知恵と愛情、寛大なる精神から、私は計り知れないほどの影響を受けてきた。
ハーパービジネス社のヴァージエア・スミスヘ。執筆が行き詰まったときにも、思いやりと知性にあふれた友情で、寛大に見守ってくれたおかげで、気持ちを落ち着けてペンを進めることができた。
そして最後に、私の仕事を熱心に応援し続けてくれるすべての読者へ。みんなありがとう―
まえがき
前作の『The E-Myth(『自分会社の作り方』ダイヤモンド社、一九八五年)が、出版されてから十五年が経過した。
その間、公私ともにさまざまな出来事があった。カルロス・カスタネダの書いた『未知への次元』で、ドン・フアンは次のように語っている。
「平凡な人間と戦士の違いは、平凡な人間はすべてを祝福か、天罰のいずれかと思うのに対して、戦十はすべてを挑戦の機会と考えることである」この言葉に従えば、私はありふれた平凡な人間にすぎないのだろう。
しかし、時には、神が戦士の力を与えてくれた瞬問もあったように思う。スモールビジネスを支援する私の事業は、十五年間で、天国と地獄を見ることになった。
一方で、妻のイレーヌとは、十六年間にわたる申し分のない結婚生活を送ってきた。すばらしい二人の子供―‐サムとアレツクス・オリビアーーにも恵まれ、合わせて五人の子供の父親となった。
娘のキムとその夫ジョンが授かったサラ、イライジャ、ノア、ハンナ、アイザイヤのおかげで、祖父という立場にもなった。スモールビジネスの経営者に向けた講演にも力を注いできた。
オーストラリア、カナダ、スペイン、ニュージーランド、日本、プエルトリコ、メキシコ、インドネシア、そしてもちろん米国のさまざまな場所で講演を行う中で、数えきれないほど多くの経営者との出会いがあり、いろいろな形で支えられてきたことに感謝している。
あるときは仕事に気持ちを高ぶらせ、あるときは幻滅を味わいながらも多くを学んだこの十五年間は、私にとって実りある時期であった。
私の同世代に共通する傾向かもしれないが、傷つくことなど考えずに壁にぶつかるような生き方をしてきたのだろう。
私は、前作を出版する八年前に●●社という会社を立ち上げ、スモールビジネスの経営者を対象としたコーチングのビジネスを行ってきていた。
前作の中で紹介した《起業家の視点》という考え方は反響を呼び、「自分の会社にも《起業家の視点》を取り入れたいので、詳しく教えてほしい」という数多くの要望が寄せられるようになった。
き前作の中で、私は数多くの問いかけを行った。
本書はその答えであり、スモールビジネスを経営するうえでの原理とも呼ぶべきものを提示している。
前作を読んでくれた人にも、そうでない人にも、事業を経営するための新しい視点を提供できると自負している。また、本書は対話形式をとっている。
登場人物であるサラ(仮名)は、過去数年間にわたって私が助言を続けてきた女性経営者である。彼女は自分の事業を見直すにあたって、すばらしい忍耐力と聡明さ、そして情熱を見せてくれた。
本書の中で、私は幾度となくサラからの質問に答えているが、それは同時に、読者が抱えている疑問や苛立ちへの回答となっているはずである。
私がサラに魅了されたように、読者の皆さんも、サラの人柄と彼女の発する質問に魅力を感じていただければと考えている。
さて、サラを紹介する前に、スモールビジネスとその経営者に対する、私の基本的な考え方を共有しておきたい。
「成功した経営者だけが知っていて、平凡な経営者は知らない成功の秘訣があるのか」多くの読者からこんな質問が寄せられてきた。
意外に思うかもしれないが、彼らが成功した理由は、何かを知っていたからではない。現状に満足することなく、もっと知ろうという努力を続けたからである。
経営者がマネジメントや会計、マーケテイング、現場の実務を知らないからといつて、経営に失敗することはない。そんな知識は簡単に身につけられるものである。
むしろ、失敗する経営者に共通しているのは、自身のもつ知識や情報を独占し、従業員と共有しようとしない姿勢であつた。
成功した経営者は、大切な知識や情報を従業員と共有するために多大な努力を費やしている。彼らが的確な言葉を選んで、伝える才能に恵まれているということではない。
すべてを言葉で表現することは困難だろう。
しかし、言葉の裏側にあるビジョンや高邁な目標、優れた倫理観が、経営者の体や声からにじみ出すように、従業員へと伝えられているからこそ、彼らは成功を収めているのである。
また、高みを目指す経営者とは、きわめて現実的な性格の持ち主であり、日常生活にありふれた細かなことにまで、こだわりをもっていた。
事業が失敗するのは、設定した目標が高すぎたからではない。
むしろ、事業を構成するさまざまな要素―電話でのやり取り、顧客と営業担当者との関係、出荷の手続き、レジでの応対―の中に、失敗の原因が潜んでいるからである。
隅々までの気配りが、事業を成功させる唯一の方法であるということを、高みを目指す経営者は直感的に理解しているのだろう。
細かな仕事までも正確に実行されることが、ライバルに差をつける一流企業の証なのである。
そう、私は成功した経営者だけに見られる特徴を知っている。彼らは、細かな仕事までもが、正確に実行されることの大切さを知っているのである。
本書は一流企業をつくるという、終わりのない旅のガイドブックでもある。この旅では、ゴール地点もすぐにスタート地点へと変わってしまう。
しかし、旅は喜びと高揚感にあふれたものであり、私たちの感性と人間性を高め続ける機会でもある。
そして、旅を続ける間、私たちは自分のあるがままの姿を正直に見つめ直す必要にも迫られるだろう。
かつて、ある賢者は「汝を知れ」と語った。旅の途上にある読者のために「よい旅を、幸運を」と付け加えたい。別の賢者の示唆に富んだ言葉も付け加えよう。
「極限状況を生き抜くために、F1ドライバーの反射神経も、ヘラクレスの筋肉も、アインシュタインの頭脳も必要ない。ただ、為すべきことを知れば良いのである」(『ブック・オブ・サバイバル』アンソニー・グリーンバンク著より)本書を楽しんでいただければ幸いである。
一〇〇一年六月マイケル・E・ガーバーサンタローザ、カリフォルニアにて
はじめに
どうして多くの人が起業に失敗するのだろうか,私は二十年間にわたって、スモールビジネスが経営を改革するための支援を続けてきた。
この本はスモールビジネスの経営にたずさわつている人、そしてこれからたずさわろうとする人のために書いたものである。
二十年間の経験から、私はスモールビジネスを経営することの難しさを知っているつもりだ。経営者は一生懸命頑張っているのに、会社の業績は低迷し、十分な収益を確保することが難しい。
これが大半のスモールビジネスの現状ではないだろうか?こうなってしまうのは、経営者の努力不足のせいではない。努力の方法が間違っているからである。
その結果、大半のスモールビジネスは倒産、廃業に追い込まれている。これは数字でも証明されている。米国では驚くほど多くの人が、会社を立ち上げては失敗しているのである。
毎年百万人以上が会社を立ち上げる一方で、一年目に四〇%の会社が、五年間では八〇%以上、つまり八十万社―が姿を消している。
そして、たとえ五年間生き延びたとしても、次の五年で残りの八〇%が姿を消す運命にある。
スモールビジネスで成功するためのノウハウを述べた本はたくさんあるのに、どうしてこれほど多くの人が起業に失敗するのだろうか?・なぜ教訓を生かすことができないのだろうか?。
この本は、こんな疑間に答えるためのものである。私は次にあげる四つのポイントが起業に成功する条件だと考えている。
このポイントを理解してうまく応用すれば、あなたのスモールビジネスはきっと成功を収めることになると思う。
しかし、このポイントを無視すれば、どれほど努力しても、どれほど資金を投入しても、あなたの会社は毎年姿を消していく何十万の会社と同じ運命をたどることになるだろう。
ポイントその1大半の起業家が失敗に終わる理由を知る
スモールビジネスは、情熱にあふれる起業家によって立ち上げられたものである―あなたはこんな誤解をしていないだろうか?。
しかし、実際には、起業家精神あふれる経営者などにはそうめったにお日にかかれるものではない。
それにもかかわらず、世間で伝えられる起業家像はあまりにも美化されていないだろうか?私はこの誤解こそが、スモールビジネスが高い確率で失敗する原因だと考えている。失敗の理由を知り、あなたの事業に応用することが、成功のカギとなるのだ。
ポイントその2成功率の高いフランチャイズビジネスから学ぶ
私は決して、フランチャイズビジネスを推奨しているわけではない。しかし、フランチャイズ企業のほうがほかの企業よりも生き残る確率が高いというデータがある。
この本では、スモールビジネスを経営する視点から彼らの成功要因を分析し、あなたの会社に応用する方法を紹介している。この方法を知っているかどうかで、会社が生き残る確率もずいぶんと変わってくるのである。
ポイントその3一流企業のように経営する
一流企業は名もない会社であったころから、一流企業のような経営をしていたからこそ、一流企業になれたのである。
そう考えれば、あなたの会社も一流企業のような経営をすることで一流企業になる可能性をもっているのである。
この本では、私の経験からスモールビジネスにとつて重要と思われる一流企業の経営手法をわかりやすく紹介している。あなたの会社にも、この手法を応用してみてはいかがだろうか?
ポイントその4毎日の仕事で実践する
この本の後半では「事業発展プログラム」と名づけて、成功のためのエッセンスを紹介している。毎日の仕事に応用できるようにわかりやすく書いてあるので、ぜひあなたの会社の経営に役立ててほしい。
一九七七年に私は自分の会社、●●を設立して以来、二万五千社以上のスモールビジネスの支援を行ってきた。
そして、私たちの指導のもと「事業発展プログラム」を実行することで、数多くの顧客企業が成功を収める様子を見てきた。
私はこの分野の第一人者だと自負しているが、私のノウハウは一〇〇%の成功を保証するものではないし、ノウハウをきっちりと実行することも簡単ではない。
しかし、今までとは考え方も働き方も変えることで、これまでにない充実感を感じるようになると信じている
この本を単なるノウハウ本とは思わないでほしい。ノウハウ本を読むだけでは役に立たないことは知っての通りである。たとえノウハウ本を読んでも行動に移さないかぎりは、よい結果は生まれない。
そのためにも、読者の皆さんには、まず事業を成功させるための必要な条件を理解してほしい。
そして、私のアドバイスが聞くに値するものであるということを確信してほしいのだ。
私のアドバイスが、あなたの頭のどこかにしつかりと組み込まれるようになると、しだいに会社が変わりはじめるのだから。
また、この本では、事業は経営者の人柄を映す鏡であるということも言っている。もしあなたが杜撲な考え方の持ち主なら、あなたの会社も杜撰になつてしまう。
そして、あなたが欲張りな人だったら、従業員も欲張りになり、仕事もろくにせず、権利ばかりを主張する会社になつてしまう。
自分の会社を変えたいと思うのなら、まずはあなた自身が変わらなければならない。あなたが変化を望まないかぎりは、会社も十分な収益を上げることはできないのである。
起業したときには全くビジネスの知識をもっていなかった人が、正しい経営手法を身につけ、成功していく様子を私はこれまでに何度となく見てきた。
スモールビジネスの世界はリスクが高いものの、いまだに大きなチャンスに満ちているのである。この本が成功へのきっかけとなることを祈りたい。
マイケル・E・ガーバー
起業家の神話
高い理想をもち、地道な努力を重ねた起業家が、最後には成功を勝ち取る。
テレビや雑誌などを通じて、華やかな起業家のサクセスストーリーが紹介されるにしたがって、起業家のイメージはあまりにも美化されてしまったように思う。
このことを私はE-Myth、つまりEntreprenerur(起業家)のMyth(神話)と読んでいる(訳注E-Mythは本書の原題である)。
二十年間にわたって、私は数多くのスモールビジネスの経営者と出会つてきたが、本当に起業家と呼べるような人物はほんの一握りにすぎないというのが実感である。おそらく起業をしたころの彼らは、すばらしいビジョンや情熱をもつていたのだと思う。
しかし、私と一緒に仕事をするころには、そんな起業家らしさはほとんど失われていたのである。彼らをロッククライマーにたとえてみよう。会社を立ち上げたばかりの起業家は、切り立った絶壁に挑戦しようとする情熱にあふれている。
これこそが皆さんの想像する起業家像ではないだろうか?
しかし時間がたつにつれて、挑戦を続ける人たちは少数派となり、ほとんどの人が岩肌にしがみつくのに精一杯というありさまになってしまう。
私から見れば、ロッククライミングのスリルを楽しむどころか、高い場所を怖がっているようにさえ思える。
高所恐怖症のロッククライマーなんていう奇妙な話を聞いたことがあるだろうか?とはいいながらも、彼らがリスクを冒してまでも、大きな夢を達成しようとした起業家であったことには間違いない。実際に自分たちの事業を立ち上げたのである。
しかし、今となっては、高い理想を掲げていたころの起業家はどこに行ってしまったのだろうか?この疑問への答えはとても簡単だ。
彼らの中に起業家精神が宿ったのは、ほんの一瞬のことだったのである。起業家精神は一瞬で失われ、ほとんどの場合は二度と取り戻されることはなかったのである。
残念なことに、多くの人が美化されたサクセスストーリーにだまされた結果、財産を失い、人生を棒に振ってしまう。
テレビや雑誌などに紹介されるような起業家は、ほんの一握りの人たちだと考えたほうが、あなたの身のためだろう。
私が「起業家の神話」(E-Myth)と呼んでいるように、いまだに多くの人は、起業家こそがスモールビジネスを立ち上げるのだ、という根拠のない幻想に惑わされているように思う。
しかし、神話は幻想にすぎないのである。
それではいつたいどんな人たちが、スモールビジネスを立ち上げているのだろうか?
起業熱からすべてが始まる
根拠のない幻想にだまされないためには、事業を立ち上げようとする人たちをじっくりと観察してみなければならない。大切なことは、事業を立ち上げた後ではなく、立ち上げる前に観察することである。
例えば、あなたが起業を考えているとしよう。
会社を立ち上げる前に、あなたはどんな仕事をしているだろうか?普通なら、誰かの部下として働いているだろう。
そして専門性の高い仕事をしているのではないだろうか?例えば、医者や大工、理容師、プログラマー、会計士やエンジエアと、いろいろな種類の仕事が考えられるが、きっとその道のプロという自負をもっているにちがいない。
でも、あなたは誰かの部下として働いていることに変わりはないそんなあなたが、ある日突然に理由もなく、起業熱に取り付かれてしまうのである。
そのきっかけは人それぞれだ。私の友人には、子供の高校卒業を機に会社を始めた人もいれば、誕生日をきっかけに起業した人もいる。
そういえば、姿勢が悪いといって注意する上司に嫌気が差して、起業したという人もいる。どんなことでもきつかけになるし、何がきっかけでも構わないと思う。
しかし、起業熱に取り付かれたその日から、あなたの人生はガラリと変わってしまうのである。ただし、起業熱にも予兆のようなものはある。
起業熱に取り付かれる前のあなたは、心の中でこんなことを考えているのではないだろうか?
・「何のためにこの仕事をやつているのだろう?・どうしてあんな上司のために働いているのだろう?この事業のことなら、上司に負けないぐらい知っているさ。自分がいなけりゃ、この会社は立ち行かなくなるだろう。誰だってこの仕事でひと一儲けできるし、何といっても自分はこの道のプロなんだから」
普段なら、こんな考えはすぐに忘れてしまうところだが、不意に頭を離れなくなる瞬間がやってくる。これを境に、あなたの運命は大きく変わってしまうのである。
会社のルールを破ることが快感になり、独立して生き生きと仕事をする自分の姿が目に浮かぶようになる。
そして人から指図を受けたくないし、自分だけの仕事がしたいという気持ちがだんだんと強くなってくる。
こんな予兆を経て、起業熱がいったん始まれば、あなたは落ち着きを失い、熱を冷ますことができないまま、起業へと突き進むことになるのである
誰もが必ず陥るワナ
私が見ているかぎり、起業熱にうなされる人たちは、必ずといってもよいほど誤った「仮定」を置いてしまうようだ。
実は、後に彼らが苦難の道を歩むことになるのは、この「仮定」が致命的に間違っているからなのである。
これは、自分をその道のプロだと自負している人が起業を考えるときに、必ずといってもよいほど陥るワナである。
致命的な仮定とは……「事業の中心となる専門的な能力があれば、事業を経営する能力は十分に備わっている」ということである。
私がこの仮定を致命的だと書いたのは、この仮定が間違っているからにほかならない。事業の中で専門的な仕事をこなすことと、その能力を生かして事業を経営することは、全く別の問題である。
それにもかかわらず、多くの人たちは会社を経営するという面を見落としたまま、起業してしまう。
こうやって大工や電気工は自営業者になり、美容師は美容院を開く。技術者は半導体の仕事を始め、ミュージシャンは楽器店を開く。
彼らは専門的な知識さえもっていれば、その分野で事業を始めるのに十分な資格があると信じているのだろう。
しかし、いざ起業してみると、帳簿をつけたり、人を雇ったりと、これまでに経験がないような仕事が次々とわき出してくる。
たいていの起業家は、予想もしなかった仕事に追われて、本業に手が回らなくなってしまうのである。
高い専門能力をもつ人にとって、独立は他人のために働くという苦痛から解放されることを意味していた。
それにもかかわらず、前提となる「仮定」が致命的といえるほど間違えているために、彼らは自由になるどころか、自分が始めた事業に苦しめられるようになってしまうのである。
パイを焼く若い女性を見てごらん。彼女は焼きたてのパイを売るお店を始めたよ。若かったのに、あっというまにおばあさんになってしまったよ。
さて、ここで重要な登場人物のサラを紹介しておこう。私が初めてサラに会ったのは、彼女が自分の店を始めてから三年がたったころだった。
サラは子供のころ一緒に住んでいたおばさんから、パイのつくり方を教わったのがきっかけでパイづくりの達人になり、ついにパイの専門店「オール・アバウト・パイ」をオープンした。
つまり、世間でいうところの起業家ということになる(念のため「オール・アバウト・パイ」は実名ではない)。
しかし、残念なことに私と初めて会ったころのサラは、いわゆるエネルギツシュな起業家ではなかった。それどころか、店の経営にぐったりと疲れている様子だった。
彼女から店のことで相談に乗ってほしいとの連絡を受けて、初めて店を訪問したときのことである。まだ朝の開店前の時間だというのに、彼女はとても疲れた様子でこう切り出した。
「店を始めてから三年たつけど、こんなに長い三年間はなかったわ。お店を経営することが嫌なだけじゃないのよ。パイを焼くことさえ、もう嫌になってしまったの」このように言うと、サラは泣き始めた。
「今朝は二時に起きて、三時からここで準備してたの。それからパイを焼いて、時間通りにお店を開けて、お客さんの対応をして、掃除をして、お店を閉めたわ。でも、その後に仕入れにも行かなきゃならないし、レジの現金も勘定して、銀行にも行かなきゃならない。
それから夕食をとって、明日のためにパイの仕込みをするのよ。これだけやってるうちに、もう夜の九時半とか十時になっちゃうわ。
普通の人がこれだけ頑張ったら『神様、おかげさまで今日も一日無事に終わりました』と言うところよ。
でも、私はそのあとにテーブルに向かって、来月の家賃の資金繰りをどうしようかつて考えなきゃならないの」「こうなったのも、親友の『サラ、あなたのパイはこんなにおいしいのに、お店を出さないなんてもったいないわ―』という言葉を信じてしまつたからなの。
私はそのころの職場に不満を感じていたから、お店を開くことがとても素敵な考えに思えたわ。お店を開けば、自由が手に入ると思ったし、大好きなことを仕事にできると思った。それに誰にも指図を受けずに働けるんですもの」サラは泣いていた。
彼女の話に口をはさむつもりはなかったので、また話しはじめるのを黙って待っていた。
しばらく時間が流れた後に、サラは深いため息をついて、「これから、どうすればいいのかしら」とつぶやくように言った。
それは私に訊くような回ぶりではなかった。きっと自分自身に問いかけていたのだろう。サラの店は、小さいながらも濡洒なつくりになっていた。床には最高のオーク材が使われ、オーブンも最高のものが据え付けられていた。
こじゃれた内装にも、相当なお金をかけていたのだろう。結果として、サラは手持ちの資金を使い果たしただけでなく、多額の債務も負っていた。それだけでなく、毎日の雑用に追われて、体力的にも限界を迎えていた。サラはこのような状況に対して、手のほどこしようがないことに気づいていた。
私は多くの起業家と仕事をした経験から、彼女のつらさをよく理解しているつもりだった。
パイづくりを教えてくれたおばさんがいない今となっては、誰が彼女にアドバイスすればいいのだろう?私はサラの様子をうかがいながら、声をかけた。
「サラ、お店のことをすべて見直すときがきたんじゃないかな?・その道のプロが、独立して起業することはよくあるけど、ほとんどの人が、きみと同じような苦しみを味わっているんだ。
大好きだったはずの仕事が嫌いになってしまったり、自信や人生の日標を失ってしまったりして、ひどい気分になっているんじゃないかい?」この言葉にサラは少し救われたようだ。
「でも、どうすればいいの?」私はこう答えた。「まず、僕が話す方法で頑張ってみたらどうだい?」
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