第6章実践編②──
まいにち自分磨き31【1日目】あいさつ上手の四つのポイント【2日目】ご近所づきあいの秘訣【3日目】苦手なタイプとどう付き合うか【4日目】目尻、下がっていますか?【5日目】自分を主張したくなったら【6日目】上品に断りたいときは【7日目】自分と違う意見をどう扱いますか?【8日目】聴き方のコツは「二つ話して、八つ聴く」【9日目】プライバシーに踏み込んでくる人には【10日目】NOを伝える粋なプロセス【11日目】相手を思う時間を持てていますか?【12日目】自分中心では察することはできません【13日目】相談上手は仕事上手【14日目】人に共感してもらうためにすべきこと【15日目】間に秘められた思い、声にならない声【16日目】器を磨く【17日目】自然に学ぶ不完全の美【18日目】会えないときも相手を笑顔に【19日目】「そとづら」のすすめ【20日目】ほんの少し「手助け」の時間を【21日目】人を幸せにする「おせっかい」【22日目】のりしろ──相手のメンツをつぶさず自分も気持ち良く【23日目】AI時代にこそ輝く日本人の強み【24日目】正直は損?と思えたときは【25日目】下坐に生きる【26日目】約束を守る生き方【27日目】善いことを習慣に【28日目】たぎるような情熱を【29日目】自分を見つめ、沈黙を楽しむ時間を【30日目】「有難い」をかみしめる【31日目】日々、新たに!
おわりに
あいさつ上手の四つのポイントあいさつは、人間関係を築いていくうえで、最も大切な一歩です。
〝初頭効果〟という言葉があります。
第一声の声かけ、お辞儀一つで、その人の印象が決まってしまうということです。
そうは言っても、日常のあいさつにそこまで注意を払えない、と思う方も多いでしょう。
すべて完璧にやろうと構えすぎると、心が疲れてしまいます。
まずは四つのポイントを意識してみてください。
①自分から先に相手から声をかけられる前にこちらからあいさつをする。
一流と言われる人は自分からあいさつをします。
②明るく大きな声で元気よく明るいあいさつは周りに伝播します。
第一声は「ソ」の音階で発声すると、明るくさわやかな印象になります。
少し口角を上げて、相手の目を見て、を心がけましょう。
③プラスアルファの言葉を「おはようございます」の後に「今日も笑顔がいいですね」「ブルーがお似合いですね」など、ひと言添えると、相手との距離がグッと縮まります。
④相手の幸せを祈る言葉だけのあいさつは相手にわかってしまうもの。
「いつもありがとう」という感謝とともに〈今日もいい一日でありますように〉〈お幸せに〉と、心の中で相手の幸せを祈ってみてください。
あいさつが丁寧になり、自分の心も豊かになります。
心を添えたあいさつは、必ず相手の心に響きます。
あ(明るく)、い(いつも)、さ(先に)、つ(続けてひと言)の四つをまずは心がけましょう。
ご近所づきあいの秘訣皆さんは、ご近所の方に、会釈を含め、あいさつを交わしていますか?昨今は個人情報保護や防犯意識の高まりで、ご近所と気軽にあいさつを交わしにくくなったという声もお聞きします。
難しいご時世ですよね。
とはいえ、何も交わさないのも不自然でしょう。
例えば、マンションのエレベーターで、扉を開けて待っていてくれた人に「ありがとうございます」。
先に降りるときに「お先に」。
そんなたった「ひと言」だけ、実践してみませんか。
私が子供のころは、近所の方と出会ったときには必ず「おはよう。
今日も暑く(寒く)なりそうね」「行ってらっしゃい。
お気をつけて」と、声をかけてもらっていました。
子供ながらに面倒だと思ったこともありましたが、気にかけてもらっているという安心感、嬉しさも感じていたものです。
そのとき、やわらかい笑顔で「そうですね」「行ってきます」と応えるだけでよいのです。
あいさつプラス声掛けは、ご近所との良好なお付き合いの基本です。
これができるだけで信頼が生まれ、互助のご近所付き合いの基礎ができます。
また、見ず知らずの人にもあいさつすることで「この辺りは地域のつながりがしっかりしている」と思われ、空き巣や窃盗などの犯罪を未然に防ぐことにつながります。
距離感の取り方が難しくなってきている昨今、思いやりのひと言がかけられなくなっているどころか、基本のあいさつ自体が希薄になりすぎているきらいがあります。
こういうご時世だからこそ、自分から自然とあいさつができる人は魅力があり、存在が輝きます。
まずは自らあいさつ。
ほんの少し、勇気を出して実践してみましょう。
ご近所トラブルを避ける基本は、日々のさりげないあいさつと言葉がけ。
周囲にも自分の心にも爽やかな風を送り込みましょう。
身近な世界が明るくなります。
苦手なタイプとどう付き合うか「どうもあの人は好きになれない」「できれば顔を合わせたくない」そんな苦手なタイプが身近にいないでしょうか?人はみな個性が違います。
気の合う人、合わない人ができてしまうのは無理もありません。
ただ、苦手を通り越して「どうしても許せない相手」が何人もできてしまうのは避けたいところ。
そう思い続けること自体、とても苦しいことですから。
そういうときは、まず、相手に向けていた負の感情を、自分に向けてみましょう。
「あの人の嫌なところは、実は自分の嫌なところ。
それを見せてくれているんだ」そう思うと、固まっていた思いが、少しほぐれてきます。
人の短所しか見えない人は、なかなか成長しません。
次に、苦手と感じる人の「美点」をさがしてみましょう。
そして顔を合わせたときに、思い切って言葉をかけてみる、「こんにちは」と。
その勢いで、ほめ言葉をひと言添えるのです。
「こんにちは、○○さんはいつもよく気が利きますね!」「こんにちは、○○さんはいつも仕事が早いですね!」さらに、相手を認める言葉かけに、微笑みを添えて実践してみてください。
何か「つながる気持ち」が芽生えてくるはずです。
相手に伝えるだけで、心地良い風が流れてくるでしょう。
苦手な人をつくっているのは自分自身かもしれない。
そう考えて、短所より美点に目を向け、それを思い切って口に出してみませんか。
さあ、和顔愛語。
目尻、下がっていますか?そばにいるだけでなぜか心が温まる、そんな人が身近にいないでしょうか。
できれば、自分もそうなりたい。
でも、どうすればいいの?そうなるための一番のポイントは「和顔」です。
「目は口ほどに物を言う」というように、笑顔になるためには「目元」がポイントになります。
①目と心は連動している目尻を下げてみてください。
心が穏やかになりませんか?顔の表情と心は連動しています。
相手に投げかけた優しい目元は瞬時に自分の心を豊かにするものです。
心が波立っているときは、すやすや眠っている赤ちゃんを思い浮かべてみてください。
その柔らかい表情は人を和ませ、幸せを配ります。
②口角を少し上げる目の次に大切なのが口元です。
「ん」と口元を少し上げるだけで表情が豊かになり、気持ちが伝わるようになります。
頰の表情筋を鍛える運動を日ごろからしていると自然にできるようになります。
③アイコンタクトは一秒長く一瞬の優しい目元では相手の心には届きません。
相手を見る際に相手が目を離した後、優しい目元で「一秒」長く相手を見ることを心がけましょう。
ほんの少しの思いやりを添えるだけで余韻が残り、心に余裕ができます。
「愛語」は読んで字の如く、相手を思いやった温かい言葉がけのこと。
相手にどのような言葉を自分は口にしたのか、いちばん聞いているのは自分の耳です。
顔の表情と心は連動しています。
イライラして心が波立つときは、意識して目尻を下げてみましょう。
優しい目元につられて、心も優しく穏やかになります。
自分を主張したくなったら「エゴが強い」「エゴの塊みたいな人」そのような人に出会ったことがないでしょうか?「エゴ」とは「エゴイズム」のこと。
「利己主義」と訳されます。
その正体は何でしょうか。
エゴは大きく三つに分けられると言われています。
一つ目は、所有物で価値を決めること。
他人よりも多くを所有している人こそが、人として優れているというものです。
いくら自分が所有しても何かまだ手に入らないものがあれば、そのことで大きなストレスを抱え、イライラが続きます。
二つ目は、成果至上主義。
つまり競争に勝つことが一番と思うことです。
負けないためには常に争っていなくてはならないので、落ち着かない状態が続きます。
三つ目は、他者の評価を重視すること。
「すごいね」と、いかに他人から良く見てもらえるかがとても重要で、素晴らしい人だと思われ続けたいのです。
自分ではなく他者が決めることですから気が休まるときがありません。
自分がしたいことや良いと思うことよりも「人からどう思われるか」を自分の行動の軸にしてしまう生き方です。
自分軸がなく、他者の評価軸で生きている人、たくさんいますよね。
恥ずかしながら私も長い間、良い人と見られるように装ってきました。
よく考えると自分にしか興味・関心がない、レベルの低い人間でした。
物に執着し、他人からの評価を気にして、いかに自分が物質的に幸せか、俗にいう成功者とされる、高い水準でいるかということに価値を感じ、優越感、心地良さを感じていたのです。
しかしそれは、「本当の心の豊かさ」ではないと、ある転機から気づき、決意することができました。
エゴを満たそうとする人生はやめようと。
自分を主張したくなったら、言い訳したくなったら、ゆっくり静かに深呼吸。
まずはここから。
一緒に始めてみましょう。
上品に断りたいときは何かお誘いを受けたとき、悪く思われないようにと曖昧な返事をした結果、嫌な思いをした経験が、誰にでもあるのではないでしょうか。
かといって、すべてのお誘いを受けるわけにはいきませんよね。
好感を得つつ、上品に断る際のポイントをお伝えします。
①感謝初めに「お誘いいただき、ありがとうございます」と必ず感謝の気持ちを伝えましょう。
②残念に思っていることを伝える「たいへん残念ですが」「あいにく」などのクッション言葉を使いましょう。
「せっかくの○○さんからのお話ですので」と前置きすると、柔らかい印象になります。
③理由は詳細に伝えない「先約がありまして」「仕事と重なり」と簡潔に伝えましょう。
そもそもこちらを選んでいないから断るのです。
詳細に理由を伝えたところで言い訳にしか聞こえません。
「行けそうでしたら」などの曖昧な表現も避けるべきです。
④思いやり語尾を忘れない「楽しい会になりそうですね」「盛会をお祈りしています」「ぜひ、またお誘いいただけますように」。
相手のモチベーションが上がるような、思いやりのある言葉がけをしてください。
なお、こちらがお誘いして断られた際の作法は、器が試されるものです。
「いいよ、いいよ」「また今度ね」。
そう言えるとすてきですね。
相手を慮る心は必ず通じます。
悪く思われたくないと曖昧な断り方をしていませんか?好感を得つつ、上品に断る作法を実践しましょう。
すべては相手への思いやりが基本です。
自分と違う意見をどう扱いますか?「この人の考えは自分と全然違う!」そう感じることが、ないでしょうか?その場で自己主張してしまうと、衝突が始まります。
その際に、不満そうな表情や反論をして心を閉ざしていくと、人間関係を損なう結果となってしまうでしょう。
今はSNSなどの普及により、自分の言いたいことが言えて、聞きたくないことも入ってくる、そんな世界になってきています。
この世界でいかに他者と良好なコミュニケーションを取り、調和の世界を築いていくか。
とても大切なテーマです。
私たちは「きっと相手もそう思っている」と、自分中心にものごとを考えてしまいがちです。
まずは「相手と自分は全然違う存在」ということを理解しましょう。
人は価値観も考え方もそれぞれです。
同意見にならないのは当たり前。
相手が何を言っているのか、何が言いたいのかを想像しながら静かに受け止めたいものです。
イライラする前に相手の言葉を受け容れ、相手の心に思いを寄せてみる。
そのうえで、相手が伝えたいこと、自分の考えとの相違や共通点などを味わっていくと「イライラの原因は相手にある」と向けていた矢印が自分に向いてきます。
自分で自分を変えていく、成長できるチャンスが芽生えてきます。
あなたが相手を受け容れれば、相手も自然と心を開き、良好な関係が築かれていく。
そこに真心が通い合った関係ができてくるのではないでしょうか。
調和の世界は違いを認め、受け容れることから始まります。
自分にとっての異物を消化することで、人としての昇華が実現できてくる不思議を味わっていきましょう。
「きっと相手もそう思っている」。
それは自分中心の考え方です。
「相手と自分は全然違う存在」という前提に立ち、異物を受け容れられる自分をつくりましょう。
聴き方のコツは「二つ話して、八つ聴く」欲しい情報はいつでもどこでも手に入る現代。
一方で、コミュニケーションを苦手と感じる人が増えています。
自分の関心のない情報にも耳を傾け、人間関係を温める、そんな傾聴のコツをお伝えします。
①じっと我慢二つ話して、八つ聴く。
このバランスを心得ていれば、コミュニケーションは円滑になります。
ほとんどの人がしゃべりすぎ。
つい、話の途中で口をはさみたくなるものです。
じっと我慢をして聴くことから始めてみましょう。
②真意をくみ取る「聴」を分解すると「耳」「目」そして「心」。
人の話は耳だけでなくて「目」で相手の表情、ジェスチャーを観察しながら、また「心」を動かしながら「本当はこの人は何を言いたのだろう」と言葉になっていない部分があることを意識し、相手を理解しようと努めること。
簡単ではありませんが、努力すれば真意もくみ取れるようになります。
③感情を共にする話を聴くと、ついアドバイスしたり、意見をはさみたくなるもの。
まずは受け容れましょう。
「自分を認めてくれている」「わかってくれている」と感じると、心が開き、親しみを感じます。
目を見て「そうなんですね」「いいですね」と相づちを打ちながらの共感を心がけると、人はもっと話したくなるものです。
「でもね」と人の話を遮るような、バランスの悪い相づちは逆効果です。
感情を共にして、相手の呼吸に合わせて、心のこもった相づちを打ちましょう。
プライバシーに踏み込んでくる人には職場や友人にも、噂好きの人はいますよね。
聞きたがり屋、干渉したがり屋、首を突っ込みたがり屋。
人との距離感がわからず、興味本位でその場にいない人の悪口を言ったり、無神経にプライベートなことに介入してくる品のない残念な人。
できれば関わりたくないですが、対処の方法を三つご紹介します。
①話をそらすあなたが視座を高めて現状を俯瞰し、今、話している話題からつなげて「そういえば……」と、さりげなく別の話に切り替えると、相手の話は終わるはずです。
②同意しない目をそらしたり眉をひそめたりして、興味がないことを態度や表情で表す。
空気を変えて、その話には興味がないことを示しましょう。
噂話や詮索好きの人は相手の気持ちを読み取ることが苦手なので、少しオーバーに表現してもいいでしょう。
同意を求められたら、「○○さんはそういう気持ちだったのね」と共感しても、相手の意見には同意しないことも大切です。
和して同ぜず、です。
③「」答えづらい質問をされたら、「あなたはどう?」と質問を返すことです。
相手も答えに詰まり、一歩引くでしょう。
自分のプライベートなことは、よほどの信頼関係がない限り話さないことです。
その場にいない人の話は、笑顔で良い噂話に切り替えましょう。
人間力の高い人はその場にいない人の悪口は決して言わないものです。
人の悪口を言って後味のよくない思いをしたことありませんか?自分の言葉を一番聞いているのは自身の耳、心です。
語らず、同ぜず、笑顔で切り替えを。
NOを伝える粋なプロセス上司、先輩や同僚から頼まれごとがあると、本当は断りたいのについ引き受けてしまう。
気乗りしないのに誘われると出かけてしまう──。
このような葛藤をしたこと、ありませんか?まずは、相手から頼まれごとをしたときの心のプロセスを整理してみましょう。
言われた瞬間に、直感での気持ちが表れます。
その次にそれを「やるべき」か「やらざるべきか」という判断のプロセスが来ます。
そこで、次にその判断をどう伝えるのか、配慮と言葉選びのプロセスです。
その葛藤を楽しむことが大切です。
「やらない」という判断をした場合の伝え方、ここに粋が現れます。
日本人は品のある人ほど表現は丁寧で、断るにしてもストレートに「できません」「行けません」「嫌です」といった浅い表現だけで済ませることはしません。
相手が不快にならないように、上手に断ってきました。
では、具体的に「NO」を伝える際の粋な心得をお伝えしましょう。
①頼まれたときの第一声は「ありがとうございます」と、まず感謝の念を伝える。
②「、」。
③「」、。
④「○、」。
葛藤から相手を思いやる愛は生まれます。
まずは心の土壌を耕していきましょう。
人から頼まれごとをしたときこそ、人間力が試されます。
「NOと伝えたいけど、どうしよう」。
葛藤に向き合う中でこそ、相手を思いやる心が生まれます。
相手を思う時間を持てていますか?「○○様いらっしゃいませ。
本日は○○様のお好きな△△が入荷しております……」行きつけのお店でこのように声をかけられたら、どのような気分になるでしょうか。
自分の名前を呼ばれたら嬉しくなりますね。
相手の名前を覚えることは、相手に好感を持ってもらう第一歩です。
まして以前話した内容や、自分の嗜好まで覚えてくれていたら、思わずその店のファンになってしまうでしょう。
相手の信頼を得るポイントの一つが「相手の情報を覚える」ことです。
相手に関する情報を記憶することは、その人を認め、尊重することにつながります。
人は誰しも承認されたいもの。
自分が認められたら、ますますやる気が出てくるものです。
人を育成するにあたっても、まずは認めて得意なところ、頑張っているところを、「いつも頑張っているね」「さすが、プロですね」と口にしてあげたら、「この人についていこう」と相手は思うものです。
会って会話し、別れ際に、今日聞いたことを思い出して、思いやりのひと言を口にする。
どんな些細なことでも、互いの心が温かくなるものです。
必要なのは記憶力ではなく、「思いやり力」なのです。
名前はもちろんのこと、どんな会話をしたかを思い出す時間をもうけてみましょう。
そういった陰の思いやり力は、きっと相手に伝わります。
「思う時間=伝わる心」といってもよいでしょう。
また会うまでの時間をどう過ごすか。
表には見えない「陰の思いやり力」が人間力を高めます。
一日の中にその人を思う時間を少しでも増やしていきましょう。
自分中心では察することはできません察することが得意な人とそうでない人の違いは何でしょうか?察するのが苦手な人は、自分の見たいもの、聞きたいものしか見ない、聞かない。
つまり自分が関心のあるもの以外を無視しています。
心を閉ざし、自分にしか関心、興味が持てないのだと思います。
逆に察知力のある人は、相手の立場に立ち、視点を変えて考えることができ、豊かな感性と人生を得ることができます。
日本の歴史を動かした人たちにも察知力がありました。
「このままではお寒いだろう」と自分の懐で信長の草履を温めた秀吉。
その秀吉に狩りの途中、お茶を振る舞った三成。
一杯目は大きな器でぬるいお茶を飲んでいただいて喉を潤し、次に中くらいの器で少し熱いお茶を、最後は小さな器に熱いお茶を入れてゆっくりと味わっていただいたと言われています。
相手の心情を察する素晴らしい気づかいです。
察知力を高めるポイントは観る力とともに、聴く力=「耳くばり」にあります。
相手の言葉と、言葉ならざるものを聴くのです。
「やることはやります!」。
この言葉の真意はなんでしょうか?「やりますが、やり遂げられないかも……」本気でやり遂げようとは思ってはいないですね。
「それもそうですけど……」。
本当はどう思っているのか?言葉の後に続く、声ならざる声「……」を「聴く」ことができるかどうかが大切です。
ゆったりと、相手の心の声を聴きましょう。
自分の見たいもの、聞きたいもの以外は無視。
心を閉ざしたままで相手の心を察することはできません。
もし相手の立場だったなら?この問いが出発点です。
相談上手は仕事上手上司に質問や相談をするのが苦手だという人は、案外たくさんいらっしゃいます。
上司や周囲の人との関係性が構築できていない、タイミングがつかめないなど理由はさまざまですが、放置しているとチームや周囲の人に迷惑をかけてしまいます。
また、簡単に解決できることを先延ばしにすると、大きな問題になることもあります。
わからないことを聞くのは恥ずかしいことではありません。
むしろ安心だ、信頼できる、と思われます。
教わり上手になるポイントを三つお伝えしましょう。
①いきなり質問・相談をしない「わからないことが出てきたらおうかがいしますので、よろしくお願いします」と、あらかじめ伝えて合意をとっておく。
そして質問するときは、「今、お時間よろしいでしょうか」と声をかけてから話しましょう。
②何を教えてほしいのか明確にする事前に自分の中で明確に準備し、自分なりの仮説・意見を持ったうえで質問・相談しましょう。
何度も同じ質問や相談をするのは相手の時間を奪うことになります。
一度で解決できるよう心がけましょう。
③事後報告を忘れない質問・相談に応えてくれた人に、事後報告を忘れずに。
聞きっぱなしにならないようにしましょう。
相談する側、そして相談を受ける側の心構えとして大切なのは、「素直さ」と常に考えや意見を「昇華させる」という気持ちです。
良い相談は、相手の安心につながります。
応えやすい相談の仕方、相手が安心できる報告を常に意識しましょう。
それが自分を磨くことにつながります。
人に共感してもらうためにすべきこともっと周りの人に共感してもらいたいのに──。
SNSの普及でそんな悩みをおもちの方が増えているようです。
人との良いつながりを保つために必要な「共感力」。
ビジネスでもプライベートでも「共感」が得られる自分になるためのポイントをお伝えします。
①相手のことを深く知ろうとする自分の気持ちや考え方を理解し、共感してもらうには、相手に興味を持つことです。
なぜそうなのか?どういう心情なのか?穏やかな気持ちで、相手の気持ちや本心を引き出していきましょう。
②呼吸を合わせ、気持ちを受け止める相手がどんなボールを投げても受け止めます。
「○○というお気持ちだったんですね」「それは悲しかったですよね」など、オウム返しをしながら、相手と呼吸を合わせます。
声の大きさ、話のトーン、スピードなど相手のペースを尊重し、ストレスを感じさせずに気持ちよく話してもらいましょう。
③否定は決してしない「そうじゃなくて」「でも」「しかし」などの否定語を使っていると、相手から共感が得られなくなります。
人が最も不快になるのは自尊心を傷つけられたとき。
正しいか、正しくないかを判断する前に、理解している、大切にしていることを重要視しましょう。
知らず知らずに否定語を使っていませんか。
相手と対立関係になることは避けるのが共感を得るコツです。
人が幸せや喜びを最も感じるのは、仲間と共に分かち合えたとき。
人に共感してもらうことばかりを願っていては共感されません。
まず自分が共感。
そこからです。
間に秘められた思い、声にならない声海外で、混雑の中を移動するには、「イクスキューズ・ミー」(失礼します)を連発しなければ、ほぼ誰も道を空けてくれません。
一方、日本でなら気配を察知して、スペースをつくってくれる人たちが多いですね。
江戸の町人の間で生まれた「江戸しぐさ」は、まさにその象徴です。
狭い路地ですれ違うときに互いの肩を引き合う「肩引き」、満席でも皆がこぶしを一つ浮かせて横にずれて一人分の席を作ってあげる「こぶし腰浮かせ」。
人々がひしめく町で、いかに気持ち良く過ごすか、智恵をしぼってできた暮らし方の極意です。
そもそも日本人には、声にならない声を聴く感性があります。
「間」に秘められた思いを読み取ることが得意です。
相手の言いたいことを察知して、相手を慮ることができたのです。
客室乗務員をしていたとき、眠りから目を覚まされたお客様の表情を見て、お飲み物をお持ちしていました。
喉が渇いておられることが感じられたからです。
これは私に察知する能力があったというよりも、お客様に関心を持ち、どんなことも敏感に感じ取ろうとする意思があったからだと思います。
ご家庭で、職場で、取引先で、相手の心の機微を察知する練習をぜひやってみてください。
コツは、さりげなく周囲を観察して、想像力を発揮すること。
そして、相手を尊重し、譲り合い、共生していくことです。
空気が読める人は何が違うのか。
それは周囲の人にどれだけ関心を持ち、観察できるかの違いです。
「陰の思いやり」を意識し、陰徳を積んでいきましょう。
器を磨く乗車券窓口で長蛇の列に並んでいたときのことです。
あと数人で自分の番が来るというときに、前に立っていた六十代の女性が「お急ぎでしたら、順番変わりましょうか」と声を掛けてくださいました。
確かに乗りたい電車があり、間に合うかと腕時計を見ていました。
「いえいえ、大丈夫ですよ。
ご親切にありがとうございます」そうお答えしました。
その方は慎ましい印象でしたが、声には張りがあり、表情も豊かで優しさがあふれていました。
自分だけの時間を心配している私と、人を配慮する余裕のある人。
大きな差がありますね。
あなたはどちらでしょうか。
思い浮かべてみてください。
今、何を持っているか、今まで何を成し遂げ、人より何が優れているのか、ほかの人からどう思われているか。
その評価によって人の器は決まるものではないでしょう。
では、人の器は何によって決まるのでしょうか。
物の豊かさでなく「心の豊かさ」。
競争ではなく協調、憎しみではなく愛、悲しみではなく喜びで日々を過ごせるか。
このような自分自身の「観方」によって、その人の器が決まる時代になってきていると思います。
心豊かな人はエゴを満たすだけの生活はしません。
自分も楽しく、そして自分の世界に関わる人が楽しくなればと考えて生活します。
憎しみ、怒り、悲しみは、人としての温かみ、魅力を奪ってしまうものです。
エネルギッシュに生きるためには、エゴではなく、「愛」「喜び」「楽しみ」を自分軸にしてみましょう。
ほんの少し譲って、助けてあげることが、実は自分の心の栄養となり、豊かな心に育つものです。
そうすることで、自然にエゴが消えていくことでしょう。
エゴを追い求めるほど心が貧相になり、不満・不安が広がります。
「お先にどうぞ」「ありがとう」を笑顔で実践し、お互いの心を味わう毎日をめざしてみませんか。
自然に学ぶ不完全の美最近、じっくり月を眺めたことがありますか?四季折々に暮らす日本人は、自然の中に生きることを通じて感性を養い、心豊かに暮らしてきました。
それが昨今は、やりたいこと、やるべきことに追われて、せっかくの四季や自然に目を向ける余裕を失いがちではないでしょうか。
無理をして遠くの山や海へ出かけなくても、庭先の花を見たり、公園の樹木を見上げたり、道端の草花を見るだけでもかまいません。
大切なことは、そのかすかな変化に〝気づく〟ことです。
私たち日本人は自然の美しさを、目で見る以上に心で感じることに長けています。
満月、三日月、上限の月。
一番美しいと感じるのはどの時でしょうか。
外国の方が多く好むのは完璧な真ん丸の「満月」かもしれません。
一方、日本の歌や絵画でよく描かれるのは三日月や雲間に見える月です。
つまり、「完成された外見の美しさ」に心酔するだけでなく、花なら「これから咲くな」と期待する「期待美」。
散った後に「あ~きれいだったな」と追懐する「追懐美」を楽しむ感性も持っているのです。
私はこうした「不完全の美」に天からの贈り物のような尊さを感じます。
「あなたがここを埋めなさい。
あなたの心が完成させるのですよ」。
そんな言葉が聞こえるように感じるのです。
これは人を見るときにも言えます。
つい他人の欠けているところに目がいって、不愉快になったり、「あなたは間違っている」などと責めてしまうものですね。
皆さんの心や想像で、欠けているものを埋めていく。
そんな粋な楽しみを、じっくり味わってみませんか?自分も相手も互いに欠点をもった「不完全な存在」という前提で人間関係を見直しませんか。
不足を責めるより進んで補う。
その姿勢が自他の成長を可能にします。
会えないときも相手を笑顔に知り合いの入院を耳にしたり、体調を崩して長らく会えていない友人がいる場合、どのように気づかえばよいでしょうか?もし自分が入院していたら、どうでしょうか?心細さから友人のことを思い出したりして、「会いたいな」と思う半面、知り合いに弱っている姿を見られたくないと思うかもしれません。
とても心配だけど、病気のことをどこまで聞き出してよいものか、お見舞いに行ってもよいものか。
普段は親しい相手でも気をつかってしまうものですよね。
「どうしているかしら?」「元気になってほしい」そう思ったら、メッセージカードを出してみるのも一つの方法です。
明るめの色のカードに、相手を想う気持ちをのせてみましょう。
「いつもありがとうございます。
ご無沙汰していますね。
お身体を案じております。
○○さんとよく△△したことを思い出しています。
□□で楽しかったですね。
ぜひ、またいろいろとお話ししましょうね」感謝や励ましの言葉をお伝えするだけでなく、楽しかった過去のエピソードを思い出してもらうだけで、相手の心が明るく、楽しい気持ちになるはずです。
そうすることで、カードだけでなくあなたの温かい心が届きます。
お相手がそのカードを見て喜んでくれている姿を想像して、心と心の交流をしてみてください。
たとえ直接お会いできなくても、相手を笑顔にすることができるのです。
人の幸せを願う思いが自分に深い喜びを与えてくれます。
「お手紙やメッセージをお相手が見てくれる時間は、書いた方が書くためにどれだけの時間をかけたかに比例する」といいます。
まさに陰の思いやり力ですね。
「そとづら」のすすめ「そとづら」の良い人というと、どのようなイメージを抱くでしょうか?お調子者、裏で何をしているかわからないというようなイメージかもしれませんが、「そとづら」を良くすることは大切です。
人前でも平気で疲れた顔や、つまらないからといって仏頂面を見せることは、相手を不快にさせるからです。
現代は残念ながら、相手を慮れない人が増えています。
「そとづら」を整えることは「たしなみ」の基本であり、「おもてなし」の第一歩。
それは古来、日本人が大切にしてきたことです。
相手の立場に立って、思いやりの心を持ち、相手に好感を持ってもらえることはとても大事なことです。
「そとづら」が悪い人は、実は多くのチャンスを逃しています。
ほとんどの場合、自分で自覚しておらず「なぜツイていないのだろう?」と悩んでいる人も多いもの。
人間関係を良くするためにも、まずはよい「そとづら」を身につけましょう。
誰もが今日から実践できる簡単な「そとづら」磨きをお伝えしましょう。
会話の中で「違い」より「同じ」、つまり「共感」できることを見つけます。
そして「私もそう思います」「私も大好物です」と口にする。
「そとづら」の良い人は、よほどのことがない限り他人を批判・非難しません。
「好き」「同じ」さがしの達人です。
そして、話題を相手と競わず、相手の話題よりも、上を返すことをしません。
例えば、「先日熱海に行ってきて……」と言われたときに、「私はハワイに行ったけどよかったわよー」など、かぶせて返してしまう会話です。
相手はとても不快な思いをするものです。
相手を立てて、譲る。
その気持ちを大切にしましょう。
相手に好感を与える「そとづら」は、陽の思いやり。
日ごろから「嫌い」よりも「好き」を見つけ、「違う」「嫌い」を口にしない習慣を身につけましょう。
ほんの少し「手助け」の時間を「犠牲」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか?マイナスのイメージをお持ちの方が少なくないでしょう。
犠牲は弱いからではなく、むしろ強いからこそ犠牲になるものと考えてみてください。
野球では「犠牲フライ」「犠牲バント」があります。
みんなのために自ら進んで犠牲になり、チームの勝利に貢献することです。
犠牲を「手助け」に置き換えてもよいかもしれません。
あなたは最近、家庭、友人関係、職場で、「手助け」をしたことがありますか?自分に余裕があるときだけ手助けするのではなく、むしろ余裕がないときにこそ、自分がほんの少し犠牲を払って相手の困っていることに気がつき、手助けできる人になる。
そうすれば相手も同じように、自分に余裕がなくても「できることがないかな」と、目を向けてくれるようになるものです。
お互いが自然とそうできる関係になれば最高ですよね。
現代では、ほんの少し自分が犠牲を払って他人の手助けをするという意識が希薄になってきています。
少々おせっかいでも、さり気なく、相手に言われる前に動く。
自分も他人も同じ根っこでつながっている。
そう思ったら犠牲ではなくなります。
「大丈夫、これやっておきましたよ」「こちら、よかったらどうぞ」こんな言葉が飛び交う毎日になれば、世界にもっともっと笑顔が増えますね。
最近、誰かの「手助け」をしたことはありますか。
家庭、友人関係、職場において余裕がないときこそ「何かできることないかな」のほんの少しの手助けを。
人を幸せにする「おせっかい」「目の前の人を喜ばせ、笑顔にするには」常に考えて動いていると、見える人によっては「おせっかい」に感じられるかもしれません。
私は、そう思われてもいいと思い、進んで行動してきました。
「おせっかい」の語源は、すり鉢の粘りついたものを掻き落とす道具「切匙」とする説があります。
他人の内側に入り込み、世話を焼く関わりが敬遠されがちな昨今ですが、人を幸せにするおせっかいなら、どんどん実行すべきです。
人を幸せにする「おせっかい」の三つのポイントをお伝えします。
①「」困ってそうな人を見て「大丈夫かな?」と思ったら、「誰かがやってくれるだろう……」と見て見ぬふりをせず、勇気をもってひと声かけたり、手を差し伸べる。
②相手の気持ちを先読みする日本人の長所「気配り」「心配り」は、気や心を相手に配ること。
まさにこれがおせっかいの源。
相手の表情、行動、言葉を感じて察し、先読みして、一歩相手に踏み込む。
そっと「見守る」ことや「あいさつ」をすることも、おせっかいの大切な第一歩です。
③行動は「さりげなく」「やってあげた」感は、どこか相手に伝わるもの。
行動はスマートにさりげなく。
これ見よがしなおせっかいは、押しつけになり無粋なもの。
たとえ感謝されなくても、ただ自分がそれをできたことに喜びを感じることができる、マイプレジャー(それは私の喜びです)な人になりましょう。
人のつながりが希薄な世の中だからこそ「おせっかいな」人が、なくてはならない存在となります。
おせっかいで楽しく「陰徳」を積んでいきましょう。
のりしろ──相手のメンツをつぶさず自分も気持ち良く「のりしろ」という言葉があります。
紙を貼り合わせるときの、のりをつける部分ですね。
転じて、「柔軟に融通をきかせる範囲」とか「遊びの部分」という意味でも使われます。
私はこの言葉に、ここからここまでときっちり決めずに、あいまいな部分や重なりを大事にする日本人らしい発想をみる思いがします。
一軒家に住んでいたときのことです。
隣に住むご主人が毎朝、自宅前の掃き掃除をされるのですが、両隣とお向かいの半分くらいまで掃除をしてくださるのです。
情けないことに、気づくのに時間がかかってしまい、お礼を言うのが遅くなってしまった苦い経験があります。
両隣の掃除を全部やると相手も気をつかうだろうと、あえて半分くらいにとどめていらしたようなのです。
夏場には、庭木の水やりも毎朝、ホースを使ってこちらも半分くらいしてくださっていました。
この習慣を知った隣近所は、同じように自分のところだけでなく、両隣を気づかうようになったのです。
自分の持ち分だけをやるのではなく、相手のメンツをつぶさず、自分も気持ち良く、相手も気持ち良くなる。
そんな見えない「のりしろ」をつくろうと、互いに努力をする。
そこから全体が良くなる好循環が生まれます。
「ここからここ」と線を引かず、重なりを大事にする。
その習慣が目に見えない「絆」となっていきます。
身近な人との「のりしろ」を意識してみませんか。
AI時代にこそ輝く日本人の強み東京2020オリンピックで日本は、チーム単位で競い合う団体戦でも、たくさんのメダルを獲得し、強さを発揮しました。
アスリート一人ひとりの力が単に合わさるのではなく、相乗効果で高め合い、個人では到底できない力を発揮できるところにチームスポーツの醍醐味がありますよね。
日本人は、他者との違いよりも一致点を探すことに長けていると言われます。
どうすれば他者のため、チーム全体のために役立てるか。
そのために自分がどういう役割を担えばいいか。
この「互譲互助」ともいうべきWEの精神が、日本チームの強さの秘訣かもしれません。
こうした精神はスポーツの世界に限らず、ビジネスで人と協働する際にも日本人の〝強み〟となるものです。
コロナ禍の影響で、テレワークやデジタル技術による業務の効率化が進みました。
その効率化の陰で「自分の範囲だけやればよい」とばかりに、他との関わり合いを避ける傾向が強まっている気がして、心配しています。
これから、進化を続けるAIと共存していくうえでは「人間にしかできないこと」を考え、伸ばしていかなければなりません。
無機質でドライに流れがちな世の中だからこそ、互いに寄り添い、助け合う家族のような温かみを大切にしていきませんか。
ダイバーシティやSDGsが求められるときだからこそ、日本の「互譲互助」の精神でつながる関係性が求められます。
私たちの足元には、日本の祖先、先人が遺してくれた贈り物がたくさん隠れていて、私たちが見つけてくれることを心待ちにしてくれていることでしょう。
悩んだり葛藤することも人間らしさ。
困難の中で自分を磨こうとする情熱こそAIにはない価値です。
世界が学ぼうとする日本の強みを自覚し、磨きましょう。
正直は損?と思えたときは「真面目すぎてしまい、自分が損をしているように感じます」こんな悩みを相談されたことがあります。
真面目、正直とは、噓、偽りのないこと。
時間を守り、約束を破らない。
途中で投げ出さない、細かな作業も怠らないこと──。
楽をして得をしたいと、利己的な人も多い現在、頼まれたことは断らず、コツコツと一生懸命に何事にも向かい、正直な人生を送っていらしたのでしょう。
素晴らしいことだと思います。
不正直な人は実は自分にも噓をつき、ごまかして生きているので、本当の自分がわからず、迷子になりがちです。
そのような人生は、本当に幸せなのでしょうか。
他人の評価で自分の価値を計るのではなく〝自分とは何か〟と自問自答しながら葛藤していく。
そのようなことができる人は正直者です。
真面目な自分が損をしているように感じるのは、〝真面目な自分の行動と、得られる結果が合っていない〟と思うからではないでしょうか。
自分がしたことが報われない、わかってくれない、誤解される──。
そういうときこそ、人の心はぐっと深みを増していくのだと思います。
自分のもらいたいご褒美を変えること。
自分が正しい、楽しいと思うことに向き合い、葛藤すること。
そして、自分の人生をすべて受け容れると、シンプルに自分と向き合うことができ、心が楽になります。
自分のしたことは自分に返ります。
他人の人生ではなく、自分の人生を生きる。
それだけで徳ある人生に変化していくのではないでしょうか。
常に人の評価や見返りを求める生き方は「自分がやった分、返してほしい」という取り引きと同じ。
自分の価値の尺度を他人に委ねず、自分の人生として生きましょう。
下坐に生きる誰にでも「すごい」「さすが」「うらやましい」と、人から優れていると思われたいという気持ちがあります。
人から承認されたい、存在感を得たい、恥をかきたくない──。
その気持ちが手放せず、オーバーに伝えたり、知っているふりをしては、人も自分も欺いてしまいます。
見栄を張ったり、噓をついても、本音が見透かされてしまった場合、それこそ恥ずかしい思いをすることになります。
こうありたいという思いや志は大切です。
しかし、言葉だけで終わらせるより、理想を実現させて本当に優れた称賛に値する人物になるにはどうしたらよいかと考えるほうが、よほど重要ですね。
見栄を張らないようにするには、次のような方法があります。
①自分がどのような場面で見栄を張ってしまうかを思い返してみるすると、自分の傾向が見えてきます。
口にしそうになったら、湧き上がるその思いを自分で叩いてみましょう。
②等身大の自分でいるわからないことを「ごめんなさい。
わかりません」と言えるようにしましょう。
弱みがあったほうが人間味が増し、親しみやすい人になります。
今の等身大の自分で生きることを心がけると力が抜けます。
③下坐に生きる上へ上へと行くのではなく、下へ下へと降りて相手を敬う。
そしてその人を下から支えて、見守る。
こんな心得ができると本当に大きな人になっていきます。
人は自慢されたときよりも自分が尊重されたときに相手を認めるもの。
見栄を張らない慎む心は、目に見えないその人の本質をそっと伝えます。
約束を守る生き方「人生を変えたい」「新たな自分に挑戦したい」。
そう思っている方も多いでしょう。
実は私も、そうは思っていてもなかなか変えられず、日々奮闘してきた一人です(今も奮闘中ですが……)。
子供のころから親や先生から「約束を破ってはいけません」と教えられてきました。
約束には他者との約束、そして自分との約束がありますが、あらゆる約束の根本は「自分との約束」だと思います。
どれだけ自分が口にしたこと、決意したことを守れているか。
「言っていること」と「やっていること」の違う人は、明らかに自分との約束破りで、信用されない人物です。
親は子供が授かったときに、子供を幸せに育てると約束して産みます。
学校の先生は子供たちに教えること、気づかせることを約束し、教職に就くでしょう。
しかし、残念なことにいつの間にか約束を守らない、守れない親、先生が増えています。
もともと私たちは生まれるときに、この人生で、ある事柄を「やろう!」と自分自身に約束をして生まれてきていると言われています。
「噓つき」で終わらないためには、自分が決めたことに責任を持ち、決めたことを成し終えなければなりません。
おそらく皆さん、誰かと約束していたけれど、守れていないことが、一つはあることでしょう。
それを今すぐやってみることです。
たとえもうその相手に伝える術がないとしても思い切って実践し、約束を守ることです。
今からでも遅くありません。
私たちは何をするためにこの世に生まれてきたのか。
あなたの果たすべき役割は。
私たちはそれぞれの約束を果たすために生まれてきました。
自分の人生は自分しか生きられない。
だからこそ、自分との約束はせめて守りたいですね。
少しでも約束を守れる人生、果たそうとする人生は、輝きを増します。
「思いやりの一歩は、約束を守ること」。
一歩ずつ、一緒に歩んでいきましょう。
善いことを習慣に善い行いを習慣化すると、善い人生がひらかれてきます。
「早起き」「散歩」「瞑想」「日記」が、偉人と呼ばれる人々の多くが行っていた習慣であることは、すでにご紹介しました。
これらは、どれも静けさを楽しむ習慣です。
私の習慣は、人前で「和顔」を心がけることです。
和顔とは、微笑みをたたえた柔和な顔のこと。
たとえ嫌なことがあっても、健康状態が悪くても、決してつまらない顔は人前ではしないと決めています。
その顔を見た人は不愉快な気持ちになるからです。
満面の微笑みまでいかなくても、二〇パーセントの笑顔を習慣にしています。
笑顔の習慣は、ぜひ実践していただきたいことです。
笑顔は相手の警戒心や不安を解き、安心を与えることができます。
そして心の窓を開き、心に潤いを与え、心を豊かにします。
相手は自分の鏡、こちらが微笑めば、相手も必ず微笑んでくれるもの。
まずは自分から笑顔です。
楽しいことがなくとも、「あーありがたい、私は世界一の幸せ者です」と、幸せを感じて、微笑んでみましょう。
笑顔は幸せをもたらす幸福の種です。
幸せの種を人にまけば、やがて花が咲きます。
その種は実は自分にもまかれていて、自分自身にも美しい花が咲くのです。
笑顔の種まき、始めてみませんか。
たぎるような情熱を「たぎる」という言葉には、①川の水などが勢いよく流れる、②水が沸騰する、③感情が激しく湧き上がる、④他よりも優れている、という意味があります。
豊臣秀吉の時代は茶の湯が盛んでした。
明日をも知らぬ武将たちが刀を外して、一服の茶を飲みながら、心を落ち着かせ、自分と向き合い、人生の豊かさと儚さを味わっていたのです。
茶の湯では「たぎる」茶が最上のものとされていました。
「ぬるき」茶と「たぎる」茶の違いはなんでしょう。
温度の差を言っているのではなく、茶の湯への「心入れ」の違いです。
「心入れ」が甘ければ「ぬるき」茶になり、肚が決まって、深い呼吸とともに気迫を込めて点てた茶は「たぎる」茶となります。
心ここにあらずの状態で茶を点てると、締まりのない「ぬるい」茶となるのです。
一椀の茶は喉を潤すだけでなく、心を潤すもの。
だからこそ真心を込めて、心を尽くした「心のたぎり」が求められるのです。
日常でもここぞというときに、心をたゆませず、覚悟して生きる、肚を決めて動くことが成功への道です。
「こころなし」では何も成就しません。
皆さんの心の「たぎる」ものは何でしょうか?志や使命感、慈悲、恋愛、欠かせない習慣等々、さまざまでしょう。
自分の人生をたぎらせて、命果てるまで、それぞれがそれぞれのおいしい茶の湯を楽しむ。
そんな味わい深い生き方をしていきたいものです。
本当は誰にでも心の「たぎる」ものがあるはずです。
内面を掘り下げて置き忘れたものを探し、「たぎる」生き方をクセづけしましょう。
それが人生を楽しむコツです。
自分を見つめ、沈黙を楽しむ時間を忙しい日々を送っていると、いつのまにか時間が過ぎてしまいますよね。
立ち止まって自分だけのために使う時間を持てているでしょうか。
相手や周囲のペースに合わせてばかりいると、だんだんと自分の思い描く理想や願望とのズレが生じて、心が疲れてきがち。
「本当は、こういうふうに生きたい」という心の声に耳を傾ける「自分自身に問いかける時間」を意識して持つことをおすすめします。
「私が、いちばんイキイキすることってなんだろう」「一年後、どんなふうに暮らしていたいのだろう」「五年後、何ができるようになっていたいのだろう」そうした今の自分のニーズを確認し、受け止め、そのためには自分はどうしたらよいのだろうか、と考えてみましょう。
限られた人生の時間の中で、自分がやりたいと思うもの、心がたぎる対象に出会えたら幸せです。
そして、それで社会とつながり、自分と共に周りも笑顔にできたら最高ですよね。
そうなれるように一日五分でも、静かに自分と対話する「沈黙」の時間をもってみませんか。
第五章でご紹介した「茶禅瞑想」を、私は十年以上前から毎朝欠かさず続けています。
外からの音を消し、今の自分の内面を静かに観察しつつ、思わずワクワクする自分の「ありたい姿」をイメージし、心に笑顔をつくってみましょう。
そんな沈黙を楽しむ小さな習慣が自分らしい人生をつくります。
時間に追われすぎて自分がしたいことを見失いそうになったら、茶禅瞑想で自分を見つめてみましょう。
自然と心の声が答えを教えてくれるようになります。
「有難い」をかみしめる「ありがとう」が口癖になっている人と、そうでない人。
感謝の気持ちをあえて口に出さない人もいれば、出せない人もいるでしょう。
逆に自分が人のために何かをしたときに「ありがとう」の言葉がなかったら……。
「せっかくしてあげたのに、感謝の言葉くらいほしいよね」と思ってしまいますね。
しかし、感謝されなかったときこそ、どう感じ、振る舞うかが重要です。
もともと感謝を期待してやったわけではないでしょう。
自分自身の生き方として、あるいは自分が気持ち良いからやっていたはず。
それを思い出して、清々しい気持ちを楽しむくらいがよいでしょう。
「ありがたい」の本来の意味は、「有り難い」つまり、「有ることが難しい」。
だからこそ尊く、感謝しようと解釈することができますね。
「有難い」をひっくり返してみると「難有り」になります。
つまり思いもしなかった困難なことが起きたときに、有難いと思えるかどうか。
私は、そこにこそ「ありがとう」の真髄があるように思います。
「こんなことさえなければ幸せだったのに」そうやって不運を嘆くのではなく「あの経験を乗り越えたからこそ、今の自分がある」「あのことがなければこんな喜びは感じられなかった」と難を受け容れ、逆に「有難い。
なぜならば……」と置き換えることで、人間力が高まっていきます。
素直に歓迎することができない難儀に対し、感謝することで、自分を、自分を取り巻く世界を、好きになっていくのではないでしょうか。
思いもよらない困難こそ自分磨きに「有難い」もの。
人として強く、豊かに生きていくためには、難はかけがいのない「磨き草」であるといえます。
日々、新たに!大人になればなるほど、素直にものごとを受け容れる気持ちが薄れ、聞きたくない話には耳をふさいでしまいがち。
自分を肯定的に見てくれる人だけと付き合うようになってしまいます。
年齢を重ねても成長していくために必要なことは何でしょうか。
①直視するごまかさない、「なんとかなる」といい加減にしない。
自分のしでかしたことから目をそむけない。
見えていないのは自分だけと認識することから始めてみましょう。
②他人のせいにしない自分を愛する気持ちが強いと「相手が間違っている」「○○のせいでそうなった」と他責にしがち。
自分に起こる事象は、すべて自分が招いたこと、自分の責任として捉えましょう。
逆に考えれば、自分次第でいかようにもできるということなのです。
③直言してくれる人から逃げないチヤホヤしてくれる人、自分を認めてくれる人と一緒にいるのは心地良いですね。
耳の痛いことを直言してくれる人こそ「ありがたい」存在と思って近づきましょう。
④具体的な行動を変えてみる指摘されたことから何を改めたらいいのか?を明確にしていきましょう。
すぐに自分の行動を変えることができれば、それは自分が活性化している証です。
自分にプライドを持っている「自己肯定力」が強いことは決して悪いことではありません。
しかしその気持ちが強すぎると、成長の機会を自ら摘んでしまいがちです。
人にも自分にも噓をつかず成長の機会を求め、前に進んで活きた生活をしましょう。
「日々、新たに!」年を重ねるほど人は頑固になりがち。
見たくないもの、聞きたくないことを受け容れる「素直さ」が成長の原動力です。
「日々、新たに」を合言葉に進みましょう。
Let’s自分磨き!チェックシート※自分磨きした日にしましょう【1日目】あいさつ上手の四つのポイント【2日目】ご近所づきあいの秘訣【3日目】苦手なタイプとどう付き合うか【4日目】目尻、下がっていますか?【5日目】自分を主張したくなったら【6日目】上品に断りたいときは【7日目】自分と違う意見をどう扱いますか?【8日目】聴き方のコツは「二つ話して、八つ聴く」【9日目】プライバシーに踏み込んでくる人には【10日目】NOを伝える粋なプロセス【11日目】相手を思う時間を持てていますか?【12日目】自分中心では察することはできません【13日目】相談上手は仕事上手【14日目】人に共感してもらうためにすべきこと【15日目】間に秘められた思い、声にならない声【16日目】器を磨く【17日目】自然に学ぶ不完全の美【18日目】会えないときも相手を笑顔に【19日目】「そとづら」のすすめ【20日目】ほんの少し「手助け」の時間を【21日目】人を幸せにする「おせっかい」【22日目】のりしろ──相手のメンツをつぶさず自分も気持ちよく【23日目】AI時代にこそ輝く日本人の強み【24日目】正直は損?と思えたときは【25日目】下坐に生きる【26日目】約束を守る生き方【27日目】善いことを習慣に【28日目】たぎるような情熱を【29日目】自分を見つめ、沈黙を楽しむ時間を【30日目】「有難い」を噛みしめる【31日目】日々、新たに!
おわりに最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この激動の変革期、人間力とは何かが問われていると思います。
人間としての何を遺すのか?人間は不完全な生き物です。
完全を求めても何一つ完璧にできません。
だから面白いし、求め合い、協力し合うのだと思います。
成功したか、失敗したかは関係ありません。
自らが日々成長すること。
無限の可能性を信じて明るく、笑顔で、楽しむ。
イキイキワクワク、自分らしく生きていくこと。
自分らしく生きるとはどういうことか?佐藤一斎の『言志四録』の中で私が一番好きな条に、「一燈を提げて暗夜を行く。
暗夜を憂うることなかれ、ただ一燈を頼め」があります。
一つの灯を提げて暗夜を行く。
暗夜を心配することは要らない。
只、自分が提げている灯をこそ信頼せよ。
「暗夜で頼みになるのは己の提灯だけ。
暗夜を恐れず、自分の使命を信じ、進め」その自分の一燈とは?それは、自分の手元で燃えている火ではなく、自分自身の中にある消えない火、自分が体当たりしていく中で発火する火なのだと思います。
あなたは何をするためにこの世に生まれてきたのか。
あなたの果たすべき役割は。
果たすべき役割が人それぞれあることに気が付けば、自分らしい生き方(道)が、それぞれの人生に創り上げられていくことになるでしょう。
もともと私たちは生まれるときに、自分自身に課題を課して、その課題解決を「やろう!」と自身に約束をしてこの障害物競走をエントリーしてきました。
この障害物競走を嫌々走るのではなく、自分だけの景色を楽しんで自分なりの人生を精一杯、もがきながら、失敗しながら勇ましくチャレンジしてくこと。
それこそが一燈ではないでしょうか?さらに自分以外の人の為に自分はどうありたいか、あるべきかを考え、Iではなく、WEで生きる。
そして自分を求めてくれる場に居られること、生かして頂いている力(サムシンググレート)に感謝し、その場で精一杯の自分に与えられた役割を果たそうとし続けていけるといいですね。
人間は一生懸命なときが美しい。
結果がどうあれ、自分に恥じることなく生きる。
たとえ笑われようが、認められずとも、非難されても、涙を流して笑顔でいよう。
人に評価されようなどと思わず、失敗したらどうしようという気持ちと闘い、肚を決めて、自分を貫こう。
この混迷する世界の中で、人間が迷いなく進む一つの光として、先人から受け継いだ魂を一人ひとりがたぎらせる。
何かを遺せる生き方になるかもしれないし、そうでないかもしれません。
ただそうすることでしか何も遺せない。
そして自分の苦しみや悲しみ、喜びを表に現さず、隠し、制御していくという礼を重んじる行為を大切にしていければと思います。
実は以前から書物を拝読していました執行草舟先生と数年前、月刊誌『れいろう』新春号で対談をする機会がありました。
そのとき、先生が私に贈ってくださった言葉を、私は自分の生きる指針にしています。
「克己復禮」(己に克ちて、禮に復える)『論語』[顔淵篇]自己に打ち克つ人間はすべてが禮にかなってくるという意味です。
人間は共存共栄するためのものとして礼を生み出しました。
人間関係を円滑にするため、悪徳に陥ることなく、平和や幸福のために礼を重んじなければなりません。
人間同士が調和の世界を創造していくためには礼を取り戻さなくてはならないのです。
一燈を提げ、自分に克ち、「礼」つまり「義」と「仁」を実行しながらもがき、そして何よりも自分自身の人生・運命を受け容れ、楽しみながら進みたいと思います。
皆さまの一燈で世の中が明るくなり、皆さまの心の温かさを抱きしめる。
そんな世界に憧れて。
令和三年八月の佳き日に三枝理枝子
◆著者略歴三枝理枝子(さえぐさ・りえこ)パッションジャパン株式会社COO、作法家、裏千家茶道師範(茶名:宗理)。
青山学院大学文学部英米文学科卒業。
ANA(全日本空輸株式会社)入社後、国内線・国際線チーフパーサーを務める。
VIP(皇室、総理、国賓)フライトの乗務などで幅広く活躍。
現在は「実行力」を人や組織に定着させ、接点強化で成果を出すマネジメントコンサルタントとして、大手・老舗企業からベンチャー企業まで幅広く支援。
優秀な外国人を育成し、日本で就職・活躍してもらう外国人育成と就職支援も推進中。
著書に、シリーズ累計16万部のベストセラー『空の上で本当にあった心温まる話』(あさ出版)、『「ありがとう」と言われる会社の心動かす物語』(日本経済新聞出版社)、『お客様の心をつかむサービスを、効率的に。
』(クロスメディア・パブリッシング)など多数。
パッションジャパンhttp://www.passionjpn.comパッションキャリアhttps://passioncareer.com/fromCAhttps://fromca.jp/
人間力のある人はなぜ陰徳を積むのか令和3年10月1日電子書籍版発行著者三枝理枝子発行公益財団法人モラロジー道徳教育財団〒277-8654千葉県柏市光ヶ丘2-1-1TEL.04-7173-3155(出版部)https://www.moralogy.jp発売学校法人廣池学園事業部〒277-8686千葉県柏市光ヶ丘2-1-1TEL.04-7173-3158©RiekoSaegusa2021
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