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第4章学びを通じて生き方を定める

学問とは、勉学すること。学芸をおさめること。一定の理論に基づいて、体系化された知識と方法。────『広辞苑』より

目次

ひたむきな姿勢を貫く

トップの真摯な姿勢を目の当たりにしたとき、一切の言い訳が許されなくなった。

大学を卒業してすぐアメリカのトレーニングに参加した。トレーナーたちは、世界中から集まる数千人の人たちを沸かしていた。背が高い人もいれば、小さい人もいる。

身振り手振りが激しい人もいれば、まったく動かずに話す人もいた。話し方は違っても、全員が自分を持っていた。

自分のスタイルをわかっていて、とても魅力的だった。圧倒的な人間性に心を動かされた。それまで、僕は影響を受けた人が話し方の正解だと思い込んでいた。

こうならなければならないと、囚われていた。

いまもっとも必要なのは、他の誰かの真似をすることや、他の誰かになろうとすることではない。自分を包み隠さず表現することだ。自分の本音のメッセージを発することだ。飾らずにひたむきに勝負することだと、僕は痛感した。

そんなトレーナーたちが、どうしてそんなに影響を与えることができるのかを垣間見るときがあった。

200人ぐらいが集まって行われる勉強会があった。リゾートホテルの豪華な会場だ。どれだけすごいスキルが学べるのだろうと期待に胸が膨らんだ。

緊張しながら最前列に座ろうとしたら、最前列はトップのトレーナーたちの専用席だった。仕方なく、空いていた後方の席に座った。ノートを広げた。

講師の人が登場し、話が始まった。しかし、中身は基本的なことだった。英語が苦手な僕でも、何を言っているのか、何の話なのかがわかるものだった。

「当たり前なこと言っているよな。新しいすごいものが学べると思ったのに……」と残念に思った。

そのときだった。目の前に驚くべき光景があった。

ほとんどの参加者がメモをとらないなかで、最前列のトップトレーナーたちは、顔も上げず必死にノートをとりつづけていた。

講師の話が始まってから、休むことなく手を動かしつづけている。

ここにいる人たちのなかでもっとも能力の高い人たちが、明らかにもっとも真剣に学んでいる。

僕は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。何を学んでいるかが大事なのではない。どんな姿勢で取り組むのか。それがその人の血肉になる。魅力になる。いい加減ではない、ひたむきな姿勢。

それがその人の人間性をつくり、高い実力になっていた。それ以来、僕は学ぶときは、あの背中を思い出す。

全力であり、本気でなければならないと決意する。その学び方が僕の人生を変えてくれた。成長している人ほど、いい加減じゃなく、真剣に、ひたむきに努力していた。

学びにすがる

身を切り裂く思いで学んだ。学びによって僕は変わった。自分の足で立つ力が弱いから、僕は学びにすがってきた。

子どもがいろいろなものにつかまって、やっと立ち上がれるように、僕は学びがなければ無力だった。僕の弱い心を強くするために、学びにすがっていた。

「どうか僕の人生を助けてください。どうか僕がお客様の役に立てる力を身につけさせてください」身を切り裂く思いで学びに向かってきた。

すがって、よりかかって、つかんで、やっと立ち上がることができた。

学びに支えてもらいながら歩けるようになり、走れるようになってきた。

自分が立つことができるようになったら、いろいろな人が助けてくれたり、会社が軌道に乗るようになった。

自分の足で立つことができなければ、どれだけ素晴らしい人が周りにいても、僕は無力だった。

応援してくれる人はいても、前に進むためには自分の足腰を使わなければならないことに気づいていなかった。

僕は、話をするとき、他人のエピソードや言葉をよく引用する。それは覚えているのではなく、ふと思い出すのだ。腰がひけてしまう自分を支えてくれる言葉やエピソード、それが僕を奮い立たせる。

さまざまな教えがなかったら、弱いまま立ち上がることさえできなかった。ある意味では、僕が日々やっているのは、目の前の壁や問題に対して、どの言葉を思い出せば、乗り越えることができるだろうか、を考えることだとも言える。

いろいろな言葉が出てくるから、「よく覚えていてすごいですね」と言われるときもあるが、その言葉がなかったら、いまの自分がなかった。そういう言葉は多いと思う。

魚が水をふだんは意識しないのと同じで、自分がどんな言葉に支えられているのかを、ふだん意識することはなかった。ただ、自分が壁にぶつかると、学んだ言葉が力になった。

いまこうして書いていても、ときどき怯む。

そのときに再び僕を突き動かしてくれるのは、ある編集長から言われた「自分をさらけ出せ」という言葉と、作家のスティーヴン・キングの「作家は自分に誠実でなければならない」という言葉だ。

そんなふうに、人や書の言葉や教えが僕を励まし、僕を前に進ませてくれた。ただ言葉を知ってもダメだ。自分の弱さと対応させなければならない。

どんな言葉に自分が支えられているのかという弱さを見つめるとき、僕は前よりも一歩、ましな人間になれた。

ただ名言を並べるのなら、どれだけ楽だろう。名言の解説をするだけなら、どんなに着飾れるだろう。着飾ることが許されないからこそ、僕はさらけ出さなければならなかった。

さらけ出すことの恥ずかしさよりも、よいものをつくるために何でもする、という思いが強い。その思いが自分が空っぽになったとき、いつも僕を支えてくれた。

大切なことは、おもねらない

おもねる:‥気に入られるように、あれこれと細工する。へつらう。──『角川必携国語辞典』より

より優れた結果を出すためには、どうなるのかわからない暗闇のなかにジャンプをしていかなければならなかった。

未知の世界へ進むとき、導いてくれるものがなければならなかった。

新しい世界に進むとき、立ち戻ってくる指針を教えてくれるのが、書物から学べることであり、尊敬する人が教えてくれることだった。「こうしたらいい」と示してくれるところに戻ってくればよかった。

指針があるからこそ、思いっきり考えて、思いっきり迷ってみようと考えた。遠慮なく、そう思うことができた。

しかし、書でも人でも、自分にぴったり合う教えを見つけることはとても困難だ。

手探りでいろいろなものを試し、学んだものを自分に合わせていくことに労を惜しんではならなかった。

学ぶものに自分を合わせていかなければならない、と考えていたときは窮屈だった。

「言うことを聞かなければ」というのは、自分以外の者になろうとしていることだ。

口では「素直が一番」と言いながら、心のなかでは、「言われた通りにすれば、うまくいかなくても、僕のせいじゃない。僕は言うことを聞いた」と言い訳することができた。

僕がどんな人生を歩もうが、教えてくれた人が責任を取ってくれるわけじゃない。最終的には自分が責任を取るしかない。

「だったら自分のやりたいようにやればいいんだ。すべての責任を自分が担えばいい。誰かの言うことを聞いても、どうせ最後は、自分が責任を背負わなければならないんだから」そう開き直ることができた。

あくまで、もっと自由になるための手段が学びだった。

吉田松陰は、「聖人賢者の教えを受けるときに、もっとも大切なことはおもねらないことだ」と教えている。

立派な人という評判につられて、自分の信念をないがしろにして、へつらってしまってはいけない。

「学び中心ではダメだ。人生中心にしなければ。学びをたぐりよせ、どう消化するかに責任を持たなければならない」──そう深く思うことができた。

「おもねらない」これはそのまま人に接するときの僕の指針にもなった。誰だろうが、おもねらない。相手の地位や、年齢や、実績を見て、態度を変える人もいる。

気に入られようとへつらう人もいる。僕が心がけてきたことは違う。その人それ自身を観て、つき合いを選択する。

僕は自分に甘いので、「おもねらない」ときに、とても注意したことがあった。それは、自分にとって都合のよいところだけ取り入れたり、自分にとって都合のよいように解釈をしないことだった。

学びを自分の意見や行動を正当化するために使ってはならなかった。学べば、学ぶほど頑固になってしまったのでは、学ぶこと自体の価値を下げてしまう。

先人たちが学ぶことを大切にし、尊んできたのだから、僕が学びの価値を貶めてはならなかった。

自分にとって、都合が悪いものほど、率先して自分の考え方に取り入れなければならない。学びのなかで自分を変える必要に迫られるとき、苦しいが後悔しない選択をすることができた。

本の世界に逃げ込まない

やるしかない、という生き方の人は目の力が断然違う。

本や人が教えてくれるのは、その人物が毎日のなかで経験したことを切り取ったものにすぎなかった。

僕が自分の毎日で経験することを無視して、そうした教えに浮かれていてはならなかった。そう強く思うようになってから、自分がどこか変わった。

本のなかや、人との話に、逃げ込んでいた僕が、本の世界から目の前に広がる現実へと戻ってきた。たとえどれだけ日常が平凡でも、それをつくったのは自分自身だ。

どれだけ毎日にイライラしていたとしても、そのイライラをつくっているのは自分なんだ。

そう受け入れることは苦しかったし、いまもときどき、目の前に放り出された問題から逃げたくなるときもある。

でも、目の前で起きてしまっていることを放置して、本のなかの世界へ逃げたくない。

インターネットやTV、新聞、スマホ。逃げる場所はどんどん増えている。逃げるほどに、現実と向き合っている感覚は失われていく。

僕は、いま目の前に起きていることの感触を失いたくなかった。自分の人生がたとえ平凡でも、血が通っているようにしたかった。

温かさや、ぬくもりや、痛みや、つらさを感じても、それに向き合って進んでいきたい。「生きている」という実感が欲しかった。

そのために、目の前の現実と取っ組み合った。

ドタバタした。泥まみれになった。真っ正面からドンとぶつかった。それにはパワーが必要だった。パワーは、逃げ腰では生まれなかった。

だから、僕は逃げないようにした。逃げたくなるから、逃げないことをルールにした。これが、僕が抱えているもっとも重要なことだ。

ただ逃げないだけでは勝てない。勝つためには、挑むしかなかった。

怖いとか、大変だとか、めんどくさいとか思うところに停まっていると、いつまでたっても変わらなかった。

さらに先へ、どんどん行きたい。自分の限界の先へ先へと、どんどん挑みたかった。逃げずに挑むから、限界を越え、成長することができた。

たくさんの悔しさと暗闇のなかで、もがいて、もがいて、そして変わった。そこに喜びがあった。

「やるしかない」という生き方をしている人は、すぐにわかる。笑っていても、その人の目の奥には藤があるからだ。

僕の憧れる人たちは、周りからの評価よりも、いつももっと尊いものを求めていた。自分のやっていることに、意味や意義をもたらしてくれるような何かに向き合っていた。

ずっと遠くを見て、何かを思っていた。

僕は苦しまずに、楽しく成長したいという人とは、わかり合えないと思う。

僕はそういう生き方はできなかったから。

成長しなければならない人生は苦しいものだった。でも、生きている実感があった。やり切ったときに得られた喜びは、この上ない、最上のものだった。

自分の限界を越えたときの喜びが、僕の人生に安定感をもたらしてくれた。心からの充実感をもたらしてくれた。

知識は借りもの、知恵は自分のもの

知識と知恵は違った。知識が増えているだけで、できる人になった気がしていた。

僕にとって、自分を高めるためには学問が欠かせなかった。僕は最初は、学問といったら知識を増やして、答えを出すことだと思った。

だから、本をたくさん読んだし、たくさんの理論を暗記しようとした。勉強していると、それだけで、できる人間になったような気がしていた。

海外のトレーニングや研修に参加しただけで、なんだか成長した気がした。日本を出て、英語で学んでいるだけで、人生の秘密を教えてもらったような気がした。

でも、実際、日常がスタートすれば、思い通りにならないことばかり。学んだものを使えなかったり、期待が大きかっただけに、学ぶ前よりも自分がダメになっているような気がした。このギャップは苦しかった。

まだ知識が足りないからだと思い、いくつもの新しいものを学習していった。そして自分のなかで、もう十分だろうというくらい学んだ。

そこまでいって初めて僕は、真剣に向き合って、自分に問うことができた。

「なんでうまくいかないんだ」それまでも何度も考えてきたが、「知識が足りないからだ」と逃げてきた。真剣にこの問いに向き合ってから、やっと本来の学びがスタートした。

本来の学びとは、知識が増えることではなく、身につくものが増えるということだ。

机上の理屈を学ぶのではなく、僕自身がいま置かれている環境のなかで、それをどう使えるのかに落とし込んで考えるということだ。

僕には使ってもいない知識が増えるだけで、つい楽しくなってしまう弱さがあった。

だから、置かれている環境と状況に、徹底的に向き合わなければならないと、自分に言い聞かせてきた。使ってないものは、知らないのと同じだ。

知ることを感じることにつなげる

結果が出るまで行動しつづけられるものは、本当に信じていることだけだった。知ることは僕を満たしてくれた。新しい知識が増え、一つ物知りになったような気がした。

単純な知識が増える喜びもあるが、僕が何よりも学ぶことへこだわるのは、理由がある。

これまで生きてきて、解決できないままになっているさまざまな疑問への答えが見つかるからだ。

新しい情報を知ることとは違う喜びが、そこにあった。

知らなかったものを知るということでは同じだけれど、悩みや疑問に対して回答を得られることは、自分の過去とダイレクトにつながる。

違ったシナリオでの再体験になった。「へぇ~知らなかった」というのではない。「そういうことだったのか!」と声を上げてしまう。

いままでわからなかったことが腑に落ちる瞬間だ。僕にとって、それは喜びと悔いと決意が生まれる瞬間になる。

「もっと早く知っておけば、あのとき苦しまずにすんだのに。あのとき傷つけずにすんだのに。だからこれからは、これを大切にしよう!」そうした気持ちに出会う瞬間を、毎日求めてきた。

自分に足りなかったものに気づかせてくれて、これから日々を過ごすときの指針になる言葉に出会うと、僕はそれをメモに書いて壁に貼った。

少し長く心にとめておきたいときは、筆ペンを取り出し、書き写した。言葉を記憶するということよりも、全身でその学びを感じたかった。

読むだけでなく、言ってみて感じてみる。書いてみて感じてみる。

「知るかどうか」だけならば読んで終わりでよいのだろうけれど、自分のものにしていくために僕は、その学びを感じなければならなかった。

心に響く学びは多くの場合、理論理屈で納得するものではなかった。その言葉を見たとき、瞬間で腑に落ちた。

過去のさまざまな瞬間がフラッシュバックして、すべてが一つになった。たった1文で構わない。自分の感じ方が変わればよかった。

そして、やってみたくなる。いてもたってもいられなくなる。

それまで僕は学んだり、本を読んだりするときは、「言葉・言い方・フレームワーク」などに必死に意識を向けていた。

理解し、記憶し、説明できるようになることを大事にしていた。

でも、自分のものになっていない。どうしたらいいのかと考えてみた。

結局、実行できればいいのだから、正確に暗記するよりも、「感じる」ことを大事にしていこうと思った。

言葉を感じるというと少し変かもしれないが、どんな名言も何も感じないことがある。一瞬は、かっこいいと思うことがあっても、僕のなかには残らなかった。

「感じること」を重視するのは必要だと思う。

僕の人生を自由にしてくれる言葉は、肩が軽くなったり、腹が熱くなったり、何かがこみ上げてきたり、胸に突き刺さったり、というように、いつも「感覚」を揺さぶった。

「知る」ということを理解するだけで終わるのではなく、全身で感じるというものにしたかった。

だから僕は学んでいるときは、やたらと声を出したり、相づちを打ったりする。本の空きスペースにも「そうだったか!」「おぉ!」などと感じている感覚を書く。

すると、本に書かれている言葉と感覚がリンクされる。また人の話を聞いていても、なるべく整理して書こうとはしない。

どうせ整理したって、実行しなければ意味がないのだから。僕は、感情の感じるままに書く。

だからその日に、もっとも響いたことは、ノートやメモを見れば一目瞭然だ。1ページにひと言だけしか書いていなかったりするから。

学ぶということをもっと生き生きとしたものにしたいと、ずっと思ってやってきた。

目の前の現実と向き合う

知識を追いかけて、自分の頭で考えることをしていなかった。自分と同じ人間はいなかった。

誰かに当てはまったアドバイスや教えが、自分にまったく同じように当てはまることはなかった。

どれだけ本を読んでも、どれだけ人から聞いても、自分の足下を留守にしているとき、僕の人生は知識に振りまわされるものであった。

知るほどに何が本当だかわからなくなり、また知識を集めようとする。やってみてもうまくいかないから、また新しいものに手をつける。

次から次へと手をつけて、それでいて、結局何一つ自分のものになっている気がまったくしなかった。

どれだけ素晴らしい学びに出会っても、どれだけ素晴らしい人に出会ったとしても、その人たちの人生の課題や目指しているところも、自分とまったく同じではない。

ドイツの哲学者ショウペン・ハウエルは言った。

読書とは他人にものを考えてもらうことである。一日を多読に費やす勤勉な人間は次第に自分でものを考える力を失ってゆく」(『読書について他二篇』岩波文庫)

中国の思想書『論語』には次の言葉がある。

「ただ学ぶだけで、それについて考えて自分で研究をしなければ、ものを見ることができるようにならない」

学ぶ際に、自分がいま抱えている問題や、いま目指しているゴールにとって、どう当てはまるのかを、「自分の頭で考える」ということを、強く心がけなければならなかった。

以前の僕は、この自分の頭で考えるということをしていなかった。

僕は、その本の著者が考えたことを、読んで、まるで自分が考えたかのように錯覚してしまう弱さがあった。

毎日がつらかったとき、真剣に将来を考えると、不安しかなかった。このままでいいのだろうか、という疑いが頭を埋め尽くしていた。未来のことを考えること自体が嫌になってしまった。

どうにかしなければいけない、とまでは考えても、すぐに「でも、どうしたらいいかわからない」と思考停止になっていた。

そんななかで、人に出会い、書を読み、反省をして、一つひとつ、這うように前進することを繰り返していった。僕はいつからか、「人生を教師にしていこう」と思うようになった。

人生というと、抽象的すぎるが、僕の目の前で起きていること、経験すること、行動した結果、考えた結果、そうした僕の毎日で、実際に起きていることを中心に学ぶ対象にしようと思うようになった。

そうすると、本の世界からの学びを、自分の毎日へ引き寄せていけるようにもなった。

そうして初めて日常を否定し、本のなかからイメージされる想像の世界に逃げ込んでいる自分がいたとわかった。

最優先は、目の前で進んでいる「自分自身の平凡な日常」と向き合うことだと思うようになった。

さまざまな本を読んだり、人から話を聞けば、「人生とは○○だ」「成功するためには○○が大事だ」と簡単に教えてくれた。

では、僕の日常は簡単に変わったか?そんなことはなかった。一度として簡単に何かが変わったことは、いままでなかった。それは、僕が自分の置かれている状況に向き合っていなかったからだ。

何かを教えてくれる人や本は、考える力を失うと、自分の人生と向き合うことから遠ざける。

孤独に、目の前のことと格闘する。すると、必ず変わった。

答えが出なくても問わずにはいられないこと

なんでもないひと言で人生の方向が変わることがある。それを気にしてしまったが最後、それ以降の人生が変わってしまう。

それが「問わずにはいられないもの」に出会ったときだ。

本を閉じても、その人の話が終わっても、体験が終わっても、まだ頭のなかがグルグルと考えつづけてしまうもの、そうしたものに出会ってしまったあとは、確実に僕の毎日は変わった。

一冊の本の1行目で、いきなり出会うこともある。すると、もう2行目からが頭に入ってこない。

本を閉じて、考えるための散歩へ行ったり、遠くを見つめて物思いにふけったり、ノートを広げて頭のなかに浮かんでくる問いと考えを吐き出さないと、おかしくなってしまう。

そんなふうに、「自分が考えずにはいられないもの」が、いまの僕をつくっている。もちろん、すべての本や人の話で、そんな衝撃に出会えるわけではない。

それまでのいくつもの知識や経験や出会いが自分のなかに蓄積されていき、何かのきっかけで爆発して、「考えずにはいられないもの」になるのだと思う。

これまで経験してきたたくさんのこと、そしてこれから経験するであろう数多くのこと。すべてにハッキリとした答えを出す余裕はない。

僕の人生を支配するのは、僕が問わずにはいられないこと、頭から離れないこと、考えつづけるほど気になってくること、そうしたものだ。

答えが必ずしも出るわけではないし、正解はもちろんない。答えが出たものもあるし、いまなお答えが出せないものもある。一生答えが出ないものもあるかもしれない。

人によって全然気になるところは違うと思うし、そもそも、考えずにはいられないものなんてない、という人もいるかもしれない。

一生ない人もいるのかもしれない。僕もある時期までは、そんなものはなかった。でもあるとき、そうしたものが出てきた。

問いつづけても答えが出てこないのは、苦しく悩ましいことだ。

実際、「これに答えたから何か役に立つのか?」「何のために答えるのか?」というのがわかっていればいいほうだ。

目的もわからず、気になって仕方がないものもある。答えがわかってから、何のためだったのかがわかるのかもしれない。

26歳で会社をつくるときだった。

初めての著書になった『未来記憶』という目標達成の本を執筆しているところだった。僕はいろいろな業界で活躍している人たちから、「あなたはまとまりすぎちゃっている。もっと枠からはみ出なきゃ」と言われつづけた。

「まとまっているつもりなんてねぇよ」と腹のなかで思いながらも、「じゃあ、どうしたらいいのか」ということを教えてくれる人はいなかった。

僕はイライラした。

「まとまらないって、どういうことか?」という問いが、頭を離れなくなった。問い続けても答えが出ない。悩むほど苦しさがどんどん増していく。

まとまらないようにするために、とにかく何でもいいから変えようと思った。

まず自分に課したのは「自分の知っていることで目の前のことを理解しないようにする」ことだ。

つい自分の知っていることを、目の前のことに当てはめて「わかった気になる」ことをしていたからだ。

23歳のときに海外に学びに行き、「成功するためには~するべき」というものがたくさんインプットされた僕の頭は、そうしたルールにがんじがらめになっていたのだと思う。

いま考えてみれば、過去に学んだことで、目の前の現実に枠をつくっていたのだからもったいなかった。

きっと枠をつくることで、自分を守っていたのだ。

結果的には、会社をつくり、資金繰りや人間関係などいろいろな壁にぶつかるなかで、その枠は壊れた。現実が僕の枠を壊してくれた。

自分を守る余裕がなくなるほど、まとまらなくなっていった。それがよかったのか悪かったのかはわからない。

ただ、納得できるように生きるためには、まとまっている場合じゃない、ということだけはわかっていた。

新しい自分と出会うために、もっともっと、まとまらない毎日を送りたい。

人生の不安を払拭する言葉に出会う

生きる道を示してくれる言葉との出逢いが人生を変える。学んでいれば、いろいろな言葉に出会う。いま困っていることを解決してくれる言葉もあれば、自分を勇気づけてくれる言葉もある。

僕がもっとも大切にしているのは、「こういうふうに生きていきたい!」という言葉に出会えることだ。それはいつも最高の瞬間だった。

自分の生き方の指針が決まらなければ、いつまでたっても素晴らしい人たちの人生も結局は他人事になってしまう。

「へぇ~、この人はすごいなぁ」「ふーん、俺とは違うもんなぁ」と。どうしたらいいかノウハウをいくら集めても頭でっかちで終わってしまっていた。ノウハウより、目指す方向性を決めなければならなかった。

僕の生き方の指針になっているのは『孟子』にある次の言葉だ。

「志を得れば民と之により、志を得ざれば独りその道を行い、富貴も淫す能わず貧賤も移うる能わず威武も屈く能わざる、此れを大丈夫と謂う」(『孟子』上)(志がかなって世に出たなら、人々と共に正しい道を歩み、志が認められず世に出なくとも、独り正しい道を行いつづけ、地位でもお金でも心惑わされることなく、貧乏困窮しても動ずることなく、武力権力にも志を屈することはない。これをまことの大丈夫という)

そんな姿勢で志を持って生きていきたいと強く思った。何度も口に出し、紙に書き、何度も思い出した。

僕はそれまで心のどこかで、お金持ちになったら適当に遊んで暮らしたいと思っていた。

その一方で、貧乏になることをとても怖がっていた。考えてみると、恐怖の裏返しが夢になっただけだった。

孟子のこの言葉を知ったとき、目指すべき生き方が明らかになった気がした。

いまはまだ遠く及ばないが、自分の不安や迷いが打ち払われ、どう生きるかが目の前に示されると、勇気が湧き、覚悟が決まった。

そのときそのときで、いろいろな言葉に影響は受けるが、この「大丈夫」という一つの指針が手に入ったとき、自分のなかを貫く一本の道筋を手に入れることができた気がした。

僕の求める生き方は時代に合っていないかもしれない。「もっとうまくやれよ」と言われることもあった。「もったいないよ」と注意されることもあった。

それでも、僕は誰かほかの人の生き方をすることはできなかった。結局は、自分が求めている生き方を、覚悟を持って歩むしかなかった。

損をしても誇りを持った生き方

もっと早く始めていたらと焦りばかりの日々だった。真剣でいると、よく考えるようになる。

考えるとき、僕は自分の頭がたいしてよくないことを知っているので、勉強をしてきた。勉強のなかで学んだことが、僕が考え、判断するときの拠りどころになった。

経験値やセンスがない僕がビジネスという荒波のなかを進むためには、勉強をするしかなかった。

「いまの時代は100年に1度の変革期」という人たちもいた。

不安の時代に僕が求めたのは、「じゃあ100年以上読み継がれている本は、そこにその変化を乗り越えるヒント・指針があるのではないか」ということだ。

中国の思想書を何度も読んだ。

『論語』『孟子』『大学』。

それらをわかりやすく日本の文化に落とし込んで書いた思想書も読んだ。

吉田松陰、森信三、安岡正篤。

古典や思想書なんて読んだこともなかったから、新鮮でどんどん吸収していくことができた。もっともっと、こうした長く大切にされている教えを学びたいと思った。

ただ、学ぶと言っても、やみくもに手当たり次第に学ぶわけではなかった。

自分をどう高めてくれるのか、いかに高めてくれるのか、そこを僕は真剣に求めていたから、その真剣さを持って書かれたものにこだわった。

迷いだらけ、苦しさだらけの僕だ。貪欲に、少しでもそれを晴らしてくれる考え方を求めた。

「そんなに力まないで、力を抜いていけばいいんだよ」とはいかなかった。

僕は、苦しみやつらさから逃れるために必要なものは、お金持ちになって成功することだとずっと思っていた。

早く手に入れれば楽になれると思っていたので、常に自分は遅いスタートだと思っていた。

「あと1年早く始められていたら……」早く、早く、早く……これがある時期までの僕の原動力であり、自分を突き動かしていたものだった。

成功しようとしても、ビジネスのセンスもひらめきもない僕が、焦ったなかで、たまたま手に取った自己啓発の本にはまるのも、当然だったのかもしれない。

そのとき思った。

「なんだ!成功する方法があるんじゃないか!」足下や目の前の置かれた状況を省みず、とにかく外へ外へとどこかにあるはずの「成功のカギ」を求めてさまよった。

実際、海を渡った。行動の根は、なるべく早くうまくいきたい、なるべく早く成功したいという焦りだった。

しかし学んで知識は増えても、モチベーションは一時的なもので、現実は変わらなかった。

結局僕は手っ取り早く何かをつかむような、「成功するために学ぶ」ことに向いてなかった。

僕の人生を変えたのは、「死ぬときに、後悔をしない生き方をするために学ぶ」というスタンスだった。

より素晴らしい人間になるために学ぶ、より役に立つ仕事ができるように学ぶ。いま自分がいる環境のなかで、より役に立つ人間になるために学ぶ。

そうした「人としてどう生きるか」という学びに出会ったとき、僕のなかで何かすっと肩の荷がおりた。

自分の生き方を貫けば、批判されるかもしれない、わかりやすい名誉や成功は手にしないかもしれない、わかってくれる人ばかりではないかもしれない、それでも自分を生み育んでくれたこの国の役に少しでも立ちたい。

そのために、自分を成長させたい。それを目指していこうと覚悟したのだった。それを目指していけば、人の生活をうらやみ、周りと自分を比較してしまう自分が変わると思った。

知識を増やすのではなく、自分の弱さと照らし合わせて、省みていくことが求められる。学ぶだけでは知識が増えるだけ。

学びのなかで、立ちどまり、「できているか?」「自分に置き換えるとどういうことか?」という問いを持って省みることで、学びが自分を育ててくれた。

逆境、省みる、人、学問、すべてがつながって、自分を磨くことにつながっていく。

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