第4章パワハラ防止法の徹底解剖法律の中味を簡単にまとめると2020年6月から施行されたパワハラ防止法はどういう法律なのだろうか。ポイントになる内容を簡単にまとめると次の5点になる。1パワハラの定義を定め、事業主に対し、雇用管理上必要な措置を講じることを義務付けた。2事業主に対し労働者がパワハラ相談やパワハラ調査で証言したことなどを理由として解雇などの不利益な取扱いをすることを禁止した。3厚労大臣は事業主に対してパワハラの雇用管理上の措置等について報告を求めることができ、必要なときは、助言、指導、勧告ができることとした。4厚労大臣は事業主が勧告に従わなかったときは、その旨公表できることとした。5厚労大臣に報告をしなかったり、虚偽の報告をした者は20万円以下の過料に処することとした。「パワハラ防止法違反に罰則はあるのですか」と聞かれることがあるが、罰則は5だけである。といっても、これは事業主の報告義務違反に対するもので、パワハラ行為そのものを処罰する規定は入れられなかった。4の公表は罰則というよりも、公表による企業へのダメージをねらった社会的制裁である。ただ新型コロナでの営業自粛に応じなかったパチンコ店の店名公表のように効果が疑わしいときもあるし、大企業でなければ公開が制裁にならないこともあるだろう。パワハラ防止法の制定と同時に、男女雇用機会均等法にもセクハラについて新しい規定が加わった。それは、①事業主に対し労働者がセクハラ相談やセクハラ調査で証言したことなどを理由として解雇などの不利益な取り扱いをすることを禁止した。②事業主は他社から、他社の労働者に対するセクハラ被害について、他社が講じる措置に必要な協力を求められた場合には、これに応じるように努めなければならない。という2点である。①はパワハラと同じだが、②は自社の社員が他社の社員にセクハラをしたとき、他社の調査等に協力すべき義務である。努力義務ではあるが、規定されたことの意味は大きい。社員間のパワハラだけを対象に
このようにこの法律は、パワハラの法制化という面では前進であったが、前述のとおり、法律はパワーによるハラスメントだけを対象にしていて、職場のハラスメントを網羅していない。それだけではない。この法律は、パワハラを社員間のハラスメントに限定した。なぜ法律は社員間のパワハラに限定したのだろうか。パワハラ防止法制定までの流れを見てみよう。まずパワハラに限定した経緯である。厚労省が2011年から開催した円卓会議の名称が、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」とあるとおり、厚労省は、はじめは職場のいじめ・嫌がらせとして全体的にとらえていた。ところが、円卓会議のワーキング・グループは、パワー・ハラスメントという言葉を使った報告書を出した。パワハラに限定したのはこのときからである。これ以降、厚労省が設置した「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」が2018年3月に出した報告書(以下、検討会報告書)でも、さらに同年12月に労働政策審議会の分科会が出した報告書(以下、審議会報告書)でも、職場のいじめ・嫌がらせ対策は、パワー・ハラスメント対策と名を変えてしまう。円卓会議や検討会などがなぜこのように限定したかは報告書では明確にされていない。ただ早い段階でハラスメントをパワハラに限定していたことは事実である。次に法律が社員間のパワハラに限った理由である。この点について円卓会議では、はじめから、同じ職場で働く者に対するパワハラとして議論されていて、社員以外の者からや社員以外の者へのパワハラを対象にするかどうかの議論はされていない。検討会報告書や審議会報告書では、カスタマー・パワハラについては何らかの対応が必要との議論はなされたが、顧客や取引先からのクレームのどこまでが相当な範囲かの判断が難しいという理由で、事業主の義務付けの対象にしないと方向付けられた。しかし、顧客が店員に土下座させたり、大声で怒鳴ったりするのが相当な範囲を超えているという判断は難しいことではない。前述のようにセクハラでは、男女雇用機会均等法の指針で、社員以外の相手からのセクハラも含むとされていて、事業主に措置が義務付けられている。パワハラでも同じようにできないはずがない。厚労省は、カスタマー・パワハラや就活パワハラを措置義務の対象にしなかったことへの批判が強いため、指針にその防止対策を盛り込んだ。しかし指針は、カスタマー・パワハラや就活パワハラなどについては企業としてその防止に取り組むことが望ましいとしかしていないので、どこまで実効性があるか疑問である。指針はマニュアルではない厚労省が2019年10月に指針の素案を公表したとき、さまざまな反対意見が出された。そもそもお上がマニュアルを作る必要があるのかという意見や、指針でパワハラに該当しない例を挙げるのは言い逃れの余地を与えるという意見が多くあったという(「週刊新潮」2019年11月7日号)。
お上がマニュアルを作る必要があるのかという指摘はもっともなのだが、実は指針はマニュアルではない。マニュアルならそれぞれの会社が使おうが使うまいが自由である。しかし指針は違う。指針は、厚労省の行政解釈であり、会社に措置を義務付けるための根拠になるものである。会社はこの通りやらないと厚労省から指導を受けてしまう。指針はマニュアルよりももっと強力なお上のお達しなのである。ただし、この指針には問題がある。第3章で書いたようにパワハラに該当しない例を挙げたのは適当ではなかったし、パワハラの定義の説明も、どんな事業主にでもわかるように書けないものかと思う。ただ経営者にせよ管理職にせよ、指針がお上のお達しである以上はその内容はよく理解しておいた方がよい。以下では必要なところで指針を引用して説明しよう。法律の基準と会社の基準は違うパワハラ防止法の制定の要は、事業主に対する雇用管理上の措置の義務付けの対象となるパワハラの定義を定めたことである。この定義は3つの要件からなっている。これをパワハラ3要件と呼ぼう。この3要件はパワハラを理解するための出発点なのでぜひ覚えておいてほしい。ただ初めに言っておきたいことは、この3要件からなる定義は、そのまま会社でのパワハラ防止のための定義とすべきものではないことである。あくまでも法律が会社(事業主)に対して雇用管理上の措置を義務付けるための定義であって、会社のためにこれをパワハラの定義にしなさいと言っているわけではないのである。この3要件をそのままパワハラの成立要件として解説しているのは正確ではないし、会社としても、定義が書いてあるからといってすぐに飛び付いてはいけない。法律の定義を使わず、会社として、パワハラ防止のためにもう少し広い定義にして社員の安全を図ろうという予防的な考え方は大いにありうるからである。法律の基準と会社の基準の違いはこう考えればよい。例えば、ある男性が医者からビールは一日に中ビン1本以内を厳守しなさいと言われたとしよう。これを守らないと医者から叱られるという基準である。しかし家では、彼の妻が夫の健康を心配してビールは一日小ビン1本までと決めたとする。夫が妻の決めた基準に従うかどうかは二人で決めてもらうとして、家での基準の方が医者の基準より厳しいことがありうるだろう。この医者から叱られる基準が法律の基準で、妻から叱られる基準が会社の基準ということになる。このように妻が夫の健康を心配してより厳しい基準を定めるのと同様に、会社は社員のことを考えて安全な職場環境作りのために法律よりも広い基準を使うことが予防的見地からは必要である。ということで、会社での定義は、職場のハラスメントとして法律の定義よりも広く網掛けをしておくことを勧める。そこで本書では、パワハラの定義としては、厚労省の実態調査結果も踏まえてまとめられた2018年3月の「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」で
示された職場のパワー・ハラスメントの概念によることにする。ただパワハラ防止法の定義は会社にお上のお達しが来る基準なので、経営者はもちろん管理職も知っておいた方がよい。法律のパワハラ3要件パワハラ防止法の3要件は、第30条の2第1項に規定されている。法律の条文なので非常にわかりにくいが、まずはそのまま引用してみよう。(雇用管理上の措置等)第30条の2事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。これはこのままではわからないので、いったんバラバラにして3要件としてまとめてみるとこうなる。①事業主が雇用する労働者に対して、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動で(第1要件)②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより(第2要件)③労働者の就業環境が害される(第3要件)この3要件をさらにもう少し細かく見ていこう。「事業主が雇用する労働者」まず第1要件の中の「事業主が雇用する労働者」である。雇用するとあるので、この労働者には、パートタイマー、契約社員等のいわゆる非正規社員も含む。派遣社員も労働者派遣法により雇用する労働者と同様の対応となる。しかし、フリーランスなどの個人事業主は含まれない。雇用関係にないからである。ただフリーランスは、会社と雇用契約はなくても、実態として業務委託されている会社の社員から指揮命令を受けている場合がある。そのような場合は雇用する労働者に含めることができる場合があるだろう。俳優などでつくる日本俳優連合(理事長・西田敏行)などフリーランスが所属する3団体が、2019年夏に約1200人を対象に行った調査では、パワハラを受けた経験がある人が6割、セクハラは4割であったとしている(「毎日新聞」2019年12月26日付夕刊)。かなりの比率である。これから日本の雇用形態として、ギグワーカー(ネット等で単発の仕事を請け負う労働者)のようなフリーランスの労働者も増えることは間違いない。フリーランスを措置義務の対象にしないというのは今後問題になる危険性を大いにはらんでいることは指摘してお
きたい。「職場において行われる」「職場」とは、業務を行う場所であり、いつも仕事をしているオフィスや現場以外でも、取引先とか出張先、仕事をしている自宅などが含まれる。喫茶店で仕事の打ち合わせをしていれば喫茶店も職場である。第3章の会社の使用者責任の「事業の執行」は仕事の内容から見た範囲であるが、基本的には同様に考えることができるだろう。会社の懇親会や忘年会、取引先との宴席なども、参加が義務的で業務の延長と見られる場合は職場に含まれる。アフターファイブも、仕事の話をすると言われ、この上司には逆らえないという場合には、拒絶することが難しいという要素があるので含まれると見てよいだろう。ところで、前に述べたように、パワハラ防止法の措置義務の対象は社員間のパワハラだけで、社員以外の者へのパワハラや社員以外の者からのパワハラは対象としていないとされている。その条文上の根拠として、厚労省は、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動」という条文の「職場において行われる」が、「言動」だけでなく、「優越的な関係」にも係るからと説明している(2019年5月23日参議院厚生労働委員会・小林洋司局長答弁)。つまり職場内での優越的関係なので社員間だけに適用されるというのである。しかし、そのような条文解釈はこの文言上からは疑問である。「職場において行われる」というのは、そのあとの「言動」にしか係らないというのが自然な解釈である。また、男女雇用機会均等法の「職場において行われる性的な言動」(同法11条1項)を行う者には、社員以外の取引先の労働者や顧客も含むとされているので(同指針)、パワハラ防止法の「職場において行われる」も同様に解釈しないと整合性がとれない。このように条文解釈でも、パワハラを社員間に限るというのは根拠に乏しい。「優越的な関係を背景とした言動」「優越的な関係」というのがパワハラにおける「パワー」にあたるものである。この要件によって対象がパワハラだけに限定されたことになる。では、どのような場合に優越的な関係があるのだろう。これについては指針が次のように示している。「当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指す」この書き方も非常にわかりにくい。ポイントは「抵抗又は拒絶することができない」である。要するに相手に「NOと言えない」ということである。例えば友達どうしなら、「そんなことやりたくない」とか「いやだよ」と言えるのに、
上司なら、「やれません」とか「できません」と言えない関係になるということである。こう書くと、こんな質問が来そうである。「ウチでは妻にNOと言えません。これも優越的なカンケイなんでしょうか」。言葉だけを見ればYESだが、指針では、「業務を遂行するに当たって」とあるので家庭内の関係とは意味が違う。とはいえ、この家庭で妻が優越的な地位にあるというのは間違いではないのかもしれない。「蓋然性が高い」というのもわかりにくい。これは相手にNOと言えない「見込みが高い」ということである。実際にNOと言っていないので、「蓋然性」という言葉を使っている。それが高いということは、それだけ相手に物が言えない関係にあるということになる。もうひとつ大事な点は、この要件にある「背景とした」である。優越的な関係を「利用した」とはされていないことがポイントである。「利用」よりも「背景」の方が広い。例えば、立場の強い上司が部下に、「おい、昼飯買ってこい」と言うだけで、わざわざ「命令だ」と付け加えなくても、部下はNOと言えずすぐに買いに走るだろう。このような場合が「背景とした」である。「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」次は第2要件である。指針は、この意味を、「社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないもの」としている。要するに、明らかに業務上必要性がないか、態様が相当でないかを社会通念で判断せよということである。しかし、社会通念といっても抽象的でこのままでは使えない。この要件の判断基準については、第8章のグレーゾーンのところで詳しく説明しよう。「ものにより」多くの方は読み流したかもしれないが、第2要件の最後にある「ものにより」は法律的には重要である。これは因果関係を指している。因果関係というのは、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動(第2要件)と、労働者の就業環境が害される(第3要件)を連結するものと考えればよい。就業環境が害されたとしても、それが、問題となっている言動によるものではない場合は、因果関係がないからパワハラにはならないということになる。例えば、ある社員が心身の不調で仕事ができない状況になったが、その原因は家庭でのストレスによるものであると判断されたとする。その場合には上司からの叱責があったとしても、因果関係がないので上司の言動はパワハラにならないことになる。「労働者の就業環境が害される」第3要件に移ろう。これについて指針は、「当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快
なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」としている。この説明もわかりにくいが、要するに、①身体的苦痛を与えられるか、②精神的苦痛を与えられるかによって、③就業環境が不快になり、そのことで、④就業上看過できない程度の支障が生じた、という意味である。つまり、①か②によって③となり、さらに④まで起きたこと、ということである。ということは、①や②の身体的・精神的苦痛があっただけではパワハラの要件には該当しないということである。この定義は、この法律ができる前にパワハラとして定義付けられていた要件と異なる。法律ができる前にこの要件がどのように書かれていたかを見てみよう。・2012年の円卓会議ワーキング・グループ報告書「精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」・2018年の検討会報告書「身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること」いかがだろう。パワハラ3要件と違うことに気付いていただけただろうか。これらの報告書では、身体的苦痛を与える行為か、精神的苦痛を与える行為か、職場環境を悪化させる行為(就業環境を害する行為)のどれかがあれば要件を満たす。しかしパワハラ3要件はそうなっていない。①の身体的苦痛や②の精神的苦痛だけでは要件に該当しない。要件が変えられているのである。なぜ要件が変えられたのだろうか。おそらく法律で事業主に措置を義務付けるためには客観性が必要だからということだろう。つまり、①の身体的苦痛と②の精神的苦痛だけでは客観的ではないので、③と④まで必要としたということだろう。しかし、③と④を加えることで客観的になるかというと、必ずしもそうとは言えない。行政の指導基準なので要件を加え、それでも会社が守れない場合は指導するということにしたのだろう。判断基準は平均的労働者の感じ方この第3要件の「労働者の就業環境が害される」の判断として、指針では、平均的な労働者の感じ方を基準とするとしている。要するにその本人を基準にするのではなく、平均的な労働者ならどう感じるかを基準にすべきであるということである。例を挙げてみよう。ある上司が部下に、「君の報告書はよくわかんなかったなあ」と言ったところ、その部下はショックを受けて次の日から会社に来なくなったとする。もちろん状況にはよるが、社会一般の人で、この言葉を言われたから翌日から出社しないということは通常は考えられないだろう。つまり平均的労働者の基準によれば、この上司の言動は要件を満たさないということになる。例えば、最近の若い社員は打たれ弱いと言われる。たしかに小さいときから叱られるという経験がほとんどないので、会社に入ってちょっと強く叱られただけで大きなショックを受け、心身に不調をきたしてしまう者がいる。ケースによっては、このように打たれ弱
い若い社員を平均的労働者とする場合もあるだろう。時代によって基準が変わることにも注意が必要である。会社の定義は予防的に前述のとおり、この法律のパワハラの定義は企業に措置を義務付けるためのものなので、予防的な見地からするとそのまま使わない方がよいだろう。本書では、検討会報告書のパワハラの概念を使い、また前述のように、職場のハラスメントとしてはパワハラに限定することは実態に合わないので、パワハラ以外のハラスメントも加えたものを会社のハラスメント防止のための定義にするのがよいという前提で論を進める。会社は、家庭で妻が夫のことを心配してビール一日小ビン1本とするように、社員の安全を考えた方がよいということである。会社の定義としてのパワハラ3要件本書で定義として取り上げる検討会報告書のパワハラ3要件は次のようなものである。①優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること②業務の適正な範囲を超えて行われること③身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害することこれを法律のパワハラ3要件と比べると、①と②は少し表現が違うが中味は同じと考えてよいだろう。違うのは③である。なぜ法律が③の要件を変えたのかは前述のとおりである。検討会報告書の定義では、③は身体的苦痛を与えること、精神的苦痛を与えること、就業環境を害すること、この3つの場合のどれかがあればパワハラになるということになる。では、この定義に従うと要件が緩やかになりすぎて、相手が精神的苦痛を受けたと言ったり、就業環境が害されてこんなところでは仕事できません、と言ったりすれば、何でもパワハラになるのだろうか。そうはならない。なぜならこの要件に該当するかは、平均的労働者の基準が適用されるからである。つまり検討会報告書の定義の身体的苦痛を与えること、精神的苦痛を与えること、就業環境を害することのいずれの場合でも、平均的労働者を基準として判断し、本人が苦痛であるとか、就業環境が害されたというだけでは要件は満たされないのである。会社のハラスメントの定義としては、さらに、パワハラに含まれない職場のハラスメントとして、職場内であってもパワーのない同僚や部下からのハラスメントも含むことを書いておくのがよい。また社員以外の者に対するもの、社員以外の者からのものもハラスメントとして対応することを明記しておくのがよいだろう。法律で何が変わるか
い若い社員を平均的労働者とする場合もあるだろう。時代によって基準が変わることにも注意が必要である。会社の定義は予防的に前述のとおり、この法律のパワハラの定義は企業に措置を義務付けるためのものなので、予防的な見地からするとそのまま使わない方がよいだろう。本書では、検討会報告書のパワハラの概念を使い、また前述のように、職場のハラスメントとしてはパワハラに限定することは実態に合わないので、パワハラ以外のハラスメントも加えたものを会社のハラスメント防止のための定義にするのがよいという前提で論を進める。会社は、家庭で妻が夫のことを心配してビール一日小ビン1本とするように、社員の安全を考えた方がよいということである。会社の定義としてのパワハラ3要件本書で定義として取り上げる検討会報告書のパワハラ3要件は次のようなものである。①優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること②業務の適正な範囲を超えて行われること③身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害することこれを法律のパワハラ3要件と比べると、①と②は少し表現が違うが中味は同じと考えてよいだろう。違うのは③である。なぜ法律が③の要件を変えたのかは前述のとおりである。検討会報告書の定義では、③は身体的苦痛を与えること、精神的苦痛を与えること、就業環境を害すること、この3つの場合のどれかがあればパワハラになるということになる。では、この定義に従うと要件が緩やかになりすぎて、相手が精神的苦痛を受けたと言ったり、就業環境が害されてこんなところでは仕事できません、と言ったりすれば、何でもパワハラになるのだろうか。そうはならない。なぜならこの要件に該当するかは、平均的労働者の基準が適用されるからである。つまり検討会報告書の定義の身体的苦痛を与えること、精神的苦痛を与えること、就業環境を害することのいずれの場合でも、平均的労働者を基準として判断し、本人が苦痛であるとか、就業環境が害されたというだけでは要件は満たされないのである。会社のハラスメントの定義としては、さらに、パワハラに含まれない職場のハラスメントとして、職場内であってもパワーのない同僚や部下からのハラスメントも含むことを書いておくのがよい。また社員以外の者に対するもの、社員以外の者からのものもハラスメントとして対応することを明記しておくのがよいだろう。法律で何が変わるか
この章の最後に、パワハラ防止法ができて何が変わるかをまとめておこう。(1)会社がパワハラ行為者に厳しく対応するようになる多くの会社がすでにパワハラ対応体制を強化しているし、これからも対策を強化していくことは間違いない。その結果、生じるのは、セクハラがそうであったようにパワハラの厳罰化である。これは間違いなく起きてくるだろう。パワハラ対応体制が強化され、社内規程で禁止されているにもかかわらずパワハラをしたことに対しての処罰となるので、これまでよりも厳しくなるからだ。(2)パワハラ相談がさらに増えるハラスメント被害は職場では言い出しにくいが、法律ができて会社に相談窓口ができることで相談件数は増えるだろう。また、法律に基づいて、都道府県の労働局と労働基準監督署などによって、パワハラ対策に不熱心な会社に対し厳しい行政指導がなされるだろう。このような指導を受けた会社は敏感に対応することは間違いない。対応しなければ公表され、ブラック企業の烙印を押されてしまうかもしれないからである。行政が会社に厳しく指導することを期待して労働局などへの職場のいじめ・嫌がらせに関する被害相談がさらに増えるだろう。(3)パワハラ裁判がさらに増えるパワハラについての裁判例集のひとつに、公益財団法人21世紀職業財団が出している『わかりやすいパワーハラスメント新・裁判例集』という本がある。それには2003年から2017年までの主な裁判例が72件挙げられている。そのうち2007年以前のものは8件しかないが、2007年から2017年までのものは64件にもなっている。この中の多くは、被害者からの損害賠償請求訴訟や労災関係の訴訟であるが、最近は会社から懲戒処分を受けた加害者が、その処分を争う裁判が増えている。これは会社がパワハラに対して厳しい懲戒処分を科していることに関係している。被害者からの損害賠償請求訴訟や労災関係の訴訟は減ることはないだろうし、会社がこれまでよりも厳しい懲戒処分を下すことになれば、それを不服とする裁判がさらに増えるだろう。
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