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第4章 「数字に強い人」は知っている理論・法則―知るだけで仕事の成果が大きく変わる!

「毎年五%成長を続けている会社が、売上を二倍にするには何年かかる?」そう聞かれて、誰かが間髪をいれずに「およそ十四年ですね」と答えたら、周囲はどう感じるでしょう。

「あの人は数字に強い」「数字のセンスがある」と一目置くのではないでしょうか。

しかしこの場合、実は数字のセンスや頭の良さはまったく関係ありません。

この人が即座に答えられたのは、便利な「法則」を知っているからです。

冒頭の質問は、「72の法則」というものを知っていれば、中学生でもすぐに答えられます。

このように、知っていると思考の質や速さが一気に上がる、数字にまつわる理論や法則はいくつも存在します。

それらを知っているかどうかで問題解決のスピードも大きく変わります。

実はその大半は、皆さんも学校の授業や講義で一度は聞いたことがあるはずです。

しかし学生時代は、それが実生活でどのように役立つかを教えてもらえないので、内容がほとんど頭に残っていないという人がほとんどでしょう。

そこでこの章では、ビジネスや仕事でよくある身近な悩みを例にとり、理論や法則の実践的な使い方を解説していくことにします。

なお、孫社長はこうした理論・法則を誰よりも有効に活用しています。

ソフトバンクの経営にどう活かされているかも、あわせて紹介しましょう。

①大数の法則と期待値──いかに有利なサイコロに変形させられるか私のもとには、よく若い人たちがキャリアや進路について相談に訪れます。

特に多いのが、「起業すべきかどうか悩んでいる」という相談です。

「自分で会社を作った場合、成功できる確率がどれくらいあるかわからない。

だから思いきって起業すべきなのか、会社に就職すべきなのかを意思決定できない」というわけです。

そんな時、私は決まって「大数の法則と期待値」について話します。

「大数の法則」とは、確率論における基本法則の一つです。

これは簡単に言えば、「トライアルの回数を増やせば増やすほど、その物事が実際に起こる確率は理論値に近づいていく」というものです。

例えばサイコロを振ると、最初のうちは「1」が何度も続けて出たりすることもありますが、一万回や一〇万回振り続ければ、「1」が出る確率は理論値の六分の一に近づく。

つまり、試行する数が大きくなれば、理論値と実際にやった結果がほぼ同じになっていくということです。

一方の「期待値」とは、一回のトライアルで見込める結果です。

サイコロを使ったゲームで、出た目の数に応じてお金がもらえるとしましょう。

金額は、「1」が一万円、「2」が二万円、「3」が三万円……と増えていきます。

大数の法則で考えると、六つの目が出る確率はそれぞれ六分の一です。

この場合、「サイコロを一回振った結果、いくらもらえるか」の見込みは、次のように計算できます。

「(10,000円×1/6)+(20,000円×1/6)+(30,000円×1/6)+(40,000円×1/6)+(50,000円×1/6)+(60,000円×1/6)=三・五万円」この「三・五万円」が、サイコロゲームの期待値になります。

もちろんサイコロを振るのが一回きりなら、結果は最小の一万円になるかもしれないし、最大の六万円になるかもしれません。

しかし、大数の法則が働くまでサイコロを振り続ければ、結果は三・五万円に限りなく近づいていきます。

こうして期待値を把握すれば、自分がこれから行動した結果を、数字でイメージすることが可能になります。

つまり「大数の法則と期待値」は、次に取るべきアクションを意思決定するための判断材料になるのです。

「起業して成功する確率とその期待値」を計算すると?では、「起業すべきかどうか」という悩みを、「大数の法則と期待値」に当てはめて考えてみましょう。

大数の法則を理解すれば、「起業後に成功する確率とその期待値」は簡単に計算できます。

日本で一年間に起業する会社の数は、少し古いデータですが、二〇一二年から二〇一四年の平均で一八万四二九件です。

年によっては、二〇万件を超えることもあります(経済産業省二〇一七年度版「中小企業白書」より)。

一方、新規に株式を上場した会社は、二〇一六年でわずか八三社。

東証一部・二部だけでなく、マザーズやジャスダックを含めての数です。

つまり、「起業して成功する=株式公開する」と設定した場合、成功の確率はおよそ「八〇件÷二〇万件=二五〇〇分の一」となります。

よくベンチャー投資の世界では、「せんみつ(千のうち三つしか当たらない)」と言われますが、実際はそれよりもずっと確率が低いということです。

さらに、「期待値=起業した場合に見込める結果」を計算してみましょう。

ベンチャー企業が株式公開する際、その多くが企業評価額は一〇〇億円ほどです。

オーナー社長が株式を五一%保有するとして、資産総額は五一億円。

先ほどのサイコロゲームにあてはめると、「当たりの目が出たら、五一億円もらえる」と

いうことです。

では、ここから期待値を導き出すと、どうなるか。

答えは、「五一億円×二五〇〇分の一=約二〇〇万円」です。

実際に起業して株式公開しても、社長が手にできる資産は、たった二〇〇万円しか期待できないということです!しかも、自社株ですから、使うために現金化できるのはそのうち何割もいかないでしょう。

つまり、数十万円の現金収入の期待値にしかなりません。

一方、企業に就職した場合は、どうなるでしょうか。

国税庁の民間給与実態統計調査によれば、民間企業に勤める人の平均年収は、ここ十年ほどは四〇〇万円から四四〇万円の間で推移しています。

仮に年収四〇〇万円がもらえるとして、十年間辞めずに働けば、得られるお金は四〇〇〇万円。

この時点で、期待値は起業した場合の二〇倍に達します。

もし給与水準の高い大企業や有名企業に就職すれば、さらに高い期待値を見込めます。

上場企業約三〇〇〇社の平均生涯年収は、二〇一五年の調査で二億一七六五万円。

上位二五社に限れば、平均生涯年収は四億円を超えています。

二〇〇万円vs二億円。

この比較を見れば、ベンチャー企業を創業するという選択は、極めて期待値が低いことがわかります。

大数の法則が働く域を超えれば、起業も選択肢に入るでは、起業をあきらめて就職するしかないのかと言えば、そうではありません。

期待値を知ることは、あくまで「一般的なやり方をしていたら、こうなりますよ」という一つのシナリオを確認する作業に過ぎません。

それを理解した上で、「大数の法則を脱して、自分で成功の確率を上げるにはどうすればいいか」を考え、「これなら期待値を大きく超えられる」と確信できたら、起業する道を選択すればいい。

私はいつも若い人たちに、そうアドバイスしています。

サイコロを振って「1」が出れば勝てるゲームがあるとして、一般的な勝率は六分の一です。

でも、「1」の面が二つも三つもあるサイコロを作れば、勝率は二倍、三倍と上がります。

あるいは、サイコロを変形させて「1」が出やすくなる細工をすれば、勝率をさらに上げることができるかもしれません。

つまり、他の人が普通のサイコロを振っている中で、自分だけが「1」の出やすいサイコロを振れば、大数の法則が働く域を超えられるということです。

これを起業に当てはめるなら、会社を作った時に有利になるスキルや経験、資金や人脈などを得ることで、「1」の目が出る確率をどんどん上げていくことができます。

これらをすでに学生時代に得ているなら、就職せずにいきなり起業するという選択肢もあるでしょう。

しかし、自分はまだ有利なサイコロを手に入れていないと思うなら、いったん企業に就職して経験を積んだり人脈を作ったりして、「これなら勝てる」と思える時が来たら起業する、という選択肢も見えてきます。

いずれにしろ、重要なのは「今の自分は大数の法則を脱し切れているか」を正しく見極めて意思決定することです。

私のもとに起業の相談に訪れた一人に、株式会社LITALICO(りたりこ)代表取締役社長の長谷川敦弥さんがいます。

同社は、障害者の就労支援事業や子どもの学習教育事業を手がけるベンチャー企業です。

マザーズ上場を経て、二〇一七年三月に東証一部に昇格を果たしました。

長谷川さんは大学時代に私のところに来て、「卒業後すぐに起業するか、ベンチャーに就職するか、大企業に就職するかで迷っている」と話しました。

そこで私が「大数の法則と期待値」について話したところ、長谷川さんはベンチャー企業であるLITALICO(当時の社名はウイングル)への入社を選択したのです。

学生である自分には、すぐに会社を立ち上げて成功できるほどのスキルや経験はない。

かといって、大企業で定年まで働いて億単位の生涯年収を確保したいわけでもない。

だったら、すでにスタートアップしているベンチャー企業に就職し、短期間で実績を上げて経営者に就任する道を目指すのが、大数の法則を脱する方法ではないか。

そう判断した長谷川さんは、とてもいいサイコロを手に入れたことになります。

彼が入社した時、同社のビジネスモデルはすでに回り始めていましたし、売上も六億円規模に成長していました。

その時点で、ゼロから創業するより、期待値は大幅に上がっていたことになります。

そして長谷川さんは、ベンチャー運営のノウハウを猛スピードで吸収し、入社して一年三ヶ月後に社長に就任。

その間に培った経験や人脈を活かして、赤字だった経営を黒字に転換しました。

ちなみに社長就任後すぐ、彼から私に社外取締役に就任してほしいと依頼があり、黒字化する手伝いをしました。

こうして長谷川さんは、自分のサイコロをどんどん変形させて「1」の目が出やすくし、成功の確率を上げていったのです。

孫社長は「有利なサイコロ」を振っているこの〝サイコロの変形〟という戦略を徹底しているのが、誰あろう孫社長です。

有利なサイコロを振るには、自分が成長ドメインにいることが必須である──これが孫社長の揺るがぬ基本理念です。

自分たちがいる市場そのものが成長していれば、それだけ当たりの目が出やすいからです。

孫社長がIT分野を選んだのは、「ムーアの法則」に従ったからです。

これは、「半導体の集積密度は、一年半から二年で倍増する」という経験則です。

インテルの創業者の一人であるゴードン・ムーアが一九六〇年代に唱えたものですが、現在に至るまでこの法則は破られることなく、ITの世界では技術革新が続いています。

インターネットとモノをつなげたIoTが登場したように、IT技術がカバーする範囲は広がり続ける一方です。

だからこそ、孫社長は「IT業界は永続的に発展する」と確信し、ソフトバンクがこのドメインに居続けることにこだわるのです。

二〇一六年には、ソフトバンクが英国の半導体設計会社のアームを三・三兆円という過去最大規模の巨額で買収したことが話題になりました。

そして現在は、アームを米国のエヌビディア(AI用半導体に強みを持つ大手半導体企業)に最大約四・六兆円で売却することで合意し、米英の両政府に売却を認めてもらう調整をしているところです。

実は、単純な売却ではなく、売却完了時にソフトバンクがエヌビディアの株の一定割合を持つという契約になっています。

つまり、出資時に三・三兆円だったアームが四・六兆円で売却となれば、一兆円以上の利益を得ると同時に、エヌビディアとアームという半導体分野での米英のトップ企業に一定の影響力を維持することができるようになるのです。

これももちろん、将来に渡って成長ドメインに居続けるための戦略です。

今後のIT業界で最も大きな市場拡大が見込まれるのは、やはりIoTです。

コンピュータやIoT分野においては、デバイスの開発に約二年かかりますが、そのスペックを決めているのは半導体設計会社です。

よって、アームとエヌビディアと戦略的に協力すれば、この業界の二年先を見通し、未来を作り出せるということになります。

勝負に勝つために、これほど有利なサイコロはありません。

アームの買収に限らず、孫社長は常に「先を見通すための情報」を手に入れることで、サイコロを自分にとって有利な形に変えてきました。

ソフトバンクがいち早く米国のヤフーと組むことができたのは、当時米国最大のIT情報メディア企業だった「ジフデービス」や、世界最大規模のコンピュータ見本市だった「コムデックス」を買収し、業界の最新情報が自分の手元に集まってくる体制を作ったからです。

だから、まだ創業間もなかったヤフーの存在を知ることができたし、先物買いで出資する決断もできました。

これは要するに、「サイコロのどの目に賭ければ儲かるか」を先読みできてしまうということです。

アームの買収額の大きさに世間は驚きましたが、あれも孫社長にとっては「期待値をはるかに超える」という確信があってのこと。

支払った三・三兆円を超える結果が得られるとわかっているから、「安い買い物だった」と本気で言えるのです。

もともとIoT分野は年一五%の成長が見込まれている上に、その中にいるどのプレイヤーよりも有利な条件でサイコロを振ることができるのですから、孫社長が持っているサイコロは、六面のうち四面や五面が当たりの「1」が出る仕掛けになっているようなものでしょう。

ソフトバンクは外から見ると無謀なチャレンジをしているように思われがちですが、実はものすごく勝率の高いゲームしかしていないのです。

このように、「大数の法則と期待値」は、大きな意思決定をしなくてはいけない場面で役立ちます。

起業の判断だけでなく、例えば自社で新商品を開発する場合にも、将来起こるシナリオを想定することができるはずです。

過去の経験から見て、自社の新商品が成功する確率は一〇%、同じジャンルで売上トップの商品の販売実績が一〇億円前後だとします。

すると、この場合の期待値は、「一〇億円×一〇%=一億円」となります。

こうして数値を把握すれば、未来を具体的にイメージできます。

また「期待値が一億円なら、予算はいくらかけていいか」といったコスト計算の目安もできます。

もし「一億円では少なすぎる」と思うなら、「売上を一〇億円にしてトップを獲得するには、サイコロをどのように変形させればいいか」という戦略も考えられるでしょう。

「大数の法則と期待値」は、不確実な未来を想定し、自分にとって都合よくコントロールするための道具になるのです。

②鮭の卵理論──「数うちゃ当たる」をいかに低コストでやり続けるかサイコロを変形させて、当たりが出る確率を上げることは大事ですが、それで満足してしまってはいけません。

仮に六面のうち四面が「1」のサイコロでも、振るのが一回や二回だけなら、それ以外の数字が出ることもあります。

よって成功するために重要なのは、「当たりが出るまでサイコロを振り続けること」です。

サイコロなら成功の確率は六分の一と高いので、あきらめずに振り続けることができるかもしれません。

しかし、前項で例に挙げたベンチャー投資なら、成功の確率は「せんみつ(一〇〇〇分の三)」どころか、さらに低いのが現実です。

ソフトバンクは、二〇一七年に「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」を立ち上げる以前から、実はかなりの数のベンチャーに投資してきました。

その数は、一〇〇〇社ほどに上ります。

それだけ投資しても、大成功したと言えるのはヤフーとアリババとガンホーくらいですから、まさに「せんみつ」です。

こうした過去の事例と孫社長の教えから、私はビジネスの成功確率について「鮭の卵理論」を提唱しています。

鮭は一回の産卵で二〇〇〇個から四〇〇〇個の卵を産みますが、成長して川に戻ってくるのは、わずか二匹だけと言われています。

なぜなら、たくさん戻ってくると川が満杯になり、生息する環境が悪化するからです。

かといって、二匹より少ないと絶滅してしまいます。

よって、安定的に種が保存されるには、二匹が最適な数字ということです。

このように、生き物の世界では、多産多死を前提に均衡が保たれています。

それはつまり、生き残った少数が個体として優れている証でもあります。

ベンチャー投資もこれと同じです。

ヤフーとアリババとガンホーは、大半の企業が消えていく運命にあるベンチャーの世界で生き残りました。

それだけ優れた会社だからこそ、大成功を収めたのです。

裏を返せば、これだけ大きな当たりを引きたいなら、大半のベンチャーは生き残れないことを前提に、できるだけたくさん投資しなくてはいけないということです。

孫社長はそれをわかっているから、あきらめることなく、当たりが出るまでサイコロを振り続けるのです。

「くじを引くコスト」を下げるこのように、ビジネスの世界では、「当たるまで続けられるかどうか」が成功のカギになります。

では、どうすれば〝数うちゃ当たる〟を実践できるのか。

その答えは、「くじ箱」に例えると理解しやすくなります。

ビジネスや仕事で成功することを、「くじ箱から当たりを引く」と考えてください。

箱に入った一〇〇枚のくじのうち、一〇〇円払って一回引いただけなら、成功確率は一〇〇分の一しかありません。

でもあなたが手持ちの一万円をすべてくじに注ぎ込めば、一〇〇枚すべてを引けるので、必ず当たりを出すことができます。

孫社長が数多くのベンチャー企業に投資するのも、考え方としてはこれと同じです。

とはいえ、当たるまでくじを引き続けるなら、何も考えず手当たり次第にくじを引くより、当たりが多そうなくじ箱を選ぶほうが有利です。

一〇〇枚に一枚しか当たりがないくじ箱より、五〇枚に一枚当たりがあるくじ箱のほうが、成功確率は上がります。

よって、「当たりが多そうなくじ箱を選ぶ」が先ほどの答えになります。

同時に、「くじを引くコストを下げる」のも必要です。

手持ちのお金が一〇〇〇円しかない時、一回につき一〇〇円のくじ箱は一〇回しか引けませんが、五〇円のくじ箱なら二〇回引けます。

当たる前に手持ちの資金が尽きてしまったら、そこでゲームオーバーになってしまいますから、一回あたりのくじ引きコストを低く抑えることは、「当たるまで続ける」を実践する上で非常に重要です。

孫社長は「未来を読む天才」ではないベンチャー投資にあたって、「当たりが多そうなくじ箱を選ぶ」「くじを引くコストを下げる」というルールを実践するため、孫社長がとったのがジョイントベンチャーを作るという戦略でした。

ジョイントベンチャーなら、複数の会社が出資するので、ソフトバンク単体が出す資金は最低限で済みます。

また、合弁の相手は「アメリカで株式公開している、時価総額三〇〇〇億円以上のIT企業(一九九〇年代当時)」に絞りました。

こうしてくじを引くコストを下げつつ、当たりが多そうなくじ箱を選んで、くじを引き続けたからこそ、ヤフーという大当たりを引くことができたのです。

よくソフトバンクは「タイムマシーン経営」と呼ばれ、まるで孫社長が未来を読む天才のように思われることが多いのですが、間近で見てきた私に言わせればまったくそんなことはありません。

むしろ「未来は誰にも読むことができない」という事実を前提で物事を考え、成功確率を上げるための戦略をロジカルに組み立てているところが、孫社長のすごさです。

この「くじ箱」の考え方は、営業の仕事などにも応用できます。

①当たりの多そうなくじ箱を探す→買ってくれる確率が高そうな顧客を見極める②くじを引くコストを下げる→その顧客にアプローチする労力や時間が最も少なくて済む方法を考える③くじを引き続ける→あとはひたすらアプローチを続けるこうしてくじ箱のルールを実践すれば、成功確率は格段に上がります。

何も考えず、ただやみくもに顧客リストの上から順に電話をかけている人や、見込みのあるなしにかかわらず一人の顧客にたっぷり時間をかけてしまっている人に比べれば、営業成績は間違いなく上がるでしょう。

だから同じ「数うちゃ当たる」でも、他の人より確実に結果を出すことができるのです。

③72の法則──「複利のパワー」は絶対に味方につけるべし「自分が勤める会社の将来が心配だ」最近は、こんな不安を抱く人が少なくないようです。

あの東芝でさえ経営危機に陥る時代ですから、無理もないでしょう。

私も、同じような悩みを相談されることが増えました。

そんな時、私が真っ先に投げかけるのがこの質問です。

「あなたの会社が属する業界の成長率は何%ですか?」なぜなら業界の成長率がわかれば、その人が働く会社の将来がある程度読めてしまうからです。

会社が将来成長できるかどうかは、業界の規模にかなり依存します。

簡単に言えば、業界全体が拡大していれば、そこに属する会社も成長しやすい。

反対に、業界全体が縮小していれば、そこに属する会社も衰退しやすいということです。

これはつまり、「自分が乗っているのは、上りのエスカレーターか、それとも下りのエスカレーターか?」ということです。

上りに乗っていれば、自分自身は足を動かさなくても、自動的に上昇していきます。

しかし下りに乗ってしまうと、たとえ頑張って自分の足で駆け上ったとしても、今いる位置はどんどん下降していくでしょう。

だから私はまず、その人がいる業界がプラス成長なのか、マイナス成長なのかを確認するわけです。

仮に二十代の若者が相談に来て、その人がいる業界の過去五年間の平均成長率がマイナス二%だったら、私は迷わず別の業界への転職を勧めます。

「たかがマイナス二%くらいで、見切りをつけるのか」と思うかもしれません。

しかし、この数字をあなどってはいけません。

なぜなら年平均の成長率は、「単利」ではなく「複利」で効いてくるからです。

単利と複利の違いは、よく利息の計算を例に説明されます。

元金一〇〇万円を年利一〇%で運用したとしましょう。

単利の場合、元金にしか利息がかかりません。

よって、一年目の利息は「一〇〇万円×一〇%=一〇万円」。

その後も一年ごとに、同じく一〇万円ずつ利息がつきます。

一方、複利の場合は、「元金+利息」に対して、利息がかかります。

一年目の利息は単利と同じ一〇万円ですが、二年目の計算式は「(一〇〇万円+一〇万円)×一〇%」となり、一一万円の利息がつきます。

三年目はこの利息が元金に上乗せされて、「(一一〇万円+一一万円)×一〇%」となり、一二万一〇〇〇円の利息がつきます。

つまり、単利なら毎年一定の額しか増えないのに、複利は年が経つごとに雪だるま式に利息が膨れ上がっていくということです。

二年目や三年目なら、まだそれほどの差はないように思えるでしょう。

しかし、三十年後にはどうなるか。

単利なら「元金+利息」の合計は四〇〇万円ですが、複利の場合は何と一七四四万九四〇二円!その差は、四倍以上にまで拡大します。

つまり長期になればなるほど、複利の効果が発揮されやすいということです。

これはお金を運用した場合の話ですが、市場や業界、会社の成長率についても、まったく同じ計算式が成り立ちます。

先ほどの「マイナス二%」は、単利の数字として見れば、それほど大きくは感じないかもしれません。

しかし、業界の成長率は複利で効いてくる数字です。

マイナスにマイナスをかける相乗効果で、それこそ雪だるま式にマイナスの幅が大きくなっていきます。

このように、単利で見れば小さなマイナスも、複利の考え方にもとづいて十年や二十年の長期的なスパンで見ると、実は想像以上に大きなマイナスになるのです。

「継続的にマイナス成長を続けている業界」にいてはいけない!「ところで、肝心の複利の計算方法を早く教えてよ」という声が聞こえてきそうですが、わざわざ難しい計算をする必要はまったくありません。

簡単に計算してくれるサイト(次画像参照)があるので、これを使えばすぐ答えが出ます(〈高精度計算サイト「keisan」〉https://keisan.casio.jp/)。

「そこまで正確に計算しなくても、とりあえず自分の業界についておおまかな将来を予測したい」というのであれば、さらに便利で簡単な暗算方法があります。

それが「72の法則」です。

これを使えば、「現在の売上が二倍になるまで、何年かかるか」をすぐに暗算できます。

やり方は簡単。

「七二」を年平均成長率の数字で割ればいいのです。

年八%で成長している会社なら、「七二÷八(%)=九年」が「売上が二倍になるまでにかかる年数」となります。

あくまで近似値ですが、正確に計算した場合の答えとほぼ同じ数字が出ます。

この暗算式を応用すれば、「目標を達成するには、年何%で成長しなくてはいけないか」も計算できます。

例えば、「現在の売上が一〇億円で、五年後までに二倍の二〇億円に拡大したい」というなら、「七二÷五年」で計算します。

すると「年一四%程度」ずつ成長しなくてはいけない、という答えがあっという間に出ます。

このように、「72の法則」で計算すると、自分の業界や会社の将来像がつかみやすくなります。

前述したIoT分野のように、年一五%成長を続けている業界なら、わずか五年足らずで市場規模が二倍になります。

問題は、マイナス成長の場合です。

ここで冒頭の相談に戻って、私が「なぜ二十代の若者に、業界の平均成長率がマイナス二%だったら、迷わず別の業界への転職を勧めるか」を説明しましょう。

「72の法則」を使えば、その理由はすぐわかります。

この場合はマイナス成長なので、「七二÷二」を計算すれば、「売上が二分の一になるまでにかかる年数」がわかります。

もちろん、答えは「三六」。

つまり、「三十六年後には、業界規模は二分の一になってしまっている」ということです。

例えば平均成長率がマイナス二%の業界があったとします。

二〇二一年のこの業界全体の総売上高が約一兆円だったとすると、二〇五七年には業界規模が五〇〇〇億円まで半減すると、ざっくりとではありますが予測できます。

ちょっと衝撃的な事実ではないでしょうか。

業界規模が半減する中で、会社が生き残るのは並大抵の苦労ではありません。

現在二十代の人が定年を迎える頃まで存続できる会社は、ごく限られると見ていいでしょう。

私が若い人に転職を勧めるのは、これが理由です。

とはいえ、中堅社員になれば、転職はそう簡単ではないでしょう。

その業界で培った経験やスキルを捨てたくないという思いもあるでしょうし、家庭や個人の事情で会社を移るのが難しいという人もいるはずです。

では、マイナス成長の業界にいたら、このまま全員が沈んでいくしかないのかと言えば、そんなことはありません。

業界全体としては下り坂でも、細かいセグメントに分けた時に、部分的に成長している領域はないでしょうか。

例えば、近年縮小が続いている新聞業界でも、電子版に限れば市場規模は拡大しています。

だったら、その領域に特化して売上を拡大する戦略をとれば、一つの生き残り策になるかもしれません。

あるいは、「IoT情報に特化したニュース配信サービス」といった、「成長セグメント×成長産業」を組み合わせた新しいサービスを開発するなどのアプローチも考えられます。

いずれにしても大事なのは、複利のマイナスパワーから抜け出すことです。

一刻も早く下りのエスカレーターを降りて、上りのエスカレーターに乗り換えること。

「会社の将来が不安だ」という相談に対する答えは、これに尽きます。

「複利の強さと恐ろしさを知れ!」ソフトバンクも、時代とともに次々とエスカレーターを乗り換えてきました。

「ムーアの法則」に従い、IT業界という大きなドメインには居続けていますが、実はその中で最も成長しているセグメントをいち早く見つけてきたのです。

ソフトウエアの販売に始まり、コンピュータ雑誌の出版、ADSL、モバイル通信、ロボット、IoTというように、「上りのエスカレーター」に乗り換え続けてきました。

一つの場所に留まらず、これほど軽やかに乗り換えを続けてきたのは、孫社長が複利のパワーのすごさを誰よりも深く理解していたからです。

「複利の強さと恐ろしさを知れ!」これが孫社長の口グセでした。

年一〇%成長を目指すのと、年一%成長で甘んじるのとでは、複利の効果で見れば十年後や二十年後には恐ろしいほどの差がつく。

それを痛感していたからこそ、孫社長は成長ドメインに居続けることにこだわるのです。

これは余談になりますが、日本という国の成長を考える時も、複利の効果を忘れるべきではありません。

日本の経済成長率は長らく低迷を続けていて、コロナ前の二〇一八年度の実質成長率は〇・六%でした(二〇一九年度は、消費税率アップなどの影響でマイナス〇・一%に)。

一方、同年度の中国の実質成長率は六・六%です。

その差は単年度で見れば六・〇%ですが、この数字が複利で四半世紀続いたらどうなるか。

仮に、現在の日本と中国のGDPをともに「一〇〇」とした場合、二十五年後の日本は「一一六」に対し、中国は「四九四」となり、伸び率で三八〇%近くもの差がつきます。

この差こそ、日本を世界の中で相対的に貧しくしている原因なのです。

日本の一人あたりの名目GDPは、二〇二〇年時点で世界二四位です。

一九八〇年代半ばから二〇〇二年まではずっと一桁台でしたが、そこから一気にランキングを落としました。

その背景にあるのは、日本人の「複利の力」に対する認識の甘さではないでしょうか。

農耕民族である日本人は、「毎年お米がどれくらい収穫できるか」という単利の考え方が基本であり、毎年コツコツと成果を積み上げていくという発想が根強いようです。

だから現在の企業も、単年度の業績を重視し、「前年度割れしなければいい」といった発想になりがちです。

しかし、現代の資本主義社会は、複利の理論で回っています。

単年度でプラスになるだけでなく、毎年成長を続けて資本を大きくし、複利の効果でどんどん会社全体を膨張させていく。

このように、何ごとも複利で発想するのがグローバルスタンダードなのです。

低成長を抜け出し、日本経済が再び活力を取り戻すためには、今こそ複利の発想を持たなくてはなりません。

④限界効用逓減の法則──どんな焼肉もその美味しさは徐々に減っていく突然ですが、あなたはいちご狩りやぶどう狩りをしたことがありますか?あるいは、焼き肉の食べ放題はどうでしょうか?これらの「どれだけ食べても同じ料金」という仕組みのサービスは、最初は「うまい!」と感動しても、食べ続けるうちにお腹が一杯になって飽きてきます。

すると、あれだけおいしかったはずの果物や焼き肉が、「もう見るのもイヤ……」と思うくらい魅力を感じなくなってしまう。

そんな経験をしたことがある人は多いはずです。

これをミクロ経済学では、「限界効用逓減の法則」と呼びます。

言葉はややこしいのですが、要するに「量が増えるごとに、一単位あたりの効用(限界効用)は次第に減っていく(逓減)」ということです。

どんなに素晴らしい効用を持つ商品やサービスでも無限に楽しめるわけではなく、食べたり買ったりする量が増えれば、そのぶん得られる満足度は確実に下がっていきます。

この法則が当てはまるのは、食べ物や嗜好品の消費だけではありません。

ビジネスや仕事において「量」が関わる物事については、この法則が当てはまる場面

が非常に多いのです。

経済とは、「何らかの投資に対して効用を得る活動」です。

ところが、投資の量を増やした結果、一単位の投資あたりの効用が下がってしまうことが多々あります。

例えば、自社の商品を販促するため、WEB広告を出したとします。

あるサイトに出稿したところ、最初のうちは高い効果が得られたものの、次第にその数値が下がっていくことがよくあります。

広告の表示回数が一〇〇万回までは、商品の購入者がどんどん伸びたのに、二〇〇万回に増やしても購入者は二倍にならなかった。

こうした現象が起こるのは、まさに「限界効用逓減の法則」が働くからです。

どんなに有効なWEB広告・サイトであっても、そのサイトを見ている人の数には限りがあるので、「そのWEB広告を初めて目にした」という人の数は広告を出すたびに減っていきます。

そうすれば当然、新規の商品購入者はどこかで頭打ちになるということです。

外部に業務委託をする場合も、この法則が当てはまります。

私がソフトバンク時代にコールセンター業務を外部に委託した時も、それを実感することが数多くありました。

ある代理店に仕事を発注したところ高い成果を出してくれたので、オペレーターの人数を増やしてもらったら、仕事の質が一気に下がってしまったのです。

オペレーターが三〇〇人以内で回せる仕事なら順調にこなせたのに、五〇〇人規模の業務を発注した途端、「優秀な人材が集まらない」「一人あたりの業務量が増え離職率が高まった」などの問題が次々に発生しました。

発注規模を一・五倍に拡大したら、成果も一・五倍になるかと思いきや、まったくそうはならなかったのです。

「量を増やすと、一単位あたりの効用が下がる」という法則は、こんなところにも当てはまるのだとつくづく実感したものです。

さらには個人の仕事についても、限界効用逓減の法則が当てはまります。

私は原稿を書く時、二五〇〇字を超えると著しく限界効用が低下します。

というと何だかカッコ良く聞こえますが、要するに飽きて集中できなくなるということです。

当然、時間あたりの執筆量も文章の質も低下します。

日々の仕事についても、この法則が働いているのです。

よって、仕事やビジネスにおいて「量を増やしたのに、なぜかうまくいかない」という場合は、限界効用逓減の法則を思い出してみてください。

そこから解決策が見えてくる可能性があります。

先ほどのケースであれば、WEB広告を出稿する媒体や業務委託する代理店を変えてみる。

仕事をしていて「投入するコストを増やしているのにアウトプットが伸びない」と感じたら、思いきってその仕事をストップし、別の仕事に取りかかってみる。

そうすれば、また期待する効用が得られる可能性が出てきます。

「限界効用逓減の法則」は、あらゆる物事の裏にある普遍の真理と言っていいものです。

仕事の生産性を高めるためにも、ぜひこの法則を覚えておきましょう。

⑤ダンバー数──二〇〇人を超えたら集団を分ける前項で紹介した「限界効用逓減の法則」は、数が増えるほど一単位あたりの効用が減っていくというものでした。

一方、数を増やして一定水準を超えると、効用はむしろマイナスに転じるという「規模の不経済」が働く場合もあります。

例えばベンチャー業界でも、「社員三〇〇人が一つの壁」とよく言われます。

創業から順調に成長してきた会社も、三〇〇人規模を超えた途端、マネジメントが難しくなるからです。

社員が少人数の頃は互いに仲間意識を持ち、同じゴールを目指して高いモチベーションを維持しながら働くことができます。

だから放っておいても、組織は勝手に成長していきます。

ところが社員が三〇〇人を超えると、お互いの顔や名前を知らない社員が増え、会社としての一体感が失われ始めます。

社内の意思の疎通もスムーズにいかなくなり、業務にも様々な問題が生じ始めます。

そこで組織がバラバラにならないよう、これまでとは違うマネジメント手法に切り替えることができるか。

それが、三〇〇人を超えても会社を拡大できるかどうかの壁になるのです。

このように、「数が増えたことにより、かえってマイナスの状況が生じる」という場面は、ビジネスにおいて珍しくありません。

これは単なる経験則ではなく、理論的にも裏づけされています。

その理論が、「ダンバー数」です。

これは英国の人類学者であるロビン・ダンバー氏が提唱した仮説です。

彼が「安定した集団を維持できる個体数には上限がある」と主張したことにより、その上限値を「ダンバー数」と呼ぶようになりました。

ダンバー氏によれば、人間の場合、安定した人間関係を保てる限界は「平均で一五〇人(一〇〇人から二三〇人の間)」としています。

これは皆さんも、感覚的に納得がいく数字ではないでしょうか。

小学校や中学校でも、一クラス三〇人として、五クラスくらいなら学年全員の顔と名前を覚えられるでしょう。

しかし、八クラスや九クラスになると、学年全員を認識するのは困難になります。

私が知る某ベンチャー企業でも、社員が一五〇人を超えた頃から組織内のまとまりが明らかに低下してしまったため、今では全社員を集めるイベントを定期的に開催し、お互いのコミュニケーション促進を図っているそうです。

最初に話した「ベンチャー企業の三〇〇人限界説」とは人数に多少のズレはありますが、いずれにしても「集団の上限値」が存在するのは間違いないと考えていいでしょう。

メンバーの数を減らせば、コミュニティは安定するでは、ダンバー数を知ると、ビジネスや仕事のどんな場面で役立つか。

それは、「大勢の人が働く職場で、組織がうまく回らない時」です。

この場合、組織の人数がダンバー数を超えている可能性があります。

よって、組織を分割してダンバー数以内の集団を作るといった対応策が有効になるでしょう。

「Yahoo!BB」のコールセンターでは、ピーク時にはオペレーターを三二〇〇人も雇っていました。

業務そのものは代理店に委託していましたが、その発注先が少なかったため、一つの代理店で四〇〇人から六〇〇人を使っていたことになります。

ところが、これだけ大人数になると、とても管理が行き届きません。

現場のマネジャーはスタッフ全員のスキルや仕事ぶりを把握しきれないし、人数が増えたことで人間関係のトラブルも起こりやすくなります。

職場環境の悪化に伴い、人は次々と辞めていき、新人の採用や教育にかかるコストも膨らみました。

はっきり言って、ひどい状態です。

当然私は、事態の改善を迫られました。

当時の私はダンバー数こそ知りませんでしたが、「ベンチャー企業の三〇〇人限界説」は聞いたことがあったので、「この混乱は、組織の人数が増えすぎたのが原因だろう」と考えました。

そして、二〇〇人ずつのユニットに分けて業務を発注することにしたのです。

「ベンチャーが三〇〇人を超えるとうまくいかなくなるなら、二〇〇人以下にしてみよう」と考えたのですが、あとになって考えると、ダンバー数の「一〇〇人から二三〇人の間」にきちんと収まっていたことになります。

その結果、現場のマネジメントがしやすくなり、辞める人も少なくなって、オペレーションの品質も安定していきました。

「ダンバー数にもとづいて、組織を分割する」という策は、やはり有効だったのです。

このように、組織作りにおいて、ダンバー数が役立つ場面は少なくありません。

特にマネジメントの立場にいる人は、ぜひ有効に活用してください。

⑥マジックナンバー7──一人の上司がみられる部下は七人までダンバー数にもとづいて、集団の人数を一五〇人や二〇〇人以下に抑えたとしても、この人数を一人のマネジャーが直接管理するのは不可能です。

よく「優秀なマネジャーがいない」とこぼす経営者がいますが、いくら能力のある人でも、そもそも目が行き届く範囲には限界があります。

では、一人のマネジャーがきちんと面倒をみられる上限は何人か。

私は七人だと考えます。

もちろんこれにも、理論的な裏づけがあります。

その一つが、「マジックナンバー7」です。

アメリカの認知心理学者であるジョージ・ミラー氏が提唱したもので、「人間が短期的に記憶できる容量は七個前後」という法則です。

机に硬貨をばらまいた時、人間が一瞬で数を認識できるのは七枚程度。

それ以上の硬貨が目の前にあっても、パッと見て枚数を把握するのは難しいということです。

経営学にも、「スパン・オブ・コントロール」という言葉があります。

これは「一人の上司が直接管理できる範囲」を意味する言葉で、その人数は「多くて七人まで」とされます。

これらの理論が示すのは、「人間が7を超える大きな数字を扱うのは難しい」という事実です。

一週間が七日なのも、おそらくこの原則に則ったからでしょう。

私たち人間にとって、「七単位で一つ」のサイクルを回すのが、最も自然で受け入れやすいということです。

もしあなたがマネジャーで、「チームがうまく回らない」「部下の面倒をみきれない」と感じているなら、自分が直接管理する人数を七人以下にしてみましょう。

三〇人のチームを抱えているなら、その中から五人を選んで、サブマネジャーとします。

さらにその下に五人ずつのメンバーを割り振り、そのメンバーは五人のサブマネジャーが管理します。

こうすれば、チームの一番上にいる自分も、そのすぐ下にいる五人も、自分がコントロール可能な範囲でマネジメントができます。

「Yahoo!BB」のコールセンターでも、一三のユニットを作り、その下にいくつかのサブユニットを作って、さらにその下に現場部隊を置くという多重構造にしていました。

こうして人数の少ない組織に分け、それぞれにユニット長、サブユニット長、部隊長を置けば、マネジメントしやすいからです。

人数が少なければ、管理能力がそれほど高くない人や経験が浅い人でも、無理なくチームを運営できます。

マネジメント能力の高い人をわざわざ探してこなくても、今いる人材でチームを回し、成果を出すことが十分できるはずです。

新規出店のプランを考える際なども、「7」の数字を意識すると役立ちます。

業績が好調だからといって、何も考えずに出店数だけを増やすと、本部が現場をコントロールしきれなくなります。

すると本社の指導や支援が行き届かず、現場のミスが続いてサービスの質も低下し、お客が離れるという悪循環に陥ってしまう。

勢いのある飲食や小売のベンチャーによくあるケースです。

よって、「東京の店舗数が増えたらエリアを二つに分け、それぞれにエリア長を置く」「東京の出店エリアが増えたら、さらに二つのブロックに分け、それぞれにブロック長を置く」といった形でマネジメントの階層を増やしながら、一人のマネジャーが直接管理する数を「七」前後に抑える体制づくりをするとよいでしょう。

「困難は分割せよ」という言葉があるように、難しい仕事であっても、小さく分けることで対応が可能になります。

「マジックナンバー7」&「スパン・オブ・コントロール」は、マネジメントにおけるさまざまな課題を解決する可能性を持った、応用範囲の広い法則と言えます。

⑦イノベーター理論とキャズム理論──「マニア受け」で終わらないためにアイデアや技術は画期的で、一部のマニアには熱狂的に支持されたが、それ以上は広がらず、いつの間にか市場から姿を消していた……そんな商品やサービスは数えきれないほどあります。

では、どこまで普及すれば、市場から消えずに残ることができるのか。

その問いに明確な数値で答えてくれるのが、「イノベーター理論」と「キャズム理論」です。

「イノベーター理論」は、スタンフォード大学の社会学者であるエベレット・ロジャース氏が提唱した理論で、商品購入の態度によって消費者を次の五つのグループに分類しています。

・イノベーター(革新者):新しいものを進んで採用する人。

市場全体の二・五%を構成。

・アーリーアダプター(初期採用者):流行に敏感で、自ら情報収集を行い判断する人。

オピニオンリーダーとなり、他の消費層に大きな影響力を発揮する。

市場全体の一三・五%を構成。

・アーリーマジョリティ(前期追随者):新しいものの採用に比較的慎重な人。

市場全体の三四%を構成。

・レイトマジョリティ(後期追随者):新しいものの採用に懐疑的で、周囲の大多数が試しているのを見てから同じ選択をする。

市場全体の三四%を構成。

・ラガード(遅滞者):最も保守的な人。

世の中の動きに関心が薄く、流行が一般化するまで採用しない。

市場全体の一六%を構成。

このように五つに分けた上で、ロジャース氏は「普及率一六%の論理」を提唱しています。

これは「イノベーターとアーリーアダプターを合わせた一六%のラインが、次のアーリーマジョリティやレイトマジョリティに広がるかどうかの分岐点になる。

一六%を超えると、それ以降は急速に普及・浸透していく」という内容です。

この論理で重視されるのは、アーリーアダプターです。

イノベーターはとにかく目新しさを重視するので、商品の実用性や利点にはそれほど注目しません。

よって、イノベーターの行動に他の人が共感するとは限りません。

一方、アーリーアダプターは商品の価値に注目して購入するので、その良さを他の消費者に伝えた場合の影響力が大きくなります。

だからロジャース氏は、「商品をマスへと広げるためには、アーリーアダプターへのマーケティングが重要」と分析しました。

これに対し、米国のマーケティングコンサルタントであるジェフリー・ムーア氏が提唱したのが「キャズム理論」です。

彼はハイテク産業の分析から、「アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間には、容易に越えられない深く大きな溝(キャズム)がある」と示しました。

たとえアーリーアダプターまで普及しても、この溝を越えなければメジャー市場でブレイクすることはなく、その商品はやがて市場から消えていく。

よって、アーリーアダプターに訴求するだけでは不十分であり、アーリーマジョリティへのマーケティングも必要である。

これがムーア氏の主張です。

iPhoneとブラックベリーの命運を分けた大きな溝こうした理論にぴったり当てはまる事例が、iPhoneとブラックベリーです。

初代iPhoneは二〇〇七年にアメリカで発売され、日本でも翌二〇〇八年七月十一日にソフトバンクが独占販売を始めました。

一方のブラックベリーは、欧米のビジネスパーソンの間で広く使われていたスマートフォンです。

日本では、iPhone発売とほぼ同時期の二〇〇八年八月より、NTTドコモが個人ユーザー向けの「ブラックベリーインターネットサービス」の提供を始めました。

その二年前からブラックベリーは日本市場に投入されていましたが、当時は法人向けかつ英語のサービスが中心でした。

NTTドコモが個人向けサービスを開始したのは、iPhoneに対抗するための戦略だったと考えられます。

おそらく関係者の間では、この二つの商品はライバル関係になる予定だったのでしょう。

ところが両者の発売に合わせて、リサーチ会社が日本の携帯電話利用者を対象にiPhoneとブラックベリーの認知度を調査したところ、結果に大きな差が出ました。

iPhoneの認知度は、発売開始前ですでに五二・三%の高い数字でした。

さらに、発売開始から五日間で七四・七%へと大幅に上昇しました。

つまり発売された頃には、携帯電話ユーザーの大半はiPhoneを知っていたことになります。

では、ブラックベリーはどうだったかというと、認知度は一二・八%と低い数字でした。

まさに「キャズム」を越えられずにいる状態です。

新しいものが好きで、ITツールにも詳しい一部のマニアだけが知る存在に留まっていたということでしょう。

それを裏づけたのが、認知経路です。

iPhoneを知っている人のうち、七一・五%が「新聞、雑誌、テレビ、ラジオによって」と回答しました。

対するブラックベリーは、四三%が「パソコン、ケータイなどを利用した際のインターネットアクセスによって」と回答しています。

つまりブラックベリーを認知しているのは、普段からITツールを使いこなし、自分から積極的に情報収集するイノベーターやアーリーアダプターに限られたということです。

一方のiPhoneは、マスメディアを通じて知った人が大半でした。

まだスマートフォンのことをよく知らないアーリーマジョリティやレイトマジョリティにまで一気に訴求したことで、「キャズム」を易々と越えてしまったのです。

もちろんこれは、ソフトバンクによる意図的な戦略です。

派手な記者会見やマスコミ発表を行い、パブリシティをうまく使って発売前から商品やサービスの認知度を上げる手法は、孫社長の得意技みたいなものです。

二つの数字の差を証明するかのように、その後iPhoneとブラックベリーは対照的な道を辿ります。

ご存じの通り、いまやiPhoneは機種別で日本のスマートフォン出荷台数の約五割を占めています。

OS別で見ればiPhoneは約七割という圧倒的シェアです。

一方、ブラックベリーはユーザーが広がらず、「ブラックベリーインターネットサービス」は二〇一七年三月にひっそりと終了しました。

「イノベーター理論」と「キャズム理論」は、特にマーケティング戦略や販売戦略の策定に関わる人にとっては非常に重要な理論です。

せっかく時間と情熱を注ぎ込んで開発した新商品やサービスを短命に終わらせないためにも、ぜひこの二つを頭にたたきこんでおきましょう。

 

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