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第3章 アウトとセーフの事例を理解する

第3章アウトとセーフの事例を理解する6つの行為類型まず、パワハラに当たる行為にはどういうものがあるのかを知っておこう。厚労省は、2011年から「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」(以下、円卓会議)を開催し、2012年にそのワーキング・グループが報告書を出した(以下、ワーキング・グループ報告書)。そこではパワハラを6つの行為類型に分類した。この報告書以降、この6類型がパワハラの典型例として使われるようになっている。それは次のようなものである。①身体的な攻撃暴行・傷害②精神的な攻撃脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言③人間関係からの切り離し隔離・仲間外し・無視④過大な要求業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害⑤過小な要求業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと⑥個の侵害私的なことに過度に立ち入ること具体的にどういう行為があるかについて、厚労省の2016年度実態調査の回答内容をこの6類型にあてはめると次のようになる。①身体的な攻撃・カッターナイフで頭部を切り付けられた・唾を吐かれたり物を投げつけられたりした②精神的な攻撃・いること自体が会社に対して損害だと大声で言われた・全員が閲覧するノートに個人名を出して能力が低いと罵られた③人間関係からの切り離し・職場での会話での無視や飲み会などに誘われない・他の部下には雑談をするのに、自分とは業務の話以外しない④過大な要求・多大な業務量を強いられ、月80時間を超える残業が継続した・絶対にできない仕事を管理職ならやるべきと強制された⑤過小な要求・故意に簡単な仕事をずっとするように言われた・一日中掃除しかさせられない日々があった

⑥個の侵害・出身校や家庭の事情をしつこく聞かれた・接客態度が固いのは彼氏がいないからだと言われたどの回答も被害は深刻である。しかしこれは実態の一部でしかない。中でも、④過大な要求の「絶対にできない仕事を管理職ならやるべきと強制された」というのは管理職なら誰でも大なり小なり経験しているのではないだろうか。この6類型の回答にはないが、採用、配置転換、人事評価、昇格昇任、退職勧奨などの人事に関することも職場のハラスメントとして現れることが多い。なお2020年6月に施行された国家公務員に関する人事院規則については第5章で詳しく書いているが、人事院規則の指針では、パワー・ハラスメントになり得る言動として、①暴力・傷害、②暴言・名誉毀損・侮辱、③執拗な非難、④威圧的な行為、⑤実現不可能・無駄な業務の強要、⑥仕事を与えない・隔離・仲間外し・無視、⑦個の侵害という7類型にまとめている。実態としてはこちらの方がぴったりくるかもしれない。どんなことがアウトなのかでは具体的にどのような発言や行為がパワハラとしてアウトとされているのかを、これまでの判決例や私が扱ったケースなどから見てみよう。①暴力行為●上司のAは、部下であるBの自分に対する態度が悪いと言って、Bの胸ぐらをつかんで顔面を数回殴打した。これは誰が見てもパワハラであるが、それ以前の問題として暴行罪という犯罪になる。暴行罪でも軽く見てはいけない。刑法には2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金等に処するとある。起訴されて罰金刑でおさまっても前科一犯となる。もしBが怪我をしていたら傷害罪である。傷害罪となると、刑法では15年以下の懲役または50万円以下の罰金に処するとある。示談ができないと起訴され、重い傷害の場合は略式裁判ではなく正式裁判になる可能性が高い。そうなると法廷に出頭しなくてはならなくなる。判決例や懲戒処分例には、書類で頭を叩いたという例のほかに、カッとなって相手の首を絞めたという、まかり間違えば殺人になるような危険なものまである。頭に血が上って暴力に及ぶというケースには共通点がある。それは相手の反論や反抗である。人は、自分より下と思っている相手が逆らってくると感情のコントロールを失い、それが暴力につながる。傷害罪については怪我だけでなく、精神疾患を発症させることも傷害になることに注意が必要である。最高裁は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したときも傷害に当たるとしている(最高裁2012年〈平成24年〉7月24日決定)。ということは、パワハラで相手がPTSDになったときには傷害罪に問われることもあるということになる。

●取引先のAは、取引の内容が気に食わないと言って、商談をしていたBに向けて机の上のコーヒーをかけた。このケースは、取引先によるカスハラである。AはBの身体には触れていない。しかしこれもれっきとした暴行罪である。身体に触れなくても、人に向けて物理力を行使して心理的に影響を与えることは暴行罪になるとされている。相手にめがけて灰皿を投げるのも暴行である。当たらなくても心理的に恐怖感を与えているからである。それ以外には相手につばを吐きかけること、拡声器を使って耳元で大声を出すことなどが暴行とされている。なお巻末の1‐⑨の判決例は、ロケット花火を発射するなどの暴行を加えた例である。②威圧的言動●上司のAは、ふだんは静かであるが、突然怒り出すのでみんなびくびくしている。あるとき、部下のBが決裁をもらいにいったとき、急に大声になって、「何だこれは!今ごろ、持ってきてもだめだろう!」と怒鳴った。これは威圧的言動の典型的なケースである。このような威圧的言動は叱責の際に起こりやすい。相手を叱るときは怒りによって感情のコントロールを失い、大声で怒鳴りがちである。このような言動は受け手の心身への影響が大きいのでまずアウトである。●上司のAは、部下が作った書類が気に入らないと、いつもその書類を机に何度もバンバンと叩きつけたり、ゴミ箱を蹴ったりする。このケースは直接的な暴力ではないし、部下をめがけてのものではないので暴行罪とは言えない。ただ犯罪ではないとしても、部下の心身に大きな苦痛を与えるので威圧的言動となり、やはりパワハラとなる。●コンビニの客Aは、店員であるBの応対が悪いと言って怒り出し、「なんだその態度は」「痛い目にあわせるぞ」と怒鳴った。これは顧客によるカスハラである。このように相手の身体などに危害を加えることを告げるのは脅迫罪に当たる。刑法では2年以下の懲役または30万円以下の罰金に処するとされている。Aが、長時間にわたってこのような行為をしたときは、Aに不退去罪や業務妨害罪が成立することもある。③人格否定発言

●上司のAは、営業成績のよくない部下Bに対して、「いるだけでみんなが迷惑している」「お前は会社を食い物にしている。給料泥棒」と言った。これは判決例にある。このような相手の人格を否定する発言はアウトである。こうした言動は一回だけでなく何度も繰り返されるのが特徴である。このような言動が続くことで、部下は精神的に疲弊し、自分が生きている価値がないと思い込み、場合によっては自殺にまで追い込まれることがある。ただこのような発言の背景には、この管理職も会社から過剰なノルマを与えられていることがある。パワハラの連鎖と言われるものである。また管理職の部下への言動を会社のトップが黙認していることがある。その場合は実態として会社ぐるみということになる。●上司のAは、部下Bが書いてきた報告書を読んで、「なんだこれは。小学生の文章だな」「新入社員以下だ」と言った。これも判決例にある。このような能力不足を侮辱するような発言も、人格否定発言としてパワハラになる。●部下のBは、自分を叱責した管理職のAに対し、「もうあなたに言われても仕事はしません」「あなたは部長の犬だ」と言った。部下から上司に対しての発言として判決例にある。部下から上司への発言であっても、人格を否定する発言はハラスメントである。④仕事に無関係な言動●課長のAは部下のBに、しょっちゅう私用を頼む。この前は、課長の娘が行きたいというコンサートのチケットの順番取りだった。きょうは、Aの家族のためにケーキを買いに行かされた。業務に何の関係もないことをやらせるという公私混同的言動もアウトである。たとえ部下から「わかりました」という返事があったとしても、それが真の承諾とは言えない場合はハラスメントになる。⑤長時間にわたる叱責●上司のAはねちっこい性格で、いったん叱責をはじめると2時間、3時間はざらである。あるときAは仕事でミスをした部下のBに、就業時間の過ぎた午後5時から3時間もBを叱責し続けた。Bへの長時間の叱責はこれが3回目だった。叱責が長時間になったり、回数が多かったりすることは受け手の心身への影響が大きい

のでアウトである。就業時間を過ぎてまではなおさらである。巻末の判決例2‐⑭は、プレゼンの指摘が1時間になってもパワハラにならないとしている。⑥他の社員のいる場所での叱責●上司のAは、部下のBが取引先の伝票を間違えて発注してしまったことに対して、わざと大声で、「こういう間違いをするのがいるんだよ、ウチには。恥ずかしくないのかね、こんなミスして」と言った。Aの声は同じフロアの他の社員全員に聞こえた。このケースは見せしめ的な叱責としてパワハラになる。自覚を促すといっても、他の社員に聞こえるように言うことは受け手に強い精神的苦痛を与えるのでアウトである。このような場合、叱責を聞いていた他の社員に対しても精神的苦痛を与え、職場環境を悪化させたとしてパワハラになることがある。直接的言動ではなくても、パワハラを見たり聞いたりした者に対してもパワハラになることがあるので注意が必要である。どういうときがセーフなのか指針が出されたとき、たくさんの批判の声が上がったが、そのひとつがパワハラに該当しない例を挙げたことだった。それが加害者側の言い訳に使われるという批判である。そもそもパワハラに該当しない例は、この法律ができる前の2018年の厚労省の検討会報告書に挙げられていた。厚労省がどうしても出したいというなら、この検討会報告書の例をわかりやすい説明を加えて公表すれば十分だっただろう。事例としてこういう場合は必ずセーフというものを挙げるとすると、ごく日常的な指示指導で問題のない場合ばかりになってしまい、あまり意味がない。ただセーフとなる要素はいくつかある。それを上司も部下も頭に入れておくことは決して無駄ではないだろう。とはいっても暴行や人格否定発言などは、たとえセーフとなる要素があってもトータルではアウトになる。(1)業務が人の生命や身体の安全に関わるときセーフとなる要素のひとつは、業務自体が人の生命や身体の安全に関わる場合である。その典型は医療現場である。医療現場でのミスは人の生命に関わるので、厳しい指示指導がなされても直ちにそれがパワハラとはされないことが多い。これについては判決例がある。病院の健康管理室で勤務する職員が問診票の入力ミスなど多くのミスがあったので、管理職がその職員に厳しい指摘や指導をしたケースについて、裁判所は、生命・健康を預かる職場の管理職として、医療現場において当然にすべき業務上の指示の範囲内として違法ではないとした(東京地裁2009年〈平成21年〉10月15日判決)。また工場などで機械の扱いに危険性を伴う場合や、危険な工事現場などもある程度の厳

しい指示指導は許されるだろう。(2)部下のミスの程度が大きいとき部下のミスの程度が大きい場合に、上司からある程度の厳しい指導や叱責が行われることはやむを得ないであろう。これに関しても判決例がある。営業所長だった社員が不正経理をしたため上司が改善を指示したにもかかわらず、再度不正経理をしたので上司が厳しく叱責し、さらに毎日、工事日報を報告するように指導したところ、その社員が自殺したというケースについて、裁判所はその叱責と指導は正当な業務の範囲内とした(高松高裁2009年〈平成21年〉4月23日判決・M社事件)。巻末の判決例では、1‐⑮、2‐①、⑭がその例である。(3)部下が理由もなく反抗的だったとき上司が部下を叱責、指導したにもかかわらず、部下がそれに従わず反抗的な態度を取り、しかもそれが理由のないものであった場合にも叱責が厳しくなるのはやむを得ないだろう。ただし、第8章の部下の叱り方5原則で説明するが、上司として部下の弁明は聞くべきである。弁明を聞かなかったり、弁明に理由があるのに厳しく叱責したりすることはアウトである。判決例としては、人事担当者が、他の社員を中傷する発言をした社員と面談した際に、「とぼけんなよ」「全体の秩序を乱すような者は要らん」「わかっているのかって聞いているだろう」などと大声で注意したというケースで、裁判所は、注意と指導は社会通念上許容されている範囲を超えており、不法行為になるとした。しかし他方で、人事担当者の言動は相手がふてくされて横を向いたままという態度が原因になっているとして、慰謝料としては10万円という低い額しか認めなかった(広島高裁松江支部2009年〈平成21年〉5月22日判決)。民事上の責任は損害賠償責任ハラスメントがあったと被害者がとらえた場合に、加害者に対し法的責任を追及することがある。加害者の法的責任を大きく分けると、民事上の責任と刑事上の責任がある。民事上の責任としては、加害者には不法行為による損害賠償責任がある。不法行為に当たるかどうかは、違法性があるかどうかという基準で判断される。この基準として裁判所が設定しているものは、パワハラ防止法や会社でのパワハラ認定基準より厳格である。ある判決例ではこの基準について、「職場内の人間関係を巡るトラブルに起因して不適切な言動があり、その相手方が不快な思いをしたとしても、そのすべてが違法となるわけではなく、法律的に損害賠償義務を生ぜしめるだけの不法行為に該当するためには、当該言動が、単なる職場の個人間の諍いの限度を超えた積極的な加害行為と評価できた場合に限る必要がある」(東京地裁2014年〈平成26年〉12月25日判決)

としている。このように裁判で違法と判断されるためには積極的な加害行為と評価されなければならない。そのため、たとえ会社でパワハラと認定されても、裁判では違法性がないと判断される可能性がある。被害者に対する損害賠償には、慰謝料や治療費のほか、被害者が休業した場合は休業しなければ得られたであろう収入なども対象となる。もし被害者が自殺したときは、本人が生きていたら得られたであろう収入などが対象となる。パワハラの慰謝料額は事案によってさまざまである。慰謝料額については次のような判決例がある。・「いい加減にせえよ。ぼけか。あほちゃうか」といった暴言や胸倉をつかんで揺さぶった行為について、慰謝料は5万円とされた(大阪地裁2012年〈平成24年〉5月25日判決)・体重計に乗せて「まだ80キロにならないのか」と侮辱した行為について、慰謝料は5万円とされた(長崎地裁2017年〈平成29年〉2月21日判決)・日常的な時間外労働の強要と嫌がらせ行為は悪質とされ、慰謝料は150万円とされた(津地裁2009年〈平成21年〉2月19日判決)加害者としては、慰謝料は低い方がよいだろうが、被害者の立場になってみると、慰謝料額が低すぎるように感じるだろう。概して日本の裁判所が認定する慰謝料額は低い。被害者の原告が何年も裁判してようやく判決となっても、慰謝料が5万円では裁判に時間もお金もかけたのに無駄だったとなるだろう。加害者とされた被告も裁判に疲れてしまう。当事者にとって裁判という紛争解決システムが機能していないのである。このようなことがあるので、弁護士は、被害者から依頼されても裁判を積極的に勧めることができない。弁護士が裁判という手段を選択するときでも、通常訴訟ではなくて迅速に判断が示される労働審判や仮処分などの手段を取ることが多い。なお、民事責任で注意が必要なことは消滅時効である。被害者から加害者に対する不法行為による損害賠償請求権は、被害者がその損害と加害者を知った時から、3年間(生命または身体を害する場合は5年間)請求権を行使しないと消滅時効が成立し請求が認められなくなる(民法第724条、724条の2)。加害者は会社から民事上の責任を問われることもある。部下にハラスメントをしたことによって部下の業務に支障が出て営業上の損失が出たような場合は、会社から損害賠償を請求されることもあるだろう。刑事責任を問われることもパワハラが刑事犯罪になることも少なくない。主なものを挙げると、身体的な攻撃は、暴行罪、傷害罪などで処罰の対象となる。精神的な攻撃は、脅迫罪、強要罪、名誉毀損罪、侮辱罪などで処罰の対象となる。

暴行罪というのは、アウトの事例でも書いたが、人の身体に対する物理力の行使だけでなく、心理的に影響を与えることも暴行罪になる。酒に酔って暴力を振るった場合でも、病的な酩酊でなければ罪を問われる。たとえ前の晩のことは覚えていないと言っても、暴力の時点で判断能力が完全に失われていない以上は暴行罪になる。傷害罪は暴行によって相手の身体の生理的機能を毀損することで成立する。骨折などの怪我が典型であるが、前述の通り精神的疾患も含まれる。脅迫罪というのは、相手の生命、身体、自由、名誉、財産に害を与えることを告げることで成立する。例えば、上司が部下に「お前なんかぶっ殺すぞ」などと言った場合にはこの罪に問われることがある。強要罪というのは、脅迫や暴行によって相手に義務のないことを行わせる場合に成立する。ポイントは脅迫や暴行があったかどうかである。2013年に、衣料品店の商品にクレームをつけた顧客が店員に土下座させて、その写真をSNSに投稿したという事件があった。この件は、土下座そのものではなく自宅に謝罪に来るように念書を書かせたことが強要罪に問われ、SNSでの発信が名誉毀損罪に問われたようである。土下座と言えば、半沢直樹が大和田常務に土下座させるシーンが有名だが、「土下座しろ」と言うだけではパワハラにはなっても強要罪にはならない。脅迫か暴行がなければ強要罪の要件を満たさないからである。名誉毀損罪は公然と事実を示して相手の名誉を傷付けた場合に成立する。その事実があったかどうかは問わないので、示した事実が真実であっても名誉毀損になりうる。パワハラで言えば、ほかの部下が聞いているところでの言動は〝公然〟という要件を満たすので名誉毀損罪に問われることがある。ネット中傷のケースは、ネットに上げることが公然に該当する。逆に、相手の名誉を傷付ける言動が相手のほかには伝わらない場合は公然とは言えないので名誉毀損は成立しない。上司が部下だけへのメールや電話で誹謗中傷しても公然とは言えない。しかしメールをCC(同報)でほかの社員に送っていたときは公然の要件を満たす。また上司と部下が二人だけしかいない部屋で上司が部下の名誉を毀損しても、外に聞こえなければ公然ではない。名誉毀損罪には違法性阻却事由といって、示した事実が「公共の利害に関する事実」であって、「目的が公益を図ること」にあり、「その事実が真実であるか、真実であると誤信したことに相当の理由」があれば処罰されない。これは新聞や週刊誌の記事で争点になることが多いが、日常的なパワハラ事案では公共性とか公益が問題になることは少ないので、この違法性阻却事由が問題になるケースはあまりないだろう。巻末の判決例の1‐④は社員への配布文書が名誉毀損とされたケースである。侮辱罪は名誉毀損と違い、事実を示さずに公然と相手を侮辱するような言動をしたときに成立する。例えば上司が、他の部下が聞いているところで、「この能無し」などと言ったときは侮辱罪に問われることがある。

会社の責任は会社から雇われている社員がその業務において不法行為をした場合には、会社は使用者として不法行為をした社員と連帯責任を負う(民法第715条)。これを使用者責任という。この責任は、その社員がその行為を業務として(民法では「事業の執行について」としている)行ったことが要件になっている。裁判所は、この業務の範囲を広くとらえている。職場内だけでなく、会社の忘年会や取引相手との懇親会など、会社の業務と密接に関連するものは含まれる。会社は社員と雇用契約を結んでいることから、会社には、契約している社員の生命身体の安全を確保して仕事ができるよう必要な配慮をすべき義務がある。これを安全配慮義務と言う。社員が安心して安全に仕事ができるように必要な配慮をせよということである。この義務は労働契約法第5条にも規定がある。また会社には、やはり雇用契約上の義務として、社員が働きやすい職場環境を保つよう配慮する義務がある。これを職場環境配慮義務と言う。安全配慮義務は仕事に直接関係する安全性を対象にするので、パワハラ行為は主にこの義務違反が主張される。職場環境配慮義務はパワハラの防止義務だけでなくハラスメントの事後的対応を適正に行うことも含まれる。例えば、ハラスメントの被害申告があるのに会社がそれを放置して対応しなかったり、被害者に対してのケアを怠ったりした場合には、この職場環境配慮義務違反として主張されることが多い。経営者や管理職の責任は最近の判決例には、ハラスメントが起きたときに十分な対応をしなかった会社の経営者や、自分の部署でハラスメントが起きたのに適正に対応しなかった管理職に損害賠償責任があるとするものがある。経営者である代表取締役の責任を認めた判決例として次のようなものがある。飲食店の店長(当時24歳)が、上司のエリアマネージャーから「馬鹿だな」「使えねえな」などの暴言や、しゃもじで頭を殴るなどの暴行や、長時間労働などのパワハラを受けて自殺したケースについて、裁判所は、加害者の上司と会社だけでなく、会社の代表取締役に対しても長時間労働などの実情を認識していたか、認識することができたとして不法行為責任があるとした。そして、加害者個人、会社、代表取締役が連帯して、被害者の両親に合計約5800万円の損害賠償を支払うように命じた(東京地裁2014年〈平成26年)11月4日判決)。また管理職の責任を認めた判決例としては次のようなものがある。進学塾の社員が有給休暇を申請したところ、上司の課長が、「有給申請は心証が悪い」とメールし、さらに有給を取らずに出社するよう求めたので、その社員がやむなく有給休暇申請を取り下げたことについて、その課長だけでなく、課長の発言を擁護した会社代表者や部長についても不法行為に当たるとして損害賠償を命じた(大阪高裁2012年〈平成24年)4月6日判決)。このように、ハラスメントについては、単に加害者や会社だけでなく経営者や管理職も

民事上の責任が問われることにも注意しなければならない。また経営者や管理職が事件をもみ消そうとすることがある。その場合はもみ消しをしようとした経営者や管理職が加害者と連帯して損害賠償責任を問われることもある。巻末の判決例1‐⑭と2‐⑧は経営者や管理職の責任が問われた例である。被害申出者が責任を問われるときここまでの説明を読んで、パワハラをしていないのにパワハラと言われて冤罪になるかもしれないという不安を持つ読者がいるかもしれない。「パワハラなどしていないのに、部下がパワハラと言ったら何でもそうなるのか。それでは会社中、冤罪ばかりにならないか」という心配である。しかし、パワハラを受けていないのに虚偽の被害の申出をした者は、もちろん責任を問われる。そのような虚偽の被害申出者は、加害者とされた者に対し、不法行為による損害賠償義務があるし、名誉毀損罪などの責任を問われることがある。あわせて会社から懲戒処分を受けることもある。実際に、上司から叱責された腹いせに、部下が起きてもいないことで被害を申し出ることがある。ひどい場合は目撃者まで作って何人かで上司を陥れる場合もある。このように目撃者までいると会社が事実認定を誤る場合も出てくる。まれではあっても事実の捏造事案があることにも留意しておかなくてはならない。判決例には、同僚から噓のパワハラ申立てをされたというケースがある。ある社員が業務に問題のある同僚と二人体制にされ、その同僚から無実のパワハラを訴えられたことに対して、上司の部長が十分な対応をしなかったというケースで、会社に対し慰謝料50万円の支払いを命じたという判決例がある(東京地裁2015年〈平成27年〉3月27日判決)。身に覚えのないパワハラ被害申立てがあったときの対応は、第9章で詳しく述べる。

 

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